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Myrla ~VRMMOでやりたいほうだい~  作者: 佐藤悪糖
「だからここから始めよう」
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11章 1話

 あれから10日ほどがたった。

 神子になるという話に返事はまだ出していない。リグリはよく考えて答えを出せと言っていた。

 だからずっと考えている。考えている中でぶち当たった疑問に、どうしても答えが出ない。


(この世界は……。なんなんだ……?)


 私はこれがゲームの世界だと思っていた。Myrlaミルラというファンタジー系VRMMOの世界だと。

 それを前提にこれまで行動をしてきた。でも、こうして枷をつけられてシステムを無効化されると、どうにも違和感がある。

 いや、違和感が無い・・のだ。全くと言っていいほどシステムが無くても問題がない。

 今思えば元々そうあった・・・・・世界に、後付でシステムを付け加えたようにすら思える。それに気づくと、疑問は次々に出てきた。


 やたらと人間的すぎるNPC。

 自由度の高すぎるクラフトシステム。

 技量次第で再現できてしまうスキル。

 私の反則じみた行動にすら柔軟に対応したシナリオ。

 逆にプログラムに制御されたゲームだと考えるには、この世界は違和感が多すぎる。


(それに何より、私の現状が一番意味分からない。プレイヤーがNPCに長期間軟禁される? それはゲーム内イベントとするには禁じ手じゃないの?)


 デスゲームなんていう禁じ手どころか一発アウトなのはこの際目をつむることにする。

 とにかく……。不確定要素は多いが、一度視点を変えて考える必要はありそうだ。

 この世界は本物だと、そう仮定する。


(つまり、そう考えると、私たちのやってきたことは……)


 体の内から湧き上がる吐き気をこらえ、壁に手をついてうずくまる。背筋を這い回るこの感覚はきっと罪悪感だ。

 認めたくない。見つめたくない。受け入れたくない。

 私たちがゲーム感覚で殺してきたそれらが――、全て生きていたなどと。


「げほっ……、がっ、ぁっ」


 鼻の奥が酸い。胃の中のものを全てぶちまけてしまいそうだ。

 鼻の奥? 胃の中? 電子の体にそんなものは無い。アバターの表現は簡略化されている。せいぜい再現されているのは口の中までだ。

 しかし抑えきれない吐き気に、いよいよ口を抑える。


『またかい』


 そう声が聞こえると、目の前にタライが差し出される。それに向けて吐いた。


『君ね、これで何度目だよ。僕の神殿で暮らすのは吐くほど嫌かい』


 返事をする余力も無い。ふらふらと手洗いに移動して、口の中をゆすぐ。

 処理・・が終わるまでウルマティアはそこにいた。


『服は汚してないだろうね。その枷はそう何着も無いんだ。あまり手間をかけさせるなよ』

「……大丈夫。最近吐き慣れてきたから、汚すなんてヘマしない」

『誇ることじゃないだろう』


 これもまた認めなきゃいけないことなんだろう。

 この体は、本物だ。

 以前は確かに違ったように覚えている。海で水中戦の練習をしていた時は、電子の体であることを逆手に取って無呼吸運動を行っていた。

 なら……、いつからだ? いつから変わった?


(おそらく生き返った時、もしくは死んだ時……?)


 侵食していく。

 現実がゲームに。ゲームが現実に。侵食していく。

 今の私は、どっちだ?

 もしもまた死んで、そして生き返ったら。私はどうなる?


(やめよう。考えないようにしよう。これは、危険だ……!)


 心臓の鼓動がやけにうるさく聞こえる。脂汗が頬をつたい、くらくらとめまいがした。


『何があったかは知らないけれど。君の前にいるのは神だ。人は悩める時に神にすがるんだろう? そうしたらいい』

「余計な、お世話だっつーの……」

『そうかい』


 瞬きひとつの間にウルマティアは消えていた。それよりも、どうしても確認しないといけないことがある。

 人差し指を丸めて口を開き、噛み付いた。

 ざくり。


「~~~~~っ」


 歯が皮膚を突き破り、どろりと濃厚な血が溢れ出す。痛みは確かにそこにあった。

 今までゲーム内で感じていたどんな痛みよりも強い。ゲーム内のマイルドな表現は無く、まるで現実のように鮮烈な痛みだ。

 ……予想通りだ。予想通りだが、確認する意義はあった。

 枷によって表示されていない体力バーが余計に不安を煽る。今のダメージで私のHPはいくつ減ったんだ? 今となっては分からない。


(攻撃を受けたら痛いってのは、戦う上で致命的かな……)


 願わくば、私のこの異常が枷の効果でありますように。

 枷を脱いでも変わらないのであれば、私は耐えられる気がしなかった。



 *****



 私は軟禁されているらしいけど、その実行動の自由度は高かった。

 この神殿は楽園にあり、楽園は天空にある。空高く浮かぶ浮遊島。それがこの楽園の正体だ。ゲーム的に言うなら隠しマップで、特別な手段を用意しないとたどり着くことはできない。

 逆に言えば特別な手段が無ければ楽園から出ることもできない。楽園内には危険な獣がいないこともあって、好きにうろつくことが許されていた。

 ちなみにここから飛び降りるというのは初日に試した。途中で気を失ったから詳しくは覚えていないけれど、地面に激突する前に誰かに拾われた気がする。後でリグリにめちゃくちゃ怒られたからそれ以来やってない。


