第18章 獣人族たちの事情
「ありがとうございました、雅様 」
黒髪を後ろで束ねた使用人、忍さんは私に深々と頭を下げてくれ、私も慌てて頭を下げ返す。
「いえ、こちらも無償でご飯を頂くのが忍びなかっただけですから 」
「でも雅様はここで働いている人の分も洗ってくれたじゃないですか。本当に助かりましたよ! 」
私の言葉に、後ろで濡れたお皿を拭いている、空色の髪をした少女、時雨さんも拭いている器を机に置いてから私に頭を下げてくれた。
こうやって普通に感謝されるのはとても久しぶりなため、どういう顔をすればいいのか戸惑ってしまう。
「えっ…と、ありがとうございます 」
この頭で悩んだ末に出た言葉は、とても気の抜けたものだった。
(っ!! )
自分が言ってしまった言葉に気が付き、咄嗟に身構えてしまうけど、いつも背中に走る衝撃や痛みは存在しなかった。
(あっ…そっか )
ここにアイツらは居ない。
そう改めて認識し、鼠の様に早くなった鼓動をゆっくり収めていると、頭を下げていた時雨さんは、何かを思い付いたように顔を上げ、私にキラキラしたような笑顔を向けてくる。
「お礼と言ってはなんですが…お茶でもしませんか? 」
「あっ…いえ… 」
時雨さんのお誘いを丁寧に断ろうとするけど、私に向けられる混じり気の無い幼い笑顔のせいで、断ろうにも断れない。
(どうしよう…邪魔にならないかな? )
「大丈夫ですよ雅様。誰もそうは思っていませんから 」
「…え?」
自分の考えを読んだような忍さんの言葉に心臓が鞠の様に跳ね上がり、慌てて振り向いてしまう。
けれど驚いている私とは対照的に、忍さんはとても穏やかな笑顔で私を見ている。
「えっと…私、顔に出てましたか? 」
「いえ、心の声を聞いただけです 」
そんな有り得ない事をさらりと言われてしまい、この人は特別な力でもあるのだろうかと疑ってしまう。
けれど今の自分が『不死』であると思い出すと、忍さんの特別な力には説明がつく。
「魔法…ですか? 」
「えぇ、私は『諦聴』と言う心の声が聞こえるようになる魔力も持っていますので 」
忍さんの丁寧な物言いとは裏腹に、とても心配な疑問が心の中に生まれてしまう。
「あの…すいません。心の声が聞こえるのならえっと…いつから聞いてたんですか? 」
恐る恐る口から出した声に反応に、忍さんは笑みを少し深くして、人差し指を上に立てた。
(上? )
上を向けと指示されたのかと思い、恐る恐る上を向いたけど、そこには白塗りの天井が見えるだけだった。
何も無い所を向けと指示された事が理解できず、答えを求めるように忍さんの方を向くと、そこにはとても綺麗な笑顔があった。
「今日会ってからずっとです 」
満面の笑みでそう言われた瞬間に、恥ずかしさのあまりに顔が一気に熱くなってしまう。
「いや…あの…えっと…ごめんなさい 」
熱い顔を両手で隠しながら耳を動かし、頭の中に灯された羞恥心の炎から伝わる熱を耳を動かして冷ましていると、背中を子供のように小さな指でつつかれる。
まだ熱い顔から手を退けて後ろを振り向くと、そこには時雨さんの呆れた笑みがあり、笑みに挟まれたこの状態に、少し混乱してしまう。
「大丈夫ですよ雅様、それは嘘ですから 」
「えっと…どういうことですか? 」
混乱した頭に私が理解できない言葉が入ってくるせいで、ますます混乱してしまう。
そんな私を見てか、時雨さんは丁寧に説明をしてくれた。
「忍さんの心を読む魔法は複数人には使えないんですよ。あの時はずっと悠人さんの心の声を聞いていたので、雅様の心の声は聞こえてませんよ 」
その言葉が本当がどうか確認するために時雨さんの熱い脈拍に耳を傾ける。
子供とは思えないしっかりとした脈拍は一切乱れておらず、時雨さんが嘘をついていないことが分かると、安堵のため息が漏れてしまった。
