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地球を救うにはキスするしかない

作者: 稲多夕方

 あいつが悪いのだ。

 そう、すべてはあいつが悪い。

 期待させておいて裏切りやがる。

 いつもだ。


 だから、私は――





――――――――――




「私は神だ」


 なんて唐突な導入(はじまり)だろうか。


「突然だが、お前たち人類にはもう、うんざりだ。あきた」


 はあ。なんだそれ。


「だから私はお前たち人類、しいては地球を滅ぼすことにした」


 はあっ!? いや、ざけんなよ。


「しかしそれは、あまりに無慈悲だ。――だから、1人の人間、貴様に地球を救うチャンスを与えよう」


 ん? どういうことだ。

 チャンスとか意味がわか――



岩石(いわいし)貞丸(さだまる)。今日が終わるまでに女子とキスを交わせ」



 はい? なんだ、それは……

「もう一度、言おう。岩石貞丸。本日中に女子とキスするのだ。接吻だ。そうすれば、地球をいましばらく残しておいてやろう」


 キス? 接吻?

 キスつーのは、あれか。口と口とを――

 愛情表現のあれか。性的な意味合いを含むあれか。


「さあ人間。最後に私を楽しませてみろ。ふはははは」

 

 

 





 目覚めた。

「……ひどい夢だったぜ」

 俺、岩石貞丸は自室の床で起床した。

 もう、日がだいぶ昇っていた。



――――――――――



「――――とかさぁ。イミフな夢だったんだよー」


『サダ、朝っぱらからそんな荒唐無稽な話を聞かせて、ボクにどーしろって言うんだ?』


 手に持つスマホから不機嫌そうな声がした。


「いや、とりあえず言っただけだ。雑談だよ。俺とお前の仲じゃんか。――ナオ」

『まったく、どんな仲だか……』

 

 俺とナオは親友だ。

 家も近所で同い年。幼稚園、小学校、中学校、そして高校もずっと同じ。幼馴染みだ。あいつは『腐れ縁』なんて言うけれども。



「てか、ナオ。いつの間に帰ったんだ?」

『ん? なんのことだ』

「昨日のことだよ。昨晩、ウチに来て、いっしょにゲームしてたじゃん。オール覚悟してたのに。なに帰ってんだよ? てっきり泊まっていくもんだと思ってたぜ?」

『そ、そりゃねえ、……サダの方から誘っておいて、協力プレイ中に、敵を前に寝落ち、帰りたくならないとでも?』

「あー、それは、まあ、ワリい」

 素直に謝った。

 そして、ごまかす。

「でも昨日は熱い夜だったよなぁ!」

『意味深な発言は控えるように! なにもしてねえだろうが。ボクとゲームしただけだろ』

「ああ、うん。そうだけど。――でも、あのイカ野郎、次は倒してやるさ。熱い闘いだった」

『サダ、キミだいぶ染まってるよなぁ……』

 やはり不機嫌である。もしくは、あきれているのか。

 もう一度、謝っておく。

「いやまあ、でも悪かったな。見送りも無しで、暗い夜道を1人で帰らせて」

『ん? 帰ってないけど』

「は?」


「今、キミんちの台所。――そろそろ部屋から出て、下に降りてこいよ」




――――――――――


 俺はぼやいた。

「勝手知ったる他人の家だなぁ」

「なにを今さら」

 ナオがあきれた。



 階下では朝食ができていた。

 白ご飯、目玉焼きとウインナーソーセージ、付け合わせのトマトとキャベツの千切り、んで味噌汁。

 醤油とソース(醤油派が俺)

 俺の茶碗はしっかり大盛のところ、わかっている。


 良いにおいがした。


「てか、ナオ。風呂まで入ってんじゃねえか」

「ああ、いい湯だったよ」


 ホカホカな肌と濡れた艶のある黒髪。

 Tシャツハーフパンツ。

 さっぱりすっきり。ナオはそんなオーラを纏っていた。


 他人の家つーか、自分の家かよ。


「サダも入って来いよ。メシ食うの待っててやるから」

「いや、いいよ。待たせるのも悪い。まずメシ食おーぜ」


 


 席に座る。

 手を構えた。

「いただきます!」

「律儀だなぁ、サダ。……いただきます」

「そりゃーそうだろ。食材と農家さん、そして調理者に感謝は忘れない。俺は農業に従事してねえし、料理もできねえ、だから代わりにしてくれる方々に感謝を――」

「あーはいはい。もういいから頑固者。それよりソース取ってくれ」

「あいよ」

「リモコンも取ってくれ」

「あいよ」

「もう一つのリモコンも」

「あいよ」

「サダのサイフの中身も」

「あぃ――って、なんでやねん」

「ちっ。騙されなかったか」

「ナチュラルに金をパクろうとすんなよ」


 ナオがリモコンを操作する。

 テレビが映る。


 ニュースのようだ。

『――緊急のお知らせです』


 テレビから聞こえたのは、なにか、緊迫した声だった。

 金髪の女性キャスターが原稿を読んでいる。

「ん。なにかな?」

「んー」目玉焼きを咀嚼しながら聞く。



『先ほどNASAより通達がありました。――現在、地球圏内に落下の可能性のある彗星が確認されたそうです。この彗星はかなり大型のもので被害規模などは明らかになっておりません。繰り返します、先ほど――』



 ゴブッ――んんんっ!

