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第33章 不安


「優しいな、お前」


黒髪の女はもし俺の神器が不死殺しだったと考え、1人でも多く生かすために半獣人の首を刎ねた。


そんな女に言葉を投げると、こちらに帰って来たのは瞳孔を獣の様に鋭くさせた黒い瞳だった。


「普通・・・はさ、貴方がどんな理由でここ来たかとか色々聞くんだけどね、今だけは・・・お 前 を 殺 し た い」


その言葉に肌にピリッと違和感を感じ、斧と大剣の混合武器を捨て、神器の力で20キロほどのツヴァイヘンダーを新たに作りだして構えると、女は刀の形を模した神器を鞘に納めた。


次の瞬間、後ろから地面が砕ける音が聞こえ、すぐさま上に飛ぶと、後ろの地面から岩の針が俺の足元を通過した。


それを躱して安心する暇もなく、女が空中に氷の足場を生み出し、それを蹴りながら接近して来ている事に気が付いた。


空中で身動きが取れないため、ツヴァイヘンダーの長い刃を地面に突き刺し、体を捻りながら向かってくる女の胸に蹴りを入れるが、それは氷の盾で防がれていた。


けれど勢いは殺せないため、女は後ろに吹き飛ぶが、空中で一度身を捻ると自分の足場に氷を生み出し、それを蹴って息つく暇もなく接近して来る。


「ふっ!!」


腕と腹筋に力を入れ、もう一度空中で女を蹴ろうとしたが、女は接近する途中に上に飛び上がると、納めた刀に手を当てながら頭の上に作り出した足場を蹴り、こちらに突っ込んで来た。


その光景に何か嫌な予感が体を襲い、すぐさま体を覆うほどの盾を空中に生み出して女の視界を切り、突き刺した武器を蹴って後ろに引くと、俺が作った盾は真横に両断され、重々しい音を立てながら地面に落ちた。


(これ・・・本気で行かねぇと死ぬな)


女の技量を見誤った自分にため息を吐きながら、今度は手頃な剣を右手に生み出して逆手に持つと、地面に着地をした女も本気になったのか、足にブーツを模した柔らかい風と雷を纏わせた。


(・・・殺るか)


頭の中でスイッチを入れ、体を脱力させながら肺を空気で満たすと、女の周りに風が凝縮して行き、その2つの風の塊が俺の両足に向かって来た。


それは空中に飛ばすための攻撃だと思い、その攻撃は躱さず両足の筋肉で受ける。


「っう!」


痛みに耐えながら次に向かってくる黒い刀に合わせて全身の力を使い、向かってくる刀の側面に剣を刺す様に突き刺すと、その黒い刀は小さな破片を撒き散らしながら砕けた。


「っ!?」


剣が地面に突き刺さるより速く剣先を左手で掴み、驚く顔をした女に向け右手の力で剣を投げ付けると、それを女は氷の盾を使って防いだが、その盾に突き刺さった剣を左足で蹴って盾を砕き、右手に新たに形成した銀槍を後ろに飛んだ女に投げ付ける。


女はその槍を折れた刀で弾き、地面に転がって立ち上がると、俺の方に鋭い眼を向けて来た。


女が出先を伺っている隙に地面に突き刺したツヴァイヘンダーの刃先を蹴り、柄を傾かせて2つの持ち手を握り込む。


俺の魔法の力で足の傷はすぐに治って行き、傷付いた足に力を入れながら足の状況を確認していると、自分の頭の上に巨大な氷の塊がある事に気付いた。


その塊をツヴァイヘンダーを振り回して砕くと、その氷の破片達が剣の形に変わり、こちらに向かってくる。


それを後ろに飛んで避けると、今度は後ろの地面から針が飛び出し、前からはあの女が氷の剣を拾い、こちらに向かって来ていた。


傷はすぐに治ると思い、後ろから迫る針は体で受け、女を脆い氷の剣ごと両断しようとしたが、女は氷の剣を手放し、身をかがめて俺の剣を躱した。


(やっ)


女がいつのまにか納めた刀に手を当てるのを見て、すぐさま上に飛ぼうとしたが、背中に刺さった岩の針が体内で枝分かれするようにして俺の体を固定し、上に飛べない。


「っう!!!」


けれどその内臓がやられる苦痛のお陰で頭が冷静に周り、口に溢れる血を女の顔面に飛ばして眼を潰し、その一瞬の隙に空中にレイピアを創生する。


女は眼がみえないまま刀を振ってくるが、右足でレイピアの柄を蹴り、刃先を女の右腕に突き刺して止め、貫通したレイピアの刀身を右手で横に殴り付けると、風切り音と共に女の肘から下は一回転し、レイピアと関節が捻じ剥がされた右腕は地面に固定された。


