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第15章 儚き願い


 

 利き馴染みのある匂いがする扉を叩くと、中から変な声がした。


「ふぇ!? 」


 それは私がよく知る人…お兄ちゃんの声だ。


 お兄ちゃんを驚かせようと勢いよく扉を開けると、びっくりした顔でこちらを見る女の人の顔を見え、部屋を間違えたのかと思ってしまう。


「…お兄ちゃんは? 」


「あっ…ゆい、姉ちゃん、おはよう 」


 私達に挨拶をしてくる声を聞いて、この人が誰だか思い出した。

 私のお兄ちゃんだ。

 でも笑う顔はどう見たって女の人だし、あまり馴染みのない顔で馴染み深い声を出すのは、正直気味が悪い。


「おはよう悠人、よく眠れた? 」


「うん。僕はよく眠れたけど…姉ちゃん達もちゃんと寝たの? なんか疲れてるように見えるけど… 」


 お兄ちゃんは心配そうに、黒い眼でこちらに向けてくる。

 心配してくれて嬉しい気持ちが胸を温かくさせていると、お兄ちゃんを少しからかいたくなってしまう。


「うん、ちゃんと寝たよ。お兄ちゃんこそちょっと疲れてるように見えるけど? 」


「え…嘘っ!? 」


 布団の様な物の上で、あたふたと慌てるお兄ちゃんの姿が可笑しくなってしまい、笑みがこぼれ出てしまう。


「冗談だよお兄ちゃん、だから落ち着いて 」


「え、嘘なの? 」


 そのぽかんとした態度がとても可笑しく見えてしまい、また笑みが溢れてしまう。

 そうやって笑っていると、私の後ろに居たお姉ちゃんが、お兄ちゃんの顔を何か言いたそうに見始める。


「…遅れてごめんけどさ、ありがとね悠人。私達をここまで運んでくれて 」


 お兄ちゃん向けられるお姉ちゃんの笑みは、姉妹の私でさえも見惚れる程、綺麗なものだった。


「気にしないで。僕はただ…姉ちゃん達を救いたかっただけだから 」


 そんなお姉ちゃんに優しい笑顔を返すお兄ちゃんの顔を見ていると、胸の中に不快な気持ちが生まれていく。

 …どうしてだろう?


「…あっ、お兄ちゃん。その服いつ着替えたの? 」


 自分の中に急に出てきた疑問をすぐにぶつけると、お兄ちゃんは何かを思い出した様に急に顔を赤くさせ、気不味そうに顔を逸らした。

 そんな顔を見て、少し心配になってしまう。


「ねぇ、どうしたの? 」


「いやあのね、忍さんの腕の中で寝ちゃってそっから気付いたらこんな状態で… 」


「え…あの状況で寝たの? 」


 驚きながらも急いでそう聞き返すと、お兄ちゃんは気不味そうにこくりと頷いた。

 そんな警戒の無さを見てか、胸の中に怒りが生まれてしまう。


「お兄ちゃんは安心しすぎだよ。忍は信用しない方がいいかもしれないから 」


 胸の怒りを吐き出す様に強めに忠告するけれど、お兄ちゃんは困った様な笑みを浮かべるだけで、私の忠告に頷いてくれない。


「そう…なの? 」


「うん! だって忍がお兄ちゃんを抱えた時、殺気がしたから。だからね、もう忍に近寄ったらダメだよ 」


 お兄ちゃんを納得させるため、少し威圧的に声を出したのに、その顔は笑みを浮かべるだけだった。


「大丈夫だよゆい。きっと忍さんには忍さんなりの事情があるんだよ。それに…忍さん自身、そこまで悪い人じゃないからね 」


 お兄ちゃんは私に優しげに言ってくるけど、その呑気な声に体に力が入り、頭が少し熱くなってしまう。


 意味がわからない。

 だって忍は、お兄ちゃんを傷つけようとしたのに、なんでそんなに笑っていられるの?

