第48章 喪失
「ふーっ、しばらく歩いたな… 」
時雨とか言う奴の体を着た凜音と離れ、王都に向かって歩いて数十分、いつも自分の足で歩かずに魔道具の転移で飛んでいるため、景色が全く変わらない森の中を歩くのも疲れて来た。
(こういう時に…足が居ればな )
そう考えて最初に思い浮かんだのは、杏南だった。
(あいつの魔法と神器がありゃ、世界中を旅できんな )
そう考えると色々と妄想が捗ってしまう。
不死の数は一定上増えないのであれば、人間が滅んだ後、世界中の土地を使えば土地問題は解決するし、世界中の食べ物を俺も含めた全員が食べれる様になる。
(でもそうなると…治める者がいるよな )
全世界に不死が蔓延るようになれば、必ずと言って欲がでてくる。
生きる上で抱えてしまう『性欲』と『悪意』。
それを上手く解消できないと生き物は必ず悪の道に落ちてしまう。
本当ならばそれらを上手く解消して不死全員が善行の道へと進んで欲しいのだが、それは確実に無理なため、治める者がいる。
(そいつは…俺と仲が良い奴がいいな。そうすりゃ気軽に話せるし、意見も言いやすい )
そうなると思い付く者は当然絞られてきた。
(まず、『アキラ』と『杏南』は確実だろ? それで『ナイル』も話を聞いてくれたし、『輪宮』は…あいつはダメだな、根っからの戦闘狂だし。後は…ははっ、ダメだ。両手じゃ数えられねぇ )
俺の話を聞いてくれた奴らの事を思い出していると、そいつら個々の願いも叶えてやりたいと思ってしまう。
(『輪宮』には強い奴らと死なねぇ程度に戦わせてやって、『杏南』には静かで森が近い国を…『アキラ』は…あいつ何が欲しいんだ? )
そう考えていると、『アキラ』には話を聞いてもらっていたばかりで、あいつの願いなどはあまり聞いていない事に気が付いた。
(そいや、ほっとけない奴がいるって言ってたな… )
アキラに酒を無理やり飲ませて聞いた話によると、アキラは恋仲でもないのに気になる奴がおり、そいつを救うためなら何をしてやってもいいと言うこと。
それはそいつに惚れてるんじゃないのか?と疑問に思ったが、向こうが恋に全く興味が無い女らしく、色々と誘ってもあしらわれたそうだ。
(………どうすりゃいいんだ? )
向こうにそんな気持ちが無ければその恋は成立しないし、アキラの性格上、無理やり付き合わせても納得はしないだろうと考えると、いよいよあいつが何を欲しがってるのかが分からない。
(あいつ…ほんと無欲だよなぁ。国を侵略が終わったら俺に国を譲ってくれるらしいし、めんどくさい事は俺がやってやるとか…色々と損してるよな )
よく考えてもあいつの願う欲が分からないが、まぁこの戦いが終わってから聞けば良いかと思いながら森を歩いていると、ふと…辺りの木々がざわめいた。
「っ!? 」
何かが後ろにいると悟り、咄嗟に後ろを振り向いた瞬間、そこには全てを呑む暗闇が迫っており、魔法を展開させたにも関わらず、その闇は俺を飲み込み、辺りは真っ暗な世界に変わり果てた。
「なんっ!? 何が」
「いやー、悠人さん容赦ないですねー…このままじゃ『迷いの森』が機能しなくなっちゃうな… 」
「っ!? 」
突然辺りから困ったような男の声が聞こえ、変わり果てた世界と聞き覚えのない声に困惑しながらも魔法を維持したまま辺りを見渡す。
「何者だてめぇ…つうか、ここは何処だ? 」
「順番に答えましょう。僕はただの『愚者』で、ここは『黄泉國』と言う場所。まぁ、貴方にも分かりやすく言うと死後の世界ですね 」
「っ!? 」
その死後の世界と言う言葉に一瞬思考が止まるが、冷静に考えてみれば身体中に感覚がしっかりとあり、初めて死んだ時の様に記憶が飛んでいる訳では無いと思考を回す。
「だが…俺は死んだ訳じゃねぇんだろ? 」
