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Myrla ~VRMMOでやりたいほうだい~  作者: 佐藤悪糖
「だからここから始めよう」
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11章 3話

「あーもー。つぅぅかぁぁぁれぇぇぇたぁぁぁぁぁ」


 麦だらけになった服を脱ぎ捨て、お風呂で思いっきり息を抜く。本当に一日仕事になってしまった。

 これまでまったく手入れがされていなかった麦を一日でかき集めたんだ。よくやったよ私。

 トラクターとは言わずとも、せめて手押し車でもあれば楽だったのに……。木材を取ろうにも斧がなければどうにもできない。打製石器でも作ろうかと思ったけど、リグリの見ている前で刃物を作って伐採というわけにもいかなかった。

 あの神様、手助けはしないくせによほど暇なのかずっと居座るし。監視される農奴の気持ちがよくわかったよ。


 広いお風呂でのびのびと体を伸ばす。一糸まとわぬ姿だけどアセビの花飾りだけは頭にくっついたままだ。お風呂場でもシステムは使えないみたいだし、きっとこれが枷の中心になっているんだろう。

 心配しなくても裸で悪さしたいとは思わないよ。全裸脱出とかビジュアルが酷すぎて方法を考える気にもならない。


「ふぃー」


 それにしても、神殿に浴場が設置されているのは幸いだった。神様もお風呂入るのかな。

 あー。やっぱり生身で入るお風呂はいいものだ。いつかアトリエにも設置しよう。帰れたら。


(……帰れるのかなぁ)


 あの神々を振り切って帰れる気はまるでしなかった。

 それに私はそもそも帰りたいんだろうか。最近は考えることが多くて、自分で自分がよくわからない。死にたいという欲求も落ち着いてきたし、だんだんとここでの暮らしを受け入れつつある。

 私は何がしたいんだろう。


 神子になるという話にも、まだ返事を出していない。

 リグリは『よく考えて答えを出しなさい。断ったからって人間を滅ぼしたりなんてしないから』と言っていた。自然の神として強要するのは本意ではないと。それにはウルマティアも同意させたらしいけど、このままだといずれ人間が神の怒りを買って滅ぼされるのは違いないだろう。


(神子。神子かぁ。人の残虐性を克服すべく、人を内から変革する存在。それになれと)


 あの神はそう言っていたけど、私は必ずしも同意できそうにない。彼らの言う残虐性の克服ってやつは、つまりプレイヤーにモンスターを殺すなと言うことだ。

 いや、無理でしょ。できるわけないじゃん。


(ゲームから脱出するためなら彼らはなんでもやるよ。たかだか1プレイヤーに止められるもんじゃないし、止めたいとも思わない)


 ただ、その一方で神の言い分もわからないでもない。人間がこの世界にとって異物であることはよくわかった。その上で神は人間という異物を受け入れようとしている。

 これだけ好き勝手してきた人間を許すだなんて、優しいを通り越してヌルすぎる。そんな甘い考え、人間に通じるわけがないじゃないか。

 だからこそ……。その優しさに、冷たい答えを返すようなことはしたくない。


(人も、神も。どっちの考えもわかるんだよなぁ……)


 こんなことを考えている時点で、私はもう人間らしくないのかもしれない。むしろ神の方に考えがよっているのは自覚している。

 ただ、人と神との問題の他に、もう一つ私の問題があった。

 ウルマティアのことだ。


(……絶望、か)


 一周目のプレイヤーの死はたとえ時が巻き戻っても無かったことにはならない。それは私の中で確固たるものだ。

 私はもう二度と誰も死なせないために戦ってきた。ゆえに私は、攻略組を壊滅させたウルマティアを殺さんと欲した。

 復讐したいという気持ちが無かったとは言わない。だけど、最近はみんなが生きていてくれるならそれで良いんじゃないかとも思う。

 だからこそ、迷う。


(私はまだウルマティアを殺したいのかな……)


 わからない。

 別の道を示された今、私は迷っている。私がやるべきことはウルマティアを殺すことなのか。それとも、人間が滅ぼされない道を探すことなのか。

 頭で考えることと感情論とがぐちゃぐちゃだ。考えれば考えるほどに感情的な自分が出てきて、冷静に考えられそうになかった。


(そもそもあいつは仇敵でしょ。これまで抱えてきた想いは決して安いもんじゃない。理詰めで納得してはいそうですかって割り切れるわけないじゃん……)


