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第22章 狂気の断片



「あ〜〜 」


 素肌に暖かいお湯が落ち、人が作るのに何十年もかかりそうなほど大きな空間に、僕の気の抜けた声と水音が響き渡る。


 栓を捻るだけで温かいお湯が出る、シャワーという道具に感激しながら、自分の気の済むまで贅沢に温かいお湯を浴び続けていると、まぶたが重みを持ち始め、温かさが意識の形をじわじわと溶かしていく。


(………ハッ!? )


 いつの間にか閉じていた瞼を開き、水面に落ちた血のようにボヤる意識を覚醒させようと、濡れた両手を顔に強く擦り付ける。


(危ない危ない… )


 このままシャワーを浴び続けていると本当に眠ってしまいそうだ。

 それだけはなんとか避けたいから、慌ててシャワーの栓を閉じ、髪の毛の水気を絞ってお風呂の出口に向かう。


 濡れた床で滑らないよう注意しながら足を進め、白い壁にポツンと存在する木製の戸を横に引く。

 すると外の微かに冷たい空気と共に、鼻を抜ける様な木の香りを感じた。


 匂いの先には畳がギッシリと引かれた床と、虫に食われていない丈夫な木で作られた棚が丁寧に並んでいる。

 けれどその光景が1つの疑問を強くしてしまった。


(本当にここって…地下にあるのかな? )


 ここのお風呂は王宮の地下にあると聞いたし、僕もちゃんと階段を下りたから、ここが地下にあるのは間違いないと思う…

 でもやっぱり地下にこんな綺麗なものが並んでいるのは不思議でならない。


 だって僕が見てきた地下と言うのは、壁が土で出来ていて、湿っぽい嫌な臭いが鼻の奥に突き刺さる場所な筈だ。

 なのに、どうしてここはこんなにも空気が綺麗でいい匂いがするんだろう?


「あっ、おはようございます 」


「んっ!? 」


 突然聞き覚えのある声が耳を叩き、咄嗟に両手で胸と股間を隠して声がした方に首を向ける。

 声がした場所には、空色の長い髪を2つに結んだ女性…時雨さんが当たり前のように立っており、僕の方をじっと見つめてくる。

 そのせいで鼻の奥や頭の中が、クラクラするほど熱くなっていく。


「お…おはようございます 」


「あっ、悠人さんでしたか。誰かからこの場所を聞いたんですか? 」


「えっ…あっ、はい。忍さんに眠気が抜けないって言ったらシャワーでも浴びて来いって… 」


「あー、忍さんらしいですね 」


 僕は殆ど裸で、恥ずかしくて頭が茹で上がりそうなのにも関わらず、どこか嬉しそうに時雨さんは優しい笑みを浮かべる。


 正直な話、今すぐどこかへ行って欲しいと思ってしまうけど、直接そう言う訳にもいかないし、僕の服が入ってるカゴは時雨さんの隣にあるし………もう泣きそう…というか既に目頭は熱を帯びている。


「あの…時雨さん………どいて…貰えません? 」


「…? 」


 精一杯喉から絞り出した声に、時雨さんはしばらく首を傾げていたけど、突如何かに気が付いたように鏡のような金色の目を見開き、顔を少し赤くさせながら気まずそうな笑顔を僕に向けてきた。


「えっと…すみませんね。男性の方なんてここには居ませんので 」


「い、いえ…大丈夫です 」


 やっと僕の言いたい事が伝わったのか、時雨さんは目を泳がせながら、まとまりの無い言葉を発している。


「あ〜〜…それじゃあタオル、そちらでは手ぬぐいと言うんでしたっけ? ここに置いてあるので好きに使って下さいね!では!! 」


 赤い顔をしながらもそう言い残してくれた時雨さんは、慌てて上へと続く階段を登っていってくれた。


 別に男性らしく見て欲しいとは思わないけど、こうも男だと気付いて貰えないと、どうしても落ち込んでしまう…


「…はぁ 」


 女性の目が無くなった事に胸を撫で下ろし、時雨さんが教えてくれた場所からタオルを1枚取って、濡れた体から水気を拭き取る。

 普通なら、お風呂上がりは寒くて死にそうなはずだけど、この場所は裸で一日中過ごせれるほど暖かく安心できる。

 だから寒さで命の危機を感じる事もなく、タオルを置いてゆっくりと着替えに移れる。


 乾いた下着を履いて昨日着ていた紬を羽織り、周りから下着が見えないよう半幅帯(はんはばおび)を締めようとしていると、紬の間から見える自分のお腹が、平坦で雪の様に白くなっている事に気が付いた。


