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第17章 上辺だけの仮面



「ふぅ…やっと着いた 」


 上がった心拍数を落ち着かせながら辺りを見回すと、青々しい青葉達が住まう森の中に、夏の眩しい日差しが降り注いでいた。


 木々のざわめき…

 鋭い夏の木漏れ日…

 微かに聞こえる虫の羽音…


 久方ぶりに感じる森の気配を堪能していると、『和の国』で体験した幸せが、脳裏に思い浮かんでしまう。

 幸福な記憶…温もり…愛…血の生暖かさ…この手で殺した仲間の顔…約束…穢れ…罪………


(…まぁ、忘れられねぇよな )


 幸福な記憶はいつの間にか仕舞い込んでいたものに埋もれ、頭の中心を殴られている様な痛みが体を襲う。

 けれどこれは我慢できる痛みなため、別にどうと言う事は無い。


(つうか…この面うっとおしいな… )


 自分がつけている冷たい面が、汗ばんだ肌を舐める様にズレてしまう。

 それは今感じている痛みより、よっぽど不快なものだ。


 私が顔に付けているのは、口元が隠れないタイプの狐面だが、自分が動く度に汗ばんだ肌の上を滑ってしまう。

 けれど面を外せば、人間達にこの顔を見せなければならないため、面を固定する紐をしっかりと結び、森の中を進む。


(門は…どこにあったか? )


 門と言うのは、『和の国』の入り口を示すものだ。


 別に何処から入ろうと勝手なのだが、門から入らなければ『不死』が国に不法侵入したと解釈されてしまう可能性ある。

 そうなると私の…夢が遠のいてしまうため、事を穏便に済ませる様に門を探すが、久方ぶりに森に入ったせいで、方向感覚がイマイチ掴めない。


「はぁ… 」


 日が差す太陽の方向を観察し、なんとなくの方向を掴んでから森を進んでいると、明らかに動物が動く音が聞こえた。


 一瞬獣かと思ったが、淀んだ感情を私に向けられている事に気が付き、それが人だという確証を持てた。


 正直な話、人に会うと吐き気がこみ上げるが、『神器』の回収を穏便に済ませるためには、人との接触は絶対に必要になる。


「はぁ… 」


 もう一度ため息を吐き、人間を殺してしまわない様に感情をセーブしていると、生い茂る木々から人影が私の目の前に飛び降り、私の前で跪いた。


「おはやい到着で、不死様 」


 烏天狗(からすてんぐ)の仮面を嵌めた人は、若い男の声で私に声を掛ける。

 この男が付けている烏天狗の面は、『和の国』の護衛部隊の証であり、私を警戒している事を示していた。


 まぁ、当然と言えば当然だ。

 紙を巻いた刀が『不死の国』から『和の国』まで飛ばされ、その紙には今すぐ向かうと書かれているのだから…


 下手をすれば『不死』からの宣戦布告だと解釈されてしまうが、早急に神器の回収をするには仕方がないことだ。


「すまない、ちょっと急用だったからな。んで、門は何処だ? 」


「門ならばあちらでございます。説明は難しいので、(わたくし)めがご案内させて頂きます 」


「…そうか、頼む 」


 本当は頼みたくなど無いが、ここで断っても良い事は無いだろう。

 そんな含みを込めた言葉を投げかけると、男は天狗を連想させる服に着いた砂を払い、迷いなく森の中を歩き始めた。


 いつでも反撃が来てもいいように思考を止め、直感だけで動ける状態のまま男の後を続くと、思ったより早く巨大な木造の扉が森の中に現れた。


「見えましたね。それではごゆっくり 」

 

「あぁ、ありがとう 」


 案内を終えた男は深々と頭を下げ、また私の前で跪く。

 すると、気色が悪い感情を肌で感じ取れてしまった。

 その感情を名にするのであれば、それは『心酔』。


 会った事も無く、今話したばかりなのにこんな感情を向けられると、気持ち悪さで吐き気がする。

 だがこの苦しみも耐えれるため、口角だけを上げてみせる。

 すると男の感情は『喜び』へと変わり、その足は満足そうに森の中へ消えて行った。


「………うぷっ!! 」


 男がこの場から消えると、胃の酸味が口に溢れ、不味い胃液の味が鳥肌と共に全身へ回る。


(あー…きしょくわりぃ )


 吐瀉物を胃に戻し、鳥肌を伏せる様に体を擦る。

 けれど不快感はべっとりと体にまとわり付いたままで、気色悪さは肌に噛み付いている。


(…まぁ、私には丁度いいか )


 けれど自分の罪を全て思い出すと、この苦しみは自分への罰の様に思えた。

 そうすると鳥肌は伏せ、脳と胸の痛みだけが不快感を癒してくれる。


 あぁ…うん…私はやるべき事をやろう。


 気色悪さが消えると心の中で整理が付き、取り敢えず扉に向かって足を進める。


 門は小さくも無ければ巨大と言う訳では無い微妙な大きさをしていた。

 門を開ける前に向こうに誰も居ない事を気配で確認し、右手で扉を押し開くと、門は砂と擦れ合い、獣の咆哮の様な音が響く。


 門の先には私を待っていた様に狐や犬などの仮面を付けた人達が跪いて居たが、そいつらから感じる感情はやはり気持ちが悪いものだった。

 けれどそれを自身の罰として受け入れ、『和の国』の中へ足を踏み入れると、跪く人の中でやけに目立つ、白い表面に赤い筋を描いた狐面を付ける巫女が私の前にやって来た。


「ようこそいらっしゃいました、不死様。この国に何か御用事でも? 」


 巫女は丁寧に、そして畏まった様子で私に質問してくるが、その声は震えており、よく観察すると肩も足も腕すらも震えていた。

 多分、私に怯えているからだろう…


 別に嫌いな人からどう思われようが知った事では無いが、私を化け物と取る感情は不快なものには変わりないため、怯える女にさっさと要件を伝える。


「あぁ、結構大事な用がある。確証はないが、『獣人族の里』に『神器』があるんじゃないかっていう、噂を聞いてな。それを確かめに来た 」


「そ、それは大変な御用でございますね。ならば上に話を通して置きますので、どうぞ神器の回収を急いでくださいませ 」


「…ありがとう 」


 震える女に取り敢えず礼をし、息を大きく吸う。

 そして右足を力ませて大地を蹴り、通りに沿って並ぶ家の屋根を伝い、目的の場所…『獣人族の里』に向かって足を早める。

 後ろから大きく伝わる、『安堵』から遠ざかるために…



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