第32章 孤独の道
「んっ・・・う〜」
痛む身体を布団からお越し、少しぼやける視界で窓掛けの方に眼を見てみると、窓掛けからはうっすらと光が漏れており、今が朝だと言うことが理解できる。
「顔・・・洗わなきゃ」
顔を洗いに行こうと布団から立ち上がろうとするが、突然腰に痛みが走り、立ち上がれない。
「っう!!」
(昨夜は、きつかったからかな?)
そんな事を思いながら、隣でぐっすり寝ている裸の美琴に布団をしっかりとかぶせ、腰をさすりながらため息を吐く。
房事は普段なら私の方から誘うけど、たまに美琴から誘ってくる事がある。
それは別に構わないし、むしろ嬉しい限りなんだけど、硬い布団の上でヤるとどうしても腰が痛くなる。
(というか、体が涎臭いし)
眼が覚めてきたのか、自分の体が涎臭い事に気が付き、これから風呂にでも入ろうかと寝ている美琴の口を吸って立ち上がり、タンスから羽織るものを取ってから温泉に向かう。
少し肌寒い縁側を陽の光を感じながら歩き、湯殿に置いてある籠の中に羽織っている物を放り、木で出来た扉を開けてそのまま温泉の中に体を沈める。
すると少し冷えた体が温まって行き、ゆったりとした吐息が自然と口から漏れてしまう。
「あ〜、あったかい」
普通なら汚れた体で湯船に浸かるのはいけない事だが、ここに来た時に紬からはこう言われた。
『ここから湧く湯はなんか知らんが、汚れを全部洗いながすらしいけ、湯船の中でいばりしても全然飲めるぞ』
そんな冗談を思い出すと口から笑みが溢れ、少し体が元気になってくれる。
(さて、朝食の仕込みでもしようか)
美琴が起きたらすぐにご飯が出来るようにしようと思い、体を湯の中で伸ばしてから湯船から上がる。
木で出来た扉を通り、籠に積んである布を一枚取って、体の水気を大雑把に取ってから置いてある紬を羽織る。
「ふぅ」
帯を締め、風呂場に置いてある自分の神器を腕に巻き付けて、近くの川に釣りに行こうと釣竿を取りに縁側へ向かうと、森の中から何かの気配がした。
(・・・誰かいる)
心を切り替え、いつでも魔法を使えるように神経を研ぎ澄ましていると、森の中から琴乃という男がこちらに歩いてくるのが見えた。
慌てて自分の襟を引っ張り、乳頭が浮き出ないようにしてから琴乃を睨みつける。
「・・・何の用だ?」
「・・・お久しぶりです、美琴に用があって来ました」
美琴を呼び捨てにされてイラッとくるが、美琴の裸を見せる為には行かないため、鼻から長く息を吐き、琴乃に適当な説明をする。
「今は寝てるから帰るか待つかしろ。私は釣りに行ってくる」
「そうですか・・・では、待たせていただきます」
琴乃の畏まった態度でため息を吐くが、私にとってはどうでもいいため、物置に釣り具と魚用の包丁を取りに行き、近くの川に向かって森の中へ足を進める。
しばらく冷たい空気が流れる山道を真っ直ぐ歩いていると、ここしばらく雨が降っていないお陰か、穏やかな流れをしている川が見えた。
しかも水面には、肉眼でも見えるほどのでかい魚がゆったりと泳いでいた。
(・・・釣れるな)
そんな事を思いながら、川の近くの湿った落ち葉を足で適当に荒らしていると、餌の蚯蚓を見つけた。
まぁまぁ肥えた蚯蚓を数匹適当に捕まえ、それを釣針に突き刺して川へ投げると、ものの数秒で魚が食いつてくれ、それを力を込めて引っ張り上げると、活きのいい岩魚が釣れた。
「・・・塩焼きにでもするか」
今日の朝食を考えながら、まぁまぁ大きい岩魚の頭を包丁の峰で叩いて締め、ミミズを釣り針に突き刺して川に投げる。
一応、琴乃と美琴が食べる分を考えながら5匹目のイワナを締め、イワナの臓物を抜いてから帰る事にする。
「ふぁあ、眠い」
欠伸を口で隠しながら家の方角へ足を運ぶと、森の中から縁側に何かを腹底に抱えている様な顔をした琴乃が見えた。
(何してんだ?)
