13章 1話
銀龍に乗ってラインフォートレスに来ていた。最近は神様も自由にしてくれるから楽でいい。
今となっては枷を外しても何も言われないんだろうけど、これを外すつもりはない。お風呂場でアセビの花飾りが自然に外れそうになった時はあわてて付け直したものだ。
これは必要なものだから。システムの力はもういらない。
さて。
アトリエの中に住み着いていた銀太を叩き出して、自室の中に一人こもる。扉に鍵をしっかりかけて誰も入れないように。
(……やるか)
取り出したのは乾燥させた『鬼面茸』の粉末と『花神酒』。それと『花蜂の銀蜜』に『消炎ツユクサ』を漬けた『抗毒ポーション』も用意してある。
運命と時空の神ミルラの情報を得るために私が下した結論は、大変遺憾ながら朝日ちゃんと同じものだった。つまり、自分で試すしか無いと。
心配そうな思念が桜の花びらから伝わってくるけど、元々これはあなたがやったことですからね。でも私にもしものことがあったらお願いしますね。
朝日ちゃんの助言を受けつつ薬剤を調合し、できあがった液体を注射器に詰める。この注射器は朝日ちゃんが作ったものだ。何百年、あるいは何千年前のものかはわからないけど、煮沸消毒はしたから多分使えると思う。
準備を整え、『抗毒ポーション』を服用する。
(落ち着け。力むな。緊張したらすんなり針が入らなくなる。力を抜いて、すっと行こう)
左腕の静脈にすっと針をいれる。薬剤を注射してすぐに針を抜いた。
心臓がどくんと跳ねる。体から力が抜け、ベッドに倒れ込んだ。激しい動悸と発汗、重度の酩酊感。私に現れている症状は事前の想定通りだ。
そして気絶しそうなほど深い酔いを過ぎれば――、来た。幻覚症状から来る全能感。
(この全能感に飲まれると中毒になるんだよね。気を強く持つこと。大丈夫、私には理性がある)
ゆっくりと立ち上がる。体がふわふわとして落ち着かない。そして周りを見渡せば、概念が見えた。
部屋中から立ち込めるのは制作物の概念だ。私の持ってきた『消炎ツユクサ』の残りからは自然の概念が見え、窓から見上げれば大空いっぱいに空の概念が見える。
そして私から発せられ、世界に解けるもの。これが「運命」あるいは「時空」の概念なんだろう。他の概念より色濃く見えるこれをしっかりと目に焼き付けた。
(とにかくミルラに通じる概念を見つけること。なんだって良い。糸をたどるんだ)
外に一歩出れば、あまりの概念の多さに目がくらんだ。
ありとあらゆるものから発せられる概念が6つの行き先へと流れていく。大神殿、赤砂砂漠、浮遊島、海底神殿、背面界。行き先がゆっくりと変わっている概念は『極極鉄』に向かっているんだろう。
そんな中で、世界に解ける色濃い概念を探す。
(運命の概念は全ての人間から発せられるものでは無いのか……)
私と朝日ちゃんは運命もしくは時空の概念を持っていたけれど、他の人間は必ずしもそうではなかった。上位概念を持つ条件はわからない。
(朝日ちゃん。何か気づいたら教えてくれる?)
桜の花びらからは元気な返事が帰ってくる。さすがは興味と好奇心の獣、こと調査にあたっては心強い。
調べよう。ラインフォートレスを歩き回ってひたすら運命の概念を探し歩いた。
*****
見つけた。
隠しようもないほど色濃い概念を、見つけた。
見間違いではない。それは確かにそこにある。運命か、時空か、あるいはその両方か。
その人は確かに、私たちが探していた概念を発していた。
「来たね」
埠頭に腰掛けて海を見るその人は、私たちを待っていたかのように出迎える。
その表情から何を伺うことはできない。無機質な顔を海に向け、その人は語る。
「ここに来たってことは遠野朝日の力を借りたんだ。そしてあなたはミルラを探している。違う?」
その通りだ。
しかし、どうして。
私は彼女に遠野朝日のことを話していない。なのになぜ、彼女が遠野朝日を知っている?
「正解、だけど不正解。私はミルラに通じてもログアウトに通じる答えは持っていない。ズルするからだよ。こっちの道はあくまで裏道。真の黒幕にはたどり着けても、正規ルートじゃない」
彼女は――ジミコは、いつになく饒舌に、そう語った。
「どうして? どういうこと? なんで、ジミコが遠野朝日を知ってるの?」
「さあ。どうしてだろうね。ひとつヒントを出すなら、私はミルラじゃない」
ジミコはそれきり答えを出さない。私に考えろ、ということなんだろう。
違和感を探す。まずは事実からだ。
ジミコは運命あるいは時空の概念を宿していて、遠野朝日のことを知っていて、ミルラについても知っていて、そしてミルラではない。
特に違和感があるのはミルラの件だ。この世界でミルラを認識した人間は私の知る限りだと遠野朝日が最初である。そしてそのメモを読んだ私もまたミルラのことを知った。
なら――。
(朝日ちゃん。ひょっとしてジミコに会ったことあるの?)
帰ってきたのは肯定の思念。それと、付け加えるように否定の思念も送られた。
「すぐに答え聞くのはズルだ。でも、いいよ。それで十分」
朝日ちゃんはジミコに会い、自分の記憶の一部を見せた。しかしミルラについての研究については話していないと言っている。
ならジミコがミルラについて知っているのは、それはつまり、私と同じで。
「私は遠野朝日に、そしてミルラに会った。あなたと同じ。過去に時を巻き戻したことのある――」
ジミコはいたずらっぽく笑って、言った。
「この世界の住民だよ」