 試しにお腹の肉を摘んでみると、その肌は小動物の毛皮の様に柔らかく、指に吸い付く様なネットりとした触感を持っている。


(…昔はもっとでこぼこしてたのになぁ )


 記憶は曖昧だけど、昔誰かと水浴びしている時に『その腹は男らしくてかっこいい』と言われた事がある。

 確か名前は………悠翔(はると)さんだったかな?


「…ふわぁ 」


 朧気な過去の記憶を掻き分けていると、何故か欠伸が出てしまう。

 散々寝むって起きたのに、こうも眠気が強いと病気なんじゃないかと不安に思えてしまうけど、頭の中に生まれた『不死だからどんなに辛くても死なない』と言う考えが不安を全て吹き飛ばしてくれた。


「よしっ 」


 不安が吹き飛んだ頭でテキパキと体を動かし、さっさと紬を着込んで上へと続く階段を登っていると、またも素朴な疑問を考えてしまう。


 忍さんは王宮の地下へと続く扉は3つあると言っていた。

 1つは『神器の間』に繋がる黒色の扉…2つ目はお風呂に繋がっている白色の扉…それじゃあ3つ目の扉は何色なんだろう?

 緑だろうか? 青だろうか? それとも…臓物色かな?


「お上がりになられたのですね 」


「ピッ!!? 」


 考え事をしていた頭に突如として囁き声が響き、体が臓物ごと跳ね上がってしまう。

 あまりに突然のこと過ぎたせいか体は心臓が止まった様に動かせず、そのまま地面に尻もちを着いてしまう。


(? ?? ??? )


 お尻の痛みと背筋の得体の知れない疼きが頭の回転を邪魔し、ただただ冷たい床の上で混乱していると、まだゾワゾワする左耳に聞き覚えのある静かな笑い声が聞こえてきた。


「ふふっ…なんです? 今の叫び声は 」


 混乱した頭に響いた聞き覚えのある声…

 その声を聞いた頭は冷静さを取り戻し、死にかけの獣の様に荒い心臓を落ち着かせながら声がした方に顔を向けると、案の定そこに居たのは、口元を隠して笑う忍さんだった。


「えっと…おはようございます? 」


 何故忍さんが僕の耳に息を吹きかけたのか…

 何故気配を消して僕の隣に立っていたのか…


 色々と思う所はあったけど、朝の挨拶と共に引きつった笑顔を向ける。

 けれど僕の挨拶を聞いてか、忍さんは突然と笑みを消し、僕を冷たい目で見つめ返してきた。

 その目はまるで、死体を彷彿させる様な生気のない目だった。


「…つまらないですね。もう少し困惑していたら楽しいのに 」


「すっ…すいません 」


 なんでこんな目を向けられてるのか全く分からないけど、冷たい表情をする忍さんは酷く怒ってる様に見え、その怒りを収めてもらうために慌てて謝罪の言葉を口にする。

 すると忍さんの冷たい目には一瞬で光が灯り、きっと誰もが見惚れる様な優しい笑顔で、僕に手を差し伸ばしてくれた。


「大丈夫ですよ。さっ…行きましょうか 」


「えっと…どこにです? 」


 細いのに力強い手を掴んで立ち上がり、急に何処かへ行こうとする忍さんに問いかけてみるけど、灰色の目は闇を見つめており、その笑顔はピクリとも動かなかった。


「…忍さん? 」


「行きましょうか 」


 どうして固まっているのか分からず、綺麗な笑顔を下から覗き込んでみると、忍さんはまた同じ言葉を繰り返し、虚ろな目のまま廊下を早足で進んで行ってしまう。

 

