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第40章 平和


「ふん、ふふん、ふーん」


桜さんが歌っていた鼻歌を見真似で歌いながら青ネギを切り、それを圧力鍋と呼ばれる鍋に放り入れ、鍋の蓋をしっかりと閉めて、王都から取り寄せたレシピ本通りに加圧をする。


「これで・・・良いのかな?」


使った事のない調理器具を心配しながらその鍋をじっと眺めていると、急に鍋の上の取っ手が音を立てながら回り始めた。


「うわぁ!?」


「ふふっ」


触っていないのに動いた取っ手に驚いていると、後ろから誰かが笑う声がした。


その聞き覚えがある声に顔の熱さを感じながら恐る恐る後ろを振り向いてみると、そこには口元を抑えてクスクスと笑う桜さんが立っていた。


「おっ、おはようございます」


「おはよう悠人、今日も可愛いね」


桜さんから可愛いと呼ばれた事に何故か恥ずかしくなり、少し口を尖らせながら桜さんにちゃんと顔を向ける。


「桜さん、出来ればカッコいいって言ってくださいよ!」


「えー、だって悠人は可愛いじゃん」


満面の笑みを浮かべながらまた可愛いと呼ばれ、今度はゆいみたいに頰が少し膨らんでしまい、その恥ずかしい気持ちを紛らわせるために桜さんに背を向け、煮物を作るためにゴボウを切ろうとしていると、後ろから右手に握っていた包丁を簡単に取り上げられた。


「良いよ悠人、後は私がやっておくから」


「えっ、大丈夫ですか?」


「うん、いつも悠人に任せっぱなしだからね」


「・・・えっと、ならよろしくお願いします」


満面の笑みと善意を向けられ、それに断る事が出来ずに桜さんに場所を譲ると、桜さんは包丁を空中で一回転させてから、鼻歌を歌いながらゴボウを切り始めた。


その後ろ姿に少し申し訳なさを感じながらも、桜さんの言葉に甘えて台所から離れ、居間に行く途中の温かな日差しが差す縁側に腰を下ろすと、ポカポカとした陽気が肌を温め、とても心地が良い。


そんな心地よさを感じながら温かな吐息を口から漏らしていると、居間の方からドタバタと床を踏む音が聞こえ、それがこちらに近付いてくる。


その聞き覚えのある足音に、顔に笑みを浮かべて待っていると、案の定居間から出てきたのは、神器を持ったゆいと雷牙さんだった。


「あっ、お兄ちゃん!」


「おっ、悠人。おはよう」


「おはようございます」


楽しそうに居間から出て来た2人は笑顔を浮かべながら僕に近付いてくると、ゆいは僕ににっこりとした明るい顔を近づけて来た。


「ゆい?」


「なんでもないよ!」


そんなゆいの行動に首を傾げていると、急に頭の上に大きな手を置かれ、その手は僕を可愛がる様によしよしと撫で始めた。


「雷牙さん、僕は子供じゃないんですから」


「すまんな、なんか悠人見てると人間の頃を思い出しちまうんだ」


雷牙さんは急に少し寂しそうに笑いながら僕の頭を撫で続ける。


そんな表情をされたら断れないじゃ無いかと思い、頬を熱くしながらも大人しく頭を撫でられ続けていると、それに続く様にゆいまで頭を撫でて来た。


「えちょ!?」


「朝ご飯、いつもありがとね」


ゆいからそう言われながら可愛らしく笑みを浮かべられ、その笑みに何故か頰が熱くなると、ゆいは僕から顔を離し、縁側に置いてあった草履をさっさと履いて、跳ねる様にして縁側から飛び降りた。


