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第37章 休養のすゝめ


「・・・いてえな。」


いつも通り自分の左の手首に爪を立て、頭に蔓延る憂鬱を染みるような痛みで紛らわせ続けていると、小さな振動音が仕事机の中から鳴り響いている事に気が付いた。


(・・・誰だ?)


自傷した左腕は机の上に置き、だるい右手で机の一番下にある引き出しを開けてみると、そこには科の国でスパイをしてくれているショールへ繋がる連絡用のケータイだった。


「・・・珍しいな」


ショールは変装を使う魔法を持っているからか、あまり自分から情報を伝えてくる事は滅多に無い。


それに珍しがりながら携帯を取り出してスイッチを入れると、携帯からは振動音が消え、街中の様な雑音とショールの目立たない声が聞こえ始めた。


「大和様ですか?」


「んっ?あぁそうだが?」


私しか居ないはずなのに何故か私に確認を取ってくるショールに疑問を感じるが、そんな疑問は声色から感じられる微かな恐怖が掻き消していった。


「今私はつけられて居ます。気配や身のこなし的に、恐らく不死です」


「不死!?」


不死の国の外にいる不死はポツポツいるが、そいつらの位置は私が王になってから最初に確認したし、基本そいつらは目立たぬ様に植物の様な生活しか送って居ない。


ならば、今ショールを追っている奴らは何者だ?


けれど今はそんな思考を放棄し、仲間の安全のための選択を決める。


「まずはお前が帰って来い!」


「いえ、今は街中なので誰にも見られずに逃げるのは不可能かと」


「・・・いい、目撃されても良いから帰って来い」


「本当によろしいですか?」


「当たり前だ。10秒後に王室に飛べ」


「了解です」


その言葉が最後に通信は切られ、すぐさま机下に置いた『(かざ)()り』の鞘を左手に持ち、魔法を発動していつでも刀を抜ける様に神経を研ぎ澄ます。


(5・・4・・3・・2・・1・・0!)


カウントがゼロになった瞬間、王室の中心に紫色の歪みが現れ、その中から人間の顔に変装したショールが飛び出してくると、ショールは王室の地面にブレーキを掛けながら私の方に人間の顔を向けた。


「敵は!?」


「居ません!」


「・・・そうか」


その一言に安心し、警戒を解いてショールに近付こうとした瞬間、歪みの中から殺意が込められた右腕が姿を現した。


(やっぱり、な!!)


なんとなく次の攻撃が来る事は予測して居たため、地面を蹴って上へ飛んで地面となった天井を踏み砕く勢いで蹴り、落下しながら歪みから伸びた腕を斬り落とし、振り向きながら一瞬だけ神器の力を発動して直線状の斬撃を歪みの中に飛ばすと、風船が遠くで割れる様な音がし、そのすぐ後に空間の歪みは消えてなくなった。


「・・・ふぅ」


「・・・相変わらず、めちゃくちゃな強さですね」


一安心してる中、そんな言葉と共にショールは立ち上がると、その顔は不死特有の綺麗な顔に変わってとり、黒く短い髪は肩までかかる綺麗な海色になり、透明で何処か青く見える眼を私の方に向けて来た。


「それは良いとして、大丈夫か?」


「えぇ、今のは驚きましたが重要情報は持ってきました」


「いやそうじゃなくてな、お前が大丈夫かって聞いてんだ」


鈍感なショールにはっきりと伝えると、ショールは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにその顔に下手くそな笑みを浮かべ、私に頭を下げて来た。


「えぇ、五体満足で健康です」


「そうか、ならよかった」


少しズレている様なショールに苦笑し、取り敢えずショールから情報を貰おうと足を前に進めた瞬間、右足で何かを踏んでしまった。


(んっ?)


