第30章 稽古
「あっ桜さ……ん!?」
「あっ、悠」
お風呂で汗を流して居間に向かっている途中、縁側の曲がり角で悠人と会ってしまった。
すぐに声をかけようするけど、それよりも速く悠人は顔を真っ赤にし、顔を両腕で覆い隠した。
「……どうしたの?」
「どうしたのじゃなくて、なんでサラシと袴だけなんですか!? 紬とか無いんですか!? 」
耳まで真っ赤にする悠人の訴えに、何か不思議な感覚が胸から込み上げてくる。
……これは懐かしさだ。
「ないよ。着てた服、ボロボロになっちゃったからね。後で紬さんに届けてもらうから、それまではこの格好でいいと思うけど……ダメだった?」
「ダメですよ!女性が肌をそんな露出させたら!! 」
この子は私の事を化け物や罪人とは思っていない。
そんな思いが言葉の熱で分かってしまい、またも胸の奥が熱くなる。
「うん、分かった。何か羽織るよ」
「お願いします。後、声荒げてすいませんでした」
「そのくらい大丈夫だよ」
心配ないよと声をかけたけど、悠人は申し訳なさそうな表情のまま、居間に戻ってゆく。
その背を見届け、約束通りに何か羽織るものを取りに行こうとすると、森のざわめきが頬を撫でた。
……誰かいる。
「誰?」
刀に手を当て、殺意を飛ばす。
何が来ても、誰が襲いかかってきても、すぐさまそいつを殺すために。
けれど出てきたのは、森に似合わないメイド服を着た忍だった。
顔見知りの姿を見て刀から手を離すけど、忍には薄い笑みが張り付いており、その表情から考えを読めない。
「お久しぶりでございます、桜様」
「あれ? この前会ったけど忘れたの? 」
「そうでしたっけ? 」
その物言いから、本当に何も覚えていない事が分かってしまい、少し胸が締め付けられてしまう。
(まだ……時雨と恋人なんだね)
そんな事を思ってしまった。
瞬間、忍が心を読める事を思い出し、臨戦態勢を取る。
けれど忍は薄い笑みを浮かべているだけ。
……どうやら心は読まれずに済んだみたい。
「それで……何か用事?」
「あぁ、用事は遅れてきます。私は目が乾いてきたので、そろそろ失礼します 」
一方的な言葉の押し付けられると、忍は返答も待たずにゲートで帰ってしまった。
『見ている』
目が乾いたとはそういう意味の隠語だ。
でも……何を?
「あんにゃろぉ!どこ行きやがった!!」
忍が残した穴だらけの言葉に混乱している中、怒号と共に森の中から何かが飛び出してきた。
刀を構え応戦しようとしたが、見覚えのある金髪のせいで手が止まる。
ついさっき戦った不死。
確か名前は……雷牙だったかな?
「あっ」
雷牙は私を見た瞬間、何故か気まずそうな顔をして目を逸らした。
意味が無い沈黙が続き、いっそこっちから声をかけようとも思ったが、森から新たな足音が響いた。
「雷牙! 」
聞き覚えのある……というより、ついさっき聞いた声だ。
その声の主は森から飛び出してくると、すぐに風色の隻眼と目が合ってしまう。
名前は確か琴乃……ヘンテコな剣術を使う不死だ。
彼女たちが大和に何もされなかったと安心するのもつかの間、琴乃は刀に手を掛ける。
私もすぐに刀へと手を伸ばすが、琴乃は刀ではなく鞘を抜き、わざわざ神器を地面へと置いた。
すると膝を付き、地面に額を擦り付けた。
「先程は、大変失礼致しました!」
琴乃の叫び声と同時に、雷牙も両腕の小手を地面に落とし、頭を地へと擦り付けた。
平服……ではなく、許しを乞うような土下座。
けれど思い当たりが無い事を謝られ、少し困ってしまう。
「えっと……取り敢えず、家の中で話そっか 」
土下座させたままは話すのは嫌だから、とりあえず家の中へと招き入れる。
2人は意外にも私の言葉を聞き入れてくれ、服と髪に付いた土を落として貰ってから、私の家へと案内する。
道中、自室にあった冬用のどてらを羽織った。
コソコソしても雅たちの耳は隠し通せないから、堂々と2人を連れて居間へと移動すると、敵意剥き出しのゆいがこちらを睨んでいた。
「そいつら……誰? 」
「さっき戦った不死たちだよ 」
「………… 」
簡潔に説明したものの、ゆいは依然と獣の耳を立て、縦に広がる瞳孔を鋭くさせている。
ゆいをどう宥めようか?
