第8章 神器の間
「あの…すみません 」
「はい、なんでしょうか? 」
前にいる、僕より背が高い使用人さん…忍さんに話しかけると、忍さんはすぐさま立ち止まり、綺麗な灰色の瞳をこちらに向けてくれた。
「えっと、この服ってここで作られたものなんですか? 」
自分が着ている紬を見ながら忍さんに尋ねてみると、忍さんは僕に薄い笑みを浮かべて、首を軽く傾けた。
「そうですよ。その服は私が選んだのですが…お気に召さなかったでしょうか? 」
「ち、違いますよ! ただ…着心地がとてもいいなと思っただけです 」
「そうですか! それなら良かったです 」
忍さんは急に綺麗な笑顔を浮かべ、僕の顔を灰色の瞳でじっと見つめてくるものだから、反射的に目を逸らしてしまう。
綺麗な人から向けられる笑顔ほど胸を熱くさせるものはないなと実感していると、後ろから声がかかった。
「ねぇ悠人…大事なこと忘れてない? 」
声を掛けて来たのは姉ちゃんの鈴の様な声だった。
「え…何が? 」
「悠人、ずっと体を拭いてなかったから臭かったのに…今は全然臭く無いし、服が変わってるってことは誰が着替えさせたの? 」
鮮やかな赤い狐の耳を揺らしながらそう聞かれ、3秒くらい考え込んでしまう。
そして姉ちゃんが言いたい事に気が付くと、自分の顔が沸騰しそうなほど熱くなっていく。
言われて見れば確かにそうだ。
僕の故郷…獣人族の里は、そんなに不死の国から離れていなかったから、2人を背負って1週間くらいで着いたけど、その間1回も体洗って無い。
つまり1週間も体を洗っていないにも関わらず、体が臭く無いということは、自分が寝ている間に体を洗われたと言うことだった。
それが分かると猛烈に恥ずかしくなり、地面に座りこもうとするが、後ろから脇の下に手を入れられ、そのまま上に持ち上げられた。
「お兄ちゃん、私早く神器が見たいから恥ずかしがるのは後にして 」
そう毒舌気味に話し掛けるのは、僕の妹…ゆいだった。
さっきまでは寝起きで少し弱気だったけど、今は起きてからしばらく経ったからか、いつも通りのゆいの顔付きになっていた。
「わかった! わかったから下ろして! これちょっと恥ずかしいから! あと腕が痺れてきたから! 」7
僕の必死さが通じてくれたのか、ゆいは長いため息を吐くと、僕をそっと床に下ろしてくれた。
「…ふぅ 」
熱い顔を冷ますために一息付き、腕の痺れを無くそうと手を握ったり開いたりを繰り返していると、僕達3人の前にいる忍さんは口元を隠し、クスクスと笑い始めた。
「仲がよろしいですね 」
この状況を見られた事に恥ずかしさを感じ、さっき冷めた顔と耳が熱くなるのを感じていると、忍さんは笑みを急に消してしまい、ヒラヒラの服を広げながら後ろを振り向いた。
「さて、そろそろ進まないと私が怒られるので行きましょうか 」
忍さんがそう言い終えた瞬間、また一瞬だけ空気が乾いた。
「『神器の間』へ 」
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足を早める忍さんと共に廊下を進み続けていると、この建物の一階の端にある、異様に黒い扉の前で、忍さんは足を止めた。
「ここに入る前に、1つだけお約束をさせて下さい 」
約束事と聞き、ついさっき忍さんに騙された時の事を思い出してしまう。
勢いよくドアを開けろと言うから、勢いよくドアを開けると、そこには着替え中の大和さんがおり、女性の下着を見てしまった。
「お兄ちゃんどうしたの? 顔が赤いよ? 」
「んっ!? な、なんでもないよ… 」
ゆいの声が耳に入った瞬間、ある事を思い出してしまい、すぐに顔を前に向けると、そこには満面の笑みを浮かべている忍さんの顔があり、灰色の瞳から目を逸らしてしまう。
