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第6章 魔法



「これから説明することをよく聞けよ 」


 長い白髪を揺らす大和やまと)さんが、四角い机の上に大きな地図を広げて、僕に丁寧に説明をしてくれる。


「この地図に示されてるのが『不死の国』、そいで周りの国だ 」


 広げられた地図を覗き込むように見ると、色で丁寧に区切りを付けられている地図が、目の中に映り込んで来た。


「『不死の国』には東西南北にある、自然で作られた罠があるんだが…それは知ってるか? 」


「は、はい。北が『迷いの森』、西が『幻影の泉』、東が『毒の林』、南が『絶対零度の地』…であってますよね? 」


 これを()()()のはかなり前だから、朧気な記憶に自信が持てず、大和さんに顔を向ける。

 すると大和さんは気さくな笑顔を見せてくれ、地図の戦と書かれた赤い色が塗られた場所と、緑色に塗られた和と書いた場所の中間に、細く…けれどしっかりとした指を置いた。


「正解だ。んで、獣人族の里はここら辺で合ってるか? 」


「はい、獣人族の里は和と戦の辺境ですから、そこら辺だと思います。」


 僕の話を聞いてか、大和さんは少し難しそうな顔をして唸るように右手を顎に当てた。


「どうしたんですか? 」


「いや、こっちの問題だ。とりあえず話を元に戻そう 」


 大和さんは顎から右手を離し、濃い緑色で塗られた場所、『迷いの森』に指を指す。


「悠人が言ってくれた自然の罠、これは人間が突破することは不可能だ。でも、この罠には抜け穴がある 」


 大和さんは地図に指した指をゆっくりと動かし、『迷いの森』の中に薄っらと描かれた、細い線を指さした。


「それがこの道。私達は『安全なる道(セーフティーロード)』って呼んでるんだ。ここは自然の罠の影響を受けにくい唯一の場所で、だからこそここを人間が攻めてくる…で悠人。ここでお前に問題だ 」


「は、はい 」


 急に話を振られ、心臓が跳ねてしまう。

 高鳴った胸を左手で押さえ、自分の心臓を少し落ち着かせてから、大和さんの問題に耳を傾ける。


「どうして人間達は不死の国を攻めてくるか、知ってるか? 」


「えっと…神器(じんぎ)があるから、ですか? 」


「違うな 」


 僕の必死に考えた答えを、大和さんは笑顔で否定すると、今度は赤く示された『戦の国』を指差した。


「人間が不死の国に攻めてくる理由は色々ある。大まかなのは、『不死の謎を知る事』・『不死を奴隷にする事』・『不死の国の資源を奪う事』だ 」


「なんかとんでもない理由が聞こえたんですけど… 」


「まぁ聞け。順に説明する 」


 大和さんは地図に乗せた指をゆっくりと動かし、戦の国の中央に指を止めた。


「まず不死の謎を知る事…これは簡単に言えば人体実験だ。人間は不老不死の謎を追っているから、不死をとっ捕まえて体の隅々まで調べて回るし、体を麻酔なしで切り刻まれたりする。それをするのが、北の『戦の国』とその東にある『科の国』だ 」


 その話を聞くと、嫌な考えが頭の中に生まれてしまう。


 あの時、誰かが僕達を助けてくれなければ…そんな事を考えると、背筋がゾッとしてしまう。

 けれどそんな事を思っている間にも大和さんは話を続けており、その話に耳を傾ける。


「2つ目は『不死の国の資源を奪う事』。『不死の国』は石炭とか使い捨ての燃料が沢山あるんだが、なんでだと思う? 」


 大和さんはまた僕に向かって疑問を投げかけて来る。

 けれどそれは2回目なため、今度はそこまで慌てずに済み、首を傾けて思考を回す。


「えっと…鉱山とかが沢山あるからですか? 」


「残念、それも間違いだ 」


 大和さんは僕に赤い眼を向け、ケラケラと笑いながら答えを言ってくるが、返ってきた答えは驚くべきものだった。


「正解は使わないからだ 」


 その答えに、一瞬固まってしまう。

 自分の故郷…『和の国』は、自然と昔の歴史を大事にする国だったけど、鉄や植物などの道具が生活の要になっている。

 だからこそ、資源を使わないで国を動かすなんて不可能な話だ。


「まぁ、これは3つ目の理由と重なるんだが…ここに照明があるだろ? 」


 大和さんは机に乗っているライトを指差し、そのライトのスイッチを左手でカチカチと点滅させ始めた。


「これは電気で光らせているんだが、悠人は電気を作る時の工程を知ってるか? 」


「えっと…詳しくは知りません 」


 そう言われてみればどうして物が光るのかと疑問に思ってしまい、答えを聞き漏らさないように、大和さんの話にしっかりと耳を傾ける。


「簡単に言えば、なんらかの形でタービンっていうもんを回せば電気が作れるんだ。まぁ、回す時にいろんな資源や特定の機関がいるんだけどな。けど、私達は使わない。厳密に言えば使わなくても電気を発電させることができる…それはなんでだと思う? 」


