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第46章 告げられた絶望



暗い・・・


ここは・・・どこだろう?


何処か見覚えがある暗闇。


その水の様な暗闇の中を沈み続ける。


苦しくはない。


どちらかと言えば穏やかな気持ちだ。


あぁ、このままずっと沈んでいたい。


水底には着かないで欲しい。


そんな穏やかで落ち着く暗闇を沈んでいると、微かな桃の匂いが鼻についた。


「ダメだよ・・・ 」


綺麗な声が聞こえた。


その声は何処か聞いた事はあるけど、眠りを邪魔するような声に少し顔を顰めてしまう。


「目を開けて・・・ 」


嫌だ。


この暗闇の中に沈んでいたい。


この暗闇をずっと見ていたい。


「起きて。君はまだ・・・生きられる・・・ 」


生きる?


僕は今・・・どこにいる?


そんな小説の伏線に引っかかった様な疑問を感じていると、落ちる頭をそっと掴まれ、唇に冷ややかな感触が伝わって来た。


すると空気を口の中に吹き込まれ、肺がゆっくりと膨らんでいくのを感じていると、目がゆっくりと勝手に開いた。


開いた視界には顔が闇で見えない、長い黒髪の誰かが暗闇の中に居た。


「・・・誰・・・ですか? 」


「私? 私はね・・・****だよ 」


その名前らしき言葉は上手く聞き取れなかった。


けど、その人の名前は頭の中で理解出来た。


「さぁ、私の名を呼んで・・・ 」


その言葉にぼんやりとした頭で頷き、ゆっくりと闇で肺を満たし、その人の名を小さな声で呟く。


「****・・・さん・・・ 」


その人の名を呼ぶと、その人の顔にまとわりついていた闇はゆっくりと晴れていき、顕になった紫色の綺麗な目は潤んでいる事に気が付いたけど、その人の顔は何処まで母性に満ち溢れているような笑顔をしていた。


「でもごめんね、まだ()()()()の・・・だからさ・・・心の整理が着くまで、一緒に居てもいい? 」


その寂しそうな笑みに、僕はゆっくりと頷き返した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「・・・遅いな 」


そんな言葉が口から漏れた。


いや、別に雅との行為を期待している訳では無いのだが、雅が紬と出ていって15分(小半時)、こうも帰って来ないと普通に心配してしまう。


(迎えに・・・いや、誤解されないか? )


このまま迎えに行けばただの卑しい男に成り下がらないかと心配になり、縁側から動けずに時間が経つのを待っていると、ふと、自分が舞を行えるのだろうかと疑問に思ってしまった。


雅から叱責されてから、俺は舞を1度も行っていない。


そもそも舞を戦いの道具として使っていること自体間違いなのだが、日々習慣づけて来た舞が今は自分の中でどうなっているのかが知りたい。


そんな事を思いながら縁側を後に神器を置いてある居間に足を運び、刀置きに綺麗に置かれた自分の神器を久しぶりに手に取ってみる。


すると初めて神器を持った時のような世界が変わった様な感覚がし、その感覚に少し目眩を覚えるが、それに大きく息を吐いて耐え忍び、刀を黒い鞘から引き抜いて縁側に向かって足を進める。


縁側に着き、石畳の上に置いてある草履に足を通し、紐をしっかりと締めて縁側に置いた刀だけを手に取り、縁側から離れて大きく息を吸う。


(風神の舞・・・ )


足をゆっくりと滑らせ、捻る腰に続くように上半身を動かしていく。


(花風・・・ )


久しぶりの攻撃のために使わない舞に懐かしさを覚えていると、自分がこの舞を覚える時によく獣人に指摘を受けていた記憶が頭の奥から呼び起こされ、寂しさと憂鬱を感じてしまう。


「・・・はぁ 」


そんな憂鬱を紛らわせるためにまた大きく息を吸い、気を紛らわすために今度は全力で舞を行おうとした瞬間、草木が強く擦れる音が辺りに響いた。


「っ!? 」


その普段聞きなれない音に反応し、慌てて辺りを見渡すと、森へと続く道をゆっくりと歩いてくる1枚の大きな布を被ったような不死が目に映った。


(誰だ? )


そんな顔を隠すような見慣れない服を着た男か女かも分からない不死に少し警戒していると、その不死は俺に気が付いたのか急に足を止めた。


「おっ、1匹見つけた 」


若い男の声が耳を叩くと、その男は急に足を速め、こちらに距離を詰めてきた。


「っ!? 」


その唐突な敵意に体は強ばり、咄嗟に風を体に纏わせ腰を捻る。


(風神の舞・・・潮風!! )