 驚き咳き込むが、吐き出すまいとこらえた。

 結果、喉に詰まった。


「ちょっ、サダ。――はい、お水」


 受け取って流し込んだ。

「ぶはっ! 死ぬかと思った! ありがとな」

「…………」

 ナオはテレビをかじりつくように見ていた。


『――この超大型彗星は「ディスティニィ」と名付けられました。しかしまだディスティニィは、地球に衝突すると決まった訳ではありません。落ち着いて、いつも通りの日常を送りましょう』



――――――――――


 


 アメリカNASA。――宇宙研究センターにて。

「まさか、こんな冗談みたいなことが起こるなんて。嘘だろう……」

 新人研究員、マイク・レイノルズは絶望していた。

「仕方ない。これが宇宙じゃ。――人の力では、どうしようもないこともある。しかし、だ。新人、まだできることもあるぞ」

 壮年の男、ロナルド・マクガーデン。

「室長……それは、いったい」

「ふん。決まっておる」


 ロナルドは研究所の高い天井を見上げる。



「祈るしかないだろう。奇跡を」 

 絶望的だった。



――――――――


 リモコンで、テレビを消した。


「……絶望だ。マジかよ」

 俺、岩石貞丸は、死を覚悟した。

「おい。絶望しすぎだろう……」

 ナオは言葉を聞いて、あきれていた。

 だが、しかし――

「当たり前だろ、ナオ。隕石だぜ?」

「そうだけど……」


「昔、恐竜滅んでんだぜ? そういう理科や科学のドキュメントをテレビで見たことないのかよ」


「いや、あるけど。てか昔いっしょに見たことあるな。そういう番組」

「隕石落下後の地球環境。空が塵で黒く染まり、太陽の光は届かない。植物の育たない極寒の時が続く。――やべえ。俺、ぜってー生き残れねえよ。現代人の脆弱さをナメんなよ!」

「別に舐めてねえけど……」


「でも、それでも、地球が滅んでも、――きっと、お前だけは守ってやるからな。ナオ」

「なっ、なんでそんな冗談を急に言うのかな!? ビックリするわ!」


「こんなカッコいいセリフ、今を逃したらもう言う機会はねえだろ。うん、明日には地球滅ぶし」

「――ま、そうかもだけど。でもよ、そもそも隕石衝突は可能性の話で、決まった訳じゃねえし……」

「そうなのか?」

 あのニュース、かなりの高確率で当たるみたいなことをいっていたような気がするが……

 まるで天気予報だ。

 隕石だが……


「…………てか、さ。サダ。今朝のキミの夢なんだけど」

「ん? あ、そういえば」

「タイミング的にぴったりだ。もしかしたら、本当のことかも――」

 神妙な面持ちで、言われた。


「だから、キミが、誰か女の子とキスすれば、地球を救えるんじゃねえか?」


 フッ。

 俺は、笑った。

「ナオ。わかってねえなぁ」

「あれは結局、ただの夢だから関係ねえってことか?」

「ちげーよ、ナオ」

 堂々と、言い放つ。



「俺とキスしてくれるような女子が、いるわけないだろう?」



「自慢げにいうことじゃねえけど?!」

 いいツッコミだった。


――――――――


 家にいても気が滅入るので、近所の自然公園まで散歩。

 いい天気だ。晴天。


 明日には人類滅亡とか、信じられねえよなぁ。


 行き交う人達は、普通だった。

 足早なサラリーマン。犬の散歩をするじいさん。井戸端会議の主婦たち。

 平和だった。

 いや、最後の日常をそれぞれの想いで、過ごしているのだろう。


 池の前。

 ベンチに腰掛けた。

「ふー。どうすっかなぁ……」

「キミがキスすりゃあ済む話かもしれないんだけどなぁ……」

 隣に腰掛けたナオがぼやいた。


「無茶を言うなよ。地球が救えても、俺が救われねえよ。強姦未遂になる。下手したら刑務所行き――いや、少年院のほうか? まあ、ともあれ人生終るわ!」

「地球滅亡よりは、いくらかいいと思うけれど」

「他人事だと思いやがって……」

「それに、事情を説明すれば納得して唇くらい――」


「信じてもらえるわけねえだろ。夢の中に神様が出てきて地球救いたかったら女とキスしろ、って言われました、とか」


「ああ。そだな。胡散臭い」

「だろ? 信じるやついねえよ。俺の妄想か、最後に欲望を満たそうというゲスな行動、としか思われねえよ」

「たしかに……でも、ボクは信じてやるよ」


 お前に信じられてもなぁ……

 

 そんなところで声をかけられた。



「おやおや? これはこれは。ナオとサダマル君じゃあーありゃませんか?」



 見る。

 皆元(みなもと)だ。――皆元光乃里(みのり)

 俺とナオとは小学校からのよしみである。

 彼女はジャージである。散歩か?


