第26章 闇
「っ!?」
まぶたの裏に人の気配を感じ、慌てて眼を開けると、眩しい夕日が眼に入り込み、そのせいで眼がくらんでしまう。
その眩しい夕日に目が慣れると、辺りの風景が目に映り、自分が見たことがない大きな部屋の中で椅子に座っている事が分かった。
「起きたんだね、おはよう清白ちゃん」
後ろから耳につく優しい声が聞こえ、声がする方に顔を向けると、濃いピンクの眼をこちらに向ける、黒髪の女性と目があった。
けれど、その顔を見て背筋が凍りつく。
「・・・不死」
不死の顔を見て急いでここから逃げようとするが、右手首と両足首に付いている何かのせいで立ち上がれない。
それに目を向けると、付いていたのは手錠だった。
(不味い!・・・不味い!!)
自分が拘束されているのだと気付き、体が汗ばんでいくのを感じていると、後ろの足音がだんだんと近づいてきた。
「ちょっと待ってね、今外すから」
何をされるのかと警戒していたが、女性は私から簡単に手錠は外すと、私から離れていった。
拘束されていた右手を抑えながら立ち上がり、辺りをもう一度見渡すと、大きな窓と机が前に見え、その机の奥に長い白髪を揺らす女性が座っていた。
「白雪、もうちょっと離れてろ」
「はい、分かりました」
白雪と呼ばれる女性は耳に残る綺麗な声を出し、大きな部屋の隅の方に行って足を止めた。
その黒髪の不死に目が向いていると、机を指先で叩く音が聞こえ、その音の先を見てみると、2つの赤い眼が私を見ていた。
「さて、自己紹介から始めようか。私は大和、この国の王だ」
王と言う言葉を聞いて身体中に血が巡り、肩に力が入る。
「お前が、不死の親玉か」
「まぁそんなところだ。んで、お前に聞きたい事があるんだが」
私の体をじっとりと見つめる赤色の眼に不快感を覚えていると、大和と呼ばれる不死は急に軽い笑みをその顔に浮かべた。
「お前の趣味と特技を教えてほしい」
「・・・はい?」
「急にすまんな」
こんな緊迫した状況とは全く関係が無い事を言われ、力が入った肩から力が抜けてしまう。
「いや、なんでだよ?」
「お前にはここで働いてもらおうと思ってな」
その言葉を一瞬遅れて理解すると、体にまた力が入り、大和を睨みつける。
「嫌に決まってるだろ!私は、お母さんに会いたいんだ!!」
苛立ち過ぎたのか本音が口から漏れてしまい、恥ずかしさを隠すためにまた大和を睨むと、大和はため息を吐いて椅子から立ち上がった。
ただそれだけなのに、背筋に鳥肌が立つ。
「お前、今の自分がなんなのか分かってるのか?」
そんな重々しい声が聞こえると、体がこわばり、空気が軋む。
「お前は不死だ、それだけは何をしようが変えられない。お前がその姿で戦の国にでも戻ったらどうせ殺されるか、変な罪を着せられて敵とみなされるだけだ」
「でも母さんは」
「お前は不死を敵だと思っているだろ?それはあの国全員が思っている事だぞ」
その話を聞いて思い出す。
自分が友達たちから撃たれた光景を。
そんな光景を思い出してしまい、その場に膝を着いてしまうと、胃から何かが上がってきそうになる。
「うっ・・・」
「自覚があるだろ?もうお前は帰れねぇし、もう人間と暮らす事は出来ない」
自分の理想を打ち砕くように断言され、体が震えるほど心臓が大きく脈動する。
だんだんと自分が置かれている状況を理解していくと、どうしようもない気持ちが胸から溢れ、その場から逃げるように後ろのドアから飛び出る。
自分の中にある不安から逃げるように廊下を走るが、長い階段を降りたところで足が止まってしまう。
「クソ!クソォ!!」
壁を殴り、自分の中の不安を暴力という形で発散しようとするが、気が晴れるわけでもなく、逆に不安は増していく。
「うわぁぁぁぁ!!!」
