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ウサギとカメ ~優しいウサギはカメを助けたい~

作者: 歌田うた

「よーい、どん!」


 審判をつとめるキツネの声と共に、ウサギとカメは走り出した。

 大半の動物の予想通り、ウサギの方が足は速く、どんどんとカメとの距離を離していく。


 しかし、これは単なる童話の「ウサギとカメ」ではない。ウサギとカメそれぞれは罪を犯し、その罪を償うためにこの競争に参加させられている。二人のどちらかの命がかかったサバイバルゲームなのだ。


 弱肉強食の世界はどこへやら、今や自然界も馴れ合いが当たり前の時代になってしまった。動物たちは村を作り、村の中で安息を求めた。村と村の諍いこそあれど、一つの村の中では絶妙な均衡によって平和と命が保証されている。たとえ目の前に美味しそうな動物が居ても食べてはならない。村の仲間をむやみに食べたり、他の仲間の餌を盗むことは重罪とされた。自分の餌は村の外へ出て自分で取ってくる、それが絶対的なルールになっている。


 しかし、ウサギは一時の飢えをしのぐために他のウサギの餌を盗み、カメは他の魚の餌を誤って食べてしまった。


 そして、他の動物の餌を盗んだウサギとカメは、村の決まりにしたがって罪を償うことになった。この村の住人は些か残酷なところがあり、中でも村の王であるアライグマは意地の悪いゲームを好んだ。二人を競争にかけ、飼った方を生かし、負けた方を食材として皆で食べようと言うのだ。そして、二匹の競争ゲームは設定された。


 ウサギは根が優しく、本来他の動物の食べ物を盗むような生き物ではなかった。この年はウサギの餌になる雑草や木の実が不足しており、どの村のウサギも餌を取りに行くのに必死だった。そして、両親が餌を探しに行く途中、たまたま道路に出た時に人間の運転する車に轢かれて死んでしまった。両親を失ったまだ若いウサギは仕方なく飢えをしのぐために他のウサギの餌をこっそり盗んだのだった。


 一方のカメは、だいぶ年を取っており、目が悪くなっていた。それ故、自分の餌と他の魚の餌を間違えて食べてしまったのだ。二匹とも情状酌量の余地はあった。

 ウサギもカメも泣いて謝ったが、アライグマは許さなかった。


 そして命を賭けた競争が始まると、ウサギは生きるために必死に走った。カメの様子が気になって、後ろを振り向くと、カメは目が悪いせいもあってか、まだスタート地点からそれほど離れていない。最初からわかりきっていたことだが、ウサギとカメではあまりにも能力差がありすぎる。優しいウサギは、年老いたカメが哀れに思え、本当に自分がこんなに簡単に勝って良いものなのか、走りながら思い悩んだ。


 沿道からはウサギを応援する声が聞こえる。なんて意地悪な住人たちだろう。どうして同じ村の仲間を生かす道を考えてくれなかったのか。そんな想いがウサギの中でふつふつと沸き起こってきた。

 するとウサギは踵を翻し、スタート地点の傍に居るカメの元まで戻った。沿道の動物はざわめき、ウサギが血迷ったのかと騒ぎ出した。


「カメさん」とウサギが話しかけると、カメは、「私の負けは決まっています。どうかあなたがお先に行きなさい」と言葉を返した。しかしウサギは納得がいかなかった。

「どうしてそうも簡単に命を諦めるのですか?」

「私はもう年老いていて、カメとはいえそう長生きできないでしょう。だからまだ若いあなたに長生きして欲しいのです」とカメはウサギに頭を垂れた。


 その時、ウサギの頭に一つの考えがひらめいた。そして周りに聞こえないように息を潜めて、カメの耳元でこうささやいた。


「一緒にゴールしませんか」


「…え?」カメは細い目を見開いて驚いた表情をした。

「王は引き分けについては何も言及していません。ということは、引き分けになったら、きっと私たち両方を生かしてくれる可能性があります」

 しかしカメの表情は曇ったままだった。

「でも、あの暴君では、きっと難癖つけてまた競争させるかもしれませんよ」

「いえ、最初にきちんとルールを設定しなかった王が悪いのです。この村はルールに支配されています。ルールを定めなかった王にも落ち度があります」


 二人がひそひそと何かを話しているのを見て、審判のキツネが訝しそうに近づいてきた。

「おい、お前たち。もう競争は始まっているぞ。さっさと走れ!」


 ウサギは最後にカメの耳元でこう言った。

「二人で力を合わせてこの難局を乗り切りましょう。僕たちならきっと、できます。どちらも死んではいけない、大切な命なのです。僕はゴール付近でわざと居眠りをしてあなたを待ちます。そしたらギリギリのところで一緒にゴールしましょう」


