表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Myrla ~VRMMOでやりたいほうだい~  作者: 佐藤悪糖
「だからここから始めよう」
82/144

11章 6話

三人称視点

 そうして朝日はウルマティアの神殿に住み着いた。

 当初の神殿は人間が住む場所とは到底言えず、よくて屋根がある掘っ立て小屋のようなものだった。その掘っ立て小屋にすら朝日は文化的な側面から好奇心を持っていたが、いざ住むにあたってより切実な問題にぶち当たる。

 朝日ちゃん、こんなとこ住めない。


「住環境の改善を要求します!!!」

『……好きにしろ』


 雨風こそしのげるものの家具は無く、一日三食果実のみ。文明に包まれて過ごしてきた軟弱者にこの環境は少々どころではなく厳しかった。

 かと言って帰るつもりはない。神についての研究はまるで終わっておらず、現時点の半端な情報を持ち帰っては軍部の自称保守派どもが下す決定は覆せないだろう。

 少なくとも神と人とが共存できるという成果を得られるまで、帰るわけにはいかない。


 そんなわけで朝日は住環境の整備に熱を上げた。無駄に蓄えまくった知識でなんとか棲家を整えようとしたものの、残念ながら彼女の持つ技術がまるで追いついていない。そんな彼女を手伝ったのが神々だ。

 ウルマティアの神殿に珍妙な人間が住み着いたと聞き、物珍しさから顔を覗きに来た神々は次々に朝日のペースに巻き込まれていった。怒涛の勢いで質問攻めにされ、交流と称して少々の助力を求められる。遠慮なく神の力によりかかる朝日であったが、元々異種族との交流に飢えていた神々には好意的に受け止められていた。


(いやー、私から頼ったとは言え、皆さん私に甘すぎです。うちのお爺ちゃんですらもうちょっと節度を持ってますよ……)


 アーキリスは家具や道具の作成に力を貸し、リグリは食用に適した植物の種を用意した。ウルマティアは朝日が危険に遭う度に保護しにくるし、人間の脆弱さを知ったラグアは加護すらも与えた。ゼルストは戦う術を教えようとしたがそれは朝日により丁重に断られた。

 まだ節度を持って干渉していたカームコールですら、朝日に求められれば話し相手となっていた。普段は海の底に沈んでめったに姿を見せないくせに、天空の楽園くんだりまで三日に一度は顔を見せていたのだから大したものだ。


(しかしこの甘さは――、危険ですね)


 朝日がこの楽園にすみついて半年が経つ。神々を通じて入ってくる外界の情報は、朝日にとって警鐘を鳴らすものばかりであった。

 実地調査は順調すぎるほど順調に進み、その結果に人間は喜んでいるらしい。既に簡易的なコロニーを形成し、この世界に住み着いて本格的な調査を始めているようだ。

 神々はそれを新たな種族がこの世界に根ざしたと喜んでいたが、朝日は手放しで歓迎するつもりにはなれなかった。


 おそらくそれは大規模な侵略の下準備だ。機が熟せば彼らはこの世界を統制・・するために動き出し、そしてこの美しい自然は人工物により埋め尽くされるであろう。

 とかく地球には人が多すぎる。地上はとっくに飽和し、人類の大半は海上ステーションに暮らしている有様だ。昔は地球外可住惑星を探しに宇宙へと出歩いてもいたが、「空が落ちた」今となっては宇宙に出ようとする人間はいない。


(私は『研究室』所属研究員として家族単位の地上居住権を持ちますが……。海上セクターの人々は侵略の開始を心待ちにしているでしょうね。彼らはなんとしてもこの世界を求めるでしょう)


 そうなれば、この美しい自然が続々と文明化されるようになれば、あの優しい神々はどうするのだろうか。この世界に先住する統治者を邪魔に思った人類はどういった行動に出るのか。その答えは古代北アメリカ大陸の歴史が示している。

 一研究員の朝日に侵略を止める術は無い。だが黙っているつもりも無かった。この愛すべき世界と愛すべき神々に、せめてもの警告を。


「ウルマティア様ー! いますかー! 私です、朝日ですよー!」

『そんなに叫ばなくても聞こえている』

「わわっ」


 真後ろから声をかけられて思わず体が跳ね上がる。朝日は驚くからやめて欲しいと何度も伝えているが、ウルマティアはむしろ進んでやっているようだった。


「あのですね、ウルマティア様。神々の皆様に知らせてほしいことがあるのです」

『神々に……? すまないが全員を一堂に会することはできない。彼らも忙しい』

「構いませんよ。最終的に皆様のお耳に入るようであれば、それで。少々真面目な話になります」


 こほんと息を整え、言葉を選ぶ。何もかも言うわけには行かない。

 人間に侵略してほしくはないが、この世界の調査を続けるために神々に人間を嫌って欲しくない。このままだともうすぐ人間が侵略を始めますよとは言う気にはなれなかった。


「皆様のことはこれまでの対話の中で十分知ることができました。ですのでお返しというわけではありませんが、私たち人間の話をしようと思いまして」


 そうして朝日は話をする。人間は既に地球上に溢れかえり、膨大な数の人々が居住区域を探し求めているということ。人間が住み着いた場所の自然は統制され、その環境は人間に適した物に作り変えられてしまうこと。そしておそらくは、この世界にもそうした人々が訪れるであろうこと。