(…よかったぁ )
「まぁ、今思ったせいで聞こえたんですけどね 」
私を揶揄う様な忍さんの言葉を理解すると、頭の中で消えかかっていた炎は一気に燃え上がり、冷めかかっていた顔はまたも熱を帯びてしまった。
「忍さん! …雅様は取り敢えず椅子に着いて下さい。今からお茶をお出ししますので 」
あんな事を他人に知られてしまった事に恥ずかしさで死にそうになってしまう。
そんな私を時雨さんは紬の端を引っ張り、この部屋の真ん中にある、白い布を被せた丸い卓袱台に連れて行かれ、勢いに押されて椅子に座ってしまう。
「忍さんも席に着いてゆっくりしてて下さい…くれぐれも迷惑はかけない様に! 」
「分かりました 」
時雨さんの念を押すような声に、忍さんは静かに頷くと、時雨さんは不安そうに心臓を動かしながらも、部屋から出て行ってしまう。
取り残された忍さんはと言うと、わざわざ私の隣に座り、ずっと私のこめかみ辺りを見てくる。
(…気まずい )
そう思った瞬間、忍さんの魔力の事を思い出してしまい、とても申し訳ない気持ちが心から溢れて来てしまう。
「…ごめんなさい、心を読める事を忘れていました 」
私は生まれ付き耳がいい。
それは森の中で生きる上ではとてもいい物だが、生活の不便さや聞こえたくない本音が聞こえる辛さも知っている。
だからこその謝罪だったのに、忍さんは謝罪を理解していない様な、ポカンとした顔をしていた。
「なんの…事ですか? 」
「…んっ? 」
「えっ? 」
忍さんが首を傾げると、私も首を傾げてしまう。
ここに他人が居るなら、私達はとても奇妙に写っている事だろう。
「あれ…心を読める魔法使ってないんですか? 」
「…あぁ、そういうことですか。私の魔力はその人を思いやらないと発動しないんですよ。だから常時使うと疲れてしまうので、落ち着く時は使いません 」
「あっ、そうなんですね 」
ずっと心の声が聞こえている訳じゃないんだなと安心し、椅子に座ってゆっくり休んでいると、不意に右耳にこそばゆい感覚が走った。
「っ!? 」
体を左に側に倒して右側を向くと、そこには忍さんの手が私の耳があった位置に伸びていた。
恐らく、耳を触られたんだろう。
「どうしました? 」
「えっ…み、耳を触られたので 」
「…? どうして耳を触られると驚くのですか? 」
(えぇ… )
本当にそう思っている様なら、この人はとても距離感が近いんだなと思っていると、時雨さんが帰って来てくれた。
「どうしたんです? 」
「雅様が耳を触ったら驚かれて 」
「そりゃあ驚きますよ。耳はとても敏感な場所ですよ、急に触られたら驚きます! 」
「あぁ、なるほど 」
忍さんを注意してくれる時雨さんの姿にとても安心してしまい、大袈裟かもしれないけど、時雨さんの姿は生き神にも見えてしまう。
姿形が無い神よりもこんな人に拝みたいなと思っていると、時雨さんの手にはお盆があり、その上には少し変な形をしたガラスの急須の様なものと、湯呑みが乗せてある事に気が付いた。
「あっ、今から入れますね 」
時雨さんは卓袱台にお盆を乗せると、変わった形の急須を傾け、湯呑みの中にお茶を入れてくれた。
けれど香る匂いは、とてもお茶とは思えないほど甘いものだった。
「どうぞ紅茶です。あっ、お砂糖いりますか? 」
「あっ…いえ…というかこれって…なんですか? 」
果物など入っていないのに、とても甘い匂いがする謎の液体を前に困惑していると、時雨さんは子供の顔には似合わないと言える様な大人びた笑顔を浮かべた。
「あっ、雅様は『和の国』出身だから知らないんですね。これは紅茶と言うお茶ですよ 」
「こ…これがお茶なんですね。こんな匂いがするお茶なんて初めて見ました… 」
