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第30章 アルカナ


「ふん、ふん、ふーん」


鼻歌を歌いながら、朝食に使う小松菜をまな板の上で刻み、刻み終わった小松菜を煮込んでいたシチューの中に入れて軽くかき混ぜていると、後ろから誰かの気配を感じた。


「んっ?」


誰だろうと思い、顔を後ろに向けてみると、そこには白い狐の耳を揺らす紬さんがキッチンの中に入ってきていた。


「桜〜。もう出来たか?」


「もう出来ますよ」


「おー、あんがと」


紬さんは私にお礼を言ってくれると、キッチンに置いてある食器を持ってリビングの方へ行ってしまった。


そのおかげで急いでシチューを完成させようと思い、粉チーズと生クリームを入れ、最後の隠し味に味噌を少し入れる。


「よし、出来た」


かき混ぜ終えたシチューの取っ手を取り、それを居間に持っていこうとすると、戦の国とは反対側から何かを肌に感じた。


「あれ?」


感じた事のある肌のうずきに疑問を感じながら、鍋を置いて急いで縁側に向かうと、森の中から雷牙とゆいが仲が良さそうに歩いてきていたけど、2人とも私をみた瞬間、表情を硬くした。


「あっ、えっと、ただいまです」


「・・・ただいま」


「うん、おかえり」


取り敢えず2人に笑顔を向けると、ゆいは雷牙の背中に隠れ、雷牙の後ろから私の顔を少し潤んだ眼を向けてきた。


「えっと、あの時はごめん・・・なさい」


ゆいのとっても申し訳なさそうな声を聞き、思い出す。


ゆいが霧の不死を殺そうと王都に行くのを止めた時に、左腕をへし折られた事を。


「いや、大丈夫だよ。もう治ったから」


ゆいが安心してくれるように笑顔を向けるど、ゆいは複雑そうな顔を浮かべ、また雷牙の後ろに隠れてしまった。


(えっと、何か悪いことしたかな?)


自分が何か悪かったんだろうかと思い、慌てて頭の中で言葉を探していると、こんどは森の奥からかなり気まずそうに一緒に歩く琴乃と雅が歩いてきた。


2人は私に気が付いたのか、ゆい達と同様に表情を硬くした。


「あっ・・・ただいま、です」


「ただ今帰りました」


「えっと、2人ともお帰り」


ぎこちない2人に取り敢えず返事を返すと、2人は少しだけ笑ってくれ、こちらも少しだけ安心してしまう。


「あ、そうだ。みんな朝ごはんは食べた?」


「あ、いえ、まだですね」


「そう、なら、ご飯作ったからみんなで食べよう」


みんなをご飯に誘ってみると、みんなはゆっくりと頷いてくれた。


それからみんなで一緒に居間に行くと、紬さんが全員分のシチューを用意してくれた器の中に装いでいてくれて居た。


「おぉ、お主ら。久しぶりじゃのぉ」


「「「お久しぶりです」」」


「久しぶり」


「・・・お主ら、強くなったな」


紬さんはゆい達をみるなり明るい笑顔を浮かべ、ゆい達の器にはかなり大目にシチューを装い始め、私も何かもう1品くらい作ろうかなと考えながらキッチンに行こうとしたけど、自分の左袖がゆいに掴まれている事に気が付いた。


「どうしたの?」


「お兄ちゃんはどこにいるの?」


その質問を聞いて心臓がドクンと脈打ち、一瞬どう答えればいいか分からなくなっていると、悪いタイミングで外から草の上を歩く音が聞こえた。


「お兄ちゃんだ!」


「ダメ!!」


ゆいにあんな姿を見せたら不味いと思い、慌ててゆいを止めようとするけど、ゆいは私の言葉が聞こえてないのか、楽しそうに縁側に飛び出て行った。


そのゆいを追いかけて急いで縁側を飛び出ると、無数の羽音と、黒い塊が顔に群がる悠人の前で立ち止まるゆいが見えてしまった。


「お兄・・・ちゃん?」


「・・・ゅぃ?」


床が壊れる勢いで床に踏み切り、急いでゆいの眼を右手で覆い、蝿がたかる悠人に笑顔を向ける。


「悠人、私の代わりにありがとね」


「ぃぇ!大丈夫ぇす!」


そんな悠人の篭った声を聞き、言葉が一瞬詰まってしまうけど、細い息を吐いて心を落ち着かせ、もう一度悠人に笑みを向ける。


「ごめんね悠人。その姿、ゆいが見るの初めて見たいでビックリしてるみたい」


「ぁ、ぞっか。・・・ごめんねゆい、もうすこしで顔が治るから」


「なんっ・・・えっ・・・腐ってる?」


悠人は私の腕の中で絶句しているゆいに優しく声をかけるけど、ゆいはまだ驚いているのか、断片的な言葉しか話せていない。


そんなゆいを気にしたのか、悠人は足を後ろに運び始め、私に背中の痛々しい無数の弾痕を見せつけて来た。


「ごめんなさい、少し時間を潰して来ますね」


「あ、いや、だいじょ」


悲しさを含んだ声を出す悠人を止めようとしたけど、悠人は私の返事を待たず、無数の蝿と共に森の中へ消えていしまった。


(悠人・・・)


