12章 3話
シリアスは品切れです。
少し離れたところで神々の戦いを見物する。
さすがは神と神との戦いだ。風雲吹き荒れ雷鳴轟き、地は砕け空は裂ける。緻密な描写をしようものなら、これだけで一章を要するほどの大激戦だった。
「あいつら、よく飽きないなぁ」
『大体いつもこんなものよ。一度やりだしたら最低でも三日三晩は戦い続けるわ』
リグリと一緒に観戦する。十数時間はウルマティア側について戦っていたリグリも、途中で飽きたと言って抜け出してきた。
『喧嘩のようなものですからね。特にウルマティアは私たち神々の中でも年若い。カームコールからすれば手のかかるがきんちょ――失礼、お子様といったところでしょう』
カームコール側で参戦したラグアは善戦こそしていたが、亀のように結界を貼り続けるだけの彼女に対してウルマティアは無視という結論を出した。4時間ほど誰にも攻撃されず、誰も攻撃しなかったおっぱい姉ちゃんはそっと棄権を申告した。
『あれも本気で言っているのではない。此度の件は懲罰というよりもケジメに近いものだ』
アーキリスはそもそも参戦してすらいない。なんでも自身が製作に協力した『飛空船ロイヤル・リリー』の進水式を見に来たのであって、神々の戦いには一応顔を出しただけだそうだ。やる気あんのかこいつ。
そんなわけで今なお戦いを続けるのは、ウルマティアとカームコールの二柱のみとなっている。
『くそっ、しぶといなジジイ! いい加減後進に座を譲れ!』
『息が上がっておるぞ小僧! ゼルストの力を奪ったとは言えその程度か!』
どかーん。ばこーん。ずどどーん。どんがらがっしゃーん。だいたいこんな感じ。
あー、うん、心配しなくていいと思うよ朝日ちゃん。あいつら死んでも復活するらしいし。好きにやらせよう。
にしてもこいつら、殺し合うくらいには仲が悪いと思ってたんだけど。なんでこんなにのんびりしてるんだ。
リグリとアーキリスが互いに不干渉を決め込んだのはまだわかる。ラグアとウルマティアは殺し合っていたことすら忘れたかのように、まるで普通に接していた。そりゃ私が神子になった以上殺し合う理由は無くなったんだろうけど、いくらなんでも物分りが良すぎないか。
この茶番のような戦いを今は亡きゼルストはどう見ているのだろうか。きっと大爆笑しながら見ているんだろう。
『フゥゥゥッハハハハハアアアアアアアアッ!! 戦ッ! 在るところに! 我は在りッ!!! 戦神ゼルストッ! 大ッ! 復ッ!! 活ッ!!!』
なんかいた。
空の彼方から『極極鉄』が突き刺さり、そこから小さいゼルストが出てきた。ミニチュアサイズの『極極鉄』を振り回し、ゼルストは神々の戦いの渦中へと飛び込んでいく。
そしてウルマティアとカームコールに蹴っ飛ばされて、こっちまで転がってきた。
『むぅぅぅん……。さすがに復活してすぐは奮わんか』
「おいゼルスト。お前私になんか言うことないのか」
『む? おお、神殺しの英雄ではないか! あの後どうなったのだ? この我が助力したのだ、無論勝ったのだろう! 何、礼には及ばぬぞ。共に千年の戦を楽しもうではないか!』
「リグリ様、私やっぱり神子やめます。人と神とは分かり合えません」
『どうどうどう』
こいついつか泣かす……。
覚えておけゼルスト。朝日ちゃんが止めていなければ私はお前に斬りかかっていた。朝日ちゃんに感謝しろ。
神々の戦いを心配そうに見守る朝日ちゃんには悪いけど、こうなってしまってはただの娯楽だ。それをのんびり観戦しながら、私は数時間前の攻略組との会談を思い返していた。
*****
表では神々がどんぱちしているから神殿まで避難する。ついてきたのはヨミサカパーティ、フライトハイト、それと銀太。他のプレイヤーは楽園の探索に精を出していることだろう。神々の戦いに巻き込まれてなきゃいいけど。
なおヨミサカは神々の戦いに飛び込んでいこうとしたが、珍しく理性のあるジミコとおっさんに力づくで止められていた。あの人アホだ。
神殿にある円卓を囲む。どこから話したものか……。
「えーっと。そうだな。まずは見て欲しいものがあるんだ」
論より証拠。ここにありますは一本のナイフ。それを使って、私の腕にぴーっと赤い線を引く。
「痛っ……」
鮮烈な痛みが走り、思わず顔がゆがむ。斬った箇所からは真っ赤な血液が溢れ出した。
それはゲーム内には存在しないはずの表現。
「共通認識から行こう。この世界はただのゲームじゃない」
私の体に流れる血が、この世界の現実性を示す確かな証拠だった。
「血……、血ぃ!? おいどういうことだ! このゲームは全年齢対象だぞ!」
