第41章 カウントダウン
迷いの森が襲撃される30分前
「・・・んっ」
女の様なか細い声が口から漏れ、微かな明るさを感じながらゆっくりと瞼を開いてみると、そこには温かな光が差す、見覚えがある縁側が見えた。
「朝・・・か」
体を少し暑い布団の中から出し、霧が掛かった様にボヤける頭を少しずつ覚醒させていると、ふと、後ろから襖が擦れる音がした。
その方へ顔に笑みを浮かべながら振り向いてみると、そこには赤い狐の耳を垂らす綺麗な雅が俺に向かって笑顔を浮かべていた。
「あっ、おはようございます、琴乃さん」
「おはよう、雅」
雅に朝の挨拶をし、何処か軋む様に重たい体を起こして、自分が寝ていた布団を畳んでいると、雅はそれを手伝ってくれる様に布団の端を持ってくれた。
「手伝いますよ」
「・・・ありがとう」
雅にお礼を言い、布団を畳むために雅の方に近付くと、ふと、雅との顔が近い事に気が付いた。
それに気が付くと勝手に体が動いてしまい、そっと雅の綺麗な唇に自分の唇を重ねると、雅は驚く様に布団を落としたが、すぐに雅は目を閉じ、俺の方に唇を押し付けて来た。
そんな幸福なひと時を目を閉じて感じていると、ふいに唇に感じる圧が離れ、残念がりながら目を開くと、そこには頬を赤くし、耳を立てて息を荒くする雅の顔が見えていた。
それに少し驚いてしまっていると、その間に雅は俺が持っている布団を落とし、足で布団を無理やり広げ始めた。
「み、雅?布団が」
「今から使うので、大丈夫です」
そんな言葉が耳元で聞こえると、抵抗もできずに布団に押し倒されてしまい、少し重い雅の体重を感じていると、雅は興奮気味に紬の帯を解き始めたが、急に何かに気が付いた様に帯を解くのを止め、俺の体の上から退くと、焦る様に乱れた紬を直し始めた。
「み、雅?」
「つ、紬さんが来ます」
その言葉を聞き、慌てて体を起こし、雅のせいで乱れた紬を直して正座をすると、草履が土を擦る音が俺の耳にも聞こえ始め、気まずさを覚えながら雅と共に縁側の方の眺めていると、森の整備された通路に手ぶらの紬の姿がはっきりと見え始めた。
そんな紬は俺らに気が付いたのか、ゆっくりと片手を上げ、その顔に笑顔を浮かべた。
「おはようお主ら」
「おっ、おはようございます」
「おっ、おはようございます紬さん」
俺と同様に雅も気まずいのか、少し顔を赤くしながら紬に挨拶する雅の姿にさらに気まずくなっていると、紬は何かに気が付いた様に気まずそうに口角を上げ、急に俺達に背中を向けた。
「あー・・・急用思い出したし、帰るわ」
「あっ、持って下さい紬さん!」
俺らを気遣ってか、帰ろうとする紬を雅は呼び止め、この部屋から走る様に飛び出ていってしまった。
しばらくすると、なにかを風呂敷で包んだ様な物を持って雅は戻って来た。
「お買い物ついでにお城について行っても良いですか?この前のお返しを雫さんに渡したいので」
「うむ、お主が良いんじゃったら良いが・・・大丈夫か?」
「はっ、はい」
紬の気遣う言葉に雅は恥ずかしそうにそう答えると、俺の方に顔を向け、小さく整った口をそっと耳に近づけて来た。
「帰ったら、しましょうね」
「ぶっ!?」
そんな予想外の誘いに口から声の様な物を吹き出してしまうと、雅は少し恥ずかしそうに微笑み、縁側で待っている紬の隣に足を運び、明るい笑みを浮かべながらこちらに振り返った。
「それじゃあ琴乃さん、行って来ますね」
「あっ・・・はい」
さきほどの誘いにまだ動揺してしまっているためか、そんな気の抜けた一言が口から漏れると、雅は紬と共に整備された道に歩みを進め始めた。
その2人の後ろ姿が見えなくなるまで眺め続け、ポツンと1人残された部屋でボーッとしていると、ふと、雅のさっきの言葉を思い出してしまった。
『帰ったら、しましょうね』
そんな甘い言葉が脳内で繰り返されると、顔が沸騰しそうなほど熱くなってしまい、それに続く様に股間もじんわりと熱を持ってしまう。
「・・・ふーっ」
その熱を冷まそうと細い息を口から吐き、首の血管の疼きが治まったのを確認してから広がった布団を端を揃えて綺麗に畳み、喉の渇きを抑えるために台所へ足を運び、台所に置いてある水桶に溜められている水を柄杓で掬って、その水で喉の渇きを潤す。
「ふぅ」
一息付き、雅が帰るまで何をしていようかと思っていると、ふと、台所で目に止まったのは、よく手入れされている包丁だった。
その包丁を見ると、雅がどれだけ料理を作り、どれだけ頑張ってくれているかがよく分かる。
(・・・俺は、幸せ者だな)