「これにするか」


 落ちている枝、軽いものを二本拾う。ひゅんっと振ればよくしなった。

 周りにだれもいないことをよく確認してから、静かに構える。

 目を閉じて、一瞬の集中の後に開く。瞳の奥がちりりと焦げ付く感触。


「【千剣万華】……!」


 剣の代わりに枝を振るい、空を斬り刻む。本調子の時に比べればまるで速度は出ていない。

 空を刻むこと600弱か、10秒も持たない内に枝が限界を迎え、手の内で砕けていった。


「……ダメだな。錆びついた、ってよりガタがきてる」


 感覚を忘れないようこまめに練習はしているけれど、まるでダメだ。全盛期の半分も再現できていないどころかだんだん再現度が下がっていく有様だ。

 軽さに最適化された剣ではないということもある。枷をつけられ体に制限がかかっていることもある。

 でも、何より大きなものは。


「日に日に弱くなっていくなぁ」


 不思議なほどに静かな気持ちだった。

 私の中でずっと騒いでいた絶望が静かになっている。それに気がついたのはつい最近だ。

 その理由については考えないようにしている。まだ、心の準備ができていないから。

 ――ともあれ私の剣は絶望の剣だ。絶望が鎮まればこのざまか。


『チャンバラごっこにしては本格的ね』


 リグリだった。

 神様ってやつは神出鬼没だ。突然現れて突然消える。どこにでもいてどこにもいない。いかに周りに誰もいないか確認したって意味はない。向こうにその気はなくたって、常に監視されているようなものだ。プライバシーなど無いも同然だった。


「まったくだ。こんなもん子どもの遊びだよ。全然ダメ」

『それならもうちょっと大人しい遊びにしておきなさい』

「危ない遊びもしたい年頃なの」


 チャンバラごっこってのも言い得て妙だ。この程度じゃ何も殺せない。ステータスの低さを技量で補わなきゃいけないのに、その技量も無ければ何もできない。

 確かに自分が弱くなっていくというのに、積み上げてきたものが崩れていくというのに、何故か焦りは感じなかった。そのことが逆に腹立たしい。


『あら。あなた、指どうしたのよ』

「指?」

『怪我してるじゃない』


 あ、さっき噛んだところか。

 傷口は洗って布を巻いておいた。ゲーム内に包帯なんていう回復アイテムは無かったけれど、この体が現実準拠だとするならこれでいいだろう。


「あー。ちょっと切っちゃって」

『そんなもん振り回すからよ。見せなさい』


 リグリは私の手をとって布を解く。そして歯型の傷口を見て、渋い顔をした。


『……そういう趣味?』

「ちがうちがうちがう」


 自傷癖なんて無い。純然たる検証の結果です。

 リグリは丁寧に布を結び直す。どういう結び方したかわからないけど、美しい薔薇の形が作られた。

 かさばって指が重い。解いて自分で結び直した。口を使って、片手できゅっと。


『…………。器用ね』

「お褒めいただき恐悦至極」

『褒めてないわよ』


 せっかく私が結んであげたのに、とリグリはぷりぷり怒っていた。

 いや薔薇は無いですよ薔薇は。普通にやってくださいよ。


『そんなことするより、あなたお得意のポーションはどうしたのよ。なんでもかんでもポーションで治してたじゃない』

「インベントリ使えないから出せないんだよ。こういうとこは不便だ」

『? 今、あなたなんて言ったの?』


 リグリは不思議そうな顔をしていた。聞きそびれたのかな。


「インベントリが使えないんだって」

『ええと……、何が使えないって?』

「インベントリ」


 ゆっくり、はっきりと、確実に聞き取れるように発音してみた。

 それでもリグリは聞き取れなかったのか、不思議な顔をしている。

 ……ふむ。これは。


「スキルスロット、フレンドリスト、ギルドメニュー、オプション、UI、コンソール」

『あなたね。わけのわからないことを言うのはやめなさい。ふざけているの?』

「ごめんごめん。冗談だよ」


 これは……。そういうことか。

 どうやら神々に私たちの用語は通じないらしい。コミュニケーションに気をつけないと。

 言い直す。


「えっと、ポーションもうないんだ。新しく作らないと」

『あらそうなの。何か必要なものはある?』

「え、作っていいの?」


 とても意外だった。

 錬金は私の武器のひとつだ。剣を取り上げているくらいなんだからクラフトも制限されるものだと思っていたけれど、そうでもないらしい。


『それくらい構わないわ。もちろん危険物作ったら取り上げるわよ』

「そんなつもりないって」

『ならいいわ』


 今はそんなもの作る気は無いですとも。行動に移すのは計画が練りおわってからだ。

 私は従順ですよ。牙を見せるのは噛みちぎるその時だけでいい。

 それじゃあ、と甘えて錬金鍋をお願いしてみた。素材は楽園の中にもいくらか転がっているから、それを使えば何かしら作れるだろう。

 この辺の素材は目新しいものばかりだ。何が作れるかは私も知らない。

 ……偶然ヤバイ物ができるのはしょうがないよね?

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