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第16章 秘められた殺意



 風音が頭の上にある耳の横をすり抜ける。

 自分が速くなればなるほどに耳の中に風が入り、風音が耳の中を暴れ回る。


(速く…速く!! )


 全身全霊で並ぶ枝を蹴り、あの場所を目指して森の中を突き進む。

 風が体に当たる度に顔や力む脚、振るう腕などに激痛が走り、そこから血が漏れているのが熱い感触で理解できる。


 幸い、風のお陰で目に血は入らない。

 けれど傷口に当たる風で全身の痛みが増し、強い痛みのせいで体勢を崩しそうになるが、全身を蝕む痛みを舌に歯をくい込ませた痛みで塗り潰し、木々の間を飛び続ける。


 悲しみと喪失と不安が腐った肉の様に淀み、吐き気を催すほどの不快さが血と共に口から零れていく。


 心を蝕む不快さと血が垂れる気持ち悪さで足が止まりそうになってしまう。

 けれど歯が舌に潜り込むほどに力を入れ、甘く感じる血を抉れた舌で舐め続け、口に走る痛みで体を突き動かす。


 痛み…不快さ…喪失…

 私が生まれて味わっていたものを越す感情に、頭が壊れてしまいそう。

 でも…()()()()が里に到着したら、お兄ちゃんやお姉ちゃん、お母さんが危ない。


 他の奴らはどうでもいいが、家族だけは…家族だけは助けたい。

 その思いと痛みだけで頭を働かせて森の中を駆け抜けると、不意に木々が開けた。

 けれど見えた景色は残酷なもので、木々から飛び降りた直後に膝から力が抜け、地面に跪いてしまう。


 膝を地面で打った痛み、噛み傷が付いた舌に風が当たる痛み、それら全てが鋭い針となり、頭の奥に突き刺さる。

 全身も痛い、胸も痛い、痛い…痛い…痛いのに…この光景が全ての痛みを塗りつぶしていく。


「なん…で? 」


 私の眼に映る里は…燃えていた。


 昨日まで()()()に活気付いていた里は、まるで巻物に描いた地獄に似た有様になっている。

 憎い奴らが燃えてくれている喜びと、家族が焼かれているかも知れない不安が胸の中で混ざり合い、肺から飛び出る振動が血まみれの舌に響き渡る。


「嘘…嘘! 嘘!! 」


 めちゃくちゃな感情に振り回されながら、耳を塞ぎこんで大声で嘆き続けるが、燃えている里は何も変わらず、炎は家を押し潰していく。


 残酷な現実を前に何も出来ず、めちゃくちゃな感情と傷に風が当たる痛みを感じ続けていると、黒服を着た人間達が炎の間に見えた。

 それは『和の国』のものではない。

 隣の国…『戦の国』のものだ。


「…殺してやる 」


 それが分かった途端に、()()()()が頭に思い浮かび上がると、殺意が胸から溢れ、石で作った短剣を握る右手に怒りが宿る。


「殺してやる…殺してやる! 殺してやる!! 全員…殺してやる!!!! 」


 殺意に操られながら大地を蹴り、燃えている里の中に突っ込もうとした瞬間、突如として霧が視界を覆い尽し、足が反射的に止まってしまう。


「逃げ足だけは…あるね 」


 後ろから声がした笑いが混じりの女声には、聞き覚えがある。


 そいつはついさっき私の顔を切り刻み、目の前で私の唯一の友達を殺した奴の声だ。

 そう頭が理解した瞬間、冷たくドス黒い何かが胸を飛び出し、その思いが怒号となって霧の中に響き渡った。


「殺してやる!! 」


 持っている短剣を構え、声がした方向に突っ込むが、確実に声がした場所には誰も居らず、そいつの気配は霧のせいで察知できない。


「どこだ!? 」


 そいつを殺したい。

 その思いだけで五感を研ぎ澄まし、あの憎い奴を探し続けるが、辺りには風が吹く音しか無く、鼻には霧の臭いがするだけだった。

 けれども頭に意識を集中させ、全身を力ませて神経を研ぎ澄ましていると、不意に体から力がごっそり抜け、景色が揺れた。


「あ…れ? 」


 ふと気が付くと、私は冷たい地面に倒れていた。

 すぐさま体を起こそうとするが、筋肉を力ませる事が出来ず、起き上がれない。


 力が入らない体に困惑し、必死に体を動かそうとしていると、傷付けられた場所からは痛みが無くなり、体の熱が冷めていく。

 それはまるで…冬の水を思い出す冷たさだった。


 寒い…

 冷たい…

 心細い…


 意識が朦朧として行く。

 怖い…怖い…

 なんでか分からないけど、怖いものがすぐ近くに迫っている事だけは分かる。


「おにぃ…ちゃん…おねぇ…ちゃん………おかぁ…さん…ど…こ…? 」


 迫ってくるものが怖く、家族に助けを求めてしまう。

 けれどその声は強い風音によってかき消される。

 

「たす…けて… 」


 朦朧とした意識の中、濁った硝子の様な視界に映ったのは、霧を纏った人影と…黒い…なに…か…


 黒い何かを見た途端、すぐに理解した。

 私が恐れているものは…奴なのだと。

 けれど何故だろう…とても温かく、安心できる。


 誰かに抱きしめられている様な安心感を、錆び付いた記憶の中にある思い出と共に味わっていると、私の前に誰かが立った。


「ありがとう…ごめんね…おやすみ… 」


 そんな温かな声が聞こえた。

 次の瞬間、ビクっと体が震え、体が勝手に起き上がる。


 少しボヤける視界を指で擦りながら辺りを見渡すと、見覚えがある扉や窓が見えた。


「ゆ…め? 」


 ぼーっとした頭を回しながら自分が寝る前、何をしていたかを思い出そうとする。


「おねぇちゃんと…ごはんたべて…ねむたくなって…ねた? 」


 ゆっくりと寝てしまう前の事を思い出していると、自分の隣から何かがもぞりと動いた。

 首を回し、首が軋む音と共に隣を向くと、そこには黒く艶のある髪をした女性がスースーと安心して寝息を立てていた。


「きれい… 」


 人とは思えないほど綺麗な顔や、脂を塗りたくった様な艶やかな髪。

 そんな昔に憧れていた姿を見ると、口から心の声が漏れてしまい、憧れの思いと共に女性の頰にそっと触れる。


 頬は柔らかくて温かく、とても心地がいい体温が指先から伝わってくる。


 陽だまりの様な…うんん、そんな言葉じゃ言い表せない温もりに惹かれ、その人の胸にギュッと抱き着くと、ちょっと胸は硬いけど幸せな温もりを全身で感じ取れた。


「ここちが…いい 」


 柔らかく幸せな温もりを微睡みの中で感じ続けていると、さっきまで寝ていたのに、また瞼が重たくなってしまう。


 優しい眠気に誘われるままに目を閉じると、意識はゆっくりと遠のいて行き、自分がずっと求めていた幸せの中で、私は何も考えられずに居た。



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