「それじゃお兄ちゃん、ご飯出来たら呼んでね」


「あっ、うん」


妹の笑みに照れた事に自分自身でびっくりしていると、ゆいは森の中へ入って行き、姿が見えなくなってしまった。


その姿を茫然と眺めていると、隣にいた雷牙さんはしょうがなさそうにため息を吐き、また僕の頭の上に手を置いて来た。


「悠人、今照れただろ」


「ぶっ!?」


そんな雷牙さんの言葉に分かりやすく反応してしまうと、雷牙さんは笑みを顔に浮かべながらポンポンと何度も頭を撫でて来た。


「ゆいは可愛いからな。悠人もちゃんと気にしてやれよ」


「・・・はい、勿論です」


なんでこんな話になったのかはよく分からないが、自分はこれでもゆいの兄なのだからと思い、その言葉にしっかりと頷くと、雷牙さんは僕の頭から手を離し、草履を履いて森の中に足を進めながら首だけを僕に向けて手を振って来た。


「んじゃ悠人、また後でな」


「はい!」


前を向く雷牙さんの背中に軽く手を振り、その背中が森の中に見えなくなるまで眺め続け、胸の中にあるポカポカとした温かい気持ちをまた感じていると、ふと、誰かが近付いてくる様な気配がした。


「んっ?」


その気配がする森の中をじっと眺めていると、そこから出て来たのは、腰まで伸びるほど長い黒髪に所々赤いリボンを付けた、とても妖艶と言うか、妖精の様な人が、白く袖が長いワンピース着てこちらに歩いて来た。


「・・・失礼します。貴方が死神、でよろしいですか?」


「し、死神ですか?人違いじゃ」


「あれ?黒髪に黒い眼、白い鞘の黒刀を持っている人だと聞いていましたが?」


風色の眼を向けられそう問われてみると、確かに僕の髪と目は黒いし、刀の条件も当てはまる。


けれど、僕の名前は死神だなんてかっこいい名前じゃない。


「えぇっと、名前、間違えて無いですか?僕は悠人と言いますけど」


「あっ、人間の方の呼び名で言ってしまいましたね、すみません」


(人間の呼び名?)


その聞き覚えの無い言葉を言われ、訳の分からないまま首を傾げていると、女性は何故か僕の顔を覗き込む様にして首を傾げて来た。


「あれ?もしかして人間から貴方がなんて呼ばれてるかご存知無いんですか?」


「えっと、はい」


「貴方は人間達から死神と噂され、恐れられているんです」


その言葉を一瞬遅れて理解すると、自然と口角が上がってしまい、嬉しい気持ちで心が一杯になってしまうと、その喜びに引っ張られる様にして女性の両手を掴んでしまう。


「ほんとですか!?」


「えっ、えぇ、というか、どうして笑顔なんです?」


「だってそんなにカッコいい名前で呼ばれてるんですよ!嬉しいじゃ無いですか!!」


「・・・ふふっ、変わった子ですね」


そんな可笑しい物を見るような笑みを見て、少し冷静になってみると、顔中が熱湯のように熱くなってしまい、そっと女性の手を離して、恥ずかしい気持ちを胸に両手で顔を抑える。


「すみませんでした」


「いえいえ、お構いなく」


そんな綺麗な女性のクスクスと言う笑い声を聞いていると、その小さな足音は僕の横を通り、縁側に人が座ると鳴る、木の軋む音が聞こえた。


「ふぅ、貴方も、いえ、悠人も座ったらどうです?」


「は、はい」


初対面の人に呼び捨てにされたけど、そんな事よりもさっきの自分の行動を恥じながら言われた通りに縁側に座ると、台所の方から桜さんの足音が聞こえて来た。


「あっ、燐回(りんかい)さん」


「久しぶり、桜ちゃん」


(ちゃん?)