 再び大和さんに質問され、今度こそは絶対に当てようと意気込んで考え込むが、いくら考えても結局答えは見つからない。


「すいません…分からないです 」


「正解はな…『魔法』だ 」


「…へ? 」


「まぁ、その反応は正しいな 」


 大和さんは僕の腑抜けた声を聞いて、子供のような笑顔を見せてくる。


「魔法って…何もない空間から氷出したり、(かみなり)落としたりとかできるあの魔法ですか? 」


「あぁ、その通りだ 」


 首を横に捻り、その言葉を必至に理解しようとするが、どうしてもその言葉を噛み砕けずに居ると、大和さんは気さくな笑みを浮かべ、その後ろに立っている忍さんに顔を向けた。


「まぁ、『百聞(ひゃくぶん)は一見にしかず』だ。(しのぶ)


 大和さんの言葉に、後ろでずっと無言で立っていた、使用人さんの忍さんが口を開く。


「なんでしょうか? ご主人様 」


「お前が嫌じゃなければ、魔法を見せてくれないか? 」


 大和さんの問いに、忍さんは少しの間、無言で考え込んでいたが、しばらくすると忍さんは短いため息を吐き、嫌そうな顔をしながらも頷いてくれた。


「はぁ…分かりました 」


 嫌そうな顔をする忍さんは右手をそっと前に出すと、何も持っていなかった右手には、いつの間にか(つか)の無いナイフが握られていた。


「…え? 」


 僕はその光景を見て、理解ができずに固まってしまった。


「悠人、これが魔法だ 」


 大和さんは「驚いたか?」と、言わんばかりの笑顔で僕を見てくるが、僕の頭はそれに追い付いてくれずに、上手く理解ができない。


「あれ? 見間違い…ですよね? 」


 目の前の事を理解できず、それを否定しようとしていると、忍さんの手にはいつの間にか、もう1本のナイフが握られていた。


「魔法です 」


 忍さんからきっぱりとそう言われたけど、それでもまだ信用できない。


「に、偽物ですよね? 」


 認めたくない。

 そんな思いでまた忍さんの言葉を否定すると、僕を怒るように目の前の机に深々とナイフが突き刺さった。


「本物です 」


 忍さんからまたもきっぱりと言われ、恐る恐るそのナイフを触ってみると、刃の部分は鋭く冷たい。

 机に刺さった跡を見るに、殺傷能力が十分にある事も十分理解できる


「見ての通り、これが魔法だ 」


「はっ、はぁ… 」


 大和さんから自慢気な顔をされ、魔法の存在をようやく認めたけど、無理に状況を飲み込んだからか、頭がクラクラしてくる。

 だって、魔法なんて作り話の中にしか無いと思っていたから…


「えっと…つまり忍さんが電気を作っているって言う、ことですか? 」


 大和さんにそう尋ねると、何故か大和さんは忍さんの顔を見つめ、何も言っていないのに、忍さんは何かを察した様に無言で頷いた。


「そういうわけじゃない。例えば墨汁からは何色が出せる? 」


「え…黒ですよね 」


 そんな当たり前のことを聞かれ、腑抜けたような声で答えてしまうと、大和さんは嬉しそうに頷き、話を進めてくれる。


「その通りだが、逆に言えば黒色しか出せないってことだ。魔法もそれと一緒。私達はその持っている色、『魔力』で使える能力が違ってくる。忍が持っている魔力は『遮蔽(ハイド)』って言う、物を隠すことができる力だ 」