なにを踏んだのかと思い、その踏んだものをチラリと見てみると、それは・・・人の醜い腕だった。


(人!?・・・いや、おかしいぞこれ)


一瞬敵と間違えて一般人に攻撃したのかと思ったが、あの時感じた殺意の実感は確実に不死の魔法による物だ。


だからこそ、おかしい。


魔の国で見た、人に魔法を与える不死が、何故今度は科の国で魔法を与えていると疑問もあれば、あのとき殺した人間達は死の直前に敬意を持っていた。


それは今の人間も同じだった。


ならば、あり得ない確率が無い限り、人に魔法を与えている不死は一人だけだ。


(どうにも、嫌な予感がするな)


そんな囲碁で呼吸点を詰められている様な嫌な予感を感じながら、取り敢えず落ちた腕を拾い、それを骨も残さずに魔法で焼き消していると、いつのまにかショールが居なくなっている事に気が付いた。


「ショール?」


突如姿が消えたショールに肌がざわりと嫌な予感を嗅ぎたて、抜いた神器を構え、いつでも迎撃出来る様に仲間をさらった殺意を無言で研ぎ澄ましていると、王室の扉がゆっくりと開き、何気ない顔をしたショールがモップとバケツを持って王室に入って来た。


「どうかしましたか?」


「おまっ、心配させんなよ」


呆けた顔をしているショールがただ掃除道具を持ってきただけだったと安心し、長い息を吐いて研ぎ澄ました神経を和らげていると、ショールは血のついた地面をモップで吹く片手間にポケットからUSBメモリーを取り出し、それを私に放り投げて来た。


「その中に機密情報とかが色々と入ってますので、確認を。私は疲れたので寝ます。おやすみなさい」


「お、おう」


いつも通りの機械の様に淡々とショールはそう言い残すと、血が染みたモップとバケツを持ち、さっさと王室から出て行ってしまった。


「・・・はぁ」


その態度に何故かため息が漏れてしまうが、取り敢えず刀を机の下に戻して椅子に座り、机の一番上の引き出しを開けて、科の国のパソコンとかいう電子機器を机の上に設置する。


そのパソコンにショールから貰ったUSBメモリーを挿し入れ、だるい体で機密情報を流し目で見ていると、気になる事が2つあった。


1つは、何故か不死に付いての魔法に付いての研究が進んでいる事だった。


(これ・・・人間に不死が協力してるのか?)


余り考えたくはないが、不死が捕まったという情報が無く、魔法の研究がかなり進んでいるという事は、科の国の情報網が進化したか、あの不死が自主的に研究に協力している様にしか思えない。


(・・・どういう事だよ)


取り敢えずその真意を確かめるためには、もう1つのスパイの情報を待つしか無いため、大きなため息を吐き、もう1つの情報を見てみる。


もう1つ気になっていた情報、それは何故かある集団失踪事件に付いてが情報に載っている事だった。


ショールは情報をまとめるのが少し下手だが、無意味な事はしない。


だからその情報を注意深く見てみると、その事件が起こったのは、魔術式に関しての極秘研究所だったらしい。


(確かに・・・気にはなるな)


けれど気にはなるからと言ってこの場では答えは出ないため、パソコンを閉じ、疲れた眼を瞼の上から揉み、少しでも目の疲れを取ってから、今自分の国で起こっている暴動を止める手を試行錯誤していく。


あの時の様には絶対にさせないように。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「琴乃さん、起きてください」


