第39章 新たな守り人
「・・・すげぇ」
「足を止めるな」
「あで!?」
目の前にある赤い霧が立ち込める林に意識を取られていると、後にいる先輩から背中を蹴られ、酸素マスクの下から怒られてしまった。
「す、すいません」
「さっさと進め」
「はい」
冷たい先輩に返事を返し、蹴られた背中をさすりながら赤い霧が立ち込める林の中に足を進める。
ゴーグルの狭い視界から腰に付けている空気濃度メーターをを見てみると、そこにはHgと示されており、メーターの濃度は30%以上を示していた。
「水銀・・・っすね」
「あぁ、吸い込めば死ぬ濃度だな」
後ろからの先輩の言葉を聞いてこの数値が見間違いでは無いと分かり、安堵してしまう。
調査報告書によれば、ここの林は時間帯で発生する毒物は三時間おきに変わるらしく、順番としては水銀、細菌類の胞子、びらん剤に似たガス、科の国の技術でも解明できない未知のガスといっま順番だ。
そのため、ゴーグルと酸素マスクだけでは防げないびらん剤が出るまでは後四時間半ほどもあるため、十分な時間をかけてあの装置を仕掛ける事が出来る。
けれど、一つ不安な事がある。
「先輩、本当に守り人は居ないんっすよね」
その不安とは、守り人と言う存在だ。
戦の国の戦闘記録で見たあの守り人は、俺から見れば美しく舞う化け物だ。
人間が目で追う事の出来ない弾丸を細く長いナイフで斬り伏せ、俺達の研究を嘲笑う様な非科学的な現象を操り、数万という軍人の心を折ってきたあの守り人が気がかりで堪らない。
「・・・さぁな。報告では居ないとされては居るが、断定は出来ん」
「えぇ・・・居たらどうするんっすか」
「死ぬだろうな、間違いなく」
「・・・マジっすか」
その死ぬと言う言葉に反応する様に額と脇から汗が滲み、口の中に溜まっていた唾は喉の奥に勝手に飲み込まれた。
「でもまぁ、戦の国の話じゃ死に方によれば眠る様だと言われてたし、変な死に方をしなければ大丈夫だろ」
そんな俺の不安を笑う様に先輩は手早くあいつらから貰った球体型の装置を腰から取り出すと、赤色に染まった土を軽く掘り返し、謎の装置を地面にそっと埋めた。
「・・・なんなんすかね、それ」
「・・・魔の国の一部の人間を買収して作った特製の装置らしいが、俺にもさっぱりだ。まぁ、俺らは国の命令に従ってれば良い」
「・・・そうっすね」
確かに先輩の言う通り、俺らは国に従っていれば金が貰える。
金があれば生活を安定させる事もできるし、遊びにも使える。
戦の国では不死達が人を殺し始めたと熱を入れては居るが、同盟国が戦争しようが科の国では、いや、そんな事は俺にとってはどうでも良い事だ。
俺は今の生活が続けばそれで良い。
「んじゃ先輩、帰りましょうか」
「あぁ、だが気を抜くなよ。何が起こるか分からねぇし」
「はい」
腰から拳銃を抜いた先輩に返事を返し、俺も腰から拳銃を抜き、ゴーグルをしっかりと整えてから目が痛くなる様な赤い霧の中を進んでいると、目の端にチラリと何かが動いた。
「っう!?」
咄嗟にその方向に体と拳銃を向けるが、そこには風で微かに揺れる木の枝があるだけだった。
「どうした?」
「いえ、ただ風で揺れてる・・・風?」
自分の言葉に何かが引っかかた瞬間、それが何か理解した。
霧に動きは無い。
だから、風など吹いていない。
「誰かが居ます!!」
「なに!?」
咄嗟に声を荒げ、先輩に背中を預けようとした瞬間、細い風切り音と何かを貫く音がしたが、それよりも見えない誰かがいると言う恐怖が体を這い上ってくる。
「先輩!」
その場から逃げ出したい恐怖心を抑え、先輩とはぐれない様に行動しようと後ろを振り向いたが、そこには誰も居なかった。
「えっ、先輩?」
何か嫌な予感がする。
そう体が感じ、その場から逃げようと足を後ろに進めた瞬間、辺りの赤い霧が一気に晴れた。
「なんっ」
調査報告書には無い霧の変動に焦り、その場から走り出そうとしたが、目の前の光景に気が付き、言葉と足が止まってしまった。
何故なら、さっきまで生きていたはずの先輩の小脳辺りには細く鋭いレイピアが突き刺さっており、そのレイピアは先輩を貼り付けにする様に木に突き刺ささっていた。
「せん」
死んでいると分かっているはずなのに、手が地面に垂れている先輩に駆け寄ろうとした瞬間、後ろから柔らかい地面を擦る様な音が聞こえた。
(っう!?)