「…鋭いですね。えぇその通り、貴方は死んでないし、出口なら…貴方のすぐ後ろに 」
その後ろにという単語に後ろを振り向こうとしてしまうが、振り向く寸前で俺の中の獣の勘が逃げろと訴え、すぐさま前に飛んで後ろを振り返ると、いつの間にか俺が居た後ろには狐の面を被った細い水色の着物?を着た男が立っていた。
「おやおや、よく躱しましたね 」
余裕そうに呟く狐面の男から感じる殺意に向けて、神器の力で生み出した氷の棘を男へ飛ばすが、男は忽然と暗闇に溶ける様に消えた。
(なっ!? )
急にその場から消えた狐面の男を探す様に辺りを見渡すが、暗闇が広がるだけで何も見えない。
「ここですよー 」
「っ!? 」
その声が聞こえた前に顔を慌てて向けると、そこにはやけにスラリとした右手にナイフの刃先を持つ狐面の男が立っていた。
なぜ同じ場所に立っているのかと疑問に思った瞬間、狐面の男は横に右手を軽く振り抜き、ぬるいスピードでナイフが飛んでくるが、そんなぬるい攻撃躱す必要も無い。
そう思い、奴の神器か魔法か分からない力を分析しようとまた氷の棘を空中に生み出した瞬間、腹に鈍い衝撃が走った。
「………あっ? 」
一瞬何が起こったか分からなかったが、鈍い衝撃が走った腹へと目を向けると、そこには俺の魔法で反射
されるはずのナイフが根元まで腹に突き刺さっていた。
それを目で捉えた瞬間、身体中から力が抜けてしまい、地面に前のめりに倒れ、腹に刺さったナイフは腹の傷口を広げた。
「うぐっ!? 」
腹の傷を広げるナイフを抜こうとするが、手足は痺れ、体は思う様に動かずに気分が悪い。
そして何より…息を吸ってる感覚がしない。
(なに…が… )
「ナイフに『バトラコトキシン』っていう神経毒を塗っときました。神経毒なんで貴方は意識があるままじわじわと呼吸が止まって死ぬでしょうね 」
(し…ぬ…?なぜ…俺の…無敵の魔法…が… )
「ははっ、いつから貴方は魔法を展開したと勘違いしてたんですか? 」
そんな俺を小馬鹿にする様な声に怒りが生まれ、無理やりでも手足を動こうとするが、やはり体は思う様に動かない。
「クッ…ソ… 」
「まぁ…死んで行く人を眺めて興奮するほど僕は変態じゃないのでね…今すぐ殺しますよ 」
近付いて来る死の気配。
それから逃げるために…必死に痺れる体を動かす。
(いや…だ…俺…は…不死…の…世界…を… )
「さようなら、苦しんだ者よ 」
そんな言葉が聞こえると、近付いてくる死の気配は俺の前で止まり、動かない頭を触られた。
次の瞬間、意識が霧散した。
「さぁ、あの実験しないとな 」
そんな声が…遠くの方で…聞こえ…た?
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「さぁ、始めましょうか。終戦のための戦いを… 」
突如敵意を孕んで現れた日陰さんに頭が混乱してしまうが、その混乱は美琴さんの怒りを含んだ声を聞いて冷静になっていく。
「なんだ日陰? 冗談なら後にしろ 」
「ふふっ、冗談を言ってる様に見えますか? 」
口元を灰色の袖余りで隠しながら笑う日陰さんの顔を見て、様々な考えが頭の中を駆け巡るが、日陰さんが敵対する理由は15年前の出来事に深く関わった僕には何となく理解ができた。
けれど大人しく殺されてやるほど私は甘くないため、両手に『天界の釼』と『煉獄の釼』を生み出し、腐りかけた足で縁側から地面に降り、目を日陰さんに向けながら地面に尻もちを着いたままの『蒼空』さんに声をかける。
「蒼空さん、貴方は逃げて下さい 」
「なっ!? 美琴を置いてにげ」
「貴方は知らないと思いますが…日陰さんの神器は全て『不死殺し』です 」
「っ!? 」
今この場にいる足でまといが誰か分かったのか、蒼空さんは僕にも聞こえるほどの大きな音で歯を軋ませたが、やはり納得がいっていないのか、その場を動こうとしない。
