第23章 二年の月日
「ほい、お前らの負けだ」
全身を切り傷と痣で染めた美琴の言葉を聞き、悔しさを感じながら、刀を杖代わりにして重重しい体をゆっくりと起こす。
「今日はこれで終わりだ、傷が治ったら飯を食って寝てろ」
そんな言葉に従ってボロボロな雷牙達と縁側で座り、折れた腕や脚から奇妙な音が鳴り終わり、腕に力が入るようになってから家の中へ上がる。
すると、鮮やかな料理達が卓袱台の上に丁寧に並んでいた。
「手を拭けよ」
蒼空から投げられる濡れた布巾を左手で受け取り、手を拭いて床に刀を置いてから会釈をする。
「いただきます」
全員疲れているのか、あまり喋らずに麦飯を掻き込む。
ここに来て早1ヶ月、ここの料理を何度も食べたがいつまで食べても飽きないほど美味い。
最後の1粒の麦飯を食べ終え、少しゆっくりしてからそのまま眠りに着く。
それが俺達の1日だった。
「おはようございます」
朝起きては昨日戦った事を思い出し、美琴の癖を見抜こうと、料理を食べながら苦悩する。
料理を食べ終えるとまた修行が始まった。
美琴から攻撃を防がれる事は少ないが、血を大量に流そうと全く弱らない美琴を見て、美琴がただの鬼ではない事が分かる。
流石の鬼でも血を大量に流せば弱るし、獣人よりも力は強いが活動時間は圧倒的に鬼の方が少ない。
地面の冷たい感覚を感じながら、そんな事を考えていると、金色の小手を付けた右手が差し伸ばされた。
「大丈夫か?」
「・・・あぁ」
伸ばされた雷牙の手を取り、ゆっくりと起き上がる。
料理を食べる時に、美琴はどんな魔法を使っているのかと聞いてみると、俺は鼻で笑われた。
「それは自分で考えろ。敵は自分の魔法をご丁寧に教えてはくれねぇぞ」
それから辺りの木々がすっかり赤くなる頃には、全員で戦って美琴の腕くらいは落とせるようになった。
「おぉ、結構良くなったじゃねぇか」
美琴は自分の落とされた左腕を拾い、笑みを浮かべる姿を見たときは恐怖を感じ、しばらく動きが悪くなったが、雪が降るようになると、全くと言って良いほど恐怖は気にならなくなった。
寒い夜になり、美琴の戦い方を何度も頭の中で思い出していると、1つの考えが頭の中に生まれた。
それは攻撃の手応えが余りにも少なく、傷が浅過ぎる事だった。
「美琴殿の魔法は、おそらくですが体の一部分を丈夫にする魔法だと思います」
その事を雅達に伝え、夜が更けるまで全員で良い戦法はなにかと考え続けた。
結局は最初にやった、雷牙とゆいと俺で撹乱と消耗を狙い、雅がとどめを刺すと言った戦法が安定した。
辺りから雪が溶け、辺りの木々から新芽が出るようになると、美琴は俺達を殺す事を躊躇わなくなった。
それはさらなる恐怖心を仰いだが、それとは別に達成感もあった。
(やっと、敵と認めてもらえた)
折れた右腕と左足の痛みと達成感を感じながら縁側に座り、蒼空の料理が出来るのを楽しみに待つ。
それから暑くなり、木々が青々と生い茂るようになると4人がかりだが、美琴と死闘を演じるようになった。
骨が折れるのは日常茶飯事で、酷い時は美琴の裏拳で誰かの首がネジ切れる事があった。
それを何度も見ていると恐怖心は少なくなって行くが、仲間の誰かの首が飛ぶ事はやはり心臓に悪い。
それを防ごうと、美琴の攻撃の合間に舞を叩き込むと、美琴が嫌な顔をする事が増えていった。
(こうすれば、良いのか)
そんな事を考えながら、永遠と美琴と戦っていると、いつのまにか、葉が紅葉し始めた。
そんな秋の中で美琴と戦っていると、雅の弓の精度が圧倒的に上がった事を体感した。
前までは美琴の周りに俺達がいるとなかなか矢を放たなかったが、今では俺達のほんのすこしの間を縫って、矢を当てられるようになった。
(・・・驚異的だな)
それを見ていると、雅が味方で良かったと思ってしまう。
それから雪が降り始めた。
肌寒い風を肌で感じるようになると、修行の量が大幅に減った。
ゆいと雷牙は修行の間に2人で戦い続ける事が多くなり、少し寂しさを感じながら自分は1人で舞を磨いていると、雅が何度も俺の舞を見に来た。
なぜ俺の舞を見るのかと聞いてみるが、雅にしては珍しく、おろおろとするばかりで全く話にならない。
(なんなんだ?)
