第16章 夜
「……はぁぁ、気持ちい〜 」
熱いお風呂に体を浸けると、自然と声が出てしまう。
いつもは濡らした布切れで体を拭いていたから……こんな気持ちいいお風呂に入れるなんて感動だ。
(今のうちに堪能しとかないとなぁ )
「っ! し、失礼しました。まさか悠人が入っているとは 」
あまりの気持ちよさにボーッとしている中、そんな声が聞こえてきた。
声の方には髪を解いた琴乃さんがおり、眼帯で隠されていない片目は何処かを向いている。
「すみません、今すぐ出ます 」
「えっ、どうしてです? 一緒に入りましょうよ 」
「いっ!? いや、何を言ってるんですかあなたは……婚姻をしてない女性と裸の付き合いなんて」
「琴乃さんこそ何言ってるんです? ぼく男ですよ? 」
「……はっ? 」
「えっ? 」
何かとんでもない勘違いをされたらしく、慌てて立ち上がる。
すると琴乃さんは僕の下半身を凝視し、ヘタレ混むようにため息を吐いた。
「すみません、変な勘違いを 」
「いっ、いえ……不死の顔だとわかり辛いですもんね。僕も最初、琴乃さんは女性だと思ってましたもの 」
気落ちしないように色々と声をかけると、琴乃さんは桶で湯をすくい、それを肩にかけてお風呂に入ってきた。
お湯の温もりは気持ちが良いままだけど、他人がいるからさっきみたいに落ち着けない。
というかこの無言が何より辛い!!
「あっ……えっと、琴乃さんはどうして霧の不死を探してるんです? 」
「あ? 」
「っ……すみません、なんでもないです 」
何か話そうとしたけど、さっそく不味いことを聞いてしまったらしい。
向けられた目は怒りをものがっており、蹴られるのかと身構えてしまう。
「……仇なだけです 」
「えっ? 」
けれど琴乃さんは静かにため息を吐くと、今度は静かな決意が灯る目を僕に向けてきた。
「大切な……家族のような人たちを殺されたんです。だから探しています 」
「……見つけたらどうするんです? 」
「無論、罪を償わせます。斬首という形で 」
静かに語られた琴乃さんたちの目的。
僕も家族が大好きだから、あんな血眼になっていた理由もよくわかる。
でも……
「琴乃さん、斬首だけじゃ生ぬるくありません? 」
ただ殺すだけなんて、生ぬるすぎる。
「はっ? 」
「だって、大切な人たちを殺されたんですよね? だったら殺すだけじゃダメですよ! 徹底的に痛めつけましょう!! 」
「何を言って」
「炙りましょう? 死なないように。手足を折りましょう? 死なないように。あぁでも、気にかける必要はありませんね。だってその人はふ」
「その笑みをやめろ!! 」
急に怒鳴られてびっくりすると、不意に気がついた。
自分の口角が……歯が見えるほど上がっていることに。
「あっ……えっ? いや……ごめんなさい? いま僕……何を言ってましたかね? 」
「っ、なんなんだお前は 」
軽蔑の言葉を浴びせられると、琴乃さんは逃げるようにお風呂から上がってしまった。
「あ〜」
熱い湯船にゆっくりと浸かると、自然とそんな声が口から漏れてしまう。
あれから桜さん達が湯殿から上がり、僕は琴乃さんを誘って湯殿に行こうとしたけど、『一人の方がいい』と断られてしまい、僕だけで湯船に浸かることになってしまった。
広い湯船なのに、周りに誰も居ない。
そのせいで孤独を感じてしまい、それを隠すように空を見上げると、辺りはすっかり暗くなっていてとても綺麗な朧月が空に浮かんでいた。
「・・・凄い」
そんな声が口から漏れ、その綺麗な月に見惚れてしまう。
しばらく綺麗な月を眺めていると、頭がぼーっとして来た。
それがのぼせる前兆だと分かり、急いで湯船から体を上げると、湯上りの体に夜風が当たり、とても気持ちが良く、その心地よさに浸りながら脱衣所に向かって足を進める
引き戸を開け、体を拭いてから桜さんが用意してくれた浴衣を着ている途中、その浴衣からは薄く甘い良い匂いがする事に気が付いた。
(なんの匂いだろ?)
