第13章 閉じられた記憶
「おーい、そろそろ起きんかい 」
聞き覚えのある声が僕を起こそうとしてくるが、体は岩でも付けられた様に重く、動けない。
「はぁ…窓掛け開くぞ 」
(窓…掛け? )
聞いた事の無い言葉に、動きが鈍い頭を必死に回していると、何かが滑る様な音がしたと同時に、瞼の向こうから、目が焦げるほどの光が飛び込んでくる。
「っう! 」
強い光に驚いてしまったけど、しばらくしてそれが太陽の光だと認識できた。
すると頭は少しずつ温まって行き、瞼をゆっくりと開けると、ボヤける視界に、白髪の半獣人が朝日が差す窓の近くに立っていた。
「やっと起きたか。お主、かなりの時間寝とったぞ 」
「お、おはようございます、紬さん 」
目の中にある目ヤニを指先で取りながら、まだダルい体をフカフカとした物から起こすと、不意に大きな欠伸が漏れてしまった。
「ふわぁ… 」
大きな欠伸が止まり、潤んだ目を指先で擦っていると、ボヤけた視界に、優しく微笑む紬さんの表情が見えた。
「寝坊助じゃな 」
欠伸を見られた事に顔が火照り、体に掛かっていた布団で顔を隠してしまう。
すると布団の中に見えた自分が着ていた紬が、白い紬に変わっている事に気が付き、寝起きの頭で考え込んでしまう。
(えっと…服が変わってる。染められた? …そんな訳ないよね。じゃあえっと、着替えさせ…られた!? )
自分が寝ている間に何をされたのか理解した瞬間、羞恥心が脳を埋め尽くし、裸でもないのに体に布団を巻き付けてしまう。
「…? どうしたんじゃ? 顔が赤いぞ 」
「はい! 大丈夫です!! 」
恥ずかしさを覆い隠す様に大声を出し、冷水でも被りたいほど熱い顔を全力で横に逸らすが、紬さんの方からずっと視線を感じる。
こんな顔を見られたくないのに視線を向けられるのは相当気まずい。
「え…えっと、忍さんは大丈夫ですか? 」
胸がはちきれそうな空気に耐えきれず、咄嗟に頭の中に思い浮かんだ忍さんの事を話すと、どうしてか紬さんは少し驚いた様な顔をした。
「お主…あの状況でも忍を心配できるのか? 」
「…? 」
紬さんが言うあの状況とはよく分からないが、あんな苦しみを笑みで覆い隠す様な表情は、誰がどう見ても心配するだろう。
「はい。だって悲しそうな顔をしていましたから…これって変なことですかね? 」
僕の話を聞いてか、紬さんは悩みを吐き出すように深いため息を吐くと、不自然にこめかみに手を当て、ゆっくりと扉の方へ足を運んで行く。
「…ほうか。儂は用事がある、お主はゆっくり休んでおけ 」
「あ、ありがとうございます 」
紬さんは暗い顔をしながらも、僕を気遣う様にそんな言葉を残すと、僕の顔を見ることなく、扉から出て行ってしまった。
(…どうしたんだろう? もしかして、何か気に触るようなこと言った!? )
無意識に人を傷付けてしまったのではないかと慌てるが、紬さんがどこかへ行った今、その答えが返って来る事は無い。
胸を痛める後悔を身で味わい、反省と言う罰を自身に与え続ける。
…昔にもこんな事があった。
でもおかしいな。
その時の記憶は疎か、この国に来る前の記憶がほとんど無い。
朧気に覚えているのは、『不死の国』の断片的な知識、姉ちゃんとゆいが重症を負い、人間が里を滅ぼした事だけだ。
そんな事を考えていると、ある事に気が付いてしまった。
自分が…何か大切な事を忘れている事に。
心は様々な喜びや哀しみを覚えているのに、それに関する記憶が無い。
そんな不思議な感覚に、虚ろな恐怖が僕の背中にへばりつく。
「っ… 」
得体の知れない恐怖から逃げるために思考を全力で回すが、朝霧を吸い込んで喉を潤そうとするかの様で、失った記憶を求める頭は何も見つけられない。
(何を…忘れてるんだろう… )
左手を眺め、忘れてしまった記憶は戻るのだろうかと不安になっていると、自分が今着ている服に目がいってしまった。
すると意識がない状態で裸を見られた事を思い出し、また顔が冷水を被りたいほど熱くなってしまう。
(…誰が着替えさせてくれたんだろう? )
誰も居ない部屋でそんな事を悶々と考えていると、いつの間にか自分が何を悩んでいたかも忘れてしまい、今度は顔を覆いたくなる様な羞恥心が全身を火照らせる。
(う〜〜! )
なんとも言えない恥ずかしさを抑えようと、布団に顔を押し付けるが、全身の熱はそう簡単に冷めてくれず、やらしい妄想だけが頭を覆って行く。
そんな妄想をしていると更に体が火照って行き、体をばたつかせて悶える事しか、今の僕には出来なかった。