第38章 進化
「・・・はぁ」
昨日の夜、あれを見てしまってからため息が止まらない。
いや、それよりもどんな顔をしてお兄ちゃんに会えば良いか分からない。
「すーーーっ、はぁーー」
少し寒い縁側で深いため息を吐き、ただ何もせずにぼーっと風で揺れる森を眺めていると、後ろから急に体に何かが掛かった。
(なに!?)
なんの気配もなく現れた布にびっくりしながら後ろを振り返ると、そこには雷牙が立っており、悪戯っぽい笑みを私に向けて浮かべていた。
「脅かして悪いな。少し自慢がしたくて」
「・・・自慢?」
何をそんなに自慢したいのかと首を傾げた瞬間、目の前にいるはずの雷牙の気配が消え、雷牙はそこにいるはずなのにとてもおぼろげな存在に変わった。
「なにそれ!?」
「私の2つ目の魔法だ。昨日出来る様になった」
雷牙が言葉を発すると気配は元通りになり、いつもの雷牙に戻ったが、今はその2つ目の魔法を使える様になった雷牙が羨ましくてたまらない。
「良いな〜」
「ゆいも出来る様になってるかもしれないし、今から戦うか?」
それはいつもならすぐに頷いていた言葉だったけど、今は乗り気では無いから、ゆっくりと首を横に振る。
「・・・んんう、今はいい」
口から漏れた弱々しい言葉と共に、体にかけられた少し暖かい布を体に抱き寄せ、細いため息をそっと吐くと、また雷牙の気配が後ろから消えた瞬間、そっと後ろから抱きしめられた。
「・・・なに?」
「いや、そんな寂しそうな顔すんなって思ってな」
「・・・そう」
そんな私を心配してくれる冷たい体の雷牙の腕を掴み、ギュッと力を込めて冷たい体に温もりを伝えていると、雷牙は私の肩に顎を乗せ、ため息を吐いた。
「昼寝でもするか」
「・・・んっ」
そんな優しい声にすぐに頷いてしまい、少し恥ずかしい気持ちを感じてしまうけど、雷牙はそんな私に気付かずにとっとといつもの部屋に向かって行き、私も雷牙に布を床に引きずりながら付いていく。
それから雷牙の部屋に着き、布団を引き始めている雷牙を尻目に畳の上に寝転がり、畳の鼻の奥に抜ける良い匂いを堪能していると、ふと疑問に思う事があった。
「ねぇ雷牙」
「んっ、どうした?」
「雷牙って妹か弟居たの?」
そんな何気ない質問に雷牙は困った様に首を捻らせたけど、その間も綺麗に布団を敷いて行く。
「んー、それに近い奴は居たけど、なんでだ?」
「・・・面倒見が良いから」
「お前がそう思ってくれてるなら良かった」
私の言葉に雷牙は優しい笑みを浮かべ、直されて居た毛布を布団の上に被せると、雷牙は手をはたきながら私の方に顔を向けて来た。
「おし、来て良いぞ」
雷牙は布団の中に入り、私を誘う様に布団を右手で上げたから、ゆっくりと上げられた布団の中に入り込んで布団を閉じると、そこは真っ暗で落ち着くいつもの空間に変わってしまった。
けれどその空間に中に居ると、いつも弱音が漏れてしまう。
「ねぇ・・・雷牙」
「なんだ?」
「・・・もし、好きな人の事を怖いって思ったら、雷牙はどんな顔をする?」
お兄ちゃんの名前だけを隠し、雷牙の冷たくて気持ちがいい足に足を絡めてそう呟くと、雷牙はそれに少し間を開けて答えてくれた。
「そう、だな・・・私なら、そいつの事を好きじゃなくなるかも知れない」
「!?」
そんな雷牙の言葉に、それだけは絶対に嫌だと体が反応し、体を丸める力が強くなるが、それを宥める様にそっと背中を少し冷たい手が摩ってくれる。
「それが嫌だって感じたんなら、そいつの事を好きなままでいれば良い。まぁでも、度合いはちゃんと考えろよ?」
「・・・うん」
そんな何気ない会話なのに、少しだけ自分の悩みが解消された様な気がして胸の奥が軽くなり、体を暖かくなって来た雷牙に体をすり寄せると、だんだんと瞼が重たくなって来た。