強さを追い求め、苦悩して、絶望して、泣き喚いて、力を捨てた。
けれど今、俺は幸せだ。
それもこれも、全て雅のおかげだ。
そんな雅に感謝を伝えたい。
そんな思いが体を動かし、台所に掛けられた前掛けを体に身に付け、雅が使っているであろう包丁を握り、綺麗に泥が落とされている大根をまな板の上に乗せ、雅が好きだと口から漏らしていたべっこう煮を作り始めた。
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迷いの森が襲撃される20分前
「そういやお主、なんか髪艶が良くなってないか?」
「えっ、そうですか?」
横を歩く雅の姿を見て、元々良かった艶がさらに良くなっている事に気が付いたため、そう言ってみると、雅は自分の髪を弄り始めたが、よく分からなそうに首を軽く捻った。
「鏡が無いと、よく分かりませんね」
「まぁ、そうじゃの」
儂の方に笑みを向けてくる雅に微笑み返し、木漏れ日が漏れる森の中をゆっくりと歩いていると、雅はふと何かが気になるように儂の顔を覗き込んで来た。
「なんじゃ?」
「いや、えっとですね、どうして家に来たのかなーって」
少し恥ずかしそうに顔を赤らめる雅の言葉を聞いて、本当にさっきは機会が悪かったなと後悔しながら、その質問に答えていく。
「お主らが心配じゃっただけじゃよ。お主らが一緒に住うと聞いて家を用意したが、ちと他のことに忙しくて顔出し出来んかったけな」
「あっ、そうなんですね。ご心配ありがとうございます」
儂の言葉に雅から深々と頭を下げられ、そのせいで少し気不味くなってしまい、首の後ろをむず痒くなってしまうが、その疼きを隠し、雅に気になっていた事を質問してみる。
「で、実際の所はどうなんじゃ?彼奴、また荒れておったりはしてないか?」
「はい!最近は色々とお手伝いもしてくれる様になりましたし、一緒にご飯食べたりお昼寝したり、なんか・・・恥ずかしいですけど、夫婦みたいだなって思ってます」
嬉しそうに、しかし恥ずかしそうに髪を弄りながらそう呟く雅を見て、こっちまで嬉しくなってしまい、雅の左肩にそっと手を乗せる。
「そうか、そんなら良かったわい」
2年前、雅や琴乃の目つきを見てとても心配じゃったが、今ではこうも幸せそうな目に変わったのだと分かると、感慨深くなってしまう。
(本当に、良かったな)
そんな思いを感じながら2人で整備された道を歩いていると、人の気配を肌に感じ始め、そこからしばらく歩くと、様々な不死達が入り乱れる城下町に到着した。
その城下町の活気を感じながら人通りの多い道を雅と共に歩いていると、明るい黒色の短髪に手拭を巻き、キラキラとした汗を垂らす銀色の目をした不死、貞香から声を掛けられた。
「おっ、紬様!」
「様はやめんかい」
「へへへっ、すみません。昼にうどんは如何っすか?」
「すまんが用事がある、また今度来るからの」
「へへへっ、お待ちしております!!」
「お、おう」
貞香から元気よく頭を下げられ、それに気不味さを感じながら返事を返し、その場から逃げるように雅と共に城へ小走りで向かっていると、後ろにいる雅から声を掛けられた。
「そう言えば紬さん、どうして頭を下げられると嫌がるんですか?」
「・・・儂、そこまで出来た者じゃ無いからな。頭を下げられる価値なんぞ持っておらん」
「いや、そんな事は無いと思いますよ。紬さんって、ここに住んでる人達に寄り添って来たんですから。もちろん、その中に私達も入ってますよ」
そんな温かい言葉を頭の上に付いた耳で聞いていると、ふと、心に炎が灯った様な気分に陥り、頬に笑みが浮かんでしまう。
「ほうか・・・ありがとな」
「いえいえ」
温かい言葉をかけてくれた雅にお礼を言いながらも、人混みを抜けるために小走りで道を進んでいると、儂が住んでいる城の前にある巨大な門に着き、そこで雅と別れようと声をかける。
「ほんじゃ雅、儂はそこら辺ぶらぶらしとるけ、お主はゆっくり茶でも飲んで行け」
「ありがとうございます。でも、今日は早く帰りますね」
儂の方に丁寧にお辞儀をしてくる雅の姿を見て、またも首の後ろがむず痒くなってしまうが、さっきの言葉もあるため嫌な顔はやめて、逆に笑顔を雅に向けると、雅も綺麗に微笑み、軽く儂に頭を下げてから城の中に入って行った。
その後ろ姿を眺め終え、紅葉しかけた森の中を眺めて回ろうかと思い、ぶらぶらと城に沿った森の中を歩き回っていると、ふと、人の気配を肌に感じた。
(・・・狩をしとる奴でも居るんかな?)
