8話 不味
寄り道があったものの、無事書店に着くことができた。前世と大差ない見た目だが、上手く街の外観に溶け込んでいる。勿論、日本語などという要素は微塵も含まれてはいないが。透き通ったガラスの扉を引き、店内に入る。
「いらっしゃいませ。」
ドアを開けると、その隙間から暖かい風とともに低い声が流れ込んでくる。書店というのは、随分と世話になった覚えがある。雰囲気はあまり変わりなく、その頃の思い出が鮮明に浮かび上がる。
「すみません、辞書って置いてありますか」
店員にそう話しかける。一瞬怪訝そうな顔をしたものの、笑みを浮かべ言葉返してくる。
「ああ、辞書なら、あの奥の棚に置いてある。...にしても、お兄さんが使うのかい?」
的を射た考えだ。一介の高校生が辞書の一つも持っていないのは、少々冗談が過ぎる。
「いえ、近所の方の息子さんがそろそろ誕生日なので。今のうちに英才教育を、ね?」
勿論虚言だ。この世界に来たばかりである俺に近所の方との交流などある訳が無い。だが、この場を乗り切るには十分すぎる嘘だった。
「そうかそうか。『魔導院』目指して頑張らせなきゃな。」
魔導院...国立魔導高等第二学院。既に二人の受験者と出会っている所から見ると、知名度の高い高校の様だ。
「そんなに凄いんですか?国立魔導高等第二学院って。」
そう。飽く迄俺が『魔導院』なるものを受ける理由は、「近いから」である。決してその学校が行っている授業や行事に興味がある訳では無い。だが、店員からの返答は、予想外──いや、薄々感じていた「予感」にかかっていた霧を、取り払うものだった。
「凄いってものじゃない。魔導院と呼ばれる学校は全部で七つあるんだが、その七つの魔導院は、世界の魔導師の上位三%にも満たない程に優秀な魔導師を例年輩出している名門校だ。名門校なんて、月並みの言葉だがな。」
ふむ、名門校、ね。前世では関わりを持たなかった言葉だ。これからそこを受験すると言うんだから恐怖以外の何物でもない。奥の棚に向かい、一冊の厚い本を手に取る。赤に金で何書かれている。無論読めないが。
「これで。」
「高いやつ選んだね。銅貨七枚だ。」
銅貨七枚がどれほど高いかわからないが、まあこの際この話題は棚に上げよう。銀貨一枚を払うと、銅貨三枚のお釣りが返ってきた。つまり銅貨十枚で銀貨一枚か。
「また来てください。」
「えぇ、またいつか。」
短く言葉を交わし店を出る。人混みはまだまだ無く、静かな風景が続いていた。宿に戻るにはまだ早いし、ギルドで依頼の一つでもこなしていこうかな。
にしても、あの二人中々美人だったな...これは青春ラブコメが始まる予感がする。すまんな元同志共。俺は先に行くぞ。ふと横を見ると、ギルドに着いていた。俺が中に入るや否や、ざわざわと騒がしい声が発せられる。なんだなんだ?
少し落ち着かない気持ちになりながら、クエストボードに向かう。
「ゼクス、なんかあるか?暇つぶし程度のやつ」
"そうだな、あれはどうだ、タイタンの討伐"
タイタンってあのタイタンか?神の。
いや、そんなわけあるか。クエストボードに貼られているのに神の討伐なんてものがあるわけが無い。
俺は何故か他のコルクとは違う赤に金の縁どりをされたボードからタイタン討伐の紙をはがし、そのままカウンターに向かう。
「これで。」
周りが再びざわざわと騒ぐ。が、そんなことには目もくれず、前を向き続ける。が、店員さんの様子がおかしい。
「あ...ぁ...」
何やら口をパクパクとさせるだけで、固まって動かない。まるで頭のおかしなものを見たような...
「なあ、一応聞くけど、タイタンってなんだ?」
小声で尋ねた俺に、間髪入れずにゼクスが、おそらく涼しい顔をして答えた。
"タイタンはたまに出る玉霊の一種だ。土の栄養価が高い森や洞窟、草原等を住処とし、そこら一帯の魔物を仕切る。"
へぇ、霊か。ゼクスは神霊とか言ってたから、恐らくゼクスよりは下なのだろう。
「あのー、店員さん?」
「は、はいぃっ!」
バネの様に、という表現がお似合いであろう動きを見せた店員さんは、「こちらですね!」と、さっきの様子が嘘のように説明してくれた。
「制限時間は今から四週間、報酬は白金貨五枚が国から支給されます!」
「わかりました。行ってきます。」
店員さんの説明を軽く流し、ギルドを出てゆく。四週間なんて試験が始まってまうから。そんなかからんから。
「ゼクス、位置、わかるか。」
"先日の洞窟から更に2km、広い草原だ。"
「了解。」
軽く返事をし、木に登る。彼処から2kmもか。空飛べたら楽かもな。
───魔法『飛翔の軌跡』を獲得しました。
ピ〇トか。いやピッ〇じゃん。敵に回しちゃあかん部類の会社だぞ。
効果は一度通った場所への瞬間移動と、魔力量に応じた速度と時間の飛翔。早速使い、空を飛んでみる。
...お、おお...なんというか、凄い爽快感だ。身体を心地良い風が纏い、変な浮遊感も無い。
そんな快楽に身を委ねながら、空の旅を楽しむのであった。