その人の足音の様な音に咄嗟に後ろを振り返った瞬間、突如ゴーグルが外れ、右目の中に突如として異物感と痛みが入り込み、右目には自分の左の睫毛が映っていた。
「がっ?」
そんな訳がわらない光景に足と体が硬直した瞬間、異物感が消えると同時に右の視界は電気が切れた様に真っ暗になり、痛みと同時にドロリと気持ち悪い物が目の中から吹き出した。
「ぐあぁっ!!」
右眼をくり抜かれた。
混乱する頭でそれだけは理解し、銃を俺の眼をくり抜いた誰かに無理やり向けようとするが、それよりも速く右の手首に何かが突き刺さり、その痛みで銃を落としてしまった。
「づっ!!」
左目に辛うじて見える視界には、右手に細いレイピアの様なものが根本まで突き刺さっており、それを抜こうと左手を伸ばそうとしたが、突如足を蹴られ体が滑ってしまい、背から地面に受け身も取れず落下してしまう。
「ぐっ!?」
すると右手の中にある冷たい感覚は何かに引っ張られ、レイピアの刃先が俺の左肩を貫いた。
「あぁあ゛!!!」
刃が肉の中を滑る激痛を感じ、体をバタつかせようとしたが、レイピアは俺の肩と右腕を完全に固定しており、地面をのたうち回る事すら出来ない。
そんな激痛で立ち上がる事も出来ない中、視界だけを左の動かしていると、赤い眼の周りを黒い仮面で隠した男が立っている事に気が付いた。
「なんっ、誰だ!?」
「・・・・・・」
がっしりとした体付きの男は俺の言葉に無言を返すと、ゆっくりと左目に黒い手袋を付けた指先が近付いてくるのが見え、それが何をしようとしているのか、瞬間的に理解してしまった。
「おいまさか・・・やめろ。やめろぉぉぉ!!!」
左目を全力で閉じ、足をバタつかせその指から逃れようとするが、冷たい手袋の感触が左の瞼に当たった瞬間、異物感と痛みが目の中に生まれ、眼を閉じているはずなのに、赤い景色が見える。
すると左目も景色は何かが切れる音と共に暗闇に呑まれ、眼の中に熱い物が溜まっていくのを頭の中で感じ取った。
「あぁあ!!!」
両眼をくり抜かれた喪失感に体から悲鳴が上がり、全力でその場から逃げようとするが、肩を地面に完全に固定されているせいで、肩を引きちぎらなければ逃げられない。
そんな状況に頭がバタバタと回り始め、脂汗と冷や汗で体中を濡らしていると、さっき聞いた先輩の言葉を思い出した。
『変な死に方をしなければ大丈夫だ。』
(そうだ。このまま俺の首を刎ねろ。そうすれば俺は国に戻れる!)