この森の中には動物も生息しているため、狩をしとる奴が居るのは不思議では無いが、ふと、気になる事がある。
それは・・・その気配がこちらに近づいて来ている事だ。
次の瞬間、背中に感じた殺意は具体化し、その場から横に飛んで避けると、儂が元居た場所に石の様な物が通り過ぎ、その石が辺りに生えた木に当たった瞬間、その木には風穴が開き、ゆっくりと木は倒れ朽ちた。
そんな殺意全開の攻撃を見て、体に気を巡らせて攻撃が来た方に目を移すと、そこには黒いフードを被った不死が茂みの中から姿を現した。
「よく避けたなぁ、お前」
「・・・今の攻撃はお主がやった物か」
その不死から伝わる敵意を感じていると、ため息が自然と口から漏れてしまう。
「そうだが?お前は」
「もう良い、喋るな」
久しぶりに全身に気を巡らせ、右手の手首を捻り、骨を鳴らして細い息を口から吐く。
「悪酔か敵かは知らんが、儂に喧嘩を売るという事は、わかっておるんじゃろうな?」
久しぶりに体から出した殺意に辺りの木に止まっていた鳥達は一斉に飛び立ち、森のざわめきが消えた森の中でポツンと残された敵は深く被ったフードを脱いだ。
「ふーっ、ふーっ」
露わになった短い黒髪に金色の眼をした敵は大きな両手を合わせると、その体の所々が隆起して行き、その体が唸りを上げて膨張していく。
「お前はぁ!俺が殺す!!」
「ほうか」
雄叫びを上げ、膨張し切った体でこちらに突進してくる敵にため息を吐き、体を揺らして地面を素早く蹴る。
迫る敵に接近し、両手で、脳、脊髄、心臓、骨髄、両眼を瞬時に奪ってやると、敵は辺りに生えていた椛の木に勢いよくぶつかり、そのまま地面に倒れ、動かなくなった。
「・・・ふぅ」
ため息を吐き、両手に溢れた臓物と骨を地面に落として血が白い煙となっていくのを眺め続け、その煙が出なくなるのを待ってからもう一度ため息を吐く。
「此奴、なんじゃったんじゃ?」
不死の国で儂に喧嘩を売る奴など、片指で数えられる程度じゃし、此奴からは酒の匂いはしない事から悪酔して儂を襲った訳では無い。
そもそも、こんか筋肉を膨張させる魔法など見た事が無い。
(・・・取り敢えず、大和に連絡するか)
大和に連絡するのは気が引けるが、一応彼奴はこの国の王は大和なため、ため息を吐いて袖の中からケータイを取り出し、もう一度ため息を吐いてから大和に連絡するために通話のボタンを押そうとした瞬間、背中にゾクリと悪寒が走った。
「っう!?」
ケータイを手放し、その場から逃げる様に地面を蹴ろうとするが、肩を強いでは言い表せないほどの力で捕まれ、逃げる事が出来ない。
「ぐっ!?」
肩が軋む痛みを感じながら後ろを振り向くと、そこには、この世にあるのが不自然な黒い球体が浮かんでおり、それから伸びる無数の黒い手が儂の肩を掴んでいた。
その物体が何かは分からないが、それに飲まれれば死ぬと長年の勘が訴え、すぐ様自分の肩を掴む黒い手に手刀で攻撃するが、その手は儂の攻撃ではピクリともしなかった。
この感覚には覚えがある。
これは・・・神器による物だ。
「ちっ!!」
使いたくは無いが、三つ目の魔法をすぐ様使おうとした瞬間、その黒い塊に向かって言葉に出来ない力で引っ張られ、地面に顔を擦られながら引き摺り込まれる。
「ぬぐっ!?」
咄嗟に3つ目の魔法を使い、自分が過去で1番強かった姿に戻ろうとしたが、それには間に合わず、黒い塊に接触してしまった。
すると顔の骨が砕け始め、それに続く様に体中の骨が圧縮される様に折り畳まれて行く。
「!???」
何が起こっているかさっぱり分からないが、死ぬのは不味いと苦痛の中で直感的に悟り、3つ目の魔法を発動し続けるが、体は折り畳まれ続け、身体中の骨が砕けて行く。
(死んで・・・たまるか!!)