「え…あの…今聞こえたこと…忘れて下さい。お願いします… 」
「嫌です 」
多分僕の心の中を読んだであろう忍さんは、笑みを浮かべたまま、バッサリと僕の願いを地面に叩き付けてしまい、恥ずかしさのせいで涙が溢れ出そうになってしまう。
「どうしたの悠人? なんで涙目になってるの? 」
そんな僕に追い討ちをかけるような姉ちゃんの言葉に、床に座り込みたい衝動に駆られてしまうけど、ゆいが神器を早く見たいと言ったことを思い出し、それをグッと堪える。
「悠人様を待ってたらキリが無いので、そろそろ話を戻しましょう 」
またも忍さんからバッサリと切り捨てられ、少し心が傷付くが、これも頑張って我慢していると、忍さんは不意に笑みを顔から消し、後ろにある黒い扉に目を向けた。
「この扉の向こうには、地下に繋がっている階段があります。地下は4階まであり、今から行くのはその1番下の階層にある『神器の間』です。けれど、その地下の3階部分の階段を渡る間だけは決して目を開けないで下さい 」
忍さんの真剣な顔付きに押されるように黙り込んで話を聞いていたけど、僕の隣にいるゆいは凄ぶる不思議がる様に小さな手を上にあげていた。
「どうして目を開けちゃダメなの? 」
ゆいの言葉に、忍さんは顎に手を置いて少しの間考え始めたけど、しばらくして忍さんは顎から手を腰に移し、ゆいに向かって深々と頭を下げた。
「大変申し訳ございませんが、それはお答えできません 」
「じゃあそこは何をする場所なの? 」
頭を下げる忍さんに、ゆいは間髪入れずにどんどん質問を投げかけて行くけど、忍さんは頭を下げたままさっきと同じ言葉を繰り返した。
「それもお答えできません 」
「じゃあ、なん」
更に質問を続けようとしたゆいの口に後ろから左腕が回り、その小さな口を姉ちゃんが左手で塞いでしまった。
「ごめんなさいね、余計に詮索してしまって。この子好奇心旺盛なんですよ 」
「いえいえ、お構いなく 」
ゆいの口を抑えた姉ちゃんは忍さんに向かって微笑みながら丁寧に謝ると、忍さんは頭を上げてゆっくりとその綺麗な顔に微笑みを浮かべた。
「ゆい、人には事情があるからそんなに質問ぜめしたら困っちゃうでしょ 」
ゆいは姉ちゃんから怒られたと思ったのか、少し落ち込む様に耳を下に下げた。
ゆいは項垂れながら「ごめんなさい 」 と謝ると、姉ちゃんは謝ったゆいの頭を優しく撫で、優しい笑みを浮かべた。
「次から気を付けようね 」
「…うん 」
姉ちゃんは昔から2人目のお母さんみたいな人だった。
そのせいでゆいは姉ちゃんにほとんど逆らえない。
けれど理不尽な事は言わずいつも優しく接してくれる、他人に誇れる姉ちゃんだ。
「さて、そろそろ『神器の間』に行きましょうか。これ以上遅くなったら本格的に怒られるので 」
そんな事を思っていると、忍さんはヒラヒラした服を広げながら後ろに振り返り、異様に黒い扉を右手で軽く押し開けた。
すると、その扉は何の音もなくゆっくりと開いた。
「…えっ?」
扉の先は真っ暗な影が広がっており、その影の中には1人しか通れないほど狭い白い階段が見えるだけで、それ以外は形が無い影が広がっているだけだった。
「では皆様、私について来てください 」
忍さんは僕達に顔だけを向けてくると、ゆっくりとその白い階段を降りていく。
その眼に映る異様な光景に少し怯えていると、横にいる姉ちゃんとゆいが急に頭を撫でてきてくれた。
「大丈夫。3人で行けば怖くないから 」
「私もついてるからね 」
そう2人に言われると少し安心してしまい、安心が生まれた心で覚悟を決めて、異様に白い階段へと足を運ぶ。
階段の1段目を足で踏むが、一切音が鳴らない。
2段目も同様に音が鳴らない。
ただ感じるのは自分の呼吸音と心臓の音だけ。
そのせいで歩む足を止めてしまうが、後ろからするゆい達の呼吸音が聞こえ、安心しながら足を前に運ぶ。
