第24話 不安
不安だ…物凄く不満だ…
私はかれこれ100年ほど『歴史の間』に居るけど、その中でトップクラスに不安な事が今起こっている。
だってあれは…
「おっす、待たせたな 」
突然聞こえた聞き馴染みのある声に、心臓が喉元まで跳ねたかと錯覚を起こしてしまう。
「もう大和ちゃん! 驚いちゃうでしょ!! 」
「悪い悪い、待たせたら嫌だと思ってな 」
驚きのままに大声を出して後ろを振り向くと、そこには細い柵上に立つ大和ちゃんが、私を赤い瞳で見つめていた。
血を磨き上げた様な赤い瞳は美しく、その瞳に射抜かれるだけでも殺されそうな気高さを感じれる。
瞳の内にある濁った感情は恐怖で跳ねた心臓を鷲掴みにし、高鳴る鼓動は期待を暗示していた。
「おーい真白、聞いてんのか? 」
「あっ…ごめんね大和ちゃん、ちょっと考え事してたの 」
「小説の事か? 」
「…うん、最近新作が書けなくてさぁ 」
私は『不死の国』で、一応小説家という職場を持っている。
人気はある方でもなければ無い方でもないといった微妙な立ち位置だが、ここ半年で何も書けてない。
それが最近の不眠症の原因だ。
「そうかそうか、あんまり煮詰め過ぎんなよ 」
「うん、ありがと 」
いつも私を心配してくれる大和ちゃんの優しさに胸が温まり、自然と口角は緩んでいく。
あぁ、本当に物語で言う王子様みたいな………
(って、こんなこと考えてる場合じゃないよ!! )
頭までお花畑な自分を叱責し、大和ちゃんを睨み付けたけど、視界に飛び込んできたシルクの様な滑らかな髪質に目を奪われた。
すると頭の中は白銀に染まり、胸には感動めいた温かさを持つ花が咲き誇る。
「おーい、何か用事か? 」
「あっ…うん。それより大和ちゃん、聞きたい事があるの 」
止まらない思考を小説から現実へと戻し、頭を切り替え、柵から降りた大和ちゃんの赤い瞳を見つめ、慣れない冷ややかな声を喉から絞り出す。
「どうしてあの刀…いや、不死殺しを悠人ちゃんに渡したの? 」
『不死殺し』
その言葉の意味通り、不死を殺す能力を持った神器の事だ。
私達不死は、外傷による死を何度も体験するけど、本質的な死…息を拭き返さないなんて事はない。
けれど不死殺しによって死亡すると、私達は人と同じように死んでしまう。
そんな危険な物は基本的に保管するし、持ってる不死もごく1部といったものなのに、大和ちゃんは悠人ちゃんが神器を持つ事に、なんら抵抗がないように見えた。
それが気がかりでしかない。
「なんでって…あれが使える神器は悠人だけだから 」
「どうしてそう思うの? みんなにあの神器を触れさせた訳じゃないでしょ? 」
「あぁ、だがんな事しなくても分かる。あいつは『神器の間』でどの神器とも共感しなかった…それが答えだろ 」
確かに大和ちゃんの考えは理解できる。
通常、神器に宿された意思は自分に似た過去や境遇を持つ不死を選ぶ。
だから神器の間には、普通の人生なら体験する『嫉妬』や『絶望』などの負の感情に共感する神器が一通り揃えられているが、悠人ちゃんはどの神器からも共感されなかったらしい。
つまり悠人ちゃんはかなり異質な過去を持っており、あの神器が拒絶を起こさないのなら、大和ちゃんがそう考えるのは当然な事だ。
だけど解せない…というより、不安でならない事がある。
「ねぇ大和ちゃん、私はあの神器の過去は分からないって言ったよね? 」
「あぁ、それがどうかしたか? 」
「それが…悠人ちゃんの過去も分からなかったの 」
「…!お前の不調とかでもなく…か? 」
「うん、ゆいちゃんや雅ちゃんの過去はしっかり読み取れたよ。でも悠人ちゃんだけ…黒い霧みたいなもので見えなかったの 」
流石の大和ちゃんも動揺する様に瞳孔を縮め、手首で口を隠しながら何かを考えている。
