第34章 過去の断片
(ん〜、どう言う事だろう?)
後ろの二人に気付かれない様に顎を指先で触りながら首を軽く捻る。
普通、歴史の間の存在は大和ちゃんが許可した人にしか教えてはいけないのに、それを暎音ちゃんはCecilちゃんに歴史の間の事を教えてしまっていた。
けれど無闇に教えちゃいけない理由をちゃんと知っている暎音ちゃんが伝えたと言う事は、セシルちゃんがそれほど信用できる人なんだとわかるけど、大和ちゃんの約束を破った事に少し気持ちがもやついてしまう。
(・・・でも、悪い人じゃないし)
セシルちゃんの過去を見て、セシルちゃんは別に悪い人ではなく可哀想な子という認識だから、少しくらい多めに見ても良いのかなと首を捻りながら考える。
「真白、通り過ぎとるぞ」
「んっ?」
急に後ろから暎音ちゃんの声が掛かり、意識を頭の中から現実に戻してみると、いつのまにか歴史の間の入口を通り過ぎていた。
「あ、ごめんね」
「しっかりせぇ」
慌てて後ろに戻り、入り口から歴史の間に入ると、いつもと変わらない光景にある違和感を感じた。
(なんか・・・心地が良い)
何故か心地が良い歴史の間の空気を感じていると、後ろから足音が聞こえたけど、その足音は暎音ちゃんの小さな足音だけだった。
「あれ、セシルちゃんは?」
「ありゃ、いつの間に」
急に居なくなったセシルちゃんに少しだけ警戒していると、そんな警戒は虚しく、セシルちゃんは歴史の間にゆっくりと入ってきた。
「遅いぞ」
「すまん。にしても、すげぇなこの神器」
「えっ?」
どうしてかこの歴史の間が神器だと知っているセシルちゃんを再度警戒しながら、セシルちゃんの顔をじっと見つめる。
「・・・どうして、神器って分かるの?」
「いや、空間があるにしては壁から空洞音が響かなかったからな」
その言葉に、セシルちゃんが遅れた理由はそれを確かめていたのだと理解していると、暎音ちゃんはセシルちゃんに顔を向け、何かを渡す様にジェスチャーをした。
私にはその意味が分からなかったけど、その意味を理解したセシルちゃんは自分の手の平を上にすると、その手の平の上にゆっくりと神器が現れ始め、鞘にも柄にも何の装飾も施されていない、ただ白いだけの刀が現れた。
それをセシルちゃんは暎音ちゃんに手渡すと、暎音ちゃんは刀の柄を私に差し出して来た。
「真白・・・何も言わずにこの神器の過去を調べてくれないか?」
「えっと・・・うん、分かった」
暎音ちゃんにしては真剣な顔に、取り敢えずその神器を受け取って鞘から刃を出してみると、その白い鞘によりも白く薄い刀身が露わになった。
(なんか・・・見た事ある様な)
見た事が無いはずなのに、胸奥で何処か懐かしい様な気持ちを感じてしまい、興味を持ちながらその刃先にそっと手の甲を当てて過去を読み取ろうと眼を閉じる。
けれど、いくら魔法を使おうとしてもその神器の過去がどうしても読み取れない。
「えっ・・・あれ?」
「やっぱりか」
私の困った声にセシルちゃんは何かを納得した様に顎に手を当て、ぶつぶつと何かを呟き始めたけど、意味が分からない私にとってはこの神器が何なのかが分からない。
「ねぇセシルちゃん、これって何?」
「それか?・・・多分、無名の一族の遺産だ」
「無名の一族って?」
セシルちゃんの過去を読み取ったから、少しだけ無名の一族に付いては分かるけど、やっぱりよく知っている人に説明してもらうほうが分かりやすいから、セシルちゃんにそう質問するだ、2つの赤い眼を私に向けられた。
「・・・魔の国では不死の誕生に付いて研究してんだけど、その不死の誕生に1番関係してんじゃねぇかって言われてるのがその一族だ。分かってる事は全員が無名、白髪、そして一人一人が星を滅ぼせる力を持ってるらしい」
「あ、だから私が無名の一族だって勘違いしたんだね」
「あぁ」
その話を聞いて、セシルちゃんと初めて会った時に勘違いされた理由がよく分かる。
だって私は白髪だし、大和ちゃんから名前をもらうまでは・・・私の名前は無かったから。
だからこそ、その一族はもしかしたら私の過去に関係あるのかも知れないと期待してしまっていると、とてもおかしな事が頭の中に思い浮かんでしまった。