不安に押しつぶされないように喉が張り裂けるような大声を出すと、瞳からは涙が溢れ、視界を潤ませる。
けれど胸に積もる不快な思いはちっとも減らず、その不快感を強く味わいながら、また建物の中をがむしゃらに走り回った。
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「大和様、追わなくて大丈夫なのですか?」
机に膝を付き、熱くなった頭を抑えていると、綺麗な声が聞こえ、ゆっくりと顔を上げると、白雪の顔が私を覗き込むように見ている事に気が付いた。
「あぁ、陽毬達に見張りを頼んでいるからな」
「そうですか、なら」
白雪はそっと私の肩に手を回すと、私に抱きつき、柔らかい胸の感触が私の顔を埋め尽くす。
「私の部屋に、行きませんか?」
「いやいい」
白雪の誘いをきっぱりと断ると、白雪はつまらなさそうな顔をして私から体を離すと、自分の細い小指の爪を噛んだ。
「つれないですね」
「それ以上にやる事があるからな」
白雪の綺麗な黒髪を軽く撫で、椅子に座って机の上に広がっている王都の住人の抗議などを纏めた書類を眺める。
その書類には、コーヒー豆や茶葉などの栽培改善の声や、新たな魔道具の販売許可などがあったが、その中でも一番多かったのは、やはり人間を滅ぼせという声だった。
「・・・はぁ」
その紙を見て目眩がし、椅子に体を預けて少し落ち着くためにため息を吐く。
「また人間を滅ぼせという声でもありましたか?」
「・・・それが9割」
「そんなんじゃ、共存なんか夢のまた夢ですね」
そう、それが私の夢。
人間と不死達の共存。
和の国とは、向こうの住人が不死達を神の使いだと勝手に崇め、強引に同盟の形に持って行ったが、それもこの前の襲撃事件で無かった事にされそうだ。
「そう・・・だな」
ため息を吐き、どうやったら風当たりを最低限避けて切り抜けられるかと考えていると、机の中から騒音が鳴り響いた。
その音は緊急連絡用の魔道具の音だ。
机を急いで開け、赤色の魔道具を取り出して底に付いたボタンを押すと、時雨の必死な声が聞こえた。
「大和様!聞こえてますか!?」
「あぁ聞こえてるぞ!どうした!?」
「忍さんが居ないんです!!」
そんな張り詰めた声を聞き、一つの嫌な不安が頭に思い浮かぶ。
「時雨、忍に魔法を使ったか?」
「それが、使ってないんです!すみません、私のせいで」
自分を追い詰めているような時雨の声を聞き、細い息を口から吐いて、少し頭を落ち着かせる。
「大丈夫だ時雨、お前は部屋から出るなよ。出来れば『共感』で真白と各自グループリーダーに避難連絡を」
「はっ、はい!」
時雨の返事を聞いてから通信を切り、机の中から袖止め用の赤い紐を取り出す。
それを口と片手で右袖を結んでいると、白雪がシンプルな黒い鞘の中に収められた、刀を持ってきてくれた。
「大和様、気をつけてくださいね」
「ありがとな、お前も避難しろよ」
左袖も止め、白雪にお礼を言いながら刀を受け取ると、体から力が溢れ出るような感覚を感じた。
「さぁ、止めるぞ」
鞘を腰に差し、神経を研ぎ澄ませながら扉を開けて廊下に出る。
辺りを警戒しながら、廊下をゆっくり進んでいると、下の階から爆音が響いた。
「やっべ!」
体を脱力させ、足先だけに力を入れて地面を踏み切り、床を砕く音と共に階段に向かう。
左手を地面に付き、その手を軸にして階段を飛び降り、時間がかかる曲がり角は壁を蹴って5階と4階を走り進んでいると、また爆音が響いた。
(2、いや、3階か)
「すーっ、フッ!!」
音の反響でなんとなくの位置を確認し、足に力を入れて床を踏み壊し、4階と3階を無理やり繋ぐ。
繋いだ穴から3階に飛び降りて辺りを見渡すと、そこには地獄のような光景が広がっていた。