「悠人?」
「はい!?」
急に前から名前を呼ばれ、慌てて顔を上げると、そこには右手で湯呑みを持ち、風鈴の柄の浴衣を着た姉ちゃんが立っていた。
「あ、姉ちゃんか。どうしたの?」
「桜さんが脱水症状?になるから悠人に水を飲ませておいてって」
姉ちゃんは笑顔を僕に向けて、湯呑みを僕に差し出してくる。
「ありがとう」
姉ちゃんにお礼を返し、その湯呑みを受け取ろうと手を伸ばすと湯呑み自体とても冷たく、その中の水を飲むと、冷たい水が火照った体を内側から冷ましてくれる。
「姉ちゃん、ありがとね」
「うん、どういたしまして」
姉ちゃんにもう一度お礼を言うと、姉ちゃんは僕に笑顔を向け、空の湯呑みを持って居間に戻って行く。
それに浴衣の帯を締めて付いて行き、一緒に居間に戻ろうとすると、廊下の曲がり角でばったりと、黒白の浴衣を着た雷牙さんと会ってしまう。
「おぉ!?びっくりした」
そんな驚く雷牙さんの右手には、大きな瓶が握られていた。
「あっ、ごめんなさい雷牙さん」
「いや良いって、私も前を見てなかったしな」
謝る姉ちゃんに、雷牙さんは優しくそう言うと、右手に持っていた大きな瓶を僕達に見せつけて来た。
その水のような物が入っている大きな瓶には、漢字が書かれているけど、全く読めない。
「これ・・・何ですか?」
「酒だ。雅達も飲むか?」
「飲みます!」
姉ちゃんが珍しく素早く言うと、雷牙さんは気さくな笑みをその顔に浮かべた。
「おう、分かった。じゃあ湯呑み持ってくっから居間で待ってろ」
雷牙さんはそう言い残すと、居間とは反対側に向かって行く。
それを見届けて、僕は姉ちゃんと一緒に見慣れない家の中を歩いて行ると、ふと、気になることがあった。
「そういえば姉ちゃん、ここって桜さんの家だよね。お酒とか勝手に持ってきて大丈夫なの?」
急に心配になってしまい、そう姉ちゃんにそう聞いてみると、姉ちゃんも少し困った様な表情をその顔に浮かべた。
「私もそう思ったんだけど、なんかこの家の物は好きに触ったり使っていいって桜さんが言ってたんだ」
「えっ、それって逆に怖くない?」
「うん、私もそう思ったけどなんか桜さんの心音とかは嘘を付いてなかったから、度が過ぎなければ大丈夫だと思うよ」
姉ちゃんからの笑顔の言葉に少し安心していると、いつのまにか居間の前に着いており、居間の中にある卓袱台の前に正座で座ると、縁側から風色の浴衣を着たゆいがやってきた。
「あっ、お兄ちゃん!上がったんだ」
「うん、上がったよ、ゆいはどこ行ってたの?」
「厠」
真顔でそう言うゆいにいつも通りだなぁと感じていると、湯呑みを4つと、布巾をお盆に乗せた雷牙さんが居間に戻ってきた。
「湯呑み持ってきたぞ」
雷牙さんは卓袱台の上にお盆を乗せると、すぐさま湯呑みの中にお酒を入れ始めた。
「私も飲む」
雷牙さんが二つの湯呑みにお酒を満たすと同時にゆいが横から声をかけると、雷牙さんは微笑みを浮かべ、それをゆいに向けた。
「いやお前はダメだろ」
「なんで?私17なのに」
真顔でそう答えるゆいに雷牙さんは少し顔を曇らせ、左の拳を何故か握り締めた。
「悪りぃ、その顔だから気づかなかった」
「別に」
雷牙さんは申し訳無さそうな声を出しながらもう一つの湯呑みをお酒を満たすと、ゆいの前へ湯呑みを運んだ。
「一応聞いておくが、悠人は何歳だ?」
「えっと、多分18です」
その言葉にも雷牙さんは苦笑し、もう一つの湯呑みにお酒を満たして、僕の前に置いてくれた。
「じゃ、乾杯」
雷牙さんの合図にみんな湯呑みに手を伸ばし、お酒を一気に飲み干した。
(え?)
