記憶の断片 3ページ
暗闇の中、遠くでパキパキと水が弾ける音が聞こえている事に気が付いた。
不定期に鳴り響くその音は別に気にはならなかったけど、あまりにもしつこく音が鳴り続けるものだから段々とそれが耳障りに感じ始め、ゆっくりと闇の中で目を開くと、そこには揺らめく赤い炎が見えた。
「んっ… 」
何か声を出そうとしたけど、喉が閉じているせいでか細い声しか出ず、体も起こせずに揺れる赤い炎をしばらく眺め続けていると、その炎を遮るように男の上半身が視界に入り込んできた。
「っ!? 」
その男の裸の上半身を見た途端に驚いてしまい、慌てて体を固いものから起こすと、突然頭を殴られたような鈍い頭痛に襲われた。
「いづ!? 」
「おいおい大丈夫か!? 」
私を心配するような暖かい声を聞き、頭痛が引いてからゆっくりと顔を前に上げると、そこには私を心配そうに見つめる2つの鏡のような眼が見えた。
私の驚いた顔を映すその目を見ると思考が止まり、胸に掛かっていたもので身を守るように布を胸に抱き寄せる。
「あなたは…誰? 」
「俺はアキラだ、凜音。久しぶり…なのか? 」
「嘘…だってアキラは…死んだの 」
この夢のような現実を否定するようにそう呟くと、私の光が死んだ事実を再確認してしまい、両目から涙が溢れてしまう。
胸を覆うように生まれた悲しみが私を絶望の底に引きずり込もうとするが、沈む手を引っ張り上げるような暖かい手が頬に触れた。
「あぁ、死んでたよ…今の今までな 」
「…どういう事? 」
「俺にも詳しく分からんが…目が覚めたのは土の下だったんだよな。んで遠くの方で誰かの叫び声が聞こえて、これを使って出てきた訳だ 」
アキラは少し自慢げに右手の親指に嵌めた少し悪趣味な骸骨型の指輪を私に見せつけて来た。
確かこれは『薄倖の闇天』というアキラの神器の1つだった。
それを持ち、その効力を使っているということは………
「本当に…アキラ? 」
「あぁ、アキラだ。まぁ信じられねぇのも無理はねぇし………俺も何が起こって」
アキラは何か言っていたが、そんな事がどうでも良くなる感動が体を突き動かした、アキラの上半身に抱き着いてしまった。
「良かった…生きてて…本当に良かった… 」
「り、凜音…服… 」
「服? 」
そんな喉から絞り出すような声に疑問を感じ、アキラの男らしい体から自分の体に目を移すと、そこには私の肌も乳首も見えており、慌てて体をアキラから離して地面に落ちたアキラの服を胸に抱き寄せる。
「な…なんで… 」
「OKまずは話を聞いてくれ 」
何故自分が裸なのか分からずにただただ困惑していると、アキラは赤くなった顔を横に向けて私から目を離した。
「えっとな、服がびしょ濡れだったら風邪引くだろ? だから脱がしたんだ 」
その私を心配している言葉で少し冷静になると、広がった視野に私が今まで着ていたびしょ濡れな服が炎の側で乾かされているのが見えた。
人を気遣って服を脱がしたのなら別に文句は無いけど、ただ…1つ気になる事がある。
「………見た? 」
「………少し… 」
耳を赤くさせながら恥ずかしがるアキラに、『恥ずかしいのはこっちだよ!』と叫びたかったが、その恥ずかしさは口に出せず、モヤモヤとした気持ちと共に頬に熱を生み出すだけだった。
「いやマジですまん…結婚前の女の裸を見てしまって 」
「いや…もういいよ 」
アキラの服で熱い顔と体を隠し、お互い何も言えずに燃える枝が弾ける音を聞いていると、アキラは私から目線を離したまま、少し心配するような重い声で質問をしてきた。
「なぁ…俺が死んだ後、どうなった? 」
「……… 」
その質問にはすぐに答えられなかった。
だって私達がした行為は…アキラの考えに背くことだから、それをアキラに伝えて嫌われたくなかった…けど、これは私達がやってしまった失態だ。
だから…好きな人から嫌われる覚悟をしながら、ゆっくりと息を吸う。
「アキラが死んで3週間…私達は大和を殺そうとしたの… 」
「全員…か? 」
「…うん 」
「それで…どうなったんだ? 言いたくないならなんも言わなくて良いが… 」
正直言ってこの先の事は話したくなかった。
だからそのアキラの優しさに縋りよろうとしたけど、この先の事は…絶対に伝えないといけないという責任感が私の口を突き動かした。
「見た限りだけど、半分くらい大和に殺された…ナツも…フユも…杏南も………殺された… 」
あの時の光が消えた杏南の目を思い出すと、涙が目から溢れてしまう。
私は2週間ずっと仲間の死を悲しみ、泣き続けた。
けれど涙は枯れずにまた視界を滲ませ、悲しみを増幅させていく。
「ごめんね…私なんかより…生きる価値があった仲間は沢山居たのに…私だけ………私だけ… 」
私だけ生き残ってしまった。
みんな私なんかよりいい人で…私なんかよりも優しくて…私なんかより生きる価値があった。
なのに…なのに…
「なぁ凜音…顔を上げてくれ 」
絶望の闇に沈む中、そんな優しい声が聞こえ、ゆっくりと滲む視界を上に向けると、そこには真っ直ぐな表情をしたアキラの顔が見えた。