「寝たか?」
「・・・」
雷牙の声が遠くの方で聞こえたけど、微睡むのに忙しくて言葉を返す気になれない。
そんな中、頭の上に暖かい何かが当たり、頭を撫でられる心地よさを感じながら暖かい物に体を擦り寄せていると、意識がだんだんと下の方に落ちて行き、どこか遠くの方で鈴の音が聞こえた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「はぁ」
森の中を風を纏いながら走っていると、ため息が口から漏れた。
それは当たり前かも知れない。
最近の自分はどうも気が抜けている。
2年前までなら、寝ていてもトイレに居ようとも鈴の音が聞こえたはずなのに、最近になってめっきり鈴の音が聞こえ辛くなり、悠人ばかりに負担を掛けている。
「・・・引き締めなきゃ」
そうやって自分に喝を入れ、神経を研ぎ澄ましながら森を走り抜けると、いつも通りの平原に着いた。
(・・・さて)
そこで眼を閉じ、気配でどれくらいの人数が来ているのかと探ってみると、取り敢えず50人以上が束になって動いている事が分かったけど、少し引っかかるところがあった。
(・・・おかしい)
普段なら、銃から出る弾同士が仲間に当たらない様に波状に並ぶはずなのに、どうしてか今日は固まる様に動いている兵士達の気配に首が曲がってしまうけど、纏まっているので有れば感電させようと雷の魔法を想像していると、やっと兵士達の姿が平原にはっきりと見えたが、その兵士達の中心にある神輿の様な物がどうにも気になってしまう。
けれど分からない事を気になっていては銃の有効射程距離に入ってしまうため、刀を上に掲げ言葉を唱える。
「雷の村雨」
想像をしながら刀を振り下ろす。
けれど、雷の刃が出ない。
(えっ?)
というか、体に纏った風もいつのまにか消えている。
それが分かるとざわりと何かが私の素肌を舐め、咄嗟に刀を元の位置に構えた瞬間、一発の太い銃声が鳴り響き、風切り音が迫る。
「ふっ!!」
勘でタイミングを合わせ、その銃弾に刀を当てたが、弾を切断することは出来ずに刀が弾き返された。
(ライフル!?)
体勢が崩れた事を見越してか、私に向かって手榴弾とライフルとアサルトライフルの弾が迫るが、何故か魔法は使えないため、残る道は一つしか無い。
(神器 展開!)
神器の力を展開してその場から右に大きく飛び、手榴弾の爆音に耐えながら人の束に突っ込む。
当たり前だが銃を敵は放つが、それら全てを刀の刃を持って小回りを利かせながら弾き、スライディングをして最前列の懐に潜り込み、神器の力を使って身体能力を強化しながら突きを放ち、2人の男の腹を穿つ。
「ぐっ!?」
「ごっ!?」
その団子状になった男達を盾に束の中を突き進んで行くが、威力の高いアサルトライフルを数発受けた男達は煮込んだ肉の様にボロボロになって行く。
(っう!!)
頃合いを見て盾を刀を振ってボロボロの肉を投げ捨てると、辺りの男達は私に銃口を向けるが、全身のバネを使い上へ飛ぶと、男達は互いを撃ち合った。
「がぁっ!!」
けれどそれを心配する余裕も無く上に飛んだ私に銃口が向いたが、それが放たれるよりも速く刀を天高く掲げる。
(咲け、天桜!!)
空中の空気を大量に吸収させた刀を振り下ろすと、細かい桜の形をした風が降り注ぎ、下にいる人間達を一斉に斬り刻む。
「「「「「「「「があああ!!!?」」」」」」」」
腕や血飛沫と悲鳴が立ち込める血溜まりに降り、ため息を吐きながら神器の力を使用して気になる神輿を5度斬り刻むと、その黒い神輿の中から現れたのは虹色をした大きな結晶の様な物だった。
(なに・・・これ?)