腰の捻りを利用して威力をつけた切り上げを男にぶつけると、刃はいとも簡単に男の肉の中を滑り、右肩を吹き飛ばした。


「うぐっ!! 」


男は飛んだ腕に遅れて野太い声を漏らし、俺から距離を開けるように後ろに飛ぶと、大量の血液を地面に落としながら膝を着き、息を荒くさせ始めた。


「へへへっ、急に腕を切り落とすかね普通・・・ 」


「・・・お前は何者だ 」


男の軽口を無視し、男に向かって何者かと問い質すと、男はゆっくりとその場に立ち上がった。


「教えるかよバーカ 」


その返しに苛立ってしまうが、こいつが何者か分からない以上、殺す訳にもいかない。


そんな停滞した時を感じていると、男は大きく息を吸い込んだ。


次の瞬間、左手の袖から笛のようなものを取り出し、それを見えない口に咥え、大きな音を辺りに響かせた。


「っ! 」


それが何かの合図だと言うことに気が付き、咄嗟にこいつの首を撥ねるために刀を振るおうとしたが、それよりも速く男は左手を俺に向けた。


「返すぞ 」


そんな言葉が聞こえた瞬間、俺の右腕は後ろに持っていかれ、右肩から下の感覚が無くなった。


次の瞬間、強烈な痛みが頭の中を駆け巡った。


「うぐぁ!!! 」


咄嗟に左手で右肩を抑えるが、バッサリと切られたような断面に触る度に痛みが増し、右肩から血液が湯水のように溢れ出てしまう。


「っう!! 貴様ァ!!! 」


「へへへっ 」


痛みを少しでも紛らわすために怒鳴り声を上げ、衝動的に足を前に進めるが、今の自分が神器を持っていないと言う事に遅れて気が付き、咄嗟に後ろに飛ぼうとしたが、男は左手の袖の隙間から1本の脇差しを取り出し、それは俺の左目に向かってくる。


「っ!! 」


これは避けられないと直感で感じ、咄嗟に左目を閉じようとした瞬間、俺の無い右脇の僅かな隙間を通るように熱い何かが通り過ぎ、その高速で動く何かは男の見えない顔を吹き飛ばした。


その何処か見覚えがある攻撃の痕を目で追っていると、後ろにそのまま倒れてしまい、頭を打ってしまった。


「うぐっ! 」


「大丈夫ですか!? 」


頭を打ったせいで視界がグラグラと揺れて気持ち悪いが、急ぎ足でこちらに向かってくる足音に安心してしまう。


「っ! 出血が・・・ 」


「大丈夫・・・だ・・・すぐに治むぐっ! 」


揺れる視界の中で暗い顔をしている雅に笑みを返すが、雅は俺の声が聞こえてないのか慌てて赤い紬の右袖をめくると、その腕を俺の口に押し当てて来た。


「痛かったら噛んでくださいね・・・ 」


そんな雅が何をしているのか分からないが、右肩に近付く熱気を感じた瞬間、地面をのたうちまわりたくなる様な痛みが身体中に駆け巡った。


「う゛ぅう゛う゛!!! 」


肉が焼ける音がしばらく耳元で響き続けると、ふいにその熱は腕を離れたが、痛みはまだ根深く肩に残っており、微かに風が吹く度に針で刺される様な痛みが頭の中を刺激する。


「ふぅ・・・ふぅ・・・ 」


「取り敢えず止血はしました・・・急にごめんなさい 」


「いや・・・大丈夫・・・だ・・・ 」


不死なのだから焼いて止血などしなくても大丈夫なのだが、焦りながらも俺を思ってくれた雅に無理やり形作ろった笑みを返すと、雅は青い顔しながらも安心出来る笑みをその綺麗な顔に浮かべてくれた。