口がどこにあるか分からないほどの圧力の中、死なないように魔法を発動し続け抵抗を試みるが、それら全ては強い圧力に押し潰されて行き、何もする事が出来ず、ただ死なない様に魔法を維持するだけが今の儂に出来る事だった。
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迷いの森が襲撃される10分前
「うぷっ」
食べた物を吐き出しそうになり、慌てて口を押さえると、吐き気はゆっくりと胃の方に引いて行き、生暖かい吐息が口から漏れてしまう。
「心花さん、作り過ぎなんだよなぁ」
何故か僕を太らせようとしてくる心花さんにため息を吐き、断れない僕もまぁ悪いなと思いながら、取り敢えずお腹を落ち着かせるためにそこらを散歩しようとしていると、ふと、私が張った光の結界に誰かが入る様な感覚を頭の中で感じた。
その数・・・4人。
(山賊・・・かな?)
人間にしては数が少ない気もするが、恐らくいつも通り、山賊か何かが不死を捕らえにやってきたんだろう。
そんな奴らに不死に手出しするとどうなるかを教えてあげるのも守り人の役目なため、苦しいお腹を摩りながら光を体に纏い、なるべく上下に揺れない様にしながら結界の外へ向かい、立ち込める霧の中に足を踏み入れ、平衡感覚を失わない様に気を引きしてながら光の結界に向かって光速で足を進める。
しばらく左右も分からなくなる様な霧の中を走り続け、私が作った光の結界の範囲内に着いたが、ある違和感が頭の中にこびりつく。
(・・・どうして、気配が無い?)
そんな疑問に気を取られ、体に纏った光を解いた瞬間、目の前の霧が乱れ、その中から赤い炎の剣が僕に向かって飛んで来た。
それは反射的に首を傾けて躱したが、その炎は僕の後ろに周った瞬間に爆炎となり、僕の背中を舐める様にして炎は背中を炙った。
(あづ!?)
こんな人間では真似できない攻撃をする奴らは1つしか居ない。
不死だ。
結界に入って来たのは不死なのだと理解し、右手に『天界の釼』を生み出すと、目の端に何かがある事に気が付き、上に視界を移すと、そこには灰色の2本の剣が刃先をこちらに向いている事に気が付いた。
「っう!」
その嫌な予感がする攻撃を体に光を纏って大袈裟に横に飛んで避けると、今度は右の脇腹辺りに水の刃が迫って来ている事に気が付き、それを咄嗟に神器で弾くと、刃は水に戻り、僕の体を濡らした。
「いっ!」
焼けた背中に水が当たったせいで頭に激痛が走るが、上から微かに聞こえた雷が弾ける音を聞いて全力で後ろに飛ぶと、私が居た場所に紫色の強い雷が落ち、水分を含んで柔らかくなった地面を砕いた。
(・・・危ないなぁ)
少し驚きながらも神器の力を使い、背中の火傷を瞬時に治し、柔らかい地面を強く踏んで辺りに光の結界を作って辺りの霧を晴らすと、僕の視界には4人の黒いローブを被った不死達が映った。
「・・・言わないと思いますけど、貴方達の目的は?」
一応訳ありの不死では無いかと探りを入れてみるが、4人のうちの1人が急に肩を震わせて笑い始めた。
「私達の目的!?それは一つしか無いよ!お前を・・・殺す事だ!!」
「・・・へー」
何故笑いながらベラベラと喋るのか意味が分からないが、取り敢えず分かった事はある。
こいつらは・・・殺しても良い奴らだ。
それが分かると変な気を使わなくても良いなと安心し、柔らかい地面を全力で蹴って笑っていた女性に急接近すると、敵はそれに反応できない様に腑抜けた声を出した。
「えっ?」
その腑抜けた声を出す喉を神器で貫き、喉に突き刺さった神器を手首の力で捻ってやると、敵の首はフードと共に血を撒き散らしながら宙を舞った。
「はっ?」
「えっ?」
「っ!!神器 展開!!!」
