第21章 動き
「お前ら全然ダメじゃねえか」
頭の血管の位置が明確に分かるほど熱い頭の中に、美琴の呆れ声が入ってくる。
「あんた、桜と別の意味でつえぇ」
荒い息を落ち着かせながら小手に着いた砂を払って立ち上がると、美琴の嬉しそうな笑みが見えた。
「あんがとよ。とりあえず今昼頃だから飯でも食うぞ。お前らも落ち着いたら来い」
美琴はそんな言葉を残して、家の中へとっとと入って行ってしまう。
「大丈夫か、琴乃?」
地面に尻を付けている琴乃に手を伸ばすと、琴乃は無言で頷き、私の手を使って立ち上がった。
琴乃と同じく尻を地面に付けているゆい達にも手を伸ばすと、ゆいは私の手を無視して自分で起き上がったが、雅は私の手を掴んでゆっくりと立ち上がった。
「ありがとうございます」
「気にすんな」
雅は私にお礼を言うと、疲れた足取りで縁側まで足を進めてゆっくりと座ると、その整った口から重たい息を吐いた。
その隣にゆいが座り、そこから少し離れた場所に琴乃も勢いよく座ったが、ふと、雅の震える上でに目が行ってしまった。
「雅、腕大丈夫か?」
「えっと、少し力が入りにくいだけですね」
この前に弦の重さを聞いたことがあったおかげで、なんとなく想像がついてしまう。
雅はさっきの戦いで何十本の矢を放っていたから、相当な疲労が腕に溜まっているのは考えてみれば当然な事だった。
「ちょっと腕、貸してくれないか?」
「えっ、あ・・・はい!」
少し戸惑いながらも、雅は震える腕を私に伸ばして来てくれた。
雅の隣に座り、その腕を掴んで雅が疲れているであろう場所を優しく揉んでやると、雅は気持ちよさそうに顔を緩ませた。
「気持ちいか?」
「はい、とっても」
雅はうっとりとした声を出し、心地がよさそうな顔を浮かべ、その顔を見ているとこっちも嬉しくなってくる。
そんな嬉しさを感じていると、後ろから美琴の重い足音とは違う足音がし、少し驚きながらその音が鳴る方に顔を向けると、そこには知らない女が立っていた。
その女性の暗い青色の髪は肩辺りまで伸びており、こちらを鋭く見ていると目は水色だった。
そして特徴的だったのは、鼠色の紬から見える右腕に、白い蛇のような物が巻きついている事だった。
そんな女性の腕に巻き付いた岩のように動かない蛇を眺めていると、名も知らない女性は息を大きく吸い込んだ。
「乳繰り合ってないでさっさと飯を食え!!」
急に女性は怒鳴り声を上げ、隣にいた雅は勢いよく耳を抑えた。
「おいおい、いきなり大声出さなくてもいいだろ?」
女性の後ろから急に美琴が現れれるとその女性を宥め、女性の背中をさすりながら美琴はこちらに顔を向けた。
「紹介が遅れたな。こいつは蒼空、私と一緒にここに住んでいる奴だ」
「どーでもいいから飯食え。片付かないだろうが」
なぜか不機嫌な蒼空に取り敢えず頭を下げ、琴乃に目配せをしてからその家の中に足を運ぶ。
家の中に入ると、横に長い卓袱台に焼いた魚と麦飯を盛った椀が並んでいた。
「ちゃんと手を拭いて残さず食えよ」
蒼空は、卓袱台の上に置かれた濡れた布を指差しながらそう説明してくれ、それに従って両手の小手を外して汚れた手を濡れた布で拭いて蒼空に頭を下げて会釈をする。
(いただきます)
会釈をして用意された箸で魚を解して食べると、その魚は口の中に塩味が強い塩味が広がる、麦飯が進む味だった。
(あ、うめぇ)
魚の身を噛み締めながら麦飯に箸を伸ばそうとすると、隣がやけに騒がしい事に気が付き、そっちに顔を向けてみると、麦飯を勢いよく掻き込んでいるゆいがいた。
「ゆ、ゆい、イライラしてるのは分かるけど、もうちょっとゆっくり食べよ?」
「やだ」
雅の願いを無視して、ゆいは大量の麦飯を口に流し込む。
「えっと、すいません蒼空さん」
「別にいい、腹の中に入ればほとんど変わらない」
そんな投げやりな事を蒼空は言うと、自分の麦飯の中に湯飲みの中の水を入れ、それを啜る様にして麦飯を全て平らげた。