「ねぇセシルちゃん、この神器の名前分かる?」
「・・・いや、名前は付けない様にしてる」
この神器の力は、セシルちゃんの過去を読み取ったから知っているから、名前を付けないと言う考えには納得できるけど、自分の胸をくすぐる感覚に我慢ができずに口を開いてしまった。
「じゃあさ、この神器は『無名刀』って呼んであげて」
自分の頭に思い浮かんだ名前をセシルちゃんに伝え、その神器を鞘に収めて柄をセシルちゃんに向けると、その神器をセシルちゃんは受け取り、それを握り潰す様にして神器を消した。
「・・・ダサくねぇか?」
「だそう無いとは思うが、洒落てもないな」
2人のダメ出しする様な言葉に、恥ずかしい気持ちを感じながら顔をしかめていると、セシルちゃんは短いため息を吐き、歴史の間の出口に足を進め始めた。
「んっ、もうええのか?」
「あぁ、欲しいもんは手に入った」
「せっかちじゃのぉ」
その欲しい物は手に入ったと言う言葉に、自分の魔法を盗られたのだと理解してしまうけど、それよりも気になるのはセシルちゃんの言葉に頷く暎音ちゃんの姿だった。
「ねぇ暎音ちゃん、疑ってる訳じゃないけど、過去を読ませてくれない?」
「・・・別にいいぞ」
「ごめんね」
謝りながら暎音ちゃんの小さな白い手を触り、暎音ちゃんと最後にあった4年前からの記憶を読み取ってみるけど、暎音ちゃんにやましい考えや行動は見えず、ただ森の中で淡々と技を磨き続けるセシルちゃんを、傍観する様に眺めている暎音ちゃんが見えるだけだった。
そんな暎音ちゃんを見ていると、斧と大剣の混合武器を振りましているセシルちゃんに暎音ちゃんが声をかけた。
「なぁお主、すがるものが無いとどんな気持ちじゃ?」
「・・・空っぽになった気分だ」
「そうか・・・儂と似とるな」
そんな苦しみを分かち合う様な光景に少し嬉しくなってしまい、魔法を解いて見えた暎音ちゃんに微笑み、触れている手をぎゅっと自分の胸に抱き寄せる。
「良かったね・・・気が紛れて」
「あぁ、しばらくは退屈せんで良さそうじゃ」
心底嬉しそうに笑う暎音ちゃんは手を私から無理やり離すと、いつの間にか外に出て行ったセシルちゃんを追いかける様に歴史の間から出て行ってしまった。
「今度は・・・いつまで持つかな?」
居なくなった暎音ちゃんを心配しながらそう呟き、私のワンピースのポケットに入れていた盗聴様の小さな魔道具を取り出す。
「大和ちゃん、聞いてた?」
「・・・あぁ、全部な。で、あいつの魔法は?」
そんな少し疲れている様な大和ちゃんを心配になってしまい、この話は手短に終わらせようと、頭の中で話を整理する。
「えっとね、セシルちゃんの魔法は2つ。1つは『完全再現』、理解した魔法を3つまで再現できるっていうかなり強い魔法だよ」
「そうか・・・かなりやっかいだな」
その言葉の重みは、いつかの大和ちゃんを思い出してしまい、少しだけ憂鬱な気分になってしまう。
不死達を・・・仲間を・・・小さな虫を殺す様に殺していく泣いている大和ちゃんを。
「真白?2つ目を頼む」
そんな大和ちゃんの不思議がる声に、ハッと意識を現実に向け、自分の中に浮かんだ言い訳を大和ちゃんに話す。
「あ・・・それなんだけどね。名前をまだ思い付いてないの」
「いや、名前はいいから効果だけいってくれ」
「うん・・・傷の再生を速くして、再生する時にその筋力を強くして再生させるって言う・・・敵に回したらすごくやっかいな魔法だよ」
そう、この魔法はとてもやっかいで危ない魔法し、不死の魔法の多くはあまり万能ではないけど、この魔法はとても万能だ。
傷の再生の速さは過去を読み取ってみた光景ではかなり速いし、その筋力を強くすると言う効果も、セシルちゃんの過去を読み取ったかぎりでは、あの子は時間が経てば経つほど強くなっていく。
「・・・分かった。サンキューな、エリカは最近部屋に篭りっきりだから」
「いや、大丈夫だよ。小説のネタにもなったし」
大和ちゃんが変な気を背負わない様にそう伝えると、通信機の向こうから大きなため息を吐く音が聞こえ、大和ちゃんは少し暗い声で話し始めた。
「ありがとな、いつも助かってる」
暗い声なのに素直で優しい言葉に少し困惑していると、その通話は勝手に切れてしまい、辺りには無音が響くだけになってしまう。
