第2章 友
「着いた… 」
走り続けて少し疲れたせいか、息が上がってしまう。
私が着いたここは、『不死の国』の中で一番技術が発展し、不死が一番多く住む場所、『王都』だ。
私はこの場所があまり好きではない。
だって…みんなが私を嫌な目で見てくるからだ。
私はこの国に住む全員を危険に晒し、人間達が『不死の国』に攻めてくるきっかけを作った張本人なのだから…当然と言われれば当然なのだが、やはりその目線には慣れず、罪悪感で胸がズキズキと痛む。
「はぁ… 」
胸に感じる不安を少しでも楽にしようとため息を吐き、王都の北側にある門に足を運ぶ。
門といっても柵もなにもなく、ただ王都に入るときはそこから入らなくてはいけないという、決まりがあるだけの場所だ。
しばらく歩いてその門がある場所に着くと、軍服の様な黒い服を着た2人の女性が門の前に立っており、そのうちの茶髪をきっちりと整えた女性が、持っている長い木の棒で私の道を塞ぎ、敵意を剥き出しにした独特な黒紫色の眼で私を睨む。
「なぜ…あなたがこんなところにいるのですか? 」
「大和が私に用事があると聞いたから、王都に行くだけだよ 」
仕事中だからか鋭い目を向けてくる女性に笑顔を作ってそう言うと、もう1人の短い白髪の門番が、真っ黒な眼をこちらに優しく向けて来てくれた。
「分かりました。今から確認を取るので少々お待ちください 」
その門番は丁寧な口調で私に話し、少し離れた場所に足を運んで、胸のポーチに入れたケータイから電話をかけ始める。
私の道を塞いでいる門番は、持っている木の棒を私の前から退けたけど、ずっと私を黒紫色の眼で睨み続けてくる。
そんな気まずい空気の中、無理やり浮かべた笑みを門番に向け続けていると、電話をしていた門番がやっとこちらに戻って来てくれた。
「ただいま確認が取れました。どうぞお入りください 」
その門番は優しく笑いながら、のほほんと気の抜けた雰囲気で敬礼をしてくれた。
「ありがとう 」
門番に今度は素直な笑みを浮かべて2人の間を通り、王都の中心部にある、『王宮』へ向かって足を進めた。
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王都にはいろいろな店が並んでいる。
茶屋だったり魔道具店、カフェ、電気製品を扱っている店なんかで賑わっているけど、今は真夜中なので人気は全くない。
それが幸いし、嫌な思いもせずに王宮に着いた。
王宮は8階建の宮殿で、まっ白い外壁に赤い屋根、極め付けには周りの建物とは比べ物にならない破格の大きさを誇っている。
久しぶりに見た宮殿をまじまじと眺めていると、王宮の大きな入り口の真ん中に、1人の少女が立っている事に気が付いた。
「お待ちしておりました、桜様 」
メイドの服を着こなし、空色の長い髪をツインテールでまとめた小さな少女、時雨は微笑み、頭を私に軽く下げてくれた。
「こんばんは、時雨 」
私の胸ほどまでの身長しかない時雨に微笑み返すと、時雨は申し訳なさそうな顔をその小さな顔に浮かべた。
「大和様のワガママでこんな夜遅くにお呼びして申し訳ございません 」
「大丈夫、大和のワガママには慣れてるから 」
時雨が謝ることではないからと笑みを浮かべると、時雨も幼く可愛らしい笑みを浮かべ、私の顔を鏡の様な金色の眼で覗き込んで来た。
「ここで立ち話をし続けるのもなんですし、中にどうぞ 」
「うん、ありがとう 」
時雨の善意に頷くと、時雨は後ろに振り向き、王宮の中に入って行く。
それに私も続いて時雨と一緒に広いのに静かな王宮の中へ足を進める。
王宮は大変広く、私の家でも10人くらいが住んでちょうど良い位に比べて、王宮は百人住んでもまだまだ空きがあるほど広い。
そのせいでこの王宮の構造を完璧に知っているのは私と時雨、数人の使用人くらいだ。
廊下の間にある階段をしばらく登り続けていると、不意に時雨が顔だけを後ろに向け、少し私を心配する様な表情を小さな顔に浮かべた。