悠人に嫌な思いをさせてしまい、不安な気持ちが心に生まれてしまうけど、急にゆいは私の右手を無理やり引き剝がし、私を潤んだ瞳で睨んできた。


「あれは何!?」


「・・・あれは、悠人の魔法だよ」


ゆいが傷付かないように簡潔に説明をすると、ゆいは何か信じられないような顔を浮かべた。


けれどその顔は突然怒りを含んだような表情に変わり、自分の髪を両手でぐしゃぐしゃにし始めた。


「ゆ、ゆい?」


急なゆいの表情の変化を見て心配してしまうけど、ゆいは髪を掻き終えると、少しスッキリしたような表情を小さな顔に浮かべた。


「ご飯」


「・・・えっ?」


「ご飯食べよ!!」


ゆいは私にそう言い残すと、現状を理解できない私を置いて、とっとと家の中に戻っていってしまった。


何がなんだか良く分からなかったけど、とりあえず縁側に座り、魔法で作った水で足裏の泥を落としてから居間に足を運ぶと、みんなはもうご飯を食べており、そのペースはとても速く、バクバクとご飯やスープを食べていた。


「ほれ、桜。お主の白飯」


「あ、ありがとうございます」


こちらにお椀を投げてくれる紬さんに頭を下げ、それを持って私も食卓に座ると、みんなはもうご飯を食べ終えており、急ぐように食器を重ね会釈をした。


「雷牙!むしゃくしゃするから戦お!!」


「いや、今食ったばっかだから」


「良いから!!!」


ゆいは声を荒げると、雷牙の肩を掴み、雷牙を引きづりながら縁側に行ってしまった。


それを止めた方が良かったかもと思いながら、お箸使って白米を口に運んでいると、琴乃と雅が雷牙達の分のお椀を持って行ってくれようとしてくれていた。


「あ、置いておいて良いよ」


「いえ、大丈夫ですよ。このくらいさせて下さい」


雅は私に優しい笑顔を向けてくれ、その笑顔に甘えてご飯を食べようとしたけど、琴乃と雅が同じ食器に手を掛けようとした瞬間、2人とも驚いたのか、食器を腕から溢れ落としてしまった。


(あぶ)


急いで植物の蔓を卓袱台から生やして大きな食器は受け止めるけど、小さな食器は受け止めれなかった。


(あ、割れ)


次の瞬間、食器が割れる音の代わりに無数に食器を重ねる音がし、私の視界には落ちたはずの食器を重ねた紬さんが写っていた。


「はぁ。お主ら、何呆けとるんじゃ」


「あ、も、申し訳ございません」


紬さんはため息を吐きながら重ねた食器を琴乃に差し出すと、琴乃は申し訳なさそうに紬さんから食器を受け取り、植物から引き抜いた食器を腕の中で重ねた雅と一緒に、気まずそうに2人でキッチンの方へ向かって行く。


けれど琴乃の耳は何処か赤くなっており、雅の耳は横を向いて何かリラックスしているようだった。


(なんか、新婚夫婦みたい)


そんな事を思っていると、雷牙達も急に距離が縮まっていたように思えてしまう。


(・・・何があったんだろう?)


自分が見ていない場所で何かあったんだろうと思いながら、自分が炊いた白米を口に運んでいると、紬さんがこっちを向いている事に気が付いた。


「のう桜・・・人が居ると、まだ気まずいか?」


その言葉を聞いて、紬さんがまだ私の事を心配してくれているのだと分かってしまい、紬さんが安心してくれるよう笑顔を向ける。


「えっと・・・まだ少し気まずいですけど、段々と慣れてきました」


「そうか。それは良かったの」


私の返事に、紬さんは心底安心したような笑顔を浮かべ、残ったスープを口の中に掻き込んだ。


「馳走さま。んじゃ、食器は洗っとってやるけゆっくりしとけ」


「あ、すみません」


「気にせんでええ」


紬さんは私に軽く手を振ると、残った食器を待ってキッチンの方へ行ってしまった。


取り残された居間で、空いた悠人の席を眺めながらスープを口に運ぶと、自分で作ったのにとても美味しいと思える良いスープだった。


そんな美味しいスープを時間をかけて食べ、お水を飲んで一息ついていると、ある事に気付いてしまった。


(そっか私、幸せなんだ)


今の環境にいる自分が幸せなんだと実感してしまうと、頰が緩んでしまい、胸の奥がとても温かくなってしまう。


そんな温もりを感じながら、久しぶりに床に体を倒してみると、いつの間にか縁側に、いつもの様な幼い笑みを浮かべている悠人が立っているのが見えた。


「あ、ただいまです」


「うん、お帰り」


体をゆっくりと地面から起こし、悠人をじっと見てみると、その体には傷はなかったけど、服に付いた8つの弾痕のせいで、悠人がどれだけ傷ついたのかがよくわかってしまい、少し複雑な気持ちを感じてしまう。