「っ!!?」


後ろの針は体を無理やり動かして砕き、痛みに悶えて膝を付いている女の頭を新たに生み出した剣で突き刺そうとした瞬間、風切り音と共に生み出した剣が後ろに吹き飛んだ。


「っで!!」


右腕に火が付いた様な痛みが走り、すぐさま後ろに飛ぼうとしたがしたが、膝が抜ける様に地面に尻餅を付いてしまい、俺の右腕は半月切りされた様に斬り落とされていた。


「っ!!?」


脂汗を浮かべ、全身に力を入れてその痛みに耐えていると、そんな俺とは対照的に女は平然と立ち上がった。


その女の固定されたはずの右腕は完全に切断されており、その千切れた肘と刀を持つ手は氷に包まれ、腕が千切れても刀を手放さない様にしている様だった。


(痛みを・・・感じないのか?)


それは魔法によるものか神器によるものかとつい考えてしまっていると、立ち上がった女は左手に氷の槍を生み出し、それを俺の足に容赦なく突き刺した。


「っぅ!!」


「ごめんね。君強いからさ・・・ちゃんと、ちゃんと、ちゃんとちゃんとちゃんとちゃんとちゃんとして、殺さないとね」


女は急に狂ったように同じ言葉を繰り返し、俺の両足を何度も何度も突き刺す行動に疑問を覚えるが、痛みが駆け巡る脳の中で、ある事に気が付いた。


腕に力が入る事に。


それを理解した瞬間、両手で地面を掴み、腹筋の力で穴だらけの足で女の腹に蹴り入れると、女は後ろに吹き飛び、地面に転がった。


けれど女は口から血を流しながらすぐに立ち上がると、黒い眼をさらに暗くさせ、虚ろな笑みを浮かべた。


「・・・凄いね、私の神器で斬った後に動けるの、君で6人目だよ」


「・・・そいつはどうも」


神器の力かと残念がりながら自分の足と腕を見ると、穴だらけの両足は全快しており、右腕は手首までは再生していた。


(・・・行けるな)


血が染みた地面から立ち上がり、ツヴァイヘンダーを拾ってさっき手に入れた紫雷を全身に纏うと、女は背に炎の翼を、左腕には炎の獣の爪を生み出し、こちらに笑みを浮かべた。


「君はさ、ちゃんと殺すよ」


「・・・そうかい」


だんだんと人間離れして行く女を見て、早急に決着をつけなければ不味いとな感じ、細い息を吐いて神経を研ぎ澄ませていると、女はふらりと体を揺らし、さっきまでとは比べとものにならない速さでこちらに突っ込んで来た。


「ふっ!!」


咄嗟にツヴァイヘンダーを横に振ると、女はそれをかがんで避けたが、振り抜いたツヴァイヘンダーをわざと手放し、かがんだ女の腹に右足の蹴りを撃ち込む。


女は血を吐きながら後ろに吹き飛ぶが、それと同時に俺の足に冷たい激痛が走った。


「っ!?」


その右足を見てみると、氷が枝分かれするようにして俺の足に埋まっており、前からは炎の羽根の様な物が無数に飛んで来る。


それを顔だけは左手で守りながら受けたが、その羽たちは軽く爆発し、俺の肉を吹き飛ばした。


けれど傷はすぐに治るため、その隙に足に刺さった氷はふくらはぎの筋力で砕き、再生しきった右手に雷を纏った剣を生み出して宙にいる女に投げ付けるが、女はそれを空中で簡単に躱した。


けれどその雷が弾ける様に想像すると、剣に纏う雷は空中で弾け、女を感電させた。


無言で頭から落ちる女にトドメを刺そうと、あの混合武器を生み出し、女に向かってそれを投げた瞬間、俺の肩と両足に鋭い痛みが走った。


(っう!?)


視線を一瞬だけ肩と足に移すと、肩には氷が、両足には岩が突き刺さっており、それらはまた内側から枝分かれしていた。


鉄が弾ける音に視界を前に向けた瞬間、頭から落ちていたはずの女は足から着地し、こちらに空を切る様に接近してきた。


(ふっっう!!!)


固定された肩と足を無理やり動かし、肉が裂ける痛みに耐えながら右手に剣を生成し、それを女に向ける。


(形状変化!!)


