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第14章 年寄りのお節介



「あっ、紬様! おはようございます 」


 無駄に長い廊下を歩いていると、幼子の様に元気がいい声で、自分の名を呼ばれた。

 その声に合わせて振り返ると、空色の髪をついんてーる?でまとめた時雨(しぐれ)が、こっちに近寄って来るのが見えた。


「おう、おはよう…あれから(しのぶ)はどうじゃった? 」


 儂の問いに時雨は少しの不穏な沈黙を返したが、すぐにはにかむように笑い、儂を金色の鏡の様な瞳で儂を覗き込んで来た。


「全然大丈夫ですよ、今は普通に働いてます 」


「…ほうか 」


 取り敢えず暴れる事は無かったかと安心していると、開けた窓から入って来た風に乗せられて来たメスの匂いが鼻をくすぐり、少し気不味くなってしまう。


「あ〜…時雨、少し臭うぞ。さっさと湯殿に行って流してこい 」


「えっ? ………あっ! じゃ、じゃあシャワー浴びてきますので失礼します!! 」


 儂の言いたい事が伝わったのか、時雨は顔を赤く(あこう)させて廊下を走って行ってしまった。


「はぁ… 」


(時雨には世話になったし、飯でも作って帰るか )


 1人になった廊下でため息を吐き、時雨やらの使用人達の臭いが残る廊下を歩き、1階の厨房へ降りるために廊下を下る。


 膝にかかる負荷を感じながら欠伸をし、瞳からはみ出した涙を手の甲で拭っていると、自分の足音とは別に、あまり聞き馴染みの無い足音が聞こえた。


(…あやつらか )


 階段を降りるとどうしてもあやつらと鉢合わせになる。

 それはめんどくさいが、あやつらには言っておきたい事もあるため、そのまま階段を降りていると、2人の半獣人と会ってしまった。


「ふむ、久しゅうの 」


「えっと…誰だっけ? 」


 儂の挨拶に、ゆいという金色の髪をした半獣人の子供が警戒する様に耳を立て、眼光を鋭くさせた。


(今は戦うつもりはないんじゃがなぁ )


「紬さんでしょ、ゆい。ごめんなさいね、ちょっとあの時のことを拗ねてるみたいで 」


 今にも飛びかかって来そうなゆいに警戒していると、ゆいの隣にいる赤髪の半獣人、(みやび)がゆいを軽く叱りつけた。

 そんな姉と妹の微笑ましいやり取りに気が緩んでしまうが、これから話す内容に気が重くなってしまう。

 じゃが…これは何がなんでもハッキリさせないとあかん。


「別に気にせんでもええ、儂も悪かったからの…話は変わるが、神器を持ってどう思った? 」


 儂の質問に、案の定2人は顔を合わせて少しの間、黙り込んだ。

 色々な感情を整理している2人の返答を、ゆっくりと待っていると、先に口を開いたのはゆいの方だった。


「楽しかった 」


「えっと、少し楽しかったですね 」


 口を開いたゆいに続いて、雅が戸惑いながらもそう答えるが、その2人の眼には喜びが見えた。

 けれどその喜びとは明るいものではない。


 これで奴らを殺せる。

 そう言う復讐の喜びだ。


 復讐に囚われているのであれば悠人よりかはマシじゃなと思えるが、復讐を拗らせるとろくな事は無いため、2人に目と言葉を向ける。


「復讐をやめろとは言わん。じゃがお主らが強くなる理由はこれ以上大切なものを失わん様にするためじゃ。そこは忘れないでおけ 」


 お節介かも知れぬが、ゆい達にそう忠告する。

 儂の唐突な言葉に、雅は困ったような顔をしたが、ゆいだけは不機嫌そうな顔でこちらを睨んで来る。

 まるで、心の奥を見透かされた様な反応じゃ。


「それも…魔法? 」


「ただの年の功じゃよ 」


 儂を睨む風色の瞳を、真っ直ぐ見つめ返していると、今まで戸惑っていた雅が階段を1段登り、儂に覚悟を決めた様な赤い目を向けてくる。


「復讐はやめません。これは…一種のケジメなんです。だから私達は、復讐のために…大事なものを守るために強くなります 」


 こちらに向けられる2人の瞳は、もう覚悟を決めていた。

 その復讐によって得られる、哀しみと虚しさに耐える覚悟を…

 そんな瞳を見ていると、胸の奥に針を刺されたような痛みが走るが、それを隠す様にため息を吐き、もう一度言葉を返す。


「ほうか…じゃあ、後は後悔せんよう気をつけろ 」


 そんな言葉が口から漏れると、自然と足が階段を降りて行く。

 憶測じゃが、これ以上言っても此奴らの心を動かせないと分かったからじゃろう 。


「ご心配、ありがとございます 」


「…あの時、お兄ちゃんを守ってくれてありがとう 」


「…気にせんでええ 」


 2人の子供に短く返事を返し、階段を下に降り続ける。

 しばらく階段を降り、辺りに人の臭いや足音が無いことを確認してから階段に座りこみ、法被(はっぴ)の袖から小さな木製の箱を取り出す。


 箱を開け、中に入っている分解された煙管を取り出し、組み立てた火皿に刻み煙草を詰めて火を付ける。

 出て来た煙を吸口からゆっくり吸い込み、煙草の味を舌と肺で味わってから、ゆっくりと煙を吐き出す。


「なんであんな幼子が…こんなに苦しまなならんのじゃろうな 」


 あ奴らの年齢は15から20ほどじゃろう。

 そんな歳ならば人生に希望を持ち、自身の未来のために様々な事を考える時期な筈じゃ。

 なのにあ奴らと来たら…地獄に身を投げる覚悟で居る。

 いつ見ても慣れないあの目に、つい愚痴を漏らしてしまうが、そんな事をした所で、それが根本的に解決する訳ではない。


(それを分こうておるのに、愚痴ってしまうのは何故じゃろうな… )


