第22章 修行
「ねぇ」
「んっ?どうしたゆい?」
暑苦しい夜のせいで眠れず、縁側に座って団扇を仰いでいると、いつの間にか汗だくのゆいがとなりに来ていた。
「うぉっ!?なんでお前汗だくなんだよ?」
「森をずっと走ってた」
ゆいの不機嫌そうな顔を見て、ゆいが焦っているのが眼に見えて分かった。
ゆい達がここに来てはや一週間、ボコボコにしてる張本人が言うのは変だが、ゆいの性格上、焦るのは必然なんだろう。
「戦って」
「まぁ、暇だからいいぞ」
むさ苦しい暑さのせいであまり乗り気ではないが、サラシの両端をグッと引っ張り、気を引き締めて立ち上がる。
私が立ち上がると同時に呼吸を速くさせたゆいは私から数歩離れて背中の短剣を引き抜くと、ゆいは自分の手の甲に短剣を当て、斬り裂いた。
(なんだ?)
違和感を感じ、一歩後ろに退くと、ゆいの周りには柔らかな風が吹き始め、鮮やかな緑色の短剣は返り血を浴びたように赤く染まっていた。
踏み切る音がした瞬間、視界の右側が何かに塞がれており、凄まじい衝撃が顔を叩いた。
(膝!?)
意識が落ちないよう気張ると、ゆいは私の首元に足を絡め、眉間目掛けて短剣を振り下ろしてくる。
(クソッ!)
その短剣にわざと左手を貫通させ、追撃出来ないようにしてゆいの襟を右手にかけ、強引に前に投げる。
左手から短剣が抜けたせいで鋭い痛みが頭に走るが、ゆいは背中で受身を取るともう一度こちらに向かって来るせいで痛みを気にしている暇はない。
(マジか)
ゆいは私の顔を短剣で狙うが、その速さに慣れたせいで、さっきより遅く感じる。
血をゆいの顔に飛ばして目を閉じた瞬間に右手でゆいの首を下から掴み、そのまま地面に押さえつけ、左膝でゆいの短剣も押さえつける。
「ほい、お前の負け」
その言葉に腹を立てたのか、拘束したゆいは余った足と左腕で攻撃をしてくるが、あまり痛くなかったのでそれを無視していると、ゆいは力を緩めて目を閉じた。
「私の・・・負け」
「おう。・・・さて、湯殿にでも行くか」
ゆいの細い首から右手を離してその右手で手を差し出すが、その手は無視され、ゆいは自力で立ち上がった。
ゆいの強情さに小さなため息を吐き、ゆいの紬に付いた土を落としてやって、湯殿にゆいを案内する。
脱衣所でサラシを解こうとすると、いつの間にか左手の穴は塞がっており、その傷の違和感を消すために、握ったり開いたりを繰り返す。
そうしていると隣から慌ただしく布が擦れる音が聞こえ、隣の方に顔を向けると、真っ白い肌に身を包んだゆいが立っていた。
「おぉ」
少しの間その姿に見とれていると、ゆいは不機嫌そうな顔を私に向け、湯殿の引き戸を開けてさっさと湯船の中に入ってしまう。
「あ、待てよ!」
褌を脱ぎ捨てて私もゆいの隣に入り、岩の区切りに頭を乗せて空を見上げると、無数に美しく光るものが暗い空空に大量に広がっていた。
「ねぇ」
細い声が隣から聞こえ、空からゆきに視線を移すと、髪を湯で濡らし、何かを思いつめたような顔をしたゆいがこちらを見ていた。
「どうやったら、殺すのに抵抗はいらなくなる?」
「・・・そう、だなぁ。私が思うに3つ方法はある」
少し憂鬱な気分を感じながら、ゆいの質問に答えて行く。
「一つ、殺す相手を恨むこと。そうすりゃそいつを殺してもなんとも思わないだろ?」