その行動に困惑し、差し出された湯呑みに手を伸ばし、恐る恐るお酒を口に運ぶと、体が拒絶するようにお酒を口から吹き出しってしまった。
「うぇっ!?」
「えっ、お前酒飲めないのか?」
雷牙さんは心配する様に僕に聞いて来てくれる。
「はっ、はい。ていうか、お酒なんて生まれて初めて飲みました」
僕の言葉に雷牙さんは急いで何処かへ走って行ってしまい、姉ちゃんは僕が卓袱台の上に噴き出したお酒を布巾で拭き始めてくれた。
「ごめん、姉ちゃん」
「別にいいよ、悠人がお酒飲むの初めてなの忘れてただけだから」
何処か暗い姉ちゃんの言い方に、少し違和感を覚えていると、雷牙さんが新しい湯呑みを持ってこっちに走ってくるのが目の端に映った。
「すまん悠人、酒飲めなかったんだな。ほら水」
「あっ、ありがとうございます」
雷牙さんから貰った水を一気に飲み干すと、口の中にあった苦味が胃に洗い流され、少し口の中がスッキリした。
「ふぅ」
水を全部飲み込んで一息付いていると、雷牙さんの心配そうな顔が眼に入ってきた。
「落ち着いたか?」
「あっ、はい。落ち着きました。みんなあんな苦いものをよく飲めますね。」
僕の言葉に雷牙さんは笑顔を見せ、僕の頭をぐしゃぐしゃと撫で回して来た。
それに少しの嬉しさを感じていると、雷牙さんの笑みは少し暗くしてしまった。。
「いや、私も苦いとは思うぞ」
「じゃあなんで飲んでるんですか?」
「眠れないからだ」
その質問に雷牙さんは顔に笑みを浮かべたまま答えてくれたが、何故かその場から逃げたいほどの圧が体にのしかかってきた。
その圧に困惑していると、雷牙さんは僕の頭から手を離し、自分の頭を抱えた。
「すまん、別に言わなくてもいい事だった」
雷牙さんがそう短いため息を吐くと、辺りの重圧は消え、雷牙さんは自分が飲んでいた湯呑みに、再びお酒を満たし始めた。
「ゆい達はおかわり要らないか?」
「大丈夫です」
「私もいい」
みんな顔色を暗くし、ため息だけが響くこの空間に居心地の悪さを感じでいると、後ろから何かが擦れる音がした。
その音に反応して急いで後ろを振り向くと、そこには黒い紬と白い狐面に大量の返り血を付けた黒髪の女性が立っていた。
「誰!!?」
「私だよ」
長い黒髪の女性は狐面を外すと、そこから出てきた顔を見ると、その女性が桜さんだと分かった。
「あっ、桜さんでしたか、びっくりしました」
「脅かしてごめんね。今から返り血落としてくるから」
桜さんは血が付いた服を触りながら急ぐにように湯殿の方に向かっていこうとすると、ゆいが桜さんに眠たそうな顔を向けた。
「人?」
そんなゆいの小さな呟きに、桜さんはピタリと動きを止めた。
「・・・分かるの?」
「うん、最近嗅いだから」
「・・・・ごめんね」
ゆいの言葉に桜さんは悲しい顔を返し、血の付いていない左手でゆいの頭を優しく撫でて湯殿の方に行ってしまった。
そのやり取りのせいでまた辺りは静かになり、夜風の音だけがよく聞こえるようになってしまう。
さっきより更に気まずい空気を感じていると、ゆいがその場に似合わない可愛らしい大きな欠伸を口から漏らした。
「寝る・・・」
ゆいはそう呟き、卓袱台に顔を伏せると、すぐさまゆいの小さな寝息が聞こえてきた。
(・・・早過ぎない?)
