12章 2話
楽園が揺れる。どこかから響く砲声に目を向ければ、巨大な船が空に浮かんでいた。
船の上部にいくつも巨大な風船が取り付けられているが、その船のシルエットには見覚えがある。
あれは――『ロイヤル・リリー』だ。
「どういうことっ!?」
遠くに浮かぶ『ロイヤル・リリー』からは武装した人間が降下している。その人数、目測50人。
間違いない。あれは攻略組だ。彼らがここにやってきた。おそらくは、攻略のために。
「止めないと……っ」
走り出そうとした時、空から吹き付けた強い風に縫い付けられる。風が収まれば目の前には一頭の龍がいた。
銀の鱗を持つ龍だ。その背に乗るのは銀の髪を持つ少年。
少年は龍の背から飛び降り、私に向かい合う。
「迎えに来たぜ、店長」
銀太は精一杯格好つけた顔でそう言った。
「んなこと言ってる場合かーっ! ちょっと銀太、これどういうこと!? なんでプレイヤーがここに攻めてきてんの!?」
「え、あれ? どういうことも何も、俺たち助けに来たんだけど」
「助けに来たっ!? 誰を!?」
「店長を」
「なんで!?」
「いや、なんでって……」
銀太は困惑していたけれど、私も混乱していた。とりあえず説明させる。
「あの日から一週間後、フレンドリストに記されていた店長のいるMAPが『地底都市シャンバラ最奥部』から『浮遊島・神殿』に変わっていたことに気づいたんだよ。その後も確認するたびに『浮遊島・魂桜の並木道』や『浮遊島・黄金畑』に変わっていた。だから俺たちは店長が生きていると仮説を立てたんだ」
「んなこと聞いてるんじゃない! なんでここに攻めに来たのかって聞いてんの!」
「いやだから、ウルマティアの奴に囚われた店長を助けに来たんだって」
「へ……? あ、あー、あぁー……。そっか、そうかー。銀太たちから見ればそうなるかー……」
死亡したプレイヤーをフレンドリストで確認しても、死亡した地点に居続けるだけだ。死後の世界に移動したり、ログアウト表記に変わったりはしない。
その仕様は知ってたけど、まさか私の居場所を突き止めてこんな天空くんだりまでやってくるとは……。
さすがは人間、大したものだ。素直に喜べないけど。
「事情が変わったんだ。銀太、私に協力して。この争いを止めなきゃいけない」
「なんでだ? 店長、まさかあいつの肩を持つのか?」
「説明は後で! 今はとにかく時間がないの、急ぐよ!」
「……待てよ」
銀太は私の肩をつかむ。銀太が私に向けるその目は、どこか悲しいものを含んでいた。
「店長、まさか、洗脳されてるのか?」
疑いの目が向けられる。
……そう、だよね。銀太から見れば、私はそう見えるのかもしれない。
「違う、これは私の意思。全部ちゃんと説明するから。だから……、今は信じて」
「わかった。急ぐか」
「切り替え早いな」
「俺が店長を信じないわけがないだろ」
こいつ大丈夫か。悪い人に騙されても知らんぞ。
銀太のことが色々心配になったけど、今は気にしてもいられない。
「捕まれ」
銀太が銀龍にまたがり、手を差し伸べる。その手を掴んで私も龍の背に乗った
しばらく会わないうちに銀龍は成龍になっていたようだ。昔のかわいい姿は面影もなく、野太い咆哮を上げて大きく羽ばたいた。
*****
空を飛んでプレイヤーたちが集っている地点にたどり着く。そこでは既に抜剣したプレイヤーとウルマティアが向かい合っていた。
そのちょっと離れたところでリグリが静観している。銀龍の背に乗る私を認めると、リグリは口パクで『早くしなさい』と伝えてきた。はいはい、分かってますとも。もうちょっと我慢しててくださいね。
「降りるぞ!」
銀龍は空中で急停止し、弾丸のように着地する。なかなかの急制動に体が流されそうになって、龍の背になんとかしがみついた。
銀太は一足先に龍の背から飛び降りる。私も続こうとして、ちょっと躊躇う。
……高いな。
「どうした?」
足首くじくくらいで済めばいいけど、下手したら骨が折れそうな高さだ。
この体がゲームだった時なら多少ダメージ負ってもポーションで治せばいいやで飛び降りてたんだけど、今の体はそうも行かない。骨が折れようものなら治るまで何日かかるかわかったもんじゃない。
……ええい、ままよ。
「銀太、行くよ」
銀太に向かって飛び降りてみた。
しばしの浮遊感に身を任せる。打ち合わせは無かったけど銀太はしっかり受け止めてくれたようで、衝撃をしっかり逃してから着地させてくれた。
