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Myrla ~VRMMOでやりたいほうだい~  作者: 佐藤悪糖
「だからここから始めよう」
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閑話 記憶

三人称視点


主人公と遠野朝日の知らない記憶

 神々は逆侵攻を始めた。

 大門を破壊せず、それを使って地球に渡り、人間の掃討を始めた。

 自然界に押し寄せる人間への報復はリグリを中心として行っていたが、逆侵攻の中心となっていたのはウルマティアだ。

 ウルマティアは過剰なまでに人の死を追い求めた。殺して、殺して、殺し続けた。

 彼が何を思って人を殺していたのか、それは彼にしかわからない。が、彼が殺戮に身を投じるきっかけとなったのは、朝日の遺言であることは間違いない。


 遠野朝日の願った共生は今ここに人と神との戦争へと行き着いた。これを避けるための行動は全て失敗に終わり、せめて神々が人間に駆逐されないようにと遺した願いも、今となっては正しかったのかわからない。

 奇しくも遠野朝日は、かつて覚悟したように大罪を犯すこととなった。死した彼女が何を思うか、それを知るものもいない。

 これは誰も望まない戦争。人と神との優しさが生み出した戦争。しかしそれでもウルマティアは一切の手加減をしようとはしなかった。


 数多の人間を殺し続けたウルマティアは、やがてひとつの施設へとたどり着く。一切の情も慈悲も無く殺戮を続けていたウルマティアは、そこではじめて足を止めた。

 巨大な施設の入り口には簡素な表札だけがある。そこに記された文字はただ三文字、研究室(LAB)、と。

 ウルマティアは知るよしもなかったが、ここは人類最高の叡智が集う科学技術の最前線だ。日夜問わず繰り広げられる狂騒から数多の発見が生まれては、その大部分が世に放つには危険として葬られる。『科学のゆりかごにして墓場』、『先端技術の不法投棄場』、『狂人狂祭マッドネス』、『紙一重の集まり』、『科学教過激派暗部』、『猫殺し』、『魔法使いたち』――。外部からは様々な名称(もしくは蔑称)で呼ばれる彼らだったが、彼らは自分たちを指してただ『研究者』と呼んだ。


「お待ちください」


 門の前に立つウルマティアに白衣の人間が声をかける。それは既に初老の男性であったが、その目には強い意志を見せていた。


「異界の神よ、なぜ人を殺すのですか。あなたは優しき神なのではなかったか」

『誰だ、お前は』

「『研究室』室長の――、いえ、あなたにはこう言ったほうがいいでしょう。遠野朝日の上役にあたるものです」

『朝日の……。そうか、ここは朝日のいた場所なんだな』


 見ればここにいる人間たちの着る白衣にはどこか見覚えがあった。彼らの白衣は個々によって使いやすいよう魔改造されているが、朝日の着ていた白衣と似通ったデザインが見られる。


「遠野朝日研究員のレポートによれば、あなたは人間を受け入れようとしていたはずです。だと言うのになぜ人を殺し、この世界を滅ぼさんとするか、聞かせてもらえますか」

『そのまま返そう。お前たちは僕らの世界の獣を殺し、滅ぼそうとした。これはその報復だ』

「報復は報復の連鎖を生みます。多くの悲しみが生まれるでしょう。そうだとしても、あなたは報復を続けるのですか」

『――その通りだ』


 思い浮かべるのは、最期の言葉。


『ここで手を引けば貴様らは必ず僕らの世界に報復する。ここでその芽を絶やさねばならない』

「…………。それは遠野研究員の入れ知恵ですね」

『僕の結論だ』


 きっかけこそ遠野朝日の遺言ではあったが、彼女がこの結末を喜ばないだろうことをウルマティアは分かっていた。

 この殺戮の責任を彼女に押し付けることはしない。これは、自分の責である。


「ならばもし、我々がその報復の連鎖を止めるとあれば?」

『無駄だ。お前たちは止まらないだろう。知っている』

「私どもは遠野朝日の味方でした。彼女の願った融和は私どもの願いと同じです。彼女のことは残念でしたが――、私たちはまだ諦めていない」

『復讐の火は大火となった。今となっては願いのひとつやふたつで止められるものではない』

「いいえ、なんとしても止めてみせます。私どもに不可能はない」


 それは意地であった。

 科学者としての、人間としての、誇りと生き残りをかけた意地。研究室の威信にかけて、人間の復讐心と残虐性を越えてみせると、彼はそう言った。


「一年の猶予をください。その間に我々は必ず成し遂げます。一度は潰えた我々の未来を取り戻してみせましょう」

『……そうか』


 やはり自分は甘いのだろう。ウルマティアはそう自覚していた。

 戦う力を持たず、争いを嫌い、いたずらに命を奪おうとしないもの。

 そうした人間を見ると彼女の顔がちらついてしまう。とても争う気にはなれなかった。


 返事はしない。そして止まる気も無い。人間は殺す。

 しかし、彼らくらいは見なかったことにしても良いだろう。ほんの気まぐれだ。

 踵を返し、その場をただ去ろうとした時。ウルマティアは天より降り注ぐ一筋の光を目にした。


「あれは……、まさか、反物質兵器!?」


 室長の男が手元の端末を操作し、軍部へと連絡を取る。


「おい、これはどういうことだ! なぜ反物質兵器が『研究室』に向けて放たれている!」

『ええいうるさい! 貴様らが神と通じてこの世界に奴らを導いたんだろう! 神もろとも粛清してくれる!』

「何を言うか! これは軍部の浅慮が招いた事態だと議会でも結論付けただろう!」

『黙れ売国奴! いかに喚こうともはや止められん! 我らが美しきこの星に、永久の平和をもたらさん!』


 そこで通信は途切れた。再び掛けなおそうにも、もはや繋がることは無い。


「くそっ、すぐに避難を――、いや無駄だ。反物質兵器の範囲外に出ることはできん。ならばせめて……!」

『おい、貴様。あれはそんなに危険なものなのか』

「……ええ。あれが地上で炸裂しようものなら、このあたり一帯が焼け野原になるくらいではすみません。おそらく、星の形が変わるでしょう」

『そうか』


 反物質と聞いてウルマティアはすぐに思い当たった。朝日の言っていた神を殺しうる力がそれだ。

 それを知ってなお、ウルマティアは剣を抜く。敵は破壊の光。斬るには不足無い相手だ。


『聞こう。朝日はこの世界を愛していたか』

「ええ……。彼女はこの世界も、あなたたちの世界も、その目に映る全てを愛していました」

『十分だ』


 だと言うなら。

 朝日が愛したものを守るためなら。

 この剣を振るう理由としては十分だ。


「神よ、なぜ……?」

『貴様らを守るわけではない。僕は朝日の愛した世界を守る。それだけだ』


 そう吐き捨てて空へ舞う。

 人間は不思議だ。狂ったように殺そうとするものもいれば、時に己の命すらかけて何かを守ろうとする。慈愛と残虐を兼ね備えた不思議な種族。だが、今ばかりはその理由も分かる気がした。

 朝日の遺言を受け取り、ウルマティアは確かに一切の手加減無く人間を皆殺しにするつもりだった。しかし、もしも他を害そうとしない人間が再び現れたのならば。


(すまない朝日。その時は、僕は争えないだろうな)


 遥か高空で《黒き神の輪廻》と反物質兵器が激突する。放たれた莫大なエネルギーの大部分は吸収されたが、わずかに残った余波がウルマティアの体を焼いた。

 自らの実体が消滅する感覚の中、ウルマティアは少女の顔を思い返していた。

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