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記憶の断片 2ページ



「………これから、どうしよう… 」


 森の中にある湖を覗き込み、揺れる水面に映る金色の髪と鏡のような目をした女に問いかける。


 木の種類を見るに、ここは魔の国に広がる森の中だと言うことは分かるけど、今の私には…生きる意味も死ぬ意味もない。

 ただ何もできず、ぼんやりと水面を眺める事が唯一私にできることだ。

 けれど残念なことにお腹は空腹を訴え始めた。


「何か…食べないと… 」


 何かを探すために立ち上がり、ふらつく足で森の中に足を進める。

 幸いここには茂みがなく、幻想的な木の隙間を通って何か食べれるものを探していると、色々な事を考えてしまった。


 杏南が死んで2週間。

 その間、私は何も食べずに涙を流した分だけ水を飲んでいたが、今日は何故か分からないけど、何か食べたいと思ってしまう。

 そんな事を思っていると、温かい食べ物が恋しくなってしまう。


 湯気が出るスープ。

 揚げたての唐揚げ。

 みんなで食べた…みんなで…


「うっ…っ… 」


 みんなのことを思い出すと、涙が止まらない。

 大和が全員を殺す気で不死殺しを使ったとすると、私が見ただけでも半分くらいは死んでいるし、あれから殺戮が続いているのなら、もっと仲間は死んでいるはずだ。

 そう考えてしまうと、自分だけ生き残っているこの現実に、怒りを感じてしまう。


 どうして自分だけ…どうして私が死なないで、アキラや杏南が死んでいるのか…

 そんな事を永遠と考えていると、歩く足が止まってしまい、硬い地面に膝を着いてしまう。


 胸が苦しい。

 どうしようもない怒りが脳を焼き、言葉にできない苦痛が頭の中に生まれていく。

 苦しい…

 辛い…

 消えてしまいたい…

 そんな負の思いを永遠と心の中で消化できないできないでいると、誰かの乾いた笑い声が聞こえた。


「お主の好きな物が分からんでな、てきとーに色々と持ってきたぞ 」


 その何処か乾いた声は聞いたことがある。

 それは人間の頃に聞いた声ではなく、不死の国の中で聞いたことがある声だ。


 不死の国の追ってかもしれない。

 けれど一筋の希望、生き残った仲間かもしれないという考えを持って、その声がする方に足を進めると、木々の隙間からぶかぶかな白いパーカーを着た幼そうな顔をしている暎音さんが誰かの墓石の前に座って何かを喋っていた。


「お主が死んで…もう3週間か。この歳になるとな、時の流れというものは速く感じるんじゃが、お主が居らんくなってからは…毎日が退屈で長いんじゃよ 」


 その3週間という単語に当てはまる人物を頭の中で見つけてしまい、光に集まる虫のように何も考えずにその墓石の方へ足を進めると、足音でバレたのか、暎音さんの真っ白な2つの目が私を捉えた。


「…なんじゃ凜音か。人間かと思おてちと焦ったぞ 」


「暎音さん…その墓は…誰のものですか? 」


 暎音さんの言葉を無視した私の質問に暎音さんは顔を曇らせたけど、1度深いため息を吐いてから私の質問に答えてくれた。


「アキラのものじゃよ…大和がこやつを殺した後、無理やり死体を儂が連れ出したんじゃ 」


「…どうしてです? 」


「何故じゃろうな…儂にもよう分からん 」


 雨が降りそうな曇り空を見つめる暎音さんはまた大きなため息を吐くと、空間の歪みから葉っぱとライターを取り出し、それを口に咥えて火を付けた。


 パッと見ると子供が薬をやっているように見えてしまって少し驚いてしまうが、この人は私の何千倍も生きているのだと頭の中で言い聞かせ、少し聞いてみたい事を聞いてみる事にする。