その笑みを見ると気が抜けてしまいそうになるが、あの合図のような笛が気掛かりなため、力むと痛む体を無理やり起こし、銀色の弓を持った雅に顔を向ける。


「雅、あいつは何か合図をしていた。すぐに逃げた方がいい 」


「あの笛みたいな音ですか? 」


「あぁ 」


「でも変ですよね。合図にしては周りからは動物の音しか聞こえないんです 」


「そう・・・なのか? 」


「はい・・・ 」


何処か不安がる雅の言葉に疑問を感じながらも、敵が1人では無いのはあの合図で分かっているため、ここで孤立するのは不味い。


「雅、すまないが神器を拾ってくれないか? 」


「あっ、はい! 」


足でまといにはなりたくないためそう雅にお願いすると、雅はすぐに落ちた俺の腕に駆け寄り、その腕に握られた刀をそっと持ち上げた。


「持てますか? 」


「っ・・・あぁ 」


痛む体で立ち上がるが、右腕がない分重心が安定せずによろけてしまうが、慌てて雅が左手を掴んでくれた。


「大丈夫ですか!? 」


「・・・あぁ 」


左手を掴む細くも力強い手に安心してしまうが、その安心をわざと右肩に力を入れて痛みで紛らわし、重心を安定させてから雅から神器を受け取る。


「行くぞ・・・ 」


「どこに行くつもりなんです? 」


「紬の所だ・・・紬なら匿ってくれる・・・ 」


「はい! 」


雅は何も言ってないのに俺の左脇に肩を挟み、俺を支えるようにゆっくりと足を進めてくれる。


「すまない・・・ 」


「いえ、このくらいさせて下さい 」


そんな間近に見える雅の顔を見ていると本当に安心してしまい、微睡むような日の温かさを感じながらも木漏れ日が差す森の中を2人でゆっくりと歩いていると、雅がポツリと言葉を漏らした。


「琴乃さん・・・ 」


「ふぅ、ふぅ・・・なんだ? 」


痛みのせいで上手く呼吸が出来ないが、雅を無視するのは気が引けたためそう言葉を返すと、雅は真剣な顔を浮かべ、俺の左耳に口を近付けた。


「後に二人います、足止めするので・・・逃げて下さい 」


「っ!! 」


そんな事を急に言われ、慌てて首を横に振るが、雅は真剣で真っ直ぐな赤い目を俺に向けてきた。


「琴乃さん、貴方は馬鹿じゃないですから、誰が足でまといか・・・分かりますよね 」


「・・・ 」


その小声だが耳の奥に響く鈴のような声に歯ぎしりをしてしまうが、雅はすぐにいつもの安心できる笑みをその顔に浮かべた。


「大丈夫です。私、意外に強いですから 」


その笑みに何も言えず、奥歯に込める力を強くしながらゆっくりと雅に頷くと、雅から左手を離され、急に支えがなくなり転びそうになるが、すぐさま重心を安定させ、雅を置いて整備された道を全力で走る。


すると後ろから茂みをかき分ける音が俺の耳にも届いたが、もう一度奥歯を軋ませ、後ろを振り返るなと心に何度も言い聞かせる。


けれど後ろから聞こえた刃が空を切る音に反応してしまい、咄嗟に後ろを振り返ってしまうと、そこには雅を殺そうと槍と剣を構える男達の姿があった。


雅は顔に迫る剣を屈んで避けたが、その剣先は雅の耳を切り裂いたが、雅は怯む様子はなく右手に炎の矢を生み出し、その(やじり)で剣を持った男の首を切り裂いた。


「っ゛う゛!! 」


首を裂かれ怯む男に雅は冷ややかな目を向けると、その見えない顔に矢を直接突き刺した。


「ぐあっ!! 」


槍を持った男はその隙を付いて槍の先端を雅に向けるが、雅はそれを左手に持った弓を手首で回転させて弾くと、男の顔から矢を引き抜いてそれを引いた弦に掛け、その矢を躱そうとする男の腹を左足で蹴り上げると、腹を抑えて怯んだ男の頭に矢を撃ち込んだ。


「がっ! 」


小さな断末魔と共に死んだ男を見て少しほっとしていると、顔に矢を刺された男は倒れる体を右足で強引に支え、雅の顔面に剣を向けて突きを放った。


それに雅は驚くように身を引こうとしたが男の剣の方が届くのが速い。


「っ!! 」


すぐさま体を無理やり振り回し、神器の力を使って刃を空に溶かして斬撃を男の腕に向かって振るうと、男の腕は血を撒き散らしながら宙を舞った。


「ぬご!? 」


重心が安定せず、刀の重さに振り回され地面に倒れてしまうが、雅の安否が分からないためすぐさま顔を上げると、雅は既に弦を引いており、引いた弦の間に生み出した矢を男の顔面に向けて撃つと、その矢は男の眉間を貫通して後ろの木に突き刺さった。


(良かった・・・ )