「ごちそうさまでした」
あっという間に飯を食べ終えた蒼空はそう言いながら両手を合わせると、皿と椀を強引に持ち上げ、何処かへ持って行ってしまう。
それを見て驚いていると、その隣でゆっくり飯を食べている美琴が少し困った顔をしていたが、美琴は私達に優しい笑みを浮かべて来てくれた。
「あー・・・ゆっくり食べていいからな。あいつがせっかちなだけだ」
その美琴の言葉を聞いて、安心しながら食事を続け、出された食事を食べ終え得たから会釈をしようとすると、美琴が勝手に全部の皿を持って行ってくれた。
「ありがとう」
「おう、ゆっくりしてろ」
美琴にお礼を言い、膨れた腹を摩りながら一息付いていると、後ろから足音がした。
その足音はさっき聞いた蒼空のものだと分かったため首は向けなかったが、急に自分の首根っこを掴まれ、急いで顔を後ろに向ける。
「こいつ、しばらく借りるぞ」
「いやちょっ!?」
私の首を引っ張る蒼空に抵抗しようとするが、みるみるうちにゆい達が遠ざかり、外に投げ出され硬い地面に肩を強く打ってしまう。
(いって!!)
打った肩をさすりながらゆっくり顔を上げると、私を見下ろす様に蒼空が縁側に立っていた。
「・・・付いて来い」
蒼空は縁側に置いてあった草履を履くと、森の中に入っていった。
神器を身に付けていないせいで違和感があるが、取り敢えずは蒼空に付いて行くと、四方をしめ縄で囲まれた、小さな泉の前に、蒼空は何かを思うように見ていた。
そんな蒼空に声をかけようとした瞬間、全身に鳥肌が立ち、咄嗟に身構えるが、私が身構えた瞬間に鳥肌が一気に伏せた。
「伏せろ」
「はっ?」
急にそんな事を言われてしまい困惑してると、後頭部に何かが強く当たり、視界が揺れ、地面に膝をついてしまう。
「伏せろって言っただろ?」
「だれが・・・分かるか」
痛む頭を押さえながら、後ろに落ちたものをみると、私の神器が地面に転がっていた。
「嵌めろ」
まだ痛む頭をもう一度さすり、取り敢えずその小手を両腕に嵌めると同時に左足が顔に向かってき来るのが見えた・
「うおっ!?」
その足を体を反らし、後ろ向きに回りながら前を向くと、明らかにさっきとは雰囲気が違う蒼空が両腕を首の位置に構えていた。
「お前の場合は美琴より俺の方が修行になる」
蒼空は必要最低限の事だけ話すと、私に向かって左の突きを飛ばして来る。
しかしクレアや美琴より遅い攻撃だったため、それを左手で内側に逸らし、咄嗟に空いた蒼空の左腹に右の下突きを打ち込もうとした瞬間、いつの間にか自分の胸に蒼空の手が当たっていた。
その違和感に気がついた瞬間、その手を体の中に押し込まれたような感覚に襲われ、後ろに吹き飛ばされる。
「がっ!?」
吹き飛ばされ、すぐさま受身をとろうとするが、なぜか体が思い通りに動かずに荒い地面に転がってしまう。
疼きと痛みを背負った頭を押さえながら立ち上がると、いつの間にか蒼空は私の前に見下ろすように立っていた。
「魔法、神器、全て使え。そして私に血を一滴でも出させたらお前を守り人にしてやる」
そんな事を言い終えると、私の腹に鋭い左足の一撃が入り込み、さっき食べた物を逆流してしまう。
「うっ、おえぇぇ!!かはっ!はぁ、はぁ」
気持ち悪い吐き気の中でかろうじて顔を上げようとすると、顔面に鋭い蹴りが入り、甘いようは不味いような味が口の中広がり、地面に再び転がってしまう。
「この程度か?」
蒼空の何気ない言葉を聞いた瞬間、何かが切れた音が頭の中でし、荒い雷を全身に纏う。
「舐めるなぁ!」
雷を纏ったせいで身体中の痛みは増すが、キレている為かあまり痛くない。
倒れた体制のまま足を滑らし、蒼空の足を払おうとするがそれは上に飛んで避けられた。
しかし、空中で逃げ場が無い状況を見て体が動き、蒼空の胸あたりに拳をぶつける。
(爆ぜろ!!)