「ねぇ悠人、着替えなら悠人の部屋にあるから、先に着替えておいで」


「はい、分かりました!」


私の提案に悠人は元気よく返事してくれると、急ぐように自分の部屋に行ってしまった。


そんな悠人を見て、昔飼っていた人懐っこい犬を思い出してしまい、少し懐かしい気持ちになってしまう。


(・・・さて)


そんな懐かしさを感じながら立ち上がり、悠人が好きなベーコン入りのシチューだから喜んでくれるかなと楽しみに思いながら、悠人の器にご飯を入れようとしたけど、炊飯器は米粒も無いほど綺麗に平らげられていた。


(あ〜、えっと、確か冷凍庫にご飯残ってたよね!?)


急いで頭の中を掻き回し、悠人が帰って来る前にと、大急ぎで台所へ足を運んだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふぅ、やっと着いた」


「やっ、やっと着いたんだ・・・」


強い衝撃を体に感じた後、大和ちゃんがそう声を漏らしてくれたおかげで、速すぎる自分の鼓動が少し収まってくれたのを感じ取れた。


昨日大和ちゃんが言っていた通り、私達はお昼ご飯を食べてから和の国に向かったけど、この前の謎の不死が和の国の研究所を襲った事で色々と問題があり、その問題を一旦沈める頃には、時計の針は四時を回っていた。


そのせいか大和ちゃんは焦るように私を持ち上げて和の国を走り、10分足らずで獣人族の里へ着いてしまった。


「あ、ごめんな。日暮れ前に来たくてよ」


「う、うん」


大和ちゃんの腕の中から降り、少し気持ち悪い気分を落ち着かせようと深呼吸をするけど、慣れない浮遊感や強風の感覚のせいでまだ気持ち悪い。


「ちょっとごめん。休憩させて」


「あぁ、ほんとごめんな」


謝ってくれる大和ちゃんに軽く笑顔を向けて、辛うじて残っている家の残骸に腰をかけ、深呼吸をする。


「ふーぅ」


しばらく呼吸をし、少し心臓が落ち着いてから顔を上に上げると、ゆいちゃんと雅ちゃんの記憶で見た里とは違う、とても悲しい焼け跡達が見えてしまった。


(本当に、壊れる時は一瞬だね)


そんな事を思いながら大和ちゃんに笑顔を向けると、大和ちゃんは私に軽い笑みを返し、何処かへ足を進め始め、私もそれに着いていく。


「ねぇ大和ちゃん、何処に行くの?」


「・・・あの洞窟だ。お前の話を聞く限り、あそこが悠人に一番関係している場所だからな」


「・・・うん」


あの洞窟と聞き、少し心配な思いを胸に背負いながら大和ちゃんに付いて行っていると、里からしばらく離れた場所に、しめ縄が何重も張り巡らせた暗い洞窟があった。


確かしめ縄とは、禁足地や何かがそこに戻らないようにと言う願いがあると本で読んだ事はあるけど、これは絶対に前者だと直感的に分かってしまうほどの空気が辺りに漂っている。


「や、大和ちゃん、離れないでね」


「お、おう。なんかこれ、前より怖くなってね?」


「そ、そうなの?」


怯えながらも、2人で怖い洞窟の中へと足を進めて行くと、しめ縄を一本通る度に、空気が悪い方に変わって行くのを肌で感じる。


そんな冷たく重い空気を感じながらも足を進めていると、何かが地面を這う音が洞窟の奥から聞こえて来た。


「わっ!?なんの音!!?」


「聞き間違えじゃねえんだな!!?なんの音だよこれ!!!?」


2人で大声を出して、怖さを紛れさせながら洞窟の中を進んでいると、急に声が反響し始めた。


「こ、ここだ。わりぃけど、ここの過去を読み取ってくれないか?」


「えぇ!?・・・わ、分かった」


怖い思いをしながらゆっくりとしゃがみ、冷たくざらついた地面に右手で触れる。


そして、私の魔法を使って過去を読み取る。


しばらく何事も無い真っ暗な洞窟の中が見えていたけど、誰かが洞窟の中に横たわっているのが見え、慌てて意識をそこに止めると、声が聞こえた。


「わぉぉぁぁ!!?かゆかやい!!いじゅ!!あははははっっはははは!!!!?」


そんな発狂しているような声が突然耳を叩き、頭の中が真っ白になってしまうけど、その声に何処か聞いた事があり、急いで頭を回す。


(誰だっけ?)


「てでいげ!?いふ!?あぁぁぉ!???あははははははははっっ!??!!?」


頭を抑え、地面でのたうち回る人物をしっかりと見ると、全身が震えており、地面には色が付いた水がその人から垂れていた。


(何が・・・どう言う事?)