「琴乃さん!! 」


雅が余り傷つかなかった事に安堵していると、足音が俺の方に近づいてくる。


雅は俺をうつ伏せから仰向けにし、柔らかい雅の膝の上に頭を乗せられると、涙混じりの声で怒鳴られてしまった。


「なんで逃げなかったんですか!! 」


「・・・なんで、だろうな・・・ 」


なぜ自分が逃げなかった理由など自分でもよく分からないが、涙を流す雅の頬にそっと左手を伸ばすと、その理由が分かってしまった。


「いや、今理由が分かった・・・雅を、1人にしたくなかったからだ 」


「・・・もう 」


雅は泣き顔を笑みに変え、仕方がなさそうに微笑むと、こちらも笑みが零れてしまい、笑みどうしが見つめ合う。


そんな時間を永遠と感じていたいなと心の奥で思っていると、突如顔に生暖かい物がかかった。


「「えっ? 」」


視界が赤く潰れ、慌てて左目を拭って目を開くと、そこには口から、目から、鼻から血を垂れ流す雅の顔があった。


「雅!? 」


「あっ・・・れ?・・・ 」


雅は何が起こったか分からない様な顔をし、血が垂れる顔を指先で触り、血が着いた指先をぼーっと眺めると、その体をフラリと横に倒れた。


「雅!! しっかりしろ!! 」


「ぜぇー・・・ぜぇー・・・ 」


息を不自然にする雅を必死に揺するが、雅は血を吐きながら咳き込み、苦しそうに呼吸を続ける。


(何がどうなって!? )


突然の雅の体の異常に考えが回らず、雅の名を呼び続けていると、ふと気が付いた。


雅の右耳が、赤紫色に変化していることに。


(っ・・・毒か!! )


「っ・・・雅、我慢しろよ! 」


すぐさま雅の口の中に袖を押し込み、空に刃を溶かして刃を振るい、雅の右耳を根元から切断する。


「あ゛ぁ!!! 」


雅の悲鳴に胸の中を突き刺されたような感覚に陥るが、その気持ちを奥歯をかみ締めて耐え、雅に声を掛け続ける。


「雅! 雅!! 」


「ゲホッ!! 」


けれど雅の容態は一向に良くならず、咳き込み大量の血を口から溢れだしている。


(どうすれば・・・どうすれば!! )


「ごとゲホッ! の・・・ざん゛・・・ 」


「喋るな!! ゆっくりと呼吸をしてろ! 」


そう雅に言い聞かせるが、雅は血を吐きながらゆっくりと体を起こし、弱々しい力で俺を抱き締めてきた。


「みや・・・び? 」


「ずいまゲホッ!せん・・・わだヒュー、しは・・・貴方のゴボッ!!・・・ごとのざんの事が・・・大好き・・・ですよ・・・ 」


「雅・・・なんで今そんな事を!! 」


抱き着いている雅を体から離し、雅の顔をしっかりと見つめると、雅は目から鼻からも血を垂れ流しているのに、何故か綺麗で、何処か儚い笑みを俺に向けて来た。


「なんでゲホッ! ・・・でじょうね・・・ヒュー。こどのざんと、会えなくゲホゲホッ!! なりそう・・・で・・・ 」


「大丈夫だ雅! 俺はずっとお前の傍にいる!! 」


必死にそう声を荒らげると、雅は何処までも嬉しそうにニッコリと微笑んだ。


「やぐぞぐヒュー・・・ですよ・・・ 」


「あぁ!! 」


雅の途切れそうな声に力強く頷くと同時に、雅の目は上を向き、その体はグラりと後ろに倒れてしまった。


「みや・・・び? 」


無造作に地面に倒れた雅の顔にそっと手を伸ばすが、左手には風を感じない。


それは雅が息をしていない事を意味していた。


「雅! 雅!! 」


雅の体を左手で必死に揺らすが、雅からは反応は無く、雅の体がゆっくりと冷めていくのを手の平で感じてしまう。


その姿を見ていると、自分達が不死である事など忘れ、涙が両目から溢れ出てしまう。


「雅ぃー!!! 」


悲鳴に近い自分の叫び声は、森の中に吸い込まれるように消えていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ゴヒュー・・・ゴヒュー・・・ 」


息が上手くできない。


体が溶かされているように熱い。


それなのに骨は凍っている様に冷たい。


視界が部分的に赤く染る。


幻聴が聞こえる。


地面を強く蹴る度に激痛が頭に走る。


これは私が『杏奈』から呪いを受けたからだろう。


杏奈が何を思ってここに来たからだいたい検討は着いた。


それは恐らく、私を殺すためだろう。


()()()()が私を怨む理由は分かるし、私が相手の立場ならきっとそいつを殺そうとする。


理解はできる。


同情もできる。


だが、私には立場があり、仲間を思う心がある。


だからこそ、奴らの行動は間違いだ。


そんな事を頭の端で考えながら森の中を走り、桜が居る『迷いの森』の拠点へと向かう。


東はセシルが、西は紬達が、南は()()()がいるから大丈夫だが、北はまだまだ未熟な悠人やゆい達が居る。


悠人達が万が一足でまといになった場合、1番危険が目にあうのは桜なため、私が向かわなければいけない。


地面を大きく蹴り、森を空から眺めながら地上に着地し、更にもう一度地面を蹴る。


(間に合うか!? )