その顔色には何処か見覚えがあり、自分の胸奥で何かがかさりと蠢き始め、気持ちが悪い。
その気持ち悪さを落ち着かせる様に息を吐き、胸の不快感を抑えながら俯いた琴乃の隣を通り、台所へ足を運ぶ。
台所に一旦魚を置き、取り敢えず下着を付けようと自分の部屋に向かうと、ちょうど胸に晒を巻いている美琴が立っていた。
美琴は昨日の事があって気まずいのか、顔を少し赤らめながら私に手を挙げた。
「おっ、おはよう」
「・・・おはよう、琴乃が来てるぞ」
「あぁ、知ってる。さっき裸見られてマジでビビった」
その言葉にさっきよりも嫌な不快感が胸底に蠢き、その苛立ちを抑える為に美琴の右腕を掴み、美琴のがっちりとした首元に口を寄せる。
「んっ?どうしっ!?」
美琴の凛々しい首元に強く噛みつき、不死でも治すのには時間がかかる傷を首に付けてから口を離し、口に溜まった涎と血を飲み込む。
「いってぇなぁ!急に何すんだよ!?」
「その傷跡が消えないうちに琴乃に会って」
「なん」
「良いから!!」
自分の苛立ちを美琴に向かってぶつけてしまうと、美琴はよく分からなさそうな顔をしながらも縁側に向かって足を運んでいく。
その間に紬を脱いで褌と晒を身に付け、さっきの紬を着てから魚が悪くならないうちに台所へ足を運んでいると、美琴と琴乃の話し声が聞こえ、足を止めて柱の影から会話を盗み聞く。
(何を・・・話している?)
「で?大和を殺したいんだったらなんで私の所に来たんだ?」
「・・・大和と美琴の戦い方は、何処か似ているので。クレアや桜よりかは練習になると思います」
(は?)
その会話を聞いて、琴乃は美琴を利用しようとしていると分かり、眉間と拳に力が入るが、とりあえず自分を自制してひっそりと息を吐き、話を聞き続ける。
「んじゃ、あいつらはどうした?なんでお前だけなんだよ?」
「・・・もう、雷牙達は霧を使う不死を恨んでいない。あの中で俺だけが、あいつを殺したいと思っている。だから、1人でカタをつけるつもりです」
「・・・・・・そうか。なら引き受けてやる」
そんな自己中な琴乃の願いを受け入れる美琴の優しさに、眉間にシワがより、少し苛立ってしまう。
だって美琴はいつも断って良いことを断らずに、断って良いと言えば、自分は好きでやってるとしか言わない。
(・・・損してるだけなのに)
内心で大きなため息を吐き、嫌な思いを噛み締めながら2人に気づかれない様に台所へ足を運ぶ。
それから適当に炭と枝と使った紙を釜下に入れ、汲んでおいた水を昨日研いだ米が入った釜の中に入れて、火打石で火を起こす。
米が炊ける間、さっさと岩魚に塩を揉んでいると、ある事に気が付いた。
(そういやあいつ・・・食べるのか?)
