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記憶の断片 1ページ



 争いが始まった。

 それはとても晴れやかな…夏のある日だった。


 どこまで透き通る青空。

 それとは真反対に心は荒れ狂う嵐の中にいるようだった。

 それは何故か。

 私達、『人類の滅亡』を理想とした集まりのリーダー、アキラがあの大和(クソ野郎)に殺されたからだ。


 アキラは…力の解決ではなく説得という形で大和に抗議し、不死同士のいざこざがないように人間を滅ぼそうとした。

 けれど大和は絶対にアキラの言葉を飲み込まず、最終的にはアキラを『不死殺し』で殺害したと宣告された。


 皆その言葉は信用しなかった。

 けれどその日を境にアキラを見るものは『不死の国』の中で居なくなり、皆、日に日にアキラの死を実感してしまった。


 アキラは皆の光だった。

 私達不死は人間に深い心の傷を受けた。

 だから力を持って生まれ変わった不死(私達)は人間に復讐を望むが、その願いを頑なに飲まずに私達の邪魔をする大和をアキラは説得しようとした。

 けれど結局はそんな思いも虚しく、アキラは散ってしまったが、不思議と私達は絶望しなかった。

 その代わりに…人間の頃には抱くことなどなかった怒りを覚えた。


 そして私達は、全ての神器を持って、全員の魔法を持って、皆の策略を持って、大和を殺し、この国を根本的に覆そうとした。


 頭の奥で、こんな力での解決をアキラは望んでいないと聞こえた。

 それは多分だけど、皆一緒だろう。

 けれどその正常な思考を埋め尽くすほどの怒りが体を呑み、不死の国を滅ぼそうという1つの思いが皆を団結させた。

 私はその中の1人だった。

 アキラに光を貰い、その光を無惨に奪った大和への怒りを抱いた1人。


 策略を持ち、神器の力を理解し、魔法による連携を考え、大和に争いを挑んだ。

 けれど始まったのは…一方的な殺戮だった。


 全ての策略と思いは鮮血と共に地に広がり、夏の熱気を裂く風の刃は仲間を肉片と変えて行った。

 その中で私は…動けないでいた。


 涙を流しながら仲間の命を虫を潰すように奪っていく大和の姿を見て、怯えや恐怖を押し退けて絶望が体に絡み付き、動けない。


 白い髪を赤く染めた大和は動けない私に一歩一歩近付いてくる。

 その足音は死神のものではない。

 動けない相手の命を一方的に奪う、処刑人のものだ。

 けれど変わりないのは、その足音が示すものは死だと言うことだ。


「『嘆きの雨』 」


 声が聞こえた。

 すると紫色の雨が私を避けるように降り注ぎ、大和の体には無数の穴が空けたが、大和は倒れず、全身の穴から血を滲み出しながら2つの赤い目を私の頭上に向けた。


「杏南…か 」


「久しぶりだね…大和ちゃん 」


 私の頭上から降りてきたのは、白いヒラヒラのキトンを着た杏南で、私を守るように大和の前に立ち塞がったけど、杏奈は小さなため息を吐き、大和に声をかけた。


「大和ちゃん…戦う前に1ついい? 」


「…なんだ? 」


「どうして…アキラを殺したの? 」


 杏南の質問に大和は表情を歪めると、嘆くように2つの刀を手から離し、涙を流す目を隠すように顔に手を当てた。


「あいつは…いつも私の全てを否定したからだ! 夢を! 思いを! 約束を否定し、挙句の果てには私の責務を手放せとも言った!! それをあいつは何年続けた!? もうあいつの声を聞きたくなかったんだ!! 」