その光景にまた頭が真っ白になりそうになるけど、ある事に気が付いてしまい、頭の中がじんわりと熱くなってしまう。


「悠人・・・ちゃん?」


「いひっ!?しななへへへっ!!!いかなははは!!?あぁぁぁぁぁぁっ!!!」


その悠人ちゃんらしき人は、次第にのたうちまわる事も出来なくなっていき、声も段々と小さくなっていった。


「あはぁぁへっ!死なないじぇへへぇぇぇ・・・」


声が完全に途絶えると、悠人ちゃんは地面に肌を擦りながら何処か這いずって行き、その向かう先には、刀があった縦穴があった。


自ら死のうとするような悠人ちゃんを止めようとするけど、私の手は悠人ちゃんの足をすり抜けた。


(・・・そっか、これは過去だ)


今私が居るのが過去だと改めて実感していると、悠人ちゃんは縦穴に上半身から落ちると、鈍い音が聞こえ、恐る恐るその縦穴を覗き込むと、首がいびつな方を向いた肉塊が見えた。


(ここで・・・死んだんだ)


こんな暗くて心細い場所で、あんな明るい子が死んだんだと分かり、嫌な感情が胸の中に積もって行く。


そんな嫌な思いから逃げるように縦穴に背を向けた瞬間、骨から鳴る甲高い音が縦穴から響いた。


その音は、何度も聞き覚えがある。


人が不死に変わる瞬間の音だ。


不死になる時、骨と肉がだんだんとドロドロに溶けて行き、その人の心臓の位置から骨と肉が形成され、最後にあの綺麗な顔が作られて行く。


そんな事を思い出してしまい、気持ち悪さを感じながら現実へ帰ろうとすると、ぞわりと背中に鳥肌が立ち、慌てて後ろを振り向くと、まだ肉が完全に生成されていない体が、ゆっくりと縦穴から這い出てきた。


(っ!?)


その突然過ぎるの光景に尻餅を付いてしまうと、骨の腕にはあの刀が握られているのに気が付いた。


(いつのまに?)


どうして死んだはずの悠人ちゃんの手に刀が握られているのかと困惑していると、その刀から黒いヘドロのような現れ、白い骨を包み込んで行く。


その異様過ぎる光景に言葉が出ず、闇が骨を包んで行くのを見ている事しか出来ない。


呆然とその闇を眺めていると、その闇が骨の全身を包み込み、ゆっくりと肉塊は動き出し、尻餅を付いた私の隣を通り過ぎて行った。


(そういう、事なんだ)


悠人ちゃんを包み込んだ闇が何かは分からないけど、ここで死んで闇に飲まれた悠人ちゃんは、自分のお母さんが苦しまないように殺し、雅ちゃんを助ける為に窓から投げ出したんだと分かった。


そして多分、清白ちゃんも守るために戦の国の兵士を殺したんだと思う。


そうやって自分の頭の中でこの里で起こった事を色々と整理していると、闇に飲まれた悠人ちゃんが外から帰って来た。


悠人ちゃんは何か重たい足取りで縦穴に向かい、その中へ頭から落ちると、悠人ちゃんはそこから出てくる事は無かった。


そっと縦穴に足を運ぶと、そこには岩に刺さった刀の隣で丸まっている不死の悠人ちゃんが見えていた。


その光景を見て、これ以上過去を見ても何も無いと思い、魔法を使うのを止めると同時に闇が視界を包み、何も見えない。


「えっと、大和ちゃん、ただいま」


「お、帰って来たか。取り敢えず出ようぜ。ここマジで怖いから」


その言葉に頷き、大和ちゃんの広袖の端を持って立ち上がり、洞窟から出ようとすると、私達とは違う足音が洞窟の中に響き渡り、心臓がキュッと縮まる。


「っ〜〜〜〜!!!?」


「えっ何!!?」


「うわちょ誰!!妖怪!!?熊!!!?」


そんなどこか聞いた事のある男性の声の方にビックリしながらも顔を向けると、洞窟の入り口の方には誰かが立っていた。


逆光のせいでその人の顔が見えず、眩しい夕日に眼を細めていると、私の前にいる大和ちゃんが言葉を漏らした。


「・・・悠翔、か?」


「・・・あれ!もしかして大和さん!!?」


大和ちゃんの自信がなさそうな声を聞いて、思い出した。


2年前に、あの刀を大和ちゃんに渡した男の子の事を。


「えっ、なんでお前こんな所に居るんだよ」


「用事があっただけなんですけど、取り敢えずここから出ません?」


「そう、だな。ここ怖いし」


「う、うん」


急に現れた悠翔に警戒しながら、ゆっくりと明るい洞窟の外へ出ると、夕日の光に当てられ、黒い戦の国の服を身に纏い、白い狐の仮面を付けた青年がはっきりと眼に映った。


「久しぶりだな悠翔!背伸びたな」


「えぇ、背だけは伸びました。後、貴方が真白さんですね、初めまして」


「あっ、うん、初めまして」


初めて会う悠翔に警戒をしてしまうけど、そんな私とは対照的に大和ちゃんは悠翔に親しげに接していく。


(大丈夫・・・なのかな?)