見た事がない物に好奇心が湧いてしまい、私の指は今にも湯呑みを掴み、その中に入ったお茶を口に運びそうになってしまう。
けれど貰い物だからと心を落ち着かせ、お茶を入れてくれた時雨さんに顔を向ける。
「えっと…飲んでみてもいいですか? 」
「えぇ、もちろんですよ 」
そう言ってくれる時雨に頭を下げ、好奇心に身を任せてお茶を口に流し込む。
意外にもお茶は冷たく、舌に感じた味はとても甘い。
香りもお茶とは思えない程に強く、口に含んでいる筈のお茶の匂いが、鼻まで来ている。
お茶を飲み込んだ後にも感じる口内の匂いを感じ、外の世界にはこんな不思議なものがあるんだと感動していると、時雨さんが私を覗き込むようにして見ている事に気が付いた。
「美味しいですか? 」
「はい! とっても美味しいです 」
自分が感じた素直な気持ちを言葉にすると、時雨さんはとても嬉しそうに笑ってくれた。
「それは良かったです。クッキーも持ってくるので、よければそちらも食べてくださいね 」
「あっ…これ以上貰う訳には」
「では! 」
時雨さんは私の言葉をわざと聞こえていない様に無視すると、さっさと部屋の外に出て行ってしまった。
(うぅ… )
時雨さんが居なくなると、親の目が離れた子供の様に忍さんは紅茶を湯呑みに入れ、白い角張った塊を大量にお茶の中に入れている。
こんな事を思うのはいけない事だけど、どうしても忍さんと二人きりで居るのは少しだけ…本音を言えばかなり気まずい。
「雅様、少し質問をしてもよろしいでしょうか? 」
「えっ? …あっ、はい 」
質問と言う言葉に反応し、慌てて返事を返す。
すると忍さんは白い塊が浮かんでいるお茶を、匙でカチャカチャとかき混ぜながら私に質問を投げかけて来た。
「『魔の国』から紅茶とかは、輸入されてはいないのですか? 」
「え…『魔の国』と『和の国』って繋がってるんですか? 」
その話に驚きを隠せない。
『魔の国』と言う国は、私が見た地図が正しければ『和の国』の南側に位置する国だ。
だから交易をするのなら丁度いい場所にあるのだが、『和の国』が外の国との交流をしているとは思えない。
『和の国』は昔の文化や伝統を守る事を大事にしている国だから、他国と繋がる事をしないと教えられていた。
そんな、私が長年教えられていた事を否定された事に混乱していると、忍さんは白い塊が浮いたお茶を少し飲み、首を傾けた。
「私が人間だった頃、『和の国』と『魔の国』が交易をすると聞いたことがありましたが…聞いていませんか? 」
「…いえ、私は聞いたことありません。多分ですけど、私達が獣人族だったから情報が伝わって来なかったんだと思います 」
私の話を聞いてか、忍さんは右に傾けていた首を左に傾げ、ポカンと腑抜けた表情をその顔に浮かべた。
「獣人族でしたら、どうして情報が来ないのですか? 国の情報でしょう? 」
そんな疑問の答えを求める子供の様な純粋な疑問に、答えるべきか悩んでしまうけど、聞かれたからには答えないと悪いなと感じ、少し間を置いて何処から説明しようかと頭を回す。
「…えっとですね、『和の国』は昔の文化や伝統を大切にする国なのですが、その中に妖狩りと言うものがあるんです。そのせいで私達、人外は辺境に追いやられ、人間たちとの交流を遮断されたんです 」
胸の不快感を味わいながら、怒りと共に周りから教えられた事を忍さんに答えると、忍さんは何故か無言で立ち上がり、なんの躊躇いもなく、深々と頭を下げてた。
「申し訳ございません、余計な事を聞きました 」
「いえっ! 大丈夫です。遅かれ早かれ知ることでしたから…頭を上げてください 」
頭を下げられるのは気分が悪い。
だから慌てて忍さんに頭を上げるようお願いすると、忍さんはゆっくりと頭を上げ、席に着く。