けれど蒼空さんが死ねば1番悲しむのは美琴さんなため、それだけは阻止しようと説得の言葉を投げかけようとすると、視界の端に映っていた美琴さんはとても優しい笑みをその顔に浮かべた。
「大丈夫だ蒼空、私は死なねぇよ 」
そんなこの場に場違いな笑みを浮かべる美琴さんの言葉に押されるように蒼空さんはその場に立ち上がると、もう一度強く歯軋りをしてから森の方へ走っていった。
そして蒼空さんが見えなくなると、美琴さんは笑顔を冷たい目に変え、何故か何もしてこなかった日陰さんにその目を向けた。
「でだ…お前は何を思って敵に回った? 」
その率直な疑問に日陰さんはまたも袖余りで口を隠して笑うと、仕方がなさそうにため息をついて僕達に顔を向けた。
「…私達はですね、この『不死の国』の政権に不満があるんです 」
(達…という事は複数人か )
何処か遠くを見る様な顔をする日陰さんはわざわざ説明をしてくれるが、依然として美琴さんは鋭い目を向けたままだ。
「…んじゃお前らの目的は、この国の不死の全滅か? 」
「いいえ、この国の王権に不満があり、人間の全滅に賛成する不死は生かしたつもりですよ 」
(…だいたい見えて来た )
この人達の目的は恐らく、15年前の革命を成功させることだ。
その革命とは『アキラ』とかいう異例な魔法を持った不死を筆頭に、『大和』を殺して王権を奪い、人間の全滅を望むというものだったが、その集団は『大和』だけの手によって全滅した。
日陰さんはその集団に居た1人だが、真白さんの説得により、1人だけ生き残ったらしい。
だからこそ日陰さんがこのタイミングで現れたのに納得がいくし、まぁまぁ付き合いが長い僕だから少しだけ日陰さんの気持ちも分かる。
けれど何故だろう。
ものすごく、場違いな質問をしてしまった。
「…大和を、殺せるんですか? 」
何故こんな質問をしてしまったのか分からないが、その言葉にまた日陰さんは口を隠して笑ったが、その笑みを顔から消して悲しそうな顔を僕に向けて来た。
「さぁね、正直に言うとあの人達でも勝てるかは分からない。でも私はもう…逃げる訳には行かないの 」
悲しそうな顔でそう語る日陰さんはその顔に無理やり笑みを浮かべると、赤と灰が混ざった様な目に涙を滲ませた。
「さぁ…そろそろ始めようか。終戦へ向かうための戦いを 」
日陰さんは言いたい事を言い終えた様に笑顔を浮かべると、辺りの草木が静かに凍り付いて行き、太陽が差しているにも関わらず、辺りに冷気が漂い始めた。
次の瞬間、音もなく目の前に白い矢が接近している事に一瞬遅れて気が付いた。
「っ!? 」
咄嗟に背中の翼を動かして空中で身を捻ったが、矢が通った場所から氷が生まれ、その氷が僕の左足を凍り付かせ、空中で身動きが出来なくなる。
その隙を突く様に巨大な大鎌が顔面に迫り、それを身を捻りながら右手の『天界の釼』で弾くと、攻撃を弾いてがら空きになった体に大剣が迫るが、その大剣は赤く錆びた段平によって弾き飛ばされた。
「大丈夫か? 」
「っ、すみません 」
凍った自分の左足を太ももから切断し、僕を庇ってくれた美琴さんにお礼を言いながら義足を作り出して左足の血を止める。
すると美琴さんは冷たい目を僕にも向けて来た。
「クレア、お前は時間が無いだろ? それにあいつが決めた事だ、説得は諦めろ。だから…躊躇いなく殺せ 」
「っ…はい 」
その力強い言葉に美琴さんと自分の体に光を纏わせると、美琴さんは右手に持った段平を肩に担ぐ様に持ち、辺りの空気を軋ませた。
「…行くぞ 」
「いつでもどうぞー 」
空気を軋ませた美琴さんに日陰さんは軽く言葉を返した。
それが死合いの合図となった。
美琴さんと同時に地面を蹴り、美琴さんは地上から日陰さんと間合いを詰めようとし、それを援護するように僕は空中から光と闇を纏わせた剣を三本飛ばすが、その刃は日陰さんに当たる寸前で止まり、その刃に赤いスジが浮かんだ。