残った3人の内、2人は腑抜けた声を出し、1人は身の危険を感じたのか瞬時に神器を展開すると、魔法か神器で生み出した灰の様な物で作られた蜂を僕に襲わせてくるが、その遅すぎる攻撃を体を揺らして全て躱し、灰を使う不死との距離を詰めてその首を劔で突き刺そうとすると、右の方から地面を踏み切る音が聞こえた。
その方に視界を動かしてみると、そこには鏡の様な小手をローブの隙間から出し、その右手で僕に殴りかかってくる敵が見えたが、そのスピードはあくびが出るほど遅い。
ターゲットを灰を使う不死から変え、その右手を首を傾けて躱し、下からの一閃でその腕を斬り落とす。
「うっ!!」
痛みで怯んだ敵の左肩に刃を滑り込ませ、敵の上半身を斜めに斬り落とし、滑り落ちるこめかみに左手に生み出した光の刃を上から突き刺すと、敵の上半身は地面に落ち、こめかみを貫いた光の刃を抉って敵の脳を掻き回していると、僕の周りには灰で作られた蝿が飛んでいる事に気が付き、その上には紫電が漏れる黒い雲が浮かんでいた。
「はぁ」
雷はともかく、灰に直接触れるのは不味いと歳の勘が訴えるが、その素人感溢れる力の使い方にため息を吐き、死体から光の刃を引き抜き、それを灰を使う方の敵に全力で刃を投げると、その刃は灰で作られたの蝿の隙間を通り抜けて敵の左胸に滑り込み、想像の中でその刃を横に回転させてやると、現実の刃も横に回転し、敵の上半身は両腕と共に地面に落ちた。
「落ちろ!!」
そうやって敵の息の根を止めると、辺りから灰で作られた蝿は姿を消し、残った雲から落ちてくる落雷を雷を扱う不死と間合いを詰めて躱し、咄嗟に後ろに飛ぼうとした不死の両足を神器で斬り落として即死しない様に背中から地面に倒れた敵の腹に、逆手に持ち替えた神器を突き刺す。
「がはっ!!」
「手短に、貴方の目的は?」
「ぐふっ。・・・こ、殺せ」
「はぁ」
返ってきた男の声にため息を吐き、腹から神器を抜き取り、上手いこと骨を断つ様に右肩に神器を突き刺し、反対の左肩にも神器を突き刺す。
「ぐっ、あぁ!!!」
「もう一度聞きます、貴方の目的は?」
「こ・・・殺せぇ!!!!」
敵は絞り出す様な声で僕にそう訴えてくるが、そういう訳にも行かないため、致命傷を避けて何度も刃を突き刺そうとすると、背中を危険がくすぐった。
「!?」
すぐさま男から神器を抜き取って横に飛ぶと、僕のいた場所に空気が揺れるほどの何かが通り過ぎ、その風圧が僕の体にぶつかった。
「っ!?」
その風圧のせいで体制が崩れ、地面を転がってしまうが、すぐさま体を起こして勢いを殺し、前に顔を上げてみると、奥に広がる霧の中に大きな人影が見えた。
すると、地面に倒れている血だらけの男は首をその影の方に傾けた。
「ず、ずみません。俺は」
「喋るな、傷が開く」
そんな女性の声と共に霧から現れたのは、美琴さんよりも背が高く肩幅が広い女性で、赤い袴と巨大な胸に晒を何重にも巻いた長い赤髪の不死が姿だったが、その緑色の目は涙を静かに流していた。
「お前は・・・よくやってくれたよ」
「がはっ!!そう言ってもらえると、報われ・・・ばす」
喋るなと言われたのに、最期を悟った様に口を開く男に女性は近付くと、巨大な足を大きく上げ、男の頭をその足で文字通り踏み潰した。
「・・・仲間を、殺すんですね」
「黙れ」
その重々しい言葉に肌がざわつき、こんな殺意を感じるのは何年振りかと細い息を吐いて、空いた手に私のもう1つの神器、『煉獄の釼』を生み出すと、女性は静かに頰を伝う涙を拭い取り、真っ直ぐで凛とした顔つきを僕の方に向けて来た。
「貴方の目的も・・・僕を殺す事ですか?」
「いや、違う。私達の目的は・・・この国を滅ぼす事だ」
「それ、喋って良いんですか?」
(不死の国を滅ぼす事!?)