初めて聞いた綺麗な女性の名前を聞いて、少し冷めた顔に置いた手を退けてみると、そこには燐回さんの小さく綺麗な顔があり、一気に顔が火照ってしまう。


「うわぁ!?」


「ふふっ、反応が面白いですね」


燐回さんから顔を慌てて離し、心臓がドクドクと脈打つのを感じていると、クスクスと笑う燐回さんの顔に後ろからしなやかな手が周り、その顔をぷにぷにと桜さんの手が揉み始めた。


「燐回さん、悠人を揶揄うのはやめて下さい!」


「やめて桜ちゃん、お化粧が落ちちゃう」


顔を揉まれがら冷静にそう言う燐回さんは桜さんの手を掴むと、僕の方に顔を向け、にっこりと大人びた笑みを浮かべて来た。


「ごめんなさいね。・・・弟に、よく似てたから」


「あっ、いえ、大丈夫です」


そんな何処か悲しさを含んだ笑みに、少しずるいなと思いながら笑みを返した瞬間、ふと、気が付いた。


その綺麗な顔が、()()()()()()()()()()()()()


「りんっ」


「ふせっ」


僕の声と桜さんの声が重なった瞬間、その綺麗な顔は何かと共に吹き飛んだ。


一瞬の静寂と共に顔が乗っていない首からゴポリと血が溢れると同時にこめかみ辺りに強い違和感を感じ、僕の経験からそれが避けられない物と直感的に悟った瞬間、耳元で金属がぶつかり合う音がした。


一瞬のことで何がなんだか分からず、何かが飛んで来た方に首を向けると、そこには何故か顔が見えない黒いフードを被った僕と同じくらいの背をした人が立っていた。


「誰」


その人物に誰だと叫びながら刀を抜こうとした瞬間、その人の後ろに、視界を覆い尽くす様な白い刃が宙に現れた。


「死ね」


そんな殺意がこもった言葉と共に身体中に躱せない違和感を無数に感じとった。


(よけっ)


れない。


そう感じた次の瞬間、僕を殺そうと迫ってくる刃は黒い刃に全て弾かれ、桜さんの黒い刀とその人が取り出した銀色の短剣が金属音と共に鍔迫り合った。


「悠人!雷牙達と合流して王都に逃げて!!!」


「はっ、はい!!」


桜さんの大声に一瞬遅れて反応し、血が垂れた縁側から腰を上げて全力で桜さんとの横を通り過ぎる。


その途中にまた体を避けられない違和感を感じたが、それは金属音と共に消え、桜さんを信用しながら両腕を思いっきり振り、森の中を走り抜ける。


(なんで!?誰!?燐回さんが!!雷牙さん!ゆい!!)


呼吸が頭にまで周り、焦る思考、けれど足は止めずにゆい達に危機を伝えようと森の中を走っていると、右の脇腹に違和感を感じた。


その違和感が攻撃だと悟り、すぐさま左側に飛ぶと、僕が居た位置に風切り音が現れ、着地と同時に刀を抜き、隻の構えをして攻撃が来た方に顔を向けると、そこには燐回さんの頭を吹き飛ばした人と同じ格好をした小柄な女性?が森の影から姿を現した。


その手には神器らしき赤色の鞭が握られており、僕を攻撃したのはこの人で間違いなさそうだ。


「へぇ、よく避けたね」


その声を聞いて、この人が女性だと分かったけど、そんなことはどうでも良い。


桜さんから教えられた通り、敵には、容赦はしない。


左腕を軸に魔法を展開し、左腕の中から大量の蝿を生み出し、その蝿達に女性を襲わせる。


「えちょっ!?」


女性はその蝿の量に驚いたのか、慌てる様に鞭を振り回して蝿を落とすが、圧倒的に手数が足りず、女性の身体中に蝿が纏う。


「きゃあっ!?つぅ、はなっ、やめっ!!」


女性は声を上げながらゴロゴロと地面を転がるが、蝿は無機質に女性に群がり、女性から離れない。


そして女性が神器を手放し、だんだんと動かなくなるのを確認してから近付き、倒れた女性の後頭部に向けて刀を突き刺すと、刀はなんの抵抗もなく女性の頭を貫通して地面に突き刺さり、多分、女性の息の根を確実に止めた。