 アキラを殺したことを後悔するように嘆く大和の姿を見て、私の中の絶望を燃やし尽くすような怒りが湧き上がってきた。


「ふざけるな! お前が嘆こうがアキラを殺したのは事実だろ!! 私達の光を奪い! 私達の仲間を殺した! お前は悪だ!!! 」


 強ばる体を震わせ、喉を破るようにそう叫ぶと、大和はハッとしたように落ちた2つの刀を手に取り、うわ言を呟きながら立ち上がった。


「そうだ…私は悪だ…穢れるべき人間だ…救われるべきじゃない…報われるべきじゃない…苦しめ…それが…私の償いだ… 」


 意味が分からない事を呟き続ける得体の知れない大和の姿に恐怖を抱いてしまっていると、大和は小さく、けれど殺意を込めてこう呟いた。


「『神器 展開』 」


「大和ちゃん… 」


 全身から銀色の刃を突き出させる化け物(大和)に杏南は悲しそうに大和の名を呼ぶけど、大和は涙を振り払うように体を捻り、全身の刃から斬撃を繰り出した。


「『壊れぬ盾』 」


 杏南の言葉と共に生み出された巨大な円卓状の銀盾は風の刃を防ぎ続け、その隙に杏南は私に向かって転送用の魔道具、『ゲート』を振り抜いた。


()()ちゃん! 逃げるよ!! 」


「えっ…でも」


 仲間は無惨に殺されたのに、自分だけ逃げるなんて…

 その迷いを口に出すよりも速く、壊れないハズの盾にヒビが走り、盾の欠けた一部分から斬撃が盾の内側に侵入し、杏南の左脇腹を消し飛ばした。


「ぐっ!? 」


「あ」


 杏南の名を呼ぼうとしたが風の刃の猛攻は止まらず、あと少しで盾が壊れてしまう寸前、杏南は大量の赤黒い血を吐き出し、無理やり息を吸った。


「『苦難の幻響』!! 」


 血を吐きながらそう叫んだ杏南の声と共に、耳を塞ぎたくなるような高い音が広がった。

 すると斬撃の猛攻は止まり、砕けた盾の隙間から見える大和は血を被った頭を抑え、地面に悶えていた。


「違う私は嫌だ約束ダメだやめろ嫌だやめてお願いごめんなさい…あ…あっ…あああぁぁぁ!!!! 」


 頭を硬い地面に何度も打ち付けながら泣き叫ぶ大和の姿を見て今なら殺せると思考を回し、私の神器を腰から抜いて地面に伏せる大和の頭を貫こうとするが、左手を後ろから引っ張られ、杏南の小さな体を下敷きにしてしまう。


「今なら殺せる! 離して!! 」


「ダメ…逃げるよ。ゲボッ…ふぅー『ゲート』 」


 杏南の魔法によって生み出された座標転移の歪みに吸い込まれると、辺りに広がった赤い鮮血は消え、(あお)い草が広がる森の中が目の前に広がった。

 けれど大和を殺せたハズなのに殺そうとしなかった杏南の行動に納得がいかず、立ち上がってから後ろを振り向き、苦しそうに呼吸をする杏南を怒鳴り付ける。


「なんで殺さなかったの!? あいつは…アキラを殺したんだよ!!? 」


「ゲボッ! ヒュー…大和ちゃんはね…きっとゲボッ!! ヒュー…私達の誰よりも…苦しんでる…だから… 」


「だからって………えっ? 」


 苦しそうに呼吸をする杏南の姿を見て、ようやく気が付いた。

 吹き飛んだ横腹が…再生してないことに。


「なんで…大和の刀は不死殺しじゃないはずでしょ!? 」


「大和ちゃんのゲホゲホ! ふぅー…ロザリオ…は、神器に…不死殺しの効力を…付与できる…の 」


 (あお)い草達を赤黒く染めていく血を見て、杏南の死を間近で感じてしまうと、頭の奥が熱くなっていき、慌てて杏南のキトンを寄せて吹き飛んだ傷跡を力強く抑えると、杏南は痛みで体を跳ねさせた。


「うっ!! 」


(お願い止まって…止まって…これ以上私から…仲間を奪わないで!! )


 けれど無情にも血は止まらず、白いキトンは赤く染まって行き、私の膝辺りに血溜まりを作っていく。


(お願い…神様…お願い…します )


「ねぇ…凜音ちゃん 」


「喋らないで!! 傷が開くから!! 」


「ガフッ!! ヒュー…聞いて… 」


 まるで自分の死を悟ったように無理やり肺を膨らませる杏南は私にそっと右手を伸ばすと、血が着いた右手で私の頬を触り、瞳から流れる涙をそっと指先で拭い始めた。


「お願い…どうかグフッ…復讐なんてしないで…生きて… 」


「どうして…どうしてそんな事が言えるの!? あいつは私達の仲間を殺して…アキラを殺した!! 杏南にだってこんな傷を負わせたのに…どうして!!? 」


 何故杏南がそんな事を言うのか理解ができず、杏南の虹色の目を潤む視界で睨んでいたが、私の問いに言葉は帰ってくることは無く、血溜まりに杏南の右手が落ち、透き通った虹色の瞳からは灯火が消えた。


「杏南? 」


 声をかける。

 けれど返事はない。

 反応も無く、私が触れている杏南の体からは、ゆっくりと熱が冷めていくのを感じ取れる。


「杏南…杏南!! 」


 目から灯火が消えた杏南の体を揺すったり、傷口をわざとに力強く抑えたりするが、杏南はもう…動かなかった。


 血溜まりに両手を付く。

 まだ微かに暖かい血が私の手を温め、私の心を冷ましていく。


「あぁ…なんで…どうして… 」


 絶望が冷めきった心を埋め尽くしていく。

 視界は色褪せ、頭は中に石を入れたのかと思えるほど重く、冷めた心の中には黒いヘドロが渦を巻いていく。


「ねぇ…起きてよ杏南…お願い………お願い… 」


 頬に涙を流しながら杏南の体を揺するが、揺れる体は血溜まりに波紋を広げるだけで起き上がることは無い。

 そしてようやく理解してしまった。

 杏南は…私の仲間は…死んだのだと。


 涙が溢れた。

 頭はぐちゃぐちゃ…心もぐちゃぐちゃ。

 血まみれの両手で顔を抑えると、心から口に何かが逆流し、それは声となって私の口から溢れ出た。


「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!!! 」


 どこまでも透き通る青空に…絶叫が響き渡った。



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