「暎音さんは…これからどうするんですか? 」


「儂か? 儂はな…ふふふっ、不死の国に戻る 」


「なっ!? 」


 その一言で一気に頭の中が熱くなってしまい、頭で考えをまとめるより速く、言葉が口から溢れてしまう。


「ふざけないで下さい!! どうしてあの悪党の元なんかに!!! 」


「ハハッ、お主はおかしな事をいうな 」


「何がおかしいんですか!? 」


 葉っぱの煙を大きく吸いながら笑う暎音さんの姿に怒りが積もり、自分の考えの何がおかしいのかと問いただすが、暎音さんはニタリと気持ち悪く笑い、白い煙を口から吐いた。


「悪とはなんじゃ? 」


「大事な者を奪う者の事です!! 」


「それじゃあ…儂らは悪じゃの 」


「何を言ってるんですか!? あいつは私達の大事な存在を奪った! 私らは」


「被害者ヅラもいい加減にせい 」


「っ!! 」


 空気が揺れるほどの小さな呟きに喉から出かかった声が喉に押し戻り、自分の鼓動と頬に汗が伝う感覚を明確に感じ始める。


「儂らは人の命を奪った。何人も何人も、それで悲しんだ者が居るのに、自分の大切な者が殺されれば被害者ヅラ。それはちと都合が良すぎはせんか? 」


「それ…は… 」


 言い返したかった。

 けれど、言い返せなかった。


 不死になって怒りに身を任せて人を殺したのは事実だし、それで悲しんだ蒼空とかいう不死も居た。

 けど違う。

 何か違う。

 絶対に暎音さんが言うことは間違いだ。

 そう確信できるのに…言葉が出ない。

 何も言い返せず、まるで自分の罪を後悔するように俯くことしかできない。


「まぁ…今のお主に言うても仕方ない。儂はこのまま不死の国に戻る…罪を償いにな 」


 俯く私の前に暎音さんは転送用の杖状の魔道具を投げ置くと、私の横を通り過ぎ、続いていた足音は不意に何かに吸い込まれるように消えていった。


 しばらくの間、俯いたまま動けなかったが、不意に心の中で何かが決壊するように溢れ、涙が零れた。


「っ…うっ…私…は 」


 なぜ泣いているのか自分でも分からなかった。

 けれどしばらくすると、唐突にそれを理解した。


 私は…間違えたんだ。

 選択を…思いを…行動を…考えを…

 ………違う。

 違う! 違う!! 違う!!!

 私が悪だろうと! 間違いだろうと!! 私達の大切な存在を奪った大和は私から見れば悪だ!!!

 生きる希望を奪い! 私達のかけがえのない存在を殺した奴は!! 絶対に死ぬべきなんだ!!!


 復讐の炎が心を燃やす。

 奴を殺すべきだと。

 奴は死ぬべきだと。

 拷問され、陵辱され、ありとあらゆる苦痛を受けて死んでなお許せない。

 それほどまでに、私の心は燃えている。

 けれど私は………孤独だ。

 1人じゃ何もできないほど弱い。

 弱い…弱い………弱い。


 冷たい雫が髪を濡らし、辺りには大粒の雫が滝のように降り注ぎ始めた。

 けれど雨宿りをしようとは思えなかった。


 孤独を心の中で嗜み、復讐の炎で胸を炙りながら、絶望を頭で理解した。

 結局はこうだ。

 私は1人では何もできない。

 あぁ、辛いな…


 無数の雫が大地を叩き、音を奏でていく。

 その中でただ1人、地面に俯き、私は心と頭と体を苦しませている。


 あぁ、消えたいな…


 次第に体が冷えていき、平衡感覚が段々と無くなっていくのを感じていると、不意に体がぐらりと傾き、水を吸って土から泥となった大地に体を落とす。


 あぁ、1人ぼっちは…嫌だな。


 私という存在を埋め尽くすような雨の中、ただ瞳から冷めきった雫を流していると、ふと過去のことを思い出してしまった。


 それは本当に昔の頃、私がまだ人間の時の話。


 私は幸せが好きだった。

 幸せの匂い、幸せの感触、幸せの光量、幸せの温もり。

 それら全てが…生きる意味だった。

 けれどその暖かな幸せは…1つの事故で消し飛んでしまった。


 最初は何も理解ができなかった。

 けれど感じていた幸せの時間が無くなったことを理解すると、胸の中に虫が蔓延るように気持ち悪く、体を冷たいものが埋め尽くす恐怖を感じた。

 だから私は…死者を魔術で蘇らせようとした。

 またあの時の幸せを感じられるように、努力した。

 でも、結果は酷いものだった。

 蘇ったのは意思のないアンデット。

 体はボロボロ…腐って空いた肉の穴には虫が屯していた…その目は死を物語っており、こんなものを私は求めていた訳ではなかった。

 