それを思い出すと熱い痛みの中で安心を覚え、荒い息のまま笑みを浮かべていると、コッと鉄同士が軽くぶつかる音がした。
次の瞬間、右足首に冷たい感覚が入り込み、激痛が頭の中を駆け巡る。
「があぁ!!!」
何故首を狙わない。
そんな謎めいた行動をする敵に頭が混乱していると、またコッと音が鳴った。
すると今度は左足の中に冷たい何かが肉を裂きながら滑り込んだ。
「あ゛あ゛あ゛!!」
その強烈な痛みに失禁してしまい、痛みを少しでも逃がそうとのたうちまわろうとすれば、肩に刺さっているレイピアが傷を広げ、さらなる激痛が体を襲う。
「あ゛あ゛!!はぁ、頼む!もう殺してくれ!!」
その痛みに耐え切れず、早く殺してくれと懇願するが、返ってくるのは静寂のみだ。
すると突然、睾丸の中に冷たい感覚が入り込んだ。
「おっ」
次の瞬間、みぞおちの中で何かが爆発した様な苦痛が広がり、声が上手く出ない程の痛みが身体中を駆け巡る。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
地面を虫の様にのたうちまわり、肩の肉が裂ける激痛と腹の中の苦痛の爆弾が収まらない間にも、またあの音が聞こえた。
『コンッ』
次の瞬間、今度は横から左の脹脛に太い何かが突き刺さった。
「がぁああ゛!?」
『コンッ』
音が鳴った。
右の脹脛に何かが突き刺さった。
「あ゛あ゛〜!!」
『コンッ』
両方の太腿に何かが突き刺さった。
「ぐぶぅ!!」
『コンッ』
腹。
悲鳴が上げれない。
『コンッ』
右肩。
痛み。
『コンッ』
左腕。
痛み。
『コンッ』
もう一つの睾丸。
苦痛。
いつ死ぬ。
『コンッ』
痛み。
早く殺して。
『コンッ』
痛み。
助けて。
『コンッ』
『コンッ』
『コンッ』
『コンッ』
『コンッ』
『コンッ』
「ああああぁあああ!!!!!」
やっと上がった叫び声が鼓膜を叩き、慌てながら両眼を開けると、そこには科の国の医療スタッフ達が俺の方を眼を見開いて見ていた。
その突然の景色の変化に頭がついて来ず、ただ何も出来ずにスタッフの顔を見ていると、1人の女性スタッフがこちらに歩み寄って来た。
「だ、大丈夫ですか?」
「あっ」
女性スタッフの声と、今自分がいる白いベットを見て、やっと理解した。
俺は死んだんだ。
「ははっ」
けれど恐怖は生まれず、あの地獄の様な場所から逃げられたのだと逆に安堵してしまい、ほっとため息を吐いていると、俺に近づいて来た女性スタッフの手に、水が入った紙コップとタオルがある事に気が付いた。
「汗、ひどいですよ」
「あぁ、すんません」
眼鏡をかけた黒髪の女性に頭を下げ、叫び疲れた喉を潤そうと水を受け取ろうとした瞬間、あの音が聞こえた。
『コッ』
「ひっ!?」
「・・・?どうかしました?」
あの音が近付いてくる。
そのせいで痛みと苦痛にまみれた暗闇が一気に頭の中に蘇る。
「来るな・・・来るなぁぁぁ!!!」
恐怖でぐじゃぐしゃな頭に体が振り回され、コップを弾き手の裏で弾き飛ばし、逃げる様に外へ行こうと窓を開けようとするが、後ろから急に抱きつかれ鍵を開けようとする手を邪魔される。
「ちょっ、ここ7階ですよ!出たら死にますって!!」
後ろで何か叫ばれたがそれよりもあの音が近づいて来てくる。
「やめてくれ!離してくれぇ!!」
「んっ、どうした!?」
「人とセレネース!!速く!!」
後ろで声が聞こえる。
奴だ。
奴に違いない。
鍵が開いた。
窓を左手で開け、そこから一心不乱に逃げようとするが、後ろの奴が邪魔だ。
「離せぇ!!」
「きゃあ!?」
体を揺らして奴を振り払い、窓から外に逃げようとした瞬間、足を奴から捕まれ転んでしまう。
「ぶっ!!」
痛みだ。
その痛みに頭がパニックになり、すぐさま立ち上がろうとするが、そうこうしている内に大量の足音が部屋の中に入ってきた。
「抑えてください!!」
「離せぇ!!!」
手足を抑えられた。
苦しいのは嫌だ。
痛いのは嫌だ。
その一心で逃げようとしているだけなのに、何故邪魔をする。
そいつらから逃げようと手足をバタつかせるが、一人一人の重さに四肢が動かない。
それでも地面に頭を擦り付けながら窓から外に逃げようとしていると、上腕に何かから刺された様な痛みが走った。
「あぁあああ!!!!」
痛みだ。
奴がいる。
逃げろ!
走れ!
立て!
速・・・く?