それをずっと繰り返していると、かなり下に降りている忍さんがしっかりと見えてきた。
「あら、思ってたより早いですね。もう少し、遅く来るかと思っていました 」
忍さんは足を止めると、顔だけをこちらに向け、綺麗な顔に笑みを貼り付けた。
「はい! めちゃくちゃ鳥肌たってますけど姉ちゃんとゆいが後ろにいるから大丈夫です 」
「お兄ちゃん遅い、順番変わる? 」
「こらこら、悠人が困るでしょ 」
後ろからの会話が聞こえる限り、僕は安心して足を踏み出せる。
忍さんは僕達を見てか、何故か面白くなさそうに表情を変えたけど、すぐに興味を失った様に僕達を置いて階段を降り始めた。
そんな忍さんに着いて行く様にしばらく階段を降り続けていると、前に居る忍さんは降りる足を止めた。
そのお陰でようやく追い付いたと胸を撫で下ろしたけど、忍さんの背中から見える白い階段は急に途切れていた。
「ここからが三階です。なので上で約束した通り、目を閉じて下さい 」
「え、でも、階段途切れてますけど… 」
「これは見えていないだけです。ですが目を閉じたまま降りるのは危険ですので、手を繋ぎましょうか 」
細くしなやかな手を差し出され、戸惑いながらもその差し出された手に指を絡ませると、とても暖かい手の温もりが伝わって来た。
そんな心地の良い手の感触を感じていると、自分の背中をつつかれた。
後ろを振り向いてみると、そこには耳を下に垂らし、怯えた様な顔をしているゆいが僕の方に手を伸ばしていた。
「お兄ちゃん、私とも手…繋ご 」
「え…どうしたの? 」
ゆいの後ろに居る姉ちゃんも少し青い顔をしている事に気が付き、2人に向かって声を掛けるけど、姉ちゃんはゆっくりと震える息を吐き、弱々しい笑顔をこちらに向けてくる。
「大丈夫だよ。ちょっと気持ちが悪かっただけだから 」
「そう…なの? 」
姉ちゃんがそう言うなら大丈夫だろうと少し安心していると、ゆいは無言で僕の左手を取り、小さな右手で僕の手を力強く握り、空いたゆいの左手は後ろにいる姉ちゃんが優しく握った。
「準備はできましたね。では、目を閉じて下さい 」
「はい! 」
忍さんの言葉に合わせてゆっくりと目を閉じると、急に前にグイっと引っ張られ、転びそうになってしまう。
けれどゆい達と手を繋いでいるから転ばずに済み、自分も前に足を出して少しずつ階段を降りていく。
階段から音が一切出ないのには変わりないが、いつの間にか後ろにいる2人の呼吸音や自分の心音が聞こえなくなっている事に気が付く。
暗闇の中で感じるのは忍さんの細く柔らかい手と、ゆいの暖かな小さな手の感触。
後は階段を降りるたびにわずかにくる、足への負担のみ。
ゆっくり…ゆっくりと下へ降りていく。
ただ体の感触だけを頼りに、足を進める。
それを体感で十数分ほど続けていると、前に引っ張られる力が急になくなった。
「皆様、目を開けてください 」
忍さんの優しい声が聞こえ、言う通りにゆっくりと目を開けると、忍さんの背中の向こうに、銀色の綺麗な扉が構えられていた。
その扉はとても綺麗すぎて、逆に近寄りたくないような雰囲気を醸し出していた。
「綺麗… 」
「凄い… 」
後ろから2人の声が聞こえ、しっかりと2人が居る事に安心していると、右手で掴んでいた細い指がするりと抜けた。
忍さんが扉に近寄り、そっと細い右手を扉に当てると、その扉は音もなくゆっくりと開いた。
「っ! 」
開いた扉から白く眩い光が漏れ、急に現れた明るさのせいで目を閉じてしまう。
鋭い光に目が慣れてから、瞼をゆっくりと開くと、扉の向こうには真っ白でだだっ広い空間が広がっていた。
その空間の上の方では、キラキラと光る宝石や刀や劔などの武器達が、シャボン玉の様なものに包まれて宙に浮いている。