暗い顔をする忍さんは入れられていた紅茶を飲み干すと、さっきまでの暗い顔が嘘のような、とても明るい笑顔を私に向けて来た。
「お詫びを込めて、私の知る限りの質問をなんでもお答えしましょうか 」
(!? )
面を取り替えた様に変わった表情に驚いてしまい、頭の中は未知のものを見たように混乱してしまう。
けれど理由がどうであれ、質問を答えてくれるのであれば、未知のものを知れるいい機会だ。
忍さんの人とは思えない表情の変化には、どうしても引っかかるけど、その気持ち悪さを押しのけて、手始めに少し気になっていた事を忍さんに質問する。
「どうして大和さんは…血相を変えて『和の国』へ神器を取りに行ったんですか? 」
私はあの人の事をよく知らない。
けれど確信を持って言える事があるとすれば、それはたった1人で『和の国』を滅ぼせる程の力を持っているという事だ。
そんな人が血相を変えて『和の国』へ走って行く姿はとても印象に残っており、それは疑問としてずっと頭の中に残っていた。
「まずですね、神器は人が使える物だと思いますか? 」
けれど返って来た言葉は、私の疑問に答えるものではなく、質問を質問で返す様なものだった。
「えっと…それは質問の答えと関係あるんですか? 」
「えぇ、ありますよ 」
まるで問いかけを楽しんでいる様に笑う忍さんの言葉を頭の中に入れ、少ない知識でその問いの答えを探すが、様々な疑問に引っかかってしまう。
そもそも神器がどう言ったものかを私は理解していないし、どういう経緯で作られたものかも知らない。
けれど考えられる事は沢山ある。
まず妖狩りの文化が根付いている『和の国』では、時折人が里を攻めてくる事がある。
でもその時に人が使っていた武器の話は、刀や槍、弓などしか出てこない。
私達を倒そうとする思想にもよるけど、人間達が血眼で私達を殺そうとしていると考えると、『神器』という物はあまりに貴重過ぎる物か、人が持っていても使えない物という考えに絞られる。
ここまで考えが纏まると、自然と答えは1つに絞られた。
「使えないと思います 」
「それは半分正解ですね 」
私の悩みに悩んだ末に出した答えに、忍さんは口を手で隠しながらの笑みで答えてくれた。
けれど忍さんは、また面を変えた様に笑みを消し、今度は真剣そうな顔をしてお茶の中を覗き込んだ。
「はっきり言って人間にも『神器』は使えます。いや、この世の生物は神器を扱える…の方が正しいですね 」
(…? )
忍さんはやっと答えを出してくれたけど、それはあまり理解できず、頭の中で引っかかってしまった。
だってその言葉は私の答えを否定しているのに、忍さんは半分正解と言っていたから。
「えっと…それじゃ半分正解っていうのはどういう事です? 」
「『神器』を安定して使えるのが『不死』だけであると言う意味です 」
「あっ、そういう事なんですね 」
今度の答えには納得が行き、頭の中に生まれた疑問が消えていくのを感じていたけど、忍さんは続けて説明してくれる。
「『神器』には神の力がこもっています。私達『不死』が、どうしてその力を安定して使えるか…と言うのは分かっていませんが、神の力と言うのは人が使えるほど甘くはありません。人間で例えるなら…そうですね、燃えやすい物に囲まれた状態で炎を扱う様なものでしょうか 」
今度返ってきた答えはとても分かりやすく、違和感無く頭で理解できた。
けれど1つ、疑問がある。
「もし人が…『神器』を暴走させてしまったらどうなるんですか? 」
「暴走した『神器』の力によりますが…まぁ、いいことは起きないでしょう。『魔の国』では『神器』を無理やり分解しようとして、数百人以上が死んだと言う事件もありましたからね 」
そんな話を聞いた私の頭には、自分が最初にした質問の答えが見えたような気がした。
