第十話 三日目 ノーブルヌからスティーナへ 天気不明
地下水路と言うと下水道のイメージだったけど、幸いここは下水ではなかった。水路の幅は二メートルほどでそれほど深くはなさそうだ。水路に沿って人が通れるように通路が整備されている。
「山の方から流れてきた水を地下に通して、スティーナまで流しているようだね」フィクスの手には明るく光る木の枝が握られている。魔法なのかと思ったら、スキルで枝を光らせているのだそうだ。
「この灯りも、家を隠していたのも魔法ではなくて盗賊のスキルだよ。僕には魔法の才能がないんでね」
スキルなんてものがあるとは知らなかった。レティシアの記憶を覗いてみたけどスキルの知識は無く、当然使えないようだ。
「このまままっすぐ行けばスティーナまで行けるのでしょうか?」
「方向的には合っていると思うわ。外が見えないので不安になるけど、このまま進みましょう」後ろからイリスが私を安心させるように言った。
レティシアの記憶ではノーブルヌの首都のだいたいの位置はあるが、港町スティーナの場所までは詳しく分からない。
水路に沿った通路だけにジメジメしていて、しばらく歩いているとちょっと暑くなってきた。こういうところにはネズミとか虫とかいそうな雰囲気だけど、幸いまだ目にしていない。
「そう言えば、イリスは彼女を知っていたのですか?」
ただ歩くのも退屈なのでイリスに話を振ってみた。クリスティーナのことだ。
「ええ。彼女はクリスティーナ・ベステルノールランドでしょ。ラスムス王国のお姫様よね」
「知っていたのですね」
「それなりに有名人だしね。あなたとの因縁についてはよく知らないけど、追いかけ回されて大変ね」
「ええ、そうなんですよ……って、え?」
「あなたはレティシア・ローゼンブラードなんでしょ。さすがに分かるわよ」
驚いて振り向くとイリスは苦笑していた。気付かれていたのか。
「レティシア・ローゼンブラードのことは噂話でしか聞いたことなかったけど、ずいぶんイメージと違うわよね」
「……そうですか?」
「まぁ噂話なんてあてにならないけど」
レティシアがどんな性格だったのかは私にも分からないのだ。私のように色々と思い悩むタイプではなかったようで、自分自身についての記憶がほとんどないのだ。
「……それで、その……、良いのですか?」
「ん? 何が?」
「私がレティシアだと知っても、同行してもらっても良いのかなと」
「フフフ、まったく問題ないわ。私は噂話より自分で見たものを信じるわ。あなたは悪い人間じゃないでしょ」
それは助かる。アーベントロートに追い回されているだけに彼女の力は有り難い。私とフィクスだけだったら隠れて逃げ回るか、開き直って魔法で戦うかの選択肢しかない。
「シッ!」フィクスが立ち止まって前方を凝視している。「モンスターのお出ましのようだ」
耳を前方に集中すると小さくカツカツカツと音が聞こえる。フィクスが短剣を構え、イリスもリュックを下ろして前に出た。
……この足音はスケルトン……
レティシアの記憶が教えてくれる。大した魔物ではない。数が多いと面倒だが、この細い通路では囲まれることもないだろう。
だんだん足音が大きくなってくるが先の方は暗くてよく見えない。
「来るわ。フィクスはレティを守ること」
そう言うとイリスは前方に駆け出す。すぐに前方の暗闇から打撃音と積み木の崩れるような音が聞こえてきた。きっとイリスがスケルトンを倒しているのだろう。
「問題なさそうだな」
「本当に頼りになりますね」
一分も経たないうちにイリスは戻ってきた。
「もう大丈夫よ。進みましょう」イリスはそう言いながらリュックを背負う。
「休まなくても大丈夫ですか?」
「問題ないわ。疲れるような魔物じゃないし」
歩き出すと通路にはイリスが倒したスケルトンが骨の山になっていた。見えなかったが結構な数だったのではないだろうか。
「ずいぶんたくさんいたみたいですね」
「スケルトンなんて何十出てきても同じよ」
まったく頼りになる少女である。
そこから先もたまに現れるスケルトンの群れをイリスが瞬殺しつつ進んだ。ほとんど一直線の水路を三、四時間も歩いただろうか。先の方から微かに風が吹いてきているのを感じた。
「もうすぐ外に出れそうだな」
しばらく歩くと通路が行き止まりになった。水路は先まで続いているが通路はここまでだ。古びた木の扉があって隙間から風が入ってきている。フィクスが扉を開けて階段を上るとまだ外は暗い。
スティーナの町中にでも出るのかと思っていたんだけど違うようだ。草木で扉のある建物は隠されている。
「もうすぐ夜が明けそうだ」フィクスが見る先の空が明るくなりかけている。「徹夜になってしまったな」
さすがに眠い。スティーナの町では休めるのだろうか?
「あっちに灯りが見えるわ。あれがスティーナの町ね」イリスが指さした方にいくつか灯りが見える。
「よし、とにかく行ってみよう」
スティーナの町には門があるわけでも衛兵がいるわけでもなく、すんなり入れた。
まだ夜も開けきらぬ時間だけど、町はすでに動いている雰囲気がある。おそらく港町だからなのだろう。
「宿を探そう。大通りの方に行けばあるはずだ」
町の大通りと思しき通りではすでにお店が開きはじめていた。そのうちの一つ、開店準備をしている雑貨屋の女主人に尋ねると宿はすぐそこにあった。
幸い部屋も空いていた。ここでもイリスと私が同室、フィクスは隣部屋に一人だ。
「昼くらいまで休みましょう」
「ええ」
ノーブルヌ首都の宿では寝付けなかったけど、さすがに徹夜で歩いただけあって私はすぐに眠りに落ちた。
港町スティーナに着きました。
続きは明日です。