私の言葉にゆいは無言で頷く。
それを確認してから話を続ける。
「二つ、慣れること。最初は殺すのに抵抗があろうと関係ない。何百人も殺しゃいつかは慣れる」
私の言葉に、ゆいは嫌そうな顔をする。
そのせいでこいつは慣れる前に壊れるなと思い、急いで3つ目の説明をする。
「そして3つ目、割り切れ。殺すのは仕方がない、そう思い込んで殺せ。そしたらいくらかはマシになる」
私の話を聞いてかゆいはかなり嫌そうな顔をする。
その顔を見て声をかけようとした瞬間、ゆいは自分の顔に勢いよく湯をぶつけた。
そして髪から大量の湯を流しながら、真っ直ぐな風色の眼で空を見上げた。
「・・・3つ目にする」
「そう・・・か。頑張れよ」
ゆいに笑顔を向け、濡れた頭を右手で撫でてやると、ゆいは少し不機嫌そうな顔をした。
けれど私の手を弾かないあたり、そこまで嫌じゃないんだなと思い、そのまま撫で続けていると、流石に鬱陶しくなってきたのか、ゆいは私の手を払いのけた。
それに少しがっかりするが、一方で仕方がないと思い、ゆったりとしようとすると、肌を何かが叩いた。
おそらく、肌を叩いたのは敵意だ。
その敵意を感じる右側に顔を向けると、やはりそこにはゆいが居た。
「ゆい、ここで暴れると蒼空が怒鳴るから辞めてくれないか?」
「ねぇ、美琴は紬より強いの?」
私の質問を無視して聞いてくるゆいに少し苛立ちを覚えるが、ため息を吐いてその苛立ちを抑え、ゆいの質問の答えを考える。
「そう・・・だなぁ。あいつとは本気で戦った事はねえけど、多分あいつの方が強いな」
悩んで答えを出してちらっとゆいの顔を見ると、ゆいは面を食らったような顔をしていた。
「意外、美琴の方が強いと思ってた」
「そうか?というか、なんで私の方が強いと思ったんだよ?」
自分でもどうしてゆいがそう思ったのか考えてみるが、考えれば考えるほど、よく分からなくなっていき、考えるのを諦めた。
「美琴が敵意に反応したから」
その何気ない言葉を聞き、慌ててゆいの方に顔を向ける。
「な、なぁゆい、お前敵意を紬とかに当ててたのか?」
「そうだけど?」
なにかいけないの?と言いたげなゆいの顔を見て、湯殿に浸かっているはずなのに、心臓の辺りに冷たい物が巡り始める。
「お前、その調子だと忍にも敵意当てたな」
「うん、当てた」
その言葉に頭に熱い血が上り怒鳴りたくなるが、大きく息を吐いて少し心を落ち着かせて喉に出かかった声を腹に戻す。
「お前守り人になるんだったらこれから忍と何回か会うだろ?その時に忍に絶対に敵意を当てるな。分かったな?」
「・・・なんで?」
「あいつは私よりつええからだ」
少しくらくらしてきた頭を抑えながらため息を吐くと、バシャと水が跳ねる音がした。
そっちに眼を向けると、湯から上がり、髪から水を絞っているゆいが見えた。
「教えてくれてありがと」
少し暗い顔でお礼を言うゆいの顔を見て、昔の記憶が呼び戻される。
馬鹿なガキの顔を。
そのガキの顔を思い出すと、私も湯船の中から急いで上がり、脱衣所に向かうゆいを追いかける。
「なぁゆい、お前はなんで戦うんだ?」
「・・・上に上がるため」
ゆいはそう言い残すと、手に付いた水を辺りに弾きながら湯殿から出て行く。
そのゆいの言葉を頭の中で考えていると、頭に強い違和感が残った。
(上に・・・上がる?)