そう考えていると、獣の目を見開いた雅がゆいの頭を撫で、この場の空気を和やかにしてくれた。
「えっと、私たちはお邪魔ですよね? すぐに退きます 」
「邪魔なんかじゃないよ。ここは雅の家でもあるんだから 」
気を使ってくれる雅にそんな言葉を送った。
気にしなくていいという、気持ちを込めて。
けれど雅は、何かに怯えるように肩を震わせ、吐きそうな顔をしながら隣の部屋へと行ってしまった。
「あっ…… 」
「姉ちゃん! 」
そんな雅を追いかけ、悠人までもこの部屋から出ていってしまった。
失言……そんな痛みが胸を抉り、チクチクと……モヤモヤとした感覚が胸を覆うが、やるべき事は先にある。
「なぁ、そこのちっこいのは半獣人か? 」
覚悟を決めた矢先に、後ろから雷牙の声が聞こえた。
ちっこい……あぁ、ゆいの事か。
「殺すよ? 」
「すまん、つい本音が……できれば名前、教えてくれないか? 」
「……ゆい。私、人間嫌い 」
「だろうよ、でも名乗り返すぜ。私は雷牙、よろしくな 」
ゆいが人間を嫌いな事に一瞬だけ驚いたけど、よく考えれば当然なことか。
だってゆいみたいな獣人は、『妖狩り』によって辺境へと追いやられたんだから。
「割って入って申し訳ないけどさ、大和は何もしてこなかった? 」
物騒な雰囲気になりそうだったから、とりあえず話の流れを断ち切る。
けれど話題が悪かったみたい。
2人は身震いを初め、琴乃は顎を……雷牙は左腕をしきりに触り始めた。
「……ごめんね、大和が暴れたんでしょ? 」
「いえ……大和の怒りは正当なものです。少なくとも俺は気にしてません 」
「私も………………気にしてないぜ 」
雷牙だけはすっごい間があったけど、本人たちがそう言うなら私が疑う必要は無い。
とりあえず落ち着かない2人を座らせ、早速本題に入る。
「そういえばさ、霧を使う不死を出せってどういう事だったの? それがここに来た理由? 」
私の質問に、雷牙と琴乃は黙り込んでしまう。
聞いて欲しくないと言いたげに血の気を引かせ、話したくないと言いたげに唇を震わせる。
「それは俺が話します 」
けれど琴乃は口を開き、覚悟を決めた隻眼の眼光を向けた。
「うん、お願いね 」
それから沢山、琴乃たちの辛そうな顔を見た。
自分たちが生贄にされたこと。
不死である自分たちを、温かく迎え入れてくれた妖怪が殺されたこと。
妖怪達を殺したのは、霧を使う不死であること。
紬さんに説明され、『不死の国』には仇が居なかったこと。
話が終わる頃には、私の胸は哀れみで満たされていた。
でもこの空気が続くのは琴乃たちにとっては辛いはずだ。
「うん、ありがとうね。そんな辛い事を話してくれて 」
「こちらこそ、こんな話を親身に聞いて頂きありがとうございます 」
「ねぇ、その妖たちの死体に……変な傷はなかった? 」
早めに話を終わらせようとした途端、ゆいがそんな事を聞いてきた。
そのせいか辺りの空気は張り付き、唇が乾くのを感じる。
「……お前に伝える意味はあるのか? 」
「喋んないなら殺す 」
「待て待て、辛いとはいえ大人気ねぇぞ 」
殺し合いになるなら両方斬ろうと思ってたけど、有難いことに雷牙が仲裁に入ってくれた。
でも万が一のことを考えて、柄に手を掛けておく。
「なんで知りたいんだ? 」
「……うるさい。変な傷はあったか? それだけ答えて 」
「……あったよ。鑢で削ったような後が、綺麗に弔えないくらいビッシリな 」
「じゃあそいつの目的は? 特徴は? 服装は? どこの奴なの? 」
「悪いが分からず終いだ。霧を使うこと以外、てんで分からん 」
「……使えない 」
やけに霧を使う不死に興味を持つゆい。
