第一話 一日目 見知らぬ場所 天気不明
……探すのです……を探すのです……
「ううん……」
……渡しては……探すのです……
何かの声が聞こえたような気がして私はハッと目を覚ました。真っ白な天井が目に眩しい。カーテンを閉め忘れたかなと思ったところで気付いた。
うちの天井はこんなに白くない!
ガバッと体を起こすと私は白い部屋にいた。天井も壁も床も真っ白だ。見回すと、私が寝ていたベッドと小さなローテーブルが一つ。ご丁寧にどちらも白だ。
「どこなんだろうここは? 夢?」
思わずひとり言を呟くと、頭の中に言葉がモヤッと浮かんできた。
……ここはアーベントロートの刑務所の中……
は? なんだこれ?と考えると今度は何も浮かばない。私は頬をつねりながら昨夜の行動を思い返す。と言っても、思い返すまでもない。短大から帰って、シャワーを浴びて、夕食を食べて、それから寝るまでは本を読んでいた。極めていつも通りの私だ。
まだ夢の中なのかな?
などと考えるが、つねった頬は痛い。そんなことをしているとまた気付いた。
服が違う。夏の私の寝間着はTシャツと短パンだ。それがなにやらネグリジェ的なヒラヒラした服だ。なにやらと言ったのは、ネグリジェを着たことがないからだ。そして、服を見ていたらさらに気付いた。
「これ私の体じゃない! 腕と足細っ! しかもなんだこの胸!?」
自慢じゃないが私は貧乳だ。だがこれはどう見てもCカップ、いや、Dはありそうだ。それにウエストもえらく細い。自分で考えてて悲しくなってきた……。
……これ誰?
と考える。一晩で急激に痩せてしかも胸だけ大きくなったのでなければ、これは私じゃない。するとまた頭にフワッと言葉が浮かんでくる。
……私はレティシア・ローゼンブラード……
レティシア・ローゼンブラード? わけが分からない。こんなところにいるのも、体が変化してるのも、疑問に答えるかのように言葉が浮かんでくるのも、いったいどういうことなのだろう? 考えても今度は答えが出てこない。
とりあえずベッドから降りて部屋を調べてみる。床も壁も不思議な材質だ。硬いけど柔らかくも感じる。しかもうっすらと光を発しているようにも見える。この材質はなんだろう? 答えはない。
ほんの八畳程度の広さしかない部屋だ。部屋の隅に摺りガラスのような材質の扉があって、開いてみるとトイレとシャワーがあった。鏡もある。
「えっ!? ええええ!?」
鏡を覗き込んで、思わずまた声が出た。映っているのは見飽きた私の顔ではなく、綺麗な外国人の少女だ。北欧系なのかな? 髪は美しい銀髪で、瞳は深い碧だ。ちょっと吊り目気味だけど、怖い印象はない。
どう見ても私ではないが、鏡は正確に私の動きを反転して映している。
どういうことか分からなすぎて頭が真っ白だ。他に扉はないし窓もない。ここからどうやって出れば良いんだろう?
「はぁ……」
ため息をついて、ベッドに腰掛けた。もう一度じっくり部屋を見渡してふと思った。
これじゃ牢屋じゃない?
すると、最悪の回答が頭に浮かび上がった。
……ここはアーベントロートの牢獄。世界中の悪党が収容されていると聞いた……
アーベントロートてどこなのよ? 外国?
……アーベントロートは、アポロニア大陸の南東に位置する武装中立国……
聞いたことないなぁ、そんな大陸もアーベントロートなんて国名も。
途方に暮れていると、カシャと音が聞こえて私は顔を上げる。
目の前の壁が二十センチ四方くらいに凹んでいる。その中には、小さなお皿とその上に薬のようなカプセルが一つ置いてある。私はカプセルを手に取って眺めた。
薬かな?