景色が歪んだ。
意識が・・・遠退いた。
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「やっとか」
服に付いた血がやっと消えた。
めんどくさい洗濯をしなくて良い事に安心のため息を吐き、俺らの家に向かおうと足を進めると、辺りの赤い霧達が俺を追いかける様にして晴れていく。
「・・・便利だなこれ」
左手の手袋を外し、手の甲に貼り付けた青色のシールを眺めながらそう呟いてしまう。
家の中にあった紙を見るに、これは神器の力を抑制するものらしく、貼り付けた本人や物を中心にして効果が働く様だ。
そんな便利な物の理解を深めながら、取り敢えず方角だけは間違わない様に霧の中を進んでいると、赤い霧の中にドーム状の透明な空間が見え、その中心に俺と暎音の家が建っているのが見えた。
その家を見ると何故か胸が軽くなった様な気分になるが、そんなどうでも良いことは置いてさっさと家の中に上がろうとすると、俺が手を掛けていないのにドアが勝手に開き、そこには鼠色の身の丈にあっていないパーカーを来た暎音が扉の向こうに立っていた。
「おぉセシル、お帰り」
「・・・ただいま」
暎音に返事を返し、暎音の横を通って部屋の中に入ると、塩胡椒の香りが部屋の中に広がっている事に気が付いた。
「・・・なんか作ったのか?」
「うむ、確かちゃーはんとか言う料理じゃったっけ?」
「あぁそれだ」
暎音は俺を追い越す様に小走りで大理石で作られたキッチンへ向かうと、キッチンに置かれていた皿の上にフライパンを傾け、皿の上にチャーハンを盛り付けた。
「ほれ、さっさと手ェ吹いて座らんかい」
「・・・あぁ」
暎音の言う通りに置かれている木のテーブルの前に胡座をかいて座り、手袋を外してテーブルの上に置いてある濡れたティッシュで手を拭いていると、後ろから差し出される様にしてチャーハンが盛り付けられた皿がテーブルの上に置かれた。
「さっさと食わんかい」
「あぁ、ありがとな」
暎音にお礼を言い、皿と一緒に置かれたレンゲでチャーハンを掬って口に運ぶと、微かに鰹節と昆布の合わせ出汁の味がし、淡い塩味が口の中に広がる美味いチャーハンだった。
「どうじゃセシル、美味いか?」
「あぁ。でも少し火を入れすぎだな。昆布からえぐみが出てる」
「・・・はぁ、そこは美味いだけで良いんじゃよ」
そう言われながら暎音から頭を叩かれ、これは言っては行けないのだなと学習していると、暎音から何処か遠くを見ている様な眼が向いている事に気が付いた。
「なんだ?」
「・・・お主、さっきまで何しとったんじゃ?」
「拷問」
「拷問とな。・・・お主、つろうないのか?人間を拷問して」
「何がだ?」
そんな訳の分からない質問をしてくる暎音の声を耳の端で聞きながら、暎音がせっかく作ってくれた飯を冷めないうちに食っていると、何故か急に腰あたりに暎音が抱き付いて来た。
「何してんだ?」
「・・・お主は、自分の事を何者だと思っとる?」
そんな俺の質問を無視する暎音に疑問を感じるが、取り敢えずその疑問に答えようと、スプーンを置いて暎音の頭に手を置く。
「人間だろ?何当たり前の事聞いてんだ?」
「人間・・・か。儂から見れば、お主は化け物じゃがな」
「そうか?」
何故暎音が俺を化け物と思うのか理解が出来ず、首を久しぶりに傾けると、暎音は体から闇を抜く様なため息を吐き、俺から体を離した。
「すまんのぉ、年寄りの戯言とでも思ったってくれ」
「そうか」
暎音が言うのならそう思う様にしようと思い、取り敢えず湯気が出なくなったチャーハンを胃の中に流し込んでいると、暎音もやっとチャーハンを食い始めた。
すると暎音も首を傾け、唸る様にして顎に手を当てた。
「うむ、確かに火ぃ入れすぎたな」
「だろ?」
「じゃが改めて言われると腹立つのぉ」
「そうか?」
「そうじゃ、相変わらずお主は感情が読めんのぉ」
暎音は俺にそう言うが、俺自信よく分からない。
周りが言うには、俺は感情が読めないらしく、冗談も通じないらしい。
だが、知らない字を書けと言われる様に、その感情自体が分からないため、どう直せば良いかも分からない。
「そうか」
暎音にそう適当に返して食い終わった皿をシンクに持って行き、皿に付いた食べカスを水で軽く落としていると、後ろから声をかけられた。
「のうセシル」
「なんだ?」
「お主は・・・見つけたか?共に生きたいと思える人間に」
その言葉を聞くと、何故か皿を洗う手が止まってしまい、顎に自然と濡れた手が伸びてしまう。
「・・・まだだな。どいつもほぼ初対面だし」
「まぁ、そうやな。・・・どいつを候補に入れる?」
何故暎音がそんな事を聞いてくるのか理解は出来ないが、取り敢えず聞かれたからには答えようと頭を回す。
「そう・・・だな。あの久隅とか言う奴と、そいつの隣にいた女もいいな。後、美琴とかも良い女だし、あの自称化け物を良さそうだ」
「・・・ほうか」
何故かその一言には肌が震える様な圧を感じたが、何故暎音からそんな圧が出てるのかが理解が出来ない。
というか、何故こんな事を聞いてくる?