そんなこの世にある事が異質な様な結晶に驚きながらも、じっとその結晶を眺めてみると、虹色の結晶の表面に細かな文字が浮かんでいる事に気が付いた。
それは、魔の国の魔術式だった。
(もしかして・・・)
もしやと思い、刀の中にある天桜の斬撃を結晶に撃ち込むと、結晶は音を立てて崩れ、体に風を纏う想像をしてみると、体に風が纏い、風は私の神器の中に吸収されて行く。
(魔法を封じる・・・兵器)
そんな物を人間が作ったのかと思うと正直ゾッとしてしまう。
何故なら、こんな物が有れば不死から神器を取り上げてさえ仕舞えば、後はこれがあるだけで完璧に不死を拘束できてしまう。
そんな悍しい存在にあの時の記憶が蘇り、喉の奥からさっき食べた目玉焼きを吐きそうになるが、取り敢えず今はそんな事をしている場合では無いと自分に言い聞かせて砕けた結晶の一部を持ち、刀を収めて赤い杖を袖から取り出してそれを軽く振る。
(ゲート)
そう心の中で呟くと、目の前に紫色の歪みが現れ、神器の力が切れる前にその中に飛び込むと、いつも通りの王宮の景色の中で大和がこちらに背を向けて何かをしていた。
「大和?」
「・・・んっ?」
そんな弱々しい声を出して振り向いた大和の悲しそうな顔には涙が伝っており、白い広袖から見える左腕にはびっしりと赤い線が浮かび上がっていた。
けれど大和は私に気が付くと左腕を慌てて隠し、顔を少ししかめながら涙を右袖で拭い、私に優しい笑みを浮かべてくれた。
「どうした?」
「えっ、いや、時間がないから手短に話すけど、多分これ、魔法を封じる兵器だと思う」
「・・・はっ?」
大和は私の言葉に首を傾げると、何かに気が付いた様に顔を怖くさせ、髪をガリガリと掻きながらため息を吐いた。
「・・・桜、神器の力を使ったのか?」
「えっ、うん。魔法が使えないから」
「なら守り人を増員させねぇとな。皐月にも色々と聞かなきゃならねぇし」
そんな想定外の事に早急に対応して行く大和を見ていると、何処か安心してしまい、意識の手綱を少し手放してしまうと、またあの時の様に体から力が抜けてしまい、頭から地面に倒れそうになってしまう。
けれど体に感じたのは地面の硬い感触ではなく、がっしりとした心強い物に支えられた様な感触が体を支えてくれ、安心して目を閉じると、意識はすぐさま暗い場所へ落ちていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おーいセシル」
「なんだ?」
「呼んだだけじゃ」
惚けた顔をしながら森の中にある松の木をじっと眺めているセシルを揶揄うが、セシルは悲しそうにその松の木を眺め続けているだけなため、胸の風穴に風が通る。
此奴の眼には、此奴の恋人と妹しか写っとらん。
それがどうしても腹立たしいが、此奴からそ奴らの記憶を取り上げる事は出来ん。
何故なら、此奴は本当に死んだ彼奴を愛しておる。
だから自分がセシルを引く事は1つしか持ち合わせておらん。
「セシル、今日は王宮で稽古がある日じゃけ、今行ったら魔法を仰山見れるぞ」
「・・・そうか」
いつも通りどうでも良さそうな返事がセシルから返つてくると、セシルは簡単に儂を抱き抱え、そのまま荒い森の道を意図も簡単に降り始めた。
(此奴は、本当に天才じゃの)
セシルの話を聞く限り、此奴は生前は全てこなしてきた。
学問も、生活も、生涯のほとんども、全て1人で。
だからか此奴の行動や心理は何処か冷たく、今で言う機械の様な人間だ。
けれど、此奴を儂は好いてしまった。
だから儂が飽きるまで、ずっと一緒に居りたい。
その大きな手で儂を抱き寄せておくれ。
儂の小さな膣を嫌と言うまで犯し尽くしてくれ。
神である儂が祈るのは変じゃが、儂を満たしておくれ。
そんな叶いもしない願いを胸に、少しの浮遊感を感じながらセシルの体に毛繕いをする様に顔を擦り寄せていると、セシルは儂を掴む力を強くした。
