13章 3話
見つけた。
ついに手がかりを。突破口を。このゲームの脱出方法を。見つけた。
一周目でも、二周目でも見つからなかったログアウトの術を。三度目の生を得てついに私はそれを掴み取った。
そしてそれを得て、ついついハイになってぶっ飛んだ私は。
クスリの中毒に苦しんでいた。
「二度と……やらない……」
アトリエの自室に閉じこもって鍵をかけ、内から沸き起こる不快感にじっと耐える。もう三日はこうしている。たった一度の使用でここまでとは……。
朝日ちゃんはこんなものをよく何度も打ったもんだ。科学の進歩のために身を削りすぎである。このヤク中め……。
「あー……。朝日ちゃんの時代の人間は、そもそも環境的に薬物耐性が高いんだ……。ここまで酷くはならなかった、と……」
つまり普段からクスリ漬けになってるようなもんなんですね。羨ましくはないです。
イマジナリーフレンド朝日ちゃんと会話して少しでも気を紛らわせる。しんどい。
「おーい店長、なにか食べるかー」
扉の外から銀太が声をかける。
「胃に優しいもので……」
「分かった。今日はうどんにするか」
助かります……。
色々しんどくて自分で料理する気にもなれない。銀太の料理は不器用だけど、温かいからすき。
しばらくして持ってきてくれたうどんをゆっくり食べる。食後に『黄金レモン』と『花蜂の銀蜜』で作った、体内の毒物を浄化する『金銀はちみつレモン』をホットにして飲んだ。
食べたら横になる。寝てよう。数日もすれば中毒も抜けるだろう。
生身の辛さが、今ばかりはすこし恨めしかった。
*****
気を取り直して。
中毒も抜けた後、私は大神殿へと赴いていた。
目的はひとつ。対話だ。
(ここからが正念場だ。なんとしても、人と神との戦いを止める)
ラグアを殺す以外の方法でログアウトを解放し、プレイヤーの穏便な脱出を果たす。それが人と神との融和に至るただ一つの道だ。
桜の花びらからも応援するような思念が届く。ありがとう。一緒に行こう、朝日ちゃん。
「私は見てる」
そしてジミコもついてきていた。
「見てるの?」
「うん。見てるだけ。この世界の行末が決まるんだから、絶対見なきゃ」
「テレビじゃないんだから……」
「?」
「あー。配信時間が決まってる娯楽映像、かな」
「わかんない」
もともとこの世界出身のジミコだ。システムの知識はあっても現実のことまでは分からないようだ。
ちなみに朝日ちゃんはテレビと聞いて驚いていた。こっちは単にジェネレーションギャップ。朝日ちゃんの時代にはもうテレビは無いらしい。
「この前の神々の戦いは面白かった。あれは私が語り継ぐ、任せて」
「あれも見てたのか……」
こいつ……。
もはや何も言うまい。観測者に目をつけられたのが運の尽きだ。一応プライバシーは尊重していると言っていたけど、どこまで信用できるのやら。
気を取り直して。
大神殿のラグア像の裏にある隠し階段から、ラグアの聖域へと降りていく。その聖域の中心には、修復されたラグアの十字架が安置されていた。
そしてそこにはラグアがいる。
『おや、神子ではありませんか。どうしたのです』
「ラグアと話したいことがあってさ」
『私とですか? あらあら、リグリが妬いてしまいますね』
ばっと辺りを振り返る。リグリに出てこられたらちょっと困るぞ。
周りを確認してもリグリはいないし、ついでに言うならジミコもいなかった。どこかに隠れているんだろう。あくまで邪魔はせず、見物に徹するようだ。
『大丈夫ですよ。ここには私とあなたしかいません。御神体のある部屋には原則立ち入らないのが神々の協定です』
「そっか、なるほどね」
『ゼルストだけは別ですが……』
あー……。
御神体ごと世界中飛び回るようなやつだからなぁ。そんなことしてるから御神体破壊されるんだよ。
『して。何の御用でしょう』
「んーっとね」
少し考える。どう攻めるか。
慎重か大胆か。斬り込みか引き撃ちか。戦法なんてだいたい二択だ。
腕にガタが来ていても戦場の嗅覚は忘れていない。攻めるなら攻める。守るなら守るだ。
「ログアウトって知ってる?」
斬り込んだ。悪手であろうと思い切りが大事。迷いに迷った最善手より、即断即決の悪手のほうが強い。
『ログアウト……? いえ、知りませんね』
ヒット。
「そっか。じゃあ私たちの話をするね。聞いてもらえる?」
こほんと一息ついて、戦法を組み立てる。大切なのは閃きと思考の瞬発力、そして経験だ。じっくり考える時間なんて無い。短い時間でどこまで組み立てられるかが求められる。
「私たち冒険者は元々この世界の人間じゃないんだ。他の世界からここに来ているの」
『そうなのですか? 他の世界……。それは例えば、地球のような?』
「まさにその通り。でもこの世界には別の地球があるから、私たちの来た世界を現実と呼ぶね」
ここで明かされる衝撃の真実! なんと私たちは異世界人だったのだ!
あれ、朝日ちゃん知ってたの? あ、私の記憶見たんだ。そっか。そっかー。
『しかしこの世界と他の世界をつなぐ大門はひとつです。あなた達が他の世界から渡ってきたとするなら、それはどこから……?』
「物理的な手段じゃないんだ。もっと高次元の、この世界からは認識できない方法で私たちはやってきた」
おそらくこの世界でそれを認識できるのは、私たちプレイヤーとジミコと朝日ちゃん。後はミルラくらいだろう。
「でもこの世界に来た私たちは、今とても困っている。元の世界に帰れないんだ。元の世界に帰る術は失われた――いや、封印された」
『それは……。大変ですね。お家に帰れなければ困ってしまいます』
「そうなんだ。分かってくれる?」
『もちろんですとも。力になりたいと思います』
んなこと思ってないくせにー。ラグアちゃんったらおちゃめさんなんだからー。
きゃっきゃうふふ。なかよしなかよし。
「冒険者がこの世界を壊すほどの力を持っているってのは、神様も知ってるよね。私がそれを抑止するために神子になったくらいだしね。もちろん私は人間が世界を壊さないよう、神々が人間を滅ぼさなくて良いように最善を尽くすよ」
『ええ。あなたが神子の役割を担ってくれたこと、心より感謝しています。人間がこの世界に住み着くのであれば、きっとより良い明日が開けるでしょう』
「人間はもうこの世界に住み着いてるよ。でも、冒険者は別。元の世界に帰らないといけない。それができなければ――」
できなければ。
それができないのであれば。
「私にはもう止められない」
しん、と静寂が聖域を包む。
意味していることは、かつての戦争が再び繰り返されること。
それはプレイヤーにとっても、この世界の人間にとっても、神々にとっても、大きな不幸を生み出すだろう。
それだけは絶対に避けなきゃいけない。
「冒険者がこの世界から脱出する方法。争いを回避するためのたった一つの答え。それがログアウト。もう一度聞くよ」
だからさ。
協力してよ、ラグア。
「ログアウトって、知ってる?」
『いいえ……。そのようなもの、寡聞として聞いたことはありませんね』
「スキルスロット、フレンドリスト、ギルドメニュー、オプション、UI、コンソール」
『……? いま、なんとおっしゃりましたか?』
「――――ログアウト」
『ですから、ログアウトなど……』
「知ってるよね」
しらばっくれても無駄だよ。
ゲーム用語を認識できないはずのラグアが、ログアウトという言葉にだけ反応している。答えはもう出てるんだ。