「・・・なんでこんなに質問攻めなんだ?」
「・・・」
何故か質問は無視されたが、まぁ無視するならばどうでもいい事なのだろうと思い、置いてあったスポンジに用意されていた洗剤を付け、調理に使われたであろうフライパンとヘラを洗っていると、後ろから小さな足音が聞こえ、それが俺の方に近付いてきた。
「そこに置いとけ、洗ってやる」
「おー、すまんのぉ」
シンクに置かれた皿に手を伸ばし、汚れた皿に水をかけていると、ふと、腰辺りに暎音が近付いている事に気が付き、暎音は俺の腰辺りにまた抱きついて来た。
「なんだ?」
「・・・さっきの答えじゃが、不安なんじゃよ。お主は体験した事は無いと思うが・・・自分の大切な物が離れる事は辛くて堪らん」
その例えには納得が行き、何故暎音がさっき暗かったのか理解したが、それを理解したからと言って何か出来るわけでもないため、ため息を吐きながら皿洗いを続ける。
「ふーん、そうか」
「なんじゃお主、その興味が無さそうな声は」
「興味ねぇもん。」
「お主は・・・はぁ。ちと葉っぱ吸ってくる」
「・・・5本までな」
「んっ、分かっとる」
暎音はそう言うと俺から体を離し、外に向かって足を進め始め、それを目で追いながら蛇口の水を止め、俺もそれについて行くと、暎音は少し目を見開きながら俺の方に白い眼を向けて来た。
「なんじゃセシル?」
「俺も吸う」
「はぁ!?」
俺の言葉に暎音はうるせぇ声を上げると、暎音は慌てる様に俺に近付き、怒る様な顔で俺の顔を見上げて来た。
「お主正気か!!?」
「声でけぇよ。・・・タバコの方だからお前のよりはマシだ」
そう言うと暎音は俺にアホ面を向け、しばらく時が止まった様に固まっていたが、大きなため息と共に俺から目をそらし、その代わりに俺に小さな背を向けて来た。
「まぁ、好きにせぇ」
「あぁ」
それなら自分の好きにしようと暎音からコピーした、空間に物体をストックする魔法を使い、魔の国から出る時に暎音のために用意したタバコを取り出し、暎音と共に家の外に向かう。
「はぁ」
赤い霧が結界の向こうに蠢く、見栄えが悪い景色にため息を吐き、箱から一本のタバコを口にくわえ、火を付けようとライターを空間から取り出そうとしたが、それを止める様に葉っぱに火を付けている暎音から腕を掴まれた。
「なんだ?」
「黙って屈め」
「・・・?」
意図はよく分からないが、取り敢えず暎音の言う通りに屈んでみると、俺の顔を小さな手で抑えられ、俺が咥えたタバコに暎音が咥えていた火のついた葉っぱを押し付けられた。
その行動が、俺のタバコに火を付けてくれている物だと分かり、大人しく半目な暎音の顔をじっと見つめていると、俺のタバコに火が付く前に暎音の葉っぱから火が消え、暎音は顔を歪めて俺から顔を離した。
「はぁ、根性のない火やな」
「そうだな」
(残念だ・・・?)