神器の力を使い、その剣が枝分かれするようにして女に飛ばすが、初めて見るはずの攻撃を女は軽々と空に飛んで躱すと、空に生み出した氷の足場を蹴り、上から降る様にして接近してくる。


けれど上に飛んでくれたおかげで時間がかせげ、左手の体内に隠した剣に電気を流して磁力を発生させ、投げた混合武器をこちらに引っ張ると、その大剣は女の右腕を肩から断ち斬った。


「あっ」


(解除!)


左腕に発生させた磁力を止め、慣性を利用しながら武器の持ち手を掴み、武器を回しながら女の腹目掛け斧を振り抜くと、斧は女の上半身と下半身を両断した。


(っう!!)


傷ついた体で重い武器を振り回したせいで体に激痛が走り、それを歯を軋ませて耐えていると、女の両断した上半身が俺の体に覆い被さり、視界が塞がれた。


「ばーか」


「っ!!!」


耳元で囁かれた声に全身に鳥肌が立つと、俺の周りの地面にヒビが走る音が聞こえ、無数の針のような物が俺の腰周りに一斉に突き刺さった。


「ぎっ!!?」


その唐突な激し過ぎる痛みに困惑していると、女は地面に倒れたが、今度は右肩に鈍い衝撃が走り、全身の力ががくりと抜けた。


(なんっ!?)


突然の脱力感に何かが刺さったかと肩に視線を向けると、その肩には女の折れた刀の刃先が刺さっており、その刃先から下には枯れた植物の蔓が巻き付いていた。


(こいつ・・・どんな魔法持ってんだよ!?)


その異様過ぎる魔法に理解が追い付かず、地面に倒れた女がどんな魔法なのかを必死に理解しようとしていると、黒い影が立ち上がった。


(・・・はっ?)


立ち上がった物はあの・・・女だった。


その女の右腕や下半身は氷で作られており、その透明な氷の下には千切れた腸や胃らしき物が見えていたが、女は何事も無かったように立ち上がった。


(いやおかしいだろ!?止血したとはいえ傷も即死もんだし、背骨も断ってんだぞ!!?)


普通の人間なら即死している傷を受けてなお、血を吐きながらこちらに笑みを向ける女に、苦笑いしか出来ない。


「お前・・・ナニモンだよ」


「私?私はね・・・化け物だよ」


自分自身の事を化け物と呼ぶ女をやけくそに鼻で笑っていると、腹に突き刺さった岩の針が腹の中を掻き回し始め、喉の奥から血が湯水の様に溢れ出ていく。


「がっぼぉぉお!?」


「ねぇ、不死ってどうやって死ぬんだろうね?」


「なぐっ!!?」


急に意味が分からない事を言ってくる女は俺の返事を待つ事なく、腹の中を容赦なく引っ掻き回し、鋭い氷の腕を俺の眼に近づけ始めた。


「臓物を全部引き抜いたら?虫に体を食わせたら?肺に穴を開けたら?水に半年沈めたら?全身に清めた矢を刺したら?子宮や心臓、頭を潰したら?頭蓋骨を砕いて、その中に熱湯を流し込んだら・・・死ぬのかな?」


脅し文句にしては具体的な言葉に女の真意が分からないが、女の怒りに満ちた眼をみて、大体女の心情は理解できた。


(まぁ、こいつの仲間を殺したし・・・妥当か)


拷問されると悟り、現実から逃れるために今回の戦いを頭の中で振り返ろうとした瞬間、右肩から何かが抜ける痛みが頭に駆け巡った。


「っう!?」


後ろからの急な痛みに声が口から漏れると、いつの間にか女の首元に黒い刀の刃先が刺さっており、その根元を白く小さな手が握っていた。


「主は少し休んでおれ」


そんな聞き覚えのある声が聞こえると、女の体は糸が切れた様に倒れ、俺の体に刺さってた岩の針も砕け散り、そのせいで俺も地面に倒れてしまう。


「いでっ!」


冷たい地面の感覚を心地よく感じながら、少し曇った空を呆然と眺めていると、俺の視界に写り込む様に、鎖骨まで伸びる深黒の髪を耳にかけ、薄い笑みを浮かべる白色の瞳をした子供が覗き込んできた。


「・・・どうやったか?初めての実践は」


「・・・見ての通り、負けたよ」


笑みを深くする(あき)()に苦笑を返すと、暎音の細い手が首の後ろに周り、俺を無理やり起こし始めた。


「いでででででっ!!!」


(わっぱ)ならこのくらい耐えんかい」


俺を未だに子供扱いしてくる暎音に内心嫌がっていると、腹の痛みがだんだんと収まって行き、呼吸をしても腹が痛まなくなっていってくれた。


「ふぅ」


ため息を吐き、膝を立てて立ち上がると、今は夏なのに黒いダボ着いたパーカーと青いショートパンツを身に付けた暎音が、俺の腹あたりをペタペタと触り始める。


「ほんっと、主の魔法は便利やのー」


「いや、どんなに傷ついてもいてぇもんは痛えよ」


「・・・そうか、これに着替えな」


「どうも」


暎音は何処からか取り出した全体的に青い着替えを受け取り、穴だらけのシャツとボロボロのズボンを身につけていると、暎音はパーカーの中から赤い魔術式が彫られた杖と折られた紙を取り出し、その紙を女の死体の上に投げ置いた。