けれど情報が1つも得られなかったからか、わざわざ説明してくれた雷牙に悪態を吐いてしまった。
「貴様! 」
「いいって。ゆいにも……理由があるみたいだしな 」
感情的になる琴乃はすぐに柄を掴むが、またも雷牙が仲裁に入ってくれ、2人を宥めてくれた。
だけど気まずい空気が終わらず、ピリピリとした居心地の悪い空気が続いている。
(仲良くして欲しいなぁ…… )
正直、喧嘩するのなら止めはしない。
でもゆいと雷牙たちが殺し合えば、遺恨が残ることは目に見えている。
「てか琴乃、私たちは喧嘩するために来たわけじゃねぇだろ? 」
「……そうだな。えっと……すみません、お名前をお伺いしても? 」
「そういえば名乗って無かったね。私は桜、よろしく。それで……琴乃たちは何をしに来たの? 」
「……桜殿、俺たちは謝罪のためにここへ来ました。冷静さを欠いた判断ゆえに、皆様にご迷惑をお掛けしましたから。あなたの気を落ち着かせれるならば、なんでもします 」
「……? なんのこと? 」
重々しい口調で色々言われたけど、どうして謝罪されているのか分からずに困ってしまう。
すると琴乃すらも困った表情を浮かべてしまった。
話の食い違いから起こった沈黙が続くが、雷牙が私たちの合間へと入ってくれたお陰で、沈黙は破られた。
「えーっと? 一応私たち、あんたに迷惑かけた事を謝りに来たんだぜ? 」
「……迷惑? 殺されかけたことが? 」
「……逆に迷惑じゃねぇの? 不死とはいえ、殴ったし目を潰したんだぞ? なんならここで殺される事も覚悟の上なんだが? 」
「守り人やってると、勘違いで殺される事なんてザラだからね。なんとも思ってないよ 」
変な気遣いをしてくれる雷牙たちへ、自分ができる精一杯の笑みを浮かべるが、2人は肩を震わせ、生唾を飲み込んだ。
その姿はまるで、何かに怯えているように見えてしまう。
一瞬だけ、心に不安が満ちた。
何か間違ったのだろうか……そんな考えから胸が圧迫され、息が上手く吸えない。
「う゛う゛ん、失礼しました 」
でも琴乃が咳払いをしてくれたお陰で、心の許しみよりも現実に意識が向いてくれた。
「それではすみません、俺たちは霧の不死の捜索に戻ります。本当にご迷惑をおかけしました 」
「ん? もう行くの? 」
「えぇ。今すぐ……あいつの息の根を止めたいので 」
(あぁ……この眼か )
風色の隻眼……稲妻のように輝く金色の瞳。
綺麗な瞳の筈なのに、その目は濁り、くすみ、何も見えていない。
復讐だけが全てを覆っている。
「うん、辞めておいた方がいいよ? 」
「……はっ? 」
「伝わらなかった? 復讐に行くのは辞めておけって言ってるの 」
うん、やっと瞳に炎が灯った。
眼は血走り、復讐という名の目隠しは怒りの炎で焼き切れた。
……こんな瞳を向けられるのは辛いけど、あんな思いをさせてしまうならこっちの方がマシだ。
「……言ってる意味が分かりません。なぜ関係者でもないお前から……諭されなければならない? 」
「冷静に考えなよ。君たちさ、その不死に勝てるの? 」
「……死んでもか」
「無理だよ、犬死するのが関の山 」
わざと煽ってみると、余程追い詰められていたからか、琴乃はすぐに刀を握りこんだ。
でも遅い。
魔法で生み出した氷の刃先は既に琴乃の目の前にあり、抜き掛けの刀も鞘ごと氷漬けにした。
初見で反応できる訳はないけど、怒りを焚きつけるにはこのくらいの理不尽が丁度いい。
「っ!! 」
「ほら死んだ。君たちの実力なら対話する前に倒さないと 」
実力で黙らせた。
氷を溶かし、琴乃の顔をしっかりと見つめると、その目からは怒りではなく、絶望の闇が溢れている。
……うん、このくらいかな?