もうすぐ神器の展開効果が切れる。


そうすれば私は眠りにつき、1日は動けなくなる。


だからその前に、()()()でも救わなければ・・・


地面を蹴り、少し開けた場所が視界に映り、すぐさま足でブレーキを掛けて前を向くと、不完全に見える視界に青い三又の槍を持った不死の男がこちらに金色の目を向けていた。


「来たか、処刑人! 」


その()()()もない不死に警戒してしまうが、その警戒心はドス黒く塗りつぶされていく。


それは何故か。


ある光景を見たからだ。


男の横には岩の針で体を串刺しにされ、その無数の傷跡から大量の血を流す桜の姿があった。


それを見ると鼓動は心臓が破裂しそうなほど速まり、所々赤い視界は更に狭くなっていき、呼吸は獣の様に荒くなっていく。


「貴様ァァァァァァ!!!!! 」


怒号を上げながら体を捻り、その捻りで生み出された斬撃を無数に男に飛ばすが、男は気持ち悪い笑みを浮かべながらそれらを槍で弾いた。


しかしそんな事に驚く様な余裕は私の中に無いため、地面を蹴り、男の顔面に蹴りを打ち込むが、その蹴りは槍の柄に防がれた。


神器による攻撃では無いため槍は砕けなかったが、男は後ろに後ろに吹き飛び、地面に槍を突き刺してその勢いを殺した。


その隙に後ろに目をやり、血を大量に垂らす桜の安否を確認すると、胸は微かにも動いておらず、肺や心臓、背骨を貫くように岩は貫通していたが、こちらをじっと見る桜の黒い目を見て、桜はまだ()()()()()と安心してしまう。


「よう処刑人、杏奈はどうした? 」


その処刑人と言う言葉に反応し、ジロリと男を睨むと、男はため息を吐きながら自分の黒い髪を掻きむしり始めた。


「はぁ、その呪いを跡を見るに、死んだのか・・・ 」


私を処刑人と呼ぶ男は、恐らく1()5()()()の生き残りだとは思うが、その男の寂しそうで辛そうな顔を見る度に虫唾が走る。


「お前は・・・何を思ってこの国を襲撃した? 」


その一言に込めた殺意に反応したのか、男は槍を右手で構えると、息を大きく吸い、ゆっくりとその息を吐いた。


「処刑人・・・お前を殺すためだ 」


何故かその言葉には悲しみがこもっていたが、私を殺すためなのなら話は速いと全身に気を回す。


「なら・・・私に殺されても文句はないな・・・ 」


地面を蹴り、身体中から斬撃を出しながら『神斬』を振りかぶる。


強化された身体能力に身を任せて刀を振るうが、男はそれを槍を傾けていなし、槍の先端を私に向けるが、その攻撃に遅れさせて斬撃の嵐を男に襲わせる。


しかし男は槍の軌道を変えてそれらを全て弾いたが、今度はいなされない様に横からの一閃を男にぶつけると、男はそれを槍で受けようとしたが槍は回転しながら吹き飛び、手ぶらになった男に刀を振り下ろしながらその過程で生み出された斬撃を襲わせる。


けれど男は余裕そうな笑みをその顔に浮かべると、空を切る私の一撃を手首で簡単にいなし、斬撃を体で受けながら右腕を大きく後ろに引いた。


それが突きの合図だと分かり、咄嗟に『神斬』でその拳を受けるが、『神斬』が拳に当たった瞬間に刃は砕け、その突きが私の顔面を大きく揺らした。


「ぶっ! 」


鼻血と舌から出た血が飛び散るが、この程度の痛みどうということは無いため、砕けた『神斬』の刃で男の首を掻き切ろうとするが、男はすぐさま後ろに飛んだ。


「・・・お前、誰だ? 」


私の神器を素手で砕いたのならこいつは神の混血で間違いないが、私の記憶にそんな奴は居ない。


「はっ、教えるかよ処刑人。お前の3()()()の魔法の条件だろうが 」


「っ!! 」


私の3つ目の魔法の事も知っているこいつの正体がいよいよ分からなくなるが、体の奥から来るどうしようもない倦怠感を感じ、私にはあまり時間が残されていないようだ。


「ふぅ・・・もうやめだ 」


「あっ? 」


こいつが誰であろうと、この男は私の国を襲撃した存在だ。


だからこそ、探りはもうやめだ。


こいつは・・・この場で殺す。


意味無き人生(ロスト・ライフ)