もし悠翔が大和ちゃんを裏切ったら。


そんな嫌な考えが頭の中に生まれ、少し考えこんでしまう。


「・・・大和さん、喉乾いてませんか?」


「んっ?まぁ、乾いているけど、なんでだ?」


「いえ、久しぶりなんでコーヒーでもご馳走しようかと思いましてね。あの神社で」


「おっ!本当か!?」


「はい、では行きましょう」


私が考え込んでいる内にあの神社に行く事が2人の間では決定してしまい、悠翔は嬉しそうにしめ縄の方へ向かって行き、大和ちゃんも楽しそうに悠翔に付いて行くけど、私だけが不安な気持ちを抱え、悠翔に付いて行く。


過去を見続けて来たせいか、人間の気持ちは変わりやすい事を知っている。


そんな考えを胸に、いざとなったら合の手で今をごっそり変えようと考えていると、そんな私の考えをやめさせるように、涼しい風が髪を揺らした。


そんな心地のいい風を感じ、顔を上げてみると、いつの間にかあの神社が見えており、その拝殿の場所へ大和ちゃんと悠翔が入って行くのが見えた。


(あれ?置いてかれてる?)


自分がいつの間にか置いていかれている事に気が付き、急いで境内の中に入ると、冷たく心地が良い空気を肌に感じた。


(なんだろう、これ?)


その冷たい空気は何処か懐かしく、少し涙腺が緩んでしまうほどに優しい。


急に胸の奥に込み上げてくる懐かしさに少し困惑してしまうけど、大和ちゃんの事を思い出し、慌てて石の階段を駆け上ると、拝殿の中で物凄く楽しそうに会話している大和ちゃんと悠翔が見え、肩の力が抜けてしまう。


「あ、真白さんどうぞお入りください。・・・僕の家では無いですけど」


「うっ、うん。お邪魔します」


拝殿に入る前に軽くお辞儀をしてから、靴を脱いで軋む拝殿に入ると、その中は外の空気よりもさらに優しく、心地が良い。


(なんなんだろう?)


「あっ、じゃあ僕真白さんの分のコーヒー持ってきますね」


「おう、行ってら」


悠翔は私をみるなり、急いで廊下の方に走って行ってしまい、その姿に不審がっていると、大和ちゃん多分悠翔から出されたコーヒーを飲んでいる事に気が付いた。


「えっと、大和ちゃん。それ大丈夫なの?」


「んっ、コーヒーの事か?めっちゃ美味いぞ」


私の問いに大和ちゃんは頰を緩ませた可愛らしい笑顔で答え、少し警戒心が緩んでしまうけど、悠翔の足音が聞こえ、もう一度気を引き締める。


「お待たせしました、コーヒーですよ」


「ありがとう」


私に差し出されるコーヒーをそっと受け取ると、そのコップに冷たさを感じ、悩みながらもゆっくりとコーヒーを飲んでみると、とても甘くて美味しい。


「・・・美味しいね」


「それは良かったです。で、大和さん、お仕事が辛いんでしたっけ?」


「あぁ!普通に資金とか安全性とかちゃんと考えて娯楽施設の計画を破棄してるのに、あいつら私が役立たずとかわざわざ紙に書いて持ってくるんだぜ!?」


普段は滅多に愚痴らない大和ちゃんが愚痴っている姿を見て、少し意外さを感じていると、悠翔は足を崩し、木をきしませながら床に座り込んだ。


「あー、それは嫌ですね。そういう人達には職業体験でもさせたらどうですか?」


「いや、そんな事したら国がえらい事になるだろ?」


「あ、それもそうですね。」


悠翔の表情は仮面のせいで分からないけど、悠翔と話す大和ちゃんはとても楽しそうだった。


それがとても嬉しく、とても悔しい。


別に、私は人間が嫌いなわけでは無いけど、人間はいずれ死んでしまうから、仲良くなるなら不死同士の方が良い。


だからこそ、大和ちゃんをこんな笑顔に出来ない自分が悔しい。


「あ、なぁ悠翔、厠ってあるかここ?」


「トイレですか?それなら廊下の曲がり角を二回曲がったらありますよ」


「サンキュ。ちょっと行ってくるわ」


大和ちゃんは何の警戒もせず、神器を置いてトイレの方に行ってしまい、取り残された私はとても気まずい。


(ここで殺されたり、しないよね?)