「んっ、うぅ?」


聞き覚えのある鈴の様な声が聞こえ、重い瞼をゆっくりと開くと、ぼやける視界の中で赤い髪によく似合う桑の実色をした紬を着た雅が俺の顔を覗き込んでいた。


「もうお昼ですよ」


「そう・・・なのか?」


その昼という言葉に視界だけを見慣れない縁側の方に向けると、確かに太陽は真上にある様に外を明るく照らしていた。


「ご飯、食べれます?」


「あっ、あぁ」


「分かりました。今持ってきますね」


ぼやける頭で少し適当に返事をすると、雅は優しく微笑み、見慣れない家を歩いて行った。


それを見ていると、頭は少し覚醒し始め、ゆっくりと体を起こして空っぽな様な胸からため息を吐く。


「はぁ」


あれから俺と雅は守り人を辞めた。


いや、雅が無理やり辞めさせたと言っても過言では無い。


今は休息が必要だと熱弁され、それに頷いた俺もあれだが、それからは和の国に似た西の集落に移り込み、この家で雅と2人で暮らし始めた。


それから3週間ほど経ったが、俺は未だに舞を行えず、刀を持ちたいとも思えない。


けれど消えたいや生きる価値が無いとは思わない様になり、それはそれで楽にはなったのだが、今はただ空虚な気持ちが胸の奥に蔓延り、何かをしたいとも思えなくなった。


そんな気持ちを胸に、ぼーっと自分の右手を眺め続けていると、家の奥から膳を持った雅が俺の部屋に食事を運んでくれた。


「・・・すまない」


「いえ、私が好きでしてるんです。さぁ、どうぞ」


「ありがとう。・・・頂きます」


雅にお礼を言ってから会釈をし、布団から降りて膳の上に乗った吸い物をゆっくりと啜ると、優しい塩味が昨日何も食べていなかった体にゆっくりと染み渡る様だった。


「美味しいですか?」


「・・・あぁ」


「そうですか!」


俺の一言に雅は嬉しそうに赤い狐の耳を立て、笑顔を浮かべながら家の奥に向かって行くと、もう一つの膳を持って俺と向かい合う様にして畳の上に座り、両手を合わせた。


「頂きます」


雅は嬉しそうに会釈をすると、俺よりも量が多い食事をかなりの勢いで食べ始めていた。


けれど勢いはあるのに何かの魚の身を箸で綺麗に解し取る雅の所作はとても綺麗に思えた。


「綺麗、だな」


「えっ!!」


雅はその一言に箸を口に加えたまま固まり、顔を赤面させながら箸を口から取り出し、何処か色っぽい顔付きで俺の顔を眺め始めた。


「えっと、ありがとうございます」


「あっ、あぁ」


その可愛らしいというか、とても美しいと思える雅の顔に少し見惚れていると、雅は恥ずかしそうに眼をそらし、指先で俺の膳の上に乗った魚の塩焼きを指さした。


「えっと、そのヤマメ美味しいですよ?」


「そう・・・か」


その態度を見て一気に気まずくなってしまい、雅に言われるままに塩焼きにされたヤマメの腹に箸を入れ、解し取った身を口に運ぶと、身は少し焼き過ぎな気もするが、何処か安心できる様な味わいがした。


「・・・美味い」


「そうですか、作った甲斐があります」


嬉しそうに微笑む雅に釣られて俺も微笑んでしまい、そんな安心できる雰囲気を感じながらゆっくりと食事を楽しんでいると、いつの間にかヤマメは頭と尾と骨だけになっており、吸い物も水っぽい白米もいつのまにか空になっている事に気が付き、食べ終わったのだと理解してから茶碗を置いてゆっくと手を合わせる。


「ご馳走、様でした」


「あっ、私が片付けますよ」


雅は俺が膳を片付けようとすると、それを奪う様にして雅は膳持ち上げ、お椀やらが乗った膳をそっと台所へ運んで行ってしまった。


(・・・はぁ)


それを手伝う気にもならない自分にため息を吐き、霧がかかった様な頭でじっと外の天気を眺めて続けていると、今度は盆の上に茶色い急須と湯飲みを乗せた雅が部屋の中に入って来た。


すると畳に正座で座り、茶でゆっくりと湯飲みの中を満たすと、それを俺の方に持ってきてくれた。


「どうぞ」


「・・・ありがとう」


少し緩い茶を受け取り、湯飲みをゆっくりと口に近付けて口の中に流し込むと、口の中に残っていた味や油が胃に流れ、口の中に温かい茶葉の香りが広がり始めた。


その香りを息と共に吐き、湯呑みから口を離すと、茶の水面に写る自分の顔は、死人の様な顔をしていた。


「琴乃さん?浮かない顔してますけど、どうかしましたか?」


「いや・・・なんでも無い」


心配する様に聞いてくる雅にそう伝え、自分の胸にある不安を自分で何とかしようと考えていると、両頬をそっと掴まれ、無理やり顔を雅の方に向けられた。


その雅な表情はあの時と同じ様な、真っ直ぐで美しい表情だった。


「琴乃さん、なにを悩んでるんですか?」


その真っ直ぐな瞳とその一言で胸の奥の不安を隠そうと思う気持ちは消え失せてしまい、子供が怒られた時に出す様な小さな声で自分の不安を雅に打ち明けたいと思う様になってしまう。