するとセシルの体を柔らかい風が包み込み、地面を強く蹴り上げる音が鳴り響くと、セシルの体は宙に浮き、強い浮遊感を感じる様になる。
それをただ無言で感じ続けていると、セシルの足下に風が集い、それがバネの様にして衝撃を和らげ、山道から平地へと変わった道をセシルは走り始めた。
浮遊感が止まった事に安堵しながら、取り敢えずセシルの体に顔をすり寄せ、しばらくセシルの匂いを嗅いでいると、突如セシルの足が止まった。
するとセシルは儂を体から急に引き剥がし、儂の体を無理やり立たされた。
「どうしたんじゃ?」
「着いた。さっさと立て」
そんな必要以上のことは言わないセシルにため息を吐きながら顔を前に上げると、そこには陽毬やら久隅やらの十人十色の使用人らが並んでおり、物珍しげに儂らの方に目線を向けておった。
すると使用人の一人の陽毬が珍しい黒紫色の眼を鋭く睨み付けている事に気が付いた。
「何故、貴方がこんな場所に居るんです?」
「何って、ただの見学じゃよ。のうセシル」
「あぁ」
儂ら2人に疑いの目を向ける陽毬に簡潔に説明をすると、取り敢えず陽毬は疑いの表情をため息と共に吐き出し、後ろにいる使用人たちに振り返った。
「えー、邪魔は入りましたが取り敢えず今から稽古を始めます。お互いのペアを作って殺さず、しかし加減をせず、戦いましょう」
「「「「「「「はい!!!」」」」」」
そんな道場の様な懐かしい雰囲気のメイドと言う使用人らを見ていると、陽毬と久隅以外はその場から逃げる様にして離れた。
残った2人は何をするのかと興味を持ちながら眺めていると、2人はメイド服のポケットから細い銀色の棒とメープルシロップの様な色の枝を取り出すと、それらは身の丈程の長さに変わり、それを2人は槍を持つ様にして構えた。
「では、行きます」
「どうぞ」
陽毬の言葉に久隅はそう頷くと、陽毬は神器を振り回して久隅の腹に一撃を入れようとすると、久隅は体を伏せて交わし、体を横に回しながら力強く棒を陽毬の横腹目掛けて振るが、それを陽毬は棒を地面に突き刺して止め、地面の土を掻きながら棒を上に振り上げるが、それが久隅の顎を捉えた瞬間、その棒には闇が纏い、顎に一撃を受けた久隅は何食わぬ顔で後ろに飛んだ。
そんな一瞬で何度も攻防を繰り返し、凌ぎを削り続ける2人を見ていると友たちの事を思い出してしまうと、あの時の後悔が胸を埋め尽くし、紛らわす事が出来ない胸の苦しさに心臓を早めていると、ふと気が付いた。
隣からセシルが消えている事に。
(彼奴)
次の瞬間、鈍い音と鋼を打つ音が辺りに響き渡り、その音が鳴る方をやれやれと思いながら見てみると、案の定陽毬と久隅の間にセシルが割って入っており、セシルは2本のハーフソードとか言う武器で陽毬達の神器を叩き落としていた。
「お前ら、俺の方が練習になるぞ」
「はぁ?」
「・・・これだから男は」
空気を読めないセシルに2人は小さく悪態を吐くと、陽毬は神器をセシルに向けて構え、真剣な表情を浮かべた。
「貴方は強いですので、2体1でも構いませんよね?」
「あぁ」
陽毬の言葉にセシルが頷いた瞬間、久隅が神器から一発の弾丸を飛ばしたが、それをセシルは振り向かずに易々とハーフソードで弾丸を防いだ。
「・・・なんだ、もう始めていいのか」
「っ!?」
その一言でセシルの強大さを理解したのか、二人はセシルから一気に距離を離すと、神器に青い炎と闇を纏い、ジリジリと距離を詰め始め、2人がセシルの間合いに入った瞬間、陽毬はセシルの顔を、久隅は左足を狙い神器を振るったが、セシルは何食わぬ顔で両手の武器を手放し、易々と陽毬の神器を左手で掴み、左足を軽く上げた。
次の瞬間、セシルの左足の下に刃先が無い短剣が現れ、それをセシルは力強く踏み久隅の神器を輪切りにすると、その足を軸足にして陽毬を強引に振り回して後ろの久隅にぶつけ、その勢いを殺さず吹き飛んだ2人に作り出した槍を力強く投げた。