 いつもそんな感じで…傷を隠してたじゃん…


「ゆい、大丈夫? 目がちょっと怖いから一旦落ち着いて 」


 隣に居るお姉ちゃんが優しい笑みを浮かべながら、肩に手を乗せてくる。

 そのおかげか、体に入っていた力が抜け、少しだけ冷静になれた。


「お兄ちゃん、どうして悪い人じゃないって言えるの? 」


「なんとなく…かな? 」


 真顔でそう答えるお兄ちゃんの姿を見て、あの時から変わってないんだなと安心してしまい、ため息が口から漏れてしまう。


「…じゃあ大丈夫だね。でも、あいつがまたお兄ちゃんを傷付けようとしたら殺すね 」


「ゆ、ゆい。顔がまた怖くなってるよ。ほら、笑顔笑顔 」


 そう言いながら私の頰を弄ってくるお姉ちゃんに少し腹が立ってしまうが、そんな怒りは廊下の方から来る足音に警戒する気持ちに掻き消されてしまった。


「誰か来る 」


 誰かが来ている事をお兄ちゃん達に伝えると、みんなが警戒したからか周りの空気が少し乾き、誰も話さなくなる。

 そんな乾いた空気の中で足音の接近を感じていると、その足音は扉の前で止まり、この部屋の扉が叩かれた。


「大和だ、ちょっと用事がある 」


「あっ…はい。今開けます 」


 相手が大和だった事に安心したお姉ちゃんはすぐに返事を返して扉を開けた。

 けれど開いた扉の向こうに居たのは、薄い笑みを浮かべた忍だった。


「っ!? 」


 自分が警戒していた忍が現れた。

 そう頭が理解した瞬間、思考よりも体が速く動き、全力の蹴りを忍の腹に入れようするが、私達の間に割り込んで来た大和は、私の全力の蹴りを簡単に受け止めた。


「危ないだろ! 今の入ってたら背骨とか折れてるくらいの勢いだったぞ 」


「えぇ、入っていたら死んでましたね 」


 冷や汗のような物を顔に浮かべながら、大和は私の右足を離してくれた。

 地面に着地した瞬間大和達から距離を離し、敵かもしれない2人を睨みつけていると、大和はため息を吐いて忍の方に顔を向けた。


「今のは忍も悪いからな。なんで目の前に現れるんだよ 」


「少しドッキリをしてみようと思いまして。まぁ、危うく死にかけましたけどね 」


 口元を押さえながら忍は笑う。

 けれど、その仕草や言葉の全てが(しゃく)に触る。


「何の用なの? …また、お兄ちゃんを傷付けようとするの? 」


 私の言葉に合わせて、周りの空気は警戒心を顕にする様に乾いて行く。

 けれど忍と大和の周りの空気は全く変わらず、2人の空気は何処か余裕そうだった。


「いえ、悠人様に謝ろうと思いまして。だから警戒を解いて頂けるとありがたいのですが… 」


 薄い笑みを浮かべながら、忍は1歩踏み出す。

 それに合わせて飛びかかろうとしたけど、横から手が伸び、遮られてしまう。


「お姉ちゃん…どいて 」


「今は駄目 」


 その駄目と言う言葉に、動けなくなってしまう。


 お姉ちゃんには力やでは勝てるのに、何故か言葉では逆らえない。

 それが歯痒く感じてしまう。


(何かあったからじゃ遅いのに!! )


「悠人様、この度は大変申し訳ございませんでした 」


 そんな私の思いとは裏腹に、忍は本当に床に膝を付けて頭を下げた。

 その予想外の行動のせいで、私の警戒心はから回ってしまう。


「忍さん!? ちょっ、やめてくださいってば!! 服が汚れますし、床も汚いと思いますから、ほんと顔を上げてください! 」


 許しを乞う忍に、お兄ちゃんは布団の様な物の上から慌てて降りて、忍の前に跪いて手を差し伸べた。


「私を…許してくださるのですか? 」


「許すも何も、僕は何もされていませんから。だから大丈夫ですよ 」


 お兄ちゃんは優しい笑顔を向け、忍を安心させる様な言葉を投げかける。

 その状況を見て、何故か胸の奥にチクリとした痛みが走ってしまう。


(…っ? )