地面に倒れている久隅には両足が無く、白い髪は真っ赤に染まっており、その頭には銀色のナイフが何本も刺さっていた。
その傍らには、両目をナイフで潰された陽毬が首だけの状態で転がっていた。
「えっと、貴方が眠る場所に贄を送ります。ですから、お母さんとお姉ちゃんを蘇らせてください」
その前には何かに祈るような構えをした忍が跪いており、その奥には上半身と下半身が綺麗に別れた使用人達と、四肢がない、焼け焦げた清白の死体が転がっていた。
その死体達の死んだ顔や、助けを求めるように伸ばされた手を見て、殺意が意識を埋め尽くしていく。
けれど息を細く吐き、荒ぶった心を落ち着かせていると、視界で捉えていた忍がゆっくりとこちらに顔を向けた。
その顔には引っ掻き傷や痣、服には弾痕が無数にあるが、そんな傷を気にもして無いように忍はこちらに体を向け、とても嬉しそうな顔をその顔に浮かべた。
「お母さん達を、助けてくれるんですか?」
忍のそんな話を無視すると、忍は首を傾げ、傷ついた左の頬を何度も搔きむしり始めた。
「贄が、足りないん・・・ですねぇー!!」
忍の狂気じみた笑みが最高潮に達すると、忍がその場から消え去り、辺りには無音が響いた。
多分、魔法を使ったんだろう。
「忍、死んでも文句言うなよ」
自分の声が無音に響くのを感じ、瞼を閉じると、辺りの空気が酷く歪んでいるのが分かった。
暗闇の中で白い何かが揺らぎ、それを認知して刀を抜いて弾くと、重たい金属の衝撃が刀に走った。
(いけるな)
久しぶりの戦いの空気を肌で感じていると、次の瞬間、無数の気配が私を囲んだ。
刀だけでは弾けないと瞬時に悟り、鞘を抜いて刀と鞘でナイフを全て弾くが、鞘を何かに引っ張られる。
(糸!?)
忍の神器、『天魂の蚕』から出る丈夫過ぎる糸だとだと分かると、息を大きく吸い、鞘に万力の力を込め強引に鞘を振ると、壁面が一部分抉れ、その対角線上に何かの気配を感じた。
(そこか!)
その瓦礫を糸で振り回し、忍が隠れているであろう場所に向かって瓦礫を投げつけるが、瓦礫が崩れる音だけで肉が潰れる音はしない。
(ちっ!!)
糸を刀で切り、瞼をまた閉じて気配を探ろうとするが、今度は一切気配を感じ取れない。
神経をさらに研ぎ澄まして忍を探そうとすると、急にバランスを崩してしまい、床に倒れてしまう。
違和感を感じる足を見ると、自分の膝から下が地面に落ちていた。
(三つ目まで使いやがって!!)
刀を口で咥え、痛みに耐えながら左足の出血を抑えようとすると、私の右目にナイフが刺さり、視界が塞がれる。
「ぐっ!?」
それに続くように多くの気配が私を囲み、刀を地面に落とし、急いで顔を守るが、顔以外の胸と腕と腹にナイフが突き刺さっていく。
「死ーね!!!」
そんな楽しそうな声が廊下から響き渡ると、肌に熱を感じ、身体中に刺さったナイフが全て爆発した。
(っ!?)
私の魔法、『意味なき人生』のおかげで致命傷は避けたが、体が部分的に吹き飛び、血が大量に流れているのが感覚で分かる。
(マジィな、頭がぼやけてきた)
血を流し過ぎたのだと悟り、最悪の一か八かに賭けようとすると、後ろから声が聞こえた。
「大和ちゃん!」
真白の声が聞こえると自分の口角が釣り上がり、落ちた刀を強く握り、意識に踏ん張りを効かせる。
「おせぇよ!」
骨が見える左手を地面に付き、焦げた空気を肺の中に取り入れ、自分の過去を思い出す。
孤独で怯えていた日々を。
「燃えろ!」
そう叫ぶと、廊下の地面が火の海に包まれ、辺りの死体もろとも建物に火を回す。
しばらくすると廊下がひび割れ始め、瓦礫が天井から落ちてくる。
熱気と崩壊に包まれる中、静かに耳を澄ますと、瓦礫が落ちる音とは違う、なにかを弾く音が聞こえた。
(そこか!!)