けれどそれは陽毬の魔法により、重なって吹き飛ぶ2人の周りをぐるりと回った瞬間、それは勢いを増しながらセシルに向かってを飛んだが、セシルはそれを恐れる事なく左手で槍の根本を掴み、槍はセシルの左目を貫く一歩手前で止まった。
(おっ、奪ったのぉ)
セシルならあれだけで魔法を奪えたと確信し、セシルが求める力が手に入った事に喜んでいると、地面に転がっておった久隅は慌てて両手を上げ、大きなため息を吐いた。
「降参・・・無理」
「久隅!?」
久隅の判断に陽毬は慌てて顔を起こし反論したが、正直久隅の判断は正しいと言える。
何故ならこのまま勝負を続けても、億に、いや兆に一にも久隅達が勝つ事は無いじゃろう。
「・・・そいつはまだ戦いそうだが?」
「当たり前です!私は」
「はいはい、落ち着いて深呼吸」
神器を構える陽毬を久隅は肩を押さえて止めると、陽毬は大きく深呼吸をし始め、冷静になった顔をセシルに向けた。
「・・・私の、いえ、私達の負けです」
「分かった」
陽毬の降参宣言にセシルは頷くと、セシルは両の手に持ったハーフソードを消し、儂の方に向かって足を進め始め、戦い終わったセシルに何か一声かけようとしたが、それよりも速くに女の煩い声が右耳を叩いた。
「何してるの〜!!?」
そんな大声に顔をしかめながら、声がした方に首を傾けると、そこには赤く長い髪を総髪にし、赤黒い眼をキラキラと輝かせておるメイド服を着たリサと言う女がこちらに小走りに近付いて来ていた。
「ねぇねぇ稽古!?稽古なの!?私も混ぜて!!」
騒がしいリサにセシルと陽毬以外は顔をしかめ、陽毬はやれやれと言いたげに首を横に振った。
「いや、リサは強過ぎるから相手が居な・・・居ましたねここに」
「んっ?」
セシルの肩に手を置く陽毬を見ると、イラッとし、彼奴を後ろから刺してやろうかと思っていると、陽毬と久隅は神器を縮めポケットの中に仕舞い込み、その場から逃げる様に使用人らの輪の中に入り込むと、リサは興味を強く持つ様な目でセシルの事をじっと見ていた。
「ねぇねぇ、君が相手になってくれるの?」
「あぁ良いぞ」
リサの言葉にセシルはすぐに頷くと、リサはニヤリと笑みを浮かべ、歩く様にしてセシルの間合いに易々と侵入し、セシルを見上げる様にして睨み付けた。
「では、行きますよ〜」
「あぁ」
王宮で2番目に強いリサがセシルとどれほどの接戦を演じるのか楽しみで堪らなく、地面に胡座をかいて勝負が始まるのを楽しみに待っていると、戦いは肌に微かに風が吹いた瞬間に始まった。
脇が開く様な大振りな右拳をリサは真正面からセシルに放ち、それをセシルは左手で易々と受け止め、空いたリサの顔面に容赦なく右の掌底を撃ち込んだ次の瞬間、セシルの両手から無数の骨が逆立つ様にして赤い骨が飛び散った。
「っう!!?」
そんな生々しい光景の中にセシルの苦痛の声が漏れると、鼻血を出しているリサはニヤリと笑い、自由となった右手でセシルの襟を掴むと、それを引き寄せながらセシルの顔面に頭突きをした。
すると生々しい音と共にセシルの頭と眼から血が垂れ、セシルの白い髪が赤に止まった瞬間、セシルの体をぐらりと後ろに傾いた。
(おっ、負けたか?)
セシルが負けるのであれば、今度はしっかりと慰めてやろうと思ったが、セシルは宙に浮いた状態からリサの腹に蹴りを入れ、その反動を利用しながら距離を離し四肢を獣の様に地面に付けた。
そんな息が荒くさせるセシルに、口から血を垂らすリサは血を右手の袖で拭うと、心底楽しそうな笑みをセシルに向けた。
「凄いね!頭骨が割れても動くなんて」
「・・・お前もな、内臓逝ってるだろ」
耳や眼を吹き飛ばし続けていたからセシルが頭骨が割れようが耐えたのだと易々と想像は出来たが、そんな人間離れしたセシルを見ていると、胸の奥で小さな木の針で刺された様な痛みが走った。
(んっ?)