「やあ、みっちゃん。精が出るなぁ」

 ナオがあいさつを返した。

「うん。まーねまーね」

「ん。なんのことだ?」

 ナオと皆元、2人の会話の根幹がわからない。

「ああ、いいよいいよ。サダマル君は気にしなくて」

「ん、そうか」

 まあ、別に気にすることではない。

 ナオと皆元は仲がいい。俺の預かり知らない、なにかがあるのだろう。


 

「――ところで、お2人は、デートかい?」


「なっ! なにょにょいって!」

 皆元がとんでもないことを言ったので、ナオがバグった。

 なにを言ってるんだ気持ち悪いそんなこと言うな。

 そんなところか?


「なに言ってんだ、皆元。ただの散歩だよ。お前と同じでな」

 代わって俺が応じた。

「ふーん。フーン」

 皆元は、なぜかニヨニヨと笑っていた。

「んだよ?」

「んーん。べっつにー」

 やはり、にやけている。

 なにか変なことを考えていそうだ。

 違うというのに。



「でもでも、いいところだよねーこの自然公園は。この時期にぴったりだ。散歩するにはいいところだよね」

「……ああ、そうだな」

 感慨深い。

 皆元は皆元で、地球最後の日になるかもしれない今日を悔いなく生きようとしているのだ。

 皆元語る。


「うんうん。花が芽吹いてムードよし。ポカポカ陽気で気持ちがいい。そこの池の縁ではカメが日向ぼっこしているし、観ていて飽きないよねー。うん。デートにはもってこいだ。私も今度来ようかなー」

 

 今度。

 そんな機会は、もうないかもしれないのに……


 だが、しかし、その会話で、思い付いた。


 人生と人類の明暗を分ける名案を!


「皆元!」

「ん。なにサダマル君」

「ちょっと、眼を閉じてくれるか?」

「へ。なんだなんだ?」

「少しの間だけでいいから」

「なんか真剣だなぁ。ま、わかったよ。――少しの間だけね。変なこと、しないでよ?」

 皆元は眼を閉じた。


 だが、悪いな。皆元。

 変なことを、するつもりだ。


「ちょっ! オイまてよっ!!」

 ナオが俺の胸ぐらを掴んだ。締め上げてくる。

「まさか、みっちゃんに、その、するつもりじゃねーだろうな! ふざけんなよ。みっちゃんには、カレシが――」



「ちげぇよ」

「は?」困惑のナオ。


 胸ぐらを掴むナオの手を払う。

 歩き出す。


 池の方へ。

 

 柵を乗り越える。――よっこいしょ。


 そこにいた日向ぼっこしている生物をひっくり返した。

 

 亀だ。


 うむ。メスだな。

 再びそいつを持ち上げる。顔を正面に。

 甲羅のなかに顔を収納するも、それも完全ではない。

 一文字に閉じられた口は見えている。

 俺はまぶたを下ろした。

 ゆっくり。

 顔を近づけて――――



「ちょっとまてぇえええええええいっっ!!!」


 ナオの声がとどろいた。


――――――――――



「あーっははははっだーっはっはっはっはっはっはっはっはっあああ、あははは、や、やば、おかしすぎて、あはは、笑い死ぬ! あははは!!?」

 

 皆元が笑い転げていた。

 こちとら真剣だというのに、ひどい奴だ。

 いや、事情を知らないのだから無理もないかもしれないが……

 

