13章 2話
「それだけ。これが全て。私の持つ情報はもうおしまい。残念だったね、こっちは不正解」
「待って待って待って! ちゃんと説明してってば!」
「喋るの疲れた」
そう言うジミコの口に『ツユクサポーション』を突っ込む。逃がすか情報源。
「んぐっ」
「回復した? 回復してないならもう一本飲ませるよ。そんで話して」
「……強引だ」
ジミコはとても嫌そうな顔をする。滅多に表情変えないくせになんで急に安売りしだすんだ。そして嫌がるな、ちゃんと話して。
「しょうがない。……はぁ、しょうがない。まったくもー、しょうがない」
さんざん勿体つけながらもジミコは語る。
「元々私はこの世界の人間だった。あなた達の言うところのNPCと同じ存在。あなた達プレイヤーがこの世界に来る何年も前から、私はここに住んでいた」
「え、でもジミコって今はプレイヤーだよね。なんで?」
「……全部説明する。聞いて」
「すいません」
黙って聞くことにした。正座しよう。
「この城壁に囲まれた街で生まれ育ち、私は外への興味と好奇心を持った。壁の外にある世界を見に行きたくなった。知りたかったの。私が生まれたこの世界を」
桜の花びらから深い共感の思念が流れ込んでくる。同じ人種のようだった。
時代が変わっても研究肌の人間は生まれてくるもんだ。後世まで研究魂が受け継がれていることに、朝日ちゃんは嬉しそうにしていた。
「そして、ある日外に出た。で、死んだ」
「死んだぁ!?」
「イモムシに負けて……」
「イモムシに!? ジミコが!!??」
イモムシって言ったらラインフォートレスから歩いて5分のところにいる、ぶっちぎりの最弱モンスターだ。レベル1かつ徒手空拳でも余裕で勝てるレベルの。
そんな相手に、攻略組最強の一角を占めるジミコが敗北するなんて。ちょっと考えられない。
「あなたは知るべき。本来人間はそれほどまでに弱い。冒険者は特別なの」
「う、うん……」
「とにかく私は死んだ。そして桜の香りに導かれて、たどり着いたのは花園だった。秘密の花園の最奥部、隠された霊園。知ってるでしょ?」
「ああ……。あそこの『魂桜』に導かれたんだね」
「そう。そこで、遠野朝日の記憶を見た」
桜の花びらから補足説明が飛んでくる。
なんでも自分と同じ人種を見つけて、ついつい嬉しくなって友達になりたくなったらしい。それで桜の花びらに乗って楽園から花園まで飛び降り、記憶を見せたと。
……朝日ちゃん、自由だなぁ。
「あなたも見たなら知っているはず。遠野朝日の最後の思念を。音を立ててそこに在る。だからこそ音を立てず、静かにこの美しい世界を見ていたい。観測者としてのその考え方に私は深く共感した。そして願ったの。もう一度、チャンスをと」
こう言ってますけどそこんとこどうですか朝日ちゃん。
あなたが死ぬ間際に願ったことですよ朝日ちゃん。肝心の朝日ちゃんはどうなんですか。今でもおしゃべり大好きだよね朝日ちゃん。死んでもおしゃべりは治らなかったんだね朝日ちゃん。
あ、怒った。ごめんごめん。それにしても朝日ちゃんてば、他人に影響を与えておいて自分は変わらないなんて中々の悪女だね。ああ泣くな泣くな、私が悪かったから。ごめんごめんごめん。
「……まあ、私の考えだから。遠野朝日はどうあれ私が影響されたのは変わらない」
「ジミコも朝日ちゃんの言葉聞こえるの?」
「うん。記憶を見て、一度魂の波長があったから」
それを聞いて朝日ちゃんから喜色満面といった思念が届く。今までは私としか話せなかったから、話し相手が増えるのは純粋に嬉しいんだろう。
そして私と同じ思念を受け取っただろうジミコはちょっと嫌そうな顔をしていた。まあまあ。
「とにかく、私はもう一度を願った。そしてミルラに会ったの」
それはきっと、私と同じだ。
あの日の私が願ったように、ジミコはチャンスを願った。その呼びかけにミルラは答えたんだ。
「ミルラと取引をしたの。私はこの世界の真実を求めた」
すっげえもん求めるな。
「でもダメだった。私じゃ対価を払えないって」
「あはは……。そりゃそうだろうね……」
「だから、真実を知る術を求めたの。そして与えられたのがこの力」
ジミコは一本のナイフを取り出し、自らの手のひらを斬りつける。
ナイフは確かに手を斬った。しかしその手のひらには傷ひとつつかず、流れ出るはずの血は流れない。
それはまさしく、電子の体だった。
「あなた達がシステムと呼ぶもの。それが私に与えられた力。それを手に、私は時を巻き戻った」
語り終えて、ジミコはふぅと息をつく。そしてインベントリから緑茶を取り出してちびちびと飲んだ。
「……続きは?」
「続き?」