そんな痛みを疑問に思い、自分のちっこい胸に手を当てていると、セシルの両手は白い煙を上げ、煮込んだ肉の様になっていた手は元の大きな手に戻って行き、頭の赤い染みもだんだんと白く染まっていく。
「わぁ、傷の治りが速いんだね!」
「・・・よく喋るな」
「うん!だって楽しいから!!」
セシルの言葉通りに内臓が逝っているのならば、地面を転がり回りたいほどの激痛を体験しているであろうリサは楽しいとほざき、両の指をパキパキと鳴らし始めた。
「それじゃあ、再開しようかむ
「・・・あぁ」
その言葉に合わせセシルは両の手にハーフソードを生み出し、剛風を放ちながら左手のハーフソードをリサの顔面に投げつけたが、その刃先をリサは頭突くと、ハーフソードは音を立てながら砕けたが、セシルは驚く事なく1人でに頷いた。
(おっ、理解したな)
今のがセシルの理解した時の癖だと儂は知っているため、セシルの代わりに笑みを浮かべ、楽しみにしながら戦いを見ていると、リサは散歩をする様にセシルの間合いに入り、にっこりと笑みを浮かべた。
すると腰を捻り、セシルの溝落ちに単純な左の突きを放つと、何故かセシルはそれを右手で受け止め、拳から出た血飛沫がセシルの青い服を赤に染めたが、それはセシルの血だけではなく、リサの拳には短剣が根元まで突き刺さっており、そこからも血が出ていたが、リサは鬼の様な笑みを浮かべその拳のままセシルの腹を打ち抜いた。
「がっ!!」
その一撃により、セシルは大量の血を口から吐き出したが、それをわざとにリサの顔面にかけ眼を潰してリサの髪を左手で掴むと、空中に短剣が現れ、それを左膝と共に容赦なくリサの顔面に撃ち込んだ。
「っ゛!?」
が、リサは右眼に短剣が根元まで突き刺さってなお余った左手でセシルの膝を打つと、セシルの左膝は反対にひしゃげ、ぐらりと体制を崩したセシルの腹に向かってリサは右足を上げたが、セシルは左手に巨大なツヴァイヘンダーを生み出しそれを地面に突き刺すと、無事な右足の上にレイピアを生み出し、それをリサの蹴りに合わせ蹴り上げ、リサの右足にレイピアが突き刺さった。
けれど勢いは止まらず、リサは串刺しの足のままセシルに蹴りをお見舞いしようとするが、そのレイピアは野太い斧に変わり、リサの足を斬り落とした。
リサは蹴りを大きくからぶったが、その勢いを殺さず、リサは残った左足で地面を蹴り、セシルの顔面に飛び後ろ蹴りを撃ち込もうとするが、落下している斧をセシルは右足で蹴り上げてその柄を口で掴むと、それでリサの足を真っ二つに裂き、その勢いのまま体を回して前に倒れながら口で掴んだ斧を浮いているリサの腹に滑り込ませ、その勢いのまま地面にリサを打ち付けた。
するとリサの下半身と上半身は泣き別れになり、上半身だけになったリサは心底幸せそうな笑みを口に斧を持ったセシルに向けると、震える手をセシルに近付けようとしたが、それをセシルは左手にいつのまにか生み出した剣で斬り落とし、幸せそうな笑みを浮かべる顔面に剣を突き刺した。
「おーいセシル、もう死んどるぞ」
死体に容赦なく攻撃するセシルは恐らく桜との戦いの時の事を思っているのだろうと予想し、セシルのそう声をかけると、セシルは儂の方に顔を向け、治った左足から立ち上がると、リサの顔に刺した剣を右足で首を押さえながら引き抜いた。
「おっ、珍しいのぉ。琴乃の時は首の骨折りっぱなしじゃったのに」
「・・・美琴から叱られたからな」
儂の言葉にセシルはため息混じりでそう答え、後ろにあった剣たちをその場から消すと、大きなため息を吐きながら体を地面に倒した。
「疲れたんか?」
「・・・少しな」
「なら膝を貸してやろう」
「いやいい。足痺れんだろ」
そんなセシルの思いやりがある一言に嬉しくなってしまい、頬が少し緩ませてしまっていると、後ろから足音が近付き、その音に反応して後ろを振り向いてみると、そこには少し真面目な顔をした陽毬がこちらに向かって来るのが見えた。
「あの、いちゃついてるとこ悪いですけど、こいつ何者なんですか?」