右足の膝を立て、腰を回しながら刀を振るうと、鋭い風切り音が鳴り響き、鋭い斬撃が全てを薙ぎ払う。
一瞬、王都の景色が見えると、景色が大きく傾き、王宮が崩れていく。
「真白!!!」
すぐさま真白の名前を叫ぶと、辺りの炎や瓦礫は一瞬のうちに消え、倒壊しかかった王宮もいつの間にか元どおりになり、辺りには白い煙を出している死体達だけが残った。
それを見て気を抜くと、糸が切れたように地面に倒れてしまい、意識がふらつく。
(止血・・・しねぇと)
ふらつく意識の中、小さな足音が私に近付くと、身体中の痛みが和らぎ、熱い感覚は温かい感覚に変わっていく。
後ろを振り向くと、そこには心配そうな顔をした時雨が立っていた。
「わりぃ、時雨。」」
「いえ、このくらいさせてください」
ここに来てくれた時雨は、三つ目の植物の魔法で身体中の出血を止めてくれる。
「治るまでじっとしてて下さいね「
「あぁ」
「おかあ、ざん」
忍の声が聞こえ、すぐさま顔を上げると、上半身だけの忍が涙と血を大量に地面に広げながら、這うように私た達に近付いて来ていた。
「おねえぢゃんを、蘇え、らせて、ぐだざい」
そんな叶わない事を言っている忍を哀れに思え、刀を振り上げ、忍の息の根を止めようとするが、その手を小さな手で押さえられる。
時雨の顔を見ると、時雨は真っ直ぐな眼で私に小さく首を振り、忍に近付いて行く。
時雨は忍の近くに膝を下ろすと、忍の頭を膝の上に乗せた。
忍は抵抗のつもりか、時雨の背中を引っ掻いていたが、時雨はそれを無視して廊下から植物が生やし、その植物で忍の泣き別れになった上半身の傷口を包み始めた。
「忍さん、おやすみなさい」
そんな優しい言葉が聞こえると、忍は手を地面に落とし、動かなくなった。
それを見てか少し落ち着いてしまい、安堵のため息を吐く。
「とりあえず、落ち着いたか」
刀を手放し、床に体を預けていると、体が再生する音と共に、後ろから真白と白雪が歩いてきた。
「大和ちゃん、大丈夫?」
「あぁ、失血でふらふらするだけだ」
「それは大丈夫とは言わないの」
真白は私の背中を撫でてくれ、私を起こしてくれようとしてくれたが、真白の力だけでは起き上がれなかった。
「・・・上は無理そうですね」
そんな白雪の呟きに何かの悪寒を感じていると、後ろから別の足音がし、それに反応するように後ろを振り返ると、そこには身長がやけに高い皐月が立っていた。
「ベットに行って休みましょうね」
「すまん」
皐月は私に向かってため息を吐くと、私を軽々と抱き抱え、そのまま私を運んでくれる。
「白雪、みんなの服を。そして避難した非戦闘員全員に看護の命令を」
「了解しました。後、それが終わったら時間は」
「ありません」
皐月は白雪の誘いをきっぱりと断ると、私をあまり揺らさないようにそっと運んでくれる。
その途中、皐月は立ち止まり、地面に膝をついている時雨に暗い顔をみせた。
「時雨、大丈夫ですか?」
「えぇ・・・大丈夫・・・です」
「・・・後で休みましょうね」
顔を傾け、床に座っている時雨の顔を見ると、その小さな瞳は涙を流し、その顔は私達に心配をかけないようにか、弱々しい笑みを浮かべていた。
「時雨、お前は」
「今は自分の為に、時間を使ってください」
忍を強く抱きしめる時雨を見て、何か時雨に言葉を送ろうとするが、急激な眠気が体を襲う。
(クソッ、時雨、なんでお前は、自分を見ないんだ)
そんな事を思うと同時に瞼は閉じ、重たい意識はだんだんと、心地が良い闇の中に包まれていった。
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「お、お邪魔します」
少しそわそわとした声が聞こえ、歴史の間の入り口に柵から身を乗り出して顔を向けると、綺麗な黒髪の悠人ちゃんがゆっくりと歴史の間に入ってきた。
「悠人ちゃん!申し訳ないけど上に来てくれない!」
悠人ちゃんは上にいる私に驚きながらもその場でジャンプをすると、上の地面に吸い込まれるように引き寄せされ、上の地面に綺麗に着地をした。