そう笑顔で思いながら、ゆいの体に何か掛けてあげ様と立ち上がった瞬間、また別の寝息が聞こえてきた。
「雷牙さん?姉ちゃん?」
さっきまで喋っていた姉ちゃん達が、いつのまにか寝ていた。
おかしい。
そんな考えが頭をよぎると同時に視界が揺れた。
「あ、れ?」
意識だけが別の所にあるような、強烈な眠気が体を襲い、瞼がだんだんと重たくなっていく。
眼を無理やり開けようとするけど、瞼の重さに耐えきれずに眼を閉じてしまった。
次の瞬間、意識はプツリと切れた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「雷の村雨」
そう呟くと、空から光を放つ劔が降り注ぎ、前にいる人間達の体を貫いていく。
「うわぁああぁ!!!!」
逃亡を図ろうとする兵士たちの背中を無慈悲にも劔は貫き、その兵士は少しの間地面をもがいていたが、すぐに動かなくなった。
「ああああああぁぁぁ!!!」
さっきの攻撃で生き残った一人の兵士が、雄叫びを上げながら銃を撃ってくる。
(氷の盾)
心の中で素早く言葉を呟くと、私のからだを守る様に氷の盾が現れ、氷の盾が銃弾を弾いてくれる。
すぐさま想像で氷の盾にヒビを入れ、後ろ蹴りを盾に打ち込むと、盾はバラバラに砕け、飛んで行った氷の破片が兵士の頭に突き刺さり、兵士は何が起こったか分からない様な顔を浮かべたまま、背から地面に倒れた。
「・・・ふぅ」
ため息を吐き、そこら中に散らばった血を見ていると少し憂鬱な気分になってしまう。
悲鳴には慣れた。
蔑む眼にも少し慣れた。
けれど、血はどうしても慣れない。
そんな憂鬱な気分に浸っていると、後ろから気配がした。
「・・・誰?」
仮面を外して少し威圧的にそう呟くと、後ろの木の陰から鯉の模様が付いた浴衣を着た琴乃がゆっくりと姿を現した。
「・・・どうかしたの?」
「いえ、お礼を言いに来たのです」
「お礼?」
首を傾げる私に琴乃は申し訳なさそうな顔を向け、それに少し嫌な予感を感じていると、琴乃は膝を地面に付けて頭を深々と下げた。
「あの薬、ありがとうございました」
その言葉に、鼓動が跳ねるように高まる。
「・・いつ、気づいたの?」
「あの瓶を見てすぐに気づきました。あれは、快睡酒ですよね?」
琴乃の話を聞いて短く吐息を吐き、琴乃には本当の事を話そうと思ってしまう。
「勝手に飲ませちゃってごめんね。雷牙、酒を飲まないと眠れないって言ってたから、あれが一番手っ取り早いと思ったんだ」
その私の言葉に琴乃はもう一度深く頭を下げた後、その場に土を払いながら立ち上がった。
「いえ、それは大丈夫ですが・・・一つ、頼み事を聞いて頂けないでしょうか?」
「うん、何?」
雷牙に快睡酒を勝手に飲ませた事をお詫びをしようと、琴乃の頼み事に出来る限り応えようと思っていると、琴乃は露になっている隻眼を閉じ、少し険しい顔をしてしまった。
すると、空に風の刃が現れた。
けれどその風の刃は今にも消えそうなほど弱々しい。
「俺は妖術を上手く扱えないんです。だから、俺に妖術の稽古を付けてください!」
「うん、いいよ」
琴乃の願いに即答を返すと、琴乃は面を食らったような顔をした。
そんな琴乃の顔を見て、少し笑みが口から零れてしまった。
「そんなに驚く?」
「いえ、妙にあっさりし過ぎるので」
そう言いながら琴乃は小さな笑みを私に返し、宙に浮いている風の刃を消した。
それから琴乃に魔法の説明をしようとするけど、その途中にまた人間達が来たらと思い、何処か良い場所はあったかとこめかみに手を当てて頭を回す。
「取り敢えず、場所を変えようか」
琴乃は私の言葉に頷くと、琴乃と一緒に森の中に入り、森の中に木が生えていない広場の様な場所に移動して、魔法の説明を始める。
「まずね、和の国では妖術って呼ぶけどここでは魔法って呼ぶの」
「魔法、ですか。少し言いにくいですね」
「そのうち馴染むよ」
琴乃は多分、和の国にずっと居たせいで外の国の言葉に馴染みが無いんだと思う。
そんな事を思いながらこめかみに手を当て、出来るだけ簡単に魔法に付いて考えを纏める。