何故か頭にその言葉が強く残り、どうしてその言葉が頭に引っかかっているのか考えながら、脱衣所に向かう。
さっきまで付けていたサラシと褌を身に付けてゆいの方を見ると、ゆいは頭の上に付いている耳を動かして耳の中に水を乾かしていた。
それを見て可愛らしなと微笑みを浮かべていると、さっきまで頭に引っかかっていた何かがするりと外れた。
「あっ!!!」
私の大声にゆいは肩をビクつかせ、耳を抑えた。
「・・・なに?」
「いやお前の故郷、獣人族の里だよな?」
「そうだけど?」
かなり不機嫌そうな顔をするゆいを無視して、多分ゆいが勘違いしている事を話して行く。
「ここじゃ、強くなっても上には上がれねぇぞ」
「・・・えっ?」
私の言葉にゆいは意味がわからないと言いたげな顔をする。
「だーかーら、この国は獣人族の里と違って、強い奴ほど偉いわけじゃねぇって事だ!」
「えっ?じゃあどうやって偉さとか決めるの!?」
ゆいは裸のまま私に駆け寄って脇腹あたりを掴むと、普段のゆいからは想像が付かない信じられないような顔を私に向けた。
「・・・全部大和が決める」
「土地の広さは!?」
「大和が決める」
「おきては!!?」
「それも大和」
私の言葉にゆいは固まったが、しばらくすると自分の髪を掴んで涙を流し始める。
(まぁ、こうなるだろうな)
自分が生まれ育った場所とは全く違う場所に来れば、誰だって不安に襲われる。
だから、ゆいがこうなるのは当たり前なんだろう。
そんな事を思いながらとりあえずゆいを慰めようと、自分もしゃがんでゆいの顔を見ると、その顔には弱い笑みを浮かんでいた。
「やっと・・・無理しないでいいんだ」
その弱々しい笑みを見ると、心から熱い何かが漏れ、反射的にゆいの頭を胸に抱き寄せてしまった。
「あぁ、お前はもう無理しなくていいんだ」
ゆいはうまく呼吸が出来ずに顔を赤くさせるが、背中を優しくさすり、息を落ち着かせる。
そんな事を繰り返し、ゆいが泣きやむ頃には、とっくに日が昇っていた。
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「っ、んー」
体を伸ばし、蒼空さんに借りた布団を畳んで襖を開けると、眩しい日差しが私の眼を眩ませた。
(うん、良い天気)
縁側に出て、温かな日差しを身体で温めていると、誰かが飲み物をすすっている音が聞こえた。
(美琴さん・・・かな?)
朝の挨拶をしようと、その音が鳴る縁側の角を曲がると、そこには湯気が出ているお茶を飲んでいる美琴さんと、眼の周りを赤くさせたゆいが居り、びっくりしてしまう。
「ゆい!?」
寝ぼけた頭が一気に目覚めるほど驚いてしまい、ゆいに急いで駆け寄り、ゆいを胸に抱き寄せる。
「大丈夫!?辛い事があるならお姉ちゃんなんでも聞くよ!?」
「大、丈、夫!」
ゆいは私の手を顔から引き剥がし、不機嫌そうな顔を私に向け、私の胸から顔を離した。
ゆいの心音に偽りが無いから大丈夫なのは分かるけど、どうして泣いていたのかが分からない。
「そ、そう。えっと、なんで泣いてたの?」
「んー、まぁ、聞いてやるな」
隣にいた美琴さんはゆいに優しい笑みを浮かべてお茶を啜り始めると、ゆいは顔を美琴さんから背けた。
(んっ?)