 湯船に顔を埋めてぶくぶくと泡をふく。

 ちょっと長風呂しすぎたか少しのぼせた。もう上がろう。

 ゆだった頭じゃ考えはまとまらなくて、結局今日も答え出せそうになかった。



 *****



 寝間着とスリッパに着替えて神殿の中をぺたぺた歩く。この寝間着、ウルマティアが持ってきたものなんだけどサイズがぴったりなのが怖い。なんで知ってるんだ。怖い。

 さすがに下着はリグリが持ってきてくれる。そういった気遣いはしてくれるらしい。自分の主神に気を使わせる系眷属、私です。


 私室に戻ると、山と積まれた大量の麦穂が出迎えてくれた。


「…………」


 素材として持ち込んだものだ。他の麦は朽ちた作物倉庫の中に詰め込んである。あの倉庫、天井に穴が開いてたからまた今度修理しないといけない。

 なんにせよ今夜は麦の香りの中で寝ることになりそうだ。


「寝る前にちょっと作業しておくかぁ」


 ほぐした植物繊維によりをかけて組み合わせる。手動クラフトの簡略表現が動作して、簡易的な糸が出来上がった。

 その糸を『魂桜』の棒の先にくくりつけると、大分釣り竿っぽくなってくる。


「針は明日かなぁ」


 あくびをひとつ。もう寝よう。

 布団の中に潜り込んで、目を閉じた。

 そして気配を感じてすぐに起きる。


「こんな夜更けに何の用?」

『……ちっ。相変わらず勘がいいわね』

「舌打ちされてしまった」

『気のせいよ』


 リグリ様だった。パジャマに着替え、枕を片手にリグリ様が立っていた。

 なにしてんだこいつ。まじでなにしてんだこいつ。


『さあ、今日こそ一緒に寝てもらうわよ。拒否権は無いわ』

「やだ。一人で寝るの」

『遠慮すること無いわよ。あなたは安心してただ眠っていればいいの』

「あーもー、早く帰ってよー。眠いんだからー」


 眠い目をこすりながら起き上がろうとする。その肩を抑えられ、すとんと押し倒された。


「……ちょっと。さすがに怒るよ」

『ちょっとくらいいいじゃないの、減るもんじゃないし。観念なさい』

「ばかみたいなこと言わないでよ……。いいからほら、どいて」


 力をこめて押し返す。わりと全力で押してるんだけど、リグリはびくともしなかった。

 ……このひと、重い。


『なにか失礼なこと考えてない?』

「気のせい気のせい」


 ちっ。枷さえなければ……。

 いや、枷がなくてもステータス的な問題でダメか。純粋な力比べは嫌いだ。


「りーぐーりー。いい加減にしてよ、もう。神と違って人は寝ないと調子悪くなるの。さっさと帰って、そして私を寝かせて」

『あら、眠ればいいじゃない。何も寝るなと言ってるわけじゃないわ』

「知らない人がいると寝れないの」

『知らない人だなんてつれないわね。あなたと私の仲じゃない』


 一緒に寝るような仲じゃない。


「今すぐ出ていかないと……」

『出ていかないと?』

「舌をかみきる」

『おやすみなさい。暖かくして眠るのよ。良い夜を』


 そう言ってリグリは消えていった。勝利。

 あらためて布団にもぐって目を閉じる。本当何しに来たんだあの神。



 *****



 細い小枝をぱきりと小さく折って木片にする。その両端を石でこすって尖らせ、真ん中に糸をくくりつけた。

 即席の針に糸をつけただけの簡易的な釣り具だ。その先に虫をつけて、ぽいっと泉に放った。


「~~~♪」


 鼻歌を歌いながら糸をちょいちょいと動かす。こんな作りでも釣り竿として機能しているようで、しばらく待てば魚がかかった。

 カンストした釣りスキルで引っ掛け、糸を引く。エンゼルフィッシュが釣れた。


「……楽園だから?」


 この楽園の植生はよくわからん。桜並木の下にある泉にて、急ごしらえの釣り竿でエンゼルフィッシュを釣る。常識を疑え。

 それよりこれ、食べられるのかなぁ。とりあえず焼いてみよう。魚なら焼けば食えるってもんだ。


 ちゃちゃっと枯れ木を組んで、石で囲って焚き火を作った。糸をいくつかほぐして焚き付けにし、拾ってきた火打ち石で着火。息を軽く吹きかけて燃焼させれば枯れ木に燃え移った。オーケー。

 次に小枝を斜めに折って尖らせ魚の腹を裂く。泉の水で洗いながら内蔵を取り出す。後は木の枝にぶっさして焼くだけだ。


「文化レベルが悲しいくらいに低い……」


 サバイバルって言うよりもはや原始人だった。

 文句は言うまい。久しぶりのタンパク質だ。この際果物じゃなければなんでもいい。

 この体、栄養失調とかあるのかなぁ。体感的に肉や魚に飢えている感じは確かにするから、一応注意しておこう。


『ちょっと。何してるのかしら』

「あ、おはよ。魚焼いてるの」

『いつの間に火を……。やはり侮れないわね、人間』

「危ないことしないって。大目に見てよ」


 案の定リグリに見つかったけどすぐに止める様子はなさそうだ。文化的生活は火から始まる。これくらいは許して欲しい。

 寄生虫が怖いから裏も表も念入りに焼く。慎重すぎるくらい慎重に焼いて、ちょっと冷ましてからかぶりつく。

 ……涙が出た。


「おいひぃ……。おいしいよぉ……」

『……あなた、変』

「生きとし生ける全ての命に感謝を……」

『気持ち悪いくらい殊勝ね。どうしたのよ突然』


 二週間近く果物しか食べてなければこうなります。


『そんなに美味しいのかしら。一口貰ってもいい?』

「ん」


 リグリに枝ごと焼いた魚を渡す。恐る恐る口をつけたリグリは微妙な顔をしていた。


『……素材の味ね』

「塩も何も無いからなぁ」


 文化的な生活はまだまだ遠い。それでもこの一歩は大きな一歩だ。

 綺麗に完食し、手を合わせる。ありがとうございました。おかげで私は元気です。


 焚き火に砂をかけて火を消す。火事になろうものならひとたまりもない。念入りに消した。

 散らばった魚の骨を集め、ちょうどいいサイズの物を探してみる。小さめで湾曲したものを何個か見繕い、そのうちの1つを糸にくくりつけた。

 ようやく完成したのは『魂桜』の枝に植物繊維と魚の小骨で作った、ちゃんとした(?)釣り竿だ。小型の魚くらいなら釣れるだろう。


『たくましいわね』

「生きるための術だよ。悲しいことに」

『欲しいものがあるなら言えばいいじゃない。多少のものなら用意するわよ』

「文化的なご飯が食べたい」

『神も万能じゃないわ』


 うちの神様が敗北を認めた……!

 まぁ、リグリにはどうしようもないのも仕方ない。人間同士ですら食文化の違いは大きいのに、そもそも食事を必要としない神と来た。人と神との溝は深い。

 結局のところ、自分のことは自分でやる。それに尽きた。

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