「終わったか?なら()くぞ」


「おう」


俺の短い返事に合わせて暎音は取り出した杖を振ると、空中に紫色の歪みが現れ、歪みの中に暎音はすっと入って行く。


俺もそれに着いていくと、歪みを抜けた先には王宮の様な一室があり、その中心にあるでかい椅子に白髪の女が座っていた。


けれどその女は俺たち気が付いていないのか、自分の白い髪を鷲掴みにしながら何かを小言で呟いていた。


「ここの土地に、いや、あそこはあいつが住んでるし、でもこの案を通さないと」


「おーい、大和」


何かを必死に考えている女に暎音が声をかけると、女は驚く様に顔を上にあげ、赤色の2つの眼をこちらに向けてきた。


「んっ?あぁ暎音か。・・・誰だそいつ?」


(こいつが・・・大和か?)


暎音の話を聞く限り、この不死の国で1番強いのは大和と聞いていたが、何処か精気が無い表情を見る限り、こいつがちっとも強そうには思えない。


そんな大和を観察する様に眺めていると、隣にいる暎音から急に肩を叩かれた。


「2年ほど前に見つけたって言ってた奴じゃよ。此奴を儂は守り人に推薦したい」


「・・・あぁ、確か魔の国の森の中に居た奴か」


そう、俺は魔の国の森奥にひっそりと暮らしていた。


俺は不死の国に来た理由は、2年前に会った暎音から、強くなりたいのなら不死の国へ来いと言われたからだ。


それが守り人とは少し意外だが、まぁ、それでもいい。


俺の願望が叶うなら。


「そうか、実力はどうなんだ?」


「ん〜、1人で美琴を追い詰められるほどかの?」


「なら、申し分ないな」


大和は疲れたため息を吐き、重そうな体を椅子から起こして机の下から黒い鞘が付いた刀を取り出すと、生気の無い虚ろな眼をこちらに向けた。


「・・・躱せよ」


(あっ?)


急に躱せと言われ、体を警戒させていると、大和が刀に手を当てた瞬間、全身に鳥肌が広がり、思考を置いて体が勝手に首を傾けた瞬間、耳元にえぐい風音が通り抜けた。


「っう・・・」


「なっ!強いじゃろ?」


「あぁ、申し分ねぇな」


間一髪で魔法か神器かの攻撃は躱せたが、自分の耳は根元の肉ごと吹き飛んでおり、後ろに空いた刺し後の様な穴は壁を貫通し、外にまで続いていた。


(・・・確かにヤベェな)


あの女よりも化け物じみた大和を見て、こいつの魔法も理解しようと頭を回していると、大和はいつのまにか抜いた刀を鞘に納め、重いため息を吐きながら椅子に座り直した。


「忍、いるか?」


「いませんよ〜」


急に後ろから明るい女の声が聞こえ、後ろの声がした方を見ると、そこにはメイド服を着たポニーテールの女がおり、その女は何処か可笑しそうな笑みを浮かべて壁に寄りかかって居た。


「いるじゃねぇか・・・下の階の食堂に連れてってくれ」


「はーい、分かりました」


何処か軽い忍は、俺らのすぐ後ろにある巨大な扉を両手で押して開くと、俺らの方に顔だけを向けてきた。


「では、着いて来て下さいね〜」


軽い足取りで外に出る忍に、こいつがどんな魔法を持っているのか考えながら暎音と着いて行き、階段を降りて長い廊下を歩いていると、キッチンがある一室に着いた。


その一室には空色の髪をツインテールに結んだ子供がおり、その子供は鼻歌を歌いながら食器の様な物を洗っていたが、その子供に忍は後ろから急に抱きつき、子供の小さな悲鳴が辺りに響いた。