紬が皮肉を込めて名付けた魔法の名を呟き、守る対象を私にとって(最も大事な存在)に切り替えると、男の顔からは笑みが消え、地面を操り、青い三又の槍を手元に戻した。


「『天沼矛(アメノヌボコ)』、神器 展開 」


男は神器を展開し、槍の先端を下に向けて両手で構えたが、どうでもいい。


こうなった私は、()()()()()()()


「・・・行くぞ 」


「あぁ、来い 」


男の掛け声に合わせ地面を蹴り、男の顔を目の前に捉えると、男は一瞬遅れて槍を地面に突き刺そうとしたが、それよりも速く右腕に生えた刀で槍を切り上げると、男の手から簡単に槍は手放された。


「ぐっ!! 」


男と距離を詰めようとするが、足元の地面が隆起し、私と男の間に壁を生み出したが、両腕に生えた刀と身体中から出る斬撃をぶつけ岩を砕く。


するとその先には右拳を振りかぶる男の姿があったが、遅い。


体を捻って突きを躱し、その捻りで生まれた斬撃と右腕の刀でその伸びた腕を落とそうとするが、斬撃も刃も男の肌に触れた瞬間に砕け散った。


「ふっ! 」


すぐさま男は私に間合いを詰めようとしてくるが、男が踏み込んだ瞬間に砕けた『神斬』を男の右眼に飛ばすと、その刃は男の右眼に深々と突き刺さった。


「ぬがっ!! 」


男が怯んだ隙に男の左胸に右拳を当て、全身の筋肉を利用した勁を男に打ち込むと、男は後ろに吹き飛び、地面を転がったがすぐさま体を起こした。


けれど男は体を起こした途端に大量の血を吐き、両膝を付いて息を荒くさせ始めた。


「処刑人・・・やっぱりお前・・・人間じゃ! 」


男は何かを喋っていたが、その隙に間合いを詰めて下に下がった顔面を右足で蹴り上げると、男はダメージを受けながらも岩を隆起させ、その岩の刃が私の右足を根元から切断したが、瞬時にその足を再生させ、再生した踵で男の頭を割ろうと足を振り下ろす。


しかし男は地面を隆起させてわざとその地面を自分にぶつけ、己を横に吹き飛ばして私の蹴りを躱した。


「ぜぇ・・・ 」


けれどあの蹴りと勁の内蔵へのダメージが残っているのか、男は地面からすぐには起きずに荒い息をしていたが、その隙に地面を蹴り、がら空きな頭を潰そうとした瞬間、胸の奥にある感情が生まれ、唐突に膝を着いてしまった。


(なに!? )


これは神器によるものでは無い事は明確だった。


なぜなら、胸の奥に生まれた感情の名前は、安らぎだったからだ。


(なん・・・だ・・・これは・・・ )