「え、それだったら忍さんずっとナイフを握ったままなんですか? 」


「はい。私はいつでも戦闘が起こってもいいように、いつも武装しています 」


 僕の問いに忍さんはあっさりと答えると、また目を閉じて黙り込んでしまった。


 どうしてすぐに目を閉じるのだろうと疑問に思ってしまったけど、さっきの話の中に出てきた、この国で戦闘が起こるという言葉に、頭の中に不安がよぎる。


「こ、この国で戦闘なんて起きるんですか? 」


「まぁ、起きないことはないな。この国は魔法を持っている不死達がまあまあ居るから、喧嘩とか起きれば思いっきり使う奴もいるからな 」


「なんか…怖いですね 」


「安心しろ。街中での攻撃魔法の使用は禁止してるからな。もし魔法を悪用したり、街に被害を出したりしたら、速攻で檻の中にぶち込んでやる 」


「なら少しは安心? …ですね 」


 それは安心と言えるのだろうかと、疑問に思いながらも頷いてしまうと、それとは別に、1つの疑問が頭の中に生まれてしまい、無性にそれを質問したくなってしまう。


「あの、質問いいですか? 」


「あぁ、いいぞ 」


 大和さんから質問の許可を貰ってから、自分が1番気になっている事を質問してみる。


「魔法って…どうやったら使えるようになるんですか? 」


 そう大和さんに質問したはずなのに、忍さんが急にクスクスと笑い始めた。


「話を遮ってしまいすみません…ふふっ、どうぞ続けて下さい 」


 忍さんはそう言うけど、肩を揺らしながら笑いをこらえている忍さんを見て、どうしてもそっちに目がいってしまう。


 笑い続ける忍さんを目でじっと見つめていると、大和さんは机を指先で叩いて音を鳴らし、僕が大和さんを見てから、僕の質問に的確に答えてくれた。


「魔法を使うためにはそんなに特殊な事はいらないんだ。急に魔力が発動したりすることもあるしな 」


「じゃあ僕も使えるかも…って事ですか? 」


「あぁ、その通りだ 」


 大和さんの答えに、喜びが心の中で跳ね回るけど、不意に少し前の事を思い出してしまい、頭の中にまた違う疑問が生まれてしまった。


「話が全く変わるんですけど、魔法と魔術って何が違うんですか? 」


 僕のしつこい質問に、大和さんは少し笑みを浮かべながら、机の上に右肘を付いて答えてくれた。


「魔術って言うのは杖や文字、特殊な術式を使用して使う物だが、魔法はそんな術式や杖なんかはいらないんだ。魔法と言ってはいるが、ぶっちゃけて言えば奇跡に近い 」


「えっと…それが不死達が狙われる最後の理由ですか? 」


「あぁそうだ。魔法を使えるのはこの世で不死だけだ。その魔法を開拓や発電に利用すりゃ人間に取っては相当有益なものだろうよ 」


 そんな暗い話を聞いてしまうと、僕の心の中に、暖かい思い出と冷たい何かが生まれてしまう。


「人間と不死って…仲良くできないんですかね。僕達も元は、()()()()()()()()


 僕の考えを聞いた大和さんは、笑みを暗い表情に変えると、何処か嫌そうなため息を吐いて赤い瞳を暗くさせた。


「不死と人間が共存関係になることはまずないだろうな。 もし、人間と不死が同じ場所に住んだって、妬まれ、この力を解明しようとして、私達を捕まえようとしてくるだろうよ 」


 大和さんは自分が体験した事があるように僕の夢を真っ向から否定すると、辺りには暗い空気が立ち込め始めた。

 そんな気不味い空気を感じていると、その暗い空気を遮るように、後ろから扉を叩く音が聞こえた。


「誰だ? 」


 暗い空気の中で大和さんが扉の向こうにいる人に声をかけた。

 すると扉はゆっくりと開き、小さな子供の様な女性が部屋の中に入ってきた。


「失礼します。半獣人の姉妹の意識が戻りましたので、報告に参りました 」


 空色の髪を揺らし、とても綺麗な声を出す使用人さんを見ていると、その人は僕に気が付いたのか、こっちに優しげな笑みを向けて来てくれた。

 優しい笑みを見て、その人は可愛らしいなと思っていると、大和さんはゆっくりと椅子から立ち上がり、気持ちよさそうに腰を伸ばした。


「おし、とりあえず一旦この話は終わりだ。悠人も心配だろ、早く合ってこい。場所は時雨(しぐれ)が案内してくれる 」


 大和さんが僕を気遣ってくれていると分かり、有難い気持ちを心に感じながら、深々と大和さんに頭を下げる。


「分かりました。ありがとうございます 」


 しばらくしてから頭を上げ、椅子から立ち上がって後ろにいる時雨さんの方に駆け足で向かう。

 扉を出る前にもう一度大和さん達に頭を下げ、時雨さんと言う使用人さんと共に、この部屋を後にした。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ところでだ 」


 悠人が居なくなり、静かになった部屋で口を開くと、私の後ろに居る忍から、少し嫌な空気が流れ始める。


「なんでしょうかご主人様? 」


「なんでお前、あの時笑ったんだ? 」


 ずっと不思議に思っていた事を問いかけてしまう。

 忍は普段あまり話を遮ったりしないし、まして悠人は男だ。

 だからあの時だけは話を遮り、可笑しそうに笑った事がどうしても理解できない。


 そんな素朴な疑問に忍は口元を隠しながら、クスクスと笑った。


「悠人様はとても純情だなと思ったからです 」


「…あの時、悠人はなんて思ってたんだ? 」


 忍の返答がやんわりとした答えだったため、もう一度問い返すと、忍は口元を隠している手を退け、顔に貼り付けた暗い笑みを私に向けて来た。


「『魔法が使えたら、カッコいい 』…そう思ってましたよ 」


 忍から返ってきた言葉に私も少し笑ってしまうが、忍はずっと笑みを貼り付けたまま、微動だにしない。


「…よかったな。純情な奴で 」


「えぇ…本当に良かった 」


 忍は笑みを浮かべたまま静かにそう呟いたが、その言葉には強い怒りだけが秘められていた。



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