そんな事を焼く前に気づき、それを確認する為に手に付いた塩を払ってから縁側に向かうと、刀を左手で掴み、右手で琴乃の首をへし折っている美琴が外に見えた。
「あれ?加減しなかったんだ」
「んっ?あぁ、本気で来いって言われたからな」
美琴は血の付いた顔で私に笑みを向けると、握りつぶしている首から後頭部へ手を回し、首がへし折れている琴乃の死体を縁側に運び、そっと床に寝せた。
琴乃の死体を見ながらため息を吐く美琴に、少し複雑な気持ちを覚えてしまい、美琴の顔をこちらを向ける為に話し掛ける。
「今日のおかず、岩魚釣って来たけど何匹食べたい?」
「あ〜岩魚か。今旬だし三匹頼むわ」
「分かった」
それなら私と琴乃が一匹ずつ食べれば足りると考え、嬉しそうな顔をする美琴の頭を軽く撫で、木漏れ日の様な温かさを胸に感じながら、台所へ足を運んだ。
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「っ?」
ふと鼻に香ばしい匂いが届き、ぼやける左眼をゆっくりと開けて体を起こすと、大量の白米を魚と一緒に口に掻き込んでいる美琴が見えた。
「おっ、起きたか」
「・・・はい」
ぼやける頭で、ゆっくりと自分の首元に手を当てると、首を折られる寸前の骨の軋みと燃えるような血の熱さをかすかに感じ、自分が負けたのだと簡単に理解出来てしまった。
「飯、食えるか?」
「・・・はい、ありがとうございます」
回らない頭を回し続け、ぼやける意識をゆっくりと覚醒させていると、何処からかやって来た蒼空が味噌汁と焼いた魚を空いている机に置いた。
「さっさと食え、飯が冷める」
「・・・ありがとうございます」
青空に頷いて席に座り、手を合わせてから米と魚と漬物と汁を無心で胃に流し込み、膨れた腹を感じながら、まだ飯を食べている美琴の方に顔を向ける。
「あの、もう一度お願いします」
「・・・すまんが、食い終わったらで良いか?」
「・・・はい、ありがとうございます」
また戦ってくれる美琴に感謝しながら自分の刀を腰に差し、食べ終えた皿を台所へ運んで水が貼られた桶の中にそっと入れる。
美琴が食事を終える間に、さっき負けた自分の行動の何処が悪かったのかと裏の縁側で考え込んでいると、後ろから美琴の足音が聞こえて来た。
「待たせたな」
「いえ、大丈夫です」
美琴の顔を見ずに縁側から離れ、刀を抜いて体に気を巡らせると、美琴は何か焦る様な顔をし、こちらに急いで向かって来た。
「あー待て待て!一旦話挟むぞ」
そんな慌てた様な声に、息を吐きながら体に巡らせた気を緩め、刀を納めてから美琴の方に顔を向ける。
「なんですか?」
「いや、お前の戦い方に付いての事だ」
その言葉に自分の行いを客観的に見れる良い機会だと思い、大人しく美琴に眼を向けると、美琴は軽い笑みを浮かべた。
「まずお前さ、自分の戦い方の何処が悪いと思う?」
そう聞かれてしまい、自分の悪い所を自分なりに探すが、負けた自分のすべての行いが愚策の様に感じ、逆によく分からなくなっていく。
「全て、悪いと思います」
自分でもよくわからないままそう答えると、美琴は口元を歪め、髪を掻き毟りながらため息を吐いた。
「なら詳しく教えてやる。まずお前は狙いが素直過ぎるんだよ。だからさっき首に来るって分かったから簡単に掴めたんだ」
確かにあの時は美琴を殺そうと首を狙ったが、それが逆に的を絞らせる事になるとは思ってもおらず、そんな事も分からない自分の弱さに歯を軋ませてしまう。
「んで次に、お前は1対1で戦う戦い方に慣れてねぇ。まぁ、これは2年も複数対1で戦ってたから仕方がねぇと思うが、一人で戦うんなら自分の限界を頭に入れとけ」
「・・・分かりました」
その言葉に、頼りがある雅や雷牙達を思い出してしまうが、あいつらはもう俺の復讐に関係無いと考えを切り捨て、自分の頭の中で戦い方を頭に入れていく。
「でだ、お前大和と私の戦い方は似てるって言ってたよな?」
「はい」
「それは正解だ、大和は・・・私の弟子だからな。だからこそ、私を1人で殺せる様になれば、あいつとも戦えると思うぞ」
少し顔を歪める美琴からそんな事を言われるが、歯を軋ませて心を入れ替え、希望にすがりつく様に自分の復讐が叶うと信じ込む。
「じゃ、待たせたな。いつでも来い」
「本気で、お願いします」
その言葉に合わせて風を抜いた刀と体に纏わせ、気を体に巡らせる。
足元に風を集中させて、後ろに下がりながら神器の力を使って美琴の両眼を潰そうとするが、美琴は首を逸らして見えない一撃を難なく躱し、こちらに突っ込んで来た。
けれど何度もその光景を見た事があるため、冷静に右手の刀を横に倒し、迫り来る右の拳に左の肘で刀の峰を押し付け、足を滑らせて強引に拳を逸らす。
(渦風!)
「うぉっ!?」
(風神の舞)
体制が傾いた体に突きを叩き込もうとしたが、先ほどの言葉が脳裏によぎり、舞を途中で強引に変える。
(舞風!!)