 力が無い自分に呆れながら、ただ煙を吸い続けていると、持っていた煙管が宙に浮いた。


 咄嗟に耳を立てるが、儂の耳が届く範囲には何かが動く音も無く、気配も無い。

 音も気配も無く、こんな事をできるのはあやつしか居らぬ。


()るんじゃろ忍 」


「えぇ、もちろん居ますよ 」


 忍の名を呼ぶと、煙管を右手で持った忍がまるで亡霊の様に姿を現した。

 その表情は相も変わらずに美人な笑顔じゃったが、その雰囲気は少し(いか)っている様にも感じ取れる。


「この城は禁煙ですので、パイプは外で吸って下さい。これで注意するのは何度目ですかね? 」


9(ここの)つ位からは数えるのはやめた。すまんがこれはやめれないんじゃよ 」


 怒る忍を揶揄う様にそう言ってみるが、忍は心底呆れたと言いたげにため息を吐いた。

 そんな忍の瞳を見ると、その瞳からは暗い何かを感じた。

 こういう瞳は大抵、何かを心配している時のものであり、忍が何を心配しているかは大体想像が付く。


「安心せい。悠人はお主や周りの奴らにも全く、変なことは考えて居らんかったぞ。逆にお主が悲しそうな顔をしていたから心配と、言っておったほどじゃしな 」


「心配? …私が? 」


 困惑した様に、忍は闇を孕んだ瞳をこちらに向けるが、その姿は忍の過去を知っている儂にはとても哀れに思えてしまう。


「…忍、儂はお主が体験した程の苦しみは味わっては居らぬが…他人を疑い続ければ、お主が先に砕けるという事だけは分かるぞ 」


 哀れみを含めた言葉を伝えると、忍は複雑そうに顔を下に向け、そのまま何も言わずに儂の隣に裾を押さえて、子供のように膝を抱えて座り込んだ。


「紬様もそう仰るのですね………昨日の夜、時雨からもそう言われましたよ。『私はあなた程の苦しみは味わってない。けれど、あなたが他人を信用せず、他者を疑い続けて崩壊していく姿は見たくない』と… 」


 忍は遠くを見るような目をしながら、悲しそうな目でそう語る。

 その姿は忍が思い悩んでいる様に見え、その悩みが少しでも楽になればと思い、その頭を優しく撫でる。


「ほうか…まぁ、後は自分で考えろ。復讐するか、しないか。それか悠人を男として見ないか 」


「ふふっ、サラッと酷いこと言いましたね 」


 忍が少し笑みを見せると、とっくに寂れた筈の心が温もって行く。


「まぁお主、そこまで悠人のこと恨んではなかろう? 」


「そう…ですね。私が色んな事をしても恥ずかしがるだけですし、神器の間の時は、反応が純粋過ぎてイラってしましたよ 」


「それがあの時か。お主、案外めんどくさい性格をしとるなぁ 」


「ふふっ、そうでしょうね 」


 儂の言葉に、忍は口元を隠しながら笑ってくれる。

 その笑顔は恐らく、忍本来の笑顔だろう。

 けれどその笑顔が偽物であると分かっている儂にとっては…これ以上辛いことは無い。


「…そろそろ儂は帰る。はよ帰らんと、あやつらが心配じゃ 」


 その場から逃げる様に立ち上がると、忍も立ち上がり、煙管の口の部分を儂に差し出してきた。


「それではこれはお返し致します。ですが、次城内で吸ってるのを見かけたら、その煙管…叩き折りますから 」


「じゃあ叩き折られんよう逃げるかのぉ 」


 冗談混じりにそう言うと、忍はまたも笑ってくれた。

 それが自分の胸を温もらせ、温もった胸を締め付ける。

 けれど今は、忍に自信を持たせてやりたい。

 そんな気持ちが言葉となって、口から溢れてしまう。


「…忍、お主はやっぱり別嬪(べっぴん)じゃな 」


「ありがとうございます、紬様。お世辞でも嬉しいです 」


(…お世辞じゃないんじゃがなぁ )


 自身を卑下する様な言い方に何も言えないでいると、忍は笑みを浮かべながら、煙管をこちらに優しく投げて来た。

 それを受け取り、舞った灰の向こうに居る忍を見つめていると、忍はこちらに向かって軽く手を振って来た。


「では、お気をつけてお帰りくださいませ 」


「ふむ、また来るわ 」


 後ろに居る忍に手を振りながら、階段を降りていく。

 言葉を投げかける事しかできない、自身を嫌悪感を持ちながら…



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― 新着の感想 ―
[一言] 描かれているやりとりひとつひとつが尊いです。 浮かぶ情景は朝の光でとてもきらびやかなのに、そこにいる人たちは誰もが悲しみを背負っていてなんとも切ないです。 そんな悲しくも美しい情景をつむいだ…
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