「・・・大丈夫かな?」
最近、不死の国の内側に不満が積もって来ているらしく、それを解消するために今ある土地でどうにかしようと大和ちゃんは頭を悩ませているけど、その間にも住人達の不満は募り、今では人間の国を占領しようなどの思想が王都では広まっているらしい。
けれど正直な話、私はその考えには少し賛成出来てしまう。
だって他の国達は不死の秘密や資源を奪おうと攻めてくるから、別に攻め返して侵略してしまっても向こうの自業自得だ。
(でも・・・それは嫌なんだよね)
少しめんどくさい考えをする大和ちゃんにため息が漏れてしまうけど、そんな大和ちゃんに私は救われたからこそ、大和ちゃんが目指す不死と人間との共存を私は応援したい、ら
けど、私に出来ることは大和ちゃんの言う事を聞くことしか出来ない。
それがとても、とても虚しい。
「私も・・・戦えたらな」
そんな言葉が口から漏れてしまうけど、私が何も出来ない事には変わりない。
「っう・・・はぁ」
小さな胸の奥に感じる辛い気持ちを、ため息を吐いて落ち着かせていると、少し前に言われた言葉を思い出した。
『笑わせてあげて下さい。少しでも気が紛れる様に』
その言葉を思い出し、胸奥に刻み込んだ決意をもう忘れている自分にため息が漏れてしまうけど、自分の胸の奥が少しだけ軽くなっているのに気がついてしまった。
「・・・大和ちゃんも、こんな気持ちになってくれるかな?」
自分が思い悩んでる時、何をしたら良いか分からなくなった時、誰かに道を指し示してくれると、心が楽になってくれる。
だからこそ、今思い悩んでいる大和ちゃんにこんな気持ちになって欲しい。
「よし!面白い話を探そう!!」
もう一度その決意を胸奥に刻み込み、大和ちゃんが笑ってくれる様な面白い話を探そうと、歴史の間の天井に向かって飛び、自分が面白いと思った本を詰め込んだ部屋に向かって大急ぎで足を進める。
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「おーい、聞こえておるか?」
「あっ?」
不死の国の西側に向かっている途中、抱き抱えている暎音が何かを言っている事に気が付き、足を止めて草を踏む音と風切り音を消すと、暎音は俺の腕の中から飛び降り、小さな腰をバキバキと鳴らし始めた。
「どうした?」
「いや、体制が悪くてな、腰が痛過ぎるんじゃよ」
「そうか、気遣いがなくてすまん」
普通に自分の中の申し訳なさを暎音に伝えただけなのに、暎音は少し嫌そうな顔をし、軽くため息を吐いた。
「どうした?」
「いや、なんでもない。・・・ところで、真白の魔法はつこうたか?」
何かを隠す様に話題を変える暎音に疑問を感じるが、取り敢えず暎音の質問に返答する。
「使ってねぇけど・・・デメリットでもあるのか?」
「あぁ、取り敢えず儂の好きな場所に触れて使ってみろ」
少し笑う暎音の言葉に甘え、背が低い暎音の頭に手を乗せると、暎音は『ふざけるなよお前?』と言いたげな笑みを俺の方に向けてきた。
「はようやらんと殺すぞ」
「あぁ」
暎音のいつもの冗談に少し笑い、目を閉じて意識を集中させる。
(模倣)
さっき見て理解した真白の魔法を再現してみると、意識だけが暗い場所は落ちて行く様な感覚を感じ始めた。
そんな感覚を感じていると、ふっと視界がハッキリとし、俺が適当に暮らしていたあの森の中が見えた。
(・・・過去を詳細に読み取るわけじゃないのか)
俺の魔法は、模倣する魔法を理解した分だけ模倣できるため、この魔法がどこまで出来るのか必死に理解しようとしていると、森の奥から誰かの声が聞こえた。
「暇じゃなぁ。・・・また、彼奴の様な者はおらんかな」
何処か過去を懐かしむ暎音の声に少し珍しさを覚えていると、足音がこちらに向かって近付き、俺の視線が森から出て来た暎音と会ってしまった。
「いやー久しぶりじゃな。元気しとったか?儂はいつも通り毎年が暇でたまらん」
(認識されんのか?いや・・・)
独り言の様な会話と暎音の眼が何か遠くを見ている事に気が付き、俺の後ろにある何かに視界を移すと、そこには誰かの墓石があった。
(・・・誰のだ?)