その行動にあんまり深く聞かない方が良いのかと悩むが、結局何も聞かないことにして、ゆいの頭を優しく撫でる。
「あんまり、無理しないでね」
「うん」
ゆいは私の手を掴んで自分の頭に擦り寄せると、髪の毛がボサボサになるまで自分の頭を撫で続けた。
そして満足したのか私の手を離し、幼い笑みを私に浮かべて来た。
「おい!」
その笑みを見て嬉しさを感じていると、朝の頭に響く大きな声が後ろから聞こえた。
「飯が出来た、さっさと食え!」
後ろを振り向くと、お玉杓子と包丁を持った蒼空さんが不機嫌そうな顔で縁側に立っていた。
「おう、すぐ行く」
美琴さんはお茶を飲み干すと、私達に手招きをして、家の中に入って行った。
ゆいと顔を見合わせて一緒に家の中に入ると、二匹のイサキの塩焼きと澄まし汁が、丁寧に卓袱台の上に並んでいた。
「わぁ」
その綺麗に調理されたご飯を見て、自然と声が出てしまうけど、それとは同時にある不安が胸の奥に生まれ、蒼空さんに顔を向ける。
「えっとこれ、貰っていいんですか?」
「あっ?当たり前だろ。冷めるからさっさと食え」
めんどくさそうにそう言ってくれる蒼空さんに、感謝の気持ちを伝えるために頭を下げてから一番奥の席に座り、用意された箸でイサキの身をほぐして口に運ぶと、塩と魚の旨味が交わった、とても美味しい味が口いっぱいに広がった。
昨日食べたご飯とは比べ物にならないくらいの美味しさに、涙が出そうになる。
そんな気持ちで美味しいご飯を食べていると、ゆいも私の隣に座りご飯を食べ始めた。
「・・・美味しい」
「ねむ
眼を輝かせるゆいを見て微笑んでいると、美琴さんの声が耳に届いた。
「そういや朝なのにやけに豪勢だな」
「んー、なんか大和が修行厳しくしろってさ。だから飯くらい豪勢にしなきゃやってけねぇだろ?」
「はぁ!?」
そんな大声に驚いてしまい、箸を反射的に落としてしまう。
それを慌てて拾い、卓袱台の用意されていた濡れた布巾で箸を拭いていると、美琴さんが大きなため息を吐いた。
「なぁ、その他になんて言ってた?」
「人間が本格的に攻めてくるかもってさ」
その言葉を聞いた途端に甲高い音が2つ辺りに響いた。
なぜかくらっとした頭を抑えると、チクリとした痛みが額を抑えた右手に来た。
「ゆい!?」
美琴さんが叫び、慌ててゆいの方を見てみると、眼に映ったのは木の破片を指に食い込ませたゆいの姿だった。
「ゆい!?」
ゆいに手を伸ばそうとすると、その伸ばした自分の手にも無数の木の破片が刺さっている事に気が付いた。
(えっ?)
「その指動かすなよ!」
美琴さんはゆいの右手首を掴み、ゆっくりとその木の破片を取っていく。
私も自分で木片片を引き抜き、濡れた布巾の上に血が沁みた木片を置く。
「ありがと」
「ごめんなさい、えっと折れた箸はどうしたらいいですか?」
いつの間にか真っ二つに折れていた箸を拾い、それを美琴さんに見せると、美琴さんは顔をしかめた。
「そこに置いとけ。後で燃やすから」
少し重い声を出す美琴さんを見て、胸の中が重くなるのを感じる。
「ほら、箸」
自分がしてしまった事に落ち込んでいると、眼の端に新しい箸が差し出された。
顔を上げると、不機嫌そうな顔をした蒼空さんが私達に新しい箸を差し出してくれていた。
「落ち込むのは後にしろ、飯が冷める。あと箸はこれにでも包んどけ」
蒼空さんは私たちに新しい箸を軽く投げると、美琴さんに布を投げ、蒼空さんもご飯を食べ始めた。
美琴さんと蒼空さんに頭を下げ、気晴らしに澄まし汁を飲むと、温かい味が胸の重さを楽にしてくれた。
その温かさを感じていると後ろから足音がし、空いた襖から笑顔の雷牙さんと、眼帯をつけ、まだ眠たそうな顔をした琴乃さんが立っていた。
「おはよう・・・ございます」
「おはようございます!」
「はよ飯食え」
雷牙さん達の挨拶を無視し、蒼空さんは不機嫌そうに言葉をぶつける。