そんな事を疑問に思いながら、舞の練度を上げていくと、辺りから花の匂いが漂い始めた。
すると修行の量はめっきり減り、今度は大量の絵を見せられた。
それは漫画と言い、不死の国の中心にある王都で流行っている娯楽のようなもので、それを見ていると、魔法をこうして使えば良いと言う考えが無数に生まれるようになった。
それはゆい達も同じらしく、魔法の使い方が格段に上手くなり、美琴の足まで持っていけるようになったが、それでもまだ美琴には勝てない。
今日も、両腕と左足を折られた。
(クッソ・・・)
ふと気がつくと、辺りに虫が多くなっている事に気が付いた。
汗が止まらないほど暑いその日、とうとう俺達は美琴を殺す事に成功した。
そして死んだ美琴が縁側で目を覚ますと、一番最初に顔に浮かべたのは笑みだった。
「お前ら、合格だ。今日からお前らは正式な守り人だ」
その笑みを見て、記憶の中で薄れていた事を明確に思い出した。
自分が何故強くなりたいのかを。
けれどそんな恨みよりも心に残ったのは、泣きながら笑みを浮かべる雷牙の姿だった。
「よっしゃーー!!」
嬉しそうにゆいに抱き着く雷牙の顔を見て、この恨みは今は忘れようと思い、雷牙達と一緒に、喜びを分かちあう。
自分の左目から涙が溢れそうになるが、涙が出ないよう堪えていると、美琴が立ち上がり、家の中から紙と筆を持ってきた。
「で、ゆい達はどこの守り人になりたい?」
「「北!」」
「「「北でお願いします」」」
偶然にも全員の意見が一致し、その状況に笑みがこぼれてしまう。
それは美琴も同じらしく俺と同じように笑みをこぼし、ゆっくりと縁側に座ると、俺達に笑みを向けた。
「そうか。じゃあお前らは今日から北の守り人だ。大和には私から言っといてやるから、もう行っていいぞ」
「えっ?そんなあっさりでいいのか?」
「あぁ。そこら辺は全部大和に任せて良い」
その言葉にいち早く反応したゆいは、縁側で草履を履いて縁側から少し離れると、子供のように明るい笑みを美琴に向かって浮かべた。
「2年間ありがとう、美琴」
「・・・おう」
そんな言葉を残してゆいは体に風を纏うと、森の中を駆け抜けて行く。
美琴はもう見えなくなったゆいに向かって手を振り、少し悲しそうな笑みを浮かべていた。
すると今度は雅が縁側から降り、荒い心臓を落ち着かせる様な細い息を吐いた。
「えっと、美琴さん。私達を強くして頂きありがとうございました」
「おう。たまには顔見せに来いよ」
雅は美琴に深々と頭を下げ、蒼空から作って貰っていた弓を背中に掛ける紐を背負い、森の中をゆっくりと歩いて行った。
そして自分も美琴に頭を深く下げ、2年間の修行の礼を言う。
「本当に・・・ありがとうございました」
「おう、人間には気をつけろよ」
その言葉に静かに頷き、縁側から降りてふと雷牙の方に顔を向けると?雷牙は今にも泣きそうな顔をしていた。
「うぉ!?どうした?だ、大丈夫か?」
「いや、少し、名残惜しいなって」
その泣きそうな雷牙の頭を美琴が巨大な右手で優しく撫でると、美琴は雷牙に母親のような笑みを向けた。
「大丈夫だ。別に守り人になっても会えなくなる訳じゃねえからよ。暇な時に遊びに来い」
美琴の言葉に雷牙は頷き、袖で顔を拭いて鼻水を啜ると、明るい笑顔を美琴に向けた。
「本当に、ありがとな」
「あぁ」
雷牙は礼を言い終えると、草鞋を履いて縁側から降りる。
「じゃ、行ってこい、お前ら」
