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第11章 いずれは終わる苦しみ



「あ、お帰りなさいです。紬様、しの」


「しっ! ちと静かにせんか時雨 」


 廊下のホコリを掃除している中、ちょうど黒い扉から出てきた紬様と忍さんに声をかけようとしただけのに、紬様からそう叱責され、反射的に黙ってしまう。


 口を抑えてそっと紬様の後ろを見てみると、そこには忍さんに抱きかかえられた悠人さんが居り、抱き抱えられた悠人さんは、気持ちよさそうに寝息を立てている。

 そんな悠人さんに、ちょっと妬いてしまう、


「…なんで忍さんの腕の中で悠人さんが寝てるんですか? 」


 ちょっとムカついたけど、悠人さんを起こさないように小声で紬様に聞いてみると、紬様はバツが悪そうな顔をしながら私の耳に顔を近づけた。


「ちと、色々あったんじゃ。時雨、彼奴をベットに運んでくれ 」


「はい、分かりました 」


 頼み込んでくる紬様の言葉を断る必要も無いため、すぐに小声で返事を返す。


 取り敢えず悠人さんを受け取るためにモップを壁に立て掛け、忍さんの綺麗な顔に目を向けると、違和感に気が付いた。

 その笑みはピクリとも動いていないということに。


 少し魔法を使ってみると、忍さんからは憎悪や後悔、自己嫌悪に自殺願望などの様々な負の感情が蠢いている。

 きっと…昔の事を思い出したんだろう。


「忍さん、後で休憩しましょう 」


 そう可能な限り優しく言うが、忍さんは表情を変えてくれない。

 その表情は、7年前にあったあの時の顔とよく似ている。


「いえ、私は仕事に戻ります。悠人様をお願いします 」


 悠人さんを私の胸の高さに下ろしてくる忍さんから、悠人さんを受け取るが、艶やかな顔からあまり想像できない重さが腰に来る。


「では、失礼します 」


 忍さんは用を終えたと言いたげに後ろを向き、長い廊下をふらつく足取りで歩いていく。


 きっとこれから自室に行き、声を殺して泣き続けるだろう。

 吐瀉物をぶちまけ、顔や腕に爪や刃物を突き立てるだろう。

 私でも縫えない心の傷に…苦しみ続けるだろう。

 

 そこまで考えてしまうと、放っておけないという気持ちが体を突き動かし、悠人さんが寝ている事も忘れ、大声を出してしまう。


「忍さん!! 」


 何年かぶりに出た大声に、自分でも驚いていると、忍さんの足は止まった。


「私の…心の声を聞いてください 」


 私が今与えられる幸せの声を…

 仕事や時間も忘れて寄り添おうとする声を…

 あなたを思うこの声を…


 私の声が届くように、思いを何度も心の中で反芻していると、忍さんはゆっくりとこちらを振り向いた。

 その表情は、今にも泣き崩れそうなもので、瞳には大量の涙を貯めている。


 忍さんの傷を理解している私に取っては、痛みを…辛さを…孤独を…絶望を…同じように感じ取れてしまう。

 だからその気持ちを少しでも楽にするために、自分ができる精一杯の笑みを忍さんに向ける。


「私の部屋で待ってて下さい…すぐに行きますから 」


「いや…その必要はないぞ。儂が運んどいてやるけ、はよ行かんかい 」


 話を聞いていた紬さんは私達の間に割り込み、私から悠人さんを取り上げるように奪うと、軽々とその重い体を肩に担ぎあげた。


「…ありがとうございます 」


 色々と察してくれた紬さんに頭を下げ、忍さんの隣に移動して左手を差し出すと、その手に細くしなやかな指が絡まって来た。


「さぁ、行きましょう 」


「わがり…まじた 」


 忍さんがこんな泣き顔を見せてくれるのは、『不死の国』でも紬様と私の前だけ。

 それはとても嬉しく…けれどとても悲しいような気がしてならない。

 

 誰にでも苦しみを吐き出せない苦痛を味わっている忍さんの腕に抱き着き、ふらつく足取りに合わせて、私の部屋に向かって足を運んだ。


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