そんな現実では有り得ない様な光景に見惚れていると、前から人が歩いて来ている事に気が付いた。
「やっときたか。遅すぎじゃ 」
「大変申し訳ございません。紬様 」
前からやって来た紬と言う人の服装は、とても『和の国』を連想する様なものだった。
大和さんの様な雪のように白い長い髪と、獣人族特有の白い狐の耳、上半身には髪に似合う白い法被を着ており、下には赤い野袴を履いていた。
「忍、そこにおる黒髪の奴が悠人か? 」
「えぇ、そうですよ 」
忍さんの答えに、紬さんは金と灰色が混じり合ったような瞳をこちらに向け、僕の方に向かってくる。
近くにやって来た紬さんは意外に大きく、目を合わせるために顔を上にあげると、紬さんは少し威圧的に質問をして来た。
「お主、背中に違和感はないか? 」
「えっ! いや、ありませんけど 」
「不思議な奴やのぉ。とりあえず後ろ向いて力を抜け 」
何故そんな事を言ってくるのか分からないけど、断る理由もなく、言われるがままに後ろを向くと、少し心配そうな顔をした姉ちゃんと、何かを警戒するような顔をしているゆいの姿が見えた。
「ちと痛いぞ 」
「え、どうし」
その言葉がどう言う意味なのかと質問しようとした瞬間、背中に肉が抉られた様な激痛が走った。
「うぐぁ!!? 」
突如走った激痛に視界がブレ、悶えながら首だけで後ろを振り向くと、辛うじて見える紬さんの右手には赤い液体がねっとりと絡み付いている。
「悠人!! 」
前から姉ちゃんの声がした瞬間、風が逆巻き、真後ろから突然鈍い音がした。
痛みに耐えながら首を再び後ろに回すと、そこにはゆいが紬さんの顔面に右足で蹴りを入れているのが見えた。
「やるのう、お主 」
しかしゆいの蹴りは顔面には入っておらず、紬さんの左手で足を掴まれていた。
「神器を持たずにここまで強いとは驚いだぞ 」
楽しそうに笑顔を浮かべてる紬さんは、ゆいの右足をすぐに離すと、ゆいは怒りを静かに込めたような顔をして首を捻った。
「なんで無事なの? 殺す気で蹴ったのに 」
「…儂もお主らと同じ、半獣人じゃからな」
紬さんの右手に付いた血からは、白い煙を上がり始めた。
けれどそんな事を気にしてない様に紬さんは好戦的な笑みをゆいに向け続けていると、ゆいは細く長い息を紬さんに返した。
「じゃあ…本気で蹴る 」
「待ってゆ」
僕の言葉はゆい届く事なく、さっきとは比にもならない音が真っ白な空間に響き渡り、余りにも強い音のせいで目を一瞬だけ閉じてしまう。
恐る恐る目を開けると、そこには右足を上げたまま固まっているゆいと、不完全に右腕を伸ばして止まっている、紬さんの姿が見えた。
「お2人とも… 」
そんな不機嫌そうな声と共に、固まっている2人の間に忍さんが幽霊の様に現れ、その忍さんの両手はゆいの足と紬さんの手首を掴んでいた。
「そろそろおやめ下さい。主に紬様 」
ため息混じりの言葉と共に、忍さんは掴んでいる右手首と足を離した。
するとゆいは後ろに跳び退き、不機嫌そうな顔をしたけど、僕の方をチラリとみると、心底不思議そうな顔をして構えを解いた。
「いやぁ、すまんのう。こいつが結構強いんで、血が騒いだんじゃ 」
「その割に魔法を使おうとするのは、フェアでは無いような気がしますが 」
「むぅ、たしかにそれは悪かったの 」
忍さん達の話に着いていけず、ぽかんとしていると、少し不機嫌そうな顔をしたゆいがこちらに近付いて来た。
「お兄ちゃん、大丈夫? 」
「あ…うん、大丈夫。ゆいの方も大丈夫? 」
「うん…平気。後お姉ちゃんも大丈夫? 」
「耳が痛いけど平気だよ 」
姉ちゃんの無理をしている言葉に慌てて後ろを振り向くと、そこには狐の耳を垂らしながら、顔を顰めている姉ちゃんが地面に尻もちをついていた。
多分…あの鈍い音が耳に来たんだろうか?