「桜さん、守り人のお仕事はどうですか? 」
「どう…って、いつもと変わらないよ 」
「そう…ですか、ちゃんとご飯とか食べてます? 」
「うん、しっかりと3食食べてるよ 」
そんな他愛もない話を時雨と交わしていると、いつの間にか王宮の最上階に着いており、左右に別れている廊下を左側に進んでいると、少しこじんまりとした小さな茶色の扉が私の目に入って来た。
「では、私はお茶の準備をして来ますので、中で少々お待ちください 」
「うん、ありがとう時雨 」
こんな真夜中なのに気を利かせてくれる時雨にしっかりとお礼を言うと、時雨は私にスカートの裾を上げて丁寧にお辞儀をし、私を横切って今来た道を帰って行く。
それを見届け、こじんまりとした扉を手で軽く押すと、扉は音もなくゆっくりと開いた。
「んっ? 」
扉の向こうには畳が敷かれた部屋があり、その真ん中に背中あたりまで伸びる白髪の女性が、胡座をかいて本を読んでいるのが視界に入ってきた。
私に気が付いた女性は読んでいた本をそっと閉じると、私に心底嬉しそうな笑みと赤い眼を向けて来た。
「よう桜!久しぶりだな!! 」
白髪の女性、もとい大和は閉じた本を地面にそっと置くと、うるさいと思えるほどの大きな声で私に話しかけて来た。
「うん、久しぶり。あと、服をちゃんと着て 」
「自室だからいいだろ〜別に 」
腰に袴、胸に晒、首には銀色のロザリオしか身に付けていない大和の姿を見て、少し懐かしいなと思っていたけど、今日呼び出された事を思い出してしまい、不安が心の中に生まれてしまう。
「それで…今日は私に用事があるって言ってたよね? 」
「あぁ…それもだが、実はお前が心配だから声をかけたんだ 」
その声はさっきの様な幼い雰囲気はなく、真剣さが混じった真っ直ぐな声だった。
けれどそのせいで、逆に不安が心の中で増してしまう。
「私が心配? 」
胸の奥にある虫が蠢く様な気持ち悪さを感じながらそう呟いてしまうと、大和は右足から立ち上がり、私の肩に手を置いた。
「ああ、私の友なんだからな。あの時のことを忘れろとは言わんが、自分を責めすぎるのもよくない 」
大和は…私に真っ直ぐで優しい眼差しを向けて来てくれる。
そのおかげか、胸に溜まった不安は少しだけ楽になってくれた。
「大和は…優しいね 」
自然と顔に浮かんだ微笑みを大和に向けると、大和はケラケラと少年のように笑い始めた。
それを見て、心の中に生まれた懐かしさを感じていると、後ろから扉を叩く音が聞こえて来た。
「…誰だ? 」
「時雨です。紅茶とお菓子をお持ちしました 」
「時雨か、入っていいぞ 」
大和の声に合わせて扉はゆっくりと開き、ワゴンを押す時雨が部屋に入って来た瞬間、バターの香ばしい匂いが部屋に広がった。
「失礼します 」
時雨は私達の間に膝を付き、クッキーが並べられた木のお皿を地面に置くと、ワゴンの上に乗せられた2人分の紅茶をティーカップに注いでくれる。
「ごめんね時雨 」
「いえ、この位大丈夫です 」
時雨に申し訳なさを感じながらも、地面に置かれた淹れたての紅茶の前に正座で座り、湯気が出る暖かい紅茶を口に流し入れると、甘く、けれどスッキリとする香りが口の中に広がった。
「ありがとな、時雨 」
「どういたしましてです 」
大和のお礼に時雨は優しい笑みを返し、差し出された紅茶を大和がその口に運ぶと、大和は急に咳き込み始め、赤い舌を口から飛び出させた。
「あっま!! 」
「ご主人様が王様の仕事で忙しそうだったので、砂糖を大目に入れておきました 」
そう…時雨の言う通り、これでも大和は『不死の国』の王なのだ。
けれど私としゃべる時は威厳も威圧も何もなく、ただ昔のように接してくれる。
それが嬉しくあり、それが不安でもある。
「時雨、気持ちは有難いが普通の水をくれ。後、こんなしょうもない事で砂糖を使わないでくれ 」
「…はい 」