「・・・真白さん、ちょっと良いですか?」


「んっ!?何!?」


警戒している中で急に話しかけられ、驚きながらも慌てて返事を返すと、仮面から見える虚ろな黒い目が私の方をじっと見ている事に気が付いた。


「急にすみませんけど、大和さんの事好きですか?」


「えっ!?えっと、うん、好きだけど?」


急過ぎる質問に戸惑いながらも本音で答えると、悠翔は仮面の上からでも分かるほどの大きなため息を吐いた。


「なら、辛いですね。自分じゃ止めれないから」


その言葉に心音がドクンと跳ね、色々な疑問が頭の中を巡り、少し悠翔から距離を離す。


「ねぇ、君は第六感を持ってるんだよね?」


「えぇ・・・有難い事に」


「なら、何処まで知ってるの?」


第六感を持っているなら、何処まで過去を知っているのか。


そんな自分の疑問を少しでも解消しようと質問してみると、悠翔は虚ろな眼を私から逸らし、遠くを見る様に外の景色を眺め始めた。


「大和さんが・・・王様になった理由まで知ってます」


「・・・そう・・・なら、君はどう思ったの?」


ふと、そんな疑問を返してしまい、慌ててそれを否定しようとすると、また、虚ろな眼が私を見ている事に気が付いた。


「・・・あれはもう、しょうがないとしか思えなかったですかね」


悠翔は暗い声を私に返してくるけど、それが私の望んだ答えじゃない事が分かり、この話はここで区切ろうと思ってしまう。


「そう・・・ありがとね。話してくれて」


話を無理やり区切ってコーヒーを飲んで少しでも大和ちゃんの助けになる事かもと期待した自分を笑っていると、悠翔の眼がまだ私を見ている事に気が付いた。


「どうか、した?」


「なるほど、過去が分からないんですね。・・・大和さんから助けて貰ったんですね。・・・大和さんを助けたいんですね」


悠翔は私の声が聞こえていないのか、小声で呟き続けるけど、その呟きは全て私の過去に関係するもので、過去を除き込まれてる様で少し気持ちが悪い。


「ねぇ、第六感で人の過去を勝手に探らないで」


「えぇ、それ貴方が言いますか?」


仮面の上からでも分かる私を嘲笑っているような態度を見て、悠翔を睨みつけるけど、悠翔はそんな私を無視して天井を見上げた。


「あのですね、大和さんは貴方が何をしようと救われませんよ。」


「・・・どうして?」


その悠翔の言葉に、純粋に疑問の声を返してしまうと、悠翔は急に自分の拳を強く握りこんだ。


「あの人はですね、良かれ悪かれ仲間を大切にする人です。だから親しくなればなるほど、迷惑や不安をかけたく無いって思ってしまうんです。だから普段周りに愚痴らないでしょ?」


「っ!?」


その言葉はずっと側に居た私が思うほど、信憑性があった。


けれどそれは、第六感だけでは確定し過ぎていると同時に思ってしまい、不安が胸の中に生まれてしまう。


「ねぇ、どうしてそんなに大和ちゃんに付いて詳しいの?」


「・・・あの人と僕は、似てますから」


その真っ直ぐな言葉は、嘘が分かる力を持っていない私でも分かるほど、嘘をついていないとはっきり分かるものだった。


「じゃあ、どうしてあげたら大和ちゃんは楽になるの?」


悠翔は私が知らない大和ちゃんの苦しみを知っている。


だから、藁にもすがる思いで悠翔にそう聞いてみると、悠翔はまた大きなため息を吐き、私の眼を真っ直ぐ見てきた。


「・・・そう思う理由を無くす。つまり、大和さんに王様を辞めさせる事です。でもまぁ、これは無理な話ですね、だって()()()()()()()をまだ果たそうとしてますから」


「・・・そう、話してくれてあり」


「だから、笑わせてあげて下さい。少しでも気が紛れるよう」


その言葉には、何処か寂しそうな思いが詰まっていたような気がするけど、大和ちゃんの少しでも気が紛れるならそうしようと言う考えの方が強かった。


「ありがとう、それを伝えてくれて」


「いえいえ、大和さんに救われて欲しいとは僕も思ってますから」


「・・・どうして?」


「・・・生まれて初めて、僕を救ってくれた人だから」


悠翔の優しい声を聞き、悠翔が大和ちゃんをどう思っているか分かってしまい、少し悲しくなってしまう。


(君も、不死だったらね)


