第9章 選ばれなかった者
神器と聞くと…神社に住んでいる獣人族のおばあさんの話が、霧がかった記憶の中から顔を出した。
不死は最も神に近い存在だと。
不死は神器という神の力がこもった道具を使い、生命を滅ぼせる程の力を得ると。
僕は正直…羨ましかった。
だって、それだけの力を得れば、みんなを守れるんじゃ無いかって思えたから…
そうしたらきっと…誰も苦しまなくていいのに。
「どうやって選べばいいの? 」
霧の様に朧気な過去を思い返していると、肩まで掛かる金髪を揺らす僕の妹、ゆいが大和さんに首を傾げた。
すると大和さんは、赤い眼をゆいに向けて軽く微笑み、僕の腰辺りで浮かんでいる神器達に目を向けた。
「簡単な話だ。『これかな?』って思ったやつを取ればいい 」
「…それだけ? 」
「あぁ、それだけ 」
ゆいは大和さんの返事にきょとんとした顔をしたけど、すぐにその顔は真剣なものになり、何かに気が付いたようにゆいは神器達に向かって足を進める。
その足には迷いは無く、ゆいは浮いている宝石や刀などに目もくれずに、鮮やかな緑色に金色の風の模様が描かれた短剣に向かって行く。
短剣をゆいが掴むと同時に、この白い空間に心地が良い風が生まれ、しばらくしてその風が止むと、大和さんはそれを待っていたように手を叩き始めた。
「おめでとう…それがお前の神器だ 」
「これが…私の神器? 」
ゆいは掴んだ短剣を愛おしそうに見つめると、乾いた笑みをその顔に浮かべた。
そんな笑顔を見ると、何故か自分の心臓が早くなるのを感じた。
(…? )
「悠人、私が先に行ってもいい? 」
不意に早くなった心臓に、正直言って困惑していると、後ろから鈴のような声が聞こえた。
それは僕の姉ちゃんの声だ。
「う、うん…大丈夫だよ 」
僕の言葉に、姉ちゃんは笑顔を見せると、ゆっくりと宙に浮かぶ神器達に向かって足を進めた。
ゆいと同様、その足には迷いは無い。
浮かぶ神器達には目もくれず、赤い宝石が無数に入った銀色の短弓へと向かって行く。
そして姉ちゃんが銀色の短弓をそっと握ると、熱風がこの白い空間に響き渡り、僕の顔を熱が叩いた。
すると再び、大和さんは手を叩き始めた。
「おめでとう、それがお前の神器だ 」
「神器… 」
神器と言う言葉を聞いてか、姉ちゃんは乾いた笑みを浮かべると、その神器をまるで大切なものの様に胸に抱きしめた。
それを見ると、また胸の辺りに不快感が生まれてしまう。
「悠人、次はお前だ 」
「あっ…はい! 」
胸に生まれた奇妙な困惑の中、大和さんの声に我に返り、胸の中で蠢く不快感を無視して足を前に進める。
ゆっくり…ゆっくりと。
けれど何も感じない。
何もこれかな?と思えない。
「えっと、大和さん… 」
「んっ、どうかしたか? 」
「僕…何も感じないんですけど… 」
恐る恐る自分が想像したくない事を聞いてみると、大和さんは何か複雑そうな顔をし、髪を掻き毟り始めた。
「あー…あれだ。そのー…なんかすまん 」
何かを察したように、大和さんは謝ってくる。
僕の希望を塗り潰す様な言葉が信用できず、とりあえず自分の右頰を引っ張ってみるけど、肉が不自然に伸びて普通に痛かった。
「あの、普通に痛いんですけど… 」
「現実だからな、本当にすまん…まぁ、そんなに心配はするな。生活によっちゃ全く必要のないもんだから 」
「いやでも、ゆいと姉ちゃんは選ばれて僕だけ選ばれないって普通に悲しくないですか!?」
「うん、ほんとごめんな 」
自分が一番心配して居た事が、見事に的中したようだ。
僕は選ばれなかった。
それを理解すると、何故かは分からないけど、瞳の中に熱い涙が満ちて行く。
「ちょっ、大丈夫か? 」
大和さんは心配そうな表情を浮かべながらこちらに駆け寄ってくるけど、眼から溢れる熱いものを抑える事が出来ない。
「は、はい、大丈夫です。色々と…打たれ弱い…だけなので… 」
涙を止めようと必死に目を擦り、大丈夫だと大和さんに伝えたけど、大和さんはとても気まずそうな顔をしながら忍さんに助けを求めた。
「うん大丈夫じゃ無いな。忍、とりあえず悠人を上に連れてって、落ち着かせてくれないか? 」
「かしこまりました 」
「っ!? 」
忍さんの声は、僕の真後ろから聞こえた。
それに驚き、後ろを振り向こうとしたけど、それよりも早く体を持ち上げられ、忍さんの綺麗な顔が間近に見えてしまう。
綺麗な顔が間近にある。
ただそれだけで顔は火照り、恥ずかしい気持ちで胸の中が一杯になってしまう。
「わちょっ、離してください! 」
「嫌です 」
綺麗な笑顔で忍さんからそう言われ、抵抗しようと体を動かすが、そんな抵抗も虚しく、がっしりと抱かれたまま忍さんは足を進め始める。
男なのに女性から抱き抱えられている状態に、安心感と恥ずかしさがぐるぐると頭を掻き乱していく。
「忍! 」
突然、後ろから大和さんの大きな声が響くと、驚きのあまり、体が跳ね上がってしまう。
どうしてこんなに大きな声が忍さんの足がピタリと止まった。
「なんもすんなよ 」
「えぇ、何もしませんよ 」
ただそれだけの会話だったのに、何故か空気は一気に淀み、身の危険を感じた体は痛々しく心臓を跳ねさせ、得体の知れない恐怖を訴えてくる。
「紬… 」
「…なんじゃ? 」
「…着いてけ 」
「ほいほい… 」
大和さん達の暗い雰囲気のやり取りが聞こえると、忍さんは綺麗な顔に笑みを不自然に貼り付けたまま、何も喋らず白い階段に向かって足を進める。
「え、えっと…どういう状況なんですか? 」
「お主は黙っとれ 」
いつの間にか僕達の前に居る紬さんの威圧的に言葉におし黙る事しかできない。
綺麗な笑顔を不自然に固めた忍さんと、何かを警戒しているように狐の耳を立てた紬さん。
そんな気まずい空気の中、僕が体に感じていたのは、忍さんの手から伝わる人の温もりだった。
…昔、誰かにこうして温もりを貰った事がある。
暖かくて…心地が良くて…心底安心できて…それに縋る様に生きていた。
霧がかった記憶の中で、そんな温かな思い出を見つけると、見つけた不意に意識は微睡み、暗い暗い場所に沈んで行ってしまった。