 侵略という言葉こそ使っていないが、それを示唆する言葉はいくつも使った。警告の意は通じたはずだ。

 そしてウルマティアは話を聞き終えた後、おもむろに頷く。


『なるほど。ならこの世界に来ると良い』


 ずっこけた。


「どうしてそうなるんですかー!」

『住む場所が足りないんだろう? 君たちもこの世界に住めば良い。君のような賢い種族ならそう問題も無いだろう』

「おおありですっ! ウルマティア様は人間を舐めてます! そんな仲良しどうぶつ村に新しい住民がやってきましたみたいな優しい話じゃないんですよ!?」

『優しくないことはわかっているさ。こちらの獣にも生活があるからな。脆弱な君たちは過酷な生存競争に晒されるかもしれないが、そこは承知の上で来て欲しい』

「あ、舐められてるの私のせいですか……」


 どうも武装していない脆弱な研究員を基準に考えているらしい。そう考えると朝日はやるせない気持ちになった。

 いっそのこと惑星ごとテラフォーミングされる恐怖を教えてやろうかとも思ったが、その考えを振り払う。美しいこの世界を守るために立ち上がるのだ。


「あー、もー、そうですね。あなた方がとんでもなく甘っちょろ――もとい、お優しい神々ということはよくわかりました。ですので少しばかし、忠言をば送らせていただこうと思いまして」

『どうしたんだ突然』

「聞いてください。人間は高度な社会性を持つ生物です。そして同時に、精神文化も発達しています。おそらくはこの世界にある何よりも」


 これを言ってしまっていいのか朝日は内心とても迷っていた。

 それは人類への明確な裏切りであり、知られれば研究員の座を追われるだけではすまない。死を与えられた上で朝日の名は巨悪として地球上を駆け巡ることとなるだろう。それほどにリスクのある行為だった。

 しかし、だからこそ。


(優しさに優しさを返すのが罪というなら、この遠野朝日は喜んで大罪を犯しましょう……!)


 心を決める。この瞬間、朝日は神々の側につくことを決めた。


「社会性と精神性を併せ持つ人間は、仲間の死を強く恨みます。ただ一人が死んだだけであろうとその知らせは悲しみと共に受け入れられ、何十人何百人が死のうものならその知らせは世界中の全ての人が知るところとなるでしょう」

『なるほど……。無闇に人を殺すなということか。留意しておこう』

「いいえ、逆です。殺すのなら一切手加減しないでください」


 ウルマティアは一笑に付そうとした。が、朝日の真剣な顔を見て口をつぐむ。


「多くの人を殺されたとあれば、人は必ず報復に出ます。人を死に至らしめた元凶を取り除くためにどんな手でも使ってみせるでしょう。そしてその復讐が果たされるまで、人は決して止まらない」

『冗談だろう? 君たちがそれほど執念深い種族だと?』

「その通りです。私たちはとても執念深い。だからこそ人と争うのなら一切の手加減をしてはなりません。隙を見せれば、いかにあなた達であろうと噛みちぎられますよ」


 これまでの調査で朝日はひとつの結論に至っていた。

 人の持つ武器を使えば神は殺せる。

 あるいは神が超自然的な存在であり、人の持つ武器で殺すことができない災厄のようなものであれば、朝日はこんな警告をすることは無かっただろう。人間は賢い。立ち向かえないものにまで立ち向かおうとはしない。

 しかし、極めて困難ではあるものの、神は物理的な手段で殺せてしまう。だからこそ問題だった。


「覚えておいてください。人間は、とても残虐で恐ろしい生き物であるということを」


 警告は果たした。結論は彼らが出せばいい。

 しかしもし、人と神とが共に生きることができるのなら。朝日はその可能性を残すためならなんだってしてみせるつもりだった。

「空が落ちた」

宇宙を構成する暗黒物質の正体が判明した事件。

これを知った人類は即座に全宇宙プロジェクトを中止し、既存の人工衛星および宇宙探査機を破棄。更には一度でも宇宙空間に進出した全生物をその子孫に至るまで処分した。

今となっては人類の宇宙事業は、大気圏内ギリギリに建設された観測所から宇宙の動向を監視するのみとなっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