そんな事を思っていると、悠翔は気まずそうに髪を掻き、私から顔を背けた。


「と、というか大和さん遅いですね。何かあったんですかね?」


「たしかにそうだね。・・・ちょっと見て来ようか」


私の言葉に悠翔は頷き、腰のホルダーから銃を取りだした瞬間、廊下の奥から大和ちゃんが歩いてくるのが見えた。


「どうした?銃なんか抜いて」


「あ、いえ、大和さんが遅いのでどうかしたのかなと思って。」


「あ〜・・・心配かけて悪いな。ちょっとでかい方してたんだ」


その大和ちゃんの恥ずかしそうに話す姿を見て、悠翔をじっと睨むと、悠翔は何か申し訳なさそうに大和ちゃんに向かって手を合わせた。


「すみません、デリカシーのない事聞いてしまって」


「いやいや気にすんなって、2人とも心配ありがとな」


そんな大和ちゃんの照れる姿を見て、顔をほころばしていると、何かのバイブ音が静かな空間に鳴り響いた。


「・・・すまん、連絡が来たからちょっと外に行く」


「行ってらっしゃいです」


「おう」


悠翔に対して、大和ちゃんは気さくに返事を返すと、拝殿の外へ出て行ってしまった。


そのせいでまた、悠翔と同じ空間に取り残されてしまい、また過去を読まれるんじゃ無いかと少し心配していると、ある話題を思い付いた。


「ねぇ悠翔、そういえばあの本の事なんだけど」


「ぶっ!?」


話をしていれば第六感を使う暇は無いと思って何気なくそう話しかけたのに、悠翔は仮面の上から顔を抑え、体を丸め始めた。


「え、えっと、面白かったですかね?あれ僕の生まれて初めての話なんですけど・・・」


「えっ!?あれ初めてだったの!!?」


「は、はい、だからあれを大和さんに渡した後、捨てられないかともの凄く心配で」


「そ、そんな事ないよ。あれもう12回くらい読み返してるから!!」


「えっ?それマジですか!?」


咄嗟に出た言葉には自分の秘密が入ってしまい、こっちまで恥ずかしくなっていると、悠翔は急に落ち着いたようにため息を吐き、私の顔をじっと見てきた。


「えっと、何処が面白かったですか?」


「ん〜、何処も面白かったよ。カグツチと一緒に海を渡るところの知恵の量や、カグツチの力を受け取って色んな人達を救おうとする主人公はかっこよかったし。・・・けど、あの苦労とか喜びが全部夢で、主人公が最後に自殺するような終わり方は、少し虚しかったかな?」


そんな私が感じた正直な感想を悠翔に伝えると、悠翔は安心したようなため息を吐き、私の眼をじっと見てきた。


「・・・ありがとうございます。少し、報われたような気がしました」


「そ、そうなの?」


急に報われたと話す悠翔に、何を言えばいいか分からず朧気な返事を返してしまうと、ちょうど大和ちゃんが拝殿の外から帰ってきた。


「あ、おかえりな」


「すまん!今から帰らないと行けなくなっちまった」


そんな申し訳なさそうに頭を下げる大和ちゃんから出た言葉は、私に、いや、大和ちゃんにとってかなり嫌な事だった。


「ど、どうしたの急に」


「暴動に近いものが起こってるらしいから、速いとこ帰らねぇと」


大和ちゃんは焦るように拝殿の中に入ると、置かれていたコーヒーを一気に飲み干して悠翔に顔を向け、慌てながらも綺麗な笑みを悠翔に浮かべた。


「ありがとな、コーヒー美味かったぞ」


「・・・大和さん・・・少し・・・待っててくれませんか?」


明らかに声のトーンが変わった悠翔の声に少し疑問を感じていると、悠翔は大急ぎで廊下の方へ走って行ってしまった。


その光景に呆然としながらも、大和ちゃんに抱えられても良いように服を直しながら拝殿の外に出ると、来る時よりと冷たく寂しそうな空気が肌に感じた。


そんな空気に(いぶか)しさを覚えていると、後ろから悠翔の慌てるような足音が近付いて来た。


「お待たせしました!!」


後ろを振り返ってみると、木の床を靴下で滑りながら悠翔が廊下から飛び出してきた。


その手には、白く横に長い箱と、深い赤色の手帳のようなものが握られていた。


「はい、これ大和さんにプレゼントです」


「・・・なんだこれ?」


「科の国で栽培させた花を和の国の木に染み込ませたアロマのようなものです。イライラする時とかにどうぞ」


悠翔はその白い箱を大和ちゃんに押し付ける形で渡したけど、大和ちゃんはものすごく嬉しそうに眼を輝かせた。


「うぉマジか!ありがとな、大切に使うよ」


「いえいえ、13本入ってて一本二ヶ月くらい持つ物なのでバンバン使ってもいいですよ」


大和ちゃんの顔を見てか、悠翔は嬉しそうに声を弾ませると、今度は私の方に深い赤色の手帳を差し出してきた。


「なぁにこれ?」


「小説のネタを書き留めたものです。僕はもう本は書きませんので・・・真白さんが使って下さい」


「えっ?いやでも」


人がせっかく考えたものを受け取るわけにはいかない思ったけど、悠翔は私の腕を急に掴み、無理やり私に手帳を握り込ませた。


その行動に驚きながら、慌てて悠翔の顔を見てみると、私を2つの虚ろな眼がこちらに向いている事に気が付いた。


「お願いです、どうか・・・受け取って下さい」


「えっ・・・う、うん」


悠翔の重い言葉に押され、ほれに頷いてしまうと、悠翔は笑った様に眼を細めた。


「・・・ありがとう。後、大和さん帰らなくていいんですか?」


悠翔は話を無理やり区切るようにそう話すと、大和ちゃんはそれを思い出したように慌て始め、私の方に顔を向けた。


「帰るぞ真白!!」


「あ、うん」


悠翔に対して少し心残りはあるけど、帰ってこの手帳の過去を読み取れば良いかと思い、拝殿を出て靴を履き、大和ちゃんが持っている白い箱を受け取る。


すると大和ちゃんは私の膝裏と肩に手を回し、私を掬い上げるように2本の腕で抱えた。


「じゃあな悠翔・・・楽しかったぞ」


「あ、じゃあね」


「・・・さようなら」


そんな暗い言葉が聞こえた瞬間、境内に強く冷たい風が吹き、何かの光景が脳裏をよぎった。


(えっ?)