「・・・ふぅ」


刀を地面から引き抜き、刀に付いた血を桜さんの真似をしながら肘で血を拭い取ってから刀を鞘に戻すと、集中していた気が一気に抜けてしまった。


すると、ぐーっと、お腹が鳴ってしまった。


口の中に溜まるよだれ。


死体に群がる蝿。


服に付いた血。


あの人の死体。


「・・・行かないで」


そんな言葉が口から漏れた。


女性の死体に駆け寄り、大急ぎで顔を見ようとフードを取ろうとするが、フードを掴んだ手は震え、恐れが体に付き纏う。


だから恐る恐る、ゆっくり、そっと、袖を掴み、その袖をめくってみると、そこには、所々黒く変色した、あの人の腕があった。


「あっ」


だからその腕をそっと持ち上げ、腐って柔らかくなった腕に、ゆっくりと歯を立てた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(風の居合(かぜのいあい) 雄風(ゆうふう)!)


神器の力と居合を併用し、体の周りに現れた刃を全て弾き、男の首に向かって刃を突き刺そうとするが、男の体は高速で動き、私の間合いから一気に遠のいた。


「ふぅ、おっかねぇ女だ」


「知人の顔を吹き飛ばしておいて、よく言うよ」


正直、こいつには怒りがある。


私の事を綺麗だよと言ってくれた燐回さんの顔を吹き飛ばし、さらには、悠人を容赦なく殺そうとした。


その怒りに身を任せ、今すぐにでもこいつの間合いに入りたいが、体が冷静になれと紬さんの修行時代の事を頭の底から引っ張り出してくる。


『不死との戦闘には、2つの戦法がある。1つは速攻。2つ目は、敵の魔法、神器の効果、それら全てを見抜く。それが出来ぬのなら、お主は何もするな』


(・・・分かってます)


記憶の中に居る紬さんにそう答え、熱い頭を冷静にさせ、体に風を纏う。


(エンチャント (ウィンド))


刀を鞘に収めて体と刀に風を纏い、神器の力で身体能力を上げて地面を蹴り、敵との間合いを詰めて右手に生み出した氷の刃で敵を切り刻もうとするが、敵はまたしても高速で移動して私の間合いから飛び退き、光る刃を飛ばして来た。


けれどもう目が慣れたため、それらを目の前に生み出した氷の盾で防ぎ、その氷の盾に後ろ蹴りを入れてその破片を敵に飛ばすが、敵は光速で左右に動いて攻撃を躱したが、その飛ばした破片を氷の刃へと変え、弾幕を張る様にして後ろから敵に襲わせ、前からは居合で攻撃しようとするが、敵は上へ高速で飛び、上から刃の雨が降り注ぐが、この程度の数なら全て弾けるため、すぐさま腰をひねる。


(風の居合(かぜのいあい) 逆颪(さかおろし)!)


風の三激で12本の刃を全て弾き、空中で身動き出来ない男の後ろに氷の刃を無数に生み出し、下から胴体に向かって突きを撃ち込もうとするが、敵は空中で私に背を向けて後ろにある氷の刃を掴むと、その刃先を持ったまま氷の刃を光る刃と共に弾いたが、それならば刀を突き刺せば良いだけだと自分に言い聞かせ、腰を捻り、背骨を粉砕するほどの力で刀を突いたが、その刃先が男の背中に当たった瞬間、刃は音を立てて砕けた。


「っ!?」


その予想外の光景に一瞬頭が混乱するが、すぐ様動揺を建て直し、砕けた刀で男の首を狙うが、男はまたしても高速で動き、私の短くなった間合いから離れた場所に着地をした。


「ははっ、自慢の刀が折れちまったな」


「・・・背を向ける事で、無敵を得る。それが神器の力なんだね」


「っ!?」


敵の挑発を無視し、敵の動揺を誘うために神器の看破した効力を口に出すと、敵は一瞬だけ焦る様に動揺したけど、強張った肩はすぐに力が抜け、多分、私の方に笑みを向けて来た。


「流石だな、()


「・・・どうして、私の名前を知ってるの?」


敵の口から出た自分の名前に一瞬混乱してしまう。


こいつが外から来た不死なのは分かる。


それならば私の事は人間から呼ばれている『白狐(しろぎつね)』と呼ぶはずだ。


なのにこいつは、私の事を名前で読んだ。


そのせいで、一瞬考えたく無い事を考えてしまう。


(誰かが・・・情報を流した?)