「巻き戻って、それで、どうしたの?」
「どうしたも何も、観測してた。そのうちあなた達がやってきたから、その中に混じって観測を続けた」
「……それだけ?」
「他に何が?」
ああ、うん……。
ジミコはただ見ていられればそれでよかったのか。なんというかマイペースというか、ジミコらしいというか。
ジミコはやっぱりジミコだなぁ。
「新鮮だったよ。まるで知らないことばかりだった。私たちの住む世界があなた達にとってゲームだということを知った時は、誰も知らない真実を見つけた気分だった。これからも見ていたい。ずっと、ずっと」
その気持ちは私にもわかる。
立場こそ逆だけど、私はゲームだと思っていたこの世界が本物だと知ったから。ジミコと違って最初は受け入れられなかったけどね。
でも今は、私もこの世界を見ていたい。そう思っている。
「ねえ、ジミコ。ひとつ聞いていいかな」
「ん」
「ジミコは何を対価にしたの」
そう問うと、ジミコはただ首を振る。
「わからない」
「わからない?」
「うん。もう、思い出せない。だからきっと、それが対価」
「……そっか」
きっと私とジミコは同じことを考えていた。
それは失ったものから目をそらすことじゃない。手に入れたものを喜んでいたいと願う、そんな気持ち。
「私の話はこれでおわり。ね、ハズレだったでしょ」
「ううん、そんなことないよ。一歩進んだ」
わかったことはひとつ。ミルラとはゲームシステムの深くにまで干渉できる神である。そしてその一方で時を巻き戻し願いを叶える、超常の力を持つ神でもある。
GMに近い全能の力と、超常の力を併せ持つ神。その力のひとつだけでもこの世界では超越者として振る舞えるというのに、ふたつ持つと来た。
(つくづく常識を越えてやがる)
中身が現実の人間としても、この世界の神としても考えにくい。一体この神は何者なんだ……?
依然として正体不明の神だ。謎は深まるばかりで、行き詰まる。
「ミルラのことはちょっとわかった、けど」
「けど?」
「結局ログアウトの手がかりが無い……」
この際ミルラの正体は置いておこう。
優先される課題はログアウトの方法だ。ミルラを含めてゼルストを抜いた6柱のどれが封じているのか、さっぱりわからない。
システムに干渉できる神だからってミルラがログアウトを封じているという結論は早計だろう。現にゼルストはサブクラスというシステムを封印していたのだから。
「言ったよ。私は裏道で、正規ルートじゃないって」
「裏道……。正規ルートが何か知ってるの?」
「答えを聞くのはズルだ」
「そこをなんとか……!」
頼み込む。お願いしますジミコ様、今は少しでもヒントがほしいんです……!
「仕方ないな」
「案外優しい」
「私はあなたの味方。あなたがどういう答えを出したとしても、最後まで見届ける。もちろん、この世界の住民として思うことはあるけれど、それでもね」
「……ありがとう」
「遠野朝日がそうしてるから。だから私もそうするの」
胸の中で朝日ちゃんにも礼を言う。
私の目的はプレイヤーのログアウト、朝日ちゃんの目的は神との融和、ジミコの目的は世界の観測。
それぞれの目的は違えど協力してくれる二人に、ただただ感謝した。
「出せるのは本当に簡単なヒントだけ。それも、あなたがミルラなんていう裏道を探していなければ、簡単に気がつくはずだった」
ジミコは埠頭にあるひとつのプレイヤー店舗の看板を指差す。
その看板に書いてあるのは「水族館」。
「水族館に行けってこと?」
「違う。でも行くのはおすすめ。あらゆる魚が網羅されてる。すごい」
「……今度チェックさせてもらうよ」
よくわからない。水族館がなんだって言うんだ。
しばらく頭をひねりながら看板を見る。
「大ヒント。言葉には意味がある」
ジミコがそう言った時、朝日ちゃんが何かに閃いた。
その思念の端々からヒントを汲み取り、言わんとする事を察する。そしてその看板から発せられる概念を見て、ようやく私は理解した。
水族館の看板から発せられているのは海の概念だ。看板という人工物の概念ではなく、文字からにじみ出る海の概念。
「ジミコっ」
「ん」
私の言わんとする事を予め察していたのか、ジミコはペンとメモを渡してくれた。礼を言う間も惜しんでそれに文字を記す。
自由、死滅、豊穣、金槌、武勇、深海、そして運命。その一つ一つの単語から、それぞれ異なる概念が観測できる。
ならば、「サブクラス」と書く。その文字から浮かび上がるのは『極極鉄』へと向かう概念だ。
(サブクラスはゼルストの領分。それなら、ログアウトの領分は――!)
メモに記した「ログアウト」の文字からは。
大神殿に向かう概念が発せられていた。