何故か森の中にポツンとある墓石に彫られた名前を見ようと身を屈めた瞬間、腹辺りに小さな衝撃が走り、見ていた視界が黒に染まった。
「おっ?」
目を開き、頭の上に手が乗せられている暎音が見えると、暎音は頭から俺の手を叩き落とし、何処か心配する様に俺の顔をじっと見てきた。
「何が見えた?」
「・・・お前が墓石に話す所」
「そうか・・・自分の名前を言ってみろ」
唐突に言われた命令に疑問に思うが、取り敢えず自分の名前を言ってみる。
「儂は暎音じゃ。・・・ん?」
「おっ?いつからお主は儂になったんじゃ?」
そんな暎音の冗談を無視し、自分が何故名前を間違えたのか考えるために取り敢えず思考を回していると、暎音のでかいため息が隣から聞こえた。
「どした?」
「いや・・・なんでもない。まぁ、忠告してやるとその魔法は極力使うな。お主が見たのは1年前の記憶じゃが、それ以上見ようとすると戻れんくなるぞ」
暎音はそう忠告してくれるが、それは逆に1年以内を読み取るならばあの程度で済むと言うことだ。
(それくらいなら、大丈夫だな)
そうやってこの魔法のデメリットを理解していると、ふと疑問に思う事がある。
それは、真白の事だ。
魔の国の研究がどこまで正確かは分からないが、神器は今から46億年前くらいから作られていたらしい。
しかし、その神器の名を読み取るとなると、1年などたやすく超えている。
「なぁ暎音、真白はなんで1年以上前を読み取れるんだ?」
「・・・・・・彼奴は特別なんじゃ」
その返答には妙な間があり、それを疑問に感じるが、俺が質問を投げ掛けるよりも速く、暎音は森の中へ向かって歩き始め、取り敢えずそれに着い行く。
「そういや、何処に行ってんだ?」
「旧友に会いに行くんじゃよ。其奴は守り人の教育係やけ、お主も経験を積めるやろ?」
「・・・色々とありがとな」
色々と手回しをしてくれる暎音に普通に感謝の念を伝えると、暎音は急に足を止め、大きなため息を吐いた。
「どした?」
「なんもない・・・とっとと行くぞ」
暎音は俺に顔を向けないまま森の中へ歩いて行き、さっきの返事の間の意味を考えながら暎音に付いて行くと、やけに段差がある山道が見えた。
その段差を降りるのは、暎音の身長では苦労するだろうと思い、暎音の脇の下に手を入れて持ち上げると、自分の右手の甲を小さな左手で抓られる。
「どうした?いてぇんだけど」
「お主は・・・儂をイラつかせるのがほんと上手いよな」
「そうか?」
どうしてそんな事を言われるのか分からないが、取り敢えず抓られる痛みを無視して荒い段差を飛び降りて着地すると、そこには魔の国の資料で見た神社の様な物があり、その神社の縁側には3人の女が座って居るのが見えた。
(なんだあいつ)
その3人の中で1番に目に止まったのは、ネイビーブルーの髪をし、晒をでかい胸に巻いた女だった。
何故なら、なんとなく感じる雰囲気があの大和と似ており、その頭の上に付いている物は資料で見た事のある鬼のツノだった。
(・・・確か、神代文字の材料に使え)
自分の頭の書庫にある知識を断片的に集めていると、持ち上げた暎音の白く鋭い眼がこちらに向いている事に気が付いた。
「離さんかい」
「あ、すまん」
重い声を出す暎音を地面に下ろし、怒っている様な暎音に首を傾げていると、眼の端で暎音に向かって何かが飛んできている事に気が付いた。
その何かを右の手の甲で弾いてみると、それは木で出来た細い何かだった。
(・・・んだこれ?魔法じゃ)
「ちょっ!落ち着けって!!」
そんな慌てる様な声が神社から聞こえ、そっちの方に眼を移すと、そこには黒に近い青色の髪をした女の肩を掴み、その女を必死に止めている鬼の女が居た。
「待てって!約束を忘れたのか!?」
その約束と言う言葉に青髪の女は我に帰った様な顔をし、女は拳を強く握り締めながら、その鬼の女の顔を暗い目で眺め始めた。
「あの泉の近くに居る。あいつが帰るか死ぬかしたら呼んで」
「分かった・・・気を付けろよ」
女は会話を鬼とし終えると、手に持っていたもう1本の木の棒を地面に落とし、何か悔しがる様な顔をしたまま森の中に入っていった。
(なんだあいつ?)
急に機嫌が悪くなった様な女の事を疑問に思っていると、目の端にいた身長が高い鬼の女がこっちに向かってきている事に気が付き、顔をしっかりとそいつに向けると、鬼の女の身長がどれほど高いかがよく分かる。
「暎音」
「なんじゃ、美琴?」
「要件を言え。くだらねぇ用だったら殺すぞ?」
その美琴と呼ばれる女の殺すと言う一言には、隣に居る俺にも伝わるほどの殺気が込められていたが、その言葉を気にしていない様に暎音は頷き、白い眼を俺のほうに向けた。
「此奴は新しい守り人じゃよ。大和に許可は貰っておる」
「・・・嘘じゃないだろうな?」
「あぁ」
暎音を疑っている様な美琴にそう伝えると、美琴は俺の方に赤い眼を向け、俺の全身を観察する様に眺めてきた。
「お前・・・強いな」
「あんたもな」
多分、さっき戦った黒髪の女よりも強い美琴にかなり警戒していると、隣から暎音の心底めんどくさそうなため息が聞こえた。
「じゃが此奴は実戦経験が足りておらん。やけ、お主に頼みたい」
その暎音の頼みたいと言う言葉に、美琴は少し顔色を変えると、大きなため息を吐き、暎音では無く俺の方にまた眼を向けて来た。
「・・・分かったよ。んでお前は、実践はどれくらいした?」
「これで3回目だ」
「そうか、なら来い」
その来いと言う単語に合わせ、美琴の左の横腹に足裏を撃ち込むと、美琴は後ろに吹き飛んだが、地面に転がるとすぐに立ち上がった。
「お前・・・普通いきなり来るか?」
「・・・?来いって言ったろ?」
来いと言われたのに、何故美琴は顔をしかめているのか分からないでいると、美琴は長いため息を吐き、さっきまでとは違う、赤く鋭い眼を俺の方に向けた。
その圧に肌がざわつき、頭の中でスイッチを入れて斧と大剣の混合武器を生み出し、隣に居る暎音から少し離れる。
(つっても、あれでダメか)
あの蹴りはかなり力を入れて腎臓を破裂させようとしたのに、痛みに悶えず血も口から出していない事からあまりダメージが無い事が見て取れる。
だから・・・自分の全力をぶつけられる。
動かない美琴に向かって突っ込み、右足を軸にして体を回し、遠心力を利用しながら斧を美琴の頭に振り下ろすが、その斧が美琴の頭を割るよりも速く、斧に美琴の右の裏拳が当たり、その斧はうるせぇ音を出しながら砕け散った。
(はっ?)