「・・・不死の体には慣れたの?」
「はい、桜さんのお陰でかなり慣れました」
幼い笑顔を私に向ける悠人ちゃんに微笑み返し、一緒に私の読書机へ向かう。
道中、清白ちゃんの記憶の中にいた黒い何かと似た悠人ちゃんが気になり、何回か悠人ちゃんの方をチラ見していると、悠人ちゃんは少し困ったような笑顔を私に向けた。
「あの、どうかしましたか?」
「いや、悠人ちゃんと最後に会ったのっていつだったっけ?」
悠人ちゃんを疑っている事を悟られないように話題を変えると、悠人ちゃんは顎に手を当てて首を捻った。
「確か、二年前に姉ちゃん達の神器の名前を教えて貰った時が最後・・・ですよね」
自信がなさそうな話を聞き、思い出す。
過去が読めなかった少年と、復讐に燃える少女達の姿を。
自分の過去をちゃんと振り返るために、色々と思い出していると、いつのまにか私の読書机の前に着いていた。
後ろを振り向き、悠人ちゃんの神器を貸してもらおうとすると、悠人ちゃんは顔は不安に満ちていた。
「そういえばなんで僕呼ばれたんですか?もしかして、何かしたりとかしました!?」
「いや違うよ、私が用があるのはその神器。ちょっと貸してくれない?」
「あっ、はい」
私の言葉に、悠人ちゃんは急いで腰の帯から鞘を引き抜くと、私が持ちやすいように柄を私の方に向けてくれる。
「ありがとう」
気を使ってくれる悠人ちゃんにお礼を言い、差し出された柄を握って刀を鞘から引き抜くと、白い鞘から細く美しい黒い刀が姿を現した。
その刀の刃先に触れ、ゆっくりと息を吐いて目を閉じ、意識を集中させて行く。
すると意識だけが別の世界に落ち、目をゆっくりと開けると、夕日が射す拝殿が見え、その道の真ん中で悠翔と呼ばれる人間と大和ちゃんが楽しそうに話していた。
「本当に・・・敵対してないんだ」
その悠翔の態度を見て安堵し、もう一度息を吐いて意識を頭に集中させると、今度は光が全く刺さない、洞窟の中が見えた。
ここが大和ちゃんが言っていた危険な洞窟だと分かると、意識だけの力で洞窟の奥へ進み、刀が刺さっていた岩のところに向かう。
しばらく進むと大きな穴が見え、その穴を落ちないように上から覗くと、仮面を付けた悠翔が刀を掴んだまま倒れていて、なにかを寝言のように話している。
「うるせぇよ、俺はあんたの考えなんか知ったこっちゃ無いし、僕はあんた達に救われて欲しいだけなんですよ。」
そんな支離滅裂な話をする悠翔を見て、その言葉の意味を頭で必死に理解しようとすると、私の意思とは関係なく、景色が急に変わった。
「えっ?」
辺りを急いで見渡すと、さっき上から見ていた浅い縦穴の中にいるのだと分かった。
(どういうこと?)
突然の事に少し戸惑っていると、上から重たい何かが落ちてきた。
「もう、食べれないかな?」
そんな言葉が聞こえると、また重たいものが落ちてきた。
その落ちてきたものに目を向けると、それは、腐りかけの死体だった。
「獣人?」
肌の表面をぬるぬるとした液が包んだ獣人の男の子の額には、弾痕の跡があった。
上を見上げ、誰がこの子を殺したか見ようとすると、そこには、残念そうな顔をした人間の男の子が穴を覗いていた。
そこで景色が変わり、辺りを見渡すと、歴史の間の浮いている本達が見えた。
「真白、さん?」
その声にぼーっとしていた意識を慌てて戻すと、心配そうな顔をしている悠人ちゃんがこっちを見ていた。
「あっ、うん、だいじょ・・・っ!?」
そんな優しい声を聞いて、遅れて気付く。
神器の記憶を辿っている時に聞いた、死体を穴の中に落とした男の子の声と一緒の声だと言うことに。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
「えっ、うん、大丈夫だよ。後これ、ありがとね」
神器の鍔の部分を持ち、柄の方を悠人ちゃんに向けると、少し困った顔をしながらも悠人ちゃんは刀を受け取った。