何故か口からため息が漏れ、自分の意図していない行動に困惑していると、暎音は自分の葉っぱに空間から取り出したであろうライターで火を付け、そのライターの火を俺に近づけて来た。
「ほれ」
「ありがとう」
その火に咥えたタバコの先端を近づけ、紙が燃えるタイミングで火からタバコを離し、フィルターから出る煙を暎音の様に見様見真似で吸ってみると、ミントの様な清涼感が気管を通り、その煙が肺を満たすと言う不思議な感覚を感じ始めた。
そんな思ったより簡単に吸えるタバコに意外性を感じては居たが、これを吸うより紅茶を啜る方がマシじゃねぇかと思っていると、隣で吸っている暎音は急に小さな声を上げて笑い始めた。
「ひひっ、お主、そろそろ吐かんかい。タバコはもそい味わって吸うもんじゃ」
いまいち良く分からないが、取り敢えず言われた通りに肺から息を吐くと、肺に溜まった煙が一気に気管に戻り、ミントの清涼感が鼻に行ってしまい、むせてしまう。
「ゲホッ!・・・んだこれ」
「はははっ、鼻から煙が出とるぞセシル!」
そんな明るく笑う暎音は明らかに葉っぱの影響を受けているのは目に見えているが、何故かその笑みを見ていると、俺も釣られて口角が上がってしまう。
何故だろうか。
分からない。
けれどそれが心地がいい。
「そうか」
そんなあいつらとの思い出の中にある安堵感に似た物を感じながらタバコから煙を吸い、タバコの灰を地面に落としながら暎音と共に煙を吸い続けた。
俺達のタバコの火が・・・消えるまで。
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「はぁ」
ため息が口から漏れた。
・・・当たり前だ。
今日、王都で死人が出た。
原因は人間を滅ぼそうとする思想を持つ不死に抗議したからだとか。
殺害に関与した5人は半年間、なにもない独房で退屈な日々を送って貰うようにしたが、これでは不満が高まるばかりだろう。
「クソっ、なんで・・・情報が漏れた」
人間を滅ぼそうとする奴らが一気に過激になった理由は単純だ。
魔法を無効化する魔具。
その存在が、何故か王都に広まった事だ。
「なんで、こんなピンポイントに」
あの魔具の存在を知っているのは、それを見た桜と話を聞いた私、そして戦の国でスパイをしている皐月と、今それを調べて貰っているエリカしかいない。
にも関わらず、王都でその情報が漏れたという事は、考えたくもないが、皐月か桜、それとエリカが王都に情報を漏らしたか、心を読める魔法を使う不死が偶然私達の心の声を聞き、外に情報を漏らしたと言う事になる。
「誰が・・・何のために」
けれど犯人が分かったからと言って、そいつを裁ける法はこの国に無い。
だからこそ今は犯人探しより、暴動の過激差を抑えるために法を重くするしかない。
そんな事を思いながら、机の上にある法を定める紙に法を付け加えようとペンを走らせようとすると、ふと、後ろからどこか聞き覚えのある声がした。
「死んでしまえ」
その声に合わせ、首に負荷が掛かるほどの勢いで後ろを振り向いたが、そこには誰もおらず、何の変哲もない王都が見えるだけだった。
「・・・幻聴か」
最近、幻聴をよく聞く。
耳鳴りもする。
胃が絞られる様な痛みを感じ、胃から物を戻す事も何度かある。
だがここで休んでしまえば、あいつとの約束、王都の平和を維持すると言う約束は果たせない。
「・・・ちくしょう」
体が少し軽くなる様な重いため息を吐き、大きく息を吸ってから重い腕で紙に文字を書こうとした瞬間、扉が叩かれ、私が声を返すより速く扉が開いた。
部屋に入ってきたのは、水色の長い髪を片方だけ纏め、透明な金色の瞳をメガネの下からこちらに向けているエリカだった。
「やぁ大和。大和が言ってた魔具、調べ終わったよ」
「・・・速いな」
「あぁ、なかなか楽しい調べ物だったからね」
エリカは体のラインが出るような自分の体の大きさに合っていないシャツを揺らしながらこちらに近付き、机の法を定める紙の上にエリカが持っていた紙の束を容赦なく置いてきた。
「それで大和、この魔具、かなり面白い」
「あー、話が脱線しない程度に説明してくれ」
もの凄く興奮しているエリカに苦笑いをしたが、エリカは私の声が聞こえていなかったのか、楽しそうな顔を私にぐっと近づけて来た。
「この魔具、魔術式がベースになっていたから魔の国の技術で作られた物だと思ったけど、違った。こんな魔術式の構図は私の記憶の中にも無かった」
「はぁ!?」
エリカの魔法は、他人の魔法を見抜く物と、忘れないと思った記憶を永久的に保存できる魔法だ。
そんなスパイ活動で手に入れた情報を全て見ているエリカが知らないとなれば、この魔具は新たに作られた物か、魔の国が見つけた古代兵器か。
いや、新たに作られた物ならばすぐに私に情報が来る。
それならば、古代兵器で間違いない。
ただ、それならば何故、そんな貴重な魔具が戦の国に流れている?