「ちょっ、待って下さい!! 」


 遠のく忍さんを反射的に追いかけるが、走る僕は早足の忍さんに追い付けない。

 けれど突き放される速さでもない。


 追い付けないけど離されない微妙な距離感を保ちながら走り続けていると、僕の息が軽く上がる頃に、忍さんは足を止めてくれた。


 忍さんが目的としている場所に着いたのかと思ったけど、ここは扉1つない廊下の突き当たりなだけで、これといった目印もない。


「ここに何かあるんですか? 」


 足を止めて息と鼓動を整え、辺りを今一度見渡しながらそう聞いてみるけど、忍さんは何も無い白い壁を見つめるだけで何も答えてくれない。


 結局僕1人では何をしたら良いか分からず、忍さん以外の人を探すために来た道を振り返っていると、目の端に居た忍さんが、壁に向かって足を進めているのが見えた。


(…!? )


 自分から壁にぶつかりに行く忍さんの行動に驚き、慌ててその体を掴んで止めようとしたが、伸ばした右手は何も掴めず、そこには忍さんの姿は無かった。


「…? 」


 ついさっきまでそこに居た人が居なくなり、突然1人になってしまった。

 そのせいで頭が混乱し、ただ無意味に何も無い辺りを見回していると、不意に白い壁の向こうから手が現れ、その手から服をがっしりと掴まれた。


「へっ? 」


 唐突に掴まれたせいで躱す事も驚く事もできず、ただ気の抜けた声を漏らしてしまった瞬間、有り得ない力でその手から引っ張られた。


「いっ!? 」


 体が振り回される様な強さのせいで何も考えられず、反射的に目を閉じて咄嗟に顔だけは腕で守ったが、あまりの勢いのせいで転んでしまい、全身を強打してしまう。


「っう… 」


 臓物までに痛みが達し、なんとも言えない気持ち悪さと痛みに咳き込みながらも、ここが何処かを確認するために顔を上げる。

 すると吐き気や痛みも強大な驚きに呑まれてしまった。


 目の前に広がっていたのは、眩い白光を中心に広がる広い空間…

 それだけならそんなに驚かなかったけど、1番驚いてしまったのは、この空間の(いびつ)さだ。


 空には歪んだ廊下が並んでおり、白い光の周りには無数の本達が空を舞っている。


 最早地面が何処かすら分からない空間に圧倒され、地面から起き上がる事すら忘れて放心していると、不意に空から声が聞こえた。

 

「あっ、来たきた 」


 聞き覚えのない女性の声に反応し、空を見渡して声の主を探していると、僕がその人を見つけるより早く、空から人が降ってきた。

 

 僕の前へと着地した人に顔を向けた瞬間、ある1色だけが脳裏に焼き付いてしまう。


 何処か面妖な白い透明な髪…肩と太ももまでにしか布がなく、露出が多いと思える白い服…そして服の合間から見える白い肌…


 白1色で統一した女性に感動に近い思いを持ってしまい、ただじっと…光を弾く白い肌で目を焼いていると、不意に女性から2つの瞳を向けられた。


 僕を見るは、白い雪に落ちた青いガラス玉の様な瞳…

 もはや恐怖を抱く程の美しさを前にして、呆然と目を輝かせていると、こちらに向いた不死の顔は急に頬を柔らかくし、明るい微笑みが僕の瞳に映りこんだ。

 