驚きながらもすぐ様大剣を斬り上げるが、その刃を美琴は右手の指先で大剣を易々と逸らされ、俺の腹に前蹴りが迫って来た。
(や)
武器を手放し、腹の前に巨大な盾を生み出して後ろに飛びながらその蹴りを受けるが、その盾はひしゃげ、内臓や脳をも揺らすほどの衝撃が身体に走った。
「がっ!?」
体が砂の上を跳ねる痛みを感じながら、勢いが弱まるのを待ってから地面を蹴って体制を無理やり立ち直すと、俺の右腕の関節が増えている事に気が付き、左腕からは赤く染まった骨が突き出していた。
盾を構えて後ろに飛んだにも関わらず、両腕のダメージがこれほどとは、直撃したら間違いなく即死なのは間違いない。
(これも魔法か?)
痛みで破裂しそうな頭を冷静に回していると、美琴の眼が俺の方に向けている事に気が付いた。
「まだやるか?」
「あぁ」
息を大きく吸って痛みを緩和し、美琴をどう殺そうかと考えていると、思考する隙を与えたく無いのか美琴はこちらに突っ込んで来た。
その速さを見て逃げる事は不可能だと悟り、少しでも時間を稼ごうと空中に剣を作り出し、その柄を美琴に向かって本気で蹴るが、その刃先を体を回しながら美琴は簡単に右手で指先で掴むと、その勢いのまま剣を投げ、不可避な速さの剣が俺の右足の太腿を貫いた。
「っう!!」
骨が断たれ、踏ん張りが効かない右足を左足で庇っていると、美琴はその隙に獣の様な速さでこちらに向かってくる。
「ふっ!」
右足に刺さった剣を短剣に変え、治った右手で引き抜いて痛みに耐えながら頭を使い、左腕から薄い炎の壁を作り出して美琴の視線を切るが、地響きの様な足音は止まらない。
(形状変化!!)
俺が美琴の射程距離に入る寸前に短剣を50キロほどのツヴァイヘンダーに変え、それを体重と遠心力で炎の壁越しに美琴を本気で両断しようとするが、炎を切り裂いた刃が美琴の腹に当たった瞬間、美琴の腹が一瞬だけオリーブグリーンに染まり、ツヴァイヘンダーの刃が根元から折れた。
(はっ!?)
自分が出せる最高硬度の剣が折られた事に一瞬焦ってしまうが、俺の首に向かって美琴の左手が伸びて来た事に気が付き、その手首を両手で掴み、盗んだ火と風と雷を纏った左足を掴んだ腕を引きながら美琴の顔面に撃ち込み、その魔法を俺の左足ごと暴発させたが、俺の左脚は消し飛んだに対して、美琴の顔面は部分的に傷付いているだけだった。
(あー体を硬くする魔法か)
空中で身動きが取れない中、投げやりにそんな事を考えていると、俺の胸ぐらと襟を掴まれ、眼が飛び出るほどのスピードで地面に打ち付けられた。
「がっ!!!」
脳と内臓が体の中を暴れ回り、溺れるには十分なほどの血が喉から溢れ出し、鼻にはさっき飲んだ紅茶の香りをほのかに感じる。
(死ぬなこれ)
回らない頭を動かし、口の中の血を吐き出していると、俺の鼻先に地面が揺れるほどの蹴りが打ち込まれた。
「お前の負けだ」
「ぉ゛ぉ」
負けを認め、取り敢えず地面をから起き上がろうとすると背中に痛みが走り、息もうまく吸えず、手足の震えて力が入らない。
(これ、背骨も折れて無いか?)