冷静を装いながらそう言ってみるが、内心は焦るように思考を回し始める。
何故不死がこの国を滅ぼそうとしているのか、理由は何個か思い付いたが、その言葉には何度か聞き覚えがある。
そう、例えば・・・15年前のこととか。
「あぁ、だって、今から死ぬ奴に、頭はいらねぇからな」
その殺意と敵意のこもった言葉を聞き、すぐさま前に神器を構えた瞬間、見えない何かが僕の神器を叩き、後ろに吹き飛ばされた。
「ぐっ!!?」
体を空中で捻り、釼を地面に突き刺して勢いを殺して前を向いた瞬間、目の前に見えない死が見えた。
「っ!?」
咄嗟に空中に飛んでその見えない攻撃を躱し、光の足場を生み出してそれを蹴って敵との間合いを光速で詰めるが、敵を間合いに入れた瞬間、突如見えない何かが右の脇腹を抉り、折れたアバラが肺や心臓に突き刺さった。
「ぐふっ!?」
霧の中に吹き飛ばされ、心臓が傷付いたせいで意識がだんだんと遠のいて行くが、落ち着いて神器の力を使い、体を治療してから体を捻り、足から地面に着地して辺りの霧を光で晴らすと、敵の笑っている姿が遠目に見えた。
「さぁ、ひとまず先に開戦だ!!」
その言葉の意味は分からないが、ひとまずこいつを殺すために頭に神経を集中させ、地面を蹴った。
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迷いの森が襲撃された直後
「のうセシル〜、酒でも飲まんか〜?」
「お前の泣き酒がウザいから断る」
酒を飲むたびに見る暎音の泣き顔を見たくないためそう答えると、暎音は口を尖らせながら台所のほうに戻って行く。
「ほんとお主はつれん男よな」
「そうか?じゃあすまない」
怒られているのかと思い、湯気が出るコーヒーカップをテーブルの上に戻し、暎音に頭を下げると、暎音は何故か顔にシワを寄せた。
「お主さぁ・・・はぁ、もういいわ」
「そうか」
もう良いと言われたので暎音から視線を外し、テーブルの上に置いたコーヒーを飲みながらスケッチブックにいつかの夜の暎音の寝顔を鉛筆で描いていると、自傷のし過ぎで過敏になった背中の皮膚に揺れを感じた。
「・・・暎音」
「なんじゃ?コーヒーのお代わりでもいるのか?」
「敵が来た、外に行ってくる」
椅子から立ち上がり、スケッチブックと鉛筆を机の上に置くと、後ろから暎音の足音が近付て来た。
「セシル!」
「・・・なんだ?」
鼓膜の破壊し過ぎたためか、うるさいほど響く音にため息を吐きながら後ろを振り向いてみると、急に胸ぐらを暎音から捕まれ、下に向かって引っ張られた。
すると、下がった口に小さな唇でキスをされた。
「ほれ、行ってこい」
「・・・あぁ」
暎音に返事を返し、唾液で濡れた唇を袖で拭おうとしたが、その右腕を小さな手で抑えられ、顔を赤くした暎音から大声で怒鳴られた。
「拭くなお主!!」
「・・・?あぁ」
何故そんなに怒鳴るのか意味が分からないが、ここで時間を食っていれば暎音に汚い血を見せてしまう可能性があるため、暎音から強引に手を離し、さっさと家の外に出ると、いつもと変わらない目が痛くなるほどの赤い霧が辺りには漂っていた。
「はぁ」
そんな退屈な景色にため息を吐き、霧の中を進もうとした瞬間、ふとした違和感を感じ、目だけで辺りを見渡すと、分かったことがある。
霧の中に・・・人型の何かが居る。
(・・・7人、か)
感覚で人数を特定し、右手に付けた白いブレスレット型の改造魔具のスイッチを入れてやると、辺りに漂っていた赤い霧は晴れて行き、かなりの範囲の霧が俺を中心に晴れた。
すると、辺りからよく見た事がある認識阻害のローブを被った人影が現れた。
(男、4人、女、3人)
ローブから見える骨格で性別を見抜いてそいつらを観察すると、分かった事がある。
水銀の霧の中を平然と歩いている姿は、そいつらが敵だという事を示しているため、すぐさま両手にハーフソードを生み出すと、敵の内の小柄な女は1人は焦るように背中に抱えた銀の大太刀を構えた。