「・・・ただ、不安なんだ」


「不安?」


「・・・あぁ、あれから3週間休んだ。なのに、まだ復帰できない自分が・・・お前の期待に答えられないかもと思ってしまうだけだ」


そんなしょうもなく、自分の心を蝕んでいる様な本音を雅に打ち明けたが、雅は表情を何処かしょうがない様な物を観る様な表情に変えた。


「琴乃さん、そんなどうでもいい事は良いですから、これから散歩にでも行きませんか?」


そのどうでも良いと言う言葉に正直怒りが湧いたが、今の自分が出せる怒りとは、ただ暗い顔をする事しか出来なかった。


けれどそんな俺の表情を見た雅の顔は何処か哀れむ様な表情に変わり、あの時の様に簡単に、胸に抱き寄せられてしまった。


「琴乃さん・・・貴方の焦りは少ししか分かりません。けどですね、貴方は小さな頃からずっと傷付いていたと思うんです。だから、その傷付いた時間と同じくらい・・・いえ、それ以上に貴方は休まないと行けないんです」


「・・・そんなの、何十年も掛かるじゃないか」


「えぇ、きっと掛かると思います。けど、私達は不老です。だから今は休みましょう。ずっと私が、付いていますから」


そんな優しい声に、自分の胸に合った焦りと不安はじんわりと無くなっていき、胸の中には恐怖を覚えるほどの安心が湧いて来た。


「ごめん、な」


「謝らないで下さい。琴乃さんが今辛い事は分かってますから」


「ごめん」


雅が怒っていない事は分かっている。


多分、分かっていると言う言葉も本当なのは分かっている。


けれど、今は謝罪しか出来ない。


こんな自分を大切にしてくれ、そっと傷に触れてくれる雅に泣き付いてしまう自分が、許せなかった。


(・・・暖かい)


けれどそんなちんけな怒りは、体に伝わる熱と心地が良い睡魔に包まれて行き、俺の思考は意識を簡単に手放してしまった。










・・・・


・・・・・・?


ふと眼が開くと、外から見える景色はすっかり暗くなっていた。


けれど焦りは無く、纏まらない意識をゆっくりと纏めていると、頭の下に敷いている何かがとても心地が良い事に気が付いた。


それの心地良さを堪能しようと、頭をそれにすり寄せると、それは猫が驚いた時のビクリと跳ねた。


「ん゛ん゛っ!?・・・えっと琴乃さん、起きてます?」


「・・・あぁ」


「なら、すみません。足が痺れてますから、あまり動かないで下さい」


そんな震える声を意識の端で聞き、それを理解しようと頭をゆっくりと回していると、足と言う言葉が強く頭に引っかかってしまう。


(足?)