体内の骨の状況を確認しながら、傷が治るのを待っていると、俺の背中の上に何か軽い物が乗った感触を感じた。
「着替え置いといたぞ」
「ぞこに、お゛くなよ」
「ははっ、すまんのぉ」
揶揄う様に笑う暎音の声を意識の端で聞いていると、熱を浴びた骨達が元の場所に戻る生々しい音が体内から聞こえ始め、臓物の痛みも治まっていった。
「ふぅ」
体が治った事を確認し、背中に乗った服を落としながら立ち上がると、美琴が傷だらけの顔で笑いながら近付き、俺の肩をバシバシと叩いて来た。
「いやー久しぶりに楽しかったぞ」
「そうか・・・良かったな」
そんな美琴の喜んでいる様な顔を何となく見ていると、ある事に気が付いた。
美琴の右肩の肉が焼き焦げた様にえぐれ、不死が再生する時に出る白い煙が出ている事に。
そこは俺は攻撃してないし、何故そこに傷があるのかと頭を回して考えると、その傷がうっすらと顔に残る独特な傷に似ている事に気が付いた。
(・・・部分的に硬くするのか)
その傷を見て美琴の魔法を理解していると、美琴の顔が一気に真剣な様な表情に変わり、その視線の先は暎音が居た。
「暎音・・・話がある。拒否はできねぇからな」
「うーい。そんじゃセシル、適当にくつろいでおれ。あの家のもんなんでも使ってええぞ」
「分かった」
笑顔を浮かべている暎音に頷き、なんでも使って良いのなら飯でも作るかと考えていると、眼の端で美琴と暎音は森の中へ入って行くのが見えた。
(・・・さて、飯でも作るか)
人が減った広場で軽くため息を吐き、落ちた服を拾ってあの家の中へ向かって歩いていると、縁側に座っている眼帯の女が俺を眼で追っている事に気が付いた。
「なんだ?」
「いえ、あの武器は拾わなくて良いのですか?」
その女が指差した方を見てみると、そこには神器で生み出したツヴァイヘンダーやひしゃげた盾が転がっていた。
「あぁ、時間が経てば消える」
「・・・そうなんですね。遅れましたが俺は琴乃と言います」
「セシルだ」
琴乃という男に自分の名前を伝え、この家のキッチンを探そうと靴を脱ごうすると、琴乃からさっきまでとは違う真っ直ぐな眼を向けられている事に気が付いた。
「どした?」
「・・・急にすみませんが、俺と手合わせしては貰えませんか?」
「良いぞ」
さっきの戦いで少し体はダルイが、魔法を盗めるチャンスだとも考え、廊下に服を置いて家から距離を離し、琴乃に向かって手招きをする。
「いつでも良いぞ」
「はい」
琴乃は廊下から立ち上がり、その隣に置いてあった銀色の刀を鞘から抜いて構えた。
その佇まいは隙が無いしっかりとした構えだったが、美琴の様な圧などは少ししか感じ無い。
けれど念のために頭の中でスイッチを入れ、剣を生み出して体を脱力させると、琴乃は強い風を足に纏い、こちらに突っ込んで来た。
(・・・ハズレか)
琴乃の魔法が珍しくもなんでもない風だと理解し、少しがっかりしながら迫りくる刃を叩き落とそうとすると、琴乃は体を回し、舞を披露しながら刀を振って来た。
(っ!?)
その初めて見る異様な戦い方に少し驚き、後ろに飛んで距離を離すと、変な風が両眼に当たった。
何となく身を屈めると、頭上を風切り音が通過し、琴乃の刀身が消えている事に気が付いた。
(斬撃か?)
頭の中で考察をしながらも琴乃から眼を離さないでいると、琴乃の刀の刀身はすぐに元通りになり、琴乃は刀を逆手に持ち替え、体を回しながら刀を振ってきた。
けれど刀を振るスピードが遅いため、向かってくる刀を剣で簡単に叩き落とし、自分の右足の裏に短剣を作り出してそれを琴乃の右足を踏み刺して固定する。
「ぐっ!?」
痛みのせいか琴乃は唸り声を上げ、その一瞬の隙に左手にハーフソードを作り出して逆手で握り、それを体を左に回しながら琴乃の首に突き刺す。
「ごっ!?」
琴乃は何が起こったかよく分からない顔をしながら持っていた刀を手放して首を貫通した剣を抜こうとするが、上手いこと剣を掴めていない。
そんな苦しそうな表情を見て楽にしてやろうと思い、ハーフソードの柄を掴み、それを手前に力を入れて引くと、剣が刺さった首がばきりと悲鳴を上げ、琴乃は膝から崩れ落ちた。
(なんか・・・呆気なかったな)
自分から戦ってくれと願っていた割に、こいつは弱かったなと思うが、その思いは腹の音によって掻き消された。
(腹減った)
空腹感を感じながら靴を脱いで縁側に上がり、キッチンを探しにぶらぶらと家の中を歩いていると、さっきの美琴との戦いに気になる点を見つけた。
(そういやなんであの時、斧が壊れたんだ?)