 絶望した。

 けれどそれだけでは終わらなかった。

 魔の国の臆病なトップ共が『これを利用されれば我らの地位が危ない』と私を指名手配し、研究資料も、住処も、地位も全て奪われた。


 懸賞金もかけられたため誰も信用することはできず、魔術で顔を変えれば魔術痕でバレてしまうため、大金を払って科の国の技術を知る医者に顔を変えてもらった。

 けれど問題は、毎回鏡を見る度に自分が何者なのかと考えてしまうことだった。


 自分という存在が分からず、何度も太ももを切り裂いた。

 自分が誰なのか分からず、何度も手首を噛み、痛みで自分の存在を証明してきた。

 けれどダメだった。


 自分が誰かという不安に耐えきれず、とうとう私は森の中で自分という存在が残るように…油を被って体に火を付けた。


 全身が炙られる激痛。

 悶えても足掻いても逃れることの無い激痛に地面をのたうち回り、強烈な喉の乾きを痛みの中で感じる。

 そして段々と焼かれた肉は降り曲がっていき、骨が折れる感触を肉が焼ける音の中で感じていた。


 言葉にするとこんな苦しみだが、こんな言葉では表すことなど到底できない苦しみの中、私は息絶えた。

 けれど私は…不死として生まれ変わった。


 顔は人では無いほど美しく、まるで絵画の中から飛び出して来たような美しさだった。

 不思議とその顔を見ていると、自分が誰かという感覚には陥ることはなかったし、むしろ不思議な高揚感があった。

 その後私は…不死の国に向かおうとした。


 南からは絶対に不死の国には行けないため、西の和の国に回って不死の国へ入ろうとしたが、その途中、ある魔の国の騎士達に見つかってしまった。


 肺の血管が破けそうなほど息を吸い、足の筋肉が引きちぎれるほど走った。

 けれど訓練した人間に勝てるはずなどなく、すぐに追い付かれてしまい、腹を蹴られて湿った地面に転がってしまった。


 ちょうど…この時のような雨の日だった。


 雨が降り注ぎ、絶望の中ぬかるんだ地面に転がっていた。

 その時…冷たい雨の中に、生暖かい鮮血が飛び散ったのを覚えている。


 顔を上げると、私の周りには赤い鮮血が飛び散った跡があり、その赤い血は雨のせいで薄まって地面に染み込んで行った。


 そんな中…1人の男が立っていた。

 それは人ではない。

 人でないほど美しくも凛々しい顔立ちの男は、赤い血が付いた黒い剣を振り、剣に付いた血と雨粒を剣圧で吹き飛ばした。


「…死にたくなきゃ、逃げるんだな 」


 あぁ…この声だ。

 この声が私を助けてくれ…人間が逃げた後私に手を差し伸べてくれたし、その後も…しつこいと言っていいほど私に構ってくれた。

 でも、少し悔しかったのはアキラは沢山の人を助けていた事だった。

 それは別にいい事だし、人を助けるアキラはとてもかっこよく見えたけど、言葉にできない悔しさが口を動かし、自分の唇を血が出るほどまで噛んだことがある。


 あぁ…ようやく理解した。

 私は…アキラの事が好きなんだ。

 だから私はこんなに怒っている。

 だから私はこんなに苦しんでいる。

 だから私はこんなに恨んでいる。

 好きな人を…殺されたから。

 そこに正しさも間違いも要らない。

 被害者だろうと、加害者だろうと、光を奪われたことには変わりがない。


「アキラが居ないと…寂しいよ… 」


 口が勝手に動き、目をゆっくりと開くと、ぬかるんだ地面が見え、開いた視界を雨がぼやかして行く。

 どうやら私は…少し寝ていたようだ。

 冷えきった体を起こそうと両手を地面に着くが、肘に力が入らずに起き上がれない。

 体が冷えているのが原因か、精神が参っているのが原因かは分からない中、静かに起き上がるのを諦めて腕を冷たくぬかるんだ地面に横たわらせる。


「私…死ぬのかな… 」


 そんな事はない。

 私は不死だから。

 でも、雨が私を覆い尽くす中でひとりぼっち。

 その状況に孤独と暗い何かを感じてしまい、このまま死ぬんじゃないかと思ってしまう。


 怖くはない。

 このまま私という存在を埋め尽くしながら静かに消えたい。

 そっと目を閉じると、身体中に雨粒が当たる感触が明確に感じられる。

 最初は鬱陶しかった雨粒の感触に慣れる頃には体は芯まで冷えており、もう転がることもできない。

 ただ暗闇で、静かに雨粒が奏でる音楽を聞いていると、ふと…足音が聞こえた。

 人間だろうか…

 分からない…

 でももし人間なら………私の心を壊してくれるハズだ。


「大丈夫か? 」


 懐かしい声が聞こえた。

 けれどそれが誰かが分からない。

 重い瞼を開くが、微かに開いた視界を雨が潰していく。


 貴方は…誰?


「…大丈夫じゃねぇな。ちょっと失礼すんぞ… 」


 体を持ち上げられ、顔に付いた泥を指先で落とされた。


「冷た!? お前なんであんな場所で寝てたんだよ!! 」


 私を怒る声が聞こえた。

 まるで…健康に悪いことをすると怒る母親のような…


「貴方は………誰? 」


「とりあえず目を開けろ。説明できねぇだろうが 」


 言われてみれば確かにと思い、ゆっくりと瞼を開けると、困惑してしまった。

 私を見る2つの鏡のような透明な目…濡れて色が際立つ赤い髪…美しくも凛々しいその顔は…人間のものではなかった。


「………アキラ? 」


「俺以外にこんな顔のヤツはいるのか? 」


 ぼやけた視界に見える私を覆うような優しい笑みは、紛れもなくアキラのものだった。


「なんで? …死んだはずじゃなかったの? 」


 その質問にアキラは無言の笑みを私に返すと、アキラのがっしりとした胸板に体を押し付けられた。

 するとしっかりと聞こえた。

 アキラの鼓動が…


「生きてるよ…色々と…心配かけたな 」


 一瞬これは夢ではないかと疑った。

 けれどこれが夢ならば…これが私の頭が作り出した幻想なのなら…どうか…このまま覚めないで欲しい。

 そんな願いを胸にもう一度目を閉じると、私の意識が温かい暗闇の中に落ちていった。



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