「さて、じゃあ魔法の種類に付いて説明しようか。まず、魔法は想像を具現化するのと、特定の条件下で発動する魔法があるの。琴乃は間違いなく、前者の想像を具現化する魔法」
私の説明に、琴乃はなにか気に入らなそうに首を傾げ、私に手を挙げた。
「質問、よろしいでしょうか?」
「うん、いいよ」
「その魔法はどちらが強いのですか?」
そんな鋭い質問の返答に困ってしまう。
「うーん、どっちなんだろう?想像を具現化するのは幅が広いけど少し扱いにくいし・・・かと言って条件下の方は幅は狭いけど、扱い易いし」
その質問に自分の中でも答えが出ず、こめかみに手を当てて考え続けいると、それからしばらくしてやっと答えがまとまってくれた。
「多分、想像を具現化する方が強いよ」
「それでは条件下の魔法を使う人は、具現化する魔法には勝てないと言うことでしょうか?」
その琴乃の質問が的確すぎて、苦笑いが口から溢れてしまう。
「そう言う訳じゃないよ。神器の力と合わせたりしたら、想像の魔法に勝てる事もある。例えると、紬さんっていう人がいてね」
「あの半獣人の方ですよね」
その琴乃の言葉にドクンと心臓が高鳴り、胸が締め付けられてしまう。
「どうかしました?」
「いや・・・なんでもないよ。話を戻そうか」
自分の少し憂鬱な気持ちを切り替えて、話を続ける。
「紬さんの力は『掠奪』って言う物を盗む魔力。これは手の平で触らないといけないと言う条件があるの」
私の話を聞いた琴乃は何かを考えるように、両腕を組んだ。
「失礼ですがその魔法、弱くありませんか?」
「うん。まぁ・・・弱いね。でも、私は紬さんに勝ったことがないんだ」
その私の言葉に、琴乃はとても驚いた顔をこちらに向けて来た。
「な、何故ですか?」
「簡単に言えば、紬さんが神器と魔法を併用して使っているから」
併用という言葉を琴乃は知っているのかと思い、琴乃の顔をチラッと見てみると、案の定琴乃はよく分からないような顔をしていた。
「併用、とは?」
「えっと、簡単に言えば何かと何かを同時に使うこと。紬さんの神器は幻影を作るものでね。それに隠れながら接近して私は倒されるの。琴乃は神器と魔法を同時に使ってないでしょ。」
「そう、ですね。俺は神器と魔法は同時に使えません。桜殿は神器と魔法を同時に使っているのですか?」
その問いに答えるべきか悩んでしまう。
大和が言うには、誰が敵になるか分からないからあまり自分の力を公開するなと言われているけど、琴乃になら教えても良いかなと思ってしまう。
「使ってるよ。色々あるけど、私の合わせ技はこれ」
琴乃に下がるようにジェスチャーし、琴乃が後ろに下がってから刀に手を当てる。
「エンチャント 風」
小声でそう唱えると、刀に風が纏い始める。
「琴乃、私が何回刀を振るったか数えてね」
私の言葉に琴乃は頷き、左目を細めた。
(風の居合)
そう心の中で呟きながら、刀をどう振るうかを頭の中で決めて腰を低くし、細い息を吐く。
(雄風!)
刀を鞘の中で滑らせた瞬間に神器の力を使い、自分の身体能力を爆発的に上げて空を6度斬り裂き、刀を指先で回しながら鞘に刃を収める。
「どうだった?」
「さ、三度以上、振るったとしか分かりません」
唖然とする琴乃の顔を見て、少し笑いながら説明を続ける。
「今のは6度斬ったんだよ」
「6度も、ですか」
「うん、私の神器『枯れ桜』は、敵を傷つけると敵の活力を奪うの。そして奪った活力で自分を瞬間的に強化できる。その力と刀に魔法を纏わせて斬る。これはそんな合わせ技」
そう得意げに琴乃に説明すると、琴乃は不安そうな顔のまま、刀を引き抜き、銀色の刀身を私に見せつけて来た。
「俺の神器の名前は『風踏み』、刀を風と同化させて視界内の敵を斬れると言う物です。しかし、風と同化させてしまうせいで刀に実体が無く、力を使っている最中は自分に対しての攻撃がさばききれないのです」
「えっと、ごめんけどそれ、私に言っていいの?」
自分の弱点を普通に話す琴乃が心配になり、そう聞いてしまうと、琴乃はそれに気付いたのか耳を赤くさせて、私の右肩を掴んでこちらに勢いよく顔を近付けて来た。