「ごめんね悠人ちゃん、やっぱりその神器の名前分からなかったの」
「あっ、そうなんですね」
悠人ちゃんは残念な顔をしながら刀を鞘に収め、ため息を吐いた。
肩をすぼめている悠人ちゃんを慰めるフリをして左肩に触り、悠人ちゃんの過去を勝手に読み取ると、驚く光景が見えた。
「ごめんね、悠人。こんな辛いこと、させちゃって」
森の中で、千切れた右腕を紐で縛りながら、大粒の涙を流している悠人ちゃんを慰めている桜ちゃんが見え、桜ちゃんは悠人ちゃんの頭を一回撫でると、霧が濃い方に向かって走って行った。
その場に取り残された悠人ちゃんは、泣きながら千切れた桜ちゃんの腕を抱きしめ、桜ちゃんの細い指を口の中に入れると、生々しい音と共にその指を噛み切った。
それが余程美味しかったのか、悠人ちゃんはまた桜ちゃんの指を噛みちぎり、しばらく咀嚼した後に強引に指を飲み込んだ。
すると悠人ちゃんは満足げな表情をしながらゆっくりと吐息を吐くと、悠人ちゃんの周りに大きな蠅達が現れ、耳障りな音を奏で始める。
そこで景色が変わり、過去から弾かれるように意識を現実に戻すと、まだ肩をすぼめている悠人ちゃんが見えた。
「そ、そんなに落ち込む?」
過去を勝手に見た事を悟られないように悠人ちゃんを心配すると、悠人ちゃんは少し泣きそうな顔を私に向けた。
「だって、みんなの神器にはカッコいい名前があるのに、僕のだけないんですよ!」
そんなしょうもない事を泣きそうな顔で言われてしまい、逆にどんな反応をすれば良いのか困ってしまう。
「えっと、そんな事言ってもしょうがないよ。神器には決められた名前があるから、分からなかったら分からないで蓋をしとかないと」
「やっぱり、そうですよね」
今度は本当に悠人ちゃんを宥めようとするけど、悠人ちゃんはまだ落ち込んでいるのか、顔を少し尖らせていた。
その顔を見て、どうやったら機嫌を直してくれるかなと考えていると、一つの考えが頭に浮かんだ。
「ねぇ悠人ちゃん、本は好き?」
「本、ですか?はい、好きですよ」
(良し!)
話題をずらす事に成功し、内心喜んでいると、そんな私とは裏腹に、悠人ちゃんは少しだけ恥ずかしそうに頰を指先でかいた。
「好きなんですけど僕、字があんまり読めないんです」
「ひらがなも読めないの?」
「あっ、ひらがなは読めます。桜さんから教えてもらいましたから」
嬉しそうに笑みを浮かべる悠人ちゃんを見て、少し安心しながら右手をそっと上に上げると、宙に浮かんだ一冊の本が上から降りてきた。
「はい、悠人ちゃん。この本ならふりがなをふってあるから」
私の胸の位置で浮かんでいる本を悠人ちゃんはそっと受け取ると、その本の表裏をじっくりと眺め始めた。
「えっと、ほろびたじんるい、いきるかばね?」
「そ、『滅びた人類 生きる屍』、何用はちょっと怖いけど面白いよ」
「そうなんですか!?ありがとうございます!」
悠人ちゃんは男の子とは思えないとても可愛らしい笑みを浮かべると、本を大事そうに抱き抱えた。
その笑みを見て、悠人ちゃんが本当に過去で見た男の子なのかと逆に心配になってくる。
「えっと、どういたしまして」
オドオドしながらも悠人ちゃんに笑みを返すと、話題が無くなってしまい、これからどうしようかと考えていると、歴史の間に誰かが入ってきた。
柵の向こうを眺め、誰が入ってきたか確認しようとすると、誰かの手が柵に掛かった。
「ふぅ、やっと登れた」
その柵から顔を出したのは、茶髪の髪を綺麗に整えた陽毬ちゃんだった。
陽毬ちゃんは掴んでいる柵に力を込めると、腕だけの力で柵を飛び越え、柵の上に両足で着地をし、独特な黒紫色の眼をこちらに向けた。
「どうかしたの?」
「いえ、皐月様に様子を見てこいと言われたので。まぁ、心配いらないとは思いますが」
陽毬ちゃんは短いため息を吐くと、悠人ちゃんの方をちらりと見た。
陽毬ちゃんが言われた事とは多分、悠人ちゃんを見張れという事だろう。