その拳が蒼空に当たった瞬間、小手から荒々しい雷が爆ぜ、蒼空は吹っ飛ばす。
「っ!?」
しかし、目の前の状況を見て戦慄してしまう。
吹き飛ばされた蒼空は血を流すどころか、私が当てたはずの胸には服の乱れすらない。
その代わりに蒼空の両手には水が纏っており、その形は龍を模していた。
「もう・・・終わりか?」
その言葉に頭に血が上るが、体は冷たく冷静に動いてくれた。
蒼空の龍の突きを右腕で逸らし、空いた脇に左拳を入れようとした瞬間、その手を空いたもう一匹の龍が口で掴んでいた。
そして蒼空は私の手がひねり伸ばすと、小枝を折るようにして左膝で私の肘を砕いた。
「あぁあああっ!」
頭にくる痛みに叫びながら耐え、蒼空の右足を砕く勢いで左の蹴りを放つが、私の脚が冷たい感覚に襲われると同時に脚の内側から熱いものが噴き出した。
「うぐっ!!」
そこに目を向けると、私の左脚は蒼空が生み出したであろう水に浸かっており、その水は血で赤黒く濁っていた。
左足が潰されたのだと理解すると強烈な痛みが頭に走るが、それ以上の身の危険を感じ、後ろに飛ぶ。
しかしいつの間にか、蒼空の顔が私の顔に当たる寸前にあり、腹に2発の鋭い突きが入る。
「オガッ!?」
左胸と鳩尾に攻撃を喰らうと地面に倒れ込んでしまい、痛みで息が上手く吸えずに地面でもがくことしかできない。
「終わりか?」
「あっ・・・ぐ・・・そ・・・」
蒼空は私の顔を上から覗き込むようにみると、急に呆れた顔をし、私が着ている服の襟を掴んで私をしばらく引きずると、なにか柔らかい物の上に放り投げられた。
(んだ・・・これ?)
地面に落ちた場所には緑い落ち葉たちが広がっており、なぜこんな場所にこんなものがあるんだろうと疑問を感じていると、目の端にいた蒼空は私をほったらかし、そのままどこ買へ行ってしまう。
しばらくすると壊れた脚と肘から白い煙が出始め、少しだけ痛みが柔らいできた。
「ふぅ」
それに安心して息を整えていると、顔の横に何かが落ちて来た。
それは、竹でできた水筒のようなものだった。
「飲め」
蒼空の声が聞こえ、震える腕で水筒の栓を抜き、その中の水を胃の中に流し込む。
すると、喉の苦味と腹の熱さはいくらかマシになってくれた。
「さて、反省会するぞ」
「へっ?」
私の疑問の声を無視して蒼空は私の頭の横らへんに荒々しい座り、私の髪をいじり始めた。
「えっと、あんたなんで私と戦ったんだ?」
「んー?」
私の声を聞き流しているのか本当に聞こえてないだけなのか、蒼空は私の髪をずっと弄っている。
そしてしばらくすると、私の髪から手を離し、青葉の上に胡座を掛き直して座りなおした。
「もう動けるだろ?座れよ」
確かに話す時に寝そべるのは失礼だろうと思い、少し痛む腹を押さえながら蒼空の顔が見えるようにして座る。
尻の下に広がる柔らかさを感じていると、蒼空は私に鋭い水色の眼を向けて来た。
「まずお前、戦い方が人間くせぇ」
その話を聞くと、過去に聞いた優しく幼い声が頭の中に響いた。
その声は、クレアと呼ばれる西の守り人のものだった。
「失格にした理由?簡単ですよ、あなた達が人らしいからですよ」
「聞いてっか?」
その言葉に意識を頭の中から戻して蒼空に頷くと、蒼空はため息をまた吐いて話を続ける。
「お前、何かの武術を習ってたろ?」
「・・・あぁ、天狗の爺さんから少し」
「んじゃその教えられたことは全部忘れろ」
「はっ!?」
声をあげて反論しようとした瞬間、私の顔に左の突きが飛んできた。
その遅い突きを反射的に掴むが、蒼空の腕を掴んだ私の手の周りが冷たい感覚に襲われ、私の手の回りをあの水が包んでいる事に気が付いた。
「理由は分かったな?」
その言葉を聞いて、自分の中で認めたくないものを認めてしまった。
天狗の爺さんから習ったのは、あくまで常識範囲内のの戦い方だ。
それが、不死との戦いでは邪魔になる。
手の周りから冷たい感覚が無くなると同時に、自分の胸の中に重しがのしかかった。
強くなりたい。
けれど、強くなるためには大事な思い出を捨てなければならない。
そんな思いは自分の中で重く、不快なものに変わっていた。
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「じゃあ悠人、やろうか」
「ちょっとまってください、桜さん」
刀を綺麗な動作で抜く桜さんに待って貰って、どうしてこうなったんだっけと考えてみる。
確かここに帰ってきて、二人で食事をした後に魔法の事を話していると、外に出ようという事になってこうなった。
(うん・・・なんで?)