その言葉に合わせて美琴にもう一度頭を下げ、体に風を纏って森の中を木の枝を伝って駆け抜ける。
木々を避けながら走り、長い森と霧が立ち込める場所を抜け、美琴達が居た場所の木とは違う種類の木が見えると、身体に纏った風を足に集中させ、ゆっくりと地面に着地する。
雷を纏った雷牙が来るのを待ち、雷牙と合流してから2人で忍という使用人に案内された道を歩いて行くと、あの懐かしい家が見え、その縁側には黒髪の女性がお茶を啜っていた。
「あ、お帰り。雷牙、琴乃」
綺麗な笑みを向ける女性を見て、懐かしさで胸の中が暖かくなってしまうり
「ただいまです」
「ただいま!」
久しぶりに見た桜に軽く頭を下げ、懐かしい縁側にゆっくりと座ると、ふと、疑問が頭をよぎった。
「あの・・・雅達は?」
「家の中だけど、今はそっとしておいてあげて」
指を自分の鼻に当てて少し笑う桜を見て、何を言いたいかは分からなかったが、そっとして置いて言われたので、縁側でぼーっとしながら雅達を待つ。
それからしばらくして家の中から出てきたのは、目の周りを赤くさせた、3人だった。
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「はぁ」
自分から出るため息が、うるさい虫の音に埋め尽くされていくのを感じていると、急に家の中から電話のコールが鳴り響く。
(・・・大和か?)
家に急いで上がり、電話の受話器を取ってそれを耳に当てると、耳障りな音が聞こえ始め、しばらくすると、少し騒がしい音が聞こえ始めた。
「よう美琴、元気か?今外に行っからうるさいぞ」
「おう。・・・んで、なんか用事でもあんのか?」
私の質問に大和はすぐには答えずに移動する足音が電話の向こうから聞こえていると、騒がしい音は遠のいて行き、人の声が微かに聞こえるような場所に大和は移動した。
すると大和は大きなため息を吐き、壁か何かに寄りかかった音が聞こえた。
「すまん、移動した。んで、あいつらがそこに行って2年だろ?もう守り人になっても大丈夫なのか?」
「なんだそんな事か。あいつらならもう守り人にさせたぞ」
「・・・そうか。だったら桜も大丈夫だな」
大和は心の底からの安打の吐息を漏らすと、何かに勢いよく座る音が電話の向こうから聞こえた。
「なぁ美琴。神器と魔法を使って相手したか?」
その少し暗い言葉に恐怖を感じてしまい、心臓の鼓動が耳まで鳴り響き始めるが、なるべく平然を装って話を進める。
「いや、神器の能力は使ってねぇよ。使ったのは魔法の『金蔵』だけだ」
平然装うように大和に話すが、いつの間にか私の唇は乾いており、その唇を唾で濡らすと、今度は汗が床に落ちた。
そんな大和に強い恐れを抱いていると、大和はまた大きなため息を吐いた。
「そう・・・か。まぁ、そこら辺の欠陥は桜に任せる。すまんな美琴、お前にばっかり辛い思いをさせちまって」
ため息混じりの労いの言葉が聞こえると、足から力が一気に抜けそうになるほどの安堵感が押し寄せて来たが、大和が今どんな気持ちかを想像してしまい、頭の中で言葉を必至にを探す。
「た、たしかに辛いが、お前も辛いだろ。お前は・・・背負い過ぎたんだから」
「そう・・・かもな。だが、私は諦めねぇぞ」
大和は自分に言い聞かせるようにそう話すと、座っていたものから立ち上がる音が向こう側から聞こえ、人の声が聞こえる場所に近づいて行った。