「…今の現状は理解できた。だから生き残りを探しに行くぞ 」
「…生き残り? 」
そんな自分が考えもしなかった答えを出すアキラを潤む視界で見つめると、アキラはどこまでも優しそうな笑みを私に向けてくれた。
「あぁ、よくよく考えてみろ。大和は人間や不死を1人で全滅させられるほどの力はあるが、あいつは暴君じゃない。だから必ず殺戮はしないし、生き残りが居るはずだ 」
そんな微かな希望へと導いてくれるアキラを見て、悲しみとは違う涙が瞳から溢れるけど、少し納得がいかないというか…疑問に思ってしまうことがある。
「ねぇ…アキラは大和を恨んでないの? 」
「…仲間を殺した事はどんな理由があろうと許さない。でもな、大和に殺しをさせた原因の一つに俺の存在があるんだ。だから恨まれる事はあっても恨む事はねぇよ 」
相変わらず自己評価が低いアキラにそんな事はないと言いたかったけど、アキラの暗い眼差しを見て何も言えずに俯いてしまう。
「…凜音は大和の事はどう思ってんだ? 」
「…えっ? 」
俯く中でそんな質問をされ、どう答えて良いのか分からなかったけど、他人に自分の思いを伝えるために少し頭を冷静にし、しっかりと自分の心を整理してからアキラに思いを伝える。
「私は…仲間を殺した大和を許さない 」
「……… 」
「…でもね、なんでか分かんないけど、アキラが生きてて良かったって…復讐なんてって思っちゃったの。おかしいよね、仲間が死んでるのに…怨みが消えちゃうなんて… 」
「そうか…良かった 」
「良かった? 」
「仲間の復讐のためにまた大和に挑むなんて考えを持ってない事にな。次あいつと戦えば今度こそ全員死ぬからな 」
確かにアキラの言う通り、次大和と衝突すれば今度こそ私達は1人も残さずに死ぬだろうと実感できてしまう。
それほどまでに…大和は異質な強さを持っている。
そんな大和の強さを思い出して、殺戮の恐怖を心で感じていると、ある疑問が頭の中に生まれてしまった。
「ねぇ、アキラは生き残りを見つけたら…どうするつもりなの? 」
「…とりあえず謝るかな 」
「どうして? 」
「俺が失敗したせいで…仲間が死んじまったってな 」
なんでもかんでも自分のせいにしてしまうアキラの暗い顔を見ていると、そっと右手を伸びてしまい、俯いたアキラの頬に触れてしまう。
「ど、どうした? 急に触られるとビビるんだが… 」
「うんん…なんでもない 」
アキラの過去は杏南に聞いた事がある。
正義感に満ち溢れ、とても優しかったのに…その優しさを理解されず、受け止められず、不幸な事故を全て自分の責任だと思い込み、誰かを救わない自分には存在価値がないと今も苦しんでいる。
そんな深い深い闇の中に居るアキラを救えるような言葉は持っていないから、なんでもないフリをしてアキラの熱が伝わった右手をそっと服の中に戻す。
「それじゃあ…どこから探すの? 」
「まずは安全面と生存者が向かう可能性が高い国…『和の国』からだ。あそこなら万が一人間に見つかってもなんとかなるからな 」
確かに私の神器は複数の敵に囲まれればどうしようもないし、私とアキラの魔法は戦闘寄りではないから今の私達には戦う術はない。
ちゃんとそう言う所を考えてるアキラに安心していると、アキラは干されている私の服に手を伸ばした。
「おし、乾いてんな。んじゃ軽く外を見てくるからその間に着替えてろ 」
「うん…ありがとう 」
アキラはそう言い残すと、雨が降る外に躊躇いもなく出ていってしまった。
アキラの姿が消えたこの空間に取り残されると、というかここはどこなんだろうと今更ながら思ってしまい、辺りを少し見渡してみると、私はドーム状の建物の中に居る事に気が付いた。
よくよく壁を見てみると、それは木の葉を重ねて作られており、重ねられた木の葉を指先で1枚引き抜こうとしたけど、それはビクともしなかった。
多分だけど、これはアキラの魔法で時が止められているんだろう。
アキラの魔法は物体の時を止められる強力な魔法だけど、時を止めるには自分が作った物を用意する必要があるから、この簡易テントを作るためにはかなりの労力を使っただろうと思っていると、急に外の雨の音が強くなった。
(っ! 早くしないと )
雨に濡れてるであろうアキラを速くテントの中に入れてあげようと、少し湿っている下着と服を着て、出口から急いで顔を出すと、出口の真横には髪を濡らしたアキラが立っていた。
「お待たせアキラ 」
「おーう 」
テントの中に入って来たアキラは、少し長い髪から水を絞りながらため息を吐き出した。
「んじゃ、雨が止んだら腹ごしらえして和の国に向かうか 」
「うん… 」
次の方針を次々と決めていくアキラには少し申し訳ないけど、もう少し雨が降ればいいなと思ってしまう。
だってそうしたら…好きな人と一緒に居られる時間が増えるから。
そんな事を思いながら私達は火を囲むように地面に座り、お互い無言で雨が止むのを待ち続けた。