私の事を詳しく知っているのは、守り人と王宮に居る人と、不死の国に暮らしている数人だ。


(その中に、もし、裏切り者がいるなら・・・いや、今はそんな事を考えないでいい。今はただ・・・殺せ!)


混乱している自分にそう言い聞かせて地面を蹴ると、敵はそれに反応する様に後ろに光速で飛び、無数の光る刃を私に飛ばして来たが、何度も見た攻撃力を弾いて躱し、地面を強く踏み込む。


地面から生み出した岩の刺を敵の背後から襲わせるが、敵は光速で空に飛んでそれらを躱し、空中からさっきまでとは比にもならないほどの数の刃を飛ばして来た。


(植物(プラント)!!)


すぐさま刀に地面から生み出した蔓を纏わせ、刀の砕けた部分を補強してから迫る攻撃を弾くが、圧倒的に手数が足りないため、巨大な氷の盾を目の前に生み出して防ぎ、想像で氷にヒビを入れ、氷の盾を貫く様にして刀を敵に全力で投げ付ける。


「ふっ!!」


「っう!!?」


敵はその予想外の攻撃に動揺の声を上げたが、刃先が敵の顔を貫く寸前で敵は首を傾けて躱して地面に着地すると、手ぶらになった私に短剣を構えて突っ込んで来た。


が、それは()()()()()


刀に纏わせた蔓を弾かせ、敵の背中から蔓を襲わせるが、敵は光速で体を捻って枯れた蔓を躱し、短剣を私の胸に突き立てようとした来たが、それも()()()()()


空いた左手に雷の槍を生み出し、それを自分も巻き込む様にして爆ぜさせ、接近してきた敵と私を同時に感電させる。


「うぐっ!?」


「・・・」


痺れた体で思う様に敵は動かないが、()()()()()()すぐに動き、地面に潜り込んだ植物の蔓で踏み込んだ右足を突き刺し、神器を間接的に持ってから鞘の中に作り出した氷刀を生み出し、腰を捻る。


(雷の居合(いかづちのいあい))


「っう!?」


(閃電(せんでん)!!」


その一閃で敵の袈裟を斬り落とそうとしたが、敵は光速で身を捻り袈裟までは届かなかったが、敵の左腕の膝から上は斬り落とした。


「ぐあぁ」


小さな悲鳴を上げる敵にすぐさま追撃をしようとするが、敵は蔓の間を素早く抜けて後ろに飛んだが、その敵の後ろから岩の針を襲わせると、敵は宙に血を撒き散らしながら飛んだ。


それに追い討ちをかける様に持っている氷刀を敵に投げるが、それは簡単に躱されると分かっているため、敵の間合いに刀が入る寸前に想像で氷を破裂させると、その小さな破片は空中で身動きが取れない敵の体を貫いた。


「ぬぐっ!!」


苦悶の声を漏らす敵に、今度は地面に埋め込んだ蔓を襲わせるが、敵はそれを光速で身を捻って躱し、その柔らかな蔓を蹴って、地面に荒々しく転がった。


「はぁ、はぁ」


地面に転がった敵を視野に入れながら蔓を蠢かして刀を私に向かって投げ、その刀を受け取ってから右足に刺さった蔓を引き抜き、すぐさま敵の首を跳ねようと地面を蹴った瞬間、小さく弱々しい声が、鼓膜を叩いた。


「持ってくれよ」


(っう!?)