「すまん、そろそろ時間がねぇから切るぞ」
「あぁ・・・無理すんなよ」
「・・・無理しなくていいならそうしたいがな」
大和にしては珍しい、愚痴るような言葉を聞いて、大和がかなり追い詰められている事が分かってしまい、咄嗟に大和を呼び止めようとする。
「やま」
けれど電話を一方的に切られてしまい、自分の胸の中には不快な気持ちだけがこだまする。
受話器を置き、ため息を吐いて自分の部屋に行くと、そこには私の漫画を勝手に読んでいる蒼空が部屋に座っていた。
「お前・・・人の漫画勝手に読むなよ」
私の言葉を無視して蒼空は漫画を床に置くと、その場に立ち上がり、私に段々と顔を近づ付け、私の両肩を掴んだ。
「辛いんだろ?んじゃ、忘れさせてやる」
一瞬なにを言ってるのか分からなかったが、その言葉を理解すると、顔が湯を沸かせるほど熱くなってしまう。
「いや待て蒼空!今昼だからせめて夜に」
その誘いを断ろうとするが、その口を口で塞がれ、言葉を遮られる。
蒼空の行動に頭の中が爆発しそうになり、慌てて強引に顔を離すと、蒼空の悲しさに満ちた顔がはっきりと見えてしまった。
「お前が辛いと、私も・・・辛いんだ」
蒼空の口調は素に戻っており、その顔には今にも泣きそうな表情を浮かべていた。
「2年間、美琴が傷つく姿を、私はずっと、見てたんだよ?」
その顔を見て、苦しがっているのが自分だけだと勘違いしていた事に気が付いてしまい、それに気付けなかった自分に嫌気がさしてしまう。
「蒼空・・・私は」
私の言葉を遮るように、蒼空はまた私の口に唇を重ねられたが、今度は自分も唇を蒼空に押し当て、蒼空を抱き寄せる。
そんな時間という概念を忘れる熱い空間の中に居ると、顔がだんだんと火照り始めた。
顔を離し、蒼空の顔をしっかりと見ると、泣きそうな蒼空の顔も赤く染まっていた。
その顔を見るとなにかが胸の中で弾け、蒼空を体に抱き寄せた。
それから体の熱さと胸の中に沸く熱い欲求が引いたのは、その日の真夜中の事だった。
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「桜さん」
いつもより少ない戦の国の兵士を倒して家に帰ると、悠人がサンドイッチを盆の上に乗せ、私を待つように縁側に正座で座っていた。
「あれ?悠人早起きだね」
「そう・・・ですね。少し目が覚めちゃって」
狐の面を外し、縁側から部屋の中にある時計を見ると、時計の短針は5と6の間を指していた。
「あっ、サンドイッチ食べます?」
「うん、ありがとう」
悠人は盆の上にある濡れた布巾を私にくれ、急須の中にある冷たいお茶を湯飲みの中に入れてくれると、盆を私の方に近づけてくれた。
その姿はなんというか、男の子と言うより、嫁いだ女性に近かった。
「はい、どうぞ」
「なんか悠人、何処かに嫁ぐの?」
「・・・?嫁ぐってなんですか?」
私の冗談に首をかしげる悠人に、なんとなくほんとの事を伝えない方が良いなと思い、苦笑いをしながら縁側に座ってサンドイッチを口に運ぶ。
口の中の入ったサンドイッチを噛みながら、噛みきった断面を見てみると、レタスとハムとチーズが入っていた。
けれどそんな素材の味とは別に、とても温かい味がした。
「美味しい・・・ですか?」
「うん、美味しいよ」
私の言葉に、心配そうな顔をしていた悠人は顔を見るからに明るくさせ、幼い笑顔を見せた。
「じゃあ僕、朝食の準備をして来ますね」