「い、今の事はご内密に」
「う、うん、分かった」
私の言葉に琴乃は私の肩から手を離し、耳を赤くさせたまま私から顔を離していった。
「そ、それで、俺は魔法を上手く使えませんし、神器も刀なのに、近距離ではあまり使い道がありません。
このままでは、俺は弱いままなのでしょうか?」
弱気にそう呟く琴乃の姿を見て、過去の自分と重なってしまう。
そのせいでどうにかしてやりたいと強く思ってしまい、頭を必死に回していると、1つだけ、琴乃しか出来ない合わせ技を思いついた。
「ねぇ、琴乃。私と戦った時に使ったあの動きって何?」
私がそう聞くと、琴乃は急に自慢げな笑みを浮かべ、自信満々に胸を張った。
「あれは風神の舞と言うものです。桜殿は風神とは、どのような神か知っていますか?」
琴乃から唐突にそう聞かれてしまい、頭を悩ませてしまう。
「風神って、風の神じゃないの?」
「それは間違いではないですが、妖怪の里では、風神は伝令の神として信仰されていました。春の訪れ、戦の始まり、神の出産などを国の隅々まで伝える為に行った舞が、風神の舞と言うのです」
そう語った琴乃の顔は少し嬉しそうだったけど、急に我に帰ったのか、琴乃は少し恥ずかしそうに顔を下に下げた。
「すっ、すみません、話が逸れてしまいました」
「いやいいよ、私も聞いてたし。それで、その風神の舞と神器の力を合わせるってのはどうかな?」
私の言葉に琴乃は顔を上げたけど、その顔はあまりピンと来てはいないような顔だった。
「えっと、具体的にはどうすれば?」
「簡単な事だよ。舞の途中に神器の力を一瞬だけ挟めば良いだけ」
その言葉にも、琴乃はピンと来てはいないようだった。
「えっと、魔法とは合わせないのですか?」
「少し厳しい事を言うけど、琴乃は魔法を使うのにはまだ慣れてないと思うの。だから今は無理に使うんじゃなくて、自分に風を纏わせるだけでいいよ。まぁ、実戦が一番手っ取り早いから」
琴乃にそう優しく言うと琴乃は息を細く吐き、集中するように左眼を細めた。
それに合わせて、私も刀をゆっくり引き抜き、右手だけで刀を前に構える。
「さぁ、おいで」
私の琴乃は静かに頷くと、体に風を纏いって私と間合いを詰め、私と戦った時に見せた舞を私に叩き込んでくる。
けれど、その舞はもう見た事があった所為で対処は簡単だった。
乱撃は刀で全て捌き、最後の下からの一撃は刀を叩き付けて逆に琴乃の刀を地面に叩き落とす。
「っ!?」
「あっ、ごめん、これじゃ練習にならないね」
琴乃の覇気に押されつい反撃してしまった事を反省して、今度は刀で受けようとすると、前に居る琴乃は刀を下にさげた。
「どうしたの?」
「次は、殺す気で行きます。だから・・・気をつけて下さい」
琴乃は冷たい声を出すと、一気に周りの空気が冷たくなり、嬉しくなってしまう。
「うん、おいで」
私の言葉に琴乃を刀を逆手に持ち替え、見たこともない荒々しい舞いを打ち込んでくる。
激しい乱撃は刀でさばき、最後の体重を乗せた最後の一撃を防ごうとした瞬間、刀に来るはずの衝撃が来なかった。
(やばっ)
身の危険を瞬時に感じ取り、神器の力を発動してその場から後ろに飛びのいた瞬間、私が居た場所に空を裂く音が鳴り響いた。
その音を聞いて冷や汗をかいていると、琴乃は我に帰り、私に心配そうな顔を向けた。
「あっ、大丈夫ですか!?」
「うん、大丈」
刀を鞘に納めて琴乃に言葉を返そうとすると、腹部あたりに、やけに風が当たっていた。
そして腹部を見てみると、丹前だけが斬られており、神器の力がなければ臓物を零していただろうとゾッとしてしまう。
「どうかしましたか?」
私の顔色を見たのか琴乃は心配そうな顔でこちらに駆け寄って来るから、慌てて笑顔を琴乃に向ける。
「いや、服が斬れただけだよ。これが最後のだったけど」
「あっ、も、申し訳ございませんでした!!」
私の切れた服を見た瞬間、琴乃はその場ですぐさま土下座をした。
それを見て不安な気持ちが心の中に生まれてしまう。
「琴乃、そんなホイホイ頭下げてたら良くないよ。さ、頭を上げて。」