 そう言うとカメはしっかりとウサギの目を見て頷いた。こうして二人の計画はスタートした。


 ウサギはわざとカメに向かって手を挙げ、「バイバイ」と叫んだ。すると沿道からは再び歓声が上がった。どうやら、ウサギがカメに引導を渡したのだと理解されたようだった。そのままウサギは順調に走り進み、あっという間にゴール付近までやってきた。


「ゴール!ゴール!」

 沿道の動物たちの声は最高潮に盛り上がっていた。しかしウサギはあえてゴールの傍の木陰に横たわった。


「何やってんだよ!早くゴールしちまえよ!」と一匹の熊が言った。しかしウサギはニヤリと笑い、「君こそ何言ってるんだ。これはゲームだろう?少しくらいカメにハンデをやらないと面白くないじゃないか」と意地悪く答えた。


 するとゴール付近に居た王のアライグマは大声で笑った。

「なんと面白いウサギだ!気に入ったぞ。お前はてっきり優しいウサギかと思っていたが、我が村にふさわしい意地の悪い住人だったのかもしれないな!」


 ウサギは笑顔で「そうです、王様。私は意地が悪いのです。私はこのゲームに勝つ自信があります。あんな老いぼれのカメなんて、放っておいたってどのみち、死ぬのです。だから私はあえてゲームを面白くさせようと、こうしてカメをここで待つことにしました。そして、カメがゴール付近まで来たら、僕は目の前で先にゴールしてやります」


 王はウサギの言葉に満足そうな笑みを浮かべた。そしてウサギはその言葉通り、いや、当初の計画通り、カメをゴール付近で待つことにした。そしてわざと居眠りするふりをして、目を閉じた。


 カメは中々やってこなかった。年老いたカメは想像以上に足が遅く、沿道からはヤジが飛んだ。そのヤジは寝たふりをしたウサギの心を痛めた。どうしてお年寄りにみんな優しくできないのだろう。本当に平和に生きたいのなら、皆助け合って生きていくべきじゃないだろうか。


 しばらくすると、ようやくカメの足音が近づいてきた。カメはだいぶ疲れているようだったが、当初の約束通り、カメはゴール付近のウサギを通り越し、着実にゴールまで近づいていた。


「おいウサギ!カメがお前を追い越しちまったぞ!」本当に寝ていると思ったウサギを起こそうと、沿道の熊がウサギに声をかけた。ウサギは最初から起きていたが、あえて驚いて飛び起きるふりをし、「しまった!寝てしまった!」と言った。


 そしてほとんどゴールの傍に居るカメの元まで走って行き、絶妙なタイミングで二匹はゴールしようとした。その時の息はまるでぴったりで、計画はうまくいったかのように思われた。


 しかし、カメが頭をほんの少しだけ先に出して先がゴールしてしまった。その瞬間、ゴールの瞬間を見逃すまいとしていた審判のキツネは、「カメの勝ちだ!」と叫んだ。


 ウサギは頭の中が真っ白になった。…何故?どうして?

 

 ウサギはカメの顔を見ると、カメは意地悪そうな笑みをたたえてウサギを見ていた。

「君は本当に優しいウサギだねぇ…最初は本当に負けると思っていたけれど、君が馬鹿だったおかげで私はまだ生きることができそうだ」

「…なんで…」

「一緒に生きるなんて、そんな甘いこと、あのアライグマが許すわけないだろう。私は何年この村で生きてきたと思ってるんだ。理不尽な競争だって何度も見てきたさ。勿論引き分けもね。でも、アライグマは引き分けを許さなかったよ。そういうことさ」


 ウサギは絶望感からその場にへたり込んだ。あっという間にキツネたちがウサギを取り囲み、ウサギに縄をかけて放心状態のウサギを引っ張っていった。


 一部始終を見ていたアライグマは楽しそうにリズムを踏みながらカメの元へとやってきた。

「良かったねえ、カメ。優しいウサギのおかげで君は生き延びることができた。感謝するんだよ」

「はい、王様。…確か王様は、ウサギの煮込みが大好きでしたよね」

「ああ、大好物だとも。少なくともカメの料理よりはね」

「ぜひ、私も戦友の命を少しだけいただき、残り少ない命を全うしたいと思います」

「ウサギの肉は栄養が豊富だから、きっとまだまだ長生きできるさ。次はくれぐれも呆けて他の餌を食べないように」


 そう言って二人はうなだれたまま無理矢理牢屋へと連れて行かれるウサギの後ろ姿を眺めるのだった。


お読みいただき、ありがとうございました。

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