「あっ、悠人もしかして乗り気じゃない?」
「あ、いえ、大丈夫です」
桜さんをこれ以上待たせるのは気が引けたせいで、桜さんに承諾の声を返し、目を閉じて想像を始める。
クレアさんから聞いた話によると、僕の魔法は蝿を無数に生み出して攻撃する魔法らしい。
蝿が体の周りに集るように想像すると、耳元から少し不快な羽音が急にし始め、眼を開けると、気持ち悪いほどの小さな蝿が僕の周りを飛んでいた。
「おいで」
桜さんの優しげな声に釣られて桜さんを攻撃しようと頭を使うと、周りにいる蝿は僕の周りを飛ぶばかりで、桜さんを一向に襲わない。
「・・・あれ?」
その蝿たちを慌てて見ていると、桜さんが生えの壁に向かって飛び込んで来た。
(うそっ!?)
蝿に桜さんの体が当たる瞬間、辺りの蝿から火花が散り、全ての蝿が下に落ちた。
「わちょ!?」
刀を咄嗟に弾き抜き、その上からの一太刀を受けようとすると、桜さんは舞うように体を動かし、僕の腕ごと首を切り落とそうとして来る。
それを下がりながら防ごうとすると、足になにかが引っかかった。
「えっ!?」
そのまま尻餅をついてしまい、慌てて前を見ると、刀を振り大きく振り上げている桜さんが見えた。
反射的に頭をかばうように刀を横に構えると同時に辺りに大きな音がし、僕の首の周りを地面から出てきた棘が覆った。
それに唖然としていると、頭に刀の峰を軽く当てられた。
「終わり」
桜さんがそう言いながら指を鳴らすと、首の周りにある棘は土に変わった。
急激な周りの変化に頭が追いついていかないせいで唖然としている僕に、桜さんはしなやかな手を差し伸べてくれた。
「あっ、ありがとうございます」
「ごめんね、ちょっと見たことがない魔法に興奮してたみたいで」
桜さんはそう言いながら僕の手を引っ張ってくれ、それに合わせながら体を起こす。
ふと、さっき何に引っかかったんだろうかと思いながら地面を見てみると、地面から不自然な出っ張りが出ていることに気がついた。
多分、桜さんが出したものだろう。
「悠人、紬さんから甘いお菓子貰ったからいっしょに食べる?」
「えっ!?良いんですか?」
甘いお菓子と聞いて口によだれが溜まるのを感じながら、何故か少し暗い雰囲気の桜さんの背中に着いて行く。
少し待ってと言われ、しばらく縁側で待っていると、桜さんが盆を持ってやってきた。
その盆の上には、湯気が出ているお茶と透明の玉の中に、色が付いた何かが入っているものが、小さな皿の上に乗っていた。
「お待たせ悠人」
「あ、ありがとうございます」
床に座った桜さんからそのぷるぷるとしたものを受け取り、それをジッと見てると、桜さんは何か不思議そうな顔を僕に向けて来た。
「ねぇ、悠人。もしかして水羊羹の事知らない?」
「えっと、知りません・・・ね」
「そうなんだね。爪楊枝で刺して、そのまま口の中に入れるんだよ」
桜さんはそう言うと、水羊羹に爪楊枝を容赦無く突き刺してそれを口に運ぶと、桜さんは口を動かして水羊羹を噛み始めると、とても幸せそうな顔をした。
その顔を見て顔が熱くなってしまい、それを隠すように水羊羹を爪楊枝で頬張ると、強烈な甘さが頭に染み込んだ。
「あっ、美味しいですね」
「でしょ!魔法を使った後だから余計に美味しいんだ」
その言葉に疑問が頭の中に思い浮かび、急いで水羊羹をたくさん噛んで飲み込む。
「桜さん。どうして魔法を使うと美味しくなるんですか?」
「ん?ちょっと待ってね」
桜さんは唇を軽く舐めると、盆に置いてあった熱いお茶を飲み、少し落ち着いてから僕の方に顔を向けてくれた。
「えっとね、魔法って結構頭を使うでしょ。人って頭を使うと疲れるから、その時に甘い物を食べると落ち着くの。つまり、喉が乾いた時に飲む水みたいなもの」
桜さんの言葉を聞いてなるほどと納得していると、家の中から風鈴の音が鳴り響いた。
その音を聞いて反射的に桜さんの顔をみると、その顔はさっきまでの楽しそうな顔が嘘のように暗い顔をしていた。