それもその筈だ、だってこんな事…普通なら有り得ないもの。
私は触れた物体の過去を追体験するという魔法を持っている。
触れる場所は何処でも良く、しかも過去を見られた本人はそれを認識できず、触れて1秒でもすれば追体験は済んでしまう。
だからなんらかの魔法を遮る魔法を持っていたって、見えない…追体験できない、なんて事は基本的に有り得ない。
いや…有り得てははいけない。
「ねぇ、今からでも遅くないからさ…あの神器を回収しない? 」
「いや、それはダメだ 」
「どうして? あの神器で被害が出たら…取り返しが付かないんだよ? 」
「そりゃあ分かってる。だが、今の悠人は壊れてる。だから危険な神器を持たせてでも、心の支えになるもんがいる 」
底なしの優しさを瞳に宿した表情に、私もその声に賛同しそうになってしまうけど、やはり不安は拭えない。
あの神器を持つのが、ゆいちゃんや雅ちゃんならまだいいけど、悠人ちゃんが持つのはやはり否定したい。
「じゃあ別の神器を探すとかさ 」
「悠人に神器を持たせなくないのか? 」
「っ… 」
首を傾げる大和ちゃんから本音を言い当てられ、何も言えなくなってしまう。
悠人ちゃんに否定的な理由、それはしっかりとあるにはあるのだけれど、こんな感覚的な理由を口にするのは流石に気が引ける。
「なぁ、思う事があるならなんでも話してくれ 」
「えっ…でも」
「私らは仲間だろ? だから我慢は無しにしようぜ 」
私に向けられた、気さくながらも優しい笑顔。
それによって、私の心の迷いは消え失せ、ただ胸の内を吐き出すように口を動かす。
「…本当にしょうもない理由だけどね、悠人ちゃんの笑顔が気になったの 」
「笑顔? 」
「うん、刀を握った時の笑顔がね。大和ちゃんは後ろに居たから見えなかったかもだけど…あれはどう考えたって正気の顔じゃなかったの 」
「いやすまん、それってどんな顔だ?全然想像できないんだが… 」
確かにあれだけの説明では想像するのは難しいけど、正直…あれを言語化しろと言われても言葉が出てこない。
快楽の為に100人殺した様な顔? 狂気の果てに1000人殺した様な顔? いや…足りない。そんなちっぽけな例えでは現せれないほどの影が、あの笑顔には詰まっていた。
「…ごめん、言葉が思い浮かばない。でもやっぱりあの子は危険だと思う 」
「そうかぁ…だが危険だからって理由で追放する事は出来ねぇし、監視を付ける程度が精一杯だぞ 」
国のためには危険因子は軟禁…最悪は殺すくらいがベストだとは思うけど、やはり大和ちゃんは監視くらいしか手を打たないらしい。
国のトップとしてはあまりにも警戒不足だけど、大和ちゃんは国の平和ではなく、個人全ての平和を望んでいる。
それ故に不満の声は少なくないけど、それで救われた不死は大勢いる。
だからそれを否定するのは、野暮と言うものだろう。
「不満だったか? 」
「うんん、それで大丈夫。ごめんね、余計なこと言っちゃって 」
「おいおい、そうやって自分を卑下すんな。こっちはお前の存在に何度も助けられてんだよ 」
男前に笑う大和ちゃんは私の右肩を軽く手を置くと、励ます様な眼差しを向けてくれ、その血塗れた瞳に私の透明な瞳が映し出される。
見つめられている…それだけで胸が踊り出すほど嬉しい。
そんな嬉しさと共に甘えたい欲求が増して行き、顔を傾けて肩に乗る右手に頬を乗せる。
そしていつものように熱い体温を感じて安堵の吐息を漏らす………筈だった。
「えっ? 」
頬に感じる死の冷たさ…それは大和ちゃんの右手から感じる…
今の状況を脳内で処理した瞬間、乗せられた右手を両手で掴み、肩から引き剥がしてその手を視界に入れる。
すると思考はフリーズしてしまった。
「……… 」
驚きのあまり言葉を失ってしまう。