涙が止まらない。


体が思うように動かない。


まるであの時、桜に抱きしめられた様な心地良さが胸の中でこだまする。


そんな意味が分からない安らぎに困惑していると、地面に倒れた男は私に向けて右手を向けた。

すると私の周りの地面から岩のトゲが生み出され、そのトゲが私の全身を串刺しにした。


「ぶっ!! 」


臓物から血が込み上げ、窒息しないように血を吐きながらもその岩を砕こうと全身に力を込めるが、その岩はピクリとも動かなかった。


「なん」


「その岩の時を止めた、もうお前は二度と動けねぇよ 」


その男の言葉に、ある人物が頭の中で連想された。


「おばえ・・・アキラ・・・か? 」


「・・・覚えてたんだな、大和 」


忘れるはずがない。


こいつは・・・私の手で殺した筈の不死であり、15年前、不死の国を乗っ取ろうとした張本人だ。


「襲撃を企てたのも・・・お前かぁ!!? 」


「・・・あぁ、俺が人間に魔法を与え、不死の国を滅ぼすために色々と手回しをした 」


アキラはそう言うが、そもそもこいつはアキラとは顔付きも目も違う。


そんな突然の再開と胸の奥から止めどなく生まれる安心を感じながらも、無理やり体を動かそうとするが、体に思うように力が入らない。


「おばガハッ! 私に何を・・・じた? 」


「それは私が説明しましょう・・・ 」


そんな聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。


咄嗟に後ろを振り返り、この場にいて欲しくない人物の顔を連想してしまうと、その人物の顔が現実と綺麗に重なってしまった。


「何故・・・お前がここにいる・・・ 時雨ぇ!!! 」


「ふふっ、何故でしょうね・・・ 」


突如現れたローブに身を包んだ時雨は何処まで優しく笑うと、私にゆっくりと近付いて来た。


「簡単に説明しますとねー、魔法を使って大和様がこの世に生まれ落ちて、1番安心した時を再現したんです。だから今涙が止まらないでしょう? 」


確かに言われるとおり、私が人生で1番安心した時の記憶が頭の中に思い浮かぶが、どうしても、どうしても理解できないことがある。


「何故・・・お前が裏切った!? 」


「うるさいですよ大和様・・・ 」


時雨は私の問いを無視してゆっくりとこちらに近付くと、ローブの右袖から青い艶のある短剣を露わにすると、それを使って私の右耳を削ぎ落とした。


「っ゛う゛!! 」


「ふふっ、小さくて可愛いお耳ですね 」


時雨は私の削ぎ落とされた右耳を手の平で弄ぶと、その耳をゆっくりと口に運び、お菓子を摘むような感覚で私の耳を咀嚼し始めた。


そんな異常な行為をする時雨を見ていると、時雨からは絶対に考えられない感情が私に伝わって来た。


それは・・・憎悪だった。


「お前・・・()()()


「誰って・・・貴方の仲間、時雨ですよ? 」


「時雨はお前みたいな汚い感情は持っていないんだよ。正体を表せ・・・ 」


そんな願望が混じった言葉に時雨らしき者はゴクリと私の耳を飲み込むと、その顔に似合わないニンマリとした笑みを浮かべた。


「あははははっ!! 気づいちゃいましたー!? 残念ですねー、もう少し遊びたかったのにー 」


声は時雨のものだ。


けれどこいつは・・・時雨じゃない!


この耳に着く様な喋り方は・・・


凜音(りんね)・・・なのか? 」


「ピンポーン!正解でーす!! 」


その事実に気が付くと、もう1つある事に気が付き、怒りで視界が染まっていく。


「てめぇ! まさか時雨を!! 」


「はぁい! 時雨ちゃんの精神は私が殺しましたよー?いやー、あの子健気に抵抗したものですからねー、ゆっくりとー、じっくりとなぶり殺しましたよー 」


不死は不死身だが、死ぬ可能性があるものが2つある。


1つは『不死殺し』・・・


もう1つは、精神が壊されること。


精神という名の電池が壊されれば、肉体と言う機械はもう二度と動かない。


だから、時雨の精神が殺されたと言うことは・・・


「っ・・・貴様ァァァァァァ!!!! 」


「あはははははっ!!! はぁい! 貴方が今思った通り、時雨ちゃんは死んじゃいましたねぇ! もう生き返ることは無い、本当の死・・・ふふっ、あはははは! 傑作ですねぇ!! 」


凜音は腹を抱えてゲラゲラと笑うと、その下品な笑みを私の方にゆっくりと近付けて来た。


「どんな気持ちですかぁ!? 長年付き添った人が殺された気分わァ?? 悲しいですかぁ? 私が憎いですかぁ? 」


「っ゛う゛う゛う゛!!!! 」


こいつを殺したい。


その衝動に駆られるままに全身に力を込めるが、岩はピクリとも動かず、逆に肉が千切れて行く。


「あはははは!!! それじゃあもう1ついい事を教えちゃいましょーかぁ!! 」


その悪意に満ちた時雨の笑みをゆっくりと近付けられ、せめてもの抵抗のつもりでその顔を睨み返していたが、凜音はくるりと後ろを振り返ると、私の周りをぐるぐると回り始めた。


「実はですねぇ、この不死の国には『不死殺し』の結界が張り巡らせてるんですぅ!! これが何を意味してるか分かりますぅ??? 」


その言葉の意味が分からず、全力で全身に力を込めていると、後ろから右肩に顎を乗せられ、そっと囁かれた。


気付きたくなかった現実を。


「その結界の中で死んだ不死は二度と蘇りませんよ・・・だからみーんな・・・みーんな・・・死んじゃったんですよ? 」


胸の奥で何かが切れた。


「嘘だ・・・嘘だ!! 」


そう自分に言い聞かせるが、こいつからは嘘偽りのない感情しか感じない。


「あはははははっ!!! どんな気持ちですかぁ!? 貴方、メイドを1人自分の手で殺しちゃいましたよねぇ!? どんな気持ちですかぁ!? 生き返ると思って殺した筈なのに、本当に殺しちゃったなんてぇ?? 」


その言葉を聞いて思い出してしまった。


この斬り裂いた、リサの頭の感覚を・・・


「あっ・・・あっ・・・あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!! 」


「あはははははっ!! あはははははっ!!! 」


私の後悔と絶望が入り交じった悲鳴に凜音は心底楽しそうな笑みを浮かべると、急に落ち着いた様にその顔から笑みを消した。


「もう死にましょうか・・・さっさとお前なんかは地獄に行った方がいいですよ・・・ 」


凜音は冷ややかな声でそう囁くが、受け止めきれない現実を前に、瞳から涙を、心から絶望を溢れださせる事しか出来ない。


「あぁ、待ちわびましたよぉ・・・ふふふっ、あははははははっ!!! 」


凜音は青い短剣の刃先を私の首に向けると、私の首に青い短剣が豆腐を刺すように入り込んで来た。


「ごぼぼぼっ!!! 」


「あはははっ! その体でも窒息は免れないみたいですからねぇ!! そのまま死んじゃえ!! あはははっ!