「はあ」

 ナオがベンチでため息をついた。


「ひー、ひー、まずい、わ。あはは、呼吸が……ああ、はは」


「皆元、笑いすぎだ」


「だってだって、仕方ないじゃん。急に目を閉じろと言われて、

 大声で驚いて目を開けてみれば、公園のクサガメと熱いベーゼを交わそうとする男とそれを必死に止める幼馴染み。

 ――プッ! いやいや、笑えない要素がないよ。爆笑必死」


 こいつ……イラッとする。

 が、真実なだけに、なにも言えない。


「でもでも、なんで私に目を閉じさせたの?」


「そりゃ、事情を知らない奴が見たら、俺の行動は異常者のソレだからな。勘違いされないために、だ」


「いやサダマル君の行動は明らかに異常者のソレだよ。――でも、事情っていったい、なに?」


 皆元は首をかしげて聞いてくる。

 てか俺は異常者だと思われていた。


 これは、説明するしかあるまい。

 少々ハズいが、しかたがない。


「皆元、ニュース知ってるだろ。地球に隕石が、ってやつ」

「え」

 皆元が急にあきれたような驚いたような、そんな顔になる。

 当然だ。

 俺の奇行に、世界の命運が関わっているなんて信じられないだろう。俺だって、信じられないのだ。


「おい、サダ。別に説明しなくても――」

「説明しねえと、俺が異常者になっちまうだろうが……」

「うんうん。でサダマル君、それで?」

「ああ、それで俺は今朝、夢の中で――」



 以下略。



 冗談のような本気の理由を打ち明けた。


「ふむふむ。それで夢の神様からのお告げを信じて、クサガメの女の子とキスして、人類を滅亡から守ろうとしたんだね」

 そんな皆元の解釈である。

 お告げというより、脅迫だが、まあおおむね正しい。


「ああ、そういうことだ」


「なるほどなるほどぉ。うんうん。あのさー、サダマル君」

「ん。なんだ皆元」




「あんまり、ふざけてんじゃないよ!」

 冷たい怒りが、伝わった。

 皆元の鋭い視線が、俺を射抜く。




「あ、あの、みっちゃん……?」

 ナオが恐々と口を開いた。が、


「ナオはちょっと黙ってて」

 皆元が制止させる。

「あのねえ! サダマル君、私、ニュースをみてどれだけ怖くなったかわかってる? 明日には、みんな死んじゃってるかもしれないんだよ。それなのに――」


 そうだ。

 こんな状況なのに、俺は勝手な夢に影響されて――バカなことをしようとした。バカだった。

「ああ、すまん。そうだよな。たかだか夢に踊らされて妙なことを――」


「ちがう!」


「は? なにが……」


 皆元が怒る。

「やるんなら、真剣にやりなさいってこと! クサガメにキスして、条件達成なんて甘い! それでその神様が納得すると思ってんの?」


「…………いや、わかんねえけど。でも、試してみる価値は――」

  


「試してみる価値? そんなのないよ! もしそれがダメで地球が滅んだらどうするのよ! 命は1つ、やり直しなんてできないんだよ。だから、」


「……?」


「ちゃんと女の子とキスして地球を救いなさい!」

「なっ!?」


「たしかにそれで地球が救えるかなんてわからないよ。ただの夢かもしれないし……。でも、それで救えるかもしれないじゃん。ただ滅亡を待っているよりも、ずっといいよ」


「……たしかに、そうだな」


「そうだよ……。私なんて、夢も希望もない。ただ明日、死んでいるか、生きているか。ただ、それだけなんだから……」

 皆元が目を伏せる。

 泣きそうなのか。

 肩が震えている。

 それは怒りか、死の恐れか。

「サダマル君は絶望に抗えるだけ、まだ幸せじゃん」


「……」

 そうだ。

 俺の行動で世界が救えるかもしれない。なら、妥協案で済ませるなんて、ふざけていると言われてもしかたがない。


 皆元が言う。

「サダマル君。……もし、どうしても、相手がいないなら、私……」


「ちょっと! みっちゃん! なにを言って――」

「だって、地球が滅んじゃうより、ずっといいじゃん」

 諦めるような皆元の声が、心に痛みをもたらした。


「皆元、すまん」

 俺は申し訳なさから謝った。

「なっ!? おいサダ」

 ナオが驚き、軽蔑したように問い詰める。

 

 が、ちがう。

「あ、いやナオ。そういう意味じゃない。皆元とキスしようつーんじゃない」

「え? どういうことだよサダ」


「ふざけて、悪かった」

 しっかり頭を下げる。

「世界が救えるかもしれないのに、行動しようとしないなんて、バカだった。ちゃんと、俺、なんとかして絶対に地球を救うよ」


「サダ……」

 ナオは納得してくれた。

 そんな声だ。


 皆元は、普段通りに見える演技をしているとわかった。

 震えていた。

「うん! それでこそ、サダマル君。――君なら大丈夫だ。ちゃんと救ってよね」

 それでも皆元は、にっこり笑っていた。



――――――



「それじゃ、私はそろそろ行くよ。ナオ、サダマル君。――また明日、学校でね」

 いい笑顔で皆元は手を振った。


「ああ、皆元。また明日な」

 俺は決意してそのように返答した。


「あの、みっちゃん」

 ナオが皆元になにか言いたいことがあるような、そんな口調で切り出した。が、

「…………いや、なんでもない。また」

 そういって見送った。

 友達との最後になるかもしれない別れを、こんな風にあっけなく済ませてしまっていいのか?