……これは食事……
すぐに頭に答えが浮かび上がってきた。状況が不思議すぎて理解が追いつかないが、食事ならと口に放り込み、飲み込んだ。何の味もしないし、お腹が膨れるようなこともない。
壁の凹みは私がカプセルを取るとすぐにカシャと音を立てて閉じ、もとの白い壁に戻ってしまった。
再び途方に暮れると、何やらドーンドーンと壁の外から音が聞こえる。壁の厚さや遮音性が分からないので何とも言えないが、壁のすぐそこで何かが爆発してるようにも聞こえる。もしかするとさっきから音はしていたのかもしれないが、気が動転しすぎて聞こえてなかっただけかもしれない。
「何の音だろう?」
頭に答えは浮かばない。なぜだ。
こうして途方に暮れていても仕方ないので、先ほど凹んだ壁を叩いて呼びかけてみる。
「誰かいませんかー! いたら返事してくださいー!」
すると、すぐに反応があった。壁の一部、今度は十センチ四方くらいの部分が透明なガラスのような素材に変わった。覗き込むと、訝しげにこちらを見る老人の顔が見えた。
「何か用か?」
口の動きと聞こえてくる言葉が違うことにすぐ気付いた。勝手に翻訳されてるような感じだ。
「あなたは誰ですか?」私は訝しげな目に問いかける。こちらの言葉は分かるだろうか?
「わしは看守だ。お前から声を掛けてくるとは珍しいな」
言葉は通じたようだ。
「私は何の罪でここに入れられてるんですか?」
「なんじゃ、忘れたのか?」ちょっと呆れた顔で老人が答える。「ヴェードルンド王国を滅ぼした罪で懲役二千五百年の刑に処されたんだろうが。まだ収監されて十年しか経っておらんぞ」
二千五百年! 国を滅ぼしたって! しかも十年も収監されてるって、いったい歳いくつなの!?
疑問は尽きないが、聞いておくべきことはたくさんある。
「懲役って、私働くんですか?」
「何を言ってるんじゃ。お前さんのその膨大な魔力を懲役分として日々徴収しているだろうが。まぁ、こちらで勝手に吸い取ってるだけだから忘れてしまったかもしれんが」
「魔力……。私魔法が使えるんですか?」
「かつてはな。その中では一切の魔法は使えんように強力な結界が施されている」
「なるほど……」
どうやら私、レティシア・ローゼンブラードは魔法使いで、ヴェードルンドという国を滅ぼして、その罪で懲役二千五百年らしい。なんというか馬鹿げた話すぎて、論理的に理解はできても感情が追いつかない。
「話はそれだけか?」老人看守が話を打ち切ろうとしている。まだ話はある。
「外から聞こえる爆発音は何なんですか? うるさくて堪らないんですけど」
「ああ、あれか」老人看守はアゴに手をやって、言うべきかどうかちょっと考えていたようだが、言っても問題ないと判断したようだ。「あれはな、魔法の爆発音だ」
「魔法の? 誰か戦ってるんですか?」
「うむ。アーベントロートはシュタール帝国とハーフルト連合王国の両国から攻められている」
「戦争中なのですか?」
「目的はお前さんだ」
「ええっ? 私?」
「強力な魔法使いであるレティシア・ローゼンブラードを我が手にせんと、シュタール帝国もハーフルト連合王国もこの牢獄目指して攻め込んできているんじゃ。もうひと月ほど経つが、まったくもって迷惑な話だ」
「それは……何と言うか、スミマセン」
なんとなく謝ったけど、私のせいじゃないよ。
「まぁ、この牢獄は難攻不落じゃ。そう簡単には落とされん」
「ここよりも、政府とか首都とかの方が危ないんじゃないのですか?」
「何を言うておる」老人看守はさも当たり前に言った。「アーベントロートはこの牢獄だけの国家だ。世界中から囚人を預かることで、国が成り立っている。ここが落ちればアーベントロートは終わりじゃ」
牢獄国家か。変わった国もあったものである。
話は終わりとばかりに老人看守が振り返る素振りを見せたので、最後に一つだけ聞いておくことにする。
「今は何年ですか?」
「ユニオール暦なら八百七十三年じゃ」
なるほど、分からない。とりあえず寝よう。目が覚めたらもとの世界に戻ってるかもしれないし。
目を覚ますと牢獄でした。
次話は明日です。