そんなこの場に似合わない言葉に嫌な予感がし、すぐさま追撃をやめて後ろに飛んだ瞬間、鋭い風切り音と共に両の脹脛(ふくらはぎ)の中間から下の感覚がなくなり、その無くなった部分に熱い物が込み上げる。


それが足を切られたのだと悟り、すぐさま肉を凍らせて止血をし、氷の義足を作って体制を立て直して敵に睨みを利かせると、蹲っていた敵はゆっくりと立ち上がり、持っていた銀色の短剣を前に構えた。


「『奔逸(ほんいつ)(けん)』、神器 展開」


「っ!?『()(ざくら)』!神器 展開!!」


その言葉に合わせ私もすぐさま神器を展開し、刀を構えるが、身体能力も動体視力も向上したにも関わらず、敵は音もなく視界から消えた。


(きえっ)


次の瞬間、背中にゾワりと悪寒が走り、すぐさま背中側に刀を下向きに構えると、刀に鋭く重い衝撃が走り、フードを被った男は音もなく姿を現した。


「っう!!」


その短剣とは考えられないほどの重い衝撃に後ろに吹き飛ばされ、地面に着地をして体勢を立て直そうとしたが、音も風の乱れもなく何かが私の横を通ると同時に左の脇腹に冷たいものが入り込み、熱いものが腹から溢れ出そうになったが、それを気にする余裕もなく背中に冷たい悪寒が走り、空中で身を捻れるがそれよりも速く背中に冷たい物が入り込み、背骨が砕けた感覚が身体中に走った。


けれど痛みは無いため、すぐさまその短剣を凍らせようとしたが、完全に短剣が凍り切る前に短剣は引き抜かれ、右脇腹に鋭い蹴りが入り込み、そのまま吹き飛ばされる。


「ぐっ!?」


地面を転がり、勢いを殺してから顔を上げると、そこには何故か地面に蹲っている敵の姿が見えた。


「逃げるな!逃げるな!!」


そんな同じ言葉を何度も繰り返す敵に一瞬混乱したが、すぐさま背中の傷を凍らせて止血し、その敵の首を刎ねるために地面を蹴ろうとしたが、腹から長く熱い物が溢れ、長い臓物に冷たい地面の感触が当たると言う奇妙な感覚に襲われた。


しかしこんな感覚は()()()()()()()()()()()、すぐさま刀の柄に氷の短剣を作り出し、その短剣で臓物を切り取ってから傷口を氷で凍らせ、敵の首を刎ねようと地面を蹴るが、蹲っていた敵は苦しそうに立ち上がり、また音もなく視界から消えた。


けれど視界から消えたと言う事は背後にもう回っているという事だ。


すぐさま後ろの地面に岩の刺を創生し、背中に炎の翼を生み出して空へ飛ぶ。


そして岩の刺を体を捻って躱している敵に向かって、上から炎の羽を雨の様に降らすが、敵はそれを躱しながら短剣で弾いて行く。


けれど防がれる事は想定内なため、すぐさまその炎の羽を爆発させようとするが、敵はそれよりも速く私の方に向かって地面を蹴り、私を殺そうとしてくる。


しかし空中に出てくれたお陰で敵は身動きが取れないため、すぐさま自分の体を中心に放電し、敵と自分を同時に感電させる。


「っう!?」


体は一瞬動かなくなるが、その隙に翼の炎を操って刀に炎を纏わせると、その炎は黒い刀に吸い込まれ、黒い刀には赤い花が咲き誇った。


(咲け!桜紅蓮(おうぐれん)!!)


腰を捻り、空中で身動きが取れない敵に五撃の炎の斬撃を飛ばしたが、その五撃の重ねた斬撃を敵の短剣で簡単に搔き消された。


(なっ!?)