 そんな迷いだろう。


「そうだそうだ、ナオ。――今度、演劇部の学内ミニ公演があるんだけど、チョイ役で出てくれないかな? 映研の方でいそがしいとは思うんだけど、セリフも少ない役だから」

「……考えておくよ」

「おお、ありがと! 美形が出演してくれると舞台が映えるからね! ぜひともぜひとも、よろしくね! じゃ、まったねー」


 皆元は小走りで離れていった。



――――――



 大手ハンバーガーチェーン店に入った。

 昼食を摂るためだ。

 世界滅亡の前日になるかもしれない日、そのバーガーショップは当たり前に俺達を受け入れた。スマイル店員に、注文して、席についた。


 すこし緊張しながら、辺りを見回しながら、食事した。


「ごちそうさまでした」

 ナゲットとシェイクで手早く昼食を終わらせたナオが唱えた。

「で、サダ。これからどうするんだ? なにか、思い付いてんのか?」


 まだ大型バーガーをかじっている俺は答え返した。

「ああ、考えてることはある」


「そうか。地球が救われた後、キミが警察に連行されない方法であることを祈るよ。で、誰とキスするつもりなんだ?」


「その前にナオ、そのゴミ捨ててきてやるよ。追加のおかわりを注文してくるから。――話はその後で」

「ん。そんじゃ頼むわ」

 ナオのトレーを持って、俺は立ち上がった。





「ああ、おかえりサダ」

「おう。待たせたな」


「じゃ、聞かせてもらおうかな。誰とキスするつもりなのか」

 ナオがたずねる。


「ああ、それなんだけど……地球を救う条件をもう一度考えてみたんだ。ナオ、『女子とキスをする』って、どういうことだと思う?」

「は? そ、そりゃ、まあキスだろ」

「ああ、でもな、それは結局のところ『粘膜接触』ということだと思うんだよな」

「ん。ああ、まあそだな」



「だから、『間接キス』でも、有効だと俺、思うんだよ」



「は?!」

 ナオの、すっとんきょうな声。


「神のやつは『岩石貞丸、女子とキスしろ』そう言った。俺をしっかり指定してんのに、相手は『女子』と定義して曖昧だ」

「それで?」

 一応、最後まで聞いてくれるナオ。

「つまり、俺のなかに『女子の粘液』を取り込めれば、条件達成だろう。現象としては同じことだし!」

「生々しいなっ!? キモい!!」



「そこで、これだ」

 俺は持ってきたソレを示す。


「コレって、ドリンクのカップ?」

「ああ、そうだ」

 このショップで販売されているストロー付きのカップ。

「新しく買ってきたのか?」


「いや、拾ってきた」


「は?」

 ナオの訝しむ細い目が、俺を貫く。

「さっき、ゴミ箱から拾ってきたんだよ」

「おま、うそだろ。そんなの、誰が飲んだのかなんて……」

「その点は大丈夫だ。ちゃんと美少女がこのストローで吸飲しているところを確認している」

 その点には、絶対の自信があった。


「キミ、だから、食事中、あたりを見回していたのか?」

 驚いたようにナオが確認してきた。


「ああ、まあな」

 かなり緊張していたからな。




「……幻滅したよ、サダ」



「は?」

「午前中に公園で、みっちゃんに『絶対に地球を救う』って言っただろ。なにまた妥協案で逃げようとしてんだよ!」

 怒ったように鋭い眼を向けてくる。


「いや、だって、仕方なくないか? 俺だって逮捕されたくねえし、誰かを傷つけるわけにもいかねえし」


「甘いこと言うなよ。誰かを傷つけてでも、キスしろよ。現象としては同じ? ざけんな。それでダメだったらどうするつもりなんだ!」


 イラッとした。

 さすがに我慢できなかった。


「俺だって、幻滅したぞ。ナオ。自分の命惜しさに、他人を傷つけてもかまわない、そんなこと言うなんてな! たしかにそれが普通だ。一般的な意見だろーさ。けどな、それでも、ナオはそんなこと言うやつじゃねえと思ってたよ」

 

「…………っ!」


「そもそも、おまえが――」

 

「もういい。帰る」

 ピシャリと言った。

 ナオは席を立つ。

「……このバカ野郎」


 ナオは俺を残して、店を出た。

 

 俺の前には、ストロー付きのカップがあった。



――――――



「ちっ、なんなんだよ。アイツ」

 悪態をつきながら家に戻った。

 玄関は鍵がかかっていなかった。すんなり開いた。


 おそらく帰って来たのだろう。


 家の中に入る。

「……ただいま」


「あー、おかえり貞丸。いや、違うわね。――ただいま」


 母が帰っていた。

「ああ、母さん。おかえり。温泉旅行どうだった?」


「いや、それがめっさよかったわー。あたしのお肌ツルツル感に驚くがいいわ、息子よ。泥パックとかもあってね。セットになっていて無料だったのよ。無料よ。む・りょ・う! ちょー気持ちいいの。それにあたしの好きな打たせ湯もあって、滝行してきたわ! コレ悟り開ける。単身赴任先のお父さんに写メしたら『痛くね?』って返ってきたわ。それがいいのに! あとねえ一緒に行ったみさこさんがサウナ好きでねー、なんと40分も――」

 母、語る。

 ノンストップ。


「ああ。わかったから」

 さすがに嫌になってきた。


「んー。なんか暗いわね、息子よ。もしや――ナオちゃんとケンカでもした?」


 ぎくり――そんな擬音が心に鳴った。


 なんだこの母、エスパーか?