「あっ、ごめんね。ありがとう」
「いえいえ」
少し申し訳なさを感じながら悠人にお礼を言うと、悠人は嬉しそうな顔をして、キッチンに行ってしまう。
悠人は2年前、1人だけクレアから合格を貰って悲しそうな顔をしていたから、それを紛らわせる為に料理や掃除の仕方なんかを教えると、色々な事をすぐに覚えていった。
というか、料理の腕は私より上達している。
(すごいなぁ)
そんな事を思いながら、悠人が用意してくれたお茶を飲むと、少し乾いた喉にお茶が染み渡り、とても美味しい。
残ったサンドイッチも変わらない外を眺めながら食べていると、キッチンの方から雅の足音がし、その足音がする方に顔を向けていると、縁側の曲がり角から赤い髪を弄る雅が出てきた。
「おはよう雅」
「あっ、おはようございます。」
雅は私に気が付くと、雅は私に頭を下げ、私の隣に正座で座った。
すると、朝の涼しい空気が流れ始めた。
「桜さん、ちょっと良いですか?」
そんな気持ちが良い風を感じていると、後ろから雅が声をかけてきた。
「なに?」
「悠人って料理出来たんですか?」
その質問を聞いて、さっき悠人と雅が合ったんだなと分かり、安心しながら雅に笑顔を向ける。
「うんん、最初はダメダメだったよ。お肉は焦がすし、調味料を入れ過ぎたりとかばっかりだったよ」
少し前の記憶の懐かしさを感じながら雅の顔を見てみると、雅の顔には安心しきった笑みを浮かべていた。
どうしてそんな安心しきった顔をしているのか考えていると、少し疑問に思うところがあった。
「ねぇ、雅。雅って悠人のお姉ちゃんなんだよね?」
「・・・はい、一応・・・そうですね」
少し嫌な顔をする雅の顔を見て、少し心配になりながらも話を続ける。
「じゃなんで悠人が料理できないって知らなかったの?」
そんな私の言葉に雅の顔が引きつる。
「え・・・いや・・・あの」
雅は顔を真っ青にさせながら私から逃げるように、後ろに下がると、口を押さえ、何処かへ走って行ってしまう。
「えっ?なん・・・で?」
その雅の行動に強い後悔を感じてしまい、自分に対して強い苛立ちを覚えていると、暖かい足音が近づいて来た。
「えちょっ!?桜さん、大丈夫ですか?」
白い前掛けをし、出刃包丁を右手に持った悠人が心配そうに私の額に左手を当ててくる。
「大丈夫・・・だよ、心配ありがとう」
悠人が安心してくれる様に笑顔を向けると、悠人は顔を赤くさせ、悠人の手がだんだんと熱くなっていくのを感じる。
「え、えっと、お皿とコップ下げておきますね!」
悠人は私の額から慌てて左手を離すと、床に置いてある盆を急いで持ち上げ、走って台所に向かって行ってしまう。
そんな悠人の面白い姿を見ていると、ふと気がつく。
自分の胸の中にあった苛立ちは少し収まっていて、その代わりに温かい気持ちが生まれていた。
(・・・ありがとう)
後で雅に謝ろうと思いながら立ち上がって居間へ向かうと、野菜のスープと溶けたチーズを乗せた食パンが綺麗にテーブルの上に並べられていた。
それを見て少し感動していると、隣の襖がゆっくりと開き、開いた襖からはまだ眠たそうに眼を擦るゆいが居間に入って来た。
「水・・・どこ?」
「お水?ならそこだよ」
ゆいの言葉にテーブルの真ん中に置いてある水入れを指差すと、ゆいはその水入れを右手で持ち上げ、水入れの口を傾けてそこから零れる水を直接飲み始めた。
(えっ?)