雷牙さん達に頭を下げてご飯の食べていると、いつの間にか食べている麦飯が無くなっていた。
少し悲しい気持ちと満たされた心を感じながら、手を合わせて会釈をする。
「ごちそうさまでした」
一息付こうとお水を飲むと、いつの間にかご飯を食べ終えた美琴さんが、私とゆいの分の皿も持って行ってしまった。
そんな美琴さんに頭を下げ、ゆっくりとくつろいでいると、雷牙さん達もご飯を食べ終えたみたいだ。
「おい、食ったんだったら出るぞ」
「えっ、いや私らまだ食ったばっかなんだが・・・」
「いいから行くぞ。神器は持ってこい」
雷牙さんの言葉を無視して蒼空さんは縁側へ行ってしまい、外からは草履を履く音が外から聞こえた。
どうしたらいいか考えていると、ゆいは縁側へさっさと行ってしまい、自分が寝ていたで在ろう部屋に向かっていく。
「えっと、私達は行きますけど、雷牙さん達どうしますか?」
「行きます」
「おう、私も行く。雅の分の神器も持ってくるから待ってろ」
そんなまだ会って短い私にも親切にしてくれる雷牙さんに頭を下げて少し待っていると、残された琴乃さんが腕に巻いていた紐で髪を結び始めた。
しかしまだ寝ぼけているのか、全く髪が纏まらない。
「えっと、私がやりましょうか?」
「よろしく、お願いします」
とろんとした顔で、紐をこちらに伸ばす姿を見て心臓が高まり、それを隠すように急いでその紐を貰い、琴乃さんの後ろに行く。
「失礼します」
丁寧に長い髪を指で絡め、赤色の紐で髪を後ろ向きに結ぶ。
髪を離すと、綺麗に髪はまとまってくれていて、琴乃さんは顔をこちらに向けてくれた。
「ありがとうございます」
琴乃さんからお礼を言われると、何故か顔全体が熱くなった。
「えっ、えっと、どういたしましてです」
熱くなった顔を冷まそうと縁側に行って息を整えていると、私の弓を持ったゆいがこちらに走ってきた。
「はい、弓」
「あ、ありがとう」
ゆいにお礼を言い、自分の顔の熱が冷めるのを感じていると、後ろから金色の小手を嵌めた雷牙さんがやって来た。
「お待たせ」
その後ろにはいつのまにか腰に刀を差している琴乃さんが立っていて、その雰囲気はいつもの琴乃さんの雰囲気だった。
「で、どこに行けばいいの?」
ゆいが私にそう聞いてくると同時に、目の端で何かが動いた。
それを目でしっかりと捉えると、少し黒っぽい水を体に纏い、広場の中心に立っている蒼空さんがそこには居た。
「お前ら、とりあえずこっちに来い」
少し不機嫌そうな蒼空さんの声に、少し警戒しつつも縁側で靴を履いて蒼空さんの前へ行くと、蒼空さんに纏っていた水達は弾け、あたりの地面に染み込んでいった。
「お前ら、とりあえず全力で魔法を体に纏ってみろ」
「なんで?」
「いいからやれ」
ゆいの質問に答えず、厳しくそう言ってくる蒼空さんに従い、みんなと距離を開け、頭に意識を集中する。
あの時、お母さんを助けられなかった悔しさを思い出しながら。
すると自分の周りに熱い炎が燃え盛り、私の背の三倍ほどの高さまで、炎は登り詰めた。
しかし少しでも気を抜くと、強い疲れと共に火は掻き消えた。
魔法を纏ったせいか強い疲労感を感じていると、奇妙な風が肌に当たり、辺りを慌てて見渡すと、みんなも魔法を体に纏っていた。
ゆいは荒々しい風が体の周りに纏っており、それとは正反対に、琴乃さんの風は静かに辺りを舞っていた。
そして目に強く残ったのは、紫色の雷を腕と足に強く纏った雷牙さんの姿だった。
けれどみんなも気を抜いてしまったのか、地面に勢いよく座り込むと、体に纏った魔法も解けてしまった。
「それがお前らの全力だ。それをちゃんと覚えとけ」
蒼空さんは急にそう言い残すと、縁側へ上がって行った。
「えっ、修行は?」
ゆいの質問を無視し、蒼空さんは家の中に入っていった。
そのせいかゆいの周りから風が吹き始め、ゆいの顔は険しくなっていく。