身体を回しながら四度美琴よ腹を削ぎ、最後の一撃は神器の力を使い両瞼の上を斬りつけ、風を纏わせた蹴りを美琴の腹に入れて風を爆ぜさせて美琴を吹き飛ばす。
けれど美琴は空中で強引に身体を捻ると、手足を地面に付けて勢いを殺し、こちらに赤い血が垂れる顔をこちらに向けた。
「おぉ、今のすげぇな」
「っ!?」
痛みも疲れも感じさせない美琴の笑顔に恐怖を覚えるが、美琴の瞼の上を斬って視界を悪くしている事を確認し、頭を落ち着かせて冷静に立ち回る。
接近戦は向こうの方が上手なため、距離を開けながら神器の力と刀の風の斬撃を併用しながら美琴に撃ち込むが、美琴は眼が見えないのにもかかわらず、顔を守りながらこちらに突っ込んで来た。
(なっ!?)
なぜ位置が分かるのかと困惑しながらも迫り来る美琴を引き剥がそうとするが、いくら体を斬りつけようとも、美琴の速さも勢いも落ちる気配が無い。
(クッ)
このままでは追いつかれると悟り、刀の風を研ぎ澄まし、体の力を抜いて意識を研ぎ澄ます。
(飄風!!)
普段狙わない顔面に突きを撃ち込んで息の根を断とうとするが、その刃先が右眼を貫いた瞬間、大和の時と同じような衝撃が腕に走り、その刀を右手で掴まれる。
(しまっ)
はめられたと悟り、慌てて地面を蹴ろうとすると、股間に鈍い衝撃が走り、何かが潰れる感触と臓物の痛みのせいで地面を蹴れない。
「ぉっ・・・!!!」
「わりいな」
この場に似つかない申し訳なさそうな言葉に、無理やり視界だけを前に向けると、巨大な拳が眼の前にあり、鈍い音と共に景色が赤黒く潰れた。
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「でね、琴乃はちょっとした理由でしばらくは美琴さんのところから帰ってこないの」
「そう・・・ですか、ありがとうございます」
朝起きてから、琴乃さんに昨日の事を謝ろうとしたけど、何故か琴乃さんはここに居なく、何処にいるのかと桜さんに聞いてみると、美琴さんの所に居ると教えてもらった。
(はぁ)
心の中でため息を吐き、少し嫌な思いを感じながら桜さんに笑顔を向ける。
「あ、桜さん、少し外に出てきますね」
「うん分かった。いってらっしゃい」
「はい」
優しい笑顔を向けてくれる桜さんに笑みを返し、弓の稽古でもしようかと思いながら、神器を持って縁側から外に出る。
「ふぅ」
少し冷たい空気を口から吸い込み、眼を閉じて言葉を唱える。
(葬矢 炎牙)
自分が巫女の時、人が死んだ後に妖気が入って動き出さない様に死体の頭を穿ち続けた時の事を思い出しながら、炎の矢を手の平に生み出す。
その矢と弓の弦を引き、弦が軋む音と共に意識を集中させ、赤い宝石が光る時間を測っていると、辺りに風が吹き、地面に散った葉が舞い上がる。
その葉に向かって直感的に矢を射ると、その矢は葉を3枚貫き、空へと飛んで行った。
(遅いなぁ)
普通なら全然上出来なんだけれど、桜さんと戦う時の事を思い出せば、私が撃つ速さは全然遅い。
「はぁ」
大きなため息を吐き、もう一度炎の矢を作り出してから弦を引くけど、風は全くと言って良いほど吹いてくれず、いくら待っても次の風は来なかった。
(うーん、どうしよう)
稽古をする以外に何もすることが無いため、これから何をしようかと考えていると、昨日の事を思い出した。
(えっと、神器 展開だったっけ?)
桜さんに詳しく聞いた限りでは、あれは神器の力をこじ開ける技らしく、それが出来ると感じた時は心の中で誰かと声が重なるらしい。
けれど、やっぱりよく分からない。
(やっぱり・・・よく分からないなぁ)
そんな事を思ってしまうけど、紬さんから言われた、もう失わない為に強くなれという言葉を思い出し、炎の矢を消して、神器を強く握ってから自分の人生を振り返る。
そんな事をしていると、森の中から急に激しい金属音が聞こえてきた。
(えっ!?なに!?)