「なら……俺達は…… 」
「それじゃあ、修行の場を提供してあげるって言ったらどうする? 」
絶望の中に居る人へ、希望の糸を垂らしてあげる。
そうすれば多少不自然でも、その条件に食い付いてくれる。
「何故……そんな事を? 復讐に助力すると言うことですか? 」
「この国は様々な不死を受け入れる場所だからね。そのくらいはするよ。あっ、でも条件を飲んでもらう必要はあるよ? 」
「条件……とは? 」
「少しの間だけ『守り人』になって欲しい 」
この話題に持っていくのは、やや強引だ。
でも琴乃は静かに目を開き、食い入るように話を聞いている。
「……どうして、そんな重要な役割を? 」
「今はゆい達を守り人にしてる最中でね、指導と防衛を両立させるのは難しいの。しかもこの国に不死はたくさんいるけど、戦える不死は少なくて手が足りない。だからある程度戦える君たちに手伝って欲しい 」
それっぽい理由をただ並べただけなのに、琴乃は『それだけで良いのか』と言いたげな顔をしている。
でも流石に胡散臭いと思われたのか、ずっと黙っていた雷牙が口を挟んできた。
「好条件なのは分かった。でも、そんな事してあんたに得はあるのか? 」
「ないよ……あれ、もしかして取引してると思ってる? 」
「……違うのか? 」
「うん、だって守る対象と取引なんてしないもん。私は不死を無償に守る、そう自分で決めてるから……ごめん、なんか胡散臭くなっちゃったね 」
咄嗟に本音が出てしまい、恥ずかしさで緩む口元を隠す。
気持ち悪いと思われたかもしれない。
私の罪がバレるかもしれない。
次々と浮かび上がる不安が重しとなって胸が苦しい。
けれど雷牙だけは静かに頷くと、こちらに力強い眼差しを向けてきた。
「…………分かった。その申し出、有り難く受けさせて貰う 」
「雷牙? 」
「……いいの? 今の話、嘘みたいなものだけど? 」
「あぁ、私たちが実力不足なのはあんたと戦って実感したし、何より……もう居場所がねぇんだ。胡散臭かろうが、その話に乗るしかねぇよ 」
雷牙の独断だったのか、琴乃は驚くように目を見開いたが、その悲しげな声色と眼を見た瞬間、何かを言いかけた口を噤んだ。
そんな事を言わせてしまった罪悪感はあるけど、どうにか国に留まってくれる現状を作り出せて、ホッとしてしまう。
「話、終わった? 」
「うん、終わったけどどうかした? 」
「……戦って 」
穏便に話が終わって安心している中、急にゆいから戦いのお誘いを受けた。
正直、大和や時雨に今すぐ連絡を入れたいけど、願いを断るのは気が引ける。
「うん、じゃあ外に出ようか。神器を忘れずにね 」
「んっ 」
「あの……すみませんが俺たちとも戦って貰えませんか? 」
外に出ようとした矢先に、琴乃からも戦いのお誘いがきた。
一瞬意外に思ったけど、隻眼から感じる焦りの感情を見て、すぐに首を縦に振る。
「うん、構わないよ 」
「はっ? 」
「大丈夫、ゆいともしっかり戦ってあげるから 」