皐月ちゃんは男が嫌いというか、自分を嫌っているというか、一言では言い表せない人生を送っていたからそんな命令をしたんだと思う。
そんな事を考えていると、悠人ちゃんは一歩踏み出し、少し困ったように目を細めた。
「えーと、陽毬さん・・・ですか?」
「えっ?」
悠人ちゃんの本当に困った顔を見て嘘をついて居ない事が分かり、なぜこの距離で顔が見えていなのかと心配になってくる。
「悠人ちゃん、この距離で見えないの?」
「見えないというか、黒い靄がかかってるんです。陽毬さんの両目と、首に」
その言葉に驚きを隠せない。
それは陽毬ちゃんも同じだったのか、少し目を細め悠人ちゃんを警戒している。
だってその部位は、夕方に忍ちゃんが陽毬ちゃんを殺した時に付けられた傷と同じ場所だったから。
それに少し警戒してしまうけど、ある考えが頭の中に浮かんだ。
「ねぇ悠人ちゃん、最近身の回りで変わった事ってない?」
「変わった事、ですか?それなら誰かが傷ついた場所とか、これは受けたらダメだとかがなんとなく分かるんです」
その話を聞いて、胸の中にある心配は期待感に変わってしまった。
「悠人ちゃん、それは多分だけど、2個目の魔法が発動したんだよ」
「えっ!?」
驚くほど速い振り返りにびっくりしながらも悠人ちゃんの顔を見ると、その顔はどこまでも喜びに満ちていた。
「どどどどんな魔法ですか!?」
「悠人ちゃん、一旦深呼吸」
興奮気味な悠人ちゃんにそう指示すると、悠人ちゃんは胸を押さえて大きく深呼吸をし始めた。
その間に悠人ちゃんの異常な行動と、2年前に見えた断片的な記憶を掛け合わせていくと、一つの答えが見えてきた。
「すみません、落ち着きました」
「うん、じゃあ完全なる憶測だけど言うね。多分悠人ちゃんの2つ目の魔法は、死に対しての察知に過敏になる魔法だと思うよ」
自分の中の予想を無数に組み立てて出来た答えを悠人ちゃんに話すが、悠人ちゃんは首を傾げ、よく分からなさそうな顔をした。
そんな悠人ちゃんにも分かりやすいような説明を頭の中で考えていると、陽毬ちゃんがメイド服のポケットからメープル色の様な小さな棒を取り出し、それを悠人ちゃんに向けた。
すると、その小さな棒はだんだんと大きくなっていき、陽毬ちゃんの身の丈より少し長いほどまでの大きさに変化した。
「悠人様、避けて下さいね」
「えっ?」
鋭い陽毬ちゃんの声に悠人ちゃんは腑抜けた声で返すと、陽毬ちゃんは凄まじい風切り音と共に、その棒を悠人ちゃんのこめかみに目掛け振り回した。
「わちょっ!?」
悠人ちゃんはを間一髪で体を反らしてて躱し、地面に尻餅を付いた。
すると、驚いた顔を陽毬ちゃんに向けた。
「な、何するんですか!?」
「いえ、感覚で分からせた方が速いと思ったので」
「陽毬ちゃん、もうちょっと加減しようね」
当たったら死んでいた攻撃をした陽毬ちゃんにため息を吐き、尻餅をついている悠人ちゃんに手を伸ばすと、悠人ちゃんは私の手を取り、ゆっくりと起き上がった。
「あっ、ありがとうございます」
「どういたしまして、それで何か感じた?」
頭を下げる悠人ちゃんにそう聞いてみると、また首を傾けたけど、今度は少し理解したようだった。
「なんかこう、攻撃が来る前に何かを感じたような気がしました」
「うん、じゃあその感覚を大事にね。そうしたら悠人ちゃんは色んな攻撃を躱せるようになるよ」
私の話を聞いてな悠人ちゃんは喜ぶのかなと思ったけど、それとは真逆に、疑問そうな顔を浮かべた。
「えっと、質問いいですか?」
「うん、良いよ」
「魔法ってどうやったら増えるんですか?」
その質問にどうやって答えれば良いか悩み、悠人ちゃんでも分かりやすいように頭の中で整理していく。
「それは正確には分からないの。でも、魔法を複数持っている人のほとんどがかなり長生き。つまり、不死として長く生きることが、魔法を増やす方法って言われてるよ」
「あっ、そうなんですね」
私の説明に悠人ちゃんは納得したように頷くと、また何かに疑問がるように首を傾げた。