そんな疑問を感じるが、取り敢えず今はその疑問は置いて置き、エリカが他に感じた事を聞いてみる。
「・・・他に、分かった事はあるか?」
「うーん、あのクリスタル自身は魔の国の魔術式を強化する物だっただけだし、魔術式自体の素材も何か特別な物じゃ無かったよ」
「・・・そうか」
それはつまり、それが量産される可能性があると言う事だ。
そうなれば、不死は魔法ではなく神器で戦わないと言う羽目になる。
(つっても、神器の保持者を増やすと後々大変だしな)
私が神器を保持者を絞っている理由、それは万が一洗脳の魔法や裏切りが起こった時のための被害を最小限にするためだ。
昔、神器を考え無しに不死達に持たせた結果、不死の国で起こった王権を強奪、つまり私を殺そうとする集団たちに大いに役立ててしまった。
だからこそ神器は制限しなければならないが、制限すれば守り人にさらに負荷を掛けてしまう。
(ちっ、どうすれば)
そんな考えても答えが出ない現実に苛立ってしまい、いつもの癖で頭を掻きむしっていると、エリカの顔が私に近付いている事に気が付いた。
「どうした?」
「いや、なんか臭いなって。お風呂に最後に入ったのいつだい?」
「・・・5日前。」
「5日前・・・。」
私の言葉にエリカはこの世のものでは無い物を見るような顔をし、私から顔と体をゆっくりと離し始めた。
「うわぁ。風呂は最低でも1日三回は入るもんでしょ」
「いや、お前は入り過ぎな」
エリカは潔癖癖があるからか、私に嫌悪の感情を向けたまま私から距離を離し、そのまま扉から出て行ってしまった。
(・・・そんな臭いか?)
さっきの一言でそれが不安になり、試しに脇を嗅いでみると、鼻の奥がピリつく様な臭いが鼻の中に入ってきた。
「・・・風呂、入るか」
私も女だからか、体から悪臭がしているのは流石に見過ごせず、席からゆっくりと立ち上がり、腰を捻って骨を鳴らしてから、さらに体を伸ばして背骨から音を鳴らす。
「ふっ・・・あぁ」
腰回りの筋肉を伸ばし終え、息を吐いてから王宮の地下にある大浴場に向かうために窓を開け、そこから体を傾けて頭から飛び降りる。
体に伝わる浮遊感と空気抵抗を感じながら瞳を閉じ、このままずっと落ちていたいと思ってしまうが、それとは逆にこんなんで死ぬのは御免だと思い、壁を蹴って軌道をずらし、自分を守るために魔法を発動させる。
そして右手から着地し、膝、肩、体という風に体を転がし、落下の勢いを殺してから地面から立ち上がる。
「はぁ」
砂で汚れた広袖は後で洗うから良いかとため息を吐き、ある程度は砂埃を落としてから王宮の中に入り直し、王宮の地下に続く扉に向かおうとしていると、長い通路の先から小さなメイド服を着た白髪の子供がとてとてと可愛らしく歩いてくるのが見えた。
そいつは、この前私たちが保護した、ジールと言う不死だった。
「あっ、大和、様。こんにち・・・わ」
ジールは私に気が付いたのか、喋り慣れていない様な片言で私に声を掛け、両手のスカートを持ち、背筋を伸ばしたまま片方の足を曲げ、私に頭を下げた。
「おう、こんにちは。そんな事しなくても大丈夫だぞ」
挨拶を返し、ジールの下がった頭に手を置くと、ジールは肩を跳ねさせ、ジールからは怯えの感情が伝わり始めて来た。
(やべ)
その反応を見てジールの過去を思い出してしまい、慌ててその頭を撫でてやると、ジールは嬉しそうな顔を私に向け、もう一度私に頭を下げた。
「お掃除、頑張って・・・きます」
「おう、ありがとな」