「初めまして悠人ちゃん。私は真白…よろしくね! 」


「…えと、こちらこそよろしくお願い致します 」


 物静かな顔から、急に明るい声が出てきた事に少し驚いたけど、明るい声や笑顔には何処か懐かしさを感じ、暖かな感情を宿した笑顔と共に言葉を返す。

 すると真白さんは笑顔のまま僕の前へと移動し、細く簡単に折れてしまいそうな左手を僕に刺し伸ばしてくれた。


「大丈夫? 上から見てたけど凄い勢いで転んでたよ 」


「大丈夫です、もう痛くありませんから 」


 真白さんには申し訳ないけど、小枝の様な手を握るのは気が引け、右手で優しく指し伸ばされた手を退け、自力で立ち上がる。

 せっかくの心配を無下にしたのだから、嫌な顔をされないか心配していたけど、そんな心配が無意味に感じる様な優しい笑顔を、真白さんは浮かべてくれた。


「そう…なら良かった 」


 そっと指先を伸ばしてしまいそうな笑顔に見惚れてしまい、ただ何も考えずに熱い眼差しを真白さんに向けてしまう。

 すると当然真白さんは首を傾げ、少し困った様な笑顔を浮かべた。


「どうかした? 」


「…あっ! えと、ここで何をすればいいんですか!? 」


 慌てて喉から絞り出した言葉だからか、少し大きな声が出てしまったけど、真白さんはそんな事を気にせず、何かを思い出したように、左の掌に右手を軽くぶつけた。


「あっ、用事ね。それは上でするから着いてきてね 」


「上? 」


 真白さんの言葉に釣られるまま上を見上げたけど、天井に広がる廊下は僕が見てきたどんな家よりも高い位置にあり、どう考えたって人の足で届く筈のない場所に存在している。


「いや、どうやって…… 」


 そんな場所にどうやって行けば良いのか分からず、真白さんに助けを求めようとしたけど、前へ向けた視界には誰も居なかった。

 もしやと思い、恐る恐る首を上げてみると、そこには足から空へと落ちる真白さんが居り、その細い足で天井に広がる廊下へと華麗に着地した。


「悠人ちゃんもおいでー!! 」


「だからどうっ 」


 大きな声で僕を呼ぶ真白さんに届くよう大声を出そうとした瞬間、後ろから襟を掴まれた。


 掴んだのは忍さんだろうかと思った刹那、有り得ない力で空へと引っ張られ、舌先を力強く噛んでしまう。

 しかも尖った部分で…

 だけども痛みに悶える余裕すらない浮遊感に包まれ、ただされるがままに空へと落ち続けていると、不意に硬い地面へと打ち付けられた。


「ふぐっ!? 」

 

 落下の勢いが乗ったまま腹から着地したからか、臓物は死にかけの百足のように蠢き合い、喉の奥にはツンとした血の味が込み上げている。


 床に衝突した脇腹と胸の骨は熱いのに、鳩尾(みぞおち)だけは酷く冷たく、意識が遠のいていく。


 なんか昔にも、こんな事があったなぁ…

 あの時もこんな風に冷たい場所に転がって…うつ伏せで痛みに耐えて…それからえっと…なんだっけ?

 というかこれ…死にかけてない?


「ちょっ! 悠人ちゃん大丈夫!? 」


「っ!? 」


 遠くで聞こえた声に意識は現実へと戻り、遠くの方に居た痛みは自分の存在を示すように、身体中を暴れ回る。


 今にも転げ回りたいけど、心配そうに僕に駆け寄ってくる真白さんの姿が辛うじて見えたため、心配しなくても大丈夫だと言うために息を吸う。


「だいじょっゲホッ! ゲホッ! っ…ぶです 」


「もう…全然大丈夫じゃないじゃん! 忍ちゃんも悠人ちゃんは神器を持ってないんだから、もう少し優しくしてあげ…て… 」


 視界の端に見えた真白さんは僕の後ろを見つめたまま、固まっていた。

 それはまるで…驚きのあまりに動けない様な感じだ。


 僕の後ろには忍さんしか居ない筈なのに、何をそんなに驚いているのかと、痛みが幾分かマシになった体を起こし、膝を着いて後ろを振り返る。

 次の瞬間、驚きのあまりに思考は固まってしまい、瞼は硬直するように瞬きを止めてしまった。


 僕の視界には忍さんが映っていたけど、その顔は今にも泣き出してしまいそうな程に怯えており、顔の横に上げられた両腕は、まるで殴られる事を恐れているようにも見える。


「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんない… 」


 しかも血の抜けたように青い顔でひっきりなしに謝罪を続けており、涙を貯めた灰色の目は少し上を見上げていた。

 まるで自分よりも大きな存在に怯えている様な忍さんの姿に、正直言って困惑していると、不意に…なんの予兆も無く、忍さんの怯えきった表情は消えてしまった。

 その表情は無表情と言うのが正しいと確信を持ってる言えるもので、感情の断片すら浮かべない奇妙なものだ。


「忍ちゃん? 」


 真白さんは忍さんに声をかけた。

 けれどその声は心配している様なものではなく、どちらかと言えば…何かを警戒している様なものだった。

 そんな真白さんの声が聞こえたのか、忍さんは光の灯らない灰色の目を僕達に向けて来る。


 忍さんの目には人では無い僕達が写る。

 反射する目の中に居る、自分の姿を見ていると、なんの予兆も違和感も無く、不意に頭はある言葉を引っ張り出してきた。


(死… )


「忍!! 」


 何故か死を実感した体は突如聞こえた大声に跳ね上がり、慌てて声がした忍さんの後ろへ視線を向けると、そこには鬼のような剣幕をした大和さんが立っていた。


()()()()()…そしたら昼寝でもして落ち着いてこい、食堂に行けばミルクも貰える 」


 解いてやれ? 昼寝?