「すまん!遅くなった。」
不機嫌になったゆいを止めるように、急いで家の中から美琴さんが出てくると、美琴さんは裸足のまま外に降り、申し訳なさそうな顔のまま、こちらに歩いてきた。
「あー、今日からの修行はずっと実践だ。お前らは全力で私を殺す気で来い。だが、私もお前らを殺す気で行く」
あの優しい美琴さんはとても嫌そうな顔をし、私達から距離を取り、大きく息を吐く。
少し前に殺し合いと言われ、本当に殺された事があるせいで体がこわばるが、ゆいや雷牙さん達の真剣な顔を見て、自分も覚悟を決めて弓を構える。
みんなが武器を構えるのを見て炎の矢を作り、弦を引いた瞬間、私の眼の前に美琴さんが現れ、こちらにとんでもない圧を纏った右腕を伸ばしてくる。
(えっ?)
急な変化に頭が追いつかないでいると、伸びてくる右腕を劔を赤く染めたゆいが右膝で弾く。
その光景にやっと頭が追いつき、鏃を刃の形にし、美琴さんの腹を斬りつける。
肉が焼ける音が聞こえ、その鏃は美琴さんの腹を赤く染めるが、美琴さんは痛がる素振りも見せずに素早く動くゆいの腕を掴み、美琴さんの背後にいた琴乃さんの腹に勢いよくぶつけた。
「がっ!?」
「っう!!」
琴乃さんは横に吹き飛び、美琴さんはゆいを強引に振り回して地面に打ちつけた。
「っ!?」
美琴さんはそんな苦しみの声を漏らすゆいの顔を容赦なく踏み砕こうとする。
「ゆ」
ゆいの名を呼ぼうとした瞬間、荒々しい雷を纏った拳が、美琴さんの頬に突き刺さった。
極め付けには小手から眩しい光が弾け、激しい爆音を放つが、美琴さんの頬は少し火傷した位の軽傷でしかなく、怯まない美琴さんは雷牙さんの腹に鋭い蹴りを入る。
「がっ!?」
そのまま雷牙さんは吹き飛び、地面を2度跳ねて、生えていた木に背中を強く打ち付ける。
その光景に唖然としていると、バキッと甲高い音が聞こえた。
その音が鳴る方を見てみると、美琴さんの右腕に荒々しい風を纏ったゆいが巻きついており、その腕は反対側にへし曲がっていた。
けれど美琴さんは折れた腕でゆいを首を掴み、体を使って私にゆいを投げつけた。
「っ!?」
咄嗟に後ろに飛ぶがゆいを避けられず、一緒に後ろに吹き飛ばされ、背中に何かが激しくぶつかり、ゆいの背中が私のお腹にめり込んだ。
「かはっ!ごほっ!」
そのせいで熱いものがこみ上げ、抱きかかえていたゆいに赤いものをかけてしまう。
すると、ゆいは顔を怖くさせ、ゆっくりと私のお腹から立ち上がった。
「・・・殺す!」
ゆいは普段は絶対に言わないであろう暴言を吐き、体に荒々しい風を纏って自分の左腕を短剣斬り付け、血を剣に吸わせる。
それとほぼ同時に、荒々しい雷と、冷たい静かな風が当たりに漂い始めた。
「・・・来い」
その声に合わせてゆいは美琴さんに突っ込み、身を低くして足を斬ろうとするが、その剣を踏まれ、地面に押さえ込まれる。
そのゆいを庇うように雷牙さんが前に出り、何発も美琴さんを殴りつける。
しかし美琴さんは痣を体に浮かしながらも、強引に雷牙さんの顔を殴りつけ、雷牙さんを吹き飛ばす。
けれど雷牙さんはその一撃を小手で防いだのか、体制をすぐに立て直し、ゆいの短剣を力強く踏んだ美琴さんに突っ込む。
「雅!」
雷牙さんから名前を呼ばれ、背中の木に寄りかかりながらゆっくり立ち上がり、矢を作る。
(葬矢 炎牙)
そして雷牙さんと美琴さんはまた殴り合い続けている間に、弓を引くと同時に、美琴さんの後ろに琴乃さんが突然として現れた。
琴乃さんの3撃は美琴さんの首と背を切り裂いたが、美んはそれを気にもせずに短剣を引き抜こうとしているゆいの顔面を右足で蹴り上げ、雷牙さんの服を掴むと、そのまま後ろ向きに雷牙さんを回し投げた。
2人は地面に打ち付けられ、鈍い音が辺りに響くが、その瞬間、美琴さんの右眼を見えない刃が撫で斬った。
(今!!)