森の中から聞こえる奇妙な音に困惑してしまうけど、それが何かと言う好奇心が少し湧いてしまい、ゆっくりと音が鳴るへ足を進める。
森の中の心地良さを感じながら、音のなる方へ足を進めていると、聞いたことのある息遣いと声が聞こえ、少しだけ足を早めて音のなる方へ向かうと、何か重たい物が落ちる様な音と共に金属音は止まった。
「よっしゃあ!これで2勝目!!」
「・・・もう一回」
「えぇ、私はつか」
「もう一回!!」
ゆいと雷牙さんの仲が良さそうな会話が聞こえ、自分の前にある茂みを右手で開いてみると、そこには森の中なのに開けた場所があり、その真ん中でゆいに馬乗りになっている雷牙さんが見えた。
「えっと、何してるんですか?」
その状況と会話に少し頭が追いつかず、とりあえずそう聞いてみると、雷牙さんはゆいの上から退き、こっちに楽しそうな笑みを向けて来た。
「少し2人で稽古をしてたんだ。まぁ、ゆいの方が強いんだけどな」
「私は全部勝ちたかったの!」
「あ、そうなんですね。」
仲が良さそうな雷牙さんとゆいに微笑ましくなっていると、雷牙さんは何かを気になる様な顔を浮かべ、私に手招きをした。
「なぁ、雅。今暇か?」
「はい、暇ですけど・・・どうしてですか?」
「いや、琴乃となんかあったのかなって?」
急に琴乃さんの名前を出され、鼓動が辺りに聞こえているんじゃ無いかと思うくらいに心臓が脈打ち始めた。
急な心音の高鳴りに困惑していると、雷牙さんは倒れているゆいに手を差し伸べてゆいを起き上がらせ、2人から同時に興味が篭った眼が向けられてしまい、逃げようとしても逃げられないなと感じてしまう。
「えっと、面白い話じゃ無いですよ?」
「そうか?私は面白そうだけど?」
「・・・私も気になる」
その言葉に大人しく2人に近付くと、ゆいと雷牙さんは背中に付いた土埃を払い、神器を地面に置いて胡座をかいて座った。
それに合わせて私も胡座をかいて座り、股の布を押して褌が見えない様にしてから2人の顔を見ると、雷牙さんとゆいは楽しそうな笑みを浮かべていた。
「で?どんな事があったんだ?」
「えっと、ですね。一昨日の夜・・・・・・抱きつかれたんです」
自分で言ったのに恥ずかしくなり、熱くなった顔を両手で抑えていると、その指先の間から見えた雷牙さんは何か納得した様な顔をしており、その反対にゆいは驚いた様な顔をし、地面に置いた短剣を拾い上げた。
「ゆい?何処に行くんだ?」
「ちょっと殺してくる」
「ちょい待てってゆい、あいつも男だからそういう事あるって」
「いや違いますよ!ただ・・・その場の流れと言うか・・・別に嫌じゃ無かったとか」
頭が熱すぎて考えが纏まらないまま話していると、雷牙さんは顔を引きつらせ、ゆいは顔をだんだんと暗くし始め、家の方へ向かい始めた。
そのゆいを慌てて雷牙さんは肩を掴んで止め、ゆいを宥め始めた。
「落ち着けてって!そう言う事は男女との間にあるって!!」
「いやだから違いますって!ただ抱きつかれただけですから!!それ以外は何もしてないですから!!!」
少し息を荒げながら2人にそう伝えると、ゆいはよく分からなさそうな顔をしたけど、雷牙さんは何か拍子抜けした様な顔をし、少し面白そうな笑みを浮かべた。
「あーなるほど。つまり・・・なんやかんやで琴乃に抱きつかれたけど、それで好きになったって事か」
「すっ!?」
「・・・そうなの?」
ゆいの純粋な質問に、自分の気持ちが本当にそうなのかと疑問に思ってしまう。
(えっ?私・・・本当に好きなのかな?)