それに唖然していると、ゆいはお水を飲んで満足したのか、半分以上減った水入れをテーブルの真ん中に戻し、床に座りながら壁にもたれかかった。
その水入れの減った水を足そうと台所へ向かっていると、少し顔色を悪くした雅とばったり会ってしまい、気まずさが心から胸の中を支配するけど、さっきの覚悟を思い出し、一息吐いてから雅に謝罪する。
「えっと、さっきはごめ」
「ごめんなさい!」
私が謝る前に雅は勢いよく頭を下げた。
「えっと・・・大丈夫だよ。誰にでも聞かれたく無い事ってあるから。ほら、顔上げて」
頭を下げた雅を安心させようとその肩を優しく叩くと、雅は少し不安そうな顔を上げ、体調が良くなさそうな顔で私の顔を見て来た。
「本当に・・・ごめんなさい」
「大丈夫だから」
私より背が高い雅の頭を撫で、雅を少し落ち着かせてから居間へ待つようにお願いすると、雅は素直に居間へ行ってくれた。
それに一安心しながら台所へ行き、水入れの中に蛇口から水と冷凍庫から氷を足してから居間に戻ると、ゆいと雅は悠人と料理の事を話していて、その隣には眠たそうな目を擦る琴乃と、やけに明るい雷牙が居間に居た。
その懐かしい温かな様子を見て笑みを浮かべていると、私に気がついた悠人が笑顔を向けた。
「桜さん、ごはん出来ましたよ」
「うん、ありがとう」
胸に感じる温かな気持ちを感じながら、みんなが待っている食卓に足を進めた。
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「やっと・・・着いた」
自分の体力の無さを実感しながら、仮面の下に手を入れて汗を拭う。
そして目の前に広がる、綺麗で透き通る水が溜まった湖を見てみると、変な笑みが顔に浮かんでしまう。
「ここを独り占めかぁ」
戦の国はとにかくクソ暑いが、クーラーを使うのが嫌なせいでシャワーを被るしかない。
けど、ミツハノメさん達と会うために和の国に行く途中、偶然にも綺麗な湖を偶然見つけた。
多分、僕しか知らない場所。
一応獣が来て良いように、バックとHGを地面に置き、魔術式を書き込んだナイフを腰のベルトに差し込こんで狐の仮面の紐を強く結び直す。
「しゃあ泳ぐぞ」
服を脱ぎ取り、この時の為に用意した肌が極力見えない水着を着て、息を止めて冷たい湖の中に飛び込む。
(あぁ・・・冷たくて気持ちいいな)
水着にプリントした魔術式のおかげで、自分が魚になったんじゃ無いかと思うように自由に泳げ、それに感動しながらしばらく泳いでいると、湖の端になにかを感じ、顔をそっちに向ける。
(・・・んっ?)
その違和感に似た何かを水の中で感じていると、肺が酸素が無い事を思い出したように、苦しみを訴えてくる。
「ごぼっ!?」
(ヤバっ)
急いで水面に上がり、口の中に少し入った水を吐き出しながらゆっくりと息を吸う。
少し落ち着くために湖から上がり、陸に上がって息を整えている時も、ずっと湖の端に違和感を感じる。
(なんか・・・気持ち悪いなぁ)
さっきの違和感なら気のせいで済むが、今も感じる違和感はここへ来いと言っているように感じてしまう。
(・・・行くか)
迷っても仕方が無いとため息を吐き、息を大きく吸ってから湖に飛び込み、その違和感を感じる場所を狐の仮面から見える小さな景色で探していると、ある石が目に入った。
すると、頭の後ろ側になにかを感じた。
(これで何もなかったから、ただの痛いやつだからな)
心の中で自分に悪態を吐き、1度水面に上がってから息を大きく吸って長く吐く。
そして深く潜り、息を止めながら左手でその石を退けると、衝撃的な物が視界の中に入って来た。
(・・・はっ?)
それは・・・・・・人の右手だった。
「ガボボっ!!」
泡を出す口を手で押さえ、地面を蹴って水面に急いで上がる。
(はぁ?死体!?なんで!!?)
少しパニックにならながらも急いで湖から逃げようとするが、その手が自分の頭を掴んでいるように頭から離れてくれない。
「はぁ、はぁ・・・」
陸に上がり、しばらく悩んでいると、獣人族の里の事を思い出してしまい、逃げようとした自分に嫌気がさしてしまう。
(ちゃんと・・・土葬するか。あそこは嫌だろうし)
逃げようと思った自分の頭を殴り、もう一度大きく息を吸い、吐く。
そして深い水中に潜り、見えている手を握って水中に居座り、石と砂を手で退ける。
それを四、五回繰り返すと、ある物が見えた。
(・・・嘘だろ?)
その人の顔が見えたが、その顔は白骨や水にふやけてぼろぼろになっている訳でもなく、ただ綺麗で美しい不死の顔だった。
それが分かると、クラクラする頭の事など忘れ、その人の手を強引に引っ張る。
(出て・・・来いや!)
するとゆっくりとその人の体は地面から抜け、その人の白い体が目に入った。
けれどそれよりも目に入ったのは、服に付いた無数の弾痕らしき穴と、黒い戦の国の支給服だった。
(なんて戦の国の服を!?)