「此奴か?新しい守り人のセシルじゃよ」
「・・・なるほど。だからこんなに強いんですね」
儂の言葉に陽毬は納得した様に頷くと、リサの亡骸の近くへ行き、ゆっくりと腕と下半身が再生していくリサを抱え上げ、下半身を空いた左手で軽々と持ち上げた。
すると陽毬はその骸を隠す様にしていつの間にか貼られていた黒いテントの中に入り、しばらくして出て来た時にはその手には何も持っていなかった。
そんな死体にも気遣いが出来る陽毬を見て、少し彼奴の事を見直そうかと思っていると、王宮の方から細い白髪の髪をした見たことがない女が、首から下げたバスケットを重たそうにして運んでいるのが見え、それをみた使用人たちは嬉しそうにその女に駆け寄って行った。
「皆さん、料理長から差し入れのサンドイッチです!」
「わぁ、美味しそう!」
「小腹が減ってたんだよね〜」
「頂きまーす!」
「あっ、待って。アルコールでちゃんと消毒までして下さい!」
そんな騒がしい使用人らを見てまるで宴の様だと思い、ケラケラと笑っていると、不意に口から欠伸が漏れた。
すると肩を後ろから何かに掴まれた様な疲労感が体を襲い、心臓の音が耳から聞こえ始めた。
(っう・・・)
動悸と荒くなる息。
それが薬が切れた合図だと分かり、儂の魔法を使ってすぐさまその場から逃げる様に美琴たちとの思い出の場所に戻り、魔法の空間の歪みからすぐさま紙で巻いた葉っぱとライターを取り出し、絞った紙の方に火を慌てながら付け、ゆっくりと上へ上がっていく煙を貪る様にして肺に取り入れる。
すると脳裏にあの時、皆で酒を飲み、自分達の歴史を振り返あった一時を思い出してしまい、自然と笑みが溢れてしまう。
「ひひっ、ふふっ」
そんな人生を潤してくれる煙を噛みしめながら、ゆっくりと肺を煙で満たし続けていると、後ろから茂みを踏む音が聞こえ、その音に合わせて後ろを振り向くと、そこには彼奴にしては珍しい暗い顔したセシルが居った。
「・・・何本吸った?」
「まだ1本目じゃよ」
「・・・5本で我慢しろよ」
「おー、約束じゃからな」
セシルとは幾つか約束がある。
その内の1つが、これ。
葉っぱを吸う数の制限。
セシルが居らんかった時は常々葉っぱを吸っており、1日に数十は優に吸っていたが、今ではその数が減り、セシルのお陰で1日15本まで制限できる様になった。
そんな事を思い出しながら、無くなった葉っぱを自分が昔よく座っていた石に擦り付けて火を消してから、空間から取り出したもう1本の葉っぱで肺を満たす。
これが体に害がある事は散々狂った人間を見て来たから分かっている。
けれど、これが無いと自分の生きている意味や価値が失いそうになる。
それを温もりの無い幸せで埋めてくれるのがこいつだ。
「はぁ」
吸い終わった葉っぱをもう一度岩に擦り付け、3本目、4本目、5本目と吸って行くと、耳から聞こえていた心音は遠ざかってくれ、自分の胸の中が空っぽでない事を確認してから後ろにいるセシルに笑みを向ける。
「待たせたの」
「・・・そうか。んじゃ戻るぞ」
「うむ」
気が軽い体でセシルの側により、セシルの大きな腕に擦り寄る様にして体を絡めると、セシルは大きくため息を吐きながら儂の体を軽々と抱き寄せた。
セシルの顔が近い。
そんな幸せな時間をいつまでも感じていたかったが、辺りの景色は急に変わり、さっきまでいた王宮の前の景色に辺りは変わっていた。
「お主、・・・空気読めんのぉ」
「・・・すまんな。」
そう嫌味を言いながらセシルのがっしりとした腕の感触を感じていたが、セシルの相変わらず空気を読まない様に儂を腕からそっと落とし、その空いた右手には白い紙で包まれた何かが握られていた。
「食え」
「おぉ、すまんのぉ」
それがセシルの手料理だと知っているため、楽しみにしながら紙包を受け取ってそれを開けてみると、耳が付き、具が飛び出た旨そうなサンドイッチが紙の隙間から姿を現した。
「旨そうじゃの」
「味濃いめにしといたから、ゆっくり食えよ」
「・・・ありがとう」
「そうか」