俺が使っている神器は、特別な鉄を生み出し、それをどんな形にも作り替えることができる神器なのに対し、美琴はそれを素手で砕いた。
(効力が見えない神器も、あるって事か)
そうやって自分の頭の中で考察していき、美琴の魔法の使い方なども同時に考えながら家の中を歩いていると、鍋や包丁が壁に掛けられた一室を見つけた。
(キッチンか?)
その部屋の中を適当に見回すと、数匹の魚や鍋の中に米や汁物の残りがある事に気が付き、ここがキッチンだと完全に理解した。
(なんか作るか)
水桶に貯められた綺麗な水で手を洗い、まな板の上にある血抜きされた魚達をまな板の上に乗せ、この魚をどう料理しようか考えながら壁に掛けられた包丁を手に取り、魚の首を切り落とした。
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「おーい美琴、何処まで行くんじゃ?」
後ろに付いてくる暎音を無視し、ここまで離れればあいつもすぐには助けに来ないだろうと考えて後ろを振り返ると、暎音は大きな欠伸を口から漏らした。
「ふぁ〜。・・・んで、なんの様なんじゃ?用がないのなら帰るが」
「いや、用はある」
そう言って暎音を引き留め、久しぶりに自分の身の丈ほどの錆付いた段平を右手に生み出す。
「この距離なら、お前が逃げるより速く殺せる」
「ほぉ、大胆やのぉ」
今私が持っている神器は不死殺しなのにも関わらず、余裕を崩さない暎音に顔をしかめてしまうが、一瞬でも隙を使って仕舞えば逃げられるため、体に意識を回して集中する。
「今からする質問に答えろ。嘘を付かずに、私が納得する様に答えろ」
「ほいほい」
殺気を辺りに放っているのに暎音は余裕そうに頷くと、両手を私に見える位置に上げて、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「・・・1つ、何故あいつをクレアじゃ無くて私の方に連れてきた?」
守り人になればクレアに見極めて貰うのが普通なのだが、暎音はわざわざセシルを私の方に連れて来た。
それがあの時と同じ状況だからか、気掛かりでたまらない。
「・・・彼奴を、クレアに合わせたくないからじゃ」
「何故だ?」
そう威圧的に問い正すも、暎音にしては珍しい複雑そうな顔をし、腕を組んで首を捻り始めた。
「すまんが、理由はよう分からんのじゃ。嫌な予感と言うか・・・なんじゃろうなこれ」
そんな何年ぶりに見たか分からない暎音の困った顔に、少しだけ嬉しくなってしまうが、顔をしかめてその感情を押さえつけ、暎音の顔を睨みつける。
「2つ目、何故あいつを守り人に推薦した?」
さっきの暎音の反応を見て嘘を付いてないと思い、次の質問を投げかけると、暎音は今度はすぐに頷き、口を開いた。
「彼奴とは、2年前に魔の森をふらついてたら出会った」
暎音は不死の国を出る事を許されているから、別にそれは不思議では無いが、気になる事は連れて来た奴だ。
暎音は昔、1人の男を不死の国に連れて来たが、そいつが原因で不死の国の反乱が起こった事がある。
それはかなり大規模なもので、あの大和が不死を殺す事を断念したほどのものだった。
だからこそ、今止めれる範囲で止めなければあいつは・・・本当にぶっ壊れてしまう。
そんな思いを胸に、昔の友でも躊躇いもなく殺せる様に覚悟を決めていると、暎音は話を続け始めた。
「そいで彼奴と少し時間を共にして、気づいた事があった」
「・・・それは?」
「・・・彼奴は逸材じゃ。これから実践を積めばお主を簡単に殺せる様になるじゃろう」
確かに暎音の言う通り、本当にあれが3回目の実践なのならば、これからどんどん強くなるだろう。
だからこそ、もしあいつが敵になるのならここで摘んでおく必要がある。
「じゃが、彼奴にはなんの信念も無い。ただ、次に護りたい者が出来たら、其奴を護れる力が欲しいと言う思いしか持っておらん。やけ・・・この国に連れて来た」
そんな暎音の嘆くような声に、胸の奥が鷲掴みにされた様な気持ちになり、そっと段平を地面に下ろしてため息を吐く。
「・・・3つ目だ。お前は不死達、いや・・・私達の味方か?」
「いや・・・儂はいつでも自分が大切に思った者の味方じゃ」
その言葉を聞いて、口からため息が漏れてしまう。
暎音は私や紬よりも何千何万と生きてきたからか、絶望や空虚に近い感情を常々感じている。
そのせいか、こいつ自身では危ない事は基本起こさないが、その感情を紛らわせてくれる人が出来れば、そいつにどっぷり依存し、そいつのためならなんでしてしまうのが暎音だ。