 痛み自体はそんなに強くないが、普段痛まない場所に感じる痛みのせいで、頭が混乱してしまう。


「ありがとうございます、悠人様 」


 そんな混乱の中、忍はお兄ちゃんから差し伸べられた手を取って立ち上がると、綺麗な笑顔をお兄ちゃんに向けた。


「問題は解決できたな 」


 忍が許されるのを待っていた様に、入り口に居た大和が部屋の中に入ってくると、勝手にベラベラと喋り始めた。


「取り敢えず、お前ら腹減ってるだろ? 忍、取り敢えず朝食5人分持ってきてくれ 」


「かしこまりました 」


 忍はお兄ちゃんから手を離して軽くお辞儀をすると、突如その姿が見えなくなり、足音だけがこの部屋から出て行ってしまう。


 辺りが沈黙に包まれ、みんな黙り込んでいると、急にお兄ちゃんの顔が私を見つめ、その足がこちらに向かって来た。


 さっき強く言ってしまった事に怒ったんじゃないかと少し怯えてしまうけど、お兄ちゃんは屈んで私と同じ目線になり、私の頭を軽く撫でてくれた。


「ゆい…あの時言えなくてごめんね。僕をいっつも守ってくれてありがとう 」


 あの時とは何時の事か分からないけど、お兄ちゃんのとても優しそうな笑顔が私に向いている。

 それがとても嬉しく、その笑顔のためならなんだってできるほどだ。

 その笑顔に色々と言いたい事や気持ちはあるけど、ただ1つ、言葉を伝えたかった。


「どういたしまして、お兄ちゃん 」


 自分が出せる、飛びっきりの笑顔をお兄ちゃんに向けると、お兄ちゃんは顔を赤くさせて目を逸らした。

 私の笑顔で恥ずかしさせられたと喜んでいると、大和が私達の前をズカズカと横切り、イラついてしまう。


「お前ら本当に仲がいいな。見てて飽きないし、何よりお互いがお互いを思いやってる様な…絆を感じるよ 」


 イラつく大和は笑いながら、布団の様なものの上に勢いよく座ると、座っている大和にお兄ちゃんは顔を向けた。


「そう言えば大和さん。用事ってなんですか? 」


「あっ、忘れてた。お前らの働き口についての事だ。何時までもタダでここに居るわけにゃいかないだろう? 」


 大和はケラケラと笑いながらそう言うが、それはかなり大事な事なんじゃないかと、心の中で思ってしまう。


「え…働くって僕、何か出来ることありますかね 」


 きっとあの時の事を思い出しているお兄ちゃんは、オロオロしながら大和に質問をすると、大和は両目を閉じ、顎に手を当てた。


「誰でもできる仕事はあるにはあるが…できればお前ら3人は、同じ場所で働かせてやりたいんだよな。んで1番良いのはあるが、ゆいと雅に勧める事はできるけど、悠人にはちょっと難しいんだよ 」