「じゃあ大和さんは、人に危険が及ばない様に『神器』を回収しに行ったんですか? 」
「えぇ、ご主人様はお優しいですので…あんな奴らにも優しさを見せるのです 」
忍さんが放った言葉には、何か含みがあった。
とても暗い…憎悪に似た何かが…
その言葉のせいか辺りの空気は乾き、唇が乾燥して行くのを感じる。
気まずい…
そんな空気に耐えきれず、気を紛らわすためにさっきより味が薄いお茶を飲んでいると、紅茶の香りとは違う、濃厚で美味しそうな匂いがしている事に気が付いた。
「なんでそんなにギスギスしてるんですか? 」
匂いがした方向に顔を向けると、そこには時雨さんが立っており、その手には木皿が乗せられていた。
…忍さんには申し訳ないけど、助け舟を出された様に感じて安心してしまう。
「いえ、私が勝手に不機嫌になっただけなので、あまり気にしないで下さい 」
忍さんは時雨さんにそう伝えると、卓袱台に手を付いて、私に頭を下げてきた。
「いえ! わ、私も余計な詮索したのも悪いんです。顔を上げてください 」
やはり頭を下げられるのは気分が悪く、慌てて忍さんに顔を上げるように頼む。
すると忍さんは顔を上げたけど、その顔には申し訳なさなど感じない、笑みが浮かんでいた。
相変わらず、この人の感情の変化は目まぐるしく、考えが読めない。
今まで会ったことがない性格を持つ忍さんを、未知のものを見るような目で眺めていると、私の前に木のお皿が差し出された。
「あっ、こちらクッキーです。どうぞお食べください 」
そのくっきーと呼ばれるものはせんべいの様な形をしていたけど、香る匂いはとてもいい物で、例えが思い付かないほど美味しそうに見える。
「えっと…頂いてもいいんですか? 」
くっきーを前に興奮を抑えられず、食べたい欲求を抑えながら時雨さんにそう聞いてみると、時雨さんはお盆を胸に寄せ、とても幼く、明るい笑みを私に向けてくれた。
「えぇ、ご遠慮なさらずにどうぞ」
時雨さんの言葉を聞いた瞬間、自分でも驚く程に手が早く動き、くっきーを摘んで口に運んでしまった。
すると優しい甘さと香ばしい匂いが合わさった未知の味が口を通り過ぎて頭にまで広がり、2枚…3枚と、食べる手を止められない。
「美味しいですか? 」
「っ!? …はい、とっても美味しいです 」
声を掛けられた事で我に返り、こちらに向けられる時雨さんの笑みから逃れようとお茶を飲んでいると、時雨さんはお盆を卓袱台の上に置き、席に着いた。
すると残されていたお茶を新しい湯呑みの中に入れ始める。
その姿は、とても嬉しそうに見える。
「今日は楽しいお茶会になりそうですね 」
「えぇ 」
「お茶会? 」
聞き慣れない言葉に首を捻り、それは何処の国の言葉だろうと考えていると、時雨さんは幼い笑みを、大人びた優しい笑みに変えた。
「お友達と一緒にお茶を飲む事ですよ 」
お友達…
『和の国』では…故郷では無縁だった言葉の響きに妙に照れくさくなってしまい、恥ずかしいとはまた違う感情が、頬を熱くさせた。
「えっと…私はお友達なんですかね? 」
「えぇ! もちろんです 」
時雨さんの言葉は心臓を高鳴らせ、自然と笑顔が漏れてしまう。
こんな本心から笑ったのはいつぶりだろう…
きっと私がしている笑顔は、故郷に居れば絶対にしなかったもの。
だからか、嬉しさや幸福…そして安心が胸に込み上げる。
(あぁ…ここに来れて良かった )
絶望の末に自決した選択を後悔していたけど、故郷から出てみれば、世界はとても綺麗なものだった。
だからこの大切な記憶を思い出に変え、胸の奥にしまい込む。
くっきーを食べ、お茶を飲み、少しお話をする。
ただそれだけの幸せを感じ続けていると、窓から見える太陽は、すっかり夕暮れ色になっていた。