そういえば昔、姉ちゃんは花火の音で顔を顰めていたのを思い出した。
「えっと、姉ちゃんは大丈夫? 」
「うん、大丈夫。もうちょっとしたら治るから 」
姉ちゃんは少し弱い笑みを浮かべながらそう言ってくるけど、その弱い笑みが逆に不安を引き立て、慌てて姉ちゃんの隣に行こうとした。
その瞬間、思ったよりも体が軽く、前のめりに倒れそうになってしまう。
「わ!? 」
地面に頭を打つ。
そう直感したけど、顔に感じた衝撃は地面に当たる硬いものではなく、少し柔らかいものに当たったような衝撃だった。
「…大丈夫ですか? 」
忍さんの声が聞こえ、驚きながらも顔を上げると、そこには忍さんの綺麗な顔が見えた。
そして自分が忍さんの腹部に当たったのだと理解した瞬間、急速に顔が熱くなって行く。
「ご! ごごごっ、ごめんなさい! 」
「はぁ…大丈夫です。それより体は大丈夫ですか? 」
「えっ? えっと、あの…なんだか体が軽くなったような? 」
忍さんから目を逸らしながら自信無さげ答えると、忍さんはもう一度ため息を吐いて紬さんの方に目を向けた。
そうすると紬さんはため息を吐き、こちらに向かって歩いてくる。
紬さんの右手は何か握っており、近付いてくる紬さんを警戒して居たけど、紬さんは僕の前に来ると、急に床に胡座で座ってしまった。
「いやぁその…すまんかったの 」
「…へ? 」
こんな事、思ってはいけないと思うけど、急に背中をよく分からない方法で傷つけた人から急に謝られるのは、少し気持ちが悪い。
「紬様、説明もちゃんとしてください 」
忍さんのため息混じりな声が聞こえると、紬さんはやれやれと言いたげに、右手に握っていたものを見せてきた。
「え、これって… 」
紬さんの手に握られていたのは、どんぐりのような大きさをした無数の銃弾だった。
「コレは弾丸じゃ 」
「な、なんでそれを紬さんが持ってるんですか? 」
「これはお主の体内にあったものじゃからな 」
「…?? 」
当たり前の様に言われるが、紬さんの態度が相まって訳が分からなくなってしまい、無数の疑問が頭の中を動き回る。
「…どういうことですか? 」
「簡単な話じゃ。撃たれた弾がお主の背中の中に残っとったんじゃよ 」
その話を聞いた瞬間、あの時のことを思い出した。
『不死の国』に着いた時、後ろから何発も背中を撃たれたことに。
「あっ! 」
「心当たりがあるようじゃな。ま、安心せい。手と足に弾は残っとらんからな 」
今まで背中に弾丸が埋まっていた事にゾクリと背中が疼いていたけど、紬さんの話の中に、ある疑問を感じ取ってしまった。
それは、どうして手足に弾丸が残ってない事を分かるのかと言うものだった。
「えっ、分かるんですか? 」
「うむ、儂の魔力、『疵瑕』…じゃったかのう? まぁそれで体の欠陥を見れるんじゃよ 」
紬さんの話を聞き、初対面なのに体に違和感がないかと聞いてきた辻褄が合い、納得してしまう。
「ちなみに背中から弾丸を抜いたのも魔法じゃ。確か『掠奪』と言う 、物体の中から物を取る魔法じゃったっけ? 」
「えっと…つまり僕を治療してくれたって事ですか? 」
「まぁ、そう言う事になるのぉ 」
狐の耳をピンと立て、自信満々にそう答える紬さんを見てすぐにお礼を言おうとしたけど、後ろからゆいでも姉ちゃんでも無い人の足音が聞こえ、反射的に後ろを向いてしまう。
「…楽しそうだな 」
そんな聞き覚えのある声が白い空間に響き渡ると、突如として紬さんの目が焦る様に泳ぎ始める。
「お、おう大和…ど、どうしたんじゃ? 」
後ろを振り向いてみると、尻餅を付いた姉ちゃんの後ろに見覚えがある白髪の女性、大和さんが鋭い赤い瞳を紬さんに向けていた。
「私はお前に神器の間の監視を頼んだはずだ。それなのに…なんでお前は遊んでんだ? 」
「いやじゃってお主の前におる2人が結構素質があるなって思おうて…な… 」
大和さんの顔を見るなり、紬さんは怯える小動物のようになっていき、最終的には完全に黙り込んでしまぅた。
すると大和さんはため息を吐き、頭を掻きながら僕の方に歩いてくる。
「悠人、大丈夫か? 」
「はい! 大丈夫です 」
差し出された手を掴み、その手に引かれながら起き上がると、大和さんは気さくな笑みを僕に向けてくれ、その笑みのまま顔をゆい達に向けた。
「私は大和…この国で王をやっている。よろしくな、ゆい、雅 」
初対面なハズの姉ちゃんとゆいにも、大和さんは気さく雰囲気で話し掛けるけど、2人は何か複雑そうな顔をして警戒している様だ。
…なぜだろう?
「さて、ここからが本題だ。おい紬、立て 」
「あ、あんまり急かさんでくれい 」
紬さんは大和さんの言葉で慌ただしくその場に立ち上がると、白い空間の奥の方へ走って行ってしまった。
その空間の壁のようなものに紬さんの手が触れると、宙に浮いていたシャボン玉たちが割れ、中に入っていた武器達が落ちてくる。
けれどそれらは地面に落ちる事は無く、ちょうど僕の腰あたりの高さでピタリと止まった。
そんな現実では有り得ない様な光景に呆然としていると、視界の中に居る大和さんは凛とした笑みを浮かべた。
「さぁ、この中から選べ。お前らの力になる神器を 」
神器という響きに、僕の心臓は期待でドクンと高鳴った。