「きゃあ!!?」


「えへへー時雨、ただいま〜」


忍は成人くらいの体に似合わない子供らしい笑みを浮かべ、その子供の髪に顔を擦り寄せ始め、それを抱き寄せられている子供は嫌そうに手をバタつかせた。


「ちょっと忍さん!?いま食器を洗ってますか・・・ら?」


子供は泡まみれの手をバタつかせながら忍の手を肘で解くと、俺たちの存在に気が付いたの急に顔を赤らめた。


「えっと、お2人ともお客さんですか?」


「まぁ、そうじゃの。茶を2つ頼むわ」


「あ、分かりました。ちょ、忍さん離れてください!」


その時雨という子供は忍に叱るように声を荒げると、忍はしょんぼりとした顔を浮かべ、親指の爪を噛み始めた。


そんな忍はどうでも良かったが、どう見ても1人でやるには数十分かかるほどの食器を洗っている時雨は放っておけず、空いているもう1つの蛇口で手を洗う。


「手伝う」


「あっ、ありがとうございます」


子供がやるにはデカすぎる鍋やフライパンを手に取り、それを洗剤を付けたスポンジで隣に水が飛ばない様にしなが擦り、スポンジの洗剤が足りなくなっては足しを繰り返し、それを洗い物が無くなるまで続ける。


「ふぅ」


やっと終わったと思いながら息を吐き、手を吹く場所を探していると、時雨は俺に白いハンカチを差し出して来た。


「お、あんがとよ」


「いえいえ、こちらこそありがとうございました」


その子供らしい明るい笑みに、水気を拭き取った手を無意識にその頭の上に乗せてしまった。


「あ・・・すまん」


「あ、いえ、大丈夫です」


時雨は顔を赤くさせ、俺の手にあるハンカチを取ると、この部屋の奥へ行ってしまった。


「・・・ロリコン」


多分忍が呟いた言葉に、そう思われても仕方ないなと思っていると、忍や時雨、暎音とは別の足音がこの部屋に近づいて来た。


それが気になり、出入り口の方に眼を向けてみると、そこにはワンピースも髪も肌も全て白い、透明な金色の瞳をこちらに向ける女が現れた。


その女の姿を見て、ある単語が口から漏れた。


「無名の・・・一族」


「えっ?私の名前は真白だけど?」


自分を真白と言う女に、単純に文献で見た奴に似ているだけかと思ってしまい、首を軽く横に振る。


「いや、勘違いだ」


「あ、そうなんだ。ところで、君が守り人に推薦された子?」


「あぁ」


真白と呼ばれる女は俺に近付くと、俺の右手を無言で触り、眼を閉じた。


「・・・あ?」


急に眼を閉じる女を不審に思い、触られている手を手首を使って弾くと、真白は慌てて手を合わせ、申し訳なさそうな顔をした。


「あ、ごめんね」


「いや・・・いいや」


何かされたのならもう終わっているだろうと諦めて、少し冷静に頭を回していると、感覚が鋭くなった鼻に紅茶のいい匂いが届いた。


(ストロベリーティー・・・か?)


嗅ぎ覚えのある紅茶の香りに、あの時の温かい光景が脳裏に浮かんだが、その光景は真白の一言で霧のように消えてしまった。


「あ、暎音ちゃん!久しぶり!!」


(・・・ちゃん?)


「おぉ真白。久しぶりやな」


「うん、何年振りかな?」


暎音は俺が聞く限り200年以上生きているらしいが、その暎音をちゃん付けという事は真白はそれよりも年上という事になる。


(何歳だよこいつ)


不死の年齢は分かりにくいなと改めて実感し、ため息を吐きながら口元を歪めていると、トレーの上に氷が入ったグラスを今来た真白の分まで用意した時雨が部屋の奥からやってきた。


「・・・持つぞ」


「あ、すいません」


おぼつかない足取りの時雨からトレーを取り上げ、その上にあるアイスティーをいつの間にかテーブルの前に座っている暎音達の前に置いていると、俺の服を忍が口を尖らせながら掴んでいる事に気が付いた。


「砂糖とミルクは〜!?」


「んっ?あ、すまん」


こんな奴でも砂糖を欲しがるのかと意外に思いながら、トレーの上に置いてあるミルクとガムシロップを忍の前に置いて空いている席に俺も座ると、その隣の空いている席に時雨も座った。


「紅茶ありがとな」


「いえ、手伝ってくれたお礼だと思ってください」


そう言う時雨に軽く頭を下げ、冷たい紅茶をストローで飲むと、とてもスッキリとした甘い香りが鼻に抜けて来た。


(・・・うめぇ)