桜さんはその顔のまま家の中に上がり、しばらくすると、狐の仮面を付けて縁側に出てきた。
「人間達が攻めてきたみたい。だからそれ食べて休んでていいよ」
なんとなくだけど、その桜さんの声色は明らかに暗かった。
そんな桜さんに気をつけてと言おうとするが、桜さんの体に静かに風が纏い、ゆいより速い動きで森の外側に向かっていく。
「あ」
桜さんが居なくなり、静かになった縁側で自分の残りの水羊羹を食べ、桜さんが手を付けていない方のお茶をすする。
熱い感覚が舌に当たると痛いが、熱さが喉を過ぎれば暖かい感覚が体の中から広まる。
「はぁ」
暖かい息を口から吐き、ゆったりとしながら桜さんの帰りを永遠と待つ。
(大丈夫・・・かな?)
桜さんの、とても暗い表情を思い出しながら。
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「ご主人様、お食事をお持ちしました」
「時雨か?入っていいぞ。」
扉の奥から入っていいという声が返って来るの待ってから扉をゆっくりと開けると、月光が覗く部屋で、紙の山に埋もれている大和様が見えた。
けれど、その顔からは疲れを感じられた。
「大丈夫ですか?」
「まぁ・・・少し疲れてるだけだ」
取り敢えず大和様のに近づき、前にある紙の山ずらして空いたスペースにワゴンに乗せた今日の食事を置く。
「おぉ、肉が入ってるな」
大和様はそう喜んでいるけれど、その食事はあまりにも質素なもので私たちメイドが食べているものより良い食べ物など、微塵も入っていなかった。
「大和様、もう少し良い食事をしたらどうですか?」
「いや、そんな事するくらいなら別の場所に金を回す」
大和様は書類に目を向ける姿を見て、少し胸のあたりが冷たくなってしまう。
「そう・・・ですか。食べ終わったら合図を下さい。お食事のお片づけをしに来ますから」
「おう、ありがとな」
自分にしか聞こえないほどの小さなため息を吐いて扉から出て行こうとすると、私が扉に手をかける前に扉が開いた。
すると、その扉の前に黒いローブの様なものを羽織っている女性が見えた。
「あっ、皐月様」
「時雨・・・ただいま」
黒いローブの隙間から私に綺麗なピンク色の目を向け、皐月様は私の頭の上に優しく手を置いた。
「帰ったか皐月。帰って早々で悪いが報告を頼む」
「分かりました」
皐月様は勢いよくローブを体から剥ぎ取ると、背中まで延びる黒い髪と忍さんよりも高い身長を露わにし、スタイル抜群の体を私達に見せつけた。
そんな皐月様を見てかっこいいなーと思っていると、皐月様は私に何処か気を使うような眼を向けて来た。
「時雨、少し外に出ていなさい。少し重たい話だから」
私の頭にもう一度手を置き、少しさみしい気持ちを感じながら皐月様に頷き、一度お辞儀をして扉の外に出る。
扉から出ると、肩になにかが重くのしかかり、ため息が漏れてしまう。
「私には、何もできないんでしょうか?」
不安が生まれた胸を押さえながらも、残っている仕事をしようと頭を切り替えて、一階の厨房に足を運ぶ。
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「ではこれを聞いてください」
皐月が黒いズボンから録音機を取り出してそのスイッチを押すと、街中のような音が流れ始めた。
「あー、皆さんお待たせしました!私が大臣の後継、徳川 誠と申します!」
そのマイクを使用した声を聞いて、多分20歳くらいの男性なのだと分かった。
しかし、その声には何か違和感があった。
その違和感を言葉にするのは難しいが、強いて言うのなら、感じる感情が強過ぎる様な感じだった。
「えー、とりあえず私が大臣になって何をしたいかと、その理由についてご説明します!」
そんなよそよそしい声を聞き、横暴ではなさそうだと安心する心とは裏腹になぜか嫌な予感がした。