嫌そうな声を出すゆいを宥め、とりあえず縁側から外に出てみると、森の心地よい空気が全身にぶつかってきた。
暖かな木漏れ日とそよ風、後ろで殺気立つゆいと琴乃が居なければ、縁側でお昼寝でもしたい気分。
「邪魔、帰って 」
「桜からは許可を頂きました。あなたには関係ありません 」
「……… 」
(仲良くして欲しいなぁ )
後ろを振り向けば2人が睨み合っている。
雷牙がなんとか宥めてくれているけど、不満が爆発するのは時間の問題だろう。
「よし、じゃあみんな一斉に掛かってきていいよ 」
「「あ゛? 」」
不満を貯めない名案だったはずなのに、何故かドスの聞いた声を2人からぶつけられてしまった。
……まぁ、とりあえず喧嘩を辞めてくれたからいっか。
「本気で殺すよ? 」
「別にいいよ。死なないから 」
「あっ、あの…… 」
戦いが始まる……
そんな空気の中、鈴のように綺麗な声が耳をくすぶった。
声がした縁側には青い顔の雅が立っており、その手には銀色の煌びやかな短弓が握られている。
「大丈夫? 具合悪そうだけど 」
「はい。それで、私も戦っていいですか? 」
「うん、別にいいよ。悠人もおいで、隠れてるの分かってるから 」
「えっ……でも僕、魔法使えませんよ? 」
襖の影に隠れていた悠人はひょっこり顔を出した。
でもその顔は暗く、劣等感を露わにしていた。
「全然大丈夫だよ。戦わなくても、見るだけで使えるようになるかもしれないからね 」
「……はい 」
孤独を感じないように適当な言葉で説得してみると、悠人は簡単に頷いてくれた。
なんだか単純過ぎて、心配だなぁ。
「それで、もう初めてもいいですか? 」
悠人と雅が縁側から降りた直後、琴乃のキレ気味な声が聞こえる。
待たせ過ぎたと分かったせいで罪悪感が胸を包む。
でも反省は後だ。
今は戦いを始めよう。
「うん、みんながいいなら……いつでもおいで 」
縁側から離れてたった一言。
それが開戦の合図。
意味の無い殺し合いが今……始まった。
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2つの足音がそれぞれの方向へ飛び、前からは琴乃が距離を詰めてくる。
「ふっ! 」
地面に掠るほどの低い一閃。
でも、もう見た。
迫る刃を右足で踏み付け、下がった頭に一太刀入れようとしたが、鋭い踏み切り音が聞こえた。
咄嗟に身を下げると、頭があった位置を風色の短剣が通り過ぎ、ギラつくゆいの目と視線が合う。
「あっ 」
一撃を躱した刹那、声が漏れてしまった。
だって、ゆいの着地場所を琴乃が完全に潰している。
「ぶっ!! 」
「邪魔!!! 」
「だ、大丈夫? 」
頭をぶつけ合って悶える2人が心配になり、声をかけた瞬間、背後から突如として気配が現れた。
迫る雷の音を頼りに背中へ回した刀で身を守り、後ろ蹴りを軽くお腹に打ち込んで吹き飛ばす。
「っ!! 」
孤立させた雷牙と距離を詰め、軽い刺突を右腕に撃ち込む。