久しぶりに自分の口から出たありがとうと言う言葉に、セシルは頬を少し緩ませ、その魅力的な笑みを見ていると何杯でも酒が進みそうだった。
そんな顔を見ながら腰を地面に落とし、そのサンドイッチに齧り付くと、強烈な甘みと塩の様な旨味が口の中に広がり、口周りに油の様な物が大量にくっ付いてしまう。
「なんじゃこれ、美味いのぉ」
「ハチミツとマヨネーズを混ぜたソースだ」
「ほーん」
そんな聞き覚えのある様な調味料を聞き、口周りのマヨネーズを指で取りながら久しぶりに料理を自分で作ろうかと思っていると、後ろからあのでかい声が聞こえて来た。
「あっ!セシル君!!」
(帰れ)
セシルを君付けして呼ぶリサの声を聞き、儂も若ければ君付けで呼んでも違和感は無いのかと少し後悔に近い物を感じていると、リサは儂の横を通り、サンドイッチを立って食べているセシルに嬉しそうな顔を向けていた。
「凄いね君!私負けたの一ヶ月ぶりだよ!!」
「・・・そうか」
リサのでかい声を聞き流す様にセシルは嫌そうな顔をしながらパンを齧っていたが、リサにしては珍しい声を抑える様な言葉にセシルは動きを止めた。
「どうして、加減してるの?」
「・・・・・・答えなきゃダメか?」
「うんん、嫌なら良いよ。けど、今度戦う時は本気で来てね。私も本気で相手するから」
リサは言いたい事を言い終えると、明るくウザったらしい笑みをセシルに向け、さっさとメイド達の方へ戻っていった。
「ねぇねぇ、なんの話してたの?」
「ん〜、顔が良いねって!」
「分かる!あの子顔良いよね!!」
そんな飢えた雌達の声に顔をしかめながら、セシルの隣に行き、サンドイッチを2人で黙々と齧っていると、王宮から1人の黒髪の長い髪を揺らす女がキビキビとした態度でこちらに近付いて来ているのが見えた。
そのボン、キュ、ボンな女は誰かと思い、目を凝らしながら顔をじっと見ていると、そいつが戦の国でスパイをしている皐月だという事に気が付いた。
「失礼、貴方がセシル様でよろしかったでしょうか?」
「・・・そうだが?」
「それではこちらを」
皐月はセシルに近付くと、魔術式が彫られた赤い杖と無色な白い枝をセシルに手渡し、皐月は色が付いていない杖を指差した。
「こちらの杖が東の拠点、『毒の林』に通じているルートです。そして赤い杖は王宮に繋がっておりますので、大和様に変わった事を報告する時にお使い下さい」
「・・・分かった」
「ありがとうございます。どうかこの国をお守り下さいませ」
「あぁ」
そんなしっかりとした皐月を見て、昔の皐月では考えられない態度に喜びを感じていると、セシルは左手に持っていたパンを口に放り込み、左手の指を舐めながら儂の方に顔を向けた。
「暎音・・・本当に一緒に来るのか?」
「はぁ、今更じゃの。行くに決まっておろうが」
今更儂を心配するセシルに頷いて笑みを向けると、セシルも頷き、右手に持っていた杖を軽く降り、あの紫色の歪みを作り出した。
「んじゃ、行くぞ」
「うむ」
持っていたサンドイッチを儂の魔法で空間に仕舞い込み、その歪みの中にセシルと一緒に歩を進めると景色は変わり、辺りには赤い筋が浮かぶ木々が並んだ林が広がっていた。
その木々に目を凝らしてよう見てみると、木々達は血のような赤い霧を出しており、辺りの薄い膜の外には赤く綺麗な霧が立ち込めていた。
「なんじゃこれ、儂も初めて見たぞ」
「・・・多分、水銀だな。吸い込んだら死ぬぞ」
「ほう」
水銀と言えば銀色じゃが、この世には赤い水銀もあるのかと珍しがっていると、後ろから肩を叩かれた。
「なんじゃ?」
「後ろ」
その言葉に合わせて後ろを向くと、そこには赤い屋根をし、壁は煉瓦で丁寧に作られた見事な家が建っていた。
「なんじゃこれ」
「・・・俺らの家だ」
「儂らの・・・か」
それをセシルの口から聞けた事が嬉しく、軽い笑みをセシルに向けると、セシルは何故か目を逸らし、儂の頭に手を置いた。
それに不思議がりながらも、取り敢えず頭の上に置かれた手を叩き落とし、儂らの家になった建物に向かって2人で一緒に足を進めた。