「落ち着けフライトハイト。ツッコミどころはそこではない」
「対象年齢気にしてる場合じゃないです」
「え、おい、大丈夫なのか? それは本当に血なのか?」
「本当に血だよ。なんなら舐めてみる?」
「なら俺が……」
冗談だっつの。本気にすんな銀太。
確認も終わったところで傷口に『ツユクサポーション』をかけて、包帯を巻く。あんまり深くは切ってないから放っておけば塞がるだろう。
「ちなみに痛覚もあるよ。100%生で」
「それは……、恐ろしいな。店長、大丈夫だったか?」
「うん、最初は取り乱したけど今は平気。ありがとね」
とにかく、今の私の体は本物だ。本物になってしまった。
「私は一度死に、ウルマティアの手により生き返った。そしたらこの体になっていたの。気付かされた、というより認めるしかなかった。この世界は本物だってね」
長い話を始めよう。
私が見てきたこの世界の話を。
*****
この世界は本物であること。
かつて人が侵略を行ったこと。
それでも神は人を受け入れようとしていること。
このままプレイヤーが殺戮を繰り返せば、今度こそ神は人間を滅ぼすであろうこと。
人間が生き残るためには内なる残虐性を封じ込め、この世界と共生の道を行く必要があること。
すべてを話し終えた後、円卓は沈黙に包まれていた。
長い沈黙の後、ヨミサカは口を開く。
「にわかには信じられんな……」
すぐに共感を得られるとは思っていない。
今までゲームだと思っていたものが、実は本物の世界だったなんて言われても信じないし信じたくない。私だってすぐには受け入れられなかったし、何度も吐いた。
それでも最終的に認めたのは、この体がまぎれもなく本物だったからだ。
「それで、お前は……。選んだのか。その、神子となることを」
「うん。私にはもう、この世界が作り物には思えないんだ」
「……どこまで本気だ?」
「どこまでって、最初から最後まで本気だけど」
そう言うとヨミサカは目頭を抑える。
そして小さく嘆息して、言った。
「違えるな。我々の目的はこのゲームからのログアウトだ。そうだろう」
「ログアウト……?」
「これがゲームでは無いと言うなら言い方を変えよう。この世界からの脱出を、現実への帰還を諦めるのかと聞いている」
それを聞いて久しぶりに思い出す。
元々私は、一周目の私は確かにこの世界からの脱出を望んでいたことを。しかしその目的は長く忘れてしまっていた。
それはなぜだ。
私はいつから――現実への帰還を、望まなくなった?
「この世界が本物だということは認めよう。ここに生きるものが本物であるからこそ、人間が再び過ちを犯すのを止めたいと言うのも分かる。だがそれを、現実への帰還を諦めてまで遂行するのか?」
「……待って」
「何もお前の選択を否定したいんじゃない。ただ、お前にも現実で待っている人がいるだろう。それを捨ててまで――」
「黙って!!!」
円卓に手を叩きつける。
聞きたくない。聞いてしまった。認識してしまった。違和感に気がついてしまった。
一度理解してしまえば、氷が砕けるように現実が突きつけられる。
思い出せないんだ。
私は現実のことを、何も思い出せない。
家族のことを、友人のことを、私を待っている人のことを。何も思い出せない。
私はどこに生まれた人間で、年はいくつで、どこに住んでいて、何をしていたのか。何ひとつとして思い出せない。
私は――。現実での自分の名前すら、思い出せない。
「おい、どうした*****。何か、気づいたのか?」
ヨミサカの言葉の中にノイズが混じる。言葉の中に認識できない単語が含まれていた。
「今……、なんて、言ったの……?」
「何をって、何か気づいたのかと聞いたんだが。どうしたんだ、変だぞ*****」
「嘘、嘘だ。嘘だよね!? 違う、違う、違う!」
動悸が早くなる。心臓の音がやけにうるさい。
深呼吸をしようとしてむせる。吐きそうだ。なんだこれは。
落ち着け、落ち着け、落ち着け私。落ち着いて考えろ。
私の名前はなんだ?
「ヨミサカ、ジミコ、おっさん、シャーリー、フライトハイト、銀太……」
他人の名前は認識できる。自分だ。自分の名前だけが、わからない。
「どうした? 一体何を言っている?」
「……私は? 私の名前は!?」
そう言うと、感づいたヨミサカが絶句する。そして慎重に、確かめるように、私にとっての致命打をことさら丁寧に放った。
「お前のキャラクター名は*****。*****が、この世界でのお前の名前だ」
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