あはははっ!! 」


その悪意に満ちた笑い声を聞いていると、意識がら遠くなる・・・


あぁ、()()()()には相応しい最期だ・・・


私はこのまま死ぬ。


やっと死ねる・・・


「うぐっ!? 」


「はっ? 」


その2つの声に、不完全に見える視界で前を向いてしまうと、そこにはアキラの首を後ろから両腕で締める左手がない雷牙の姿があった。


「てめぇが親玉だな? 『稲魂(いなだま)』 神器 展開 」


雷牙はそう言葉を綴ると、その両手の小手に紫色のイナズマが溢れていく。


「ぬぐぅぅ!! 」


アキラは首を締める雷牙を振り払おうと必死に抵抗するが、雷牙が締め付ける力の方が強いのか、アキラは暴れられない


そんな自殺行為な行動を取る雷牙の姿を目で追っていると、雷牙の目の周りが泣いた後の様に赤く染まっている事に気が付いた。


「よくも・・・よくも私の仲間を殺してくれたな・・: 」


雷牙はそんな言葉を呟くと、顔を鬼の形相に変えていき、アキラの首を締め付ける力を更に強くしていく。


そして紫色のイナズマが小手を包み込むと、雷牙は鬼の形相を人懐っこい様な笑みに変え、その顔を私の後ろに向けた。


次の瞬間、その顔を後ろから黒い巨大な刃が貫いた。


「ゲホッ!! 」


アキラの後ろに現れた昆虫の羽を持つ女は雷牙の頭を貫いたまま手首を捻り、雷牙の首を引きちぎると、アキラは膝から崩れ落ちた雷牙から体を離した。


するとどこからか現れた2人のローブを着た人影がその崩れ落ちた雷牙の体の両袈裟を切り落とすように刀を振るい、雷牙の両手と顔がついていない胸が地面に落ちた。


「アキラ!! 」


凜音は地面に落ちていた青い槍をアキラに投げ渡し、アキラはその槍を地面に突き刺して雷牙の両腕を包み込む様に岩を生み出すと、その岩の中から鼓膜が破裂するような轟音が鳴り響いた。


「ゲホッ! ゲホッ!! 」


「大丈夫ですか・・・アキラ様? 」


「あぁゲホッ・・・助かった、お前達 」


アキラはどこからが現れた3人と凜音に礼を言うと、残った雷牙の下半身に目を向けた。


「まさか自爆覚悟で突っ込んでくるとはな・・・ 」


「すみません、私達が逃がしたばっかりに 」


「気にするな、背後を取られた俺も悪い 」


そんな仲間意識を漂わすアキラ達に虫唾が走り、全身に力を込めて肉を引きちぎりながら無理やり動こうとするが、新たな岩が私の腹を突き刺し、私の動きを完全に固定する。


「がはっ!! 」


「もうお前は・・・大人しく死んでろ・・・ 」


そんな悲しさを感じる声に理解が追いつかず、遠のく意識を手放そうとした瞬間、私の後ろからカサリと何かが蠢く音が聞こえた。


「あー・・・らい・・・らい・・・らいらいらいらい」


そんな狂ったように言葉を繰り返す言葉に嫌な予感がし、意識を現実に戻して後ろを振り返ると、そこには・・・くじ刺しにされた岩から体を無理やり引き抜いた桜の姿があった。


桜はフラリと血を垂れ流す穴だらけの体を揺らすと、死んだ様な顔をゆっくりとアキラ達に向けた。


次の瞬間、桜の背から9本の黒い狐の尾が飛び出し、それに続くように全身から昆虫のギザギザした細い足の様なものを生み出し、四肢を地面に着いた。


その姿はまるで・・・異形そのものだった。


「アギ・・・りん・・・ごろろろろろろ 」


桜はそんな意味不明な言葉を口から漏らすと、その口中にも昆虫の足が蠢いていき、その背中には巨大な虫の羽が服を突き破って生み出された。


「キシャアアアアア!!!!! 」


化物と化した桜はそんな人間の口からは発せられない声を辺りに響かせた。




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