「えっ、真白さん達はいくつ魔法を持ってるんですか?」
そんな純粋な疑問に、どう答えて良いのか分からず、陽毬ちゃんに目だけを向けると、陽毬ちゃんは私の目線に気づいていないふりをして、悠人ちゃんに顔を向けた。
「2つです」
陽毬ちゃんの答えを聞いて、そう答えれば良いのかと納得しながら、悠人ちゃんに顔を向ける。
「私は3つだよ」
「じゃあ桜さんってどれだけ魔法持ってるんですか?」
少し眉間にしわを寄せている悠人ちゃんの質問を聞き、そう言えば魔法の量の事を説明をしていない事を思い出した。
「桜ちゃんも2つだよ」
「えっ、でも氷とか風とかめちゃくちゃ使ってませんでした?」
「うんん、あれらは全部1つの魔法だよ。後、悠人ちゃん達に伝え忘れていたけど、どんな不死でも魔法は3つまでしか持てないから、それは覚えておくと良いかもね」
「はい、分かりました!」
悠人ちゃんは元気が良い返事をすると、急に辺りに空腹の音が鳴り響いた。
誰から鳴ったのかと2人の顔を見ると、分かりやすく恥ずかしそうに顔を赤らめている悠人ちゃんが見えた。
「ごめん、なさい。お昼ご飯あんまり食べて無くて」
本で赤くなった顔を隠す悠人ちゃんを見て、陽毬ちゃんは笑っていたけど、私は苦笑いしかできない。
悠人ちゃんの、あんな過去を見たから。
「まぁ、夜ご飯の用意は出来ていますので食べて行きますか?」
「えっと、ありがとうございます」
「では、降りましょうか。真白様はどうします?」
「私はいいよ」
「そうですか、では」
陽毬ちゃんは急に悠人ちゃんの体を軽々と抱き抱えると、そのままジャンプし、柵の上に体を乗せた。
「えっ、いやちょっと!?」
「捕まってて下さいね」
悠人ちゃんの声を無視し、陽毬ちゃんは柵から飛び降りると、悠人ちゃんの声にならない悲鳴が歴史の間全体に響き渡った。
「・・・さて」
悲鳴が響き終わり、辺りから無音を感じられるようになってから机の引き出しを開け、中に入っている青い結晶の通信用魔道具を取り出す。
その魔道具の底に付いているボタンを押し、しばらく待っていると、魔道具から声が聞こえた。
「皐月です」
「あれ?大和ちゃんは?」
この魔道具は、私が歴史の間から離れられない時に大和ちゃんと連絡を取るものなのに、なぜか皐月ちゃんが出た事に少し違和感を覚えた。
「大和様は・・・いえ、大和様をもう少し寝かせておいてくれませんか?最近ろくに寝てなかったらしいので」
その話を聞いて、言葉が詰まる。
皐月ちゃんの気持ちは痛いほど分かるし、私も大和ちゃんにちゃんと休んで欲しいけど、悠人ちゃんの事を早く伝えた方が良いような気がする。
けれど最近の大和ちゃんは急に泣いたり、体を丸めて机の下に隠れるように寝ている事が多くなっているのを知っているから、今は休んで欲しいという気持ちの方が勝ってしまった。
「うん分かった、じゃあ明日報告するね」
「ご協力ありがとうございます」
皐月ちゃんは安心したようなため息を吐くと、向こうから通話を切られてしまった。
「はぁ」
皐月ちゃんのため息に釣られるように私もため息を吐き、魔道具を机の中に直すと、これからの時間が空いた事が分かり、その一段下の引き出しを開けて、原稿用紙とペンを取り出す。
「よし、書こう」
不死の国では、人の間でダメな物は流通しないように大和ちゃんが気を配っているけど、半永久的に生きる不死達の間では、やはり娯楽には限界がある。
だから本や漫画などを誰かに書いてもらい、質が悪かろうが大量に売って、少しでも娯楽を増やそうというのが大和ちゃんの考えだ。
そのおかげで、多少下手な小説でも本や漫画にしてくれたりする。
私はというと、そこそこ人気があるだけで、さっき悠人ちゃんに貸した本の作者には遠く及ばない。
(でも・・・頑張ろう)
ため息をもう一度吐き、頭の中で映像を浮かべながら何度も書いたり消したりを繰り返し、同じ体勢できつくなった腰を伸ばして机の中にある時計を見ると、いつの間にか夜が明けていた。