「私の夢はただ一つ!それは、不死達の全滅です!」
自分の嫌な予感が当たって、頭がズキンと痛んだ。
当たり前のことだが、私の頭の痛みを物ともせずに誠の話は続く。
「そりゃあ皆さん、あの横暴な父と一緒の思想を持つ子供がやってくれば、それは慌てるでしょうが、まずは話を聞いて頂きたい」
その声のトーンは変わり、だんだんと嫌な予感が胸の中に込み上げてくる。
「父は己の病を治す為に不死を捕獲する事を目的としていました。その横暴な行いの為、数多くの兵士が命を落としました」
誠は悲しそうな声を出し始め、それとは反対に怒りを感じるが、やはり話を勝手に続く。
「私はたまに街に降りる事があるのですが、降りるたびに聞こえる声、不死とは関わるなと言うものです。これは正論です。ですから私は、大臣になった今、不死とは関わらず、国の安定に力を入れるべきなのだと思いました」
ここで話は終わりか?と思ったが、その男はマイクでも聞こえるほど、大きな息を吸った。
「しかし!大臣になり見てみた資料では、どうして行方不明者の数が異様に多く、それが減らないのかは私には理解が出来ない!そしてその原因を調べたところ、明らかに人では成し遂げれない事がありました!
寝ているはずの人がなんの証拠もなく一瞬で姿を消し!曲がり角で姿を消した夫がいるなど!もう答えは一つだ!!」
その話を聞いていると、いつの間にか手の平に痛みが走り、その手を見てみると、自分の爪が皮膚に潜り込んでいた。
「不死は明らかに人類を滅ぼそうとしている!!ですから、私は不死達を倒したいと思っています!」
そう真っ直ぐと言う誠だったが、周りからはざわざわとどよめく声が聞こえ始めた。
「えぇ、皆さんの不安は分かります。私は不死を生では見たことはありませんが、その恐ろしさをよく知っています。しかし!このまま何もしなければ、私達はただ怯え!死んでいくしか道はありません!!」
その大声に辺りはまた沈まり帰り、聞こえるのはマイクにあたる、誠の鼻息だけだった。
そして誠は息を細く吐き、自分の心を落ち着けているのか、そのまま呼吸を続けた。
「ある人は言いました、不死は災害だと。だから手を出さず、殺されない事を祈るほかないと。それでいいのですか!?そんな当たり前のように殺されるなど!?貴方達もそれで良いのですか!?」
誠は周りの反応を待たずにまた息を吸う。
「いーや良くない!私は今日でこの国のトップです!ですからそのトップの責任を私は果たしたい!貴方方を守りたい!ですから!どうか私に着いてきて欲しい!!私と共に不死を根絶し!私と共に生きて欲しい!!!」
誠が話を終え、しばらくすると1つのは拍手が聞こえ始め、それに続くように拍手は大きくなって行き、その場に居なくても分かるほどの一体感が生まれた。
そしてその録音機から音が出なくなると、辺りには静寂が響いた。
そんな空気の中、皐月はため息を吐くと、その録音機をポケットの中にしまい直した。
「とまぁ悔しい事に、私も人であれば心を動かされていた位の演説をしたため、科の国は戦の国との団結を強くし、科の国を仲介役として、今度は魔の国にも同盟の誘いがあるそうです」
「はぁ・・・マジかよ」
椅子に背中を預け、優しい月光が差し込む窓を呆然と眺めてしまう。
しばらく、少し落ち着いた心を整理して頭を回すと、この状況はそこまで苦しい事ではない事が理解した。
「まぁ、今のところはありがたいな。これでしばらくは不死の国への侵略が落ち着く」
誠という奴が、科の国の結束を強くしてくれた事でしばらくは国の中でいざこざが起こる。
しかも魔の国の奴らは、言い方を悪くすれば自分達が上に立ちたいという奴らだ。
だから2国の同盟に乗れば、自分達が下に入る事になるため、同盟には承諾はしないと思う。
「えぇ、しかも2国が同盟したおかげで、魔の国と科の国との溝はさらに深まりました」
その皐月の言葉に、自分の思いが確信に変わる。
「んっ、分かった。後、兵器のレポートはあるか?」