そんな戦った後の体に染み渡る美味い紅茶をじっくり味わっていると、俺の隣にいる時雨が心配そうにこちらを見ていることに気が付いた。


「どう、ですか?」


「ん?美味いぞ」


「あ、なら良かったです」


安心そうに顔をほころばす笑顔が、あいつと重なってしまい、時雨の頭の上に無意識に手を乗せてしまう。


「いつもありがとな」


「・・・えっ?」


そんな拍子抜けした声に瞬きをすると、あいつの顔が時雨の顔に変わり、時雨の頭から手を離し、右手で両眼を挟むように抑えてため息を吐く。


「すまん、勘違いをした」


「えっ、大丈夫ですか?」


「やめろ」


暎音の重い声に手を眼の周りから退けると、俺の右肩に時雨が触っている事に気付き、その重い声を出した暎音の方を見ていると、暎音は白い眼を鋭くさせ、俺の隣の時雨を見ていた。


「時雨、それはただの自己満じゃ」


「えっ、でも」


「2度も()わすな」


暎音はただ一言発しただけなのに、辺りを飲み込む様な重い空気が暎音から漏れていた。


それを感じ取ったのか、時雨は俺の右肩から手を離し、鏡の様な瞳を潤ませながら冷たい紅茶を飲み始めた。


けれど俺には時雨が何かしようとしたのかさっぱり分からず、暎音の方に眼を向けるが、俺の方には大人びた笑みを浮かべるだけで何も答えない。


「はぁ」


そんな暎音にため息を吐き、美味い紅茶をストローで無心で吸っていると、ある疑問が頭の中に顔を出した。


「なぁ暎音、お前これからどうするんだ?」


「ん〜、これからはする事ないのー」


「なら一緒に暮らそうぜ」


その言葉に真白と時雨は紅茶を吹き出し、急にむせ始めた。


「・・・大丈夫か?」


「コホッ!ゴホっ!だいじょケホッ!」


むせる時雨の背中をとりあえず撫で、少しでも楽になればと思っていると、忍がストローに息を吹きながら、嫌そうな眼をこちらに向けている事に気が付いた。


(あ、なるほど)


忍は時雨の事が好きなのだと悟り、時雨の小さな背中から急いで手を離すと、分かりやすく忍は顔を明るくさせた。


「ふっ」


その姿があいつと似ていたため、懐かしさを覚えながら頰を緩ませていると、テーブルを指先で叩く音が聞こえた。


「んっ?」


音がなる方に顔を向けてみると、暎音がこっちを向き、何か言いたげな顔をしている事に気がついた。


「おい、自分から誘っておいて無視すんな」


「あっ、すまん。で、暮らしてくれんのか?」


「あぁ、別に構わんぞ」


「・・・ありがとう」


暎音の返事を聞いて、しばらくは夜の退屈は無くなる事に安心しながら冷たい紅茶を飲み干すと、それと同じくらいに暎音も紅茶を飲み終え、暎音は椅子から腰を伸ばす様にして立ち上がった。


「さて真白、ちとお前に用がある」


「どうしたの?」


彼奴(あやつ)の神器を見て欲しい。ここでは無く、歴史の間でな」


その歴史の間と言う言葉に、すぐ様そこに向かいたくなるが、そっと息を吐いて高ぶる心を落ち着かせ、空になった俺と暎音と真白のグラスを持ち、それを洗い場に待っていく。


「おぉ、すまんのぉ」


「ありがとねー」


お礼を言ってくる2人に軽く頭を下げ、さっき使ったスポンジでグラスを洗っていると、小さな足音が俺の方に近づいて来た。


「置いてて良いぞ、洗うから」


「いえ、2人でやった方が速いですから」


「・・・そうか」


自分がやりたいと思うならと考え、適当にグラスを洗っていると、隣から鼻歌が聞こえた。


(Hope knife[希望のナイフ]か)


その鼻歌はよく知っている。


俺の・・・妹がよく口ずさんでいた。


けれど、もうあいつはこの世に居ない。


「あの、お水出しっ放しですよむ


「・・・あっ、すまん」


意識を現実に戻し、手の泡を落として蛇口から出る水を止めると、俺の隣からまた白いハンカチが差し出された。


「毎度すまんな」


「いえ、お手伝いありがとうございました」


頭をそっと下げてくる時雨に、また頭を撫でようとしてしまったが、現実を見ろと自分に言い聞かせて右手を強く握り込み、ため息を吐く。


「おーいCecil[セシル]!さっさと行くぞ」


「あ、さーせん」


暎音さんの急かす様な声に、自分の右手を時雨の肩に置き、昔の事を思い出しながら笑みを浮かべると、時雨は俺の手にそっと触れ、優しい笑みを浮かべた。


「手、大きいですね」


「・・・よく言われたよ」


「おーい」


だんだんと重くなっていく暎音の声に、時雨から手を離し、あの小さな子供の様な手の感触を噛みしめる様に手を握りしめ、少し苛立つ暎音達と食堂から足を遠ざけた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふぅ」


胸に詰まった息を吐き、昼食の仕込みをずっとしていた腰をぐっと捻ると、とても良い音が腰から響いた。


そうすると腰がスッキリし、軽い足取りで少し薄暗い縁側を歩いていくと、雷牙さんの部屋から啜り泣く様な声が聞こえた。


(えっ・・・何?)