自分の渾身の攻撃を簡単に掻き消された事に一瞬混乱したが、敵の短剣がこちらに向かって来ている事に気が付き、咄嗟に刀を縦に構えたが、その短剣は刀を砕きながら綺麗に振り抜かれた。


「ごぼっ!?」


喉を掻き切られ、喉からあふれる血に溺れていると、空中で私が落下するよりも速く振り抜かれた短剣が逆手に持ち変えられた。


それが追撃だと悟り、すぐさま氷を纏わせた刀で防ごうとするが、その短剣に刃が当たるとまた刀は砕け、冷たい感覚が骨で繋がっていた首の中を通り抜け・・・た。


景色が回る。


頭が回らない。


景色が落ちる。


落ちる。


落ちる。


跳ねる。


転がった。


砂粒が・・・見えた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ぐっ、はぁ!!はぁ!!」


空中から桜の死体と共に着地し、荒い心臓を落ち着かせるために何度も何度も荒く呼吸をすると、荒い心臓と体を侵食していた様な感覚は短剣に吸い込まれる様に消えて行く。


「ぐうっ、はぁ、持って、くれたな」


神器に感謝しながら立ち上がろうとするが、体がぐらりとふらつき、受け身も取れずに地面に倒れてしまう。


その原因は明らかだ。


(血が、足りねぇ)


腕をバッサリと切られ、止血もせずに動き回ったのなら血が足らなくなって当然だが、まだ、()()()()()()()()()


そんな事を思いながら冷たい体を動かし、ローブの布を傷口に強く押し当て、激痛を感じながらローブの布を強く腕に縛り付ける。


「ふっ!!っう!!」


これならいくらかマシだろうと思い、取り敢えずまだ生きなければ行けないため、重い体を無理やり起こし、ふらつく足取りで木に寄り掛かろうと足を運んでいると、ふと、後ろから何かの金属音が擦れる聞こえた。


「っ!?」


咄嗟に後ろを振り向いた瞬間、身体中に冷たい感覚が入り込むと、バラバラに体の感覚が分かれて行き、頭が足元に落ちた。


(なに!?が・・・起こっ・・・た)


視界が狭まる。


体が動かない。


いや、感覚がない。


首が熱い。


脳が熱い。


眼が熱い。


赤に染まって行く視界に辛うじて何かが見えた。


それは・・・首が無いまま立っている、桜の死体だった。


花の居合(はなのいあい) 散り桜(ちりざくら)


その凛とした声は死体とは別の方から聞こえた。


意味が分からない。


視界が赤く染まる。


(ははっ・・・結局俺は・・・役立たず・・・だな)


意識が・・・途切れた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ごぽっ」


落ちている自分の髪を掴み、頭を持ち上げてその断面を首の断面とくっつけ、傷口を凍らせてしばらくすると、暗かった視界は明るく色を帯びて行き、ボーッとしていた頭がはっきりとして行く。


「ふぅ」


繋がった肺から息を吐き出し、眠気に身を任せて意識を手放しそうになったが、慌てて首を振り、脳を揺らして眠気を追い払う。


(悠人、ゆい、雷牙)


今私が殺した敵は、私の名前を知っていたし、私の技も知っている様だった。


だからこそ、絶対に襲撃者は1人じゃない。


そう直感で確信してしまう。


(速く、悠人たちと合流しなきゃ)


はやる気持ちを胸に、ボロボロな刀を鞘に収めて森の中へ入ろうとした瞬間、森の茂みから微かに自然の音ではない音が聞こえている事に気が付いた。


「ふっ!!」


すぐさま氷の義足を強く踏み込んで無数の氷剣を空中に生み出し、それを茂みに何本も撃ち込むと、その茂みから2人のフードを被った男と1人の女性が現れ、その氷剣を赤い刀と2本の銀色の剣と水の盾で防いだ。


その剣捌きと魔法の扱い方を見て、この人達が手練れだと言う事は分かったが、今はそんな事よりも気になる事がある。


「敵・・・て事で良いよね?」


「「「・・・神器 展開」」」


その人達はそれにそうだと答える様に神器を一斉に展開し、男2人は私に向かって地面を蹴り、女性はそれを援護する様に2つの水の斧を私に飛ばして来た。


が、今さっき戦った敵と比べて遅すぎる。 


向かってくる敵の刀の突きを氷を纏った刀の一閃で弾き、神器の力を使用して男の袈裟を斬り落とす。


「てめ」


その行為に激怒する様に対の剣を持った敵は敵の死体を避けて私に接近してくるが、それもさっきの敵より遅く、遅い剣の振りを刀で弾き、瞬時に刀に雪を纏わせ、刀に白い花を咲かせる。