「普通さ、何をしに来たとか聞かないかな?」
「・・・」
そう綺麗な声で問われるが、敵と話す価値などどんなに考えても無いため、言葉の代わりにため息を吐いて敵と間合いを詰めるために足を前に進めると、前にいる大太刀を持った女と白刀を持った男と、銀黒のメリケンサックのような物を両腕に付けた女がこちらに飛び込んで来た。
白刀を持った男は地面を蹴り、空中で身を捻りながら俺の顔に向かって白刀を振り、大太刀は俺の足をすくう様な一閃を、メリケンサックを付けた女はそれに重ならないように突きを放って来た。
「すぅ」
その攻撃を瞬時に見極め、息を浅く吸い、瞬時に全身を力ませる。
大太刀を左足で踏んで防ぎ、地面を踏むと同時に左手のハーフソードを上に投げて男の小脳を破壊して運動神経を狂わせてから、大太刀を持った女の顔面を右のハーフソードで斬ろうとするが、女は武器を手放して後ろに逃げた。
間合いの外に出られたため、右のハーフソードをさらに振ってメリケンサックを破壊し、女の体制が崩れた隙に右手のハーフソードを背中側に持って行き、落下する男に突き刺さった剣に右手に持っている鉄の柄を当てる。
(形状変化)
神器の力を使い、男に刺さった剣を巨大な斧に変えて男の脳を内側から完全に破壊させ、血が付いた斧と剣を両手で振り回し、5度女の体に刃を入れて斧で小さな頭をかち割り、体を回して勢いを付けたまま混合武器を後ろに引いた女に投げ付ける。
「っ!?」
女はそれを咄嗟に躱そうとしたが、俺が投げた混合武器の方が速く、回転する斧は女の細い腰を両断し、奥にいる残った敵に向かって武器は飛んで行くが、1人の女が1人の男を押して尻餅を着かせ、そいつを庇う様に手の平に生み出した紫色の小さなナイフで俺の混合武器を強引に弾いた。
「っう!?はぁ・・・はぁ」
肩で息をするナイフを持つ女を見て、こいつもそこまで強く無いなと思い、新たな斧と剣の混合武器を生み出し、歩いて敵との間合いを詰めようとすると、1人の男が金色に黒い模様がついた短剣を右手に生み出し、こちらに突っ込んで来た。
そんな目で7度も追えるほど遅い敵に合わせ、すぐさま敵を絶命させようとしたが、男は空中で残像を残しながら消え、新たな気配が背中側に移動した。
(・・・背後に回る神器か)
そんな子供騙しの魔法をコピーしようとしたが、コピーできなかったため、それが神器による物だなと理解していると、前にいる尻餅をついた敵以外は俺に向かって地面を蹴った。
けれど遅い。
ゆっくりと余裕を持ちながら今持っている武器を巨大なタワーシールドに変えて前の2人の攻撃と視線を切り、左足に渦巻き状の電気を想像で流し、地面に落ちた混合武器を左足に吸い寄せ、その勢いを殺さないように足を後ろに振りながら電気を解除すると、その剣は後ろに回った男の腹に突き刺さった。
「がっ!?」
しかしそれでは絶命にまでは至らないため、体を回しながら右手に磁力を生み出し、男の腹の傷を広げながら吸い寄せた斧の先端を指で全力で挟み、全身の力を込めてタワーシールドに向かって剣を振るうと、タワーシールドにハサミが画用紙を通るように刃が滑り込み、タワーシールドの向こうに居た2人の腹と肩を斜めに切り落とした。
「っ!?」
「うっ!!?」
タワーシールドの破片と共に肉塊が地面に落ちたのを確認し、後ろで腹から大量の血を出して蹲っている男の頭に2度、角度を変えながなら剣先を滑り込ませて確実に息の根を止めて前を向くと、残った1人の小柄な男は一本の茶色い木刀のような物を震えながら構えていた。
「よっ、よくも、仲間を!!!」
(・・・うるせぇな)
死んだ仲間を心配しても意味がないにも関わらず、そんな意味が無いことをする敵にため息を吐いていると、敵は脇が開いた型もクソもない震える攻撃を行い、それを武器で受け止めようとした。
しかし、敵の神器が俺の武器に当たった瞬間、武器は音を立てて崩れるようにして壊れた。
(・・・武器を破壊する神器か?)