そんな自分の初めての感情に、戸惑いと焦りを感じていると、そのせいか息に熱が帯び始めた。
落ち着かない心臓を落ち着かせる為に、胸を右手で抑えていると、雷牙さんは腕を組んで頷き始め、ゆいは短剣を地面に投げ捨て、大きなため息を吐いた。
「・・・なら、叶うといいね」
「えっ?」
ゆいにしては大人びた様な言葉に、ゆいの成長を感じてしまい、嬉しさと悲しさが入り混じった様な複雑な感情が胸に生まれてしまう。
「なぁ、雅。私も応援してるぞ」
「えっ?あっ、ありがとうございます」
その言葉に、ふと雷牙さんと琴乃さんの関係が気になってしまう。
「あの、そういえばなんですけど、雷牙さんって琴乃さんとどんな関係なんですか?」
胸の中の疑問に正直に雷牙さんに聞いてみると、雷牙さんは急に笑い始めたけど、その笑みが収まると、少し悲しそうな笑みを顔に浮かべた。
「私はな・・・何処まで行ってもあいつとは友達なんだ」
そんな悲しそうな、思い悩む様な声に色々な疑問を感じてしまうけど、別に恋人とかでは無いと分かってしまい、何故か安心してしまう。
「安心したか?」
「あ、いえ、そんな」
「おい」
慌ててそれを否定しようとした瞬間、辺りに聞き覚えのない声が響き、慌てて弓を持って立ち上がると、雷牙さんもゆいも神器を持って立ち上がり、辺りを警戒し始めた。
すると、森の奥から誰かが歩いて来た。
その人の顔は、不死の綺麗な顔でも分かる凛々しい男性の顔で、深い白色の髪に赤い眼と、桜さんに教えて貰った白いシャツと黒いズボンを身につけていた。
そこだけを見れば普通の不死なんだけど、その人がただ歩いているだけなのに、クレアさんの時の様な、常に間合いの内に居る様なおぞましさを感じる。
「お前ら・・・黒髪の不死は何処に居る?」
(黒髪!?)
その異様な不死が探しているのが、桜さんか悠人の事か分からないけど、教える訳が無い。
けれど、言葉が出ない。
気を抜けば殺されるという確証を感じるから。
「はぁ、教える気はねぇか」
男はため息を吐き、手の平を上にあげると、その手に中心に布を巻いた鉄の棒が生まれ、棒の端にはその棒の太さには不釣り合いな銀の斧、その反対側には見た事が無いような大きすぎる銀色の大剣が付いていた。
その異様な武器に視線が移り、一瞬思考が止まってしまうが、感じた事のない圧に体に感じ、鳥肌が身体中に広がっていく。
「なら死ね」
次の瞬間、踏み切る音と共に男が迫り、体が強張り地面を蹴れない。
そんな私を腕を斬ったゆいは後ろに強く押し、私が転んで顔を起こした瞬間、聞いた事のない風切り音が響き、心臓がバクンと脈打つ。
男は武器を降った勢いのまま武器を振り回し、斧を私の顔目掛け振り下ろすけど、その男の腹を雷牙さんが殴り、爆ぜる紫色の雷と一緒に男を吹き飛ばす。
「雅は援護を!ゆいは私と接近だ!」
戦法を手短に話され、それを理解してから矢を作って心を入れ替えて弦を引くと、ゆいと雷牙さんは体に魔法を纏う。
前を向くと、男の腹の服が焼き焦げていたけど、その下の皮膚は全くと行っていいほど無傷だった。
「・・・殴れば爆ぜる神器か」
そんな囁く様な声に合わせ、男は巨大な武器の両端に手を当て、こちらに突っ込んで来た。
それを見るのは2回目だからあまり怖くなく、攻撃はゆいと雷牙さんに任せて神経を研ぎ澄ます。
男が大剣を振るよりも速く、ゆいは男の顔面に右膝を入れたけど、それは左腕で止められており、その勢いのまま左膝をこめかみに入れようとするが、それはしゃがんで避けられた。
しゃがんだ男に、ゆいは風で生み出した短剣を上から浴びせると、短剣は男の背を無数に貫いたが、男はその傷を意に介さず、強引に斧を空中のゆいに振る。
その斧の側面をゆいは蹴って躱し、大剣を振り切って体制が崩れた男の脇腹に雷牙さんの突きが入り、爆ぜる雷と共に吹き飛ぶ男に向かって収縮させた矢を放つ。
(葬矢 花火)
頭を使って矢が爆発するように想像すると、矢は男を包み込むほどの爆炎となって轟音を辺りに響かせた。
