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第20章 狂人は歌う



「こんにちは、ミツハノメさん 」


 自分の声が、がらんどうな(やしろ)の中に響く。

 けれど誰からの返答もない。


 うん…いつも通りだ。


「うーん? いや、こんばんはですかね? 今は5時くらいですから 」


 腕に填めた時計に目をやりながらも、仮面の下で笑い、どうでも良い疑問を頭の中で考え続ける。


「えっと、夜はこんばんは…昼はこんにちは…夕方は? ちょっと待って下さい、めっちゃ気になってきました 」


 些細な筈だった疑問は考える度に大きなものとなっていき、一刻も早くその答えを知りたくなってしまう。

 1人で黙々と思考を回し、首を捻りながらも考え込んでいると、ふと…後ろから何かを感じた。


 なんとも言えない何かに向かって振り返る。

 けれどそこには何も無く、ただ焼け焦げた里が見えるだけだ。

 すると何故だろう、自分のものでは無い感情が胸が締め付けた。


「えっと、獣人族の里は…残念でしたね。ここではあまり暗い話をしたくないんですけど…これだけは無理です。だって里は…僕の国のせいで滅びましたから 」


 今まで考えていた事など忘れ、この感情を産んだであろう本殿に顔を向ける。

 誰も居ないそこからは、なんと言うか…哀しみが伝わってくる。


「まぁ…この話をしたからって、里が元に戻る訳じゃないですよね 」


 その哀しみを消してあげたかったのだが、変わらない現実に向けて皮肉を吐いてしまったせいで、僕に伝わる哀しみはより一層深くなってしまった。


「すいません! 脱線しました! …んでえっと、結局何が言いたいかっていうと…あなたがもし、罪悪感を…無力さを感じているのなら、全部僕のせいにして下さい、って言うことです。まぁ、誰のせいにしようが辛い時は辛いですがね 」


 自分で言った事を自分で否定し、乾いた笑い声を誰も居ない拝殿に響かせるが、今まで本殿から感じていた哀しみは怒りに変わってしまった。

 なんと言うか…僕を怒る様に…


「あー…すいませんね、失言したのなら謝ります 」


 怒られた子供の様に慌てて謝罪を口にすると、しばらく無音だけが響いた。

 けれどその無音は、自分のものでは無い優しい感情によって破られていく。

 きっと今は…笑っているんだろう。


「…貴方の笑顔を、いつか見てみたいな 」


 誰も…動物や虫すらも居ない場所に向かって嘆く様な思いで呟くと、ある1点から目が離せなくなった。


 そこにはホコリしか見えない。

 本殿へ続く階段しか見えない。

 ただそれだけなのに、目が離せない。

 ぼんやりと、まるで太陽で目を焼く様な気持ちでそこを見つめ続けていたけど、何故か途端に恥ずかしくなってしまい、頭の裏がとてもむず痒くなってしまう。


「あー…なんか恥ずかしいですね! 」


 本殿に慌てて背を向け、むず痒くなった頭をギザギザの爪で掻きむしる。


 頭の痒みは爪の痛みで上書きされ、ぼんやりとため息を吐きながら顔を上げると、拝殿の空いた戸から黒焦げた里が見える。


 ここで何人も死んだんだろう。

 焼かれ、撃たれ、斬られ、頭を潰され、首を吊り、死ねず、首を撥ねられ、断末魔で合唱したがら何人もの命が奪われ筈だ。

 そんな所が目の前にあるなんて…それはとても心地がいい。


「…っ!? 」


 突如、自分が思ってしまった事に殺意が湧き、ギザギザの右爪を左腕に突き立て、爪で皮膚を抉ろうとした瞬間、後ろから体を強ばらせる程の怒りを感じた。

 それはきっと………


「…すいません、いや本当にすいません。うん、他人の目の前で自傷するなんてただのかまってちゃんですよね。ははっ、死ねよ。あっ! 今の死ねは自分に言ったんですよ!? 決してあなたに言った訳じゃないですからね! 」


 自分の行いを覆い隠そうとしているせいか、めちゃくちゃな言葉が口から止まらないが、胸に感じる自分のものでは無い感情は、何処か優しいものに変わっていく。

 すると何故だろう…感動のあまり、涙が出そうになった。

 いや、既に仮面の下では涙を流している。


「ははっ…本当に…ごめんなさい 」


 空いた仮面の目元を塞ぎ、名称し難い感情に身を裂かれながら苦しんでいると、不意に胸に感じていたものは消えてしまった。

 慌てて後ろを振り向くが、そこにはやはり、誰も居ない本殿が映るだけ。

 まぁ、うん…いつも通りだ。


 何も感じないのであれば、今日はもう帰るかと思っていたが、自分が昨日した約束を思い出し、慌てて体自体を本殿に向ける。


「あっ! ぶねぇ!! すいません、1曲歌う約束を忘れかけてました。まぁ、一方的にですが… 」


 相変わらず自分に皮肉を言う癖は治らず、慌てて口を塞ぐ。

 けれど幸いと言うべきか、本殿からは何も感じない。


 何処かをへ行ってしまったのだろうか?


 何も感じないと言う事はその可能性は物凄くあるが、まぁ僕はそこに誰も居なかろうと、喋るし歌うし本音をぶちまける。


「さてと… 」


 そんな事を考えながらも、喋りまくった口に溜まる唾液を飲み込み、ため息を吐いて体の力を抜く。


「そんじゃ聞いてください。暇潰しになれば物凄く嬉しいです。タイトル…じゃない、題名は『妄想に浸る少年』です 」


 夢に殺られた脳みそで考えた歌詞を頭に思い浮かべ、頭の中にある文字を朗読する様に喉を響かせる。


 下手くそな歌声はがらんどうに響く。

 その歌は誰も聞いちゃ居ないし、誰にも届かない。

 けれど僕は歌う。

 歌い続ける。


 そこに居らず、誰からも姿を見られない、あなたに向けて…



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