 大和さんは今にも殴りかかりそうな雰囲気を身体中から醸し出しているのに、何故か言葉の重みは子供に何かを言い聞かせるように優しい。

 けれど2人の表情は暗いままで、もしお互いが刃物を持っていたのなら、今にも殺し合いに発展しそうなほど空気は悪い。

 

 何かが起こる…そう確信し、死んでも()()()()僕は真白さんの前へ移動した瞬間、忍さんは軋む空気の中でぼんやりと欠伸を漏らした。


「ふわぁ… 」


「………!? 」


 忍さんはこの場に似つかわしくない欠伸をすると、魔法を使ってか、その場から姿を消してしまった。

 すると張り詰めていた空気は柔らかくなり、3人同時にため息を吐き出してしまった。

 

「ふぅ…行ってくれたな 」


「うん…あっ、悠人ちゃん。庇ってくれてありがとう 」


「あっ…いえ、それよりも忍さん、大丈夫ですかね? 」


 あんな感情に振り回される様な事なんて、余程の辛い事が起こらないと、絶対に無いはずだ。


 お世話になった忍さんがそんな辛いことを体験したなんて他人事とは思えず、何か出来ないかと思ったけど、そんな考えとは正反対に、大和さんは顔を歪めて苦笑いを浮かべていた。


「まぁ…あれは触れないでくれ。忍にも色んな過去があってな 」


「あっ…そうなんですね、分かりました 」


 過去に何かあるのなら、他人がどうこうしていいものじゃないなと考えを改めると、大和さんは悲しそうな雰囲気を出しながらも、気さくに笑ってくれた。


「あんがとな。よしっ、んじゃ悠人…行くぞ 」


「何処にです? 」


「この先。昨日お前が使えそうな神器を見つけた…というか、見つけてもらったんだ。その確認をしたいだけ 」


 何処か含みのある言い方が気になったけど、その前に大和さんから差し伸ばされた手を取り、それを引いた反動で立ち上がる。


「ありがとうございます 」


「別にいい、早く行くぞ。ゆいの奴…待たせるとすぐ不機嫌になるからな 」


「…! ゆいも居るんですか!? 」


「あぁ、雅も居るよ 」


 別に僕達は何年も離れてた訳じゃないし、ずっと一緒に居れなかった訳じゃなく、ただ朝くらいに別れただけなのに、再会できると分かった瞬間、胸が陽だまりのように暖かくなっていく。


「それじゃあ行きましょう! 」


「道は分かんのか? 」


「うっ… 」


 胸の高鳴りのままに声を出したけど、大和さんからの一言によって自分が何も考えてなかった事を自覚し、踏み出そうとした足が中途半端な位置で止まってしまう。


「ふふっ…悠人ちゃん、意外にお馬鹿さんだね 」


「うぅ… 」


 考え無しに動く無知な自分を一気に自覚してしまい、恥ずかしいせいか顔が焼け焦げそうなほど熱く、今すぐにでも蹲りたかったけど、それを止めるように右肩に手を置かれた。

 この手の温かさは大和さんの手だ。


「んじゃ、着いてこいよ 」


「はい… 」


 大和さんは先頭を進み、それに続こうと中途半端に止まった足を前に進めたけど、隣を真白さんから追い抜かされ、僕が1番後ろになってしまった。


「悠人ちゃんは迷わないでね 」


「そこまで馬鹿じゃないですよ! 」


 こちらに少し振り向く真白さんに慌てて反論したはいいけど、真白さんは顎に指先を当てて笑うだけで、僕の反論をしっかりと聞いているかは分からない。

 けれどそれにどうこう言う事も出来ず、2人は淡々と天井を…いや、地面を歩いていく。


「…ふぅ 」


 ひと呼吸置いて跳ねる心臓を落ち着かせ、素早く歩く2人に離されないよう小走りで着いていく。

 ()()は…今度こそは置いていかれないように…





 今度って、いつの事だっけ?



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