その部屋の壁にそっと耳を当てて眼を閉じると、すすり泣いているのがゆいだと分かり、そんなゆいを雷牙さんは宥めていた。


「なぁゆい、どうしたんだよ」


「生きでて・・・良がっだ」


そのセリフに少し自分の胸奥が強張った。


確か今日の朝、暎音さんと呼ばれる色々な国を行き来している女性が連れてきた守り人候補の人と、姉ちゃん達や桜さんは戦っていたらしいけど、もしその人が偽物で、僕と同じ不死殺しの神器を持っていたら、みんな死んでいたと言う事だった。


(でも、良かった。みんな生きていて)


安心しながら壁から耳を離し、ゆいが好きだったはずの葛湯でも持って行こうかなと思い、台所に足を運ぶ。


水道のお水をお鍋の中に入れて火にかけ、お水が沸騰するまでの間、紬さんから貰った粉末状の生姜と蜂蜜、葛粉をお水の中に入れ、それをお水がお湯になるまでお玉で混ぜ合わせる。


水が沸騰し始め、それをスプーンを使って味見をしてみると、もう少し甘さが欲しい味だった。


葛湯の中にさらに蜂蜜を入れ、それを混ぜてもう一度味見をしてみると、少し甘過ぎる葛湯が出来てしまった。


(大丈夫・・・かな?)


ゆい達の舌に合うか心配になるけど、作り直すのも必要以上に材料を使ってしまうと気が引け、それを2つの湯飲みの中に満たし、お盆に乗せてそれを雷牙さんの部屋に持って行っていると、姉ちゃんが縁側に座っているのに気が付いた。


「あれ?どうしたの姉ちゃん?」


「あ・・・悠人」


僕の声に姉ちゃんはこちらに顔を向けたけど、その赤くて綺麗な眼の周りは、薄く腫れ上がっていた。


姉ちゃんが泣いていた事に気が付き、少し慌てながらも姉ちゃんの隣に座り、葛湯を姉ちゃんに差し出す。


「姉ちゃん、これ飲んで。落ち着くよ」


「あ、ありがとう」


姉ちゃんは葛湯を熱そうにしながら受け取り、それを息で冷ましながらゆっくりと口の中に流すと、とても色っぽい吐息を漏らした。


「美味しい?」


「うん、とっても美味しいよ」


姉ちゃんの綺麗な笑みを見て少し嬉しくなり、口角を上げて姉ちゃんに微笑み返すと、姉ちゃんは湯飲みをお盆の上に置き直した。


すると姉ちゃんは僕の顔から眼をそらし、遠くを見る様に曇り気味の空を眺め始めた。


「ねぇ、悠人」


「どうしたの?」


「悠人ってさ、戦う事が怖いって思わない?」


姉ちゃんは声を暗くさせながら聞いてくるけど、その問いはイマイチよく分からなかったから、逆に姉ちゃんに質問を返してみる。


「姉ちゃんは思うの?」


「・・・うん。私はね、戦うのが・・・死ぬのが怖い」


「そう、なんだ」


僕は守り人の仕事をする時は毎回()()()()()()()、僕にとって死ぬのは眠りに着くみたいな感じだけど、姉ちゃんはそんな気持ちではないらしい。


そこまで考えてしまうと、とても心配になってしまう事がある。


「なら、辞めちゃうの?」


桜さんの話を聞く限り、守り人はすぐに辞めれるらしい。


だからここで姉ちゃんが辞めたいと言ってしまえば、()()、離れ離れになってしまうから。


けれど、帰ってきたのは意外な答えだった。


「いや、辞めないよ。悠人も、ゆいも居るからね」


その言葉の真意はあまり分からなかったけど、ここに残ってくれてくれると言う事だけは分かり、安心してしまう。


「なら良かった。姉ちゃんが居ないと僕は寂しいもん」


「そう・・・なんだ。・・・ありがとうね」


姉ちゃんは何故か僕にお礼を言うと、葛湯をぐっと飲み干し、それを持って縁側から立ち上がった。


「これ、ご馳走さま」


お礼を言ってくれる姉ちゃんに微笑み返すと、姉ちゃんは湯飲みを持ったまま台所へ行ってしまった。


その後ろ姿を安心しながら見ていると、少し大変な事に気が付いてしまった。


(あ、雷牙さんの分が)