次の瞬間、その刃は光速で美琴さんに迫るが、美琴さんは2本の剣を段平の一振で弾き飛ばし、遅れて迫る刃を左手で掴むと、体を大きく回して勢いをつけて返したが、空気を割りながら進む刃は日陰さんの顔を貫く寸前で逸れ、日陰さんの右耳を切り裂いた。
けれど日陰さんは痛みに怯んだ様子もなく武器を動かし、大鎌を私に、大剣を美琴さんに向けるが、単調な軌道にはすぐに慣れたため、大鎌を大きく弾き、空中に足場を生み出してそれを蹴り、日陰さんに接近する。
近くなった日陰さんの顔面に左足の蹴りを打ち込むが、その蹴りが顔面を捉える寸前に義足に赤いスジが浮かぶと、義足は逸れる様に動き、義足の踵が日陰さんの頬を掠めた。
それは恐らく日陰さんの『魂を犯す鎧』の力だが、その能力は知っていたためすぐさま義足を切り離して右足を軸に体を回し、右手の『天界の釼』で日陰さんの首を裂こうとするが、その攻撃を止める様に後ろから何かが迫り、僕の右腕を肘の少し上から銀色の大剣が切り落とした。
けれど痛みには慣れているため、鎧のクールタイムが終わらない内に残った左手の釼で日陰さんの顔を貫こうとするが、空中を泳ぐように動く大剣の側面で突きを弾かれ、その大剣の刃先が僕に向いた瞬間、僕のすぐ後ろの空気が軋んだ。
「っ!? 」
後ろからの圧にすぐさま右に避けた瞬間、僕の左腕は肩から切断され、僕の腕を切断した赤い段平は大剣を砕き、更にその先に居る日陰さんの頭を割ろうとしたが、その段平は右にガクンと逸れた。
けれど段平の勢いが強過ぎたのか完全には逸れず、その振り降ろされた段平は日陰さんの右腕を肩から切り落とした。
「っう!? 」
痛みで地面に膝を着いた日陰さんに美琴さんは地面に抉り込んだ段平の側面をぶつけようとし、それに続くように闇を纏わせた光の剣を日陰さんに飛ばすが、その攻撃を防ぐように上から大鎌が立ち塞がり、それが回転して剣と段平を弾いた。
両手がない状態で戦うのは無理なため、すぐさま後ろに下がると、僕をフォローするように美琴さんも後ろに下がってくれた。
その隙に地面に落ちた『天界の釼』に光を纏わせ、光を操って釼を口に咥える。
そして神器の力で両手を再生させる。
「すまねぇ、殺りそこなった 」
「ほひにははらず 」
私の腕と足を再生させた隙に、日陰さんは大量の血液を漏らす右肩を凍らせて止血したが、その息は苦しそうで、どうやら小さな体に必要な血をかなり失ったらしい。
けれど、日陰さんの神器は油断ならない。
不死殺しを持つ日陰さんとの戦いを肌で感じて分かった事は、この戦いのキーマンは僕だと言うことだ。
私の神器は断面が塞がって無く、魂の形が定着して無ければ不死殺しの傷であろうと治癒できる。
けれどその回数も後16回しかなく、治癒できる範囲は僕の間合いまでだ。
(分断されず…傷は最小限に )
考えを纏めながら荒い息の日陰さんに接近しようとした瞬間、日陰さんの前に漂っていた大鎌はピンク色に光り始め、その大鎌は無数の桜の花弁へと姿を変えた。
「『魂を運ぶ花弁』 」
そんな見たことも無い神器の姿に、日陰さんは僕に神器の全てを話した訳では無いのかと少し悲しさに近い何かを感じたが、そんな思いにふける余裕もなく花弁は巻い乱れ、光速で僕達に迫ってくる。
「「っ!! 」」
一瞬遅れて右側に飛んだが、美琴さんは左に飛んだせいで分断されてしまい、すぐさま美琴さんと合流しようと地面を蹴ろうとした瞬間、辺りの地面に赤いスジが一斉に浮かび上がった。
(まさっ)
『魂を犯す鎧』の効力を地面に張り巡らしたのだと悟り、すぐさま上に飛んだ瞬間、地面から土の腕が足に迫り、光の足場を作って更に上へ逃げたが、僕より機動力のない美琴さんは土の腕に捕まってしまった。