その光景に困惑していると、口が自然と開いてしまい、口の中に水が入ってくる。
(やべ)
地面を強く蹴り、その人の体を掴んで急いで水面に上がふと、酷く咳き込んでしまう。
「ケホッ!オエ。ハァ、ハァ」
咳き込みながらも、重いその人から湖から上げて、自分も湖から上がり、急いでその人の脈を図ろうとするが、その人の肌は驚くほど冷たく、脈は無かった。
(溺れた人の・・・応急処置は?)
頭を掻き毟りながらそれを思い出そうとすると、家で見た保険の教科書を思い出した。
「気道確保、胸部圧迫、人工呼吸、低体温」
一つ思い出すと必要な事を数個思い出して行き、それを実行する。
顎を上げてから額を抑えて気道を確保してから、自分の仮面ずらし、口と左目の部分だけが見えるようにする。
(こんな奴が相手ですみませんね)
真っ白な髪をした女性の鼻を抑えて息を大きく吸い、その女性の口を自分の口で覆う。
そしてゆっくりと息を吹き込むと、女性の胸あたりがゆっくりと上に持ち上がる。
息を吹き込んで口を離すと、風船から空気が抜けるように女性の口から空気が抜け、空気と一緒に水を吐き出し始め、慌てて顔を横に倒すと、泡が混じった水を口から吐き出した。
(僕の予想が正しければ)
普通は胸部圧迫をするが、面をしっかり被り、森の中に落ちている木の枝を集め、進む方向に気をつけながら湖に戻り、火を起こす準備をする。
ナイフで木を削り、その木屑にナイフを押し当てると、ナイフに刻んだ火の魔術式のおかげで、その木屑からは煙が出始め、その火が消えない内に細い木の枝を燃やし、ある程度火が大きくなってから太い木の枝を燃やす。
(後・・・は)
熱くなる頭を感じ、自分に対しての嫌悪感を感じながら、その女性の濡れた服をナイフで切り剥がす。
露わになった女性の体を見ていると下半身が熱くなってしまうが、そんな性欲が出る自分の頭を強めに何度も殴り付ける。
(死ね、死ね!死ね!死ね!!)
8発くらい強めに頭を殴ると、痛みのお陰で性欲が遠のき、切った服を枕がわりにしてそれに女性の頭を乗せる。
そして女性を火に近付けてから自分の銃を置いてある場所に走り、自分が持ってきたバックと銃を取ってその女性が寝ている場所へ走る。
バックから自分の体を拭く用のバスタオルを取り出し、女性の体の水気を拭き取ってから、着替え用の水色の紬を着せ、予備に持ってきたもう1枚の新品のタオルをその服の上に乗せる。
その途中も、淫らな妄想をしてしまった頭を3発殴り、バックの中にあった簡易コンロでおやつにと持って来たスープを温める。
自分の考えでは、不死は無造作に再生する訳じゃ無く、不死になった時の形に戻る為に再生しているんだと思う。
だから、心臓の動きや脳機能が戻れる様に肺の中の水や低体温さえ無くしてやれば、呼吸も心臓もまた動き始める。
(これで・・・あっててくれよ!)
その自分の答えが正しい事を無宗教なのに祈っていると、その女性の胸はゆっくりと上下に動き始め、試しに脈を測ってみると、肌はまぁまぁ温かくなっており、脈はまだ弱いが確実に動いている。
「・・・ふぅ」
それに安心しながら、取り敢えずこの人が起きた時に襲いかかられないようにバックの中から色々と取り出そうとすると、ふと、後ろが気になった。
(ん?)
まだ何か水底にあるのかと思い、息を止めて顔だけを水に沈めると、そこから見えた景色が、夢で見た景色と一致してしまった。
(・・・あの岩の下に)
息を止めている事を忘れて水の中に体を沈め、夢の記憶を頼りに岩の下を探ると、何か硬いものを見つけた。
それを握り、岩の下から引き抜くと、それは白みがかかった透明な短剣だった。
(なんだ、これ?)