だからこそ、新たな不安が胸に溢れてくる。
「4つ目、今大切に思う奴は・・・あいつか?」
「・・・いいや、まだ分からん」
その言葉を聞き、不安な気持ちが胸奥に漂い始める。
私や紬は、こんな化け物をしっかりと繋ぎ止めてくれる存在がいるから、今はさほど辛くない。
だからこそ・・・こいつが今は敵で無いことを確信できた安心と、未だに絶望を引きずって生きている暎音が友として心配になってくる。
「そうか・・・悪かったな、お前を疑って」
「なに、儂は疑心を持たれてもしかた無い事をしとる。気にせんで良い」
暎音の軽い口調を聞き、友人を失わずに済んだ安堵感を感じながら右手に持っている段平を消し、暎音の小さな肩に手を置く。
「見つかると良いな、自分が生きてるって実感させてくれる人に」
「・・・・・・あぁ」
暎音は暗い声で私に頷いて肩に乗せた手を右手で弾くと、後ろを振り返り、山道を下り始めた。
その背中は遠目から見ればただの子供だが、私から見れば無数の闇を背負っている様に見えてしまう。
「暎音!」
「ん〜、なんじゃ?」
咄嗟に出てしまった名に暎音は振り向き、一瞬何を言えば良いか分からなくなったが、そっと息を吐いて心を落ち着かせ、暎音の白い眼をじっと見つめる。
「暇な時で良いが、昔みたいに3人で酒でも飲まないか?」
ただ暎音の心が少しでも落ち着けば良い、そう思いながら言葉を伝えるが、暎音は嫌そうにため息を吐き、闇を背負った小さな背中を私に向けた。
「儂はもう・・・お主らを友とは思っとらん」
その言葉を最後に暎音は魔法を使い、空に溶ける様にして森の中から居なくなってしまった。
「・・・暎音」
胸奥に感じる喪失感が生まれ、昔の嫌な事が連なる様に頭の中を蠢き、頭痛に近い痛みを頭の中で暴れ始める。
髪を掻き毟りその不快感を紛らわせ、胸の奥にある嫌な感情が収まるのを待ってからため息を吐く。
「・・・蒼空を、迎えに行くか」
重たい自分の体を動かすために声を出し、荒い山を勘を頼りに下っていると、少しだけ開けた懐かしい広場を見つけた。
そこは昔、私と紬と暎音で馬鹿をやったり酒を飲んだりを続けた思い出の場所だ。
「懐かしい・・・な」
昔の思い出にすがる様にいつも私が座っていた石の上に座り、思い出にふけようと上を見ると、そこにはびっしりと蜘蛛の巣が貼られており、その気持ちが悪いほどの蜘蛛達が私をじっと見ている様に思え、気分が悪い。
「はぁ」
ひとまずため息を吐き、硬い岩から腰を上げてその場から逃げる様にあの池に向かって足を進める。
しばらく森の荒い道を進んでいると、あの思い出の池が見え、その池のほとりに池の中に足を沈める蒼空が見えた。
「蒼空、迎えに来たぞ」
「・・・」
蒼空に声を掛けるが、蒼空は何故か暗い顔をこちらに向けるだけで何も話さない。
そんな蒼空が心配になり、何も言わずに蒼空の隣に座ると、蒼空は私に体を預けて来たが、蒼空の体が私に触れた途端、死体の様な冷たさを肌に感じた。
「うぉっ!?」
急に感じた冷たさに咄嗟に蒼空の顔に手を当てると、その顔も水底の様な冷たさになっていた。
「あた、ためて」
そんな死にかけの様な声に、慌てて冷たい蒼空を体に抱き寄せ、自分の体の熱が奪われる感覚を感じていると、蒼空は私の腕を弱い力で解いた。
「おい!?」
「違う、そこじゃ、無い」
弱々しい声を出す蒼空は解いた私の右手を冷たい左の胸に押し当てた。
「なぁ、どうし」
「冷たいでしょ?寒いの、怖いの、辛いの、温めて、助けて」
弱々しくもありながら、必死に何かを懇願する様な顔を向けられ、口から声が出るよりも速く蒼空を抱き締めてしまう。
「これで・・・良いか?」
「・・・温かい。離さないで・・・2度と・・・永遠に」
蒼空はそんな言葉を残すと、眼をゆっくりと閉じ、右手に感じていた小さな鼓動が止まったのを感じた。
蒼空が眠ったのだと悟り、動かなくなった冷たい蒼空を持ち上げ、私達の家に向かう。
(永遠に・・・か)
今思うのは少し変だが、その永遠と言う言葉に心が支えを見つけた様に安心してしまう。
だって、こいつが私を必要としてくれているのなら、私がこの世に居ても良いと言う理由になるから。
けれどそんな安心とは反対に不安が胸に積もり、自分の額を肌が白くなった蒼空の額に押し当て、眠っている蒼空の顔をじっと見つめる。
「・・・私を置いて、逝かないでくれよ」
蒼空が起きている時には絶対に言えない弱音を口から漏らし、蒼空の腕を強く握りながら、私達の家に向かって足を進めた。