けど加減を間違えたらしい。
雷牙の右腕は肩の後ろまで吹き飛び、その表情は痛みに耐え忍んでいた。
(もう少し弱く )
内心反省している中、背後に熱を感じた。
飛んでくる何かを宙転して躱し、地面を蹴ってわざと雷牙から距離を取ると、前線に戻ってきたゆいと琴乃が同時に突っ込んでくる。
でも集団戦を慣れていないからか、2人は動き辛そうだ。
「っ!? 」
今度はこちらから間合いを詰め、適当に横へと刃を振るう。
ゆいは身を下げ、琴乃は太刀を立てて攻撃を防ぐが、刃を受け止めた刃は薄く、受け止めきれない衝撃はその体勢を大きく崩した。
けれど追撃する余裕はなく、短剣を構えたゆいが空いた脇腹目掛け突っ込んでくる。
(氷盾 )
生み出した氷の結晶で刃を防ぎ、左足でゆいごと氷を蹴り飛ばす。
ゆいは孤立、弓を構える雅はゆいを見ており、雷牙はまだ遠い。
一瞬、浮いた琴乃を殺しそうになったけど、それじゃ練習にならない。
とりあえず太刀に軽めの一閃を与え、膠着状態を保つ。
「っ!! ……ぐっ!!! 」
琴乃は歯が砕けそうなほどに食いしばり、全身に力を込めている。
でも所詮は人から不死になった子供。
全身の力を使っても、片腕……刀越しの腕力にすら勝てはしない。
(か弱いなぁ )
「っ!! 」
そんなことを思っている中、視界を覆うほどの紫電が迫るが、それは琴乃すらも巻き込むほどの威力があった。
とりあえず胸を蹴って吹き飛ばし、その反動で紫電を躱す。
「ぐっ!! 」
「おっと 」
無理に後方へ飛んだためか、体のバランスが少し崩れた。
その隙を見逃さないように、着地寸前の足へ炎の矢が迫る。
「上手いね 」
賞賛を呟きながら体を捻り、片足で地面を蹴る。
そのまま空へ逃げるが、それは誘導だったようだ。
地面を蹴りあげ、風をまとったゆいが逃げ場のない空中へ迫ってくる。
でもその速度は遅く、身構える猶予すらあった。
「っ!! 」
風をまとわせた刀を掲げ、そのまま無造作に振り下ろす。
ゆいは短剣で刀を受け止めたけど、ここは衝撃を耐えることが出来ない空中。
振り下ろした力はそのままゆいに移り、瞬きの間に地面へ衝突した。
「ん? 」
ゆいを心配してる最中、妙な風が吹いた。
それは眼を裂かれた時に体験したもの。
(来る )
体を大きく捻り、刃を立てて刀を構える。
すると見えない斬撃が刀にぶつかった。
「なっ!? 」
琴乃の斬撃は防げたけど、その衝撃のせいで体勢が崩れてしまう。
その隙を突くように、今度は雷牙が地面から迫り、背後からは更なる炎の矢が迫る。
(アイス・ロック )
すぐさま巨大な氷塊を作り、それを雷牙に向けて蹴りつける。
氷塊は雷牙の紫電によって砕かれたけど、足止めには十分。
その反動で矢の斜線上から逃れ、誰の間合いでもない場所へ着地する。
「ふぅ、みんなやるね 」
ボロボロなみんなを褒めてあげる。
けれど誰も嬉しそうな顔をせず、私を死にかけの目で睨んでくる。
……褒められるのが嫌いな時期なのかな?