私のそんな言葉に琴乃は素直に従い、頭を上げたけど、その顔はまだ心配そうな顔をしていた。
「あの、服はどうすればよろしいでしょうか?」
「うーん、そうだね。明日、西に取りに入って貰って良いかな?」
「分かりました!」
このままでは琴乃に嫌な思いをさせたままになるからそう提案すると、さっきまでの暗い顔が嘘のように琴乃は大きな声で答え、そのせいで口から笑みが勝手溢れてしまう。
「うん、じゃあ今日の特訓はお終い。さ、湯殿に入ってきて寝なさい」
「今日はありがとうございました。では、お休みなさい」
優しく琴乃に言うと琴乃は大きく頭を私に下げて家の方に帰ってしまう。
それを見届け、木の上で一休みでもしようとすると、肌に何かを感じた。
そちらの方を見ると、感覚で人間達が懲りずにやって来ているのが、よく分かった。
「はぁ」
大きなため息を吐き、袴に結び付けていた狐面を被り、刀を抜く。
「どうして、無駄だと思わないの?」
そう呟くが、その言葉は誰も答えてくれずに、今日も空へと消えて行った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「やっと終わった」
そう呟きながら、背中の椅子にもたれかかる。
机の中にある小さな銀時計を見てみると、短針は2時を回っていた。
「12時間ぶっ続けで座ってたのか。そりゃ腰が痛くなる訳だ」
勢いよく椅子から立ち上がって腰を伸ばすと、腰からなって良いのか分からない生々しい音が聞こえた。
腰を捻り、自分の腰を鳴らしていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「んっ、誰だ?こんな時間に」
「時雨です。レポートをお持ちしました」
「まだ起きてたのか!?」
驚きの声を上げてしまうと、時雨はドアをゆっくりと開け、この仕事部屋の中に入ってきた。
時雨は自分の部屋でレポートを書いていたのか、ゴムを解いた空色の髪に似合う、空色のネグリジェを着ていた。
それを見て、素直な感想が口から漏れてしまう。
「可愛いなそれ」
「ありがとうございます」
時雨は私に微笑みを浮かべながら、こっちにレポートを持って来てくれる。
机の上に置かれたレポートにざっと目を通してみると、それはとても分かりやすく、琴乃達の情報を書いていてくれた。
「なぁ、条件下の魔法はない、で間違いないか?」
「はい、エリカさんを無理やり連れ出して、確認とりましたから」
「お、おう。ありがとな」
よくエリカを連れ出せたなと思いながら時雨にお礼を言うと、時雨は自信満々に少ない胸を反らした。
それに可愛らしらを覚えながら、机越しに時雨の頭をそっと撫でると、時雨はとても気持ち良さそうな顔をし、私を鏡の様な金色の瞳で覗き込んで来た。
「あっ、私は今から部屋にこもってゲームしますけど、その前に何か欲しいものありますか?」
「悪いな。そんじゃあコーヒーを頼む」
少し前に飲んだコーヒーの味を思いだした私の言葉に、時雨は少し驚いたような顔をその小さな顔に浮かべた。
「どうかしたか?」
「いえ、大和様って紅茶を飲むイメージがあったので、少し驚いただけです」
時雨はそう微笑むと、私に小さな頭を下げ、扉から出て行ってしまう。
それを見届け、目を閉じて疲れた目を休めようとすると、机の中から音が聞こえた。
その机の引き出しを開けると、不死の国で独自に開発している通信機が鳴っており、その音は戦の国に潜り込ませたスパイの皐月からの着信だった。
皐月には戦の国のスパイを任せているが、情報は帰ってきて伝えるように頼んでいるのに、わざわざ通信機で伝えてくるとは、何か急ぎの連絡なのだろう。
そう悟り、すぐさまその通信に出る。
「皐月、どうした?」
「報告します。戦の国の大臣がお亡くなりになりました」
戦の国の大臣とは、不死の謎を知りたがり、武力に力を入れていた人間だが、そいつが亡くなったのは申し訳ないが有難い。
しかし、そんな事の為に、皐月はわざわざ連絡をしない。
「なぁ皐月、それだけか?」
「いえ、その後の方が問題です」