けれど美琴さんは全身を力ませ、神器と化したはずの土の腕を力だけで砕いたが、その一瞬の隙を突くように美琴さんの目の前に銀色の矢が現れた。
「みこ」
「っ!? 」
僕の声が届くよりも速く美琴さんは左に飛ぼうとしたが、一瞬反応に遅れたせいか残された右足は地面から生まれた氷によって氷漬けにされた。
美琴さんはその丈夫さ故に簡単には自分の体は切り落とせないため、すぐさま『自戒の闇』を纏わせた『煉獄の釼』を美琴さんの右足に向かって投げ付けるが、その刃が美琴さんの足を切り落とす前に銀色の矢が美琴さんと僕を分かつ様に通り過ぎ、地面から生まれた氷の壁に『煉獄の釼』は阻まれた。
「っう!! 」
『煉獄の釼』の柄に付けた光の輪を操作して釼を手元に戻し、光の足場を作ってそれを蹴ろうとしたが、足場を蹴ったはずの右足はグジュリと腐り落ちた。
(しまっ)
『煉獄釼』のせいで足が腐ったのだと理解できたが、すぐさま腐っていない左足で足場を蹴ろうとした瞬間、私の周りに桜の花弁が舞っている事に気がついた。
「っ!? 」
花弁の刃先は全て僕を向き、全方位から一斉に花弁が迫る。
両手では圧倒的に手数が足りないため、闇と光の盾を体を覆うように展開して花弁を防ぐが、鋭く風を切る音と共に前に展開した闇の盾が砕け、不完全に折れた大剣が僕の鳩尾に深々と突き刺さった。
「おっ!? 」
胃が破裂し、口から大量の血液が漏れるが、血を吐く余裕もなく鳩尾に突き刺さった大剣が右側に動き、僕の右脇腹と右腕を切り裂いた。
神器を落としては不味いと釼の柄に光の輪を付け、それを操って釼を手元に戻そうとするが、それよりも速く何処からか現れた銀色の矢が僕の落ちた右腕を貫き、釼ごと腕を凍り付かせた。
(まずっ)
『魂を喰らう弓』で生み出された氷は破壊がほぼ不可能なため、これでは神器の回収が出来ない。
けれどそんな事を思う暇もなく防いだ無数の花弁が迫り、光の義手と剣を生み出した右腕と釼を持つ左腕で防ぎ続けるが、自分の活動限界が来たのか意識が一瞬遠のいてしまった。
その一瞬の隙を突かれ、僕の左腕を花弁の刃が切り落とした。
「っ!! 」
切り落とされた左腕の代わりに義手を生み出そうとするが遅く、首や右眼、両肩や胸に花弁が突き刺さり、血が大量に出ているからか意識が遠のいていく。
(傷…を… )
光で無理やり傷を塞ごうとするが、その間にも花弁が身体中に突き刺さって行き、体内の血液が失われていく。
(死… )
何とか生きようとするが、右側が潰れた視界には大剣が迫っており、この体でも頭を潰されれば死ぬなと何処か達観的に悟っていると、下から伸びてきた赤い段平の一撃がその大剣を粉々に砕いた。
その凄まじい音に意識を現実に戻した瞬間、受け身も取れずに落下してしまい、体に突き刺さった花の刃が地面に押し出され、肉を抉る痛みを鮮明に感じてしまう。
「うぐっ!! 」
けれどその痛みよりも気になることがあり、すぐさま顔を上にあげると、そこには美琴さんの大きな後ろ姿があったが、その巨大な体を支えているはずの右足は太ももから絶たれ、無くなった足の代わりに赤く染った段平で体を支えていた。
「なに…して… 」
血のついた段平を見るに、美琴さんは自らの足を切り落としたのだと分かるが、足を切り落とした段平は不死殺しであり、その傷を治癒できる神器は氷の中だ。
このままでは魂の形が定着し、足が二度と再生しなくなるのに、美琴さんは焦って氷の中にある釼を取り出そうともせず、僕を守るように静かに日陰さんを睨み付けている。
「クレア…足を作ってくれ 」
静かな声に押されるようにすぐさま美琴さんの巨体に合う光の義足を作り出すと、美琴さんは僕の方に振り返り、段平を地面から引き抜くと、その段平で僕の不完全に繋がった下半身を完全に切り落とした。
「っ゛う゛!? 」