だって開かれた右の掌は黒く染まっており、その黒の所々に粘ついた黄色や毛の様な灰色が見えていたから…
グロテスク? 醜い? うんん、そんな言葉じゃ足りない。
そんなおぞましさが脳髄を力強く揺さぶり、今にも気を失ってしまいそうだ。
けれど気を保ち、胃液ではなく声を口から絞り出す。
「大和ちゃん…これは? 」
「これか? あの神器のモヤに触ったら壊死しただけだ 」
「だけじゃないよ!! 」
慌てて地獄の様な掌に指先で触れ、大和ちゃんが悠人ちゃんに触れている過去を上書きする形で治療する。
瞬間、脳内に得体の知れないノイズが走ったが、その動揺を大和ちゃんに気取られない様に笑みを浮かべ、掴んでいる手を離す。
すると大和ちゃんは、何度も右手を開いたり閉じたりを繰り返し始めた。
違和感が無くなるに連れてか、大和ちゃんの笑顔は段々と明るくなっていくが、その笑みを見て素直に喜ぶ事はできない。
「おぉ!! あんがとな真白! いやー感覚なくて困ってたんだ 」
私のもう1つの魔法を使えば、どんな傷であろうと、傷付く経過を見ていれば治せる。
それを知っているのに、大和ちゃんは何も言わなかった。
『治してくれ』
そう言うのが嫌だったとか、私に頼りたくなかったとかじゃない。
多分、私が違和感に気が付かなければずっとそのままにしていた。
不死殺しによる、永遠に治らない傷だとしても…
「っ…どういたしまして 」
けれど言っても変わらない。
だから心の中に不甲斐なさを押し込め、本心ではない笑みを浮かべると、大和ちゃんは子供の様に幼く笑った。
「んじゃ真白、そろそろ悠人達の書面契約が終わる頃だから帰るな 」
「…うん、また暇な時にね 」
「じゃな! 」
私の頷きに大和ちゃんは軽く手を振ると、そのまま柵を飛び越え、地面に落ちていってしまった。
「…はぁ 」
誰も居なくなったためか、耳の中に無音が響く。
私は決して1人が好きな訳ではないけど、今はこの無音だけが心を癒してくれる。
それもそうか…今日は色んな過去を見過ぎたから。
不死という存在はどうして生まれるかなんて分からないけど、過去を追想した不死達は私を含め全員、狂った過去を持っている。
ゆいちゃんも…雅ちゃんも…大和ちゃんも…多分、悠人ちゃんもかな?
そんな者達の人生を永遠と追想していると、自分という自我が消えそうになってしまうが、それに恐れはない。
それもこれも全部…大和ちゃんのお陰だ。
だからこそ…今なお狂い続ける大和ちゃんに何も出来ない自分が不甲斐ない。
「はぁ… 」
倦怠感に耐えきれず、またため息を吐いてしまう。
けれど体は少しも楽にはならず、重い体で積み上げられた本の影へと移動し、ポツンと置かれた椅子へと座り込む。
柔らか過ぎず硬すぎない椅子は疲れた体を支えてくれ、眠ってしまいそうな心地良さのまま空を見上げていると、不意に…無数浮かぶ本の中にある、閉じられた手紙に目がいってしまった。
「……… 」
気怠い腕を空へと上げると、手紙は私の手元に落ちてくれた。
この手紙は、昨日大和ちゃんが持ってきてくれた赤い表紙の本に挟まれていたもので、手紙の裏には『真白さんへ』と手書きで記されている。
と言っても内容は支離滅裂なもので、本当に私に向けて書かれていたのか疑ってしまう。
けれど色々と考えさせられる言葉が、沢山書き殴られていた。
1番胸に残っているのは、
『狂人に普通を強要するのは、善人に人殺しを強要する様なもの』
という言葉だ。
それは大和ちゃんを普通にしたいと思う私の心に突き刺さり、今もなお考えさせられるものだった。
「ねぇ…君は何を思ってこれを書いたの? 」
手紙にこもった残滓に向けて質問を投げかける。
けれど誰からも返答はなく、私の嘆くような声は無音に呑まれる様に消えていってしまった。