「私はお兄ちゃんと一緒がいいけど、私とお姉ちゃんに勧める職業って何? 」


 自分の中にできた疑問をすぐにぶつけると、大和からは驚くべき答えが返ってきた。


「『守り人』だ 」


「…えっ!? あの、守り人って『不死の国』を守る存在のことですよね!? 」


「そうだが? 」


 大きな声を出すお兄ちゃんに対して、大和はとても簡単そうに答えると、今度はお姉ちゃんが大和に質問をした。


「えっと…どうして私達が向いてると思ったんですか? 」


「色々な理由はあるが、お前らが強くなるための近道になるからな 」


「「っ!? 」」


 その言葉を聞いて、忘れていた訳では無いけど、心の奥に眠っていた復讐心が、段々と熱を帯びてくる。

 けれど、それと同じくらい、お兄ちゃんと一緒に居たいという気持ちも湧いてくる。


「大和、どうしたらお兄ちゃんも『守り人』になれるの? 」


「んーっ、成れない事も無いが危険なんだよな。ゆいと雅は神器を持って魔法も使えるからいいが、悠人は魔法も神器も持ってないから危ないんだよなぁ 」


 頭をわしゃわしゃと掻いている大和の言葉に、確かに危険だなと思っていると、何故か大和の隣に居たお兄ちゃんは布団の様なものの上に両手を着いた。


「確かに人間と戦うとしても、悠人を守りながらってのはかなり厳しいですよね。あっ、悠人が足でまといって言ってる訳じゃないからね 」


「お姉ちゃん…言ってるよ 」


 全部言っちゃってるお姉ちゃんにため息を吐きながら、お兄ちゃんの方へ顔を向けると、案の定ベットに顔を埋めたお兄ちゃんの姿が見えた。


「ほんっと、足手まといでごめんなさい。不死だけが使える魔法も使えないってなると結構厳しいですもんね 」


「…そういえば私たちの神器、どうしたの? 」


 こうなったお兄ちゃんはちょっとめんどくさいから、少し強引に話題を変えると、大和は右目だけを開いて、その赤い目を私達に向けた。


「お前達の神器か? それなら『歴史の間』に置いてあるんだ。神器を使うのも『不死の国』ではちょっとしたことをしなきゃならないからな 」


 腕を組みながら大和は説明してくれるが、それとは全く別の問題が頭に浮かび、すぐにその疑問を口に出す。


「ねぇ大和。神器って壊れたら変わりはどうするの? 」


「神器が壊れることは、神器同士がぶつかり合わない限りは絶対にないぞ。しかも、錆びる事も無ければ絶対に落ちないし、壊れても再生する 」


「ふーん 」


 あの神器から()()()()匂いがしたのはそういう事かと納得していると、布団の上に顔を(うず)めているお兄ちゃんが、何かに気が付いた様にパッと顔を上げた。


「えっ…大和さん。神器って絶対に錆びないんですよね? 」


「あぁ、神器同士がぶつかり合わない限りな。どうしたんだ? 」


「神器かどうかは分からないんですけど…獣人族の里に岩に刺さってる錆びない刀があったんですよね… 」


 お兄ちゃんの自信なさげな言葉に、大和は固まってしまい、あたりが静寂に包まれた。

 すると突然、大和は眼を見開いて大声で叫び散らした。


「馬鹿野郎! そう言う事は早くに言え!! 」


 大声を出す大和のせいで、お姉ちゃんは耳を塞ぎこんでしまい、お兄ちゃんはビックリしてしまうが、私はそんなものが里にあったかどうかが気になってしまう。


「そんなのあったっけ? 」


「お姉ちゃんとゆいは知らないと思うよ。古びた洞窟の中にあったから 」


「えっ?お兄ちゃん…あそこの洞窟に行ったの? 」


 お兄ちゃんが言う洞窟とは、多分…しめ縄が何重にも付けられている場所の事だ。

 そこに行くと鳥肌が止まらず、他の獣達も近付かないから、お兄ちゃんに絶対に近寄らないでって言った筈なのに、どうしてお兄ちゃんはそこの中の事を知っているんだろう?


「取り敢えず『獣人族の里』にあるのは間違いないんだな…一刻を争う 」


 そんな疑問が思い浮かんだ瞬間、大和は廊下に飛び出して、何処かへ行ってしまう。


 大和が急に飛び出して行った事に、お兄ちゃんとお姉ちゃんはポカンとしていたけど、私には全く関係の無い事だから、布団に座るお兄ちゃんの隣に腰を下ろす。


「お姉ちゃんも座って 」


「んっ? どうかした? 」


「良いから 」


 私の言葉に戸惑いながらも、お兄ちゃんの隣にお姉ちゃんが座ると、昔の事を思い出して心底安心してしまう。


 ずっと前、私達はこうして一緒に居た。

 けれど時が進むに連れて一緒に居られなくなり、みんな沢山苦しんで苦労した。

 でも…今はあんな場所に私達は居ない。


「ねぇ…今度はずっと一緒に居られるといいね 」


「…うん、そうだね 」


「…? そうだね 」


 記憶が()()()()()お兄ちゃんだけは少し不思議な顔をしたけど、全て覚えている私達はこう思った筈だ。


((今度は…絶対に守りきる ))


 誰かと声が重なった気がした。


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