その神器の効果を詳しく知りたいため、もう一撃くる木刀を左手で掴むが、体にはなんとも異常はない。
(・・・壊すのは武器だけか)
そんなしょぼい力の神器にため息を吐き、掴んだ神器を全力で後ろに引くと、敵はすっぽ抜ける様に神器を手放してしまった。
「かえっ」
取り上げた神器を奪い返そうとしてくる敵の鳩尾に横蹴りを撃ち込んでやると、俺のかかとは綺麗に鳩尾に入り込み、敵は変な声を漏らしながら後ろに吹き飛んだ。
「おぉっ!?」
地面を転がり、汚い吐瀉物を口から漏らす敵にため息を吐き、後ろに木刀を投げてから新たに斧と剣の混合武器を生み出して手ぶらになった敵の息の根を止めようと間合いを詰めようとしたが、敵はそんな俺から逃げる様に背を俺に向けて霧の中へ走り始めた。
「・・・?」
自分達からふっかけて来たはずの戦いなのに、何故敵が逃げるのか訳が分からないが、取り敢えず武器を振りかぶり、剣の部分を敵の背中に向かって投げ付けると、武器は空気を切りながら敵の背中に一直線に飛んでいった。
しかしその刃は敵の背中に突き刺さる事は無く、俺が投げた武器は空中でなんの前触れもなく消滅した。
「!?」
その光景に思考が一瞬止まるが、すぐ様何故そんな事が起こったのかと思考を回すと、答えはすぐに生まれた。
(新たな敵・・・か)
そう考え、辺りの気配を探るために神経を深くして集中すると、集中しないと気付かないほどの朧気な気配が男が逃げる側にある事に気が付いた。
その気配はこちらに近づいて来ているため、何もせずにその気配に警戒していると、赤い霧の中から認識阻害のローブを来た男が姿を現した。
「なんだお前、まだ死んでなかったのか」
「あっ、たっ、助けて下さい!!俺はまだ、死にたくありません!!!」
新たに現れた敵にすがりつく様に駆け寄る弱い敵に、新たに現れた敵はそいつの頭に手を置いた。
するとそいつの顔に腕を回し、そのままそいつの首に負担が掛かる様にして、顔を締め上げ始めた。
「やめ・・・たすっ」
その行動が自分を殺そうとしているのだと弱い敵は気付き、すぐさまその腕を解こうとするが、それよりも速く骨が軋む音が耳に聞こえ、次には骨が砕ける音が鼓膜を叩いた。
新たに現れた敵は死体を手放し、地面に肉塊を落としてから、その肉塊の頭を右足で踏みつけた。
「道具は道具らしく、使われて死んでな」
(・・・?)
死んだ人間が聞こえるはずが無いのに、敵は何故か死体に向かって暴言を吐くと言う意味のない事をしているのかと、疑問に思いながらもこいつを殺そうと武器を生み出そうとしたが、武器は手の平に生み出されなかった。
(・・・はっ?)
神器は故障する事が無いのは実感済みなため、考えられる事は一つしかない。
敵はなんらかの形で、俺の神器の力を封じたのだと。
ならば肉弾戦を行えば良いため、地面を踏み込んで敵の間合いに入り、敵の顔面に右のジャブを放つが、その拳は何か透明な壁にぶつかり、敵には届かなかった。
次の瞬間、右腕は内側からボロボロに破裂し、腕から筋肉の繊維や紫色の血管、赤い血が露わになった。
「っう!!?」
痛みが生まれた右腕をすぐさま引いて後ろに飛ぶと、敵の後ろから5本の氷で作られた鋭いツララが俺に飛んで来た。
それをすぐさま左腕と体の回転でいなし、これが神器によるものか魔法によるものか判断するために最後に飛んで来たツララをボロボロの右腕で殴りつけると、氷は破壊されずに俺の右腕の中に潜り込んだ。
「っう!!!」
するとその氷は破裂し、俺の右腕を吹き飛ばしたが、これで分かった。
これは神器によって作られた物だ。
そうやって情報を増やしながら右腕を再生させ、強く再生した右腕の感覚を確かめていると、敵は認識阻害のローブを外し、短い黒い髪と赤い目を露わにした。
「ふぅ、ローブはあちいな」
敵はそう言葉を漏らし、ローブを脱いでため息を吐いた次の瞬間、赤が染み込んだ地面が眩い光を放ち始めた。
「!?」
「おっ、やっとか」
敵はその光が収まると笑みを浮かべ、背中の後ろに19本のツララを生み出した。
「さぁ・・・開戦と行こうかっ!!!」
敵はそう叫び、その顔の口角を大きく上げた。