真面目な顔をして話す大和に、時雨は少し悲しそうな顔をして廊下に出て行ってしまい、しばらくして帰ってきた時雨の小さな手には、結露しているグラスが握られていた。
「どうぞ、大和様 」
「サンキュ 」
大和は渡された水を一気に飲み干してため息を吐くと、少しだけその顔が真面目になり、赤い眼を少し鋭くさせた。
「…本題に入ろう。私が言いたいことは1つ、新しい魔術で人間の撃退はできたのか? 」
真剣な大和の言葉を聞くと、視界を埋め尽くす死体のカーペットを思い出してしまい、少し気分が悪くなってしまう。
実はあの時、不死の魔術を研究する人達が作った『 不殺の魔術』で、人間を撃退できるのかという実験をしていたのだ。
けれどあの時の光景を完全に思い出すと、不快感が胸の中を暴れまわるが、それを隠しながら大和に顔を向ける。
「うん、できたよ。でも血はたくさん出たし、死体もそのままだったけど…あれで本当にいいの? 」
「あぁ、あれでいいはずだ。魔術を専門で研究する奴らから聞いたんだが、人の体を傷つけるが傷は勝手に再生するらしい。どんな姿になろうとな… 」
大和の最後の言葉に少しゾッとしてしまうけど、嫌な顔をしてしまえば大和は話を止めてしまうため、複雑な気持ちを隠しながら大和の話に耳を傾ける。
「そして人にその魔術が纏った武器で傷をつけると、10分後に転送魔術で、自分が元いた国に飛ばされるっていう仕組みになってるらしい 」
それを聞いて少し安心していると、膝の上に熱い雫が落ちてきた。
「えっ… 」
膝の上に目を向けると、膝の上には小さな水滴の跡があり、それがだんだんと増えていく。
そして気が付いた。
自分が…いつの間にか泣いている事に…
「あ…れ? 」
早く涙を止めようと何度も袖で涙を拭き取るが、涙は一向に止まらず、ボロボロと瞳から溢れるように落ちていく。
無理やり涙を止めようと眼を強く袖で擦っていると、私の頭の上に熱く懐かしい手が置かれた。
「これで…お前の苦しみを少しは軽くできる 」
大和のその言葉に、どうして自分が泣いているかが分かってしまった。
だって…これで私は人を殺さずに済むから。
「あんまり泣きすぎるなよ桜。可愛い顔が台無しだぞ 」
大和はそう言いながら、温かい指先で私の涙をぬぐい続けてくれた。
私の涙が…止まるまで…
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桜が泣き始めて何十分か経ち、やっと桜の涙は止まってくれた。
それにホッとしていると、桜は黒い眼をもう一度大雑把に擦り、私に何処か弱々しい笑みを向けて来た。
「じゃあ…そろそろ私は帰るね 」
目の下が赤くした桜は、いそいそと部屋の窓の前に行ってしまう。
そんな桜からは、少し羞恥と安心が入り交じった様な感情が伝わってきた。
「分かった…気をつけて帰れよ 」
「…うん 」
窓辺に近付いた桜に笑顔を向けると、桜は小さく頷き、窓に手を当ててゆっくりと窓を開いた。
すると夏の心地が良い夜風が部屋の中に広がった。
「風 」
静かな風が広がる部屋の中で桜は小さく呟くと、その体には風が静かに纏い始め、桜は開いた窓に足を掛けた。
「じゃあ…またね 」
「おう! また話そうぜ 」
私に向かって微笑んでくれる桜にそんな言葉を返すと、桜は軽く手を振って窓から飛び出した。
一瞬、強い風が部屋の中に入ってきたが、桜が落ちた後には微かに夜風が入ってくる寂しげな空気を感じる様になった。
「さて…大和様 」
桜が帰ってしまった寂しさを感じていると、時雨の優しい声を聞こえた。
声がした方に顔を向けると、そこには新しいカップに紅茶を入れている時雨がくつろぐ様に畳の上に座っていた。
「真夜中ですけど、お茶会でもしましょうか 」
「いや私は」
仕事があるとその誘いを断ろうとしたが、その瞬間、強い怒りが時雨から伝わって来た。
「はぁ…分かったよ 」
その強い怒りに何も言えず、新しく差し出される紅茶を受け取り、時雨と共に小一時間ほど楽しいお茶会を続けた。