中々の紳士っぷりである。感謝。
「ありがと、助かった」
「あ、ああ……。なんか、店長、変わったか?」
「? 何が?」
「なんつーか……、暖かい?」
銀太は不思議そうに私の手をとる。そりゃそうでしょう。今の私は血の通った人間ですもの。
「その辺も後で説明する。それよりも……」
相対するプレイヤーとウルマティアの真ん中に、私たちは立っていた。ウルマティアとアイコンタクトを交わす。私に任せてと伝えると、好きにしろと帰ってきた。
「久しぶりだね、みんな」
「やはり生きていたか」
「まあ、君ならこれくらい当然だよね」
ヨミサカとフライトハイトはそう言う。この二人は大して驚いていないようだ。
「最初から言ってるですよ。この人は殺しても死なないです」
「まぁ、否定はできないな。何をしたら死ぬのか見当もつかん」
「みんな私に対する扱いがひどくない?」
訂正。シャーリーもおっさんも、攻略組の誰一人として驚いていなかった。
仲間たちの信頼が厚くて私は嬉しいよ。ちくしょう。
「その花……」
ジミコだけは少し離れたところで、構えた弓をそっと降ろした。
再会の挨拶こそ済んだものの、プレイヤーは相変わらず武器を構えている。その剣先は私の後ろにいるウルマティアにまっすぐ向けられていた。
とりあえず対話を試みることにしよう。
「で、何しに来たの? 私ならこの通り元気だけど」
「そのようだな……。念のため聞いておこう。神々に幽閉されているのか? 脱出は可能か?」
「ぜーんぜん。ここ、住んでみるといい場所だよ。出たいとも思わないや」
ヨミサカはこれ見よがしにため息をつき、構えた巨剣を背負いなおす。戦う意志は無いようだ。
そしてフライトハイトは全力の苦笑いで適当極まりない指示を出す。
「あー、諸君、この通りだ。僕らの英雄は堕落した。こんなやつのために諸君の貴重な時間を割くのは人類にとって大きな損失といえるだろう」
「ひどくない?」
「今回の遠征にかかった費用は後ほど僕のほうに上げてくれ。職連を通じてなんとしても本人に請求してみせる。必ずだ、約束しよう」
「ねえ、ひどくない? 私悪くないよ」
「以上、現地解散だ。ピクニックを楽しんでくれ」
勝手に来といてこの言いざまである。助けてくれなんて一言も言ってないのに。
ともあれプレイヤーたちはバラバラに散っていった。
……まあ、うん。衝突も無く終わってよかったとは思うけど、その裏に私の犠牲があったことを忘れないで欲しい。ごめんリース、職連に渡してある私の資産から支払っといてください。
『ならんな』
濃厚な存在感が空から降り注ぐ。
それは間違いなく神のもので、更に言うなら敵意を持つ神のもの。怒れる神が近くにいる証左に他ならない。
振り向く。ウルマティアと目が合うが、違う。ウルマティアはまだ剣を抜いてすらいない。
もちろんリグリでもない。なら――。
『そやつは神々の均衡を乱した。ゼルストの奴を殺めその力を奪い取りおった。この世界の均衡を守る神として見逃すわけにはいかん』
強い意志をこめた声が響き、雷鳴と共に一柱の神が顕現する。
その白髪は怒りにて天を衝き、体は年老いてなお衰えず。うずまく大杖を手に持つそれは神々の調停者だ。
深海と蒼穹の神カームコール。神を罰する唯一の神。
『はっ、冷水も大概にしとけよジジイ。貴様が僕を罰すると?』
『弱い犬ほどよく吠えるものよ。どれ、躾けてやろう』
『上等だ。やれるもんならやってみろ』
ウルマティアは長剣を抜き、カームコールは大杖を構える。二柱の神が相対する。その余波だけで周囲の次元がビシビシと軋んだ。
しかし――、現れた神はそれだけではない。
『先に始めないでくださいカームコール。私たちもいるのです』
『怒りは目を曇らせるぞ。友よ、油断するな』
現れたのはラグアとアーキリスだ。ウルマティアを囲むように、3柱の神が揃い立つ。
『物騒ね。いいわよ、同窓会と行こうじゃない』
そして最後に、遠くで静観していたリグリが現れる。ウルマティアの背を守るよう立つ彼女は、ラグアとアーキリスを相手取って不敵に笑った。
ウルマティア、カームコール、ラグア、アーキリス、リグリ。ゼルストを除くすべての神が楽園に集い、そして戦いが始まる。
それはまさしく神話の戦い。神界を二分し、今まさに神々の戦いが始まろうとしていた。