「フフフ。やはりね。――相談に乗ってやろうか? 息子よ。たいていのことはどうしようもないが、聞くだけしてやろう。オモシロイから」

「いらないお節介だよこのバ――――いででええぇ」


 失言の瞬間、腕を捻りあげられた。


「ふはは。もろい息子よのう。――まあ、いいや。で、実際なんなの? そんな思い詰めたような顔して?」

 

 この母、まさか知らないのか。隕石のことを。

 あり得る。

 温泉旅行で移動していたので、ニュースを見ていない可能性は高い。だから、こんなにもふつうなのか。


 俺は、意を決して――


「母さん。落ち着いて聞いてくれ。実は――」




「うわああああああああああ!! ちょ、ちょっとま――」


 びくりっ!!

 叫び声だ。家の中から。

 そいつは勢いよく飛び出してきて、ばたんとコケた。

「――ぎゃふっ!」



 驚いた。

 家の中から――

「ああ、伝え忘れてたわ。貞丸」


 ――あいつが出てきた。


「ナオちゃん来てるわよ?」



――――――



「サダがお母さんとキスするかと思った」


「んな訳ねえだろ」


 ナオの言い訳と俺の返答である。

 

「神は条件として、女子っつてんだろ? ババアとキスして条件達成になるわけねえだろ」

「ああ、うん。ボクもそう思って止めようとしたんだ。サダのことだから、もしかしたら忘れてるかもと思って……」


 俺の部屋で2人。ナオと会話する。


「でも、母さん。隕石のこと知らないっぽいんだよな。やはり、伝えた方が――」

「いや、知らないなら、知らない方がいいんじゃないかな。言ったところでどうしようもないし」

「まあ、そかもな」

「それに――」

「それに?」


「サダ、キミが、地球を救ってくれるんだろう?」

 ナオは試すように俺に聞いてきた。

「ああ、そうだな」

 俺は頷いた。


 それから問う。

「ところで、ナオ。どうしたんだ? なんでうちに」


 ナオは神妙な面持ちで切り出した。

「ああ、うん、さっきのこと」

「ん、ああ」

 さっきのこと。バーガーショップの一件だ。


「謝ろうと思って、ほんとにゴメン」


「いや、いいよ。あれは。俺も悪かった」


「いや、ボクが悪いよ。サダが他人を傷つける人物じゃないって、優しいヤツだって、ボクはちゃんと知っているのに、あんなこと……」


「いいや、そんなことねえよ。さっきだって、おまえを、ナオに嫌なこと言っちまったし。気にしないでくれよ。俺こそ、すまん」


 沈んだ空気。


 ……。

 …………。

 ………………。

 ぷっ。

「あはは。なんか緊張の糸、切れちまったよ」

「ははは、そーだな。まったく」

 なんか、笑えた。

 これで、いつもの2人の雰囲気に戻れた。ような気がした。





「それで、サダ、これからどうするんだ?」

「ん。どうするって」

「キミがキスしないと地球消滅だぞ? どうにかしなきゃいけねーだろ」

「ああ、そうだな。サイドプランもあった方がいいかもだよな」

「サイドプラン?」


 俺は立ち上がる。

 机の前に移動。そこにいるピンクのブタを手にする。


 叩き壊した。


「うわっ?! ビックリした。サダ、それって小さい頃から貯めてるっていう貯金箱じゃ……」

「ああ、そうだな」

 破片からお金の回収を始める。

 少なく見積もっても4万円はあるはずだ。

「そのお金で、いったい、え、まさか……」


「ああ、『大人のお店』を利用すれば、なんとかなるんじゃないかと思ってな」


「…………」

「そういう店の相場って、いくらくらいなんだろうな。まったくわかんねえけど」

「…………」

「まず、俺の年齢が問題だよな。条例に引っ掛かるから、門前払いかもしれねえ」

「…………」

「でも、行動しないより、マシだよな。地球滅亡前だから特別にってこともあるかも知れねえし」

「…………」

「あと問題点は、相手の年齢か。条件は女子だから、どのくらいまでが対象なのか――」

「おい、サダ」

「ん。なんだ?」

「キミ、サイテーだな」

 ギロリと殺気のこもった眼が、こちらを向いていた。


「いや、だって、さ。……他に方法なくないか?」

「そ、それは……」

 煮え切らないナオの態度。

「俺だって好きで行くわけじゃねーんだぜ?」

「……それはどうだか?」

 イライラした。ナオの態度に。


「おい。それはねえんじゃないか? おまえが、どうにかしろ、なにか案があるのか、って言うから、だから俺はこうして、サイドプランを――」


「サイドプラン?」

 そこでナオが俺に聞く。

「さっきも、言ってたな。サイドプランって。副案ってことか? それは、まさか――おい、サダ。キミ、バーガーショップで拾ったっていうあのカップだけど、もしかして――」



「ああ、ちゃんと間接キスしたが?」

 