ジールは私に嬉しそうに頭を下げると、喜びの感情を体から溢れさせながら通路を歩いて行ってしまった。
(やっぱ子供は、素直で良いな)
久しぶりに見れた喜びの感情に和んでしまい、胸の苦痛を少し忘れながら白い扉に向かって足を進め、閉められていた扉を開いてから地下に続く階段を降りていると、何故か急に肩に何かが乗った様に重くなった。
「はぁ」
それをため息を吐いて耐えていると、脱衣所に着いてしまい、またため息を吐きながら広袖の帯を解き、晒とパンツと広袖を洗浄用の機械にぶち込み、裸のまま湯殿の中に入ると、湿った様な息苦しい空気が鼻の中に入って来た。
「はぁ」
また口からため息が漏れ、だるい体のままシャワーの所へ行き、シャワーの栓を捻って湯を体に浴びせながらまたため息を吐く。
最近はやけにため息が多くなり、食事もろくにとっていない。
いや、それは別に良いのだが、ため息を吐くと周りが心配してくる。
それが辛くてたまらない。
(私なんかに、構わなくて良いのにな)
それを周りは分かってくれない。
それが辛い。
辛い。
辛い。
・・・死にたい。
けれど、死んでしまえばあいつとの約束も果たせず、桜の願いの人間との共存が出来なくなる。
いや、私なんか居なくても誰かがしてくれるか?
いや、他人にこんな辛い思いなどさせたくない。
そんな事を頭の中で悶々と考えながらシャワーの栓を捻り、湯を止めてから湯船に足を進めようとした瞬間、鳩尾に何かが突き刺さった様な痛みが走り、胃から何かがこみ上げてきた。
「ごっ!?」
突然の吐き気に慌てて口を抑えるが間に合わず、口から生暖かい何かを手の平に溢してしまった。
それは・・・黒褐色の血だった。
(・・・胃に穴が空いたのか)
胃に穴が空いたからこんなに鳩尾が痛いのかと納得し、その痛みを味わいながら手の平に付いた血をシャワーで落としていると、鳩尾からの痛みは消えて行き、口に溜まる白い煙をため息と共に吐き出す。
けれど、胸の痛みは消えてくれない。
痛みは慣れている。
苦痛にも慣れている。
けれどこの胸の痛みだけは慣れてくれない。
痛い胸を両手で抑えていると、何故か急に涙が出て来た。
嗚咽が漏れない静かな涙だ。
なのに、なのに、胸が、心が、悲鳴を上げる様に痛い。
「なんなんだよ・・・」
辛い。
死にたい。
消えたい。
楽になりたい。
お前なんか死んだほうが良い。
消えてくれ。
胸を裂いてしがらみを取り出したい。
死にたい。
辛い。
辛い。
辛い。
辛い。
一気に歳をとった気分だ。
死にたい。
消えろ消えろ消えろ消えろ!
「ああああああああぁぁぁ!!!!」
何かが決壊する様に、喉がはち切れるほどの大声が口から漏れた。
それでも心は楽にならない。
逆に痛みが増していく。
その痛みを紛らわすために衝動に身を任せ、左腕を右手の爪で思いっきり引っ掻くと、右手の爪の中に左腕の皮膚がゴッソリと入り込み、左腕には横に4本の深い傷が出来ていた。
痛い。
けれど、心の痛みが体の痛みに緩和される様な気がして落ち着いてしまう。
さらに心を落ち着かせようと、左の切り傷をシャワーに当ててみると、染みる様な痛みが頭に駆け上り、安心してしまう。
「ははっ、あぁ、はぁ」
胸の痛みは落ち着いてくれた。
けれど、涙は止まってくれない。
「泣くなよ大和、泣くな」
そう自分に言い聞かせるが涙は止まらない。
だからそれを自分の傷だらけの手で拭い続けるしか出来なかった。
自分の涙が・・・止まるまで。




