第4章 目覚め
「最後になるかもしれないけど…よく聞いて 」
誰かが優しい声で、僕に語りかけてくる。
「復讐なんてめんどくさい事したらダメだよ… 」
「待って… 」
すぐ近くに居る筈の黒い人影に手を伸ばすが、それには手が届かず、人影は遠ざかって行く。
「お母…さん 」
「お目覚めのようですね 」
「っ!? 」
聞いたことの無い綺麗な声を聞き、ハッと体を起こして辺りを見渡すと、丸い椅子に座っている女性が、僕をじっと見ている事に気が付いた。
けれどその女性は、人とは思えなかった。
なぜなら、その顔がとても美しかったから。
女性はとても艶のある黒髪を後ろにまとめ、ヒラヒラとした白黒の服を身に纏っている。
僕を見つめる灰色の眼は獣の様に美しく、それら全てがこの人の美しさを際立ているように感じてしまうほどだった。
「えっと…ここはどこですか?」
「ここは不死の国です 」
僕の質問に、綺麗な女性はすんなりと答えてくれた。
『不死の国』と聞いて安心しながらもう一度辺りを見渡していると、姉ちゃんとゆいの姿がないことに遅れて気が付き、心臓が変に跳ね、嫌な汗が額に滲み出てしまう。
「姉ちゃんとゆいは無事なんですか!? 」
慌てて姉ちゃんとゆいの行方をその人に尋ねると、女性はとても綺麗で大人びた笑みをこちらに向けてくれた。
「あなたのお姉さん達かどうかは分かりませんが、あなたが背負っていた2人なら大丈夫ですよ 」
女性の言葉に心底安堵してしまうと、体に入っていた力は完全に抜け、柔らかい布団のような物の上に体を倒してしまう。
(…そういえば )
気絶する前に傷付けられた足を見てみようとすると、自分の汚れていた服がいつの間にか着心地の良い黒色の紬に変わっている事に気が付いた。
その状況を見て、この人たちに助けられたんだと理解でき、体を起こして名も知らない女性の方に顔を向ける。
「えっと…僕たちを助けていただいて本当にありがとうございます 」
ふかふかとした物の上で、助けてくれた人に土下座をすると、その女性は口を押さえながらクスクスと綺麗に笑った。
「いえいえ、私たちは不死同士。助け合わないといけませんからね 」
そんな良い人が言う様な言葉に感動しながら顔を上げると、その人は優しいげな笑みを浮かべていた。
その綺麗な顔を、見惚れる様に見入っていると、女性は椅子からゆっくりと立ち上がった。
「体は起こせますか? 今から国王にあっていただくのですが 」
「…国王…ですか 」
そんな僕を無視する様に、名も知らない女性は僕に近付いてくるが、僕の体は国王と言う言葉に反応し、顔が変に強ばってしまう。
「えぇ…国王、もといご主人様に会って頂き、貴方が『不死の国』に住むための最低限の質問されます 」
女性の丁寧な言葉を聞いて、この人はこの建物の使用人さんだと理解できたけど、それよりもっと昔に感じた恐怖が胸の奥で蠢いてしまう。
「ちなみにですけど…どんな質問があるんですか? 」
不意に質問の内容が気になってしまい、恐る恐る使用人さんに聞き返してみるけど、使用人さんは何処か軽い笑顔をこちら向け、首を軽く傾けた。
「それはご主人様にお聞きください。説明がめんどくさいので 」
(なんか今、使用人さんが言ったらいけない事を言ったような気が… )
使用人さんは僕の質問をめんどくさいと吐き捨てたかと思えば、何かを思い出したかのように楽しそうな笑顔を僕の方に浮かべて来た。
「あぁ、そう言えば忘れていました。貴方、お名前はなんと言うのでしょう? 」
「えっと…悠人です 」
「それでは悠人様、ご主人様がお待ちなので行きましょうか 」
「はっ、はい! 」
急に名前を様付けで呼ばれ、むず痒い気持ちが顔を熱くさせてしまうけど、それを隠すように元気よく返事を返し、ふかふかとする布団のようなものから体を起こした。
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「そ、そういえば使用人さんのお名前を聞いてないんですけど、教えていただけませんか? 」
長い階段を登りながら、少し回りくどく使用人さんに名前を聞いてみると、僕の前にいる使用人さんは階段を登る足を止め、ヒラヒラした服を大きく広げながら僕に振り返り、何処か薄い笑みを僕に浮かべて来た。
「これは申し遅れました。私、忍と申します。以後お見知り置きを 」7
忍さんは自分の名前を丁寧に伝えてくれるも、僕に向かって深々とお辞儀をして来た。
「こ、こちらこそよろしくお願いします。忍さん 」
僕も慌ててお辞儀を返し、しばらく待ってから頭を上げると、忍さんは僕を置いて行く様にいつの間にか階段を登っていた。
階段を上る忍さんに追いつくために、急いで階段を上っていると、いつの間にか階段は途切れていた。
どうやらこの建物の最上階に着いた様だ。
「こちらです 」
左右に分かれた廊下を右側に進んで行く忍さんに付いて行き、長い廊下をゆっくりと2人で進んで行くと、進む廊下の壁に、一際目立つ大きな扉がある事に気が付いた。
「この中にご主人様が待っていますので、どうぞお入り下さい 」
巨大な扉を見ていると少したじろいでしまい、色々な事が心配になって動けなくなってしまう。
「あ、あの! 国王さんの部屋に入る時って何か注意することってありますか? 」
これから会う国王さんの機嫌を損ねないように、忍さんにそう質問すると、忍さんは何かを思い付いた様に少し微笑み、灰色の眼をこちらに向けて来た。
「…あぁ、1つだけありました。扉を叩かず、勢いよく開けることです 」
内心忍さんの言葉に疑問に思いながらも、それで国王さんの機嫌を損ねないのならと思い、一息ついてから扉を叩かずに勢いよく開ける。
「ん、忍か? ノックぐらいしろよ 」
その扉の先を見た瞬間、頭の奥がとても熱くなり、心臓がバクバクと脈打ち始めた。
何故なら、僕の視界には美しい白髪の髪をし、赤い眼が特徴的な女性の姿を見てしまったからだ。
しかも女性の上半身にはサラシと銀色の十字のようなものだけしか身につけておらず、下半身には褌らしきものを履いているだけで、その布の隙間からは目の奥に突き刺さるほど白い肌が見えた。
「し…失礼しましたーー!!? 」
顔にとんでもない熱を感じながら、外に飛び出て扉を閉めると、顔を熱くする僕を笑う様に、忍さんが口元を隠しながら肩を震わせていた。
「あら悠人様。どうかなされましたか? 」
「どうしましたかじゃないですよ!? 国王さん! 着替え中じゃないですか!! 」
「あら、そうでしたか。それではご主人様の着替えを手伝って参りますので、中から声が掛かったらお入り下さい 」
忍さんはクスクスと笑いながら軽く僕に頭を下げると、笑顔で顔を固めたまま、部屋の中に入って行ってしまった。
中を見ない様に窓の方を向き、扉が完全にしまると、廊下にへたり込んでしまう。
「…最低だよ 」
熱い顔を膝に埋ずめながら、自分を罵倒するようにそう呟いた。