男は火だるまとなって地面を転がるが、男は体が燃えているにも関わらずに直ぐに体を回して立ち上がった。
「うっ!?」
肉が焼ける臭いと音が辺りに漂い始め、その気持ちが悪い臭いに顔を顰めて耐えていると、男は火の中で心底残念そうにため息を吐いた。
「ハズレか」
そんな意味の分からない言葉を男は呟くと、燃える腕で武器を振り回し、それを片手に持ち変えた。
その男にゆいは無数の風の短剣を飛ばそうとした瞬間、聞いた事のない風切り音と、聞いた事のある生々しい音が響いた。
「・・・えっ?」
自分が頭を貫かれた時に聞いた音が辺りに響き、恐る恐る辺りを見回してみると、雷牙さんの顔に巨大な斧がのめり込んでおり、そのまま雷牙さんは後ろに倒れると、斧が重みで抜け、顔からごぼりと血が溢れた。
「えっ?」
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ーーーー!!!!!」
そんなゆいの雄叫びに咄嗟に弦を引くと、ゆいは自分の首を切り裂き、短剣に大量の血を吸わせた。
「ゆ!?」
激情したゆいを止めようとするけど、ゆいは私の声が聞こえが届く前に、そのまま燃えている男に突っ込んだ。
男は燃える手の平を広げると、何処からか普通の大きさの剣が現れ、迫り来るゆいにその劔を優しく投げた。
その劔をゆいは短剣で下から弾き上げると、その劔から紫色の雷が弾け、ゆいの体が苦しそうに震え始めた。
「っぅぅうう!!!」
「ゆ」
ゆいを助けようと弦を離そうとした瞬間、ゆいの後ろのあの大きな武器が迫っており、私が声を荒げるよりも速く大剣がゆいの後頭部から顔に貫通し、その刃先を男は雷を纏った右腕で掴んだ。
「あっ、えっ?」
目の前に起こった現状が理解できず、ただ呆然と立ち尽くしていると、男の白い歯がやけに目立つ焼き爛れた顔をこちらに向けられ、死の恐怖が体に纏わりつく。
けれど自分が死ぬのならと思い、石が三つ光った弓をあの方向に向け、収縮させた鋭い矢を放つ。
(これで・・・)
藁にもすがる様な思いを胸に顔を歪めていると、いつの間にか接近した男が斧を振り上げている事に気が付き、慌てて防ぐ様に弓を上に構える。
けれど鋭い風切り音と共に斧が振り下ろされると、弓は簡単に折れ、私の鎖骨と右胸を斬り裂いた。
「いっ!!!」
痛みが頭に駆け走り、地面に倒れてしまう。
体を地面に擦り付けながら逃げようとするけど、強過ぎる痛みのせいで体が思うように動かせない。
「悪かったな。・・・すぐ殺す」
その声に視界を上に上げると、男からは火が消えており、顔の焼け跡もいつのまにか治っていた。
傷の治りが速すぎる男に恐怖を覚えていると、血の付いた斧を振り上げられ、眼を強く閉じて死の恐怖に耐えようと体を力ませた瞬間、激しい金属音が耳を叩いた。
恐る恐る右眼だけを開いて眼の前の状況を確認してみると、黒く長い髪をなびかせる、見たことのある後ろ姿が見えた。
「さ、桜さん」
自分が殺されると思い、家に向かって矢を放てば助けが来るかもと願っていたら本当に桜さんが来てくれ、涙が瞳から溢れ出してしまう。
その涙に合わせる様に、桜さんの足元の地面にヒビが走り、そこから鋭い針が男に向かって飛び出した。
けれど男は針を後ろに飛んで簡単に躱し、心底嬉しそうな笑みを浮かべた。
「黒い刀に黒髪の女・・・お前だな」
そんな意味の分からない言葉に、桜さんに助けを呼んだ事が間違いだったのかと焦ってしまうけど、そんな焦りを落ち着かせる様な温かい笑みを桜さんは私に向けてくれた。
「雅・・・」
「えっ?あ、はい?」
「ごめんね」
申し訳無さそうな桜さんの声が聞こえた瞬間、首元に一瞬だけ冷たい感覚が走った。
(えっ?)
声が・・・出ない。
意識が・・・・・・ぼやける。
頭が回らない。
眼の奥と鼻の中が熱い。
視界が回る。
鈍い衝撃と共に視界が跳ねた。
首から下の感覚が何故か無い。
地面の砂粒が見える。
(えっ?あ、あっ?)
視界が黒く塗り潰された。