そんな疑問を感じながら、もう一度下に引いている物に顔を擦り寄せてみると、またそれがびっくりと動いた。


「ん゛っ!」


そこまで来れば大体理解できてしまい、そっと頭をそれから起こして振り向いてみると、それはやはり雅の足だった。


「あっ。も、もう良いんですか?」


「あぁ」


雅は俺が頭を起こすと、しんどそうに足を伸ばし、顔を変にしかめ、体を震わせながら自分の足を揉み始めた。


それが足が痺れているのだと理解し、雅の伸ばした細く綺麗な素足にそっと手を伸ばす。


「こ、琴乃さん゛っ!?」


「少し痛いぞ」


痛がる雅の足を正座した自分の足に乗せ、脹脛をゆっくりと揉むと雅は何度か体を跳ねさせたが、しばらくすると何処か気持ち良さそうに顔を緩めてくれた。


「あ〜、気持ちがいいです」


「それは、良かった」


その言葉にもう足が痺れていないのだろうと思い、そっと足を膝から下ろすと、雅は何かに気が付いた様に慌てて立ち上がり、足の部分の布を手丁寧に直し始めた。


「えっと、見ました?」


「・・・?なにを?」


「あっ、なら良いです。今から夕食を作ってきますね」


何故か雅は恥ずかしそうに微笑むと、そのまま台所に向かおうとしたが、ある疑問が胸に生まれ、反射的に雅を呼び止めてしまう。


「雅」


「はい?」


「・・・なんで、俺のためにそこまでしてくれる?」


人は普通、無償ではなかなか動かない。


なのに雅は俺の事が好きだからと言う理由だけで、他が見れば怠けているだけの俺に尽くしてくれる事がどうしても疑問に思ってしまう。


そんな疑問を雅にぶつけたが、雅はキョトンとした様な顔をし、頬を右人差し指で掻きながら恥ずかしそうに笑みを浮かべた。


「えっと、琴乃さんの事が好きだからですかね?」


「そうじゃない!」


久しぶりに荒げた声に雅は顔をしかめ、狐の耳を両手で押さえたが、俺の心臓はそんな事をお構いなしに速くなり、呼吸もそれに続く様に荒くなっていく。


「俺は何もできてない。何も手伝っていない。俺はただ怠けているだけだ!なのに・・・どうして、お前はそこまでしてくれる?」


そんな純粋でしょうもない疑問に雅はすぐには答えず、ゆっくりと俺の前に座ると、俺の両手を力強く握り、潤んだ赤い炎の様な眼を俺に向けて来た。


「何度でも言います。私は・・・琴乃さんの事が好きです」


「それは、もう聞いた」


「だからですね、好きな人に前を向いてもらいたいんです」


そんな眠ってしまいそうな優しい声に合わせて俺の手を握る手が強くなり、雅はただ優しい笑みを浮かべたまま言葉を続けてくれる。


「好きな人には幸せになってほしい。美味しい物をたくさん食べてほしい。かっこよくいて欲しい。自分をたくさん見て欲しい。そう、思ってしまうんです。だから琴乃さん、不安にならないで下さい。私は、貴方の味方です」


その言葉を聞いて、やっと分かった。


俺は不安だったんだ。


何故かは分からないが、不安だったんだ。


どうしようもなく、不安だったんだ。


けれどその胸を縛る糸の様な不安は雅の不安になって欲しくないでと言う安直な言葉で解けてしまった。


それを胸奥で感じると、また涙が溢れ、今度は嗚咽も漏れ始めた。


「泣いて、ばかりだな」


そんな自分を中傷する言葉を発したが、雅はそれを辞めろと言うように俺をまた胸に抱き寄せてくれた。


「泣いても、大丈夫ですよ。誰にも言いませんから」


優しい、どこまでも優しい言葉にあの時の様に赤子の様に雅に泣きついてしまう。


雅の服を鷲掴みにし、それを強く握りしめ、鼻水もよだれも垂らしながら、みっともなく泣いてしまう。


けれどその日の夜、俺は・・・一歩前に進めた様な気がした。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はぁ」


隣にいる足を壁にそわせて寝っ転がっているゆいから珍しくため息が漏れ、美琴の所からもらって来ていた『4番目の鎌鼬』という漫画を地面に乱暴に落とした。


「ゆ、ゆい、少し落ち着こうぜ」


「・・・落ち着いてるよ。」


ゆいはそう言うが、あからさまに不機嫌な態度を見てどう声を掛ければ良いか迷ってしまう。


雅と琴乃がここから離れて3週間、ゆいは何処か寂しそうだ。


一度は離れ離れになり、再開して2年間も一緒に居た姉が離れると誰だって寂しくなるのは分かるが、そんなゆいから何度も戦う相手になるのは正直しんどい。


けれどそれを辞めてしまえば、ゆいの寂しさを紛らわす事が出来ないから、今日も頑張るかと心の中で決意していると、閉めていた襖が足音と共に開き、いつも通りの黒い紬を来た悠人が居間に盆に乗せた料理を持って来ていたが、ゆいの無防備な足を見たのか顔を赤くさせ。


「ちょっ、なんて格好してるの!?」


「・・・えへへ」


そんな恥ずかしがる悠人を揶揄う様にゆいは笑って見せると、私も笑みが漏れてしまい、少しだけさっきの暗い空気は楽になってくれた。


(やっぱ悠人がいると、ゆいは明るいな)


それは嬉しくて少し寂しい気もするが、それが兄妹なのだろうと割り切り、取り敢えず床から腰を上げて悠人の近くに足を進める。


「手伝うぞ」


「ありがとうございます。ならえっと、これ並べてくれませんか?」


「おう」


悠人は持っていた盆を私に差し出され、それを素直に受けると、悠人は私に純粋な笑みを浮かべ、すぐさま台所の方へ走って行った。


そんな悠人を尻目に、言われた通りに盆の上に乗ったステーキとかいう料理とレンコンやらにんじんが見える煮物を4人分置いていると、眼の端でゆいは立ち上がり、私の方に何処か仕方がなさそうな表情を向けて来た。