「はい、こちらに」
皐月が腰の後ろに付けたポーチから、折られた紙を取り出し、それを受け取って開いて私に差し出して来た。
その兵器のレポートをざっとみると、興味深いものだらけだった。
銃に魔術式を書き込んで銃の耐久性を高くして、軽量で威力の高い武器や、服に魔術式をプリントし、耐久性、通気性、防弾性を上げると言ったものなどがあった。
しかも紙に書いていたそれらは全て手書きで、これを限られた時間の中で書いた皐月には、感謝以外の感情は出てこない。
「サンキューな皐月。金と飯はそれなりに用意してやるから思う存分に羽でも伸ばせ」
「ありがとうございます、大和様」
「あぁ」
皐月は私に深々と頭を下げると、扉からゆっくりと出て行ってしまった。
静かになった部屋の空気を感じながらため息を吐き、机の中からケータイを取り出す。
そして番号を入力してしばらく待つと、誰かが受話器を取る音が聞こえた。
「誰だ?」
「いきなりそれかよ・・・蒼空」
少し不機嫌そうな蒼空の声を聞いて、窓の近くに行き、夜の城下町を眺める。
「要件は?」
「あぁ、お前らゆい達を鍛えてるだろ?それにさらに力を入れて欲しい」
「・・・お前、そんな畜生だったか?」
珍しい蒼空の腑抜けた声に、少し笑みがこぼれてしまう。
「理由として、人間達がこの国を本格的に攻めてくる可能性ができた。だから、あいつらの力を今のうちに上げときたいんだ」
その私の言葉に蒼空はしばらく黙り込み、何かを考えている。
しばらくすると、ため息が向こう側から聞こえてきた。
「二年くらいかかる」
「二年?短いな」
桜が守り人になるには、5年はかかった。
それなのにあいつらは2年だとすると、相当筋がいいということになる。
「機嫌が悪いから寝る」
「んっ、そうか。あんがとよ」
蒼空は乱暴に受話器を置くと、ケータイから少し耳障りな音が流れ始めた。
少しため息を吐き、ゆっくり寝れるのが羨ましいなと思いながら、こんどは桜の家の番号を打ち込む。
しばらくコール音が鳴っていると、受話器を取る音が聞こえた。
「えっと、もしもし?」
「んっ、悠人か?お前電話の使い方知ってんのか?」
「はい、一応見たことがあるので」
「そっか、桜と変わってくれねえか?」
「はい、呼んできます」
悠人は私の声に素直に返事をすると、ドタバタと騒がしい音が耳に聞こえた。
(あいつと交流があるから、電話の事知ってんのかな?)
そんな事を思っていると、少し荒い息がケータイの向こう側から聞こえてきた。
「おまたせ大和。ごめんね、ご飯作ってた」
その少し明るくなった桜の声を聞いて、少しだけ嬉しくなってしまう。
「いや、こっちこそ急にすまんな。んで、伝えたい事がある。」
「・・・なに?」
その言葉に胸に溜まった不快感を吐き出し、意を消して要件を伝える。
「人間達が力を蓄え始めた。だから少しでいいから悠人に戦い方を教えてやってくれ」
私の話を聞いてか桜は電話越しでも分かるほど、桜からは暗いなにかが感じられた。
「そう・・・分かった」
「本当にすまん」
「いいよ、大和も無理し過ぎないようにね」
「あぁ」
少し悲しそうな桜の声を聞き、こっちから電話を切ると、頭を掻きむしりたいほどの不快感に襲われてしまう。
「ははっ、落ち着けよ大和。落ち着け。落ち着いてくれ」
自分の髪を掴み、荒れた心を必死に宥めて机に置いてある水を一気に飲み干す。
そして荒い息をしばらく続けていると、少しだけ荒れた心は落ち着いてくれた。
「さて・・・飯でも食うか」
少し不快感が縮まった胸を押さえながら、野菜スープを食べる。
もう冷めていて、暖かさをあまり感じられないが、あの時の飯よりも断然美味しい。
「やっぱ、食事って大事だな」
そんな独り言を呟きながら、残された料理を食べ終えて食器を端に起き、まだだるい仕事を再開する。
この仕事が、いつか自分の夢を果たすために役立ってくれる事を祈って。