(まぁいいや。みんな動けるみたいだし、もうちょっと追い詰めても…… )
「あっ!! 」
戦いに夢中だったからか、あれを忘れていた。
そのせいか胸の中に冷たさを感じ始め、どうしようもない焦りが心臓をバクバクと高鳴らせる。
(どうしよう……追加のお米研いでない )
今日のお米はゆいが全部食べてしまった。
だから新しく炊こうと思ってたのに……
(うーん、雷牙たちもいるから今から炊かないとね。よし、さっさと終わらせちゃおう! )
右手に刀を構え、左手に風の太刀を生み出す。
笑顔を浮かべてゆっくり前に進むと、みんなは肩を跳ねさせて警戒した。
でも……
(無駄だよ )
神器の力を使い、右足を強化する。
その足で地面を踏み切ると、琴乃と唇が当たりそうな距離に持ち込む。
「……っう!!? 」
接近されたことにやっと気がついた琴乃。
その頭をかち割るように風の太刀を振り下ろすが、それは咄嗟に構えられた太刀で防がれた。
けど、本命はこっち。
「……っ!? 」
右手に持った刀で太刀の側面を打ち、琴乃の神器を叩き折る。
1人無力化した事に安心する最中、今度はゆいと雷牙が背後から迫ってきた。
(大地の針猛 )
2人に向けて土の針を襲わせる。
雷牙には1度見せたから後ろへ逃げられたけど、ゆいは咄嗟に上へ逃げてしまった。
(隙あり )
振り向きざまの一太刀で短剣をへし折り、その手足に氷の枷をはめると、顔から地面に落下してしまう。
「あっ、ごめんね 」
「……っ!! 」
モゾモゾと這い蹲るゆい。
そんな可哀想な姿がとても可愛らしく、庇護欲が胸の内側を掻きむしる。
「この」
いつの間にか拳を放つ雷牙が私の隣にいたけど、見るまでもなく単調な動き方だ。
拳を刀の柄で逸らし、お腹に蹴りを打ち込む。
「うっぷ 」
「ほら死んだ 」
お腹を抑えて蹲る雷牙の頭に手を当て、痛みが少しでも和らげばと撫でてあげる。
そんなことをしていると、今度は炎の矢が真横から飛んできた。
でもそれは……もう飽きた。
刀で矢を弾き、ゆっくりと雅の方へ足を進める。
その間も2本も3本も矢が飛んできたけど、いくら早かろうと矢尻を見れば軌道は分かる。
「っう!! 」
飛んできた10の矢を弾き、雅を刀の間合いで捉える。
でも私が切り付けずとも、雅は尻もちをついて武器を手放した。
「私の……負けです 」
「そう? なら終わりだね 」
みんなを無力化したし、さっさとゆいの拘束を解こうとした瞬間、死が頬を舐めた。
「っ!? 」
背後に向かって全力の一撃を振り抜く。
けれどその一撃は、衝撃もなく一瞬で砕け散った。
「「……えっ? 」」
誰かと声が重なっと思えば、私の背後には悠人がいた。
刀が砕かれたことには驚いていない。
多分、悠人が持つ黒い神器の効力だと考えられるから。
でも……
(この子、いつから背後にいた? )
「あっ、えっと……ごめんなさっ」
悠人は何か言いかけてたけど、とりあえず足を引っ掛けて転ばせ、馬乗りになった状態で折れた刀を首に押し当てる。
「負けでいいよね? 」
「………… 」
何故か顔を真っ赤にして喋らない悠人。
でも必死に頷いているから、とりあえず稽古は終わった感じかな。
「よし、それじゃあみんなお疲れ様。ごめんけど雅、みんなをお風呂に案内してくれる? 縁側にそって行けば見つかるから 」
「……あっ、はい 」
無傷な雅にここは任せ、刀を収めて縁側へ登る。
「じゃあみんな、私はご飯を作ってくるから……楽しみに待っててね 」
ボロボロなみんなに声をかけるけど、その佇まいは落ち込んでいるようにも見える。
(どうしたんだろう? )
私は不死殺しで誰かを殺した訳でもないし、腕を落としたりもしていない。
なのにみんなは……傷を抑え、それを治そうと必死にもがいている。
そんなことしなくても傷は治る。
そんなことしなくても痛みは消えるし、それが心の傷になっても10年すれば楽になる。
だって私たちは……不死なんだから。
(……まだ、自分たちが人間だと思ってるんだね )
腕が治ったのが信じられず、自分で腕を切り落とした不死をしっている。
自ら死んだのに不死として蘇り、未だ殺してと嘆く不死も知っている。
だからこそ、そんな思いをみんなにさせたくない。
(寄り添おう……いつかきっと、救われるように )
そんな思いを胸に、軋む縁側を歩き続ける。
今は苦しくても、いつかその苦しみが無くなりますように。
どうかその苦しみが、私を殺しますように。
罪人ができることなんてたかが知れてるけど、どうかこの願いだけは……いつか叶いますように。