「手伝うよ」


「おっ、あんがとな」


ゆいは私が持っている盆から煮物だけを取り、それを各自の場所に並べ、1つの席にちょこんと座った。


私も肉を並べ終えたため、ゆいの隣に座り、ちゃぶ台の中心にある水を旨そうな肉をじっと眺めながら置かれた湯飲みに注いでいると、隣にいるゆいはまたため息を吐いた。


「ため息ばっか吐いてると幸せが逃げるぞ」


「・・・んっ」


ゆいは私の言葉に頷き、大きく息を吸って吐くと、少しだけ顔色を明るくさせた。


多分無理をして明るくしているのだと思い、少し濡れた手を服で拭き、そっとゆいの頭に手を置いて頭を撫でてやると、ゆいは本当に嬉しそうな笑みを浮かべ、頭の上の金色の狐の耳を揺らし始めた。


(可愛いなこいつ)


そんな可愛いらしいゆいの頭を笑みを浮かべながら撫で続けていると、炊飯器とか言う便利な機械を持った悠人と、その後ろに黒く艶がある紬に身にまとった桜が4人分の白いお椀を重ねて持って来ていた。


「お待たせ。さっ、みんなでご飯食べようか」


桜は優しい笑みを浮かべて私達にそう言うと、悠人が置いた炊飯器から米をお椀に装い始め、米で満たされたお碗を悠人は私達に回し始めた。


「はい」


「おっ、あんがとな」


ゆいから米が入ったお碗を受け取り、それを空いている桜や悠人の方に並べ、席に座ればすぐに飯を食べれる様に準備し終えると、悠人はゆいの隣に座り、私の隣には桜が座った。


「それじゃあ、頂きます」


「「「頂きます」」」


桜の言葉に合わせ、並べていた箸で肉を掴み、それを強引にかぶりつくと、食べ応えのある肉とソースの甘くて美味しい味が混ざり、白米がなんぼでも食べれる様な美味い味わいだった。


そんな肉を口の中で咀嚼していると、いつのまにかゆいは肉を食べ終えており、ある意味魔法ではないかと言う速さで白米を食べ尽くしていた。


「おかわり」


「うん、お肉のおかわりもあるけどいる?」


「いる!!」


悠人の優しい言葉にゆいは分かりやすく笑みを明るくさせると、悠人は嬉しそうに笑みを浮かべ、ゆいの皿を台所に運び始めた。


その間に、ゆいは嬉しそうに白米を炊飯器から装うと、作られた煮物をおかずに白米をもりもりと食べ始め、それに苦笑しながら私も煮物を食べてみると、甘い醤油が里芋やらに染み込み、これも白米が進む味わいだった。


(うめぇ)


今自分が食べれている事に感謝しながら、ゆっくり、じっくりと食事を進めていると、ゆいはまた炊飯器から米を装い、悠人が帰ってくるのを待ち始めた。


大量に白米を食べるゆいに苦笑しか出来ず、肉を食べ白米を口に流し込むを繰り返していると、台所から肉を2枚ほど皿に乗せた悠人が帰って来た。


「はいゆい、これで最後だからゆっくり食べてね」


「分かった!」


ゆいは悠人に嬉しそうに返事をしながら皿を受け取り、嬉しそうに肉と白米をまた食べ始めた。


そんなゆいを見ていると、私の食欲が刺激されてしまい、いつもより速いペースで飯を食べ続け、白米の最後の一粒の口に運んだ。


「「ご馳走様でした。」」


(んっ?)