その短剣を眺めていると、心臓の熱い鼓動に気が付き、急いで水面に上がる。
「ゲボッ!!ケホッ!はぁー!!はぁー!!」
急いで息を何度も吸い、心臓と肺の苦痛を感じなくなるのを確認してから湖から出る。
その虫の羽の様な形をした神器を濡れたタオルの上に置き、沸騰したスープを焦げないように鍋を揺らす。
それから腰に閃光手投弾とHGを付け、その人の目覚めを待つ。
(というかこの人が目覚めたら、どこに連れて行けばいいんだろう?)
そんな事を考えていると、大和さんの事を思い出してしまい、それに続く様に大和さんと話した楽しい時間を思い出した。
すると、いつのまにか自分の中で答えが決まっていた。
(不死の国に・・・連れて行こう)
そう思った途端にその女性は酷く咳き込み、地面に手を付いてゆっくりと起き上がった。
「・・・ここ・・・は?」
「ちょ、大丈夫ですか?」
今にも倒れそうなその人を支えてゆっくりと座らせると、その人は自分の手を見たり、服を見たりして状況の確認をし始めた。
すると、僕の方に顔を向けて来た。
「私、は?」
「分かりませんけど、とりあえずスープどうぞ。貴方は溺れてたんですよ」
持って来たステンレス製のスプーンとスープを差し出すと、その人は震える手でスプーンを掴み、熱いスープをスプーンで啜り始めた。
すると、幸せそうな吐息を吐いた。
「懐か・・・しい」
「そうですか、なら良かったです」
その人はこちらに笑みを浮かべてくれ、少し安心していると、その人は何かに気づいた様に青みがかかった目を見開いた。
「お前・・・悠翔か?」
そんな重々しい声で聞かれ、少し背中の後ろに鳥肌が立つ。
「えっ、そうですけど・・・どこかでお会いしましたっけ?」
恐る恐るそう答えると、女性はスプーンとコンロを地面に投げ落とし、僕に飛びついてくる。
「お前の!せいで!!!」
「はぁっ?」
女性から急に胸ぐらを掴まれ、急いで女性を引き剥がそうとすると、自分の周りに霧が舞っている事に気がついた。
(魔法!?)
そして霧が手に触れた瞬間、ヤスリで肌を擦られた様に肉が削れていく。
「がぁっ!?」
「お前のせいで!!私は!!こんな姿になったんだ!!!」
頭に響く痛みを感じながらも左膝で女性の腹を蹴り、それに怯んだ隙に右足で蹴り飛ばす。
「お前なんかしらねぇよ!!」
血を流す腕で腰につけた閃光弾のピンを抜き、女性の前に軽く投げ、自分の目を腕で塞いた瞬間、鼓膜を大きな音が叩いた。
「あぁぁぁ!?」
女性の叫び声を聞きながら、バックなどを置きっぱなしにし、急いでその場から離れる。
(なんで・・・せっかく・・・俺が助けてやったのに!!)
そんな事を思いながら右に向かって森を走っていると、自分の眼から涙が零れ始めた。
痛む両腕と、どうしようもない気持ちを感じながら、一心不乱に森を走り続けていると、いつの間にか焼けた里に着いていた。
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「クソ!」
痛みが引いた眼で辺りを見渡すと、悠翔はいつのまにか居なくなっていた。
「あいつのせいで!あいつのせいで!!」
悠翔に対する怒りを思い出すたびに、仲間から裏切られた光景が頭にこびりつく。
「私は・・・帰りたいんだ!」
そう叫ぶが、今の自分は不死だ。
だから、戦の国に帰ってもただ敵とみなされるだけだ。
「そんなのは・・・嫌だ」
潤む視界で湖を見ていると、頭の中で何かが切れた音がし、ある事を思い付いてしまった。
「そうか、不死を・・・持って帰れば良いんだ」
自分の頭の中に名案が思い浮かぶと、自然と笑みがこぼれ、意味がわからない希望を心の中で感じてしまう。
「そうだ、今の私は不死だ。だから」
落ちていた自分の神器を拾い、顔を上げる。
「不死と戦える」
涙を零しながら、ふらふらとする意識と足で南へ向かって足を進める。
「さぁ、不死の国へ!!」
不死を、皆殺しにするために。