「止血しろ 」
その一言で美琴さんは止血しやすい様に下半身を切り落としてくれたのだと分かり、頭を使って光の体で下半身の傷を塞ぐが、その隙に辺りに漂っていた桜の花弁が美琴さんの背中に迫る。
「みこ」
花弁の刃が美琴さんの背中を到達する前に声を出そうとするが、それよりも速く美琴さんの背中に刃が迫る。
けれど次の瞬間、その刃は音を立てて弾かれ、地面に落ちた。
「…えっ? 」
何が起こったか分からず、地面に落ちた桜の花弁を眺めていると、美琴さんは静かに後ろを振り返った。
すると美琴さんの背中が見えたが、その背中は血が腐ったように赤黒く、人の肌とは思えないおぞましい色をしていた。
変色した美琴さんの背中を見たせいで言葉を失っていると、美琴さんは顔だけをこちらに向けて来た。
僕を見る美琴さんの赤い目は水溜まりの様に潤んでおり、その目からは静かに涙が流れていた。
「クレア…見ないでくれ 」
美琴さんはそう静かに呟くと、その目を僕から日陰さんに移した。
次の瞬間、辺りの空気が悲鳴を上げているように軋み始め、その空気に何十年ぶりに恐怖を覚えていると、美琴さんは肩に段平を担ぎ、息を大きく吸った。
「『天魑の段平』『醜女石』、神器 展開 」
美琴さんは静かにそう呟くと、段平と左耳のピアスから赤く透けた煙の様な物が漂い始め、それが美琴さんの体を静かに包み込んでいくが、それを止めるように美琴さんの前に銀色の矢が現れた。
しかしその矢を美琴さんは有り得ない反応速度で段平を振り下ろし、矢を粉々に砕いた。
振り下ろされた段平が地面に触れると地面が揺れ、静かな地震が起こっているのかと錯覚するほどの揺れに恐怖していると、美琴さんの身体中の肌が醜く爛れ始め、顔も醜く塗り潰される様に赤黒く染まっていく。
これが美琴さんが言っていた、美琴さんの昔の姿なのかと絶句していると、身体中を醜くさせた美琴さんは左足で地面を力強く踏み込んだ。
すると岩でもない地面にヒビが走り、地面が大きく縦に揺れた。
次の瞬間、風を裂きながら美琴さんは日陰さんと距離を詰め、死が明確に見える段平を大きく振り上げた。
「っ!! 」
それに焦った日陰さんは魂を犯した地面を動かして壁を作ったが、その壁は振り下ろされた段平に消し飛ばされた。
けれど壊れた壁の向こうには弓の弦を引く日陰さんの姿があり、躱しようがない近距離で矢は放たれたが、美琴さんは段平を振り上げて矢を砕き、振り上げた段平の刃先を日陰さんに向けて突きを放った。
しかしその刃先が銀色の鎧に触れた瞬間に、段平に赤いスジが浮かび上がると、段平は回転し、その刃先は美琴さんに迫るが、美琴さんは右の裏拳で段平を殴り付けて砕き、その振り上げた右拳を日陰さんに振り下ろした。
美琴さんの拳が日陰さんの頭を捉える寸前、2人の間を銀色の矢が通り過ぎ、地面から現れた透明な氷が2人を遮ったが、その破壊不可能なはずの氷は美琴さんの拳によって砕かれ、砕かれた氷の破片は日陰さんを襲うが、日陰さんの体に当たる寸前で氷全てに赤いスジが浮かび上がり、氷の鋭い破片と銀の矢が前から、後ろから砕けた大剣と段平、極めつけには全方位から無数の花弁が迫る。
けれど美琴さんそれを躱さずに素早く左足を日陰さんの足の上に乗せると、文字通り、日陰さんの小さな左足は踏み潰された。
「っ〜〜〜!!! 」
声にならない悲鳴を上げた日陰さんは左足を押さえながら地面に倒れたが、美琴さんを取り囲む武器の勢いは止まらず、全ての刃先が一斉に美琴さん突き刺さった。
しかしそれら全ての武器にヒビが走り、花弁も段平も大剣も氷の破片も一斉に砕け、地面に落ちた。
その異常とも言える美琴さんの強さに戦慄していると、美琴さんは砕けた氷を踏み砕きながら脂汗を浮かべる日陰さんにゆっくりと距離を詰め、赤く爛れた右拳を大きく振り上げた。