会釈の言葉が重なった事に疑問に思い、恐る恐るゆいの方に眼を向けると、案の定ゆいは料理を全て食べ終えており、満足そうに膨れた腹を触っていた。


「あっ、じゃあ僕片付けて」


「良いよ悠人、私がやるから」


私達の食べ終えた皿を片付けようとしてくれた悠人を桜は止めると、私達がやれば良いのに桜はとっとと皿を重ねてそれを台所に運び始めた。


「ありがとう」


「いつも悪いな」


「良いよ良いよ、ゆっくりしてて」


桜は私達に笑みを向けながら速足で台所に向かって行き、冷たい水を飲んで一息付いていると、急に後ろから鈴の音が聞こえ、水を吐き出しそうになってしまう。


「ぶっ!ごほっ!」


「大丈夫?」


「おう、ごほっ!大丈夫だ」


気管に入りかけた水を咳で吐き、その後にゆっくりと水を飲んで体を落ち着かせていると、いつのまにか悠人は料理から手を離し、部屋の隅に置いた悠人の神器の黒い刀を帯に差していた。


「じゃあ、行って来ますね」


「おう」


「・・・いってらっしゃい」


ゆいは悠人が人間と戦いに行く事を分かっているからか嫌そうな顔をしたが、悠人はそんなゆいの頭を優しく撫で笑顔を向けた。


「大丈夫だよゆい、結局傷は治るから」


「・・・そう言う事じゃないの」


「・・・?」


悠人はゆいの言葉によく分からなさそうな顔をしたが、時間がないのか慌てて縁側に置いてある草履を履き、大急ぎで不死の国の外側に走って行った。


「はぁ」


そんな悠人を見てかゆいは大きなため息を吐いて暗い顔をしたが、正直ゆいの気持ちは少し分かるため、そっと頭を撫でてやると、少しだけ顔色を明るくさせた。


そうやってゆいを安心させていると、台所から桜が戻り、なにかを探す様に辺りを見渡し始めた。


「あれ、悠人は?」


「鈴が鳴ったから外に行ったぞ」


「えぇっ!?聞こえなかった・・・」


桜は慌てる様に耳を触り始め、耳垢でも取ろうとしているのかとそれを面白がりながら見ていると、ふと、気になることがあった。


「なぁ桜、悠人ってどんな風にして戦ってるんだ?」


「・・・私も気になる」


そんな素朴な疑問を桜に聞いてみると、桜は何処か表情を暗くし、困った様な顔をした。


「気になるなら・・・見てくる?」


「あぁ」


「分かった」


ゆいは桜の何処か引っかかる言葉にすぐさま頷くと、神器が置かれた場所に行き、小手を軽く私の方に投げて来た。


「あんがとな」


「んっ」


小手を両腕に付け、短剣を背負ったゆいと一緒に外に出ようとしたが、少し寒い縁側で草履を履いている途中、後ろから呼び止められた。


「ねぇ2人とも、私は念のためにここに残るけど、2つだけ約束して。1つ、人間に見つからないで。2つ、どんな事があっても、悠人に近付かないで。あぁなったら私でも止めるのが難しいから」


「・・・おう」


「分かった」


桜をここまで言わせるとは、悠人の本気はどれほどのものか体が疼いてしまい、急かす気持ちのまま雷を体に纏い、風を纏ったゆいと共に走っていると、だんだんと辺りの木の本数が少なくなって行き、あの時ぶりに見た不死の国の入り口に付いた。


その入り口を見て、少しあの時の懐かしさと愚かさを魔法を解いて体感していると、ゆいから慌てる様に引っ張られ、木の影に身を隠された。


「見つかるなって言われたじゃん!」


「わっ、悪い」


声がでかいゆいに謝りながら、今度は見つからない様に木の影からそっと広がる草原を見てみると、そこには悠人がポツンと立っており、その先には少なくとも50人以上は居るであろう兵士達が波の様に広がりながらこちら側に向かって来ていた。


「っ!?」


その量の多さに圧倒され、こいつらに襲われながら平常を保つ事は難しいだろうと固唾を飲んで思っているが、悠人はいつも通りの無防備な佇まいで何かをじっと待っていた。


そうこうしている内に兵士たちは足を止め、漫画で読んだことのある銃という武器を構えた。


(カッコいいなあれ)


そんな事を思った瞬間、夜の空気をつんざく様な音が響き、何かが悠人の頭を文字通り消しとばした。


(っう!?)