その隙をついて弦を離すと、鋭い火の矢が美琴さんの頰に吸い込まれるように命中した。
しかし私の渾身の一撃は、その顔の表面を赤白く染めただけだった。
「っ!?」
すぐさまもう1本矢を放とうとすると、風切り音が聞こえ、私の顔の横に緑色の短剣が突き刺さった。
「お前らの負けだ」
そう言われた途端に足から力が抜け、その場に座り込んでしまう。
すると美琴さんは私の方に駆け寄ってくると、ゆっくりと左手を私に差し出して来た。
「雅、歩けるか?」
「えっ、あっ・・・はい」
その大きな手を取ると、美琴さんはさっきまでの圧からは考えられない優しい笑みを私に向けてくれ、私の体をゆっくりと起こしてくれた。
「疲れてるとこ悪いが、ゆいを頼む」
美琴さんは苦笑いをして痛々しい傷を負った背中を私に見せると、全身の骨が折れた雷牙さんと琴乃さんを優しく背負う。
それを見届けて辺りを見合わすと、横たわっているゆいを見つけ、頭が熱くなってしまう。
「ゆい!」
弓を地面に投げ出し、急いでゆいに駆け寄ると、ゆいの左頬に何かで強く擦ったような痛々しい傷ができていた。
「っう・・・」
その傷に出来る限り触れないようにして、足と首の後ろに手を回して、意識が無いゆいを縁側へ運ぶ。
縁側でゆいをどうしたらいいか焦りながらも冷静に考えていると、蒼空さんが枕を持って来てくれた。
「これに頭を乗せて、そっとしとけ」
「はっ、はい!」
言われるがままにその枕にゆいを乗せると、ゆいの頰から白い煙がで始め、安心してしまう。
そんかゆいの頭を優しく撫でていると、無数の小枝を踏むような音が隣から聞こえ始めた。
そっちを見てみると、お腹から白い煙を上げ、折れた腕が歪な動きをしている美琴さんが見え、少し怖く見えてしまう。
「えっと、美琴さんって痛み感じないんですか?」
そんな失礼な質問をしてしまうと、美琴さんは優しい微笑を私に向けて来てくれた。
「いや、めっちゃ痛いぞ。腹が焼かれた時、漏らすかと思ったくらいだ」
「そ、そうなんですか」
おぞましい事を笑いながら話す美琴さんに正直どんな言葉をかければいいか悩んでいると、後ろに寝ていたゆいが寝ぼけたような顔のまま、ゆっくりと起き上がった。
そして自分の両手を見ると、細いため息を吐いた。
「私達・・・負けた?」
「あぁ、お前らの負けだ」
美琴さんの言葉を聞いたゆいは枕に顔を埋め、小さな声で唸り始めた。
「いっつ・・・」
それに合わせるように、頭を抑えた雷牙さんと琴乃さんも、ゆっくりと起き上がった。
「んじゃ、お前らの反省点を説明してくぞ」
それを見た美琴さんは立ち上がると、私たち全員を視界に入るように少しだけ後ろに下がった。
「まずお前らの中で一番威力がある攻撃をするのは雅だ。雅を守りながら戦う戦法は結構良かったが、雅は撃つのが遅過ぎる」
自分でも悪いと思っている所を美琴さんから的確に当てられ、少し胸に不快感が生まれる。