日陰さんの頭を狙うその拳が振り下ろされれば、間違いなく日陰さんは死ぬだろうと悟った瞬間、日陰さんの顔が見えてしまった。
「っ!! 」
2つの赤と灰色が混ざった目からは涙が零れており、その顔にはまるで死を望んでいるかの様に安らかな笑みを浮かべていた。
その顔を見た瞬間、頭が勝手に働き、地面に落ちた『煉獄の釼』を光で操作し、それを光速で美琴さんの背中に向けて飛ばすと、美琴さんはやはり有り得ない反応速度で振り向き、釼を左の裏拳で砕いた。
「…なんのつもりだ? 」
美琴さんの冷ややかな声に顔に鳥肌が立つが、それに押されれば日陰さんが殺されるため、息を吸って声を出そうとするが、胃から込み上げてきた血のせいで酷く咳き込んでしまう。
「ゲホッ! ゲホッ! すぅぅぅ… 」
無理やり血を口から吐き出し、肺と潰れた胃を膨らませて声を出す。
「殺ざなくでも…ゲホッ! すぅぅぅ…いいじゃない…ですか 」
「あっ? 」
不機嫌そうな美琴さんの声に合わせ辺りの空気は軋むと、美琴さんは僕の方に1歩足を進めて来た。
ただそれだけなのに空気が割れたと錯覚する様な圧が小さくなった体にのしかかって来た。
「なぜこいつを生かさなきゃならない? 」
重々しい言葉に合わせ、体が潰れるのではないかと思えるほど圧が増して行き、こんな無謀な説得をするのは不可能かと思っていたが、こちらに向いた美琴さんの爛れた皮膚に、透明な水が伝っている事に気が付いた。
「お前の体はもう…再生しないんだぞ!! 」
その怒鳴り声を聞いて、美琴さんは怒っているのだと気が付いた。
僕の体に再生できない傷を負わせた日陰さんに対して。
でも何故だろう。
仲間を殺そうとする美琴さんの姿を、僕は見たくなかった。
それをすぐに言葉にしようと息を吸うが、またも咳き込んでしまった。
「ゲホッ! ゲホッ! すぅぅぅ…いがりに身をまがぜゲホッ!…てもゲホッ! ゲホッ! 」
ダメだ、言葉が出ない。
けれどここで説得しないと美琴さんは間違いなく
日陰さんを殺すと確信できるため、すぐさま息を吸おうとするが、美琴さんの後ろに銀色の矢が迫っている事に気がついた。
しかもその矢は今までの矢とは違うと直感的に理解し、すぐさま声を出そうとしたが、声よりも血が先に出たせいで言葉が出ない。
そうこうしているうちに、無常にも矢が美琴さんの背中に突き刺さったが、その矢にもヒビが走り、いとも簡単に砕けた。
「っ!? 」
美琴さんは後ろを振り返り、1歩で日陰さんと間合いを詰めると、その小さな頭を爛れた右手で掴み、日陰さんの頭を大きく揺らした。
「あっ 」
赤と灰色が混ざった目を上に向けて地面に倒れた日陰さんの姿を見て腑抜けた声を漏らしてしまった。
恐らく日陰さんは死んだのだろうと思っていると、日陰さんの前にいる美琴さんの皮膚は肌色に戻って行き、いつも通りの顔の美琴さんが僕に弱い笑顔を向けて来た。
「安心しろ…脳震盪を起こしただけだ 」
その一言で美琴さんは日陰さんを殺した訳では無いと分かり安心していると、美琴さんは地面に生まれた氷を踏み砕きながら日陰さんの小さな体を右脇で抱え、僕の方に足を進めてきた。
すると僕のうなじを左手で掴み、左肩で僕を担ぎ上げてくれた。
「自分で…あるけ」
「いい、安全な場所まで運んでやる 」
美琴さんの大きな体から離れようとするが、美琴さんの力強い手で押さえ付けられているため、抵抗しようにも抵抗できない。
だから大人しく美琴さんの肩に担がれていると、自分の下半身と両腕の感覚がない事を再認識してしまった。
(もう…治らないんだよね )
そう考えてしまうと涙が左目から零れてしまう。
けれど泣きたいのは右足を失った美琴さんも同じだろうと思うと泣けず、ただ静かに涙を流し続ける事しか出来なかった。
胸に余る、喪失を感じながら。