その光景は私の脳の中を混乱させるほど衝撃な物だったが、今にも飛び出しそうなゆいを抑えるために力を使っているからかある意味では冷静にいられたが、人間達は無情にも頭が吹き飛ばされた悠人に向かって何かを投げ始めた。


「ありったけをくれてやれ!!!!」


そんな大声と共にその何かが悠人の死体の側に転がると、それは凄まじい爆音と共に悠人の死体を吹き飛ばし、それが悠人の死体が肉片になるまで続いた。


「おにい」


「ばかっ、見つかるなって言われたろ!」


耳を塞ぐゆいの口を抑え、ゆいの凄まじい力に全力を使って抑えていると、辺りに立ち込めていた黒煙はだんだんと夜の空気に消えていき、残ったのは鼻を刺す火薬の匂いと、落ちている右手が無ければそれが人だったとは思えない肉片だけだった。


悠人は死んだ。


人間に倒された。


なのに、何故か人間達は1人として笑顔を浮かべてはおらず、どこか不安がる様な顔をしている。


(・・・何故だ?)


そんな疑問を冷静に頭に浮かべた瞬間、私の疑問に答える様に辺りから虫の羽音がし始めた。


「ひっ!?」


その羽音にあの時の記憶が蘇り、ゆいを抑える事を忘れすぐさま耳を塞いだが、幸いにもゆいは前へは行かず何かを茫然と見ていた。


それが何かと思い、耳を塞いだままゆいの視線の前にある物を見てみると、そこには黒い刀が黒い霧と共に浮かんでおり、それを人型の黒いもやが右手で掴んだ。


「総員撤退!!!死にたく無い奴は武器を置いて逃げろ!!!!」


そんな耳を塞いでも聞こえる男の声に合わせて、数人は逃げ始めたが、それを防ぐ様に黒いもやはゆいと同じくらいの速さで走り、その黒い刀を強引に逃げる兵士に向かって投げつけ、逃げる1人の兵士の頭を無音で貫いた。


そんな呆気がない死に方をした兵士に茫然としていると、次の瞬間、その兵士から黒い霧が生まれ、それが次々と逃げる兵士に纏わりつき始めた。


すると兵士達は次々ともがきながら倒れていき、いつの間にか黒い人型のモヤは頭を貫いた兵士のそばにおり、刀を引き抜いてそいつは体をこちらに向けた。


「ひっ!?」


その光景を見て、黒い霧が何か理解した。


月光に反射して見える赤い眼。


あれら全て、蠅の眼だ。


それが分かると心臓が熱く脈打ち始め、あいつが本当に悠人なのかと疑い始めていると、1人の兵士は夜を光らせるかの如く銃を撃ち続けたが、それを蝿の塊は意にも返さず、銃を乱射する兵士に左手らしき物を向けた。


すると辺りの蝿らはその兵士に身体中に纏わり付くと、蝿達は一斉に弾け飛び、兵士はしばらくもがき苦しんだ後に動かなくなった。


その光景に身体中に鳥肌が立ち、虫の圧倒的な多さに怯えていると、悠人は急に空を見上げ、そのまま動かなくなった。


(なにをして)


その隙に生き残った兵士達は焦る様に逃げようとしたが、それを防ぐ様にしてまた黒い蝿達が一斉に襲いかかり、その場に残ったのは兵士の何故か腐敗した死体と、茫然と立ち尽くす蝿を纏った悠人だけだった。


あんなに明るい悠人がこんな悍しい事をしていたのかと考えるとさらに体に鳥肌が立ち上がり、本当にそいつが悠人なのかと疑っていると、急に悠人は転がっている死体に近付き、その腐敗している死体からまだ赤い臓物を両手で取り出した。


するとその臓物を見えない顔でかぶりつき、何度か咀嚼する様に口周りを動かすと、もう一度臓物にかぶり付き、それを臓物が無くなるまで続けた。


そんな悠人を見て、恐怖を通り過ごして頭の中が真っ白になっていると、悠人は黒い両手で見えない顔を抑え、何かを叫ぶ様に空を見上げた。


それを最後に悠人の体から蝿が飛び散り、その場に残ったのは、兵士の死体と顔と胴体だけが再生した裸の悠人の死体だけだった。


その光景にやっと鳥肌が収まり、手を耳から離しても蝿の羽音は聞こえなくなったが、それとは全く違う恐怖が胸に蔓延り始め、そんな私の気持ちを感じているようにゆいも茫然と立ち尽くし、お互い体が再生していく悠人の姿を眺め続ける事しか出来なかった。





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