 だから『大人のお店』作戦はサイドプランなのだ。

 一応もう、条件は達成しているはずだから。



 こちらを睨み付けるナオ。


 なんだよ。










「サダ、キミには失望した」

 そう言ってナオは、部屋を出ていった。




――――――――――





「もう、世界なんて滅んでもいいんじゃねえかな?」


 自室のベッドで声を漏らした。


 実際、どうでも良くない。大切だ。わかっている。

 でも、動く気になれなかった。

 ナオに言われた言葉が、トゲのように突き刺さっていた。



 日は沈んでしまった。

 時計の短針があと半周もしたら、世界は滅ぶ。かもしれない。


 


 コンコン、と音。

 部屋のドアをノックされたようだ。

 母だろう。


「はい?」

「貞丸聞きたいことあるんだけど」

「なに?」


「ナオちゃん知らない? 柳沢(やなぎさわ)さんちから電話があって、連絡もなくて、まだ帰ってないって」


 立ち上がった。

 力が入った。

 部屋を出る。


「探してくる」


 母に告げて、俺は玄関に向かう。


「あ、貞丸。それから、コレたぶんナオちゃんの忘れ物だと思うんだけど」


「ん?」




――――――――――



 自然公園のベンチで座っていた。

 街灯があたりを照らしていた。

 

「あーあ、もう、世界なんて滅びねえかなー」

 彼女はそんなことを漏らした。




「そんなこと言うなよ。俺の頑張りがムダになるだろうが」




 顔を向ける。

「え、」

 そこには彼がいた。

「……サダ」


「おう。さがしたぞナオ」



 どっさり、とナオの横に腰掛ける。

「まったく、日が変わる直前まで探させやがって。親御さん心配してっぞ」

 俺は腕時計を確認。本日終了まで、あと2分。

「ああ、そだね」

 ナオは素っ気なく応えた。

「――で、サダ。俺の頑張りっていうのはなんだよ。結局のところ風俗にいってきたのか? 気持ちよかったか?」


「んなわけねえだろ」


「そーかい」


「こんな時間まで探させやがって、つーことだよ。俺がどんだけ心配したと思ってんだ」


「ふーん。心配してたんだ?」


「当たり前だろうが!」


「そっか、ご苦労様。じゃ、ボクは家に帰るとするよ。怒られるだろうけど」

 ナオはベンチから立ち上がる。


「ちょっと待てよ」

 俺はナオの腕を掴んだ。


「なんだよサダ? もうボクに用事なんてねえだろ」


「いや、ある」


「なんだよ……」




「まあ、あれだ。ただ好きな女の子にキスしたくなっただけだ」



「えっ?」 

 ナオの顔に手を添える。

 こちらに向けさせる。

 潤んだ綺麗な瞳。しっとりした白い肌。柔らかそうな唇。

「はっ!? えっ、ちょっと、サダ?!」


「嫌なら、拒否しろ。――避けたり、俺を突き飛ばしたり、しろ」



 ナオは行動しなかった。

 瞳を閉じた。



 唇を塞いだ。







――――――







 アメリカ。NASA――宇宙研究センターにて。

「奇跡だ……」

 研究員、マイクは安堵した。

「これで、地球は――救われた。よかった」


「バカモン!」

 この場の責任者であるロナルドが叱責した。

「データの数値の『1』と『7』を間違えて入力して計算が狂っておったのだけじゃ。奇跡でもなんでもありゃせんわ! もとから隕石衝突なんぞ、なかったのじゃから」


 マイクはそれでも言う。

「いやでも室長、なんの問題もなくて、よかったじゃないですか」

「ふむ。まあ、そうじゃな」


「ええ、本当に。――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ああ、発表しておれば、大パニックじゃろうからな」






――――――


 その昔。


 あいつが長い髪の毛を急に切ってきた時は、驚いた。

「おい、ナオ。どうしたんだ?」


「ん。べつにボクの髪の毛をどうしようと、キミには関係ないだろ。サダ」


「まあ、そうだけどよ……」

 ん? ボク? 

 こいつ、ナオは以前まで私って――

 それに、口調もなにか――


「これで女だからって、仲間はずれにしないよな?」

 幼馴染みはそんな風に、カッコつけて言った。



――――――





 とろん、と蕩けた表情の彼女――柳沢奈央(なお)

「サダ、あの、しちゃったね……」

「ああ、そうだな」


「これは、もう仕方ないよな。サダは責任もってボクを彼女にするしかないんじゃないか?」

 にやけながら、そう言ってきた。


 応えた。 

「ああ、そだな。よろしく彼女」

「ああ、よろしくな。彼氏」









「ところでナオ」

「ん。なにかな、サダ」

「これ、うちに忘れ物だそうだ」


 ケースに入ったDVDを渡した。


「…………」

 ナオが固まった。

「あの、サダ。これ中、見たりした?」


「いいや、してねえよ」

「そーかそーか。それはよかった」

 ほっとした。そんな表情のナオ。



「でも予想がついてる。これ、ニュース映像が入ってんじゃねえの?」



「えっ?」

 ナオが瞳をそらした。

 

 今朝、朝食時、ナオはテレビをつけた。

 その時、なぜかリモコンを2つ要求した。

 1つはテレビ。もう1つはDVDデッキのリモコンだ。

 

 つまり、あのニュースは――




「隕石なんて、ホントに落ちてくんのかねぇ?」




 ぎくりっ!