雷牙さんの分の葛湯が無いことに気が付き、どうしようかと悩んだけど、作り直すのにも時間がかかるから、今ある分は冷める前にゆいに渡そうと雷牙さんの部屋に足を運ぶ。


「雷牙さん・・・開けていいですか?」


襖を開ける前に、襖越しに部屋の中に声を掛けるけど、返事は全然帰ってこなかった。


それを疑問に思いながらそっと襖を開け、その隙間から部屋の中を覗いてみると、布団にくるまったゆいをあやす様に抱き寄せ、こちらに鼻に人差し指を立てた顔を向けてくる雷牙さんが見えた。


「あ、失礼しました」


小声で雷牙さんに伝えてそっと襖を閉め、この葛湯はどうしようかと悩むけど、飲む人が居ないのなら僕が飲もうと思い、縁側に足を運ぶ。


「よっと!」


腰を縁側に下ろし、もう見飽きた外の景色を眺めながらゆっくりと葛湯を飲むと、とっても甘く体がポカポカとあったまって行く。


「はぁ」


温まった息を吐き、こんな時間がずっと続けば良いのにと思っていると、聞き覚えがある足音がこちらに近づいて来た。


「悠人・・・何してるの?」


そんなとても綺麗な声が聞こえる方を見てみると、刀を腰に差し、いつもと変わらない真っ黒な紬を来た桜さんが森の中から僕の方に向かって来ていた。


「葛湯を飲んでるんです」


「へぇ、美味しそうだね」


「残りは台所にありますから、取ってきましょうか?」


「いや、大丈夫だよ。ありがとね」


桜さんは少し嬉しそうに笑うと、僕の隣にそっと座り、少しだけ長いため息を吐いた。


そのせいで、桜さんが心配になってくる。


「・・・どうしたんですか?」


「いや、なんでも・・・・・・ごめんけど、少しだけ愚痴を聞いてもらえない?」


「はい、喜んで!」


愚痴とは確か文句の事だったけど、桜さんと話せるならどんな話でも嬉しい。


「・・・悠人って、もし私が化け物だったらどう思う?」


「えっ?」


急にそんな事を言われ、どう答えれば良いか分からないけど、ふと顔を上げてみると、桜さんにしては珍しい何か不安がる様な顔をしている事に気が付いた。


だから少しでも桜さんが元気になる様な言葉を、読んで来た本の中から一生懸命探し、出てきた言葉を桜さんに話してみる。


「えっと、そもそも僕たちって、人間じゃないですよね?」


「・・・うん」


「だから別に化け物だったって言われても、あんまり実感は無いです」


「・・・まぁ、そうだね」


桜さんは僕に微笑むと、腰を伸ばして縁側から立ち上がり、僕の頭に手を置いて来た。


「ありがとね、少しだけ元気が出た」


「そうなんですか?」


「うん、おやすみ悠人。今日は私が()るから、悠人は寝てて良いよ」


「あ、すいません」


桜さんはとても綺麗に微笑むと、僕の頭を軽く撫で、自分の部屋に向かっていく。


その途中、桜さんはピタリと足を止め、僕の方に顔を向けずに、少し寂しそうな言葉だけを投げかけてきた。


「ねぇ悠人」


「はい?」


「私が死んだら・・・後のことはお願いね」


「・・・?えっと、出来れば死なないで下さいね」


その質問の真意は少し訳が分からなかったけど、自分が思う事を素直に伝えると、桜さんは少し泣きそうだけど、綺麗な笑みを僕に向けて来た。


「ありがとね」


そんな綺麗なお礼に言葉が何も出ないでいると、桜さんは顔を僕から背け、自分の部屋に向かっていってしまい、やっと自分の喉から声が出るようになる頃には、桜さんはとっくに僕の視界から消えて居た。


(もう少し、話せば良かったなぁ)


少し物足りない気持ちの胸を撫で、残った葛湯をゆっくり味わっていると、桜さんが自分が死んだら後はよろしくと言っていた事がふいに頭の中で繰り返された。


「死んだら・・・か」


その事を思い出すと、ある()()()が胸に込み上げてきた。


だって人は死んだら、虫から()()()()()()()()()()


だからもし、桜さんが死んだら。


()()は。


()()()()は。


「全部・・・食べたいなぁ」


そんな事を呟くと、自分の瞳から涙が溢れ、それと同時に自分の胸から()()()と、()()()と、()()()と、()()が込み上げ、辺りからは無数の蠅の羽音が聞こえて来た。




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