(雪崩桜(なだれざくら))


神器の力を使用し、一撃の斬撃を敵に放つと、敵はそれを白く光を放つ(つい)の剣で掻き消そうとしたが、雪の特性を持つ斬撃は細かく分かれ、敵の体をバラバラに切り刻んだ。


「がぁっ!?」


そして遅れてやって来た水の斧を刀の二閃で弾き、雪の斬撃を敵に放つと、敵はその斬撃を水の盾で防ごうとしたが、その水は斬撃が当たると瞬時に氷付いた。


その隙に左手に氷のクナイを生み出し、神器の力を使い、身体能力を上げてから地面を踏み切り、氷の義足で凍った水の盾を全力で蹴ると、氷は音を立てて砕け、氷の瓦礫の間に見えた敵の頭に向かって氷のクナイを投げ付けるも、敵はそれを細い左手で防ごうとしたが、クナイはその左手を貫き、敵の頭に突き刺さった。


すると敵は後ろ向きに倒れ動かなくなったが、念のためその敵に近付き、土を掻きながら無事な右腕ごと胴を横に両断する。


「・・・ふぅ」


敵を倒し終えると安堵の吐息が口から漏れ、すぐに悠人達のもとへ行こうとするけど、体が思う通りに動いてくれず、そのまま地面に受け身も取れずに倒れてしまう。


「うっ」


体に衝撃を感じると、強い眠気が体を襲い、その眠気に翻弄されながら何も出来ずに砂粒を眺めて続けていると、何故か急に視界内の土が白く光り始めた。


「っ!?」


その光はすぐに収まったが、その代わりになんとも言えない嫌な予感が胸の中を蠢き始める。


その不快感は体に力を与え、何日も寝てない様に疲れた体を無理やり起こし、森の中へ足を進めようとした瞬間、その森の中から1人分の足音が聞こえて来た。


(敵!?)


その聞き覚えの無い足音を聞き、それが敵だと判断してすぐさま刀を鞘からの引き抜き、その刀に氷を纏わせて神経を集中していると、だんだんと足音が近付き、木の影から姿を現したのは、黒い短髪の金色の目をし、優しそうな笑顔浮かべている不死の男だった。


「っ!?」


その見覚えが無い不死を視界に入れ、何が起こっても良い様に警戒していたが、男は敵意が無い様に辺りを見渡し、私の側にある死体達を悲しそうな表情で眺め始めた。


「・・・すまないな、お前達」


そんな仲間の死を悔やむ様な言葉に、こいつが敵の仲間だと言う事を悟り、すぐさまそいつの体に神器で傷を付けようと地面を蹴った瞬間、その男の顔が間近に現れた。


(えっ?)


次の瞬間、腹に鈍い衝撃と骨が鳴り響く音が走り、後ろに吹き飛ばされた。


「ごっ!?」


地面を2回大きく跳ね、手足を地面に擦り付けて勢いを殺すと、口から熱い何かが溢れ出た。


それは・・・血だった。


「よう桜、()()()()()()


その耳を逆撫でる様な優しい声に反応する様に前を向き、痙攣する横隔膜を落ち着かせながら私の腹を殴ったであろう男を睨み付ける。


「わだっぶっ!おばえのこどだんて、じらない゛!」


「おうおう何言ってかわかんねぇぞ、ちゃんと喋れよ」


男は血を吐く私を嘲笑う様にヘラヘラと笑うと、何処からか青い三叉の槍を右手に生み出し、それをクルクルと回して槍を構えた。


「さぁ、始めようか。1()5()()()()()()()()


男は何処か寂しそうで、覚悟に満ちた笑みをその口に浮かべた。






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