 ナオがそんな反応をした。

 しかし――

 パッとナオがなにかを思いついたような顔をした。


「あ、でもよ、みっちゃんも同じニュースを見たって――」


「ああ、皆元の『悪ノリ』も困ったもんだよな。流石は演劇部のエースだ。アドリブがうまい。お前もそう思うだろ? 今度のミニ公演でチョイ役を引き受けた役者さんや?」


 皆元は俺の話を聞いて、この件の全貌を看破したのだろう。



 この件の全貌。

 それはつまり――



「ナオ、始めっから俺をハメる気だったろ?」



 ギクッ!

「え、ええー、なんのことかなー」

 眼が泳いでいた。明らかに動揺していた。



「俺の夢の中に出てきた『神のお告げ』だけど。アレ、お前が言ってたんだろ、ナオ。結局うちに泊まっていたわけだし、できるよな?」

「うっ」



「それで、俺を誘導しようとした。そういや、ニュース後にその『夢』の話をしてきたのもナオだったよな? アレは、本物なんじゃないかって」

「ううっ」



「それから、俺に頻繁に『どうするんだ』とか『誰とキスするんだ』とか聞いてきてたよな。――まるで、急かすように」

「うううううーっ! もうっ」



 ナオが抱きついてきた。

 そして、愚痴る。 

「サダ、キミ容赦なさ過ぎだろ! だいたいさぁ、察しろよ! 女の子が親が留守の男子の家に泊まりに行ってんだぞ! そりゃ、期待しちゃうだろ!」

「…………」

「それなのにボクを誘った当の本人は、ゲームしながらグースカ眠ってやがるしよ! 私のドキドキな乙女心と、処女消失の覚悟をどーしてくれる! この鈍感が!!」


「…………いや、まあ、その、すまん」

 それは、まあ、ごめん、としか言えねえ。

 けど、わかってほしい。

 まさか誘ってOKされると思っていなかったのだ。

 好きな女子に「今日から親が温泉旅行なんだが、明日うちで一晩中ゲームしねえか」と冗談半分で誘ったら「OK、うちの親ごまかしとくわ」と二つ返事で了解をもらったら、

 ――その前日、緊張で眠れなくなっても仕方がないだろう。

 当日、眠くなるわ!



「でもさぁ、人類の命運がかかってるって『設定』だぞ。ナオの方から『じゃあボクとキスするか?』とか、誘ってくれてもいいだろ?」

 そうなれば、迷いなく彼女にキスをしていただろう。

 そんな自信があった。


「そ、そんなこと、言えるわけないだろ! ただでさえ、『神のお告げ』やら『偽ニュース』やらで裏工作してるんだ。最後の一手くらい『キミの意思』で踏み込んでもらわないと……ぜんぶ、偽物になっちまうだろ……」

 真っ赤になったナオはそう言った。

 それから――

「だいたいボクはアプローチしたぞ。していた! なんでサダの方から『じゃあ、ナオ、おまえとキスしていいか?』って聞いてくれなかったんだよ!」


「んなこと、言えるか!」


 彼にとって彼女は、とても大切なのだ。

 彼女が『自身とのキス』を提案してこなかったということは、それはどうしても嫌なことだから、そう思っていたのだ。

 地球滅亡と天秤にかけても、嫌なことをさせたくなかった。

 傷つけたくなかったのだ。


 そんなことは、言えなかったけれど。




















「帰るぞ。送っていくよ」

 俺達は家路につく。


「ああ、うん。――って、あ!」

 ナオが思い出した。

 そんなリアクションをした。


「おい、サダ。でも、ボクは『あの件』は許さないからな」


「ん? 『あの件』ってなんだ」

「バーガーショップでの間接キスの件だよ! 素性の知らない赤の他人と間接キスなんてしやがって」

「あ」

「あ、ってなんだよ! ボクは許さないぞ。彼女として。あれ、浮気じゃんか!」

「まあ、もう済んだことだし、あの時はまだ彼女じゃなかっただろ?」

「むー! でもしかし、許せん! あーもーイライラする。誰よ、サダが間接キスした素性の知らない赤の他人は!!」



 いや、素性の知らない赤の他人なんかじゃねえけどな。

 

 そんなことを思ったが、もう面倒くさかったので、説明しなかった。



《おしまい》

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― 新着の感想 ―
[良い点] お話は、ちゃんと考えられていて内容もあります。 登場人物も、それぞれがドラマが面白く展開されるような設定で良いです。 これは学園ものによく見かけますが、人物や舞台や小道具、物語や設定が …
2020/04/05 23:43 退会済み
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