12章 8話
気がつけば時刻は既に昼を過ぎていた。
一度メモの束を置いて部屋から出る。とにかく外の空気を吸いたい気分だった。
(7柱目の神、か)
一度考えをまとめよう。
7柱目の神、ミルラの存在は遠野朝日の実験記録が示していた。そして私はそれと思わしき神に遭遇している。
しかしあの出会いはこの世界ではない異空間のものだった。かの神に再び会う術を私は知らない。
(他の神より上位に位置する神格。それがもし、ログアウトを封じる神であるとするなら……)
断言はできない。可能性こそ示されたが、手元にあるミルラの情報が少なすぎる。
私はまだこの世界について知らなければいけないことがある。幸いにも糸口は見つけられた。この先に繋がるものがなんであれ辿っていこう。
神殿から外に出て、すっと息を吸う。凝り固まっていた脳がほぐされて気持ちいい。
そして、いまだ戦い続ける神々を見て、ながーく息を吐いた。
「まだやってんの……」
神々の戦い(今となっては神々の泥仕合と呼ぶほうが適切だ)が始まってかれこれ三週間。ウルマティアとカームコールは、お互いほうほうの体でありながら戦い続けていた。
『ふふ……、決着の時は近いぞ、若造……!』
『ああ……! 次の一撃で、ケリをつける……!』
このセリフも私が聞いた限りだと6回目だ。目を離している時間のほうが長いから、実際はもっと言っているのかもしれない。
「ねー、リグリー。あれ、止められないの?」
『まだまだあそこからが本番よ。2000年前の戦いの時は、お互い手足が動かなくなっても地をはって噛みつきながら半年は戦っていたわ』
「それでいいのか神様……」
さすがにこれは見てらんない。私の仇敵が泥まみれになりながらジジイと噛み合うなんて絵面的に見たくない。何より朝日ちゃんに見せていい光景じゃない。
「止めていい? って言うより、止めさせて」
『構わないわよ』
リグリに許可を貰ったので神々の戦いの渦中へと飛び込む。字面だけ見ればなるほどこれは最終決戦に違いない。
「そろそろ仲良くしなよー。いつまでやってんのさ」
『何を言うかっ! こやつには一度分際をわきまえさせねばならぬ!』
『止めるなよ、これは僕らの戦いだ。このジジイを倒して僕は最強の神になる!』
「朝日ちゃん泣いてるよ」
『やめようカームコール。神々で争うのは不毛だ』
こいつちょろい。朝日ちゃんパワーは偉大だ。
「カームコールも。もうゼルストは復活したんだし、戦う必要無いでしょ」
『なななな何を言うか小娘っ! 誰がゼルストのために戦いを始めたなどと言った!』
「自明だと思うけど」
戦いの概念が満ちればゼルストは復活する。神々の戦いともあれば一発だ。最初から狙ってやったくせに。
近くで剣をぶんぶん振っているミニゼルストは、相変わらず分かってなさそうな顔をしているけどね。
『しかし、こやつがゼルストの力を奪い神界のバランスを崩したのもまた事実。過ぎたる力は目に余るものよ……』
「じゃあ力返したら?」
『返す? 力を?』
「できると思うけど」
たぶん。朝日メモを読んだ限りだとそんな気はした。
「えっと、領分から得た概念は神の中で力に変換されるのね。一度力に変換された後は神々同士でのやり取りも理論上は可能なはず」
『……は?』
『……む?』
「要は《黒き神の輪廻》で力を取り込んだのと逆のことすればいいの。やってみ」
ウルマティアは頭にハテナマークをいっぱいつけているミニゼルストに近寄る。そして恐る恐るゼルストに触れると、肉眼でも観測できる「何か」がウルマティアからゼルストに流れ込んでいく。
そしてそれが終わった時、ミニゼルストは元のゼルストの姿へと戻っていた。
『ぬぅん? なんだこの力は!? これはまさしく失われていた我の力! 天よ震えよ地よ轟けッ!! 我が名は戦神ゼルストッ!! 完ッ! 全ッ! 復ッ! 活ッ!!!』
「うっさい。叫ぶな」
『神子よ、この我の力を取り戻させたこと褒めて遣わす! 人界の英雄よ!! 短い生涯で二度もこの我に認められるとはやるではないか!!!』
「ウルマティア、悪いんだけどこいつもっかい封印してもらっていい? できれば二度と目覚めさせない方向で」
『いやいやいや……』
ゼルストうぜぇ。
言っとくけど私はまだ許してないんだかんな。絶許なんだかんな。
『お主、力がやり取りできるとなぜ知っていた? このわしですら知らなかったというものを』
「朝日ちゃんが教えてくれたの」
『なるほど、遠野朝日か。思えばあの娘、色々と調べておったのぅ……』
カームコールはどこか遠い目をしていた。懐かしむような顔つきだが、その目の色の奥にはどこか疲れを感じさせる。きっとカームコールも朝日ちゃんに散々質問攻めにされていたんだろう。
ともあれこれ以上戦うつもりは無いらしい。これにて終戦。
『かくして神子の願いにて戦神は蘇り、神々の戦いは終結す。ゼルストではありませんが語り継がれるでしょうね、これは』
『ええ。きっといっぱい脚色されて語り継がれるでしょう。良かったわね、あなた後世の歴史家にモテモテよ』
「えぇー……」
最後にラグアとリグリが不吉な予言を残す。こんなん語り継がないで欲しい……。
かと言って真実を残すのもあまりにしょぼすぎて、どうせ残るなら脚色されたほうがまだマシかなと、どこかで諦めていた。