そんな気持ち悪さを感じていると、美琴さんは少し考えるような顔を私に向けた。
「雅は狩りをやってた・・・のか?」
「えっ」
なぜ私の過去を知っているのかと、少し身構えてしまうが、そんな私を見てか美琴さんはくすりと笑った。
「戦い方を見りゃわかる。お前は絶対に外しちゃいけないって思いが強過ぎる。だから、今後の課題はその考えを改める事だ」
また自分の悪い所を的確に言われしまい少し落ち込むが、美琴さんが自分のどんな所を直せばいいかを説明してくれるおかげで、まだ希望を持てる。
「んで雷牙。この前よりも腕は上がったが、まだ急所を避ける癖が抜けてない。そこをなおしゃ、蒼空に勝てるかもな」
美琴さんは雷牙さんに笑みを向けると、雷牙さんも少し明るい顔をした。
「んで琴乃。お前は冷静に動いたな。飛ばされた後もすぐには反撃せずに状況を見ていた。が、それはやめろ」
急に重い口調が聞こえると、背中に鳥肌が立ち、辺りは重い空気に包まれた。
「な、何故です?」
「この世には不死殺しと呼ばれる神器がある。もし私がそれを持っていたら、雷牙とゆいは間違いなく死んでたぞ」
その言葉に琴乃さんは嫌そうな顔をすると、辺りの重々しい空気が止み、美琴さんは後悔するようなため息を吐きながら、自分の顔を抑えた。
「まぁ、それ以外は大したもんだから胸を張っていい」
急に態度が変わる美琴さんに違和感を感じるが、そんな私の違和感を無視し、美琴さんはゆいの方に顔を向けた。
「ゆいは感情的になるとこだ。まぁ、それ以外は特に言うこと無し!強いて言うなら、もうちょっと短剣を使え。刺すだけじゃなく、肌を裂いて血を流させるのも効果的だ」
美琴さんはゆいの頭に右手を伸ばしてぐしゃぐしゃと撫でると、ゆいは嬉しそうな顔をした。
それを見て胸の奥にチクリとした痛みを感じていると、美琴さんは急に少し悲しそうな顔を浮かべた。
「後もう一つ、修行を辞めたいと思ったらすぐに言えよ。お前らはまだ、逃げていいんだ」
その言葉だけは美琴さんは悲しそうな声を出し、そのせいか、全員黙り込んでしまう。
その空気の中、ゆいは美琴さんの手を頭から離すと、縁側から飛び降りた。
「やだ。だって強くなりたいもん」
そんな子供じみた事をゆいが言うと、美琴さんは少し困った顔をした。
「あれ?お前無理しなくて済むって」
「無理をしたくないだけで、強くなりたくないとは言ってないよ」
「・・・そう、だな。」
美琴さんはゆいの言葉に少し微笑むと、ゆいの頭をもう一度撫でる。
そんな微笑ましい空気を感じていると、後ろから足音がした。
「おい、飯が出来た」
蒼空さんの声が聞こえ、鼻に意識を集中させると、麦飯の良い匂いが家の中から微かにする事に気がついた。
「おう、今行く。んじゃお前ら、飯食うぞ」
そんな美琴さんの明るい笑顔を見て、私も釣られて笑ってしまい、美琴さん達と一緒に食卓へ足を運び、美味しく調理された猪の肉を、お腹一杯になるまで食べ続けた。