案の定用意されていたその問題に、口の中に溜まっていた唾液を飲み込むと、小さく息を吸う皐月の呼吸音に嫌な予感を感じてしまった。
「その大臣の後継が演説を開くようですが、それは不死の国への宣戦布告と取って良いものです」
その言葉を聞いた瞬間、目眩がしてしまい、頭痛を感じる頭を右手で押さえる。
(またかよ)
「大和様、どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。続けてくれ」
「はい、その戦線布告は戦の国の中に向けてでもありますが、外の国にも訴えかけるようです」
その内容は、私の夢を打ち砕くようなものだった。
そのせいでため息が勝手に口から漏れてしまい、椅子に深く座り込んでしまう。
「つまり、不死を正確に敵として認め、周りの国を使って武力制圧を望む、ってことで良いのか?」
「はい、間違い無いかと」
皐月は容量がいい奴だ。
その皐月がここまではっきり言うのならば間違いないのだろう。
「そう・・・か。ご苦労だったな。お前は一旦帰ってきて休め」
「いえ、この国には色々と思うとこが有りますので、もう少し調べます」
「分かった、気をつけろ。これは受け売りだが、人間を甘く見るな」
「承知しました」
皐月はそう短い返事を返すと、通信を一方的に切られ、辺りには無音が生まれ、私の心の中は憂鬱に苛まれていた。
「しんど」
弱気な言葉が口から漏れ、憂鬱な気持ちにどっぷりと浸っていると、扉が急にノックされ、慌てて顔色を戻し、通信機を机の中に直す。
「大和様、コーヒーをお持ちしました」
「おう」
短く返事をすると扉が開かれ、トレーに湯気が出ているコーヒーとシュガーポットを乗せた時雨がゆっくりと部屋の中に入って来た。
「ありがとう」
そんな時雨に短く礼を言うと、時雨は可愛らしく微笑み、資料の山を避けてカップを机の上に置いてくれた。
その微かに匂うコーヒーの香りに懐かしさを覚えていると、時雨はシュガーポットも机の上に置いた。
「お砂糖、いりますか?」
「たっぷり頼む」
時雨にそうお願いすると、時雨は角砂糖を五つほどコーヒーの中に入れ、湯気が出るコーヒーをティースプーンでしばらく混ぜてそれを私の前に寄せてくれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
差し出されたコーヒーをゆっくりと飲むと、それはとても甘く、疲れた頭に染み渡るような味だった。
ほっと吐息を吐くと、時雨が私の顔をじっと見ている事に気がついた。
「ん?どうした?」
「大和様、何か嫌なことでもありました?」
時雨から優しい声でそう聞かれるが、その声とは対照的に自分の鼓動が急速に速まってしまう。
「いや、何もないぞ」
自分の本心を隠すようにそうとぼけるが、時雨は私の顔を覗き込む様に金色の瞳を輝かせていた。
それに気まずさを感じていると、時雨は小さなため息を吐きながらトレーに濡れたティースプーンとシュガーポットを乗せた。
「そう・・・ですか。じゃあ私は部屋にこもりますね」
「おう、お疲れ様」
その言葉に本心を隠し通せたと安堵していると、時雨が扉からでる寸前で、こちらに振り向いて来た。
「大和様」
「・・・なんだ?」
出来る限り冷静にそう言うが、その言葉とは裏腹に、自分の心音は驚くほど速くなっていた。
そんな気まずさを感じていると、時雨はにっこりと笑ったが、その眼はあまり笑っていなかった。
「寝てください。さもないと魔法を使っちゃいますよ」
時雨が珍しく一方的にそう言い残すと、すぐに扉から廊下に出ていってしまった。
そして取り残された部屋の中で、ため息を漏らしてしまう。
「お見通し・・・てわけか」
時雨に申し訳なさを思いながら、時雨の忠告を心で噛みしめる。
(3時間くらい寝るか)
置かれた甘いコーヒーを飲み干し、扉に向かって足を運び、扉の前で指を鳴らすと部屋の明かりは消え、月明かりだけが仕事部屋の中を照らしていた。
(今夜はいい夢、見れるかな?)
そんな淡い期待をしながら、自分の部屋に向かって足を運んだ。