その光景には、長い白髪の華奢な体付きの不死の女性が、黒髪の男の子の前で泣きじゃくっているのが見えた。


(・・・誰?)


その女性が誰か知ろうと、意識の中に手を伸ばそうとすると、体を強い圧が襲い、その光景が何処かへ飛んで行ってしまう。


慌てて現実に眼を向けると、辺りの景色が風のように過ぎ去る光景が眼に映り込んできた。


(そっか、運ばれてるんだった)


今自分がいる現状をちゃんと理解し、私をぎゅっと掴んでいる手に意識を集中させ、眼を閉じて今日聞いた言葉を思い出す。


(気が紛れるように・・・笑わせる)


私は特に面白い話を話せるわけではないけど、少しでも大和ちゃんの気持ちを楽にしたいと思う気持ちを、胸の奥に刻み込む。


眼を開くと見える、大和ちゃんの顔を見ながら、何度も何度も胸の奥にその気持ちを刻み込んだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・すいませんね、帰ってきちゃって」


後ろにある本殿とは逆の方を向いて、独り言を呟く。


「後、ごめんなさい。これ以上話すと出来なくなっちゃうので、もう、いきますね」


そう呟くと、自分の肌に鳥肌が立つ。


けれど、もうどうでもいい。


「さようなら。また、僕みたいな馬鹿がここに来ると良いですね」


今の自分が出来る精一杯の笑顔を仮面の下から本殿に向け、なるべく事を考えないようにして拝殿の外に出ると、外の空気はひんやりと冷たく、俺の足を拒んでいるようだった。


(どうでもいい・・・)


心の中でそう呟き、靴を履いて境内の砂利道を進むと、もう一つの小さな社から熱いような空気が出ている事に気が付いた。


「・・・さようなら。俺・・じゃなかった。僕は、貴方が前を向く事を願ってますよ」


そう呟くと、今度は俺の顔を殴るように熱風が吹いたような気がした。


(・・・どうでもいい)


また心の中でそう呟き、重い足取りであの洞窟に向かう。


しばらく暑苦しい森の中を進み続けていると、やっとあの洞窟のところへ着いた。


「ふぅ」


足をしめ縄の中へ入れ、ゆっくりとしめ縄達を潜り抜けていると、急に恐怖が肩を震わせ始めた。


そのせいで足が止まってしまうが、重心を前に倒し、足の反射を利用して、無理やり真っ暗な洞窟の奥に足を進ませるが、自分の意思で足を進めていないからか、頭が働いてしまう。


あれが本当に夢だったらどうするんだとか。


本当にこれであっているんだろうかとか。


自分がこれまで言われてきた悪態達が脳裏を巡る。


けれどそんな事を考えても無駄だと、心に何度も言い聞かせる。


(夢なら死ぬだけだ。これであっている訳が無い。あいつらは死ね)


脳裏を巡る不安を拭うように何度も心の中で自分に対して言葉を発していると、足音の反響が変わったのを感じ、足を速めてあの縦穴へ飛び込むと、着地をミスってしまい、足を思いっきり捻ってしまった。


「い、っ」


足に強い痛みが走るが、これで縦穴を登る事はもう無理だと思えるようになり、少し胸の中が軽くなる。


けれどそんな心とは対照的に鼻息が荒くなって前頭葉がボヤけて行き、また恐怖が体を襲う。


それを紛らわせる為に、ポケットから戦の国の教官の部屋から盗んできたアンフェタミンが9錠入った箱を取り出し、仮面を外すしてそれら全て口の中に入れ噛み砕くが、粉の感触が口の中で広がり、むせてしまう。


「ゲホッ!げっ!ゴホッ!!」


けれどその粉を唾液を使って無理やり胃の中へ押し込み、速く効いてくれと言う願いを込めて足裏で地面を叩き続け恐怖に怯え続けていると、急に空から光が射したような気分に襲われた。


例えるならそう、3週間風呂に入らなかった後に池で水浴びをしたような気分。


そして楽しくなってきた。


何で楽しいかは分からないけど。


頭が冴えた。


今なら短編を五冊くらいかけるような。


歌いたい気分だ。


今ならどんな歌でも歌える。


自慰でもしたい気分だ。


人を殺した気分だ。


人を救いたい気分だ。


誰かと話したい気分だ。


死にたい気分だ。


「あはっ」


頭がぼーっとする。


嫌な事が無かったようだ。


なんで俺は銃を取り出した?


おれれはなにをしたいんだ?


生きたいのか?


逝きたいのか?


なんれれ銃口が俺の眼を見てくる?


